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2021年12月29日水曜日

ボイルオーバーの研究 = 実際的な教訓

 今回は、201612月に公表された“LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓)の資料を紹介します。

< 背 景 >

■ 1990年代後半の世界の石油会社16社が集まり、大型(直径40m以上)貯蔵タンクに関連するリスクを検討するプロジェクトが開始された。このプロジェクトが“LASTFIRE” Large Atmospheric Storage Tanks)である。この当時、大型の外部式浮き屋根型貯蔵タンクに関する火災のハザード(危険性)が十分に理解されていなかった。このため、現場における火災対応とリスク低減を図る必要性が石油・石油化学の工業界に認識されてプロジェクトが始まった。

■ 現在のメンバー会社はつぎの19社である。AMPOL, BP International, Coogee, EnQuest, ExxonMobil, LyodellBasell, MOL Hungarian Oil & Gas Co.,  Neste Oil,  Nynas,  Petronas,  Phillip66,  Puma Energy,  Qatar Petroleum,  Reliance Industries Lt,  Shell Global Solutions,  SINOPEC Safety Engineering Ins.,  Swedish Petroleum & Biofuel Institute(SPBI),  Total,  Viva Energy Australia

■ この資料は、LASTFIREのグループ・メンバーが集めた知識と経験にもとづいてまとめられたもので、原題は“LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓)である。

1.  ボイルオーバーの概念

 

2. ボイルオーバーの要点

■ ボイルオーバーから得られる教訓は、つぎのとおりである。

 ● ボイルオーバーの蓋然性(がいぜんせい)は原油タンクが全面火災になったときに起こるもののひとつだと仮定すべきである。原油タンクの全面火災についてすべての報告事例をLASTFIREで調べたところ、ボイルオーバーは火災がある時間燃えていたときに起こっている。

 ● ボイルオーバーは、常にではないが、ファイアボールからかなりの量の原油が雨のように降り注ぐ結末に至る。噴出物はタンク外に噴き出ることがある。しかし、ときどき「燃え立つナイアガラ」(Flaming Niagara)と表現されるようにタンク側に噴き落ちることがあり、防油堤内に留まるかも知れない。ただし、噴出流の速度や勢いによっては、燃える原油が防油堤を越えていくことがある。

 ● タンクの操業を管理する上で最良の選択をすることに関していろいろな考え方があり、ある場合にはボイルオーバーを回避するためであったりする。これらには、つぎのようなことである。

  〇 原油の沸点を均一化するために特別な材料を加えること。

  〇 ホットゾーンを攪拌して壊すため、原油、空気、水をポンプで循環させること。

  〇 水の層を排出すること。

 LASTFIREによる調査・検討では、緊急避難的な方法であっても、これらには保証できるものは無かった。ある場合には、ボイルオーバーを激しくするものもあった。(第4節を参照)

 ● LASTFIREによる研究では、現時点、ボイルオーバーを避けるための唯一の方法はホットゾーンが形成する前に全面火災を消火することである。直径の大きなタンクでは、有効な泡放射を達成するために煩雑な作業分担を行う必要があるが、これは実際には簡単なことではない。一旦火災が消えても、フロスオーバーやスロップオーバーによって原油がタンクから噴出する場合があることを認識すべきだある。

 ● 消火泡溶液をつくって水をタンクに加えることによって、消火活動はフロスオーバーやスロップオーバーに見舞われる。

 ● 防油堤は重要で火災の拡大を制限することに役立つ。ボイルオーバーのテスト作業中、広い範囲ではないが、防油堤の外に火災が広がったことがあったのを記しておく。

 ● 同じ防油堤内にある隣接タンクへの火災拡大は、ボイルオーバーが起こったときには、本質的に避けられない。従って、リスクを最小にするためには、ボイルオーバーの起こる可能性のある油を貯蔵する場合、タンク毎に防油堤を設けるのが好ましい。ただし、タンク設置場所におけるリスク評価(アセスメント)において油の性質が火災の着火の可能性が低いと評価された場合や、タンクが十分に小さく、ボイルオーバーが起こる前に迅速に消火できると評価された場合を除く。

 ● ボイルオーバーからの火災拡大の可能性は風下側でタンク径の10倍まで、風上側で少なくともタンク径の5倍まで広がると仮定すべきである。ただし、タンク設置場所の地形や防油堤の設計・一体性・サイズによっても違ってくる。緊急事態時の計画策定の目的では、火災拡大をタンク径の10倍と考慮しておくべきで、この意味で消防隊員の避難方法を考慮しなくてはならない。タンク間距離が少なくともタンク径の5倍を超え、十分なスペースを持っているタンクが大多数の場合には、実効性は低いと思われる。

 ● 大規模なテスト作業にもとづくと、ホットゾーン(ヒートウェーブ)降下速度は1.52.5m/hの範囲にあると推定される。ただし、この値はテスト時における値であり、実際の大型タンクにおける絶対値ではないことを付記しておく。

 ● ディーゼル燃料やバイオディーゼル燃料でボイルオーバーが発生するのかどうかを調べるため、ディーゼルおよびバイオディーゼルを燃料としたテストを行った。これらの燃料を水ベースの上で燃焼させて、燃料が十分燃え、水の層の最上部の温度が沸点に達すると、ときどきボイルオーバーのような現象が現れた。これは「薄層ボイルオーバー」(Thin Film Boilover)と呼ばれているが、実際のボイルオーバーのような激しい現象ではなかった。テストした典型的なバイオディーゼルではボイルオーバーが発生しなかったが、バイオディーゼルはいろいろな種類やグレードがあり、すべて同じ性質をもつということは保証できない。もし特別な懸念があれば、テストすべきである。(注記; 一般的にバイオディーゼル燃料を貯蔵するタンクは、ボイルオーバーが起こる原油と違ってタンク底における水の液位は低い。もちろん、バイオディーゼル燃料は引火の可能性が十分に低く、実際に起こるリスクは完全に異なる)

3. 火災時の対応者に関する留意事項

■ ボイルオーバーに関する一般的な問題をLASTFIREは提示しており、火災時の対応者の留意事項は、つぎとおりである。

 ● ボイルオーバーは極めて厳しい火災事象である。原油タンク火災が起こってから比較的短時間で消火できなければ、ボイルオーバーが起こると仮定すべきである。(この場合、全面火災のケースである)

 ● リムシール火災だけの事象であれば、タンクがボイルオーバーを起こしたという報告事例はない。

 ● 火災の防護に関する基準や手引きでは、「ボイルオーバー」、「スロップオーバー」、「フロスオーバー」はそれぞれ発生要因によって異なる理由から別な事象と言及していることがある。しかし、実際の火災対応時には、熱い原油や燃えている原油が噴き出してくる事象は人的被害や設備被害の点において同じ可能性をもっていると感じている。

 ● もっとも激烈な形で起こるボイルオーバーに併存する3つの重要な要素は、つぎのとおりである。

  〇 タンク全面火災。

  〇 タンク内の水の層および/または水のポケット。

  〇 高温で比較的密な熱い領域、すなわちホートゾーン(ヒートウェーブ)の形成。このホットゾーンは原油では発生するが、ガソリンや灯油といった精製された油製品では生じない。ただし、このような各範囲をもつ油製品はタンク内で混合されている。異なった沸点をもつ別な油が同じタンク内で混合されたとき、ホットゾーンは生じることもある。

   ボイルオーバーから発生する輻射熱は、通常の安定した燃焼時に感じる輻射熱よりも格段に増加する。このレベルは火災対応者が耐えうると考えられる最大輻射熱レベル(たとえば、API Std 521Pressure-relieving and Depressuring Systems」では、短時間で6.3 kW/㎡と警鐘)をはるかに超えるものである。このことは重要で、ボイルオーバーが起こった時の輻射熱レベルは人が生存できないかも知れないということである。従って、対応者は全面火災時に配置していたときよりも数倍遠くへ退去して、適切な安全距離をとらなければならない。

 ● ボイルオーバーは同じタンクで一度だけでなく何回も起こることがある。LASTFIREのボイルオーバーのテスト時には、4回起こった。このように、1基の原油タンク火災から複数回のボイルオーバーが起こる可能性があるため、消防隊などの火災対応者には避難小屋が無いことを考慮すべきである。ボイルオーバーが収まったからといって、火災対応者はタンク近くの配備場所に戻ってはならない。ボイルオーバーが再び起こるかも分からないので、安全距離を保たなければならない。

 ● ボイルオーバーが収まった後でも、スロップオーバーのようなボイルオーバー型の事象が起こり得るので、対応戦略としてはこのことを認識しておくべきである。

 ● もし原油タンク全面火災を迅速に消火できれば、ボイルオーバーの発生確率は減らすことができる。

 いつまでに火災を消火すればよいか、正確な時間を提示することは不可能である。これはボイルオーバーが多くの変数が影響しているからである。しかし、必要な泡放射量を適用できれば、消火活動がうまくいくチャンスがある。(たとえば、米国規格や欧州規格における最低泡放射量は、泡モニターを使用した場合に1012 L/min/㎡(ロスを含む)、泡システムを使用した場合に48 L/min/㎡である) 連携がとれた協調した泡の攻撃の行える理想的な時間は数時間であろう。理想的には、原油タンク火災の泡放射は24時間以内で開始すべきである。しかし、実際にはすべての配備が円滑にいくとは限らないことを認識しておく必要がある。あらゆるケースの中で、泡放射の開始前にボイルオーバーが発生するという可能性を評価しておかなければならない。そして、多くの要素がボイルオーバーに影響するが、もっとも関係するのが、油の液位であり、ホットゾーン(ヒートウェーブ)の可能な深さである。もし、泡の攻撃の資機材の配備がかなり遅れれば、どんな泡の攻撃がなされようとも成功するという保証は無い。(予燃焼期間が長引いた原油タンク火災の泡の効果については十分には分かっていない)

 ● 直径の大きなタンク(大型タンク)のために車両機材を配備するようなロジスティック(兵站)があれば、泡放射のための目標時間は短くなる効果がある。このためには、機材は円滑に使用できるようにしなければならないし、非常事態の対応人員はタンク火災の対応に有能でなければならない。これには、大型容量の機材について十分な訓練と経験をもち、事前の計画と実際の配備や機材の操作を含めて大規模な訓練を通じて泡薬剤を備蓄しておくことが必要である。

● もし原油タンク火災が途切れることなく燃え続ける場合には、激しいボイルオーバーが発生すると思っておくべきである。ボイルオーバーが起これば、明るく輝く柱を形作って油が空中に噴出するだろう。油が地上に落下してくると、ひとつの波動が形成される。油は難なく防油堤を覆うように広がる。198212月に起こったベネズエラのタコア火災では、防油堤を越えていったことが知られている。1983年に起こった英国ウェールズのミルフォード・ヘブン原油火災時には、最初のボイルオーバーによって油が1.6ヘクタールのエリアに飛散した。

 ● 噴出する油の広がる範囲は、ボイルオーバーが発生した時におけるタンク内に入っている油の量に関係する。しかし、現時点、ボイルオーバーが発生したときの油の深さ(液位)と熱油の波動による移動距離との間の関係性については分かっていない。また、防油堤の壁の高さによって熱油の波動が防油堤を越えるのを防ぐか否かも分かっていない。

 ● 熱画像カメラや示温塗料はホットゾーン(ヒートウェーブ)を評価するのに役立つが、総合的にみて信頼性は低い。どこのタンク地区でもホットゾーンの形成が均一という理屈は無いからである。

 ● 泡溶液の種類によって火災時に適用される大量の水自身がボイルオーバー時の噴出水蒸気に付加したり、消火現象時にスロップオーバーを引き起こしたりして、非常事態対応者の安全を危険にさらす可能性がある。

 ● シューという音がボイルオーバー発生の切迫したサインだといわれるが、これも信頼性があるとはいえない。通常、いくらかの水蒸気発生が見えることがあり、これが“ボイルオーバー”の音と同時に起こることがある。ただし、常にそうだとはいえない。この音の始まりとボイルオーバーが起こる時までに、タンクの近くから安全に避難するには、十分な時間がないかも知れない。

 ● タンクから水を多く抜き出せば、ボイルオーバーの激しさを軽減できそうであるが、これはやめた方がよい。この行為はボイルオーバーまでの時間を短くすることになる可能性がある。しかし、現時点の知識では、これを定量化することができない。

 ● もしも安全な方法があったとして、タンク内の原油を抜き出すことはボイルオーバーの激しさを軽減できそうにみえるが、これはボイルオーバーの発生時間を早めることになる。この方法をとった時には、抜き出している原油の温度をモニタリングすべきである。そして、100℃に達する前に抜出しはやめるべきである。タンク底部あたりの温度が100℃になれば、ボイルオーバーが切迫していることを意味している。

 ● 迅速で効率的な消火活動を除けば、ボイルオーバーを回避したり、遅くすることについての理論を実際的な立場から証明した人はいない。

 ● ボイルオーバーが起こらないだけの十分な時間を確保した必要放射量の泡放射が安全に開始できないと判断したら、そのときは全焼の方針を承認しなければならないが、ボイルオーバーの激しさが予測不能であるため、“制御した全焼”はできないと認識しておくべきである。唯一残された戦略は、ボイルオーバーが起こった後、発災タンク以外で結果として生じる火災に曝されるかも知れない構造物の冷却に備えることである。もし可能であれば、原油をポンプで排出してしまうことである。タンクからすべての油を除去してしまえば、更なるボイルオーバーは起こらないことを考慮して、ボイルオーバーを待つために安全な位置まで下がった非常事態対応者が、消火活動や冷却作業を通じて更なる火災の拡大を防止することである。(ただし、これらのことは“安全が確保されること”が前提条件である)

 ● 原油以外の油で記録されているボイルオーバーがある。これは広範囲の沸点をもつ油製品の混合液である場合に生じている。

 4LASTFIREの調査研究を通じた価値ある特別な事例 

■ 調査研究作業の中で、 LASTFIREはボイルオーバーを回避したり、遅らすことができる方法に関して他の工業界のグループと協力していくこととした。これには、油の特性を変える目的で添加剤の適用を含んでいる。すなわち、添加剤によって油の特性を変え、ホットゾーン(ヒートウェーブ)を形成しない、あるいは少なくとも形成を遅らすことである。LASTFIREのメンバーによって規模の小さいテスト(直径2.4mまで)を実施して観察した。油の中のいろいろな高さにモニタリング用の熱電対を設けて、ホットゾーンの形成を記録した。テストでは、添加剤の有りと無しについてボイルオーバーまでの経過を時間記録と熱電対の読みとともに目視で観察した。しかし、添加剤を加えても遅延や防止効果は見られなかった。

■ 熱電対のデータとともにボイルオーバーまでの時間測定や目視観察では、添加剤の有りと無しによる結果に顕著な差は認められなかった。

■ この理論の効果に関する主張が、なおも、いくつか発表されている。その例は、LASTFIREの実施した作業の内容への疑問、理論を確かめる必要性、大規模なテスト無しに小規模なラボテストなどであり、主張は事故で実際に起こる前や緊急事態対応者が危険な目に遭う前に行うべきというものである。

5LASTFIREのボイルオーバー研究による写真 

■ つぎの写真は、LASTFIREのボイルオーバー研究のプログラムの中でいろいろな段階で撮影されたものである。この研究では、直径0.6mから直径約6mの範囲のテスト用タンクで行われたものを含んでいる。



所 感

■ 今回の資料は、「現時点、ボイルオーバーを避けるための唯一の方法はホットゾーンが形成する前に全面火災を消火することである」とし、「熱画像カメラや示温塗料はホットゾーン(ヒートウェーブ)を評価するのに役立つが、総合的にみて信頼性は低い。シューという音がボイルオーバー発生の切迫したサインだといわれるが、これも信頼性があるとはいえない」とし、ボイルオーバー発生への甘い見通しによって人的被害が出ることを回避しなければならないという意思を感じる。

■ 一方、原油タンク全面火災時に現場指揮所や消防隊とるべき実際的な対応事項は興味深く、参考になる内容である。このブログで紹介してきた「ボイルオーバー」の主なものはつぎのとおりで、これらの内容と読み比べ、これまで策定してきた緊急事態対応計画書を見直すのがよいと思う。

 ●「貯蔵タンクのボイルオーバーの発生原理、影響および予測」20142月)

 ●「浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー」20144月)

 ●「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」20139月)

 ●「テキサス州マグペトコ社タンク火災のボイルオーバー(1974年)」20142月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」201410月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1) 」201410月)

 ●「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(19838月)」201412月)

 ●「原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略」20163月)

 ●「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」20168月)

 ●「原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバー現象」20169月)

 ●「イエメンでディーゼル燃料タンク爆発、薄層ボイルオーバーか、負傷15名」20192月)

 ●1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー(泡消火剤の搬送)」20218月)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Lastfire.co.uk,  “LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓),  Issue3 December, 2016 


後 記:  “LASTFIRE” 1990年代後半に世界の石油会社16社が集まり、この当時、大型の浮き屋根式貯蔵タンクに関する火災の危険性が十分に理解されていなかったため、いろいろな調査・検討を行ってきています。「ボイルオーバー」もそのひとつですが、要約版が一般に公表されたものです。今回の資料をきっかけにLASTFIREのメンバー会社を調べたら、プーマ・エナージー社がメンバー会社の1社であることを知りました。同社では、20168月に「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」を起こしています。この事故では、死傷者は出なかったようですが、爆発(ボイルオーバー発生)の危険性を考慮して、1km以内に立ち入らないよう求めていました。ボイルオーバーの危険性は想像を越えていることを正しく理解しておくのがよいという気がします。今年最後のブログですが、硬い締めくくりになりました。



2021年12月24日金曜日

日本製紙岩国工場においてタンク洗浄中に硫化水素中毒2名

今回は、20211218日(土)、山口県岩国市にある日本製紙㈱岩国工場でタンク洗浄中に硫化水素中毒でふたりが負傷して事例を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、山口県岩国市飯田町にある日本製紙㈱の岩国工場である。

■ 事故があったのは、製紙工場の木をパルプにする工程にある容量約10㎥のタンクである。

<事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 20211218日(土)午後110分頃、日本製紙岩国工場で社員がタンク洗浄中に倒れて意識がないという通報があった。

■ 発災に伴い、消防署の救急車が出動し、現場で社員2名を病院に搬送した。 2人のうちひとりの社員(20歳代)が意識不明の重体で、もうひとりの社員(50歳代)は喉に痛みを訴える軽傷である。

■ 消防によると、現場付近には何らかの液体が入ったタンクがあり、消防はこのタンクから硫化水素が漏れた可能性があるとみて原因を調べている。

■ 岩国地区消防組合によると、現場で硫化水素を検出したが、工場外への漏れは無いという。

■ 日本製紙によると、社員2人は、木をパルプにする工程にある容量約10㎥のタンクを酸性の液体を使って洗浄していたという。

被 害

■ 人的被害として負傷者2名が発生した。

■ 物的被害や生産への影響は不明。有害物質の漏洩があったが、所外の環境への影響はなかった。 

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は、硫化水素の発生した可能性のあるタンク内からガスが漏れ出て、硫化水素中毒を起こしたとみられる。

< 対 応 >

■ 日本製紙によると、もともと硫化水素が発生する作業で、なぜ誤って吸ったかは調査中とのことである。 硫化水素は無色のガスで刺激臭があり、高濃度で吸うと意識混濁や呼吸マヒの症状が現れる。

補 足

■ 「岩国市」は、山口県の最東部に位置し、瀬戸内工業地域の一角を担う人口約127,000人の市である。

■ 「日本製紙㈱」は、日本第2位(世界8位)の製紙業会社で、三井グループと芙蓉グループに属し、全国に12の工場を擁している。

「日本製紙㈱岩国工場」は、 1939年(昭和14年)6月山陽パルプ工業㈱の岩国工場として操業開始し、現在は印刷出版用紙、情報用紙、外販用パルプを製造している。岩国工場のパルプ設備能力は木材パルプ1,800トン/日、年間生産量紙555,610トン、従業員555名、 敷地面積1,073,000㎡である。 岩国工場は合併の繰返しで、1972年に山陽パルプと国策パルプ工業が合併して山陽国策パルプ㈱となり、 1993年に十條製紙と山陽国策パルプと合併し、日本製紙㈱となった。

■ 事故があったのは「木をパルプにする工程」と報じられており、日本製紙の木材パルプ製造工程の例を図に示す。発災は容量約10㎥のタンクであるが、どの工程に使用されていたかは分からない。容量10㎥は直径2.5m×高さ2.5mほどのタンクである。日本製紙によると、酸性の液体を使って洗浄しており、もともと硫化水素が発生する作業であったという。

所 感

■ 今回の事故は、状況がよく分からない。タンク洗浄中に起こったものであるが、 2名の被害者うち、ひとりの社員(20歳代)が意識不明の重体で、もうひとりの社員(50歳代)は喉に痛みを訴える軽傷だという。印象としてはタンクへの入槽作業ではないと思われるが、硫化水素の濃度と症状からすれば、5350ppmの硫化水素が漂っていたと思われる。

■ 本ブログで取り上げた硫化水素に関わるタンク事故は、2018年以降だけでつぎのように3件ある。

 ●20217月、「宮城県女川原子力発電所で洗濯廃液タンクから硫化水素漏れ(原因)」
  (「宮城県女川原子力発電所で洗濯廃液タンクから硫化水素漏れ、7名体調不良」

 ●20192月、「大阪府のカーペット製造会社でタンク清掃時に転落、2名死亡」

 ●20186月、「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」

■ 硫化水素の事故では、善意の行動が裏目に出た事例がある。一方、酸素欠乏危険作業になるのに、防護措置(酸素マスク)をせずに作業や救助しようという無謀な事例もある。日本製紙岩国工場は、今回の事故について同社のウェブサイト(ニュースリリース)で何ら情報を出していない。世の中は硫化水素による事故が多いので、是非、調査結果を教訓とともに公表してもらいたい。(後記を参照)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

  ・Chugoku-np.co.jp,  日本製紙岩国工場でタンク洗浄中の社員1人重体 硫化水素検出,  December  18,  2021

   Sankei.com,  山口・岩国の日本製紙工場でガス漏れか、1人重体,  December  18,  2021

   Asahisinbun,  硫化水素中毒? 製紙工場で男性重体,  December  20,  2021


後 記: 今回の事故については、メディアの報道のほかインターネットのSNSで流れています。例えば、3年前に石川県の製紙工場で同じような硫化水素中毒による死亡事故があったことを思い出しました。社員の方が回復されますように」、「マイナーな業界ってやばい工程の人手作業を平気で残していて怖い」、「若いし、硫化水素扱い資格を持ってなかったんだろうか。硫化水素の事故が起きるのは管理者のせいですよ。守るべきルールを守らないから、最近、工業系の事故が増えているんです」、 「日本製紙が安全対策マニュアル作成して作業指示していたのか、作業員が指示どおり作業していなかったのか、防毒マスクや換気していたのか?」、 「質問1; 労働安全衛生法違反?・・・第二十四条 事業者は労働者の作業行動から生じる労働災害を防止するために必要な措置を講じなければならない。 質問2; 労働者が声をあげて改善すべきだった?」 などで、状況が分かっていないだけに素朴な疑問が多いですね。このまま労働基準監督署に報告書を出して終わりじゃ、このような疑問をもった人はもっと多いはずで、日本製紙(岩国工場)に悪い印象残したままですね。 

2021年12月13日月曜日

ハワイの米海軍・地下燃料貯蔵タンク施設が飲料水汚染で運営停止

 202156日(木)、米国ハワイ州オアフ島にある米海軍のレッドヒル燃料タンク貯蔵施設で油漏れがあり、原因調査結果は、20211029日(金)に公表された。その後、20211130日(火)、米軍基地の住民や職員などに供給している飲料水が油に汚染されていることが分かった続報について紹介します。「ハワイの米海軍・地下燃料貯蔵タンク施設で人為ミスによる油流出」202111月)を参照)

< 発災施設の概要 >

■ 発災施設は、米国ハワイ州(Hawaii)オアフ島(Oahu)にある米海軍のレッドヒル燃料タンク貯蔵施設(Red Hill Fuel Tank Storage Facility)である。施設の建設は1940年にさかのぼり、地下燃料貯蔵タンクが20基あり、最大貯蔵容量は252百万ガロン(953,820KL)である。

■ 事故があったのは、 施設内にある地下燃料貯蔵タンク系の設備である。地下燃料貯蔵タンクは1基の容量が12.5百万ガロン(47,300KL)で、パイプラインによって約2.5マイル(4 km)離れた真珠湾の米海軍基地に接続されている。

■ レッドヒル燃料タンク貯蔵施設にもっとも近い飲料水用の立て坑は約3,000フィート(910m)離れたところにあり、真珠湾ヒッカム合同基地の軍の家族らに水を供給する水源である。つぎに近い飲料水用の立て坑は約1マイル(1,600m)離れたハラワ(Halawa)にあり、ハワイ州水道局がホノルル市に飲料水を供給している。2つの立て坑はいずれも米海軍が運営している。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 202156日(木)、レッドヒル燃料タンク貯蔵施設から油漏れが発生した。

■ 米海軍によると、漏洩した油はジェット燃料で、漏洩量は1,000 ガロン (3,785リットル)以上 という。

■ 米海軍は、「封じ込めシステムは施設内に燃料を封じ込めるように設計されており、燃料が環境に放出された兆候はありません」と述べていた。

 

■ パイプラインにサージ圧力(ウオーターハンマー)が発生し、部品が破損した。

■ 内部の油が外部の下部アクセス用トンネル内に1,618 ガロン(6,125リットル)漏洩した。うち38ガロン(144リットル)は回収できず、土壌に浸出して土壌汚染した可能性がある。 

■ 事故に伴う人的な被害は無かった。

■ 20211130日(火)、米軍真珠湾ヒッカム合同基地に供給している水道水が油で汚染されていたことが分かった。(油漏洩の事故との相関は分かっていない)

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は、オペレーターの人為ミスである。燃料移送運転中、オペレーターが燃料ラインのバルブを閉じるときに正しい手順に従わなかったため、システム内にサージ圧力(ウォーターハンマー)が発生し、パイプライン中の部品が吹き飛ばされて燃料が放出された。

< 対 応 >

■ 2014年にタンクNo.5から27,000ガロン(102KL)以上漏洩するという事故が起こった。タンクは飲料水用の帯水層から100フィート(30m)上にあるため、施設が重要な水源を汚染する可能性があるのではないかと懸念が生じていた。この帯水層から得られる水はホノルルの都市部で消費される飲料水の4分の1を供給している。今回の油漏洩のニュースは燃料タンクの信頼性に関する住民の懸念を新たにしていた。

■ 漏洩原因の調査が、海軍供給システム司令部(Naval Supply Systems Command)の海軍石油局(Naval Petroleum Office)によって行われた。調査結果は、20211029日(金)に公表された。それによると、ジェット燃料の漏れは地下燃料貯蔵タンクからではなく、パイプラインからのものであるという。

■ 漏洩原因は、オペレーターが燃料移送運転中、燃料ラインのバルブを閉じるときに正しい手順に従わなかったため、システム内にサージ圧力(ウォーターハンマー)が発生し、パイプライン中の部品が吹き飛ばされて燃料が放出されたものだった。

■ 米海軍は、実際に漏洩した燃料の量は1,618ガロン(6,125リットル)であるといい、38ガロン(144リットル)を除いてすべて回収したと発表した。そして、地下燃料貯蔵タンクは、事故が起こっている間、損傷を受けておらず、その後実施されたタンク健全性試験に合格したと付け加えた。

■ 回収できなかった燃料は一部が土壌に浸出した可能性がある。1,618ガロン(6,125リットル)の燃料は施設の下部アクセス用トンネルに流出し、海軍は38ガロン( 144リットル)の燃料を回収できなかったと思われる。

■ 米海軍は、燃料移送手順中に制御室におけるシステムオペレーターをさらに配置するなど、再発防止の安全対策をとった。

■ 202110月、海軍はタンク内に新しいライニングを追加するか、2045年までに撤去することを提案した。この撤去の提案は以前の合意から7年遅いものだった。これに対して、ハワイ州の健康省と環境保護庁は計画案を拒否した。現在、米海軍のタンクに関する改造計画に反対する訴訟があっている。ハワイ州はタンクの完全な撤去と移設を求めている。

水道水の汚染

■ 20211130日(火)、米軍真珠湾ヒッカム合同基地の施設の水道水を使用している小学校2校を含めた基地の住民や職員など約1,000世帯の人がガソリンのような臭いを訴えたことをハワイ健康省が発表した。水道水を飲んだ後、けいれんや嘔吐などの症状が出た人もいるという。翌121日(水)、水のサンプルのひとつから石油分が検出され、住人は飲用、調理、口腔衛生のための代替の水源を見つけるよう促された。

■ 123日(金)、米海軍はレッドヒル燃料タンク貯蔵施設の近くにある井戸から採取したサンプルに石油が含まれており、ケミカル(石油)はその井戸から来ていることを発表した。米海軍は「十分な注意」規定のため1128日(日)から井戸(飲料水用)を閉鎖していると語った。

■ 米海軍は石油が水に浸入する原因については明らかにしていないが、AP通信は消火システムの排水管からレッドヒル燃料タンク貯蔵施設の下部トンネル内に水と油の混合液が漏れたと報じている。当時、米海軍は、事故の際に燃料が環境に漏れていないと述べていた。

■ 米海軍は、汚染源はレッドヒル燃料タンク貯蔵施設からわずか半マイル(800m)のところにあるレッドヒル水系の立て坑であるとみている。

■ ハワイ州知事は、「飲料水の汚染が確認されたテスト結果によって、米海軍が第二次世界大戦時代の施設を実際には有効に運営していないということを示している。海軍はこの危機に立ち向かい、修復する間、レッドヒル燃料タンク貯蔵施設の運営を直ちに停止するようを求める 」という声明を出した。

■ ハワイ州の水道局は、「レッドヒルの水源を閉鎖したことについて海軍からただちに通知されなかったことを遺憾に思う」と述べている。

■ 123日(金)、ハワイ州水道局は、飲料水汚染の予防的措置として、飲料水源のハラワの立て坑を閉鎖した。

■ 海軍は、排水系統をきれいな水でフラッシングして、残っている石油を水から取り除くとし、最大10日間かかる可能性があると語った。また、石油がどのようにして上水道に流入したかを調査することも約束した。

■ 126日(月)、ハワイ州の健康省は、地下貯蔵タンク系の漏洩や運転によって「人の健康と安全または環境に差し迫った危険」が生じた際に対応できる知事の権限にもとづき、燃料施設の運営を停止するよう海軍に命じた。同省は、海軍は命令に上訴できると語った。

■ 126日(月)、米海軍は、ホノルルの飲料水のほぼ20%を供給するハワイの帯水層の上にあるレッドヒル燃料タンク貯蔵施設の使用を停止すると発表した。海軍長官は真珠湾の記念行事のため、ハワイを訪れていたが、「ひどい悲しい出来事」と呼んだ事故の影響を受けたすべての人たちに謝罪すると語った。海軍がレッドヒル燃料タンク貯蔵施設を永久に閉鎖することを検討しているかどうか質問に対して、海軍長官はすべての可能性が調査されていると答えている。

■ 米海軍によると、国防総省は2006年以来、施設の更新と環境試験の実施に2億ドル(220億円)以上を費やしてきたという。

■ 128日(水)、海軍長官は、石油が海軍の飲料水系にどのように浸入したかについての調査が終了し、海軍が運用しているレッドヒルとハラワの飲料水用立て坑の閉鎖が続くまで、貯蔵タンクの運用を停止するよう命じた。

■ 汚染された飲料水を使った家族の中には、燃料の臭いが始まってから1週間後に、発疹、胃の問題、めまい、喉の痛みなどの症状が出たという。

■ 米軍は汚染された飲料水の家に住む人たちのために飲料水を配布しているほか、ホテルの部屋を手配した。129日(木)の午後には、軍のコミュニティセンターにホテルの部屋を申請している人たちが並んでいた。

補 足

■ 「ハワイ州」(Hawaii)は、中部太平洋に浮かぶハワイ諸島にあり、人口約1,360万人の米国の州である。

「オアフ島」(Oahu)は、ハワイ諸島のひとつで、ホノルル郡に属する人口約90万人の島である。オアフ島のホノルル市(人口約35万人)が州都である。

■ 「レッドヒル燃料タンク貯蔵施設」(Red Hill Fuel Tank Storage Facility)は、米国が第二次世界大戦に入る前に、真珠湾にある地上式の燃料貯蔵タンクの脆弱性について懸念を抱き、1940年に大量の燃料を貯蔵でき、敵の空中攻撃から安全な新しい地下施設を建設することとされた。レッドヒルは均質な玄武岩で地下タンクに適している。当初は4基の大きな横型の地下タンクを建設する予定だったが、計画の過程で、建設と掘削が同時に行える竪型に変更された。 3,900人の労働者が24時間無休のプロジェクトで、レッドヒルの建設中の194112月に日本による真珠湾攻撃が行われたが、1943年に操業が開始された。 20基の地下貯蔵タンクで構成されており、うち23基は、通常、清掃・検査・修理のために空になっていて、現在、180百万ガロン(68KL)の燃料を貯蔵している。貯蔵されている燃料は船舶用ディーゼル、JP-5JP-82種類のジェット燃料の3種類である。レッドヒル燃料タンク貯蔵施設を紹介する動画がYouTubeに投稿されている。(YouTube, RH Trailer(2016/10/07)を参照)

■「地下燃料貯蔵タンク」は、厚さ1/4インチ(6.3mm)の鋼板の溶接構造の単層タンクシステムで、外側には24フィート(60120cm)のコンクリートで裏打ちされている。すなわち、コンクリート製タンクで鋼板ライニングを施工しているとも言え、 海軍はタンク内に新しいライニングを追加するか、2045年までに撤去することを提案していた。

所 感 (前回)

■ 事故の原因は人為ミスである。燃料移送運転中、オペレーターが燃料ラインのバルブを閉じるときに正しい手順に従わなかったため、システム内にサージ圧力(ウォーターハンマー)が発生し、パイプライン中の部品が吹き飛ばされて燃料が放出されたとしている。

■ しかし、オペレーターが間違いをした要因(間接原因)については言及されていない。燃料ラインのバルブを早急に閉めなければならない何かの事象が起こったのではないだろうか。例えば、初めにパイプラインのフランジ部などから漏洩があり、早急にバルブを閉止するよう指示があった際、あわてて(あるいは正しい手順がとれずに)閉じたということなどである。すなわち、平常運転でなく、異常な状態が起こり、平常時の正しい手順がとれなかったのではないか。長い距離(4km)のパイプラインを操業するオペレーター(軍人でなく、業務委託した民間人という)は、サージ圧力(ウォーターハンマー)についてよく理解しているはずである。

■ 一般に軍事組織は機密を第一義にするため公表しない。その中で、米軍は発表する方で、その内容はウソではないが、真実を語っていない、いわゆる“フェイク”が少なくない 。たとえば、今回の漏洩について「漏れたのは1,618ガロンで、38ガロンを除いてすべて回収した」と練られた説明になっており、回収できなかった38ガロンを曖昧にしている(蒸発なのか、外部の土壌に浸出したのか) ここにメディアの取材による真実への取組みに期待する点である。

所 感 (今回)

■ 202156日(木)に発生したレッドヒル燃料タンク貯蔵施設の油漏れが意外な展開をしている。レッドヒルの海軍運営の飲料水源が油汚染によって、米軍基地の住民や職員など約1,000世帯の人に身体の不調を訴えるという事態になった。しかも、皮肉なことに海軍長官が127日の真珠湾記念行事のためにハワイを訪れており、不満の矛先が海軍長官に向けられ、レッドヒル燃料タンク貯蔵施設の運営を停止するという発言に至った。

■ しかし、これまでの一連の動きを考えれば、問題先送りのしっぺ返しだといえる。 80年前の溶接施工技術やコンクリート技術を今の技術で見たときには、このままではいつか破綻する時期がくるだろうと思っていたが、こんなに早い展開になるとは思っていなかった。

 周南市(旧徳山市)には、旧日本海軍が建設した12基の覆土式地下タンク(最大は内径88m×深さ10m×容量50,000KL)があったが、戦後、解体・埋め戻された。しかし、今も川(雨水排水路)に油が浮くことがある。排水路には常時オイルフェンスが展張され、油の回収が行われている。旧地下タンクやパイプラインから漏洩した油が地中に残存しているらしいが、どこから流れてくるか分からないという。レッドヒル燃料タンク貯蔵施設が日本の覆土式地下タンクと同じとは断言できないが、地下タンクから漏れた油は外(土壌側)から見えない。レッドヒル燃料タンク貯蔵施設でも、過去に漏れた油が土壌に浸透し、徐々に井戸などで顕在化してくるのではないだろうか。

(注;「今も戦時タンク跡から油 山口県周南緑地地下に旧日本軍施設【動画】」(中国新聞2020/10/23)を参照)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Tankstoragemag.com, Operator error caused US Navy’s Hawaii tank farm leak,  October 29, 2021

    Militarytimes.com, Navy says operator error caused Hawaii pipeline leak,  October 27, 2021

    Usnews.com, Navy Says Operator Error Caused Hawaii Pipeline Leak,  October 26, 2021

    Hawaiinewsnow.com, Another leak prompts new calls to shut down Navy’s massive Red Hill fuel storage facility,  May 08, 2021

    Civilbeat.org, Navy Says Fuel From Red Hill Pipeline Likely Leaked Into Soil After Human Error,  October 26, 2021

    Nhregister.com, Navy says operator error caused Hawaii pipeline leak,  October 26, 2021

    Hawaiipublicradio.org, 700 Gallons Of Fuel Recovered After Leak At Navy's Red Hill Storage Facility, May 07 , 2021

    Staradvertiser.com, Navy confirms 1,000-gallon fuel release at Red Hill, May 07 , 2021

    Khon2.com, Data shows contamination in soil spiked after Red Hill fuel leak despite Navy claims, May 25 , 2021

    Usatoday.com, Navy suspends use of military tank farm above Hawaii aquifer after petroleum leak, December 06, 2021

    Abcnews.go.com, Navy halts use of fuel storage complex above Hawaii aquifer, December 07, 2021

    Ctvnews.ca, U.S. Navy contests Hawaii's orders to suspend, drain fuel tanks, December 07, 2021

    Military.com, Navy Halts Use of Fuel Storage Complex Above Hawaii Aquifer, December 07, 2021

    Businessinsider.com, Hawaii governor orders the Navy to shutdown its WWII-era fuel storage facility at Pearl Harbor after petroleum leaks into water supply, December 08, 2021

    Navytimes.com, Navy secretary suspends operations at Red Hill fuel storage facility following water contamination, December 10, 2021

    Tankstoragemag.com, US Navy suspends Hawaii fuel storage site, December 07, 2021

    Hawaiinewsnow.com, Navy fights state order to shut down and empty Red Hill fuel tanks, December 08, 2021

    Spectrumlocalnews.com, Honolulu Board of Water Supply shuts down its Halawa shaft, December 03, 2021


後 記: 今回の飲料水汚染の報道は、前回の油漏れの事故に比べて米国の主要メディアも大々的に報じています。大事故ではないのに、なぜ海軍長官の発言をメディアが紹介しているのだろうと不思議でしたが、後になって分かりました。海軍長官が127日(日本では太平洋戦争の真珠湾攻撃は128日ですが、時差の違いで米国は127日)の真珠湾記念行事のためにハワイを訪れたためでした。表現は適切ではないですが、飛んで火にいる夏の虫のような感じです。しかも、被害者が軍の家族であり、汚染問題が発覚するまでの海軍の情報公開や対応がまずかったようで、多くの不満が出ています。今回の飲料水汚染問題は米軍の中の内輪もめの様相です。しかし、どのような調査結果が出るか分かりませんが、これからは水源汚染を恐れる(実際に汚染が発生してしまいましたが)ハワイ州に対して米軍がどのような対応をしていくのでしょうか。

2021年12月4日土曜日

化学施設やパイプラインのテロ攻撃に対する防護について

今回は、2021326日付けのインタネット情報誌のIndustrial Fire Worldに掲載されたProtection From Terror Attacks(テロ攻撃からの防護)の内容を紹介します。

< 背 景 >

■ 2001911日の悲劇的な大事件を契機に化学施設のセキュリティの考えや取り組みが変った。もはや物理的警備だけでは十分でなくなった。米国化学工業協会(American Chemistry CouncilACC)の広報責任者のスコット・ジェンセン氏の報告によると、化学工業界はテロ攻撃を防ぐために3種類の厳しい保安対策(セキュリティ対策)を開発したという。

■ ジェンセン氏は、「伝統的に化学会社の人は化学施設自体への直接的な攻撃から防護することだけを考えていた」と説明する。

■ この懸念そのものは正しいと、ジェンセン氏は付け加える。直接的な攻撃や妨害行為は、施設だけでなく、近くの住民を危険な化学物質にさらす恐れがある。米国の環境保護庁(Environmental Protection AgencyEPA)によると、潜在的に危険な有害化学物質を生産・使用・貯蔵している施設は15,000箇所あり、ほとんどの施設が人口密集地域にあるという。また、環境保護庁は、 一度の攻撃でプラントの半数が1,000人に影響するといい、プラントの120箇所以上では一度の攻撃で100万人に影響を与える可能性があるとみている。  

■ しかし、9.11の波紋によって2つの新しい懸念が現れた。そのひとつに、即製爆弾(Improvised Explosive DeviceIED)用の硝酸アンモニウムや過酸化物など、テロリストが攻撃に使用する可能性のあるケミカルの盗難や流用を防ぐという意識が出てきた。また、テロ攻撃が生産を中断させ、経済的大混乱をもたらす恐れのあるような施設の経済的重要性にも注意を向けるようになった。

■「テロ攻撃に対してひときわ脆弱な施設がある。それはある特定の材料や物質を作ることのできる数少ない施設のひとつであり、そのケミカルは希少な用途を持っている」とジェンセン氏はいう。 

■ 9.11から20年を迎える前日に、サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(Cyber​​securityInfrastructure Security AgencyCISA)は、化学施設の能力を無くすよう設計されたサイバー攻撃について警告した。CISAは、高リスクの化学施設のために 「化学施設テロ対策基準(Chemical Facility Anti-Terrorism StandardsCFATS)のサイバー事故の報告」を新しいウェブページとファクトシート(概要書)に発表した。これは、「リスクベースのパフォーマンス基準 8RBPS8)・・・サイバー」(Risk-Based Performance Standard 8 (RBPS8) ・・・Cyber)と「リスクベースのパフォーマンス基準 15RBPS15)・・・重大なセキュリティ事故の報告」(RBPS 15・・・Reporting of Significant Security Incidents)をもとに重大なサイバー事故が起こったときにどうすればよいかをまとめたものである。

■ この取り組みは、20215月に起こったコロニアル・パイプラインのサイバー攻撃に対するCISAの対応の一部である。そして、テロリストが化学施設の操業を停止させる別な方法のあることを見せつけた。ランサムウェア攻撃によって、パイプラインが5日間シャットダウンされ、6,000人近くの個人情報が漏洩した。化学会社におけるサイバーセキュリティへの心配は、重要システムの乗っ取りから、会社の重要情報や機密性の高い個人情報の漏洩まで多岐にわたる。「米国東海岸に石油を供給するコロニアルパイプラインにサイバー攻撃(身代金払う)」 20215月を参照)

■「テロのリスクのある分野では、警戒を怠らないことが重要である」とジェンセン氏は強調し、さらに「あなた方は、リスクは十年一日で変化がないという見方から変える必要がある。そして、連邦レベルや地方自治体レベルの関係当局と協力して、あなた方の施設を安全に保つためにお互いに情報を共有化し、訓練や演習を行わなければならない」という。

< リスク対象化学物質の報告 >

■ 有害化学物質を意図的に間違った使い方をする確信犯の手に渡らないようにするには、施設の所有者、オペレーター、従業員、緊急事態時の対応者に委ねられる。

■ 国土安全保障省(The Department of Homeland SecurityDHS)による化学施設テロ対策基準(Chemical Facility Anti-Terrorism StandardsCFATS)のプログラムは、セキュリティの実態を強化するために作成された。化学施設テロ対策基準(CFATS)では、リスクの高い化学施設を特定して管理し、 テロのリスクを低減させるセキュリティ対策を確実に実施する。

■ 化学施設テロ対策基準(CFATS) の付録A6 CFR Part 27)には、300を超えるリスク対象化学物質(Chemicals of InterestCOI)およびそれぞれのしきい値(Screening Threshold QuantitiesSTQ)と濃度が記載されている。国土安全保障省では、リスク対象化学物質(COI)をつぎのような3つのセキュリティに分類している。

 ● 流出 : 施設で流出される可能性のある有毒性、可燃性、または爆発性の化学物質や材料。

 ● 盗難または流用 : 盗まれたり流用されたりした場合に、テロリストが簡単な化学知識・技術と機器を用いて武器に変換できる化学物質や材料。

 ● 破壊行為 : テロ行為のために混合してすぐに用いることのできる化学物質や材料。

 化学会社は、しきい値(STQ)と濃度が設定値以上になるリスク対象化学物質(COI)をサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)に報告しなければならない。

< 高リスク会社のための取り組み >

■ リスク対象化学物質(COI)を保有するすべての施設は、化学テロ脆弱性(Chemical Terrorism VulnerabilityCTV)トレーニングを完了させるとともに、化学セキュリティ評価ツール(Chemical Security Assessment ToolCSAT)に登録し、トップ・スクリーンCSATを通じて入手するオンラインの調査事項)を提出しなければならない。環境保護庁(EPA)や米国労働安全衛生局(OSHA) などの機関の支援を受けて、化学会社はトップ・スクリーンのプロセスを検討することができると、ジェンセン氏は付け加えた。

■「化学施設テロ対策基準(CFATS) は式を使ってリスクを決定する」とジェンセン氏はいい、「化学施設テロ対策基準(CFATS)では、現場の材料とその量を調べ、そして施設が潜在的な脅威一覧の中でどこに位置するのかを調べる。また、施設が人口密集地域に近いかどうかも検討する」という。

■ 化学会社が化学施設テロ対策基準(CFATS) の高リスク基準に合致した場合、プログラムでは一連のリスクベースのパフォーマンス基準を満たすような機密性の確保技術であるセキュリティ・プロトコルの導入を要求されると、ジェンセン氏は説明する。続けて「サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)では、化学会社が導入するセキュリティ対策について指示や口外することはない。プログラムでは、さまざまな脅威シナリオについて基準が設定されており、化学会社はセキュリティ計画をまとめて基準を満たす対策を実施しなければならない」とジェンセン氏はいう。

■ 化学施設テロ対策基準(CFATS)の検討プロセスは、つぎのとおりである。

 ● サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA) は、リスクベースの方法を使用してトップ・スクリーンの内容を確認し、施設が「高リスク」であるかどうかを判断する。

 ● 施設が「高リスク」であると見なされた場合、化学会社は階層1234のいずれであるかを受け取る。(階層1が最もリスクが高い)

 ● このプログラムでは、階層施設ごとにセキュリティ脆弱性評価(Security Vulnerability Assessment;SVA)およびサイト・セキュリティ・プラン(Site Security PlanSSP)またはCFATSのリスクベース・パフォーマンス基準(CFATS Risk-Based Performance StandardsRBPS)を満たす代替セキュリティ・プラン(Alternative Security PlanASP)を提出する必要がある。

 ● 階層3と階層4の施設は、サイト・セキュリティ・プラン(SSP)または代替セキュリティ・プラン(ASP)の代わりにエクスペダイト・アプローバル・プログラム(Expedited Approval ProgramEAP)のサイト・セキュリティ・プラン(Site Security PlanSSP) を提出することができる。 

 ● 化学施設テロ対策基準のリスクベース・パフォーマンス基準(CFATS Risk-Based Performance StandardsRBPS) の解説書は、高リスクの化学施設が、階層レベルと独自の考慮事項に合わせたセキュリティの方法と実行策・・・すなわち、社内ネットワークとインターネットの境界で講じるペリメーター・セキュリティ、対象へのアクセスを管理するアクセス制御、人的なパーソナル・セキュリティ、サイバーセキュリティなど・・・の選択に関して書かれている。

 ● サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA) は、提出された文書を確認し、それが化学施設テロ対策基準(CFATS)の規制要件を満たしているかどうかを判断する。取り組みが要件を満たしている場合、化学施設は認可書を受け取る。

 ● つぎの認可検査がスケジュール化され、セキュリティ計画に書かれている内容の正確さを検証し、現時点や計画の対策がリスクの基準要件を満たしていることを確認される。

 ● 一旦、化学施設のセキュリティ作業が完了すれば、認可されたセキュリティの方法を実施し続けるため、必要時にコンプライアンスの検査を受けることができる。

■ たとえ化学施設テロ対策基準(CFATS)によって化学会社の施設が低リスクにランク分けされた場合でも、化学会社はセキュリティへの取り組みを化学施設テロ対策基準(CFATS) のパフォーマンスベースの基準と比較することができると、ジェンセン氏は説明し、「化学施設テロ対策基準(CFATS) では、化学施設の事業者を支援して施設の脆弱さを管理していくようになっている。サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)は特定の推奨事項を提供することはないが、パフォーマンス・ベースの基準について共有化をしていくだろう」という。

< 最善のやり方 >

■ 化学会社で最初に考えるセキュリティ対策は境界柵に関するものであろう。この目的は悪意のある人物を中に入れないようにして、即製爆弾(IED)や化学物質の流出などに用いるケミカルを盗んだり流用したりできないようにすることである。しかし、化学施設のセキュリティを強化するには、ほかに最善のやり方があると、ジェンセン氏は付け加える。

■「物理的なセキュリティは一部に過ぎない。あなた方は境界柵を強化し、境界を監視する監視カメラを追加したり、制御システムが最も重要だと考えているだろう。しかし、セキュリティ対策として、あなた方は施設内の化学物質の在庫を減らしたり、施設内に化学物質を隠したり、施設に出入りする人を選別したり、重要なエリアへの立ち入りを制限することもできる」とジェンセン氏はいう。

■ ドローンのもっている能力もセキュリティを強化できると、ジェンセン氏は付け加える。化学施設では、構外との境界付近を監視するためにドローンを使用することがよくある。一方、ドローンは脅威をもたらすこともあると、ジェンセン氏は警告し、「テロリストはドローンを使用して施設を攻撃したり、様子をうかがう可能性がある。このため、化学会社はドローンを防ぐための措置を講じなければならない」という。

■ 連邦航空局(FAA)は重要なインフラストラクチャを無許可のドローン使用から保護するルール作りに苦労していると、ジェンセン氏は述べ、「それは我々が連邦航空局(FAA) に早く成し遂げるように言ってきたことで、我々はこのセキュリティ問題に対処しなければならない」という。

< 低リスク施設への援助 > 

■ すべての施設が化学施設テロ対策基準(CFATS) のプログラムで高リスクとみなされるわけではない。しかし、高リスクでない施設についても同様に援助を受けることができる。

■ 国土安全保障省(DHS)は、化学会社のインフラストラクチャのサイバー・セキュリティと緊急時の準備を進めるために、化学セクター情報連絡協議会(Chemical Sector Coordinating Council)を設立した。米国における評議会の会員は、規模の大小に関わらず化学施設のセキュリティについて支援を受けることができる。

■ 「化学セクター情報連絡協議会では、セキュリティの問題について話し合い、取り組み方を調整することのできる同じ立場のグループである」とジェンセン氏は述べ、「このグループには、さまざまな規模の会社のメンバーがいて、セキュリティの問題について方向性を話すことができる」という。

■ 米国化学工業協会(ACC)のメンバーはレスポンシブル・ケア(Responsible Care)のプログラムに参加することができる。このプログラムは、従業員、地域社会、環境の安全に対する工業界の取り組みを強化することを目的としている。レスポンシブル・ケアのプログラムはあらゆる規模の化学会社にとって価値ある資源になりうると、ジェンセン氏はいう。 

■「レスポンシブル・ケアの構成する要素の中にレスポンシブル・ケア・セキュリティ・コードと呼ばれるものがある。このレスポンシブル・ケア・セキュリティ・コードは、化学会社が同じ立場のグループを利用して、脆弱さの評価、セキュリティ計画、規制当局への提出を支援するのに役立つ」 と、ジェンセン氏はいう。

■ 規模の大小に関わらず、すべての化学会社にとって最善の進め方は、地方自治体、州政府、連邦政府の組織と一緒に協力してやっていくことであると、ジェンセン氏は語り、「ほとんどの地方自治体や郡は対応するプログラムをもっている。少なくとも、あなた方は地方自治体や郡の組織と調整していくべきである」という。

■ セキュリティと安全の間には重複しているところがあると、ジェンセン氏は付け加える。セキュリティは意図的な行為に関するものであり、安全は事故をカバーする。政府や自治体はそれぞれ異なる方法で管理しているとジェンセン氏は語り、「すべてのセキュリティの取り組みは、環境保護庁(EPA)がつくった地域緊急計画委員会(Local Emergency Planning CommitteesLEPC)と協力してやっていくべきである。米国国内には多くの地域緊急計画委員会(LEPC)がある。この地域緊急計画委員会(LEPC)は、緊急事態時の調整や計画を支援し、おおいに力になる」という。

< 今後の化学施設のテロ対策基準(CFATS >

■ サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)は化学施設テロ対策基準(CFATS)を制定し、米国化学工業協会(ACC)と協力して、9.11以降、化学施設のセキュリティを改善し、テロの脅威から防護することに取り組んできた。しかし、議会は依然として化学施設テロ対策基準(CFATS)を暫定プログラムと見なしている。そのため、これを続けるために、議会は定期的にプログラムを再承認しなければならない。

■ 「化学施設テロ対策基準(CFATS) は再承認の準備ができている。議会がこのテロ対策基準を再承認しない場合、国土安全保障省(DHS) は化学物質のセキュリティを管理する権限を失ってしまう。化学施設テロ対策基準(CFATS)は重要なプログラムであり、私は、化学会社が国会議員に連絡して、このプログラムが化学施設のセキュリティの水準をいかに向上させたかを知ってもらうことが大切だと思っている。化学施設テロ対策基準(CFATS)は我々が守って維持しなければならないものである」とジェンセン氏は話を結んだ。

補 足

■ サイバー攻撃は2010年以降に出ており、制御システムを標的 にした世界の事例をまとめた「サイバー攻撃の事例集」2020/1/27、㈱ICS研究所)を参照。 この事例集の中で201610月にあったイランの石油施設の対する攻撃については「イランでサイバー攻撃が疑われる中、精油所でタンク火災」を参照。

■ 「サイバー攻撃の事例集」 では、重要インフラのひとつとして医療が取り上げられているが、最近、日本で病院を標的にしたサイバー攻撃があり、ニュースで大きく報道された。徳島県の半田病院のシステムに侵入して情報を暗号化し、復旧と引き換えに金銭を要求するコンピューターウィルス「ランサムウエア」に感染し、約85千人分の電子カルテが閲覧できなくなり、大きな打撃を受けた事例である。サイバー攻撃は1031日(日)午前0時半、病院内に数十台あるプリンターが勝手に印刷を始め、紙が尽きるまで続いた。「データを盗んで暗号化した。データは公開される。復元してほしければ連絡しろ」と紙には英語で脅迫内容と連絡先が記されていた。脅迫文にはハッカー集団「ロックビット」とあり、この集団はランサムウエアを使い、世界中で攻撃を繰り返している。攻撃者は石油パイプラインなどのインフラ企業と同様に、医療機関も身代金の支払いに応じやすい標的とみている可能性がある。警察庁は、2022年春にも専門で対策にあたるサイバー局を新設する方針で、海外の捜査機関とも足並みをそろえ、ランサムウエア攻撃などの抑止につなげたいと考えている。 (注;ランサムウェアとは、Ransom(身代金)とSoftware(ソフトウェア)を組み合わせた造語)

■ 本資料の筆者のロニー・L・ウェント氏(Ronnie L Wendt)は米国ウィスコンシン 州に在するプロの編集者で、セキュリティ、航空、法曹、ロジスティクスなどの社会問題についてまとめている。インタビューに応じているスコット・ジェンセン氏(Scott Jensen)は米国化学工業協会の広報責任者である。

所 感

■ 米国におけるテロ対策の基本的な考え方がわかる資料である。 2001年の9.11を契機に化学施設のセキュリティの考えや取り組みが変ったという。国土安全保障省はサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(CISA)を設立させ、 「化学施設テロ対策基準」(CFATS)をつくり、運用している。インフラのセキュリティだけでなく、サイバーセキュリティとの2本柱にして、施設をリスク階層ごとに評価し、CISAの政府機関や自治体などと事業者が共同して脆弱なところに改善を図っていく(ただし、導入するセキュリティ対策について指示や口外することはないという)という米国らしい合理的なやり方をしている。

■ 対応する組織と基準をつくり、施設の物理的セキュリティを向上させていると思われる。そのような米国でも、 20215月にコロニアル・パイプラインのサイバー攻撃があった。パイプラインの制御システムのどこかに脆弱なところがあったのだろう。しかし、この事例は一事業者だけでなく、米国のサイバー攻撃のテロ対策が改善されていくシステムになっていると感じる。 (「米国東海岸に石油を供給するコロニアルパイプラインにサイバー攻撃(身代金払う)」20216月)を参照)

■ 日本の化学施設の物理的テロ対策が米国に比べてどのレベルにあるのか分からないが、最近、日本で病院を標的にしたサイバー攻撃が起こっている。従来、日本では特異な日本語によるシステムであり、サイバー攻撃など起こることはないと考えていなかっただろうか。厄介なのは、データを暗号化して身代金を要求するサイバー攻撃であり、要求は英語で行われている。攻撃者はプログラミングの知識があれば、日本語が十分わからなくても、サイバー攻撃を仕掛けることができることを物語っている。日本の化学施設では物理的テロ対策の改善を図るほか、サイバー攻撃についても起こり得ると考える必要があろう。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com, Protection From Terror Attacks(テロ攻撃からの防護), by Ronnie  Wendt, September 9, 2021

    Ics-lab.com,サイバー攻撃の事例集,  January  27, 2021

    Nikkei.com, ランサム攻撃でカルテ暗号化 徳島の病院、インフラ打撃,  November  12, 2021 


後 記:  20215月に起こったコロニアル・パイプラインのサイバー攻撃の事例をブログで紹介していましたが、今回の資料で米国のサイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁が対応に関与していたことを知りました。しかし、身代金要求のサイバー攻撃は海外のことだと思っていたら、日本の地方病院でランサムウェアに感染したというニュースが報道され、びっくりしました。インターネットの社会に国境は無いことを実感させられる事例です。