漏洩ポンツーンで浮き屋根が傾斜したタンク (写真は2011年APIタンク会議資料から引用)
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<概 要>
■ 外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根が沈没した事例は少なくない。この沈没に至る要因は、浮き屋根のルーフドレン(雨水排水配管)の詰まりや排水能力を上回る豪雨によって屋根上に滞留した水で浮き屋根の浮力が失われることのほか、浮き屋根のポンツーン内に地震や強風により、溶接部に過剰な応力がかかり、割れが発生し、この割れから内部の油が浸入することによって浮き屋根の浮力が失われることによる。前者は時間的な余裕はないが、後者の割れ発生による事象はポンツーン内の油の滲みから始まるので、発見が早ければ、浮力回復の応急補修が可能である。
ここでは、米国と日本における漏洩ポンツーンの補修方法の事例を紹介する。
● ウレタン製ポンツーン・ライナー・ブラダーによる補修方法(米国)
● ポリウレタンフォーム材による補修方法(米国)
● 缶工法による補修方法(日本)
● バルーン工法による補修方法(日本)
<内 容>
■ ポンツーン・ライナーとは、“まくら形”の膨らませたブラダー(浮き袋)をいい、浮き屋根のポンツーン内に挿入する。
■ ポンツーン・ライナーの特長
●ポンツーンの浮力を付加する。
●浮き屋根の安定性を増す。
●ポンツーンの補修時期まで仮りの設置。
●屋根の沈下を防ぐ。
■ ポンツーン・ライナーはウレタンゴム製で、以下にポンツーン内に挿入する施工写真を示す。
補 足
■ 本情報はAPI(American Petroleum Institute)で定期的に開催されるAPIタンク会議(API Tank Conference)において2011年10月に発表された「Use
of Urethane Pontoon Liner Bladders in Leaking Pontoons」(Mesa
Industries, Inc. David J. Maurer)の説明用プロジェクター資料をもとにしたものである。
■ 発表者David J. Maurer氏の所属会社であるMESA
Industries Inc.は、1967年に設立し、オハイオ州シンシナティに本拠をおき、主として石油および貯蔵タンク業界に特化した製品を製造し、販売している会社である。主な製品は、浮き屋根の排水システム、フレキシブルパイプシステム、浮き屋根のシールシステムなどである。
■ ウレタンゴムは、活性水素をもつポリオールとイソシアネートを反応させて作られる高分子化合物のゴムである。ウレタンゴムは他のゴムに比べて強度が大きく、耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性が優れている。一方、耐熱性に乏しく、ポリエステルタイプは酸、アルカリ、熱水、水蒸気などの加水分解に弱い欠点がある。ウレタンゴムは、低速のタイヤなど耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性を必要とする工業用ゴム製品に用いられる。
<内 容>
■ ポンツーン内にポリウレタンフォーム材を注入する補修方法である。
■ 補修用ポリウレタンフォーム材の補修方法の特徴はつぎのとおりである。
●漏れをシールできる。
●タンクの供用中や供用中でないかにかかわらず、設置が可能である。
●耐油性がある。
●大気中に放散するベーパー分の放出を防ぐ。
●フォーム材を取付ける前に、ポンツーン内を清掃する必要はない。
●ポンツーン内を充填すれば、屋根は沈下することはない。
●一方、耐熱性に乏しい。
ポンツーンの一部に内部液が漏れ入った状況
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着底した状態で、全ポンツーンへポリウレタンフォーム材を注入させることを示す
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補 足
■ 本情報はAPI(American Petroleum Institute)で定期的に開催されるAPIタンク会議(API
Tank Conference)において2011年10月に発表された「A Method for the Repair of Leaking
Pontoons on Floating Roof Tanks Using Polyurethane Foam」(Unicoat
International Inc. Tommy Lightfoot)の説明用プロジェクター資料をもとにしたものである。
■ ポリウレタンフォーム(発泡ポリウレタン)は、慣用的にはウレタンフォームと呼ばれ、ポリオールとイソシアネートを主成分として、発泡剤、整泡剤、触媒、着色剤などを混合し、発泡させた樹脂材である。耐摩耗性、耐油性、耐オゾン性が優れている。一方、耐熱性に乏しい。発泡倍率によっていろいろな製品が可能で、スポンジ、クッション、シーリング材、吸音材、断熱材などに用いられている。
■ 発表者Tommy Lightfooot氏の所属会社であるUnicoat
International Inc.は、1997年に設立し、テキサス州サウス・ヒューストンに本拠をおき、工業用コーティング材を製造している会社である。石油工業、橋梁、石油リグなどにおける耐食コーティング材を専門領域としている。
最近、浮き屋根式タンクのポンツーン補修用ポリウレタンフォームUI
7500を開発し、貯蔵タンクの漏洩ポンツーンに採用されている。
同社のホームページには、米国では貯蔵タンク所有者の憂慮している事に一つに浮き屋根の沈下問題があり、実際の屋根沈下の写真が掲載されている。(右写真)
このような状況の中でポリウレタンフォームUI
7500の採用例が紹介されている。適用されたタンクは、直径296フィート(89m)でダブルパン式浮き屋根で、ポンツーンは33個の仕切り室に区切られているが、このうち数個の室に油漏れが見られたため、
UI 7500が採用された。(下写真)
<内 容>
■ ポンツーン内に鋼製の缶を設置して余裕浮力をもたせる補修方法である。この工法については石油連盟が「缶工法浮力向上対策運用指針」としてまとめている。
■ 缶工法の適用と特徴はつぎのとおりである。
●使用する用いる缶は、灯油等を入れる通常の18リットル缶と同等品。
ただし、重量をできる限り軽量にするため、板厚が通常缶(JIS
Z1602 金属板製18リットル缶)の
0.32㎜より薄い0.27㎜ のゲージダウン缶を選定し、液体の出入れ口、ハンドリング用の取手を
なくし、巻き締め部にシーリング剤を使用しない。
●缶の寸法;天地巻き締め辺長:238mm×高さ:350mm、容量:19リットル
●1缶あたりの浮力13.33kg、1缶あたりの重量1.025kg
●比重0.7以上の油種を貯蔵するタンク
■ 缶の設置に関する配慮事項はつぎのとおりである。
●缶は縦置き、横置きを組み合わせて浮き室空間に効率的に設置する。ただし、最下段の缶は、
縦置きにして缶下部四隅にエッジガードを装着し、缶を浮き室下板鋼板に直置きしない。
●リング火災の輻射熱の影響を浮き室側板や上板から直接受熱しないように、喫水線より上に
位置する缶は、外リムや上板に接触しないように設置する。
●浮き室底板腐食防止のため、底板と接する缶底のエッジ部四隅に、ナイロン66製のエッジガード
(約10cm)を装着する。装着するのは2段積みの場合は下段の缶のみ。
浮力補助容器による浮き屋根の浮力確保に係る概要(イメージ)
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<設置例>
■ 台風や大雨の影響によって2012年に起こった浮き屋根の沈降事故は、浮き屋根の構造強化の改修工事を実施するが、水平展開として他のタンクについて点検した結果、ポンツーンに同様な損傷が3基のタンクに確認された。このため、この3基のタンクは改修工事を開始するまでの間の浮き屋根の浮力確保を目的として缶工法による補修工事が実施された。
■ 缶工法は、滞油のあるポンツーンの両側のポンツーンに適用された。施工期間は8日間で、浮き屋根1基分の作業に要する時間は、浮き屋根上への缶の搬入が約5人で1日、ポンツーン内への缶挿入が約5
人で1日半だった。
■ 本工事施工に係る経費の概算は、浮き屋根タンクのポンツーン2室に設置して、タンク1基分が約150万円だった。内訳は材料費約90万円、工事費約60万円である。
浮き屋根上への缶の搬入
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缶の設置配置の例 |
缶の固定方法
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補 足
■ 本情報は危険物保安技術協会がまとめた「屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策に係る検討会報告書」(2013年10月)の中の「耐震基準に適合していない特定屋外貯蔵タンクの浮き屋根に係る当面の対応及び破損した浮き屋根ポンツーンに危険物の浸入が生じた場合等の緊急的な対応」、および「 屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策等の推進について」(消防庁危険物保安室長、2013年11月20日)の別添2をもとにまとめたものである。
■ 缶の設置について「リング火災の輻射熱の影響を浮き室側板や上板から直接受熱しないように、喫水線より上に位置する缶は、外リムや上板に接触しないようにする」となっているが、落雷時の放電有無について言及されていない。浮き屋根部に落雷があった場合のアーク発生は一般に図のように考えられている。米国では、浮き屋根用接地設備のシャンツが逆に火災(リング火災)の要因になっているという議論がある。日本では、このようなシャンツは使用されていないが、ポンツーン内に置かれた缶との間に放電してアークが発生しないかという疑問は残る。しかし、リム部と異なり、ポンツーン内に爆発混合気が形成する可能性は低いので、火災発生へ至る可能性は小さいと思われる。
(図は2010年のAPIタンク会議から引用)
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ポンツーン内にバルーン(弾性浮体)の挿入例
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<内 容>
■ ポンツーン内にバルーンと呼ぶ弾性浮体を挿入する補修方法である。
■ バルーン工法の特徴はつぎのとおりである。
●事前に施工したバルーンを浮き室内で膨らませ、バルーンの浮力によって浮き屋根の浮力性能
を確保する。
●バルーン(弾性浮体)の耐油性は、2か月間の油の浸漬試験に対して耐性は十分であった。
使用したゴム体は10日間で膨潤が飽和し、以降1年間は変化しなかった。ナイロン布は耐薬品性に
優れているものを使用する。
■ バルーン工法の施工時に配慮事項はつぎのとおりである。
●バルーン(弾性浮体)を損傷から守るため、不燃性粘土やアルミテープ等でポンツーン内の
突起物等を養生する。
●床面へゴムシートを設置することによりバルーンの損傷を防止する。
<設置例>
■ 2003年に発生した十勝沖地震におけるナフサタンク全面火災事例を踏まえ、大規模地震時におけるシングルデッキ型浮き屋根の浮力を確保することを目的として施工された。耐震強化の改修を実施するまでの間の対応として、リスクが高いと考えられたライトナフサを60,000KL以上貯蔵するタンクの浮き屋根(6基)に適用された。
■ 対象タンク6基の全ポンツーンに、弾性浮体(バルーン)を設置した。
■ 施工期間は、実際に設置した1基(ポンツーン18室、設置弾性浮体数216個)の例で15日間だった。内訳は、養生が8日間、約70工数で、空気充填が7日間、約60工数だった。
■ 本工事施工に係る経費の概算は、浮き屋根タンク1基分(ポンツーン数18~22室分)で約4,000万円だった。内訳は材料・製作費約3,500万円、工事費約500万円である。
バルーン(弾性浮体)の設置における状況
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補 足
■ 本情報は危険物保安技術協会がまとめた「屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策に係る検討会報告書」(2013年10月)の中の「耐震基準に適合していない特定屋外貯蔵タンクの浮き屋根に係る当面の対応及び破損した浮き屋根ポンツーンに危険物の浸入が生じた場合等の緊急的な対応」、および「 屋外貯蔵タンクの耐震安全性の確保方策等の推進について」(消防庁危険物保安室長、2013年11月20日)の別添3をもとにまとめたものである。
所 感
■ 外部式浮き屋根型タンクの浮き屋根沈没事例として最近では、「沖縄ターミナルの原油タンク浮き屋根の沈没事故(2012年)」がある。このほかに日本では浮き屋根の沈没やポンツーン内部への液浸入の事例は少なくない。しかし、これは日本だけでなく、米国でもポンツーン内部への液漏れによる浮き屋根沈下の事例は珍しくないようである。
■ ウレタンゴム製ポンツーン・ライナー・ブラダーやポンツーンへのウレタンフォーム充填のアイデアは米国らしい製品の技術力と対応の発想力だと感じる。特にウレタンフォームの充填による方法は単なる漏れ補修だけでなく、浮き屋根の浮力を増加させたいという要求(例えば、最近の豪雨は従来と比べて極めて強い)やポンツーン内部の構造部材の補強に良いと思われる。
■ 缶工法は日本らしい“カイゼン・アイデア”であろう。実施例によると、ポンツーン1室当たりの費用は缶工法が約75万円であり、バルーン工法の約180~220万円に比べて安価である。落雷時の放電の疑問点を除けば、応急措置としては有利である。
後 記: 「缶工法浮力向上対策運用指針」(石油連盟)は、消防法令の趣旨を踏まえて作成されただけに随分小難しく書かれています。先日、瀬戸内海で自衛隊の輸送船と釣り船が衝突した事故で助かった人はクーラーボックスを抱いていたそうです。クラーボックスを買う際、浮力を事前に算定し、自分の重さを支えることができるか確認しておくのが良いでしょう(?) 冗談はともかく、消防行政も昔と異なり、現実的な方策を認めるようになってきたと感じる例です。ところで、1986年、米国オハイオ州ニューポートで起こった全面火災のタンクは1930年代に建設されたもので、屋根が木製でした。鋼製のタンク屋根の浮力はポンツーンで得るようになりましたが、今だに漏洩ポンツーンの浮力向上の対策が議論されるのも、何か寂しいものですね。