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2020年6月23日火曜日

インドの化学工場で硝酸用貯蔵タンクが爆発、死傷者87名

 今回は、 202063日(火)、 インドのクジャラート州バルーチ地区にあるヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場で起こったケミカルの硝酸用貯蔵タンクの爆発・火災事故を紹介します。

< 施設の概要 >

■ 事故があったのは、インド(India)グジャラート州(Gujarat)バルーチ地区(Bharuch)ダヘジ(Dahej)にあるヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)の化学工場である。


■ 発災があったのは、化学工場で使用するケミカルの硝酸用貯蔵タンクである。

      クジャラート州のヤシャシュビ・ラサヤン社付近 (写真はGoogleMapから引用)

           ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場  (写真はGoogleMapから引用)


< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2020年6月3日(水)の正午頃、化学工場のケミカル用貯蔵タンクで大きな爆発があり、引き続いて火災となった。


■ 爆風によって化学工場の設備が被災したほか、隣接したペトロネットLNG社の事務所の窓ガラスが破損した。爆発は非常に大きかったため、10km離れた村でも聞こえたという。黒煙はカンベイ湾の向こう側にあるバブルガルの村でも見えた。

(写真はThestatesman.comから引用)

■ 発災当時、現場には200名以上の労働者がおり、大半はウッタル・プラデーシュ州(Uttar Pradesh)とビハール州(Bihar)からの移住者だった。工場では合計450人の従業員が働いている。

■ 発災に伴い、消防士11名が6台の救急車で現場に急行した。その後、午後4時までにおよそ15の消防署が火災の消火に携わった。


■ 現場を確認したところ、貯蔵タンク近くで5名の遺体が見つかり、70名以上の負傷した作業員が近くの病院へ搬送された。うち33名は治療を受けて退院した。当局は、予防措置として近隣の2つの村の住民約4,800人を避難させた。


■ その後、死亡者は10名に増え、負傷者は77名となった。


■ 発災場所近くには、水素、二酸化硫黄、キシレン、メタノールを貯蔵するタンクがあり、危険にさらされた。


■ 当初、爆発したのはメタノールとキシレンのケミカルタンクだという情報が流れたこともあったが、発災したのは硝酸用貯蔵タンクだった。


■ 火災は、同日の午後5時30分頃、鎮圧された。


■ 今回の爆発は長期にわたって社会生活への影響が懸念される。ケミカルの燃焼物が雨とともにナルマダー川へ入り、生態系と環境に悪影響を与えることになる。


■ 爆発後の現場の状況がユーチューブの動画で流されている。

  (Youtube 「40workers injured, Masive blast at a chemical factory Gujarat」を参照)

(写真はThequint.comから引用)

被 害

■ 硝酸用の貯蔵タンク1基が爆発で損壊した。

内液の硝酸18トンと硫化ジメチル25トンが混合され、化学反応を生じて爆発し、焼失した。


■ 近くの設備や建物が爆風によって被災した。被災の範囲や程度は不詳である。


■ 事故に伴い、死傷者が87名出た。うち、死亡者が10名、負傷者が77名だった。


■ 発災場所の近隣住民約4,800人に避難勧告が出された。 


< 事故の原因 >

■ 原因はタンカーから貯蔵タンクへのケミカル移送時の運転ミスである。6月2日(火)、タンカーから貯蔵タンクへ荷下ろしする際、硫化ジメチルタンクへ硝酸を、硝酸タンクへ硫化ジメチルを入れ間違いした。

 作業員は間違いを上司へ報告した。しかし、それまでに18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。事業所は、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって、6月3日(水)正午頃、硝酸タンクが爆発してしまった。

(写真は、左; Cdn.24.co.za右;Thelallantop.comから引用)

< 対 応 >

■ グジャラート州政府の労働安全衛生局(DISH)は、事故が発生したヤシャシュビ・ラサヤン社に閉鎖通知を発行し、ダヒジにあるすべての工場の監査を命じた。


■ 6月11日(木)、警察は事故に関する一次情報報告書(First  Information  Report)を出した。それによると、ケミカル用貯蔵タンク内の爆発要因は、発災前日に、硫化ジメチル(DMS)と硝酸(HN03)をタンカーから貯蔵タンクへ移送する際、人為的なミスがあり、貯蔵タンク内で化学反応と爆発が一連で起こったという。


■  報告書では、 事故のあった前日の6月2日(火)午後12時30分頃 、硝酸を積んだタンカーと硫化ジメチルを積んだタンカー2隻が、それぞれ貯蔵タンクへ荷下ろしするため、ヤシャシュビ・ラサヤン社の桟橋に着いた。契約社員であるふたりの作業員は2隻のタンカーと貯蔵タンクへの配管にホースで接続したあと、移送が開始された。その後、ふたりは現場を離れた。

 約2時間後、ケミカルの荷下ろしが完了する少し前に、契約社員のひとりが2隻のタンカーの接続ホースの状況をチェックした。そのとき、硝酸タンクと硫化ジメチルタンクへの接続が逆になっていることに気がついた。契約社員のひとりは荷下ろし作業を止め、工場の上司に間違いをしたことを報告した。


■ その時までに、18トンの硝酸が25トンのジメチル硫酸と混合されていた。しかし、貯蔵タンクへ移送したケミカルが間違いだったことによって危険な化学反応が起こることを認識していたにもかかわらず、反応を中和する対策をとらなかった。工場の管理職は、この事態に際して、内部のケミカル温度を制御するため、翌日にタンク内の表面に水を噴霧することとした。6月3日(水)の朝、経営陣はこの処置を決定した。しかし、この処置を行う前に、硝酸と硫化ジメチルの混合物の入ったタンクをポンプによって循環させたことによって硝酸タンクが爆発してしまった。


■ この爆発で10名の労働者が死亡したが、そのうち6名は即死で、4名は病院で死亡した。また、爆風によって近くにいた作業員の77名が負傷した。

(写真はYoutube.comから引用)

(写真はYoutube.comから引用)

(写真はYoutube.comから引用)

補 足

■「インド」(India)は、正式にはインド共和国で、南アジアに位置し、インド亜大陸の大半を領してインド洋に面し、人口約13億3,400万人の連邦共和制国家である。首都はニューデリー、最大都市はムンバイである。

「クジャラート州」(Gujarat)は、インドの西端に位置し、インダス渓谷文明の中心地域のひとつとして歴史があり、人口約6,000万人を超える州である。

「バルーチ地区」(Bharuch)は、グジャラート州の西部に位置し、人口約15万人の地区である。

「ダヘジ」(Dahej)は、クジャラート州バルーチ地区にある貨物専用の港町である。


 昨年、当ブログで取り上げたインドにおける事故は、つぎのとおりである。

  ● 2019年4月、「インドの化学プラントでタンクから無水酢酸が漏洩、被災者55名」

  ● 2019年12月、「インドのクジャラート州でメタノール・タンクが爆発、死亡者4名」

(図はAmeblo.jpから引用

■「ヤシャシュビ・ラサヤン社(Yashashvi Rasayan Private Ltd)は、化学会社パテル社(Patel)のグループ会社で、1990年に設立し、最初にベータナフトールを生産し始めた。現在は、パラニトロアニリン(PNA)、パラクロロアニリン(PCA)、パラクロロアニリン塩酸塩、2,5ジクロロアニリンなど多様なケミカルを生産している。2005年には、クリーンな技術を開発することを目的として接触水素化設備を稼働させている。


■「発災タンク」は、硝酸用の貯蔵タンクということだけで、タンク型式や形状は分からない。グーグルマップで化学工場内を調べたが、情報が十分でなく、特定に至らなかった。発災タンクには、硝酸液が18トン+硫化ジメチル液25トン=計43トン入っていたことになり、石油タンクのような大きいタンクではなさそうなので、容量50~100KL程度のタンク(または圧力容器)ではないかと思われる。

         ヤシャシュビ・ラサヤン社の化学工場のタンク (写真はGoogleMapから引用)

■「硝酸」(HN03)は、無色透明の腐食性の強い有毒な液体で、比重1.50である。濃硝酸は強い酸性で,金・白金を除くほとんどの金属を酸化して溶かす。この強力な酸化力を利用してロケットの酸化剤や推進剤として用いられる。可燃物と混合すると発火・爆発の危険性のあるケミカルである。


■「硫化ジメチル」(DMS) は、化学式はC2H6Sで、無色透明のキャベツが腐ったような特徴的な臭いのある液体で、比重0.84である。強酸化剤と激しく反応し、火災や爆発の危険をもたらす。


所 感

■ 爆発の原因は運転ミスで、2つのケミカルの荷揚げに際して逆のタンクへ移送してしまったことが最初の失敗である。この単純な人為的ミスについて背景を考えてみる。

 ● 2隻のタンカーの着桟が重なってしまった。

 ● タンカーの滞船料を考えて急いで接続ホースをつないでしまった。

 ● 作業は契約社員であった。

 ● 接続を確認する仕組みが無かった。

 ● 常時、危険なケミカルを扱っていたので、混合した場合の危険性の認識が希薄になっていた。


■ 逆につないだことに気がついた後、作業員は上司に報告している。このあとの役職者と経営陣の判断と対応が間違っていたことが爆発に至った大きな要因である。

 失敗をなくすためには、①ルールを正しく守る、②危険予知を活発に行う、③報連相(報告・連絡・相談)によって情報を共有化する、の3つが必要である。今回のような場合、階層ごと(作業員、役職者、経営陣)に、それぞれのルール、危険予知、報連相について考えてみるのがよい。そうすると、どこに抜けがあり、弱点が潜んでいたのか浮き彫りになるだろう。


■ 爆発後の火災は約5時間30分続いている。被災写真では、消防車が遠くから消火(泡)水をかけている様子が見られるが、道路には爆風で近隣設備の破片が散乱しており、近寄ることができなかったと思われる。また、住民に避難勧告を出しており、どのようなケミカルが燃えているのか、あるいは危険性があるのかを把握できなかったと思われる。消火戦略には、「積極的戦略」、「防御的戦略」、「不介入戦略」の3つがあるが、今回の場合、初動の消火戦略としては「不介入戦略」で妥当だったと考える。また、おそらく、実質的に火災は燃え尽きてしまったのではないだろうか。



備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    ・Firedirect.net, India – Blast In Chemical Factory: 8 Killed, More than 50 Injured,   June  05,  2020

    ・Indianexpress.com, Two more die in Bharuch chemical factory blast, toll now 10,   June  05,  2020

    ・Timesofindia.indiatimes.com, T Gujarat: 5 dead, 57 injured as explosion rocks Dahej pestici,   June  03,  2020

    ・Timesofindia.indiatimes.com, Yashashvi Rasayan blast: FIR registered against seven company employees,   June  11,  2020

    ・Thelogicalindian.com, Gujarat: Eight Killed In Chemical Factory Blast, Several Injured,   June  05,  2020

    ・Newsclick.in, Gujarat:FIR Against 7 Officials of Dahei Chemical Company After 10 Works Die in Blast,   June  15,  2020

    ・Downtoearth.org.in, Dahej blast: Industrial accidents will stop only if factories observe rules,   June  10,  2020



 後 記: 今回の事故は、インドのケミカル(薬品)を取り扱っている化学工場で起こったもので、事故の原因は調査中ということで終わるだろうと思っていました。ところが、今回は警察による“一次情報報告書(First  Information  Report)”が作成され、発災からわずか8日目に公表されました。海外の国のなかには、通常、調査ステップが設定され、プレ、中間、最終案、最終報告書の順番で行うところがあります。今回の事故は多くの死傷者が出て、たくさんの住民が避難させられたという社会的影響が大きかった所為もあるでしょうが、一時情報報告書が公表されたものだと思います。警察の報告書ですので、当然ですが、個人名(法違反の容疑者)を出しています。しかし、個人名を出さないようにすれば、一時情報報告書の仕組みは世の中の失敗を教訓に変えるものだと感じます。


2020年6月19日金曜日

この10年間の「世界の貯蔵タンク事故情報」について(その2)

 「世界の貯蔵タンク事故情報」と称して事故情報を紹介し始めたのが、20115月からです。その後、タンク施設以外で世間の耳目を集めるような事故があり、タンク以外の事故情報も投稿してきました。20204月で十年になるのを機にこれまでの事故情報のデータベースをもとに考察することとしましたが、今回はその2回目で、事故の地域別、場所別、設備別、原因別、事故形態別に分析した結果を紹介します。

< はじめに >

■ 「世界の貯蔵タンク事故情報」と称して当ブログで事故情報を紹介し始めたのが、20115月からである。当初は名の通り貯蔵タンクと関連施設の事故を対象としていたが、タンク施設以外で世間の耳目を集めるような事故があり、タンク以外の事故情報も投稿してきた。20204月で十年になるのを機に、これらの事故情報のデータベースをもとに考察してみることとし、今回はその2回目で、事故の地域別、場所別、設備別、原因別、事故形態別に分析する。


< 地域別の事故件数の割合 >  

■ 世界を地域別に分けた事故件数は、図のとおりである。地域は「貯蔵タンク事故の研究」に掲載されている5つの分類と同じにした。

 ● アジア・豪州; 日本、韓国、中国、インド、オセアニア、中東、その他

 ● 北 米; 米国、カナダ、メキシコ、

 ● 欧 州; イングランド、フランス、ロシア、その他

 ● 南 米; ブラジル、ベネズエラ、アルゼンチン、その他

 ● アフリカ; ナイジェリア、ケニア、リビヤ、エジプト、その他

地域別の事故件数の割合

■ この分類によると、事故件数は「北米」と「アジア・豪州」の2地域で8割を占める。しかし、近年の事故発生をみると、この分類では「アジア・豪州」が大枠すぎるので、細分化した。また、「北米」について「米国」を単独に分類した。この細分化した分類による地域別の事故件数は図のとおりである。

細分化した地域の事故件数の割合

■ 細分化した地域別の事故件数では圧倒的に「米国」が多い。これは米国では、陸上における小規模な油田施設やタンクターミナルが多く、これらの施設における事故が多いためである。アジアでは、「日本」のほか「中国」の事故件数が多くなっており、また、その他のアジア(図の「アジア」)で多く、アジア全域で事故が起こっているのが注目される。さらに、最近、新たに目立つのが「中東」における事故件数である。

< 場所別の事故件数 >  

■ 場所(施設)別にみた事故件数は、図のとおりである。 場所(施設)の区分は「貯蔵タンク事故の研究」に掲載されている分類、すなわち、「製油所」、「タンクターミナル」、「化学工場」、「油田」、「パイプライン」、「その他」の6つの分類に合わせた。

場所別の事故件数

■ もっとも事故が多い場所(施設)は、「製油所」や「化学工場」ではなく、「タンクターミナル」の28%だった。しかし、事故はひとつに片寄るのではなく、相対的に6つの分類に分散している。このブログでは、貯蔵タンクだけでなく、世の中で注目された事故を取り上げているので、「その他」の分類の事故件数が多くなった。


< 設備別の事故件数 >  

■ 設備別の分類による事故件数は、図のとおりである。設備の区分は、「タンク」、「配管」、「プラント」、「その他」の4つに分類した。

設備別の事故件数

■ このブログの主目的である「タンク」が263件の78%と大半を占めるのは当然といえよう。


■ 一方、世の中で注目された事故を取り上げた「その他」が7%となったが、その詳細設備をみると、図のとおり、タンクローリーと船舶がそれぞれ6件で、貨物列車が2件と物流設備関係での大きな事故があった。  

設備別の事故件数

< 原因別の事故件数 >  

■ 原因別の事故件数は図のとおりである。原因の区分は「貯蔵タンク事故の研究」に掲載されている分類を参考にして、「落雷」、「保全/火気工事」、「運転ミス」、「設備の故障」、「故意の過失」、「割れ/腐食」、「漏れ/配管破損」、「静電気」、「直火」、 「自然災害」、「異常反応」、「その他」、「不明」の13分類に分けた。

原因別の事故件数

■ 分類では、「不明」が38%と圧倒的に多かった。事故情報をインターネットの報道記事を主体にしているので、事故直後では調査中で原因が不明な事故が多くなっているためである。また、この段階では、「静電気」と「異常反応」は0件だった。


■ 「不明」を除いた事故件数を分類してみると、図のとおりである。日本では、「落雷」による貯蔵タンクの事故は少ないが、世界的にみると、「落雷」による事故件数が多い。続いて、「保全/火気工事」、「漏れ・配管破損」、「運転ミス」が多い分類だった。

「不明」を除く原因別の事故件数 

■ 最近の傾向としては、「自然災害」と「故意の過失」による事故件数が多い。特に、台風/ハリケーンや豪雨による事故が目立ってきている。また、中東におけるテロ攻撃による「故意の過失」の事故件数が多い。


< 原因推定別の事故件数 >  

■ 調査中として原因不明の事故情報について、事故の状況から原因を類推してみた。この原因推定別の事故件数は図のとおりである。原因不明の事故件数は2/3程度減ったが、それでも「不明」は41件残った。

原因推定別の事故件数 

■ 原因推定別の事故件数では、「落雷」を抜いて「保全/火気工事」がトップとなった。これに「運転ミス」と「漏れ・配管破損」が続いた。


■ 原因別ではゼロ件だった「静電気」と「異常反応」がそれぞれ10件と2件出てきた。


< 事故の形態別の事故件数 >  

■ 事故の形態別の事故件数は図のとおりである。事故形態の区分は「貯蔵タンク事故の研究」に掲載されている分類を参考にして、 「火災」、「爆発」、「漏洩」、「その他」に区分し、新たに「環境汚染」を追加し、「毒性ガス流出」は「環境汚染」または「漏洩」の区分とした。

事故の形態別の事故件数 

■ 事故件数の割合は「爆発」が「火災」を上回った。従来の認識では、「火災」の方が多いと思う。これは、発災時に爆発が伴った火災は「爆発」に分類したことが要因にあるかもしれない。


■ 事故の形態として「その他」の分類の中で、最近の特異な形態を2つあげてみた。ひとつは地方全体が停電になるという「大停電」(ブラックアウト)で、もうひとつは故意の過失の範ちゅうに入るテロ攻撃(サイバー攻撃)の「コンピューター被害」である。 



備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    ・Tank-accident.blogspot.com, May 2011 – April 2020


後 記: 今回の分析の中でもっとも悩んだのが、「原因別」です。もともと事故原因として調査中のものが多かったのですが、分析するとデータが中途半端なものになってしまったという思いがありました。そこで、事故内容をもう一度全件読み直し、「原因別」のほかに「原因推定別」の項目に分けました。この作業が意外に時間を費やしましたが、おかげで半端さは少し薄くなりました。

 この過程で感じたのは、事故を起こした事業者や事故を伝えるメディアが事故を教訓にしようという意識が希薄なのではないかということです。一方、事故後に内容のある報告書をまとめ、情報公開するところがあります。また、ローカルのメディアで地元で起こった事故を追跡し、なんども記事にし、事故の内容を伝えるところがあります。良いこと、悪いこと、いろいろなことを振り返りながらまとめました。

2020年6月10日水曜日

ロシアのシベリアで発電所の燃料タンク底板部から大量流出

 今回は、 2020529日(金) 、ロシアのシベリア連邦管区クラスノヤルスク地方のノリリスク郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社が運営する火力発電所で、ディーゼル燃料油タンクの底板が損壊し、一気に油が流出した事例を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、ロシア(Russia)のシベリア連邦管区(Siberia)クラスノヤルスク地方(Krasnojarsk)のノリリスク(Norilsk)郊外にあるノリリスク・タイミル・エナジー社(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)が運営する火力発電所である。NTEKは、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル(Norilsk Nickel)の子会社である。


■ 事故があったのは、TPP-3と呼ばれる火力発電所のディーゼル燃料油(軽油)タンクである。TPP-3は天然ガスの火力発電所で、ディーゼル燃料油はバックアップ用の燃料である。

ノリリスク・タイミル・エナジー社が運営する火力発電所付近

(写真はFocusmalaysia.my から引用)

ロシアのノリリスクの位置 (写真はBbc.comから引用)

<事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2020529日(金)、発電所にある燃料油タンクが損壊し、ディーゼル燃料油21,000トン超が流出した。流出した油は、15,000トンが水路を通じてアンバルナヤ川に、6,000トンが土壌を汚染した。


■ 油は現場から7マイル(11km)以上離れたところの川や湖の汚染が確認されており、川はあかね色に変わっている。


■ 地元当局は発生の2日後の531日(日)にSNS(社会交流サービス)の情報を受けて全容を把握したという。


■ 事故による負傷者やエネルギー供給への影響は出ていない。


■ 油が流れ込んだアンバルナヤ川には、応急処置としてオイルフェンスが展張されている。しかし、アンバルナヤ川は水深が浅く、バージ船のオイルフェンスで油膜を囲い込むことがむずかしい上、発電所が辺地にあることから、事故処理に必要な機材などの搬入が難しく、対応が遅れている。


■ ノリリスク・ニッケル社によると、90名の作業員によって汚染水500㎥を除去し、クリーンアップ作業は継続しているという。


被 害

■ 貯蔵タンクが損傷し、内部の燃料油が流出した。


■ タンク内にあったディーゼル燃料油が21,000トン流出した。6,000トンが土壌を汚染し、15,000トンは川を汚染した。


■ 負傷者は出なかった。

             発電所の燃料油タンク (矢印が屋根の凹んだ発災タンク) 

(写真は、左;Headlines.yahoo.co.jp 右; Washingtonpost.comから引用)


                                     発電所の燃料油タンク (矢印が屋根の凹んだ発災タンク)  (写真はAssiette.ruから引用)

                                  発災タンクの基礎部  (写真は、左;1prime.ru右; Mockva.ruから引用)

                        発災タンク(屋根部が見えない)    (写真はCdnimg.rg.ruから引用)

< 事故の原因 >

■ タンクの底板部が損壊し、内部の油が漏洩したものとみられる。

(図はbesterra.co.jpから引用)


■ 事故原因は特定されていないが、発電所は永久凍土の上に建設されており、近年の温暖化の影響で地盤が沈下していることが懸念されていたという。ノリリスク・タイミル・エナジー社は、最近の異常な気温上昇の中で永久凍土が溶けたため、タンクを支えていた構造物(支柱)が崩壊したとみている。

■ 北極圏の温暖化は、世界の他の地域に比べ2倍のペースで進んでいるといわれている。実際、シベリア全域での永久凍土の融解は、曲がってしまった道路、倒壊してしまった家屋、伝統的な遊牧や農業における混乱など広範な問題を引き起こしている。 

 米国国立海洋大気庁によると、シベリアの一部で異常に暖かい気温になっており、1月以降の平均気温が長期平均を少なくとも5.4度上回っているという。


< 対 応 >

■ ロシア大統領は、63日(水)、非常事態を宣言し、国主導の除染作業に乗り出した。ロシア大統領は、発電所を運営するノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK)が事故報告を怠ったと異例の厳しい叱責を行い、非常事態省でクリーンアップ作業を行うこととした。

 火力発電所は自分たちで漏洩を封じ込めようとし、非常事態省に事故を2日間報告しなかったという。クラスノヤルスク地方の知事は、事故の情報がソーシャルメディアに掲載された日曜日(531日)になって油流出を知ったという。


■  重大犯罪の捜査を担当する連邦捜査委員会は、環境法令違反の疑いで捜査を開始した。連邦捜査委員会が公開した現場のものとされる動画には、燃料油タンクから流れ出す油やフェンスの下を流れる油が映っている。

(Youtube ТЭЦ-3. Норильск. разлив саляры !!!を参照)


■ 環境保護団体グリーンピースは、63日(水)、環境被害が60億ルーブル(約95億円)超にのぼる恐れがあると指摘した。


■ アンバルナヤ川にはオイルフェンスが展張され、油がノリリスクから20km離れたピャシーノ湖(Lake Pyasino)、そして更に800km先にある北極海(Arctic Ocean)の一部であるカラ海(Kara Sea)に入らないように図られた。

(図はsiberiantimes.comから引用)

■ 非常事態宣言を受け、ロシア非常事態省は、燃料の回収と汚染された土壌の入替えを行っている。ノリリスク・タイミル・エナジー社は、ロシア緊急事態省とともに五百人の職員を派遣して早期に混乱を収拾しようとしている。しかし、油の回収は約340トンにとどまっている。 529日の事故からすでに5日が経過しており、自然界への影響が心配されている。


■ 当局は、63日(水)時点で浄化には少なくとも2週間かかると推定しているという。


■ ノリリスク・タイミル・エナジー社(NTEK) は、事故のあったタンクと同じ構造の他のタンクについて、事故原因とタンク支柱の健全性が明らかになるまで、内液の燃料油を移送して空にすると発表した。

 なお、同社によると、事故のあったタンクは2018年に修理が実施され、その後に水圧試験が行われたという。


■ 65日(金)、非常事態省は油の拡大を阻止したし、対策本部は「ディーゼル燃料油の拡大を阻止した。すべての方向で食い止められており、これ以上どこにも広がることはない」といっている。


■ 今回の流出事故は、1994年にロシア北極園のコミ地区(Komi)で大規模な油漏れがあったことを思い出させた。この事故では、パイプラインの破裂によって200万バレル(32KL)の温かい油が流出して、永久凍土層が浸されてくずれやすくなったという。

(写真はTass.ruから引用)

                                 あかね色に変わった川   (写真はBbc.comから引用)

          オイルフェンスを展張した川 (写真はAfpbb.comから引用)

欧州宇宙機関によって公開された衛星画像(531日撮影)

(写真はThehindu.comから引用)

         油の回収作業(63日撮影) (写真はAfpbb.comから引用)

             油の回収作業  (写真はCdnimg.rg.ruから引用)

                 土壌入替え工事  (写真はenergyland.infoから引用)

補 足

■「ロシア」(Russia)は、正式にはロシア連邦といい、ユーラシア大陸北部に位置し、人口約14,600万人の連邦共和制国家である。

 「シベリア連邦管区」(Siberia)は、ロシア連邦の地域管轄区分である連邦管区のひとつで、人口約1,900万人である。

 「クラスノヤルスク地方」(Krasnojarsk)は、ロシア連邦の連邦構成主体の一つで、人口は285万人で、中心都市はクラスノヤルスク市である。

 「ノリリスク」(Norilsk)はクラスノヤルスク地方の北部に位置し、中央シベリア高原にある人口約135,000人の市である。ノリリスクは、ニッケル鉱山のほか、銅やコバルトなど種々の金属を産し、冶金業を中心にロシア有数の工業都市である。一方、ノリリスクの気候は人間が住むには過酷な環境で、 1年のうち250日ほどは雪に覆われている。冬の寒さは厳しく、2月の平均気温は-35℃に達し、年間平均気温は-9.8℃である。


■「ノリリスク・タイミル・エナジー社」(Norilsk-Taymyr Energy Company; NTEK)は、ニッケル生産で知られるノリリスク・ニッケル社(Norilsk Nickel)の子会社で、 5つの発電所を運用する。発電所は、3つの火力発電所(ノリリスク火力発電所1ノリリスク火力発電所2ノリリスク火力発電所3)と2つの水力発電所で、合計の発電量は2,246 MWである。

 事故のあったノリリスクTPP-3と呼ばれる発電所は1978年に建設され、燃料は天然ガスでバックアップ燃料がディーゼル燃料油である。発電の主目的はナジエジュダの冶金工場の電力を供給するものであるが、冶金生産で利用された蒸気を受取り、効率化を図っている。

ノリリスク・タイミル・エナジー社発電所(左)とTPP-3基礎ピットの建設写真(右)

(写真はZavodfoto.livejournal.comから引用)

■ 油の流出量は報じられているが、「発災タンク」の大きさは報道されていない。グーグルマップで見ると、ノリリスク郊外に発電所施設があり、近くに貯蔵タンクが4基ある。平面で見ると、この4基は同じ直径である。グーグルマップによると、タンク直径は約46mである。タンク写真から高さと直径の比率を調べると、約0.40なので、高さは約18mとなる。従って、容量は30,000KLとなる。ディーゼル燃料油の比重を0.82とすれば、容量30,000KL24,600トンとなる。これらから、発災タンクは直径約46m×高さ約18m容量30,000KLクラス級のコーンルーフ式タンクとみられる。タンク内には、バックアップ用のディーゼル燃料油がほぼ満杯に近い状況で貯蔵されており、全量が流出したものだと思われる。

 一方、疑問があるのは、4基のタンクのうち発災タンクの側板だけが高くなっている。しかも、側板の下部に保温止めのような円環が付いており、理由は判然としない。また、ほかの3基は屋根の形からドームルーフ式タンクのように見える。発災タンクは支柱があると報じられているので、コーンルーフ式タンクとしたが、タンク型式や構造は断定できない。

            発災タンクと隣接タンクのまわり (写真はRia.ruから引用)

         事故前の発災タンクと隣接タンク (写真はGoogleMapから引用)

所 感

■ 今回のタンク事故について、異常な気温上昇の中で永久凍土が溶けたため、タンクを支えていた構造物(支柱)が崩壊したと事業所はみている。地球温暖化が要因であるというのは、興味をひく説である。

 しかし、底板が裂けて油が流出した事故はつぎのような事例があり、いずれも底板の腐食とタンク基礎の不良が要因である。

 ● 2005年10月、「ベルギーで原油タンク底部が裂けて油流出」

 ● 2007年1月、「フランスで原油タンク底部が突然破れて油流出」


■ 今回のタンク事故は、異常な気温上昇で永久凍土が溶けたという理由ではなく、底板の腐食とタンク基礎の不良が要因で、タンク底板が裂け、油が一気に流出したものだと考える。油が一挙に流出したため、タンクが減圧になり、タンク支柱を含め、屋根部が損壊したのではないかと思う。当該タンクは、2018年に修理をしたということなので、今回の事故に関連していることも考えられる。


■ タンクには、防油堤が設置されているが、容量が少ない上にほとんど有効に機能していない。 保有空地確保の問題ではなく、年間平均気温が-9.8℃で、 1年のうち250日ほどは雪に覆われ、工事期間を短くしたいという厳しい気候の影響であるように思う。また、タンク側板部の状況やタンク基礎部の状態をみると、バックアップ燃料用タンクにはコストをかけないという意識が根底にあるようにも感じる。


■ 油流出対応について緊急事態省は油の拡大を阻止し、これ以上広がることはないといっているが、油の回収作業は難航している。回収作業の写真は発災から5日経った6月3日(火)時点のもので、比較的作業条件の良いところと思われるが、回収がどんどん進んでいるようには見えない。あかね色の油膜に覆われた川は10km先まで続いているようであり、重油でなく比較的取扱いの容易なディーゼル燃料油とはいえ、流域は湿地と沼地が多く、15,000トン(18,000KL)の回収には時間がかかりそうである。



備 考

 本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。

   ・Afpbb.com,  ロシアで軽油1万5,000トンが川に流出、プーチン氏が非常事態宣言,  June  05,  2020

    ・Nikkei.com,  ロシア北極圏で燃料流出事故、非常事態宣言を発令,  June  04,  2020

    ・Headlines.yahoo.co.jp,  ロシア 発電所で大量軽油漏れ…河川を汚染,  June  04,  2020

    ・Yahoo.co.jp,  ディーゼル油2万トンが流出 シベリア地方火力発電所から,  June  04,  2020

    ・Aljazeera.com, Russia's 20,000-tonne diesel spill pollutes waterways in Siberia,  June  04,  2020

    ・Nytimes.com, Russia Declares Emergency After Arctic Oil Spill,  June  04,  2020

    ・News.infoseek.co.jp,  ロシア・シベリア軽油流出事故、拡大阻止と当局,  June  05,  2020

    ・Bbc.com,  Arctic Circle oil spill prompts Putin to declare state of emergency,  June  04,  2020

    ・Themoscowtimes.com, Massive Thermal Plant Fuel Leak Pollutes Siberian River,  June  03,  2020

    ・Cbc.ca,  Russia declares state of emergency in Siberia after 18,000 tonnes of diesel fuel spilled Social Sharing,  June  04,  2020

    ・Tass.ru , Режим ЧС ввели в Норильске и на Таймыре после разлива нефти на ТЭЦ,  June  01,  2020

    ・Rbc.ru , «Норникель» уберет топливо из хранилищ типа аварийного резервуара,  June  05,  2020



  後 記: 今回の事故は、ロシア大統領がTV会議で叱責する場面が注目されすぎて、事故そのものや回収作業の状況が追随していません。6月7日に米国の国務長官が支援の用意があるというコメントを出しましたが、これも政治的なスタンドプレーとしか思えません。肝心の事故の内容より一般受けするためか、最近、この種の話が多いですね。

 一方、ロシアの事故としては報道記事や写真は比較的多く、事故の要因を考えるだけの情報はあったといえます。しかし、ロシアの中でもモスクワから遠いシベリアという地方で起こった事故であり、また新型コロナウイリスの影響で現地取材できないメディアが多い所為か、時間が経過しても内容があまり深まらないという印象でした。