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2016年4月30日土曜日

シンガポールの石油化学工場でナフサタンク火災

 今回は、2016年4月20日、シンガポールのジュロン島にあるジュロン・アロマティクス社の石油化学工場のナフサタンクが火災になった事故を紹介します。
 写真Facebook.com から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、シンガポールのジュロン(Jurong)島にある石油化学会社ジュロン・アロマティクス社(Jurong Aromatics Corp)の石油貯蔵施設である。

■ ジュロン・アロマティクス社は、58ヘクタールの敷地を有し、パラキシレン、ベンゼン、キシレンの芳香族化合物を年間150万トンの生産能力で2014年9月に操業開始した。原料は液化天然ガス(コンデンセート)で、芳香族製品のほかジェット燃料、超低硫黄軽油、軽質ナフサ、LPGなど年間250万トンの石油製品の生産能力がある。貯蔵施設は地上式のタンクのほか地下岩盤貯蔵タンクを有しており、コンデンセートを貯蔵している。ジュロン・アロマティクス社の主要株主は韓国財閥のSKグループで30%を保有している。しかし、最近の原油や天然ガス価格の下落の影響を受けて、生産施設は2014年12月から休止していた。

■ 事故のあったのは、芳香族化合物生産プラントへ供給するための原料ナフサの貯蔵用タンクである。タンクの大きさは直径約40m×高さ約20mで、発災時、貯蔵容量(25,000KL)の約10%に相当する2,500KLほどのナフサが入っていた。 タンクまわりは、高さ2mで幅100m×長さ150mの防油堤が設置されている。
      ジュロン・アロマティクス社の工場付近(矢印が発災タンク)  (写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年4月20日(水)午後3時前、石油貯蔵施設にあったナフサタンク1基が火災を起こした。タンクから立ち上げる炎は対岸から視認できた。

■ ジュロン島で作業していた目撃者の話によると、火災は午後2時45分頃に起ったといい、「当時、激しい雨が降っており、雷も鳴っていました。建物が揺れるのを感じました」と語っている。別な目撃者は、「ちょうど落雷があったときに、数百メートル先から黒煙と炎が上がりました。石油タンクのひとつから火の手が上がったのです」と語っている。爆発的な様相を呈した火災だったとみられ、火炎の高さは60mに達していたという。

■ 発災に伴い、シンガポール市民防衛庁(Singapore Civil Defence Force: SCDF)が現場へ出動した。SCDFの消防隊が現場に到着したときには、 CERT(Company Emergency Response Teams: シンガポール企業緊急対応チーム)の一員であるジュロン・アロマティクス社の自衛消防隊が地上式の水モニターで対応を始めていた。

■ 火炎の勢いが激しく、タンクの側板半分が座屈して折りたたまれた状態になった。発災から約1時間後に、周辺にある事務所の人たちへジュロン島から避難するよう連絡がまわった。

■ 消防活動の結果、発災から約5時間後の午後7時45分に火災は制圧された。この消防活動中、 SCDFの消防士1名が熱疲労で病院へ搬送された。

被 害
■ ナフサ貯蔵タンクが火災によって損壊し、タンク内(約2,500KL)に入っていたナフサが焼失した。このほかの被害の程度は分かっていない。

■ 消火活動中、消防士1名が熱疲労で病院に搬送された。
(写真はYoutube.com から引用)
< 事故の原因 >
■ 原因調査中である。事故は落雷による可燃性ガスへの引火による可能性が高い。

< 対 応 >
■  SCDF(シンガポール市民防衛庁)は、午後3時にジュロン島テンブス通り沿いにあるタンクが火災になっているという通報を受け、7つの消防署の消防隊150名が38台の消防車両で現場へ出動した。現場に到着した消防隊はすさまじい熱を感じた。消防隊長によると、タンク近くの温度は700℃ほどだったという。

■ 火災を制圧するため、放射能力6,000ガロン/分(22,700L/分)の大容量泡放射砲(泡モニター)を配置し、このほか、隣接タンク2基を冷却するためドレンチャーシステムなどを配備した。 消防隊によると、大容量泡放射砲は高い水圧を必要とするので、ときどき他の放水を停止して、大容量泡放射砲の水圧を保持したという。

■ 午後5時30分時点でジュロン島の西部にいた報道カメラマンによると、炎と煙の勢いは弱くなっていたという。

■ 発災から約5時間後の午後7時45分に火災は鎮火した。 SCDFの関係者は、「タンクが座屈し、まわりに広がるのを防ぐ必要があり、消火活動は時間との戦いだった」と語っている。
               座屈が急激に進行する瞬間    写真はSingapore.coconuts.co から引用)
(写真はStraitsatimes.com から引用)
 写真Facebook.com から引用)
写真Facebook.com から引用)
 写真Facebook.com から引用)
 写真Facebook.com から引用)
(図はTNP.sp から引用)
補 足
■ 「シンガポール」(Singapore)は、正式にはシンガポール共和国で、東南アジアの主権都市国家かつ島国で、人口は約540万人である。マレー半島南端に位置し、同国の領土は菱型の本島であるシンガポール島および60以上の島から構成される。
 「ジュロン」(Jurong)は、シンガポール西部にある地区で、1960年代に職住近接型の工業団地・ニュータウンとして開発され、人口は約35万人である。南の沖合に石油化学工業地区として造成されたジュロン島がある。
 シンガポールでは、最近、つぎのような火災事故が起こっている。
 ● 2011年9月28日、プラウ・ブコム島にあるロイヤル・ダッチ・シェル系列のシェル・イン・シンガポール製油所において貯蔵タンク地区のパイプラインから火災が起こり、鎮火までに32時間かかった。火災原因はナフサタンクへの接続配管のメンテナンス作業のミスによるものであった。100名を超す消防隊が出動して消火活動を行った。この事故に伴う死者は出ていない。「シンガポールのシェル製油所のタンク地区で火災」(2011年10月)、「シンガポールのシェル製油所火災-2011   その後の情報」(2012年9月)を参照。
 ● 2007年5月3日、ジュロン島の工業地区で2件の火災が起った。ひとつはジュロン島にあるエクソンモービル社のシンガポール製油所で起ったもので、死者2名と負傷者2名が出た。もう1件は、ジュロン・オイル&ケミカル・プラントで起った火災事故で、火傷によって1名の死者が出た。
                    シンガポールのジュロン島周辺  (写真はグーグルマップから引用)
■ 「SCDF」(Singapore Civil Defence Force:シンガポール市民防衛庁)は、シンガポール政府の内務省に属する機関で、火災や災害時の消防、救援・救助、緊急搬送などの業務を行なうほか、火災予防、市民保護に関する規制を策定し、実施する任務を担っており、職員数は約6,000人である。

■ CERT(Company Emergency Response Team企業緊急対応チーム)は、シンガポールの企業で異常事態が発生した際に適切な対応が行なうことができるように設立されたもので、 これをまとめる団体がA-CERT(Association of Company Emergency Response Teams (Singapore):シンガポール企業緊急対応チーム協会である。A-CERTには企業会員のほか、個人会員も参画できるようになっている。2005年、石油および可燃性物質の防火に関する法律が制定されたことから設立されたものであるが、この背景には公設消防が来る前の企業による緊急対応能力を促進させようとするもので、SCDFが強力に推進し、CERTの訓練や教育を支援している。 A-CERTは、つぎのような教育(資料)を公表している。

■  「消火泡および冷却水」 の基本について、A-CERTの「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」ではつぎのように述べている。
  ● 消火泡は、NFPA11によれば、火災面積当たり4.1 L/min/㎡、フォームダムでは12.2 L/min/㎡を基本とする。
  ● 移動型泡モニターでは、泡の自然消滅、火炎の上昇気流、風によって供給量の25%がロスするとみておく。
  ● 泡放射はフットプリント法による。
  ● 冷却水は、NFPAによれば6.5 L/min/㎡を基本とする。
 これによれば、直径40mのタンクでは放射能力5,200L/min以上の泡モニターを要することになる。日本の法令では、直径40mのタンクの場合、放射能力10,000L/minの大容量泡放射砲を必要とする。実際には、放射能力22,700L/minの大容量泡放射砲が使用されているので、泡モニターの能力としては問題ない。(泡放射能力18L/min/㎡ に相当)
 一方、ナフサの燃焼は激しく、原油やガソリンと比べて燃焼速度が速い。日本の実験では、ガソリンの0.33m/h、原油(アラビアライト相当)の0.29m/hに対して、軽質ナフサは0.62~0.87m/hというデータがある。今回のナフサタンク(高さ20m)には貯蔵容量(約25,000KL)の約10%のナフサが入っており、油の深さは約2.0mとなる。ナフサの燃焼速度を0.62m/hと仮定すれば、約3.2時間で燃え尽きることになる。

所 感
■ 今回の事故原因は調査中となっているが、落雷によるものと思われる。プラントは操業されておらず、タンク内のナフサも運転停止時の液位で動いていないと思われる。気温の上下でタンク内の気相部に空気が入り、爆発混合気になっていたのではないだろうか。このため、ドーム式屋根の一部を破壊するような爆発的な燃焼が起こり、全面火災に近い状況になったものと思う。また、火災によりタンク側板が座屈しているが、燃焼の途中で急速に進行する座屈現象があったようで、ナフサ燃焼のすさまじさを示すものであろう。

■ シンガポール市民防衛庁(SCDF)は情報の公開に開放的な組織である。今回も、どのような消火戦術をとったか、写真や状況図を含めて事故後の早い段階で公表している。(状況図の解説は不鮮明で残念ながら判読できないが)
 石油貯蔵タンク火災の消火戦略を確立させているだけに、対応は基本どおり行われている。しかし、タンク屋根が内部に落下して「障害物あり全面火災」になったとみられることと、ナフサの燃焼力が激しく、早期の消火には至っていないと思われる。幸いなことに液位が2mほどで、燃焼が弱まって燃え尽きる状況になったのが約5時間ほどで消火できたものと思われる。 

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・In.Reuters.com, Oil Tank at Singapore’s Jurong Island Catches Fire,  April  20,  2016 
  ・Icis.com,  Fire Hits JAC Naphtha Storage Tank in Singapore,  April  20,  2016
  ・Channelnewsasia.com, Oil Tank Catches Fire on Jurong Island,  April  20,  2016  
  ・Todayonline.com,  Oil Tank Blaze at Jurong Island,  April  20,  2016
    ・Tnp.sg,  Jurong Island Fire Was at Light Crude Oil Tank,  April  21,  2016
    ・Hawkesfirefire.co.uk,  Singapore – Crude Oil Tank Fire, Jurong Island,  April  22,  2016
    ・TNp.sg,  Firefighters Recount Tackling Jurong Island Oil Tank Fire,  April  23,  2016
    ・Businesskorea.co.k,  SK Stops Operation of Chemical Plant in Singapore to Cope with Oil Price Drop,  January  22 


後 記: 今回の事例は事故情報の連絡を受けて知りました。最近、タンク事故が無いと思っていたら、この事例のほかに矢継ぎ早に世界でタンク事故が起こっています。日本でも、昭和40年代(1970年代)に石油コンビナート事故が続発しました。熊本地震のように大分の方まで影響して地震が起きているというのは、地質学的に理解できますが、何ら関係のない国や企業で事故が続いて起こるのは、なぜでしょうか。
 ところで、熊本地震は一向に収まる様子ではありません。私も九州生まれで心が痛みます。しかし、地震前の4月3日に放映されたNHKの「巨大災害 MEGA DISASTER Ⅱ 日本に迫る脅威  地震列島 見えてきた新たなリスク」を観ていましたので、変に納得していました。GPSによる日本列島の動きを分析すると、2011年3月の東日本大震災以降、どこでも巨大地震が起こっても不思議でないという指摘がまさに当たっています。

2016年4月15日金曜日

エクソンモービル名古屋油槽所の工事中タンクの火災事故(2003年)

 今回は、2003年8月29日、愛知県名古屋市にあるエクソンモービル社の名古屋油槽所において工事中のガソリンタンクで火災が発生し、7名の死傷者の出た事故を紹介します。
写真は中日新聞から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、愛知県名古屋市港区汐見町にあるエクソンモービル社の名古屋油槽所である。

■ 油槽所には、石油製品の入出荷のため、数十基の貯蔵タンクが保有されていた。発災があったのは、 ガソリン用の直径23.2m×高さ12.2m、貯蔵容量4,609KLのコーンルーフ式タンクTK-2である。約10m南に隣接してガソリン用コーンルーフ式タンクTK-24があった。両タンクは内部浮き屋根式へ改造するため、他のタンクと縁切りされていた。
                 名古屋市港区汐見町付近  (写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2003年8月29日午後3時35分頃、名古屋油槽所にある隣接したTK-2タンクとTK-24タンクの改造工事の作業中、ガソリン抜取り作業中のTK-2タンクから漏出したガソリンのベーパークラウド(蒸気雲)に着火してTK-2タンクが炎上した。この火災によって作業員6名が死亡し、1名が負傷した。

■ 事故当日、TK-2タンクは開放準備のガソリン抜取り作業が行われていた。液面が側マンホール以下となったので、午前10 時頃から側マンホールを開放し、エア駆動式ポンプとホースにより、残油をTK-14タンクに移送した。つぎに、タンクがほぼ空になったため、タンククリーニング作業に移った。作業員がエアラインマスクを着用してタンク内へ入り、内部を水洗いし、油混じりの水をバキュームカーへ排出の作業を行った。内部がガソリン蒸気で充満していたため、他の作業員が屋根マンホールを開放した際、内部のガソリン蒸気が側マンホールから追い出されてベーパークラウドが形成された。当時、天候は曇り、南西の風で風速2m/sだった。

■ TK-24タンクは内部浮き屋根の組立工事中だった。火災直前の午後3時30分頃、一人の作業員がタンク外に出たとき、仮設の可燃性ガス警報機が鳴っていることに気づき、タンク内に知らせ、退避を指示し、タンク内外にいた作業員は避難しようとしていた。作業員の一人は「ガス検知器のブザーが鳴り続けると、気化ガスに引火する危険性があるため(分電器の)コンセントを抜いた」と証言している。 このプラグを抜いた際にスパークが発生し、ベーパークラウドに着火したものと思われる。

■ 発災当時、現場には11名の作業員がいた。火災によって、TK-2タンク内にいた作業員3名がタンク内で死亡し、TK-24タンク内にいた作業員のうち4名が避難中にタンク外で被災し、うち3名が死亡、1名が負傷した。

■ 火災発生に伴い、午後3時40分に通報を受けた名古屋市消防局が現場へ出動した。消防活動の結果、午後7時20分に鎮火が確認された。  
                  発災時の現場状況   (図は名古屋市消防局資料からから引用)
被 害
■ 火災によって工事中の作業員に死傷者が出た。被害者は死者6名、負傷者1名の計7名である。
 火炎はタンク内部に伝播しておらず、TK-2タンク内部作業員3名の死亡原因は火傷でなく、窒息であった。TK-24付近で避難中の3名は火傷で死亡した。死傷した7人は、油槽所の協力会社であるメンテナンス業「シムラ」(川崎市)と「コーナーサービス」(愛知県知多市)の2社の作業員である。

■ 火災によってTK-2タンクの側板表面が一部焼損した。また、エアーラインホースの焼失など工事用の資機材が焼損した。
TK-2タンク北西マンホール周囲の焼損状況(左)、TK-2TK-24タンク間の資機材の焼損状況(右) 
(写真は名古屋市消防局資料からから引用)
< 事故の原因 >
火災の誘因                       
■ ガソリンタンク開放準備のため、TK-2タンクが油抜出し・清掃の作業中であった。 TK-2タンク内部はガソリン蒸気が充満しており、屋根マンホールを開放した際、防油堤内へ可燃性ガスが漏出した。          
                
着火原因                         
分電器概略図 
(図は名古屋市消防局資料からから引用)
■ 隣接するTK-24タンクはすでに開放して、内部で工事中であった。仮設のガス警報器が発報したため、分電器のコンセントからプラグを引き抜いた際、スパークが発生し、着火した。
 
 注記: TK-2タンクから漏出した可燃性ガスの着火要因としては、①TK-2タンク内部作業の要因、②TK-24タンク内部作業の要因 ③可燃性ガス検知器、④静電気、⑤分電器があがったが、検証結果、①~④の可能性は無く、TK-24タンクの工事で使用していた仮設分電器のコンセント部にスパーク痕が確認されたことにより、⑤分電器のスパークの可能性が高いとみられた。

< 対 応 >
■ 火災発生に伴い、名古屋市消防局が車両56台とともに現場へ出動し、消防活動の結果、午後7時20分に鎮火が確認された。
   
■ 名古屋市消防局は、事故後、原因調査を行い、事故調査報告書をまとめた。この報告書の中で、事業者の責務として、つぎのような課題があると提言している。
  ① すべての工事関係者に対し、可燃性蒸気が発生する作業日時、場所等をどのようにして周知徹底させるか。
  ② 可燃性蒸気が発生する作業を行う場合、同時に行われている複数の工事をどのように中断または停止させるか。
  ③ 可燃性蒸気が発生する作業に係わる防災教育や使用機器の管理等をいかに徹底させるか。 

■ この提言に対して、消防庁から「危険物施設の工事中の安全対策について」(平成16年2月10日付け消防危第16号)による通達が出された。

■ エクソンモービル名古屋油槽所は、事故で亡くなられた方および遺族に心より哀悼の意を表するとともに、事故後の対応として、つぎのような安全対策をとり、現場管理の徹底を図った 。
  ① 工事責任者となる従業員の評価基準の強化と安全システムの徹底
  ② 工事元請業者の採用基準の強化
  ③ 全工事関係者に対するタンククリーニング手順の教育の徹底
  ④ 危険作業における油槽所での立会い等

■ 2005年3月、当時の所長代理を含む工事関係者6名が業務上過失致死傷容疑で書類送検されたが、2006年9月、名古屋地検は、出火原因の特定に至らなかったこと等から、刑事責任を問うのは困難と判断し、不起訴処分とした。

補 足
■ 「エクソンモービル社」は、日本の事業から事実上撤退する方針をとり、日本の「エクソンモービル有限会社」は「EMGマーケティング合同会社」に移行し、東燃ゼネラル石油のグループ会社のひとつになっている。 「名古屋油槽所」は現在もあり、発災のあったタンク地区もそのままである。
   エクソンモービル社(現EMGマーケティング合同会社)の名古屋油槽所  (写真はグーグルマップから引用)
                    名古屋油槽所の発災現場付近(現在)  (写真はグーグルマップから引用)
■ 「ガソリンタンクの開放作業手順」(タンク内のガソリンの移送およびガソリン蒸気の排出の作業)について、エクソンモービル名古屋油槽所は、当時、一般的につぎのような手順で行っていたという。事故時にどのような確認が行われていたかは分からない。  
 ① できる限り通常の出荷でガソリン量を減らし、残ったものは、補助ノズルまたはドレンノズルから仮設配管で他のタンクへエア駆動のポンプにより移送する。    
 ② 補助ノズルまたはドレンノズルから水を注入し、スラッジを浮かせ、それを廃油として廃油ローリーに積み込む、これを数回繰り返す。
 ③ ガソリン蒸気をタンクの外に排出する。
 ④ タンク内の酸素濃度が19.5%以上、炭化水素濃度が爆発下限界の10%以下を確認する。酸素濃度、炭化水素濃度の確認方法は、測定時点では人がタンクに入れないので、静電気が発生しないように細長い竹竿の先端にガス検知器を取り付けて、タンクの中心部までもっていって測る。
 ⑤ 酸素濃度と炭化水素濃度の基準に達したことを確認後、初めてタンク内に入る。
 ⑥ エアラインマスクを装着した作業員がタンク内に入って、水をかけたりしながらスラッジをかき集めて、これを廃油ローリーに積み込む。

所 感
■ 2016年3月に「アフリカのガボンで石油タンクが爆発して死傷者7名」を紹介したときに、類似事故として挙げたのが、今回の「エクソンモービル名古屋油槽所の工事中タンクの火災事故(2003年)」である。
まさに、米国CSB(化学物質安全性委員会)がまとめた「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」としてまとめられた教訓項目が当てはまる。(詳細は同ブログを参照)
   ①火気作業の代替方法の採用  ⑤着工許可の発行
   ②危険度の分析        ⑥徹底した訓練
   ③作業環境のモニタリング    ⑦請負者への監督
   ④作業エリアのテスト 

■ 事故が起きるのは、いろいろな要因が重なるのが常であり、この観点からしても失敗要因が存在していたと思われる。
 ①ルールを正しく守る;
  ●エクソンモービル名古屋油槽所の「ガソリンタンクの開放作業手順」が正しく守られていたか?
 ②危険予知(KY)を活発に行う;
  ●隣接した2基のタンクの油抜取り・洗浄・改造工事を並行して進める計画時の危険予知が行われていたか? 
  ●当日工事の現場における危険予知が行われていたか?
 ③「報告・連絡・相談」(報・連・相)により情報を共有化する;
  ●油槽所担当者と施工責任者の報・連・相は的確に行われていたか?
  ●複数の施工責任者間の報・連・相は的確に行われていたか?

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・名古屋市消防局、エクソンモービル名古屋油槽所のタンク火災事故原因報告書、2003 
  ・Web.churoi.go.jp, 愛労委平成 17 年(不)第4号不当労働行為救済申立事件命令書、2009年3月9日
  ・Fdma.go.jp , エクソンモービル名古屋油槽所火災(第6報) 、消防庁特殊災害室、2003年9月1日  
  ・Asyura2.com , <タンク炎上>男性作業員4人死亡 名古屋市のガソリン貯蔵所(毎日新聞)、 2003 年 9 月 05 日


後 記: 今回、過去の事故を取り上げたのは、「アフリカのガボンで石油タンクが爆発して死傷者7名」の事故で類似事故として挙げたのがきっかけです。比較的新しい(私にとって) 2003年の事故ですので、当然、インターネットで検索すると、まとめられた事例として出てくると思ったのですが、あにはからんや、断片的な情報しか出てこないではありませんか。現在20歳の人は事故発生時7歳ですから、多くの若い人はまったく知らないわけです。
 これでは、過去の貴重な事例が活かされず、知見の継承ができないことになります。消防庁通達「危険物施設の工事中の安全対策について」が出ていますが、今、これだけ読んでみても、当たり前のことという印象で、何を言おうとしているのか理解できません。
 今回、保有していた資料に新たに断片的なインタネット情報を付加してまとめ直しました。

2016年4月10日日曜日

アルジェリアのスタトイル/BPの天然ガスプラントで再びテロ攻撃

 今回は、2016年3月18日(金)、アルジェリアの中央部インサラー地区にあるノルウェーのスタトイル社、英国のBP社、アルジェリアのソナトラック社の3社による合弁会社の天然ガスプラントに、過激派によるロケット弾が打ち込まれた事件を紹介します。貯蔵タンクに直接関係がありませんが、施設の保安警備の観点から取り上げました。
アルジェリアのインサラー地区の天然ガスプラント (写真はHydrocarbons-technology.comから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、アルジェリアの中央部インサラー(In Salah)地区のクレクバ(Krechba)にある天然ガスプラントである。インサラー地区では、ノルウェーのエネルギー会社のスタトイル社(Statoil)、英国のエネルギー会社のBP社、アルジェリア国営炭化水素化学輸送公社(ソナトラック:Sonatrach)の3社の合弁会社によってインサラー・プロジェクトが進められ、2004年からクレクバ・ガス田などからの天然ガスが処理されている。クレクバの天然ガスプラントには、スタトイル社とBP社の社員を含め、約600名の従業員がいる。

■ スタトイル/BP/ソナトラック社の3社は、アルジェリアのインサラーとイナメナス(In Amenas)において天然ガス開発プロジェクトを進め、両地区に天然ガス施設を保有している。 2016年2月、さらに90億㎥/年まで生産するため、ガス田開発を増強すると発表したばかりだった。
 イナメナスの施設では、2013年1月、アルカイダ系の「血判部隊」というイスラム武装集団によって襲撃され、同地区で働いていたアルジェリア人と外国人の多くを人質として拘束した事件が起こっている。このとき、日本の建設会社の日揮がプラント建設のため、現地に駐在していた。
 アルジェリア軍は人質奪回のため軍事行動を起こしたが、武装集団との戦闘によって日本人10人を含む外国人37人が死亡した。 (この「血判部隊」という組織は、2015年にイスラミック・ステート(IS) に加わったとされ、現在はイスラミック・ステート(IS) によるテロ攻撃といわれている)

■ 人質事件で5人の従業員が犠牲になったノルウェーのスタトイル社は2013年9月に事件の調査報告書をまとめた。報告書では、施設の警備が不適切だったと結論付けている。施設の警備体制は、内部を企業側が、外部を軍が担当していたが、両者の協力や信頼関係が十分でなかったほか、企業側が警備面で軍に頼りすぎていたとされている。
■ 2013年のテロ攻撃(人質事件)以来、アルジェリアのエネルギー主要施設は軍による警備体制が強化された。イナメナスの天然ガスプラントは2014年7月に通常の操業に戻っている。
               アルジェリア中央部のインサラー周辺  (写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年3月18日(金)午前6時頃、クレクバの天然ガスプラントに過激派によるロケット弾(Rocket-Propelled Grenades)が打ち込まれた。ロケット弾はプラント構外の遠い場所で車両から発射されたとみられ、3発が施設中央地区に着弾した。この着弾時の爆発音によってガスプラント内にいた人たちは震撼させられた。このスタトイル/BP/ソナトラック社の天然ガスプラントへのテロ攻撃は、3年前の事件以来、2回目の出来事である。

■ このテロ攻撃による死傷者は無かった。また、設備への被害も無かったが、安全措置として施設が停止された。

■ アルジェリア軍はこの地区を制圧下に収めており、軍はテロ攻撃した犯人を追跡した。犯人は2名とみられ、正体は不明である。

被 害
■ 天然ガスプラントの敷地内にロケット弾が落ちたが、設備には被害がなかった。また、死傷者も無かった。

< 事故の原因 >
■ 過激派によるロケット弾によるテロ攻撃である。

■ 事件の背景: 北アフリカの国々は、1990年代、20万人を殺したといわれているイスラム過激派との戦いに優勢を保ってきたので、アルジェリアにおける軍事行動や爆撃の頻度は稀になっている。この背景には、アルジェリアが欧州への天然ガスの主要な供給国のひとつになっており、欧州のサポートがあるためである。しかし、アルカイダやイスラミック・ステート(IS)と同盟している過激派組織は、南部の砂漠や首都アルジェ東部の山岳地域で活動している。また、アルジェリアでは、隣国であるリビヤで油田施設への攻撃を行っているイスラミック・ステート(IS)が勢力拡大を図っていることに懸念をもっている。

< 対 応 >
■ スタトイル/BP/ソナトラック社の天然ガスプラントへのテロ攻撃に伴い、事業者は安全措置として施設を停止した。また、社内の緊急事態対応手順の発動を行った。

■ スタトイル/BP/ソナトラック社は、インサラーの天然ガスプラントへのテロ攻撃を受けて、イナメナス天然ガスプラントの警備も強化した。

■ BP社はインサラー天然ガスプラントを停止したと発表したが、3月20日(日)、ソナトラック社の幹部関係者によると、生産は攻撃によって影響されていないという。匿名を条件に語ったところによると、クレクバでの生産は影響を受けておらず、ソナトラック社CEO(最高経営責任者)が現地のガス施設を訪問して、従業員を支援し、生産維持を奨励したという。

■ スタトイル社とBP社は、アルジェリアでの合弁会社からスタッフを撤退させていくことにした。3月21日(月)、BP社はアルジェリアにいるスタッフ全員を対象に翌週から一時的に移動させる計画であることを発表した。また、スタトイル社も次週以降、スタッフの人数を徐々に少なくしていくと発表した。

■ BP社によれば、会社としての最優先は人々の安全と安心だという。しかし、アルジェリアでの合弁事業は遠くから支援し続けるし、通常のビジネスに戻るようにスタトイル社やソナトラック社と連携していくと付け加えている。BP社はアルジェリアに30~40人のスタッフを置いているとみられる。スタトイル社ではアルジェリアに20人ほどの在住者がいるとみられ、うちクレクバのプラントには3名が駐在している。

■ 3年前のテロ攻撃によって警備の強化が図られたはずであるが、今回の事件によって、アルジェリアの原油・ガスプラントがイスラム過激派による攻撃に対してなおも脆弱であることを示す形
となった。

■ 3月20日(日)、アルジェリア軍がクレクバ天然ガスプラントを襲撃したとみている過激派4名をインサラーの砂漠地区で殺害したと治安当局筋の話を報じている。アルジェリア防衛省は確認していないという。

補 足
■ 「アルジェリア」(Algeria)は、正式にはアルジェリア民主人民共和国で、北アフリカのマグリブに位置する共和制国家で、人口約3,900万人である。リビア、チュニジアと東で国境を接し、北は地中海に面し、海を隔てて北に旧宗主国のフランスがある。
 「インサラー」(In Salah)は、アルジェリアの中央部で首都アルジェから約1,000km南のタマンラセット県北部にあるオアシスの町である。かつてはサハラ沙漠を東西に走る隊商交易路の重要な中継点で、現在は人口約44,000人の町である。
(写真はグーグルマップから引用)
■ インサラー地区はイナメナスと並んでアルジェリアの天然ガス生産の拠点である。「クレクバ」(Krechba)はインサラー地区のガス田のひとつで、最も北方に位置し、施設の周囲はイナメナスのプラントと同様、砂漠である。
BP社のアルジェリアとリビアにおける天然ガス探査・生産地区
(写真はEnergy-pedia.comから引用)
              クレクバの天然ガスプラント   (写真はPanoramio.comから引用)
ロケット砲RPG-7の例
(写真はScience.howstuffworks.com から引用)
■ 使用された兵器ははっきりしないが、ロケット弾(Rocket-Propelled Grenades)という見方が多い。これは、旧ソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器RPG-7の可能性が高い。RPG-7は安価で簡便かつ効果的であるため、途上国の軍隊やゲリラが好んで使用し、ベトナム戦争以降、世界各地の武力紛争に広く用いられている。最大射程は920mで、熟練した兵士なら150m、条件次第では300mの距離で命中させることができるといわれ、確実に命中させるためには80m以内に接近して射撃するのがよいといわれている。


所 感
■ どのような警備強化が行われたか不明だが、アルジェリア軍の人員は増強されていただろう。市街地で人に紛れて行われるテロ攻撃に対する警備が難しい点はあるが、砂漠の真ん中にある天然ガスプラントの警備も難しいということを示す事例である。使用された兵器が携帯式のロケット砲RPG-7クラスで、天然ガスプラントに命中していないことをみれば、おそらく500~1,000m離れた場所から発射されたものと思われる。当然、この程度の離れた場所からのテロ攻撃は想定されていただろう。警備に関するハード面に問題があったのか、ソフト面の問題か分からないが、警備の脆弱さを指摘されても仕方がないと感じる。

■ スタトイル社は、2013年イナメナスの人質事件に対して詳細な分析を行い、調査報告書をまとめている。
 スタトイル社(およびBP社)は、天然ガスプラントの警備について強化策をとっていたものと思われる。それだけに、今回の事件はショックだっただろう。スタトイル社とBP社が自社の社員を撤退させる判断をしているが、おそらく警備の脆弱さを最も身近に感じたからだと思われる。3年前に企業側が警備面で軍に頼りすぎていたとされたが、再び、軍に頼りすぎていた(頼らざるを得ないが)という印象である。しかし、プラント構外における警備とテロ攻撃への対策の問題はアルジェリアに特殊性があるわけでなく、日本国内でも潜在する懸念事項であろう。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・Uk.reuters.com, Militants Fire Rockets at Algerian BP/Statoil Gas Plant, no Casualities,  March  18,  2016 
  ・RT.com,  Militants Attack BP-Statoil Gas Plant in Algeria,  March  18,  2016
  ・Telegraph.co.uk,  BP Gas Plant Hit in Algerian Rocket Attack,  March  18,  2016  
  ・Bloomberg.com,  Statoil, BP Gas Facility in Algeria Hit by Rocket Attack,  March  18,  2016
    ・Firedirect.net,  Attackers Fire Rockets at BP/Statoil Gas Facility in Algerian Sahara,  March  21,  2016
    ・Offshorereport.com,  Terrorists Attack BP Statoil Facility,  March  18,  2016
    ・Newsinenglish.no,  Statoil Gas Plant Attacked in Algeria,  March  18,  2016
    ・Uk.reuters.com,  Algeran Army Kills Militants behind Krechba Gas Plant Attack-source,  March  20,  2016
    ・WSJ.com,   BP, Statoil to Withdraw Staff from Algeria Following Rocket Attack,  March  21,  2016


 後 記: 日本では、まったく話題になっておらず、石油貯蔵タンクに関係のない情報ですが、2013年人質事件で警備の観点から情報を紹介したことから、その後の続報として紹介することとしました。今回の事件が、日本人がいなかったこと、人や設備に被害が無かったことから、ニュース性に価値が無かったと判断されたようですが、プラントの警備やテロ対策の観点でいえば、ひとごとではないと思いますね。
 このブログでは、政治性は極力排除するように配慮していますが、この種の事件は政治性が濃厚ですので、やむを得ず触れています。アルジェリア軍が襲撃した過激派4名を殺害したという情報は?ものですが、気になるところなので、記載しました。