今回は、2026年7月15日(水)、ブラジルのアマゾナス州マナウス南部工業地区にある石油化学会社イノバ社の第4ユニット(石油化学貯蔵エリア)のスチレンモノマー用貯蔵タンクで重合によってスチレンモノマーが流出し、住民204名がスチレンモノマーのベーパーを吸って息切れ、めまい、吐き気、失神などの症状を呈し、治療を受けた事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、ブラジル(Brazil)アマゾナス州(Amazonas)マナウス(Manaus)にある石油化学会社イノバ社(Innova)のプラントである。
■ 事故があったのは、マナウス南部工業地区にあるイノバ社の第4ユニット(石油化学貯蔵エリア)のスチレンモノマー用貯蔵タンクである。
<事故の状況および影響>
事故の発生
■ 2026年7月15日(水)午後5時20分頃、 プラント内にあった貯蔵タンクから有害性のスチレンモノマーが漏洩するという事故が発生した。
■ プラント内には、3基のスチレンモノマー用貯蔵タンクがあったが、漏洩があったのは、そのうちの1基である。イノバ社によると、タンク内の製品の温度が異常に上昇したため、爆発を避けるため、機器の安全装置によってベーパーが制御された状態で放出されたという。スチレンモノマー貯蔵タンク内で異常な化学反応が発生したとみられる。
■ 発災にともない、イノバ社の自衛消防隊とともにアマゾナス州軍消防局が出動した。
■ 漏洩発生直後に作業員が撮影し、ソーシャルメディアで拡散された動画は、事態の深刻さを物語っている。映像には、タンクから立ち昇る濃い白い煙が会社の敷地内に急速に広がっていく様子が映っている。流出するベーパーの激しさに、現場や近隣の工場にいた従業員は恐怖を感じた。
■ 危険な状況が発生した後、同社は直ちに社内の専任消防隊を現場に派遣してリスク管理作業を実施するとともに、アマゾナス州軍警察消防局に緊急連絡を取り、連携した消火活動のため現場へ急行するよう要請した。複数の消防隊が同時にタンクの冷却、ガス監視、区域隔離作業を実施した。イナバ社は、社内で定めた緊急対応手順に従って速やかに事態の収束を図った。
■ スチレンモノマーは、プラスチックやゴムの製造に使用される化学物質で、加熱すると蒸発し、強い臭気を発する。暴露すると、目、鼻、喉の炎症のほか、頭痛、めまい、吐き気などの症状を引き起こす恐れがある。
民間防衛当局は、市民に対し、開放的で換気の良い場所に留まり、空気の循環を促すためにドアや窓を開け、エアコンや換気システムなど外部の空気を取り込む機器の電源を切るよう勧告した。
■ 呼吸器系の炎症、めまい、吐き気などの急性曝露症状のため、当初、16名が医療トリアージを必要としたと報じられていた。その後、医療機関に治療を受けたひとの数は増えていった。
■ 当局は、今回の事態を受けて隔離された区域を漏洩が発生したタンクを中心とした半径300mの範囲であると発表した。イノバ社の隣にある会社は避難措置が取られ、封鎖状態が継続されている。現場への立ち入りは、消防署、アマゾナス州軍警察、民間防衛隊、保健機関など事故対応に携わる関係者のみが許可された。
■ アマゾナス州軍消防局などの対応チームは、スチレンモノマーの漏洩を抑えるため、タンクの冷却作業を行った。
■ スチレンモノマーは温度変化によって変化し続ける。タンクの冷却中、作業員が注入する水は、蒸発や凝固などのプロセスを経て変化する製品の温度を制御するのに役立つ。そのため、初期段階で事態が収束した後も、少量のベーパーが放出される可能性があり、消防隊員は、タンクの温度上昇や新たな危険の発生を防ぐため、引き続き状況を監視した。
■ ガス漏れにより、学校や工業地区の企業が活動を停止した。
■ マナウス市長は、工業地区でスチレンガスが漏洩したことを受け、市内は厳戒態勢にあると述べた。
■ 州政府は安全対策として、漏洩箇所周辺地域の即時避難を勧告し、緊急対応要員が事態を収拾するまで工業地区を通って移動するのを避けるよう市民に呼びかけた。
■ 当局は、周辺地域に住む人たちに、ドアや窓を開けたままにし、換気システムやエアコンの電源を切るよう勧告した。スチレンを吸入したり、接触したりすると中毒を引き起こす可能性があるので、めまい、吐き気、呼吸困難、皮膚や目の炎症などの症状が現れた場合は、できるだけ早く医療機関を受診するよう呼びかけた。
■ アマゾナス州民間防衛局は、住民に対し以下の予防措置を講じるよう呼びかけた。①風通しの良い開放的な場所に滞在する、②空気の循環を促すため、ドアや窓を開けておく、③エアコンや換気システムなど、外気を取り込む機器の電源を切っておく、④影響を受けた地域またはその近隣にいる人は、直ちに漏洩現場から離れ、市内の別の安全な場所に避難する、⑤追って通知があるまで、工業地区および周辺地域への移動は避ける。
●Facebook、「Process
Safety Case Study: Styrene Monomer Release in .」(2026/7/15)
●Linkedin.com、「Styrene Monomer Leak at Innova Petrochemical Plant in ..」(2026/7/15)
被 害
■ スチレンモノマー用貯蔵タンク1基の機能が喪失し、タンク内部から重合したスチレンモノマーが流出した。
■ 近くの住民に避難指示が出された。
■ 住民204名がスチレンモノマーのベーパーを吸って息切れ、めまい、吐き気、失神などの症状を呈し、治療を受けた。
< 事故の原因 >
■ 事故の原因は、タンク内の製品の温度が異常に上昇したため、爆発を避けるため、機器の安全装置によってベーパーが制御された状態で放出されたという。スチレンモノマー貯蔵タンク内で異常な化学反応が発生したとみられる。異常な反応へ至った原因は調査中である。
< 対 応 >
■ イノバ社は、今回の事案は同社の緊急時対応手順に従って対処され、発生した廃棄物はすべて適切な処理のために保管されたと報告した。同社はまた、火災は発生しておらず、封じ込め区域外への液体製品の漏洩もなく、被害者の報告もないといい、「事態は、当社が定めた緊急時対応手順に従って速やかに収束した」と述べた。
■ スチレンの漏洩が発生してから24時間以上が経過したが、アマゾナス州軍消防局の対応チームは、7月16日(木)も引き続きタンクの冷却作業を行った。対応している消防隊によると、タンクの温度制御作業中、漏洩するベーパーがまだ放出されているが、その割合は前日(7月15日)に記録されたものよりは低いという。
■ アマゾナス州保健局によると、7月17日(金)午前中までに、この事故に関連して公衆衛生ネットワークで治療を受けた人は204人だったという。治療を受けた人々は、息切れ、めまい、吐き気、失神などの症状を呈していた。そのうち192人の患者が退院し、11人が入院中である。なお、1人の死亡が確認されたが、死亡と漏洩との直接的な関連性は見つからなかったと報告されている。
■ 当局は、事件の原因を究明するための調査を実施すると述べた。製品が過熱した原因について、タンク内部での自然発生的な反応だといい、「あらゆる状況から判断すると、タンク内部で自然発生的な反応が起こっていると考えられます。スチレン分子が分解されると、連鎖反応が起こり、生成物が過熱されます」と説明した。また、安全弁が作動しなかった場合、その反応は爆発や火災を引き起こす可能性があったといい、「イノバ社の事例では、タンクの安全弁が開いていました。タンク内の製品が高圧状態にあったため、垂直方向の噴流として漏れが観測されました」と述べた。
■ イナバ社は、「マナウス市民の皆様にご迷惑をおかけしたことを深くお詫び申し上げます。当社は、このような事態の再発防止に必要なあらゆる措置を講じるとともに、関係当局およびその他すべての関係者に対し、必要な情報提供や説明をで行います」と発表した。
■ マナウス市はイノバ社に450万レアルの罰金を科した。マナウス市の環境・持続可能性事務局、都市計画研究所、保健事務局および市民保護・防衛執行事務局によって構成されたタスクフォースによる技術検査の結果、大気汚染レベルが人体への曝露に関して安全とみなされる基準値を上回っていることが判明した。罰金に加え、イノバ社は、20日以内に、技術安全報告書、緊急時対応計画、緊急対応計画、排水に関する情報、および処理能力に関する情報を提出しなければならない。
■ 今回の事例では、安全弁は設計どおりに作動した。しかし、都市全体が警戒態勢に入った。ブラジルのマナウスにあるイノバ石油化学プラントで報告されたスチレンモノマーの漏洩は、安全システムが機能しているからといって、必ずしもリスクがなくなったわけではないことを思い起こさせる。貯蔵タンク内で異常な状態が発生すると、安全弁が容器を壊滅的な損傷から保護するが、放出された有害性のベーパーはプラントの境界を超えて新たな危険を生み出す可能性がある。これが、定量的リスク評価(QRA)と結果分析が重要な理由である。たとえば、緊急事態が発生する前に、つぎのような質問に適切に答えることができるか。
① 有毒なベーパーはどのくらい遠くまで広がる可能性があるか?
② どの地域社会と資産が危険にさらされているか?
③ 緊急対応計画は現実的な拡散シナリオに基づいているか?
④ 安全対策は、敷地外への影響を軽減するのに十分か?
重大な事故は、爆発や火災だけで定義されるわけではない。制御された放出でも、事業継続とともに、従業員や一般市民に大きな影響を与える可能性がある。
補 足
■「ブラジル」(Brazil)は、正式にはブラジル連邦共和国で、南アメリカに位置する人口約2億1,200万人の連邦共和制国家である。首都はブラジリアである。
「アマゾナス州」(Amazonas) は、ブラジルの北西部に位置し、人口約394万人の州で、州都はマナウスである。
「マナウス」(Manaus)は、アマゾナス州の北に位置し、人口約208万人の市である。
「イノバ社」(Innova)は、正式にはVideolar-Innova S.A.で、ブラジルの石油化学・プラスチック加工企業であり、スチレン系樹脂を専門とする企業である。プラスチック事業を展開してきたVideloarグループが、Petrobrasから取得した石油化学資産を統合し、2015年に設立された。プラントは、マナウス(アマゾナス州)、トリウンフォ(リオグランデ・ド・スル州)、モンテネグロ(リオグランデ・ド・スル州)に配置されており、中でも第4ユニットは、マナウスにある石油化学製品の貯蔵・移送専用プラントであり、常圧のスチレンモノマー貯蔵タンクを備えている。この第4ユニットは、地元の電子機器、食品包装、日用品産業チェーンに基礎化学原料を供給しており、工場には150名が勤務しており、5交代制で操業している。
■「スチレンモノマー」は、分子式はC8H8で、無色透明の液体で特有の強い臭いがある。ポリスチレンやABS樹脂等のプラスチックやゴム・塗料の原料となる化学物質である。一般的には、原油やナフサなどから得られたエチレンとベンゼンを化学反応させてできるエチルベンゼンから、水素を取り除くという製法で作られる。スチレンモノマーは、単にスチレンと呼ばれることもある。“モノマー” とは単体(1つの分子)のことであり、それがたくさんつながったポリマー(ポリスチレンなど)と区別するために、原料としての液体の状態を「スチレンモノマー」と呼ぶ。
スチレンモノマーは、加温や光、酸化剤、酸素および過酸化物の影響下で重合することがあり、特に、貯蔵タンクでは、ベーパーが制約されておらず、温度上昇があれば重合し、さらに生じた熱で最終的に暴走反応につながることがある。
■「発災タンク」の大きさなどの仕様については報じられていない。グーグルマップで調べると、直径は約27mであり、高さを22~25mとすれば、容量は12,500~14,300KLの固定屋根型タンクである。
所 感
■ 事故の原因は、タンク内のスチレンモノマーの温度が異常に上昇したため、爆発を避けるため、機器の安全装置によってベーパーが制御された状態で放出されたという。“ベーパーが制御された状態で放出”
というのは、最悪の爆発に至らずにタンクから漏れたという事業者側の見方であり、治療を受けたひとの数からいえば、違和感のある言い方である。
■ スチレンモノマーがタンクから漏れた事故は、過去にもつぎのような事例を紹介した。
●「韓国のスチレンモノマー装置でタンクからオイルミスト噴出」(2019年6月)
●「インドで化学工場のスチレンタンクからガス漏洩、死者12名」(2020年7月)
韓国の事故では、「スチレンモノマー装置における異常な重合によってタンク内圧が上昇し、噴出した。この背景は、スチレンモノマー装置の重合の危険性に対する事業所の認識の甘さのため、タンクの温度・圧力管理が不適切だったとみられる」
インドの事故では、「本来、20~22℃以下で貯蔵されるスチレンがタンク冷却器の故障で、冷却がされなかったことにより重合反応が起きて、温度が上昇し、スチレンガスが発生した」とみられる。この背景には、スチレンの重合の危険性に対する事業所の認識の甘さのため、タンクの温度・圧力管理が不適切だったといえ、事故の原因は運転管理ミスによると思われる」
今回の事故では、事業者はスチレンモノマーの重合というリスクをよく理解しているはずである。今回の事例では、タンクから流出する動画が流されており、“流出するベーパーの激しさに、現場や近隣の工場にいた従業員は恐怖を感じた”ということがよく分かる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・G1.globo.com, Vazamento de gás em Manaus: bombeiros seguem resfriando
tanques 24 horas após o incidente, July
16, 2026
・Innova.com.br, July 15th,
2026, STATEMENT(chemical emergency occurred in one of
the three styrene monomer storage tanks), July 15,
2026
・News.chemnet.com, Hazard Alert: Chemical reaction in styrene storage
tank at Innova Manaus plant in Brazil,
July 16, 2026
・Linkedin.com, Styrene Release at Innova Petrochemical Plant
Highlights Risk Assessment Importance,
July 23, 2026
・Isssource.com, Chemical Leak Forces Evac; 16 Injured, July 20,
2026
後 記: 初めは、スチレンモノマーのタンクからもやもやとした状態で漏れている映像を見ましたので、大したことはないのではないかと思いました。ところが、調査していくと、ベーパーが激しく流出している発災直後の映像があり、重合したスチレンモノマーがタンクから漏れるということがどのようなことをいうのかよく理解できました。今回の事故では、報道の内容の時系列が分かりにくい事例でした。特に、事業者のイノバ社が事実に基づいた発言をしているのか、イクスキューズ(事前の言い訳)を言っているのか曖昧で、事例の深刻さが伝わってきませんでした。












































