< 製油所の概要 >
■ 事故のあった製油所は、イタリア中央部でアドリア海沿岸部の中間に当たる戦略的な好位置にあり、イタリア東部の広い範囲をカバーしている。イタリアの民間企業グループトップ20のひとつである。
製油所は1950年に操業を開始し、約500名の従業員がいる。精製能力は年間390百万トンで、イタリア国内精製能力の約5%に相当する。貯蔵能力は、タンク128基で150万KLである。
■ 製油所の敷地は70ヘクタールで、都会に近く、高速道路、鉄道、港、空港も近い。(写真参照) プラントはセベソ指令Ⅱの厳しい規制を受けている。
(写真はARIA資料から引用)
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< 発災施設の概要 >
■ アスファルト充填設備には、荷役用として固定式屋根タンク12基、ローディング・アーム8台、ポンプ6台のほか、貯蔵アスファルトの加熱用として熱交換器が1基あった。
■ 事故は、1970年に建設された常圧式円筒タンクTK145で起こり、入出荷場の近くまで広がった。タンクは容量1,200KLで、高さが12m、底部に内部加熱コイルが設けられ、液温を170℃に保つことができるようになっていた。加熱コイルには、温度280℃のホット・オイルが通っている。タンクには、このほか液位表示計、温度表示計および攪拌機が付いていた。
■ 事故当日の朝、タンク内部には約592KLのアスファルト、加熱系統には約150KLのホット・オイルが保有されていた。
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2004年9月8日午前7時25分、タンクTK145の壊滅的な破損事故が起った。側板と屋根部が基礎部から引き剥がされて飛び出し、15m離れた場所に落下した。タンクは高さ約5mのパイプラックを壊し、別のアスファルトタンクのそばに落ちた。このため、温度170℃のアスファルト約550トンとホットオイル約120トンという大量の油が流出し、周囲に広がった。
■ 爆発してミサイルのように飛んだタンクは、容量8,000LのアスファルトタンクTK166に当たって落ちた。ミサイルとなったタンクはTK166に衝突したのち、TK166の基礎の上に被さるように潰れた。(標題写真を参照)
■ タンクTK145の基礎の上で火がつき、プール火災になった。続いて、現場にあった設備に火災が生じ、ドミノ効果によって他のタンクや現場にあったタンクローリー車に影響が及んだ。さらに、タンク内の加熱コイルと接続していたホット・オイル系統が断裂されたため、 ホット・オイルが漏れ出し、まさに火に油を注ぐことになってしまった。
■ 発災時、現場には、入出荷のために8台のタンクローリー車と9名の人間がいた。運転手7名、シフト・オペレーター1名、現場の建物内にいたシフト主任の合計9名だった。タンクローリー車n1はタンクTK145からの受入れのライン確立が終えていた。シフト・オペレーターはタンクTK252の液位を監視していた。液位表示計は他のアスファルト貯蔵タンク(TK251、TK252、TK253e、TK328)の共通の基礎の上にあった。
■ 非常警報が鳴り、緊急時対応システムである冷却・泡放射システムがただちに作動した。自衛消防隊の活動が、6名の消防士と2台の消防車によって始められた。
非常警報の25分後、公設の消防署が到着した。発災したエリアは危険な状態から脱した。約3時間後、火災は制圧され、非常事態は解除された。
事故による被害
事故によって、人の被害と環境への影響が出た。メディアが事故を報道し、公共当局が慌ただしく動いて住民に心配をかけることになったが、製油所構外へ大きな影響を及ぼすことはなかった。
人の被害
● 運転手1名がアスファルトを浴び、タンク基礎の方へ飛ばされた。火災が消火されてから3時間後、運転手が発見され、死亡が確認された。ほかに3名の運転手が、熱いアスファルトがかかって負傷した。うち2名は入院し、1名は手当てを受けた後、帰宅した。
環境への影響
● 流出したアスファルトは約13,000㎡という広い面積に広がった。これは製油所敷地の2%に相当する。アスファルトの一部は製油所の側溝を通じて構外の海へ出た。
● 市街地近くに油煙が流れていったが、環境保護地方庁は大きな問題はないと判断した。
● 事故による海への影響が出たため、海洋中央科学研究所が一連の海上作業を管理し、流出したアスファルトの回収を実施した。さらに、地方衛生当局は甲殻類への影響の分析を実施した。
● 施設が近くにある海や海浜のビーチに流れ着いたアスファルトを回収した。回収された量は数百kg程度であった。
経済的損失
経済損失の概算額はつぎのとおりである。
● 施設の被害額 300万ユーロ(390百万円)
● 緊急対応費用 50万ユーロ( 65百万円)
● 清掃費用 300万ユーロ(390百万円)
● 施設の復旧費用 3,100万ユーロ(4,030百万円)
● 生産機会ロス 2,500万ユーロ(3,250百万円) (アスファルト充填装置の再稼働までの1年間)
欧州基準による産業事故の規模
■ 1994年2月、セベソ指令を司るEU加盟国管轄庁の委員会は、事故の規模を特定するために18項目のパラメーターを用いる評価基準を適用した。わかっている情報をもとに検討された結果、当該事故は4つの分類項目に対してつぎのように評価された。
■ 危険性物質に分類されるホット・オイルが約120トン放出されたので、「危険物質の放出」はレベル3と評価された。
死者1名、負傷者3名の被害者が出たので、「人および社会への影響」はレベル2と評価された。
海岸線のビーチが約8kmにわたって汚染されたので、「環境への影響」はレベル3と評価された。
生産機会ロスが2,500万ユーロ(3,250百万円)と推定されたので、「経済損失」はレベル4と評価された。
< 事故の原因 >
■ 事故の原因として予備調査で推測されたのは、つぎの二つの要因である。
● タンク内に誤って入った軽質の可燃性炭化水素の爆発によって、タンク内圧が過剰に上がった。
● タンク内に誤って入った水が、内部温度170℃の高温によって急激に相変化したため、タンク内圧が過剰に上がった。
■ その後の調査で原因として高いのは最初の要因とみられている。アスファルトを過積載したタンクローリー車からタンクへ戻す際、軽質の可燃性炭化水素液がタンク内に入ったものとみられている。
< 対 応 >
緊急時対応
■ 発災後、ただちに自衛消防隊が活動を開始し、30分後には公設の消防署が活動に入った。
外部緊急時対応計画によって、つぎのような対応がとられた。
● プラント内を走っている鉄道の通行を閉鎖
● 近くを走っている道路を閉鎖
● 近くの空港活動を縮小(実質的な支障無し)
● 鉄道に沿って走っている132kWケーブル系統の電力を遮断
● 合同の前線調整センターを設置
● 住民への広報活動を開始
■ タンクと関連設備の冷却を行うとともに、消火泡で火災の制圧化に努めた。(写真を参照)
約2時間後に火災を制圧し、3時間後には、鉄道の通行を再開した。発災場所を全エリアから隔離してプラントの安全性がとられたと司法当局によって判断され、緊急事態が解除された。
(写真はすべてARIA資料から引用)
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< 改善策 >
■ 地方の技術委員会は、事故後、事業者に対してつぎのような措置をとるように指示した。
● 事故の詳しい技術レポートの作成。これには同種のアスファルト充填設備に適用できる設計の解決策を含む。
● 新しいSMS(セーフティ・マネジメント・システム)査察の要請。
● 短・中期的な対応として、入出荷設備を貯蔵タンクから離れた場所に移す方法の検討、および製油所における全ホット・オイル系統の安全性確保の検討。
● 社内緊急時対応計画の見直し、特にオペレーターの退避に関する事項。自衛消防隊と公設消防隊のインターフェイスに関する見直し。
< 教 訓 >
■ 事故には、SMS
(セーフティ・マネジメント・システム)に関する問題がいくつか顕在化している。つぎの表には、問題のあったSMSの項目ごとに基本的な改善策をまとめた。
補 足
■ イタリアの製油所は15箇所あったが、ここ4年間で4箇所が閉鎖され、現在11箇所である。その中でアドリア海沿岸の中央部にある製油所としては、ファルコナーラ・マリッティマ(Falconara
Marittima)にあるAPI社(Anonima Petroli
Italiana)のファルコナーラ・マリッティマ・アンコーナ製油所(Falconara
Marittima Ancona
Refinery)がある。精製能力は年間390百万トン(78,000バレル/日)であり、記事と合っており、発災製油所は同所とみられる。
ファルコナーラ・マリッティマ・アンコーナ製油所付近
(写真はグーグルマップから引用) |
■ アスファルト自体は火災を起こしにくい液体であるが、世界的にみると、アスファルトタンクの事故は少なくなく、最近でもつぎのような事例がある。
① 2006年5月、「日本の東亜石油京浜製油所におけるアスファルトタンクの爆発事故」
② 2009年9月、「ニュージーランドのフルトンホーガン社のアスファルトタンク爆発による溶接士の死亡事故」
③ 2010年12月、「カナダのポートスタンレーにあるマックアスファルト・インダストリー社のアスファルトタンク破損による漏洩事故」
④ 2011年5月、「米国カリフォルニア州のグラナイトロック車のアスファルトタンク爆発事故」
⑥ 2013年3月、「中華人民共和国の山東省でアスファルトタンク爆発・火災」
⑦ 2013年5月、「フィリピンでアスファルトプラントのタンクが爆発して死傷者2名」
⑧ 2014年11月、「米国ウィスコンシン州でアスファルトタンクが爆発・火災」
アスファルトタンクで注意すべきことは、水による突沸、軽質油留分の混入、運転温度の上げすぎ、屋根部裏面の硫化鉄の生成などである。
今回のイタリアの事例は、ARIAの資料にもとづき、石油エネルギー技術センターの事故事例としてまとめられ、公表されている。(「製油所のアスファルトタンクが突然破壊し火災」を参照)
■ この資料には、突然、「SMS」という略号出てくる。重要な言葉であるが、解説がなく、総括的にみて「セーフティ・マネジメント・システム」とした。
■ 「フランス環境省
: ARIA」(French Ministry of Environment :
Analysis, Research and Information on Accidents)は、フランス環境省(現:フランスエコロジー・持続可能開発・エネルギー省 French
Ministry of Ecology, Sustainable Development and Energy)がフランスにおいて発生した事故について情報を共有化し、今後に活用するため、1992年から始めた事故の分析・研究・情報のデータベースである。有用な海外事故も対象にしている。
所 感
■ アスファルトタンクの爆発事例は少なくなく、原因は水または軽質油の混入によるものである。今回は、軽質油によるものとみられるが、過積載したタンクローリー車からタンクへ戻された際に、軽質油が混入されたとされている。しかし、なぜタンクローリー車に軽質油が残留していたのか、なぜタンクローリー車にアスファルトを受け入れたときに爆発(あるいはベントからのベーパー大量放出)が起こらなかったのか、なぜ過積載になったローリータンクから軽質分だけがタンクへ戻ったのかなど軽質油の挙動経緯がはっきりせず、疑問の残る事例である。
■ 事故の状況に関する記載内容では分からなかったが、「教訓」の中で、死亡した運転手の行方について消防諸隊が認識していなかった点が指摘されている。訓練と違って実際の発災時、混乱している中での人員把握は思っているほど容易ではない。さらに、今回のように一時的に入構してくる人の把握は難しい。おそらく、運転手仲間は被災者が現場に倒れたことを目撃したと思われる。この情報が伝えられ、命が助かった可能性があるとすれば、悔やむべき伝達ミスである。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Aria.development-durable.gouv.fr,
Tank failure in a bitumen storage unit of a refinery, 8 September,
2004,Italy, DGPR / SRT / BARPI - IMPEL-
No. 32829 , Sheet updated: May 2007
後 記: 近頃はARIAの資料で欧州各国の事故を紹介していますが、国によってまとめ方に差があるように感じます。
ARIAの資料は基本的によくまとめられています。しかし、今回のイタリアの事例は、ところどころで意図的に(と思われる)曖昧な文章にしています。多分、事業所や各部署の責任に関わるところを曖昧にしているからだと思います。
まず、発災場所がイタリアのどこか書かれていません。そして、「人の被害」では運転手が死亡したと書かれていません。「欧州基準による産業事故の規模」の項で評価する必要から死亡1名と記載され、亡くなっていたことがわかります。(このため、このブログでは「人の被害」の項で追記しました) 「教訓」の項では、項目の羅列と短い文章なので、状況や背景がわからなければ、曖昧な理解しかできません。
前回、前々回のスウェーデンやベルギーの事例に比べると、はっきりします。この点、イタリアは日本に似ているのかなと思いながら、まとめました。
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