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2021年7月31日土曜日

米国テキサス州で浮き屋根式タンクの屋根が壊れ、臭気クレーム

 今回は、2021714日(水)、米国テキサス州ヒューストンにあるライオンデルバセル社のヒューストン製油所にある浮き屋根式タンクの屋根が壊れ、内部流体のベーパーが漏れ出し、地域住民の中に体調不良が出た事例を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、米国のテキサス州(Texas)ヒューストン(Houston)にあるライオンデルバセル社(LyondellBasell)のヒューストン製油所である。

■ 事故があったのは、製油所内にある浮き屋根式貯蔵タンクである。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2021714日(水)、ヒューストンの住民から刺激的なガーリックの臭いがするというクレームが報告された。しかし、このクレームに反応する企業は無かった。

■ 臭気で吐き気を催した女性の住民は、「臭いはどんどん悪化しました。昨日はひどいものでした。ほとんど何もできませんでした」と語った。別な住民は、臭いが最もひどかった木曜日(715日)に喉が痛くなったと語っている 

  716日(金)、ハリス郡汚染管理サービス(Harris County Pollution Control Services PCS)は、臭気の発生源をライオンデルバセル社のヒューストン製油所と特定した。臭気はジスルフィド化合物であった。ハリス郡汚染管理サービスは、ジスルフィド化合物が呼吸器系や消化器系を刺激する可能性があると述べ、住民に屋外での活動を控え、マスクをするよう勧めた。

■  716日(金)午前930分に、ライオンデルバセル社はソーシャル・ネットワークの地域非常事態対応であるCAERCommunity Awareness Emergency Response) に投稿し、従業員は臭気の問題に取り組んでおり、害はないと述べている。

■ 臭気の原因は、浮き屋根式タンクの屋根から漏れ、タンク内から二硫化炭素、二硫化ジメチル、二硫化メチルエチルが放出されたためだという。

■ 717日(土)、住民によると、土曜日もこの地域に臭いが残っているという。

■ 719日(月)、広報担当者はメディアに、放出が住民に影響を及ぼしていることに会社が気付いていなかったといい、そのため、当時は住民への警報を出していなかったと語った。漏れは封じ込められ、クリーンアップは完了したと付け加えた。

■ ライオンデルバセル社は、ヒューストン地域の大雨のために壊れた貯蔵タンク(1基)の屋根の漏れから臭いが出たといい、「漏れた物質に臭気があるのは確かで、住民の人たちがわずかな臭いを検知することはありうると思っています。大気モニタリングでは、地域に対して懸念のあるレベルを示すものではありませんでした」とソーシャル・ネットワークのCAERで述べている。

被 害

■ 浮き屋根タンク1基の屋根が壊れ、内部のベーパーが漏れ出た。

■ 地元住民の中に体調不良者が出た。

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は、ヒューストン地域の大雨のために壊れた貯蔵タンク(1基)の屋根からタンク内から呼吸器系や消化器系を刺激する二硫化炭素、二硫化ジメチル、二硫化メチルエチルが放出されたためである。屋根の壊れた状況は報じられていない。

< 対 応 >

■ 20178月に襲来したハリケーンハービーの大雨により少なくとも15基の貯蔵タンクの屋根が壊れるという被害が出た。専門家は、さらに数百基のタンクが脆弱であると警告している。これらの貯蔵タンクに対して改善する基準の法案が可決されたが、大雨がタンクに与える影響に対処する上で、まだ十分進んでいないという人たちもいる。

補 足

■「テキサス州」(Texas)は、米国の南部に位置し、人口約2,900万人の州である。

 「ヒューストン」(Houston)は、テキサス州の南東部に位置し、9郡にまたがる人口約210万人の都市である。

■「ライオンデルバセル社」(LyondellBasell)は、オランダの多国籍企業の化学会社で、 2007年にBasellPolyオレフィン社によってLyondell Chemical社の買収によって設立された。1954年、ポリエチレン(PE)とポリプロピレン(PP)の製造において画期的な発見をした科学者を前身とする会社である。読み方としてはリヨンデルバセル社という場合もある。

「ヒューストン製油所」は、重質で高硫黄の原油を処理するように設計された268,000 バレル/日の精製能力を有する製油所である。ヒューストン製油所は、ヒューストン港に建設された最初の石油製油所の1つであり、 その起源は1918年までさかのぼり、100年の歴史をもつ。2006年にライオンデルバセル社の子会社となった。製油所はウエブサイトを有しているが、2018年以降、ニュースは投稿されていない。

■「事故タンク」の情報は、浮き屋根式というだけで、内部流体やタンクの大きさ(容量、直径×高さ)などは報じられていない。二硫化炭素、二硫化ジメチル、二硫化メチルエチルなどの硫化物を含有している浮き屋根式タンクであることから推測すると、原油用ではないかと思われる。原油用の浮き屋根式タンクであれば、容量は50,000100,000KLではないだろうか。

 「事故タンク」は「浮き屋根タンク1基の屋根が壊れた」という被害であるが、「壊れた」という内容は報じられていない。 20178月に襲来したハリケーンハービーの大雨では、浮き屋根式タンクの屋根が沈降して液面が露出し、ベーパーが放出されたり、雨水排水管からの油漏れによる環境汚染が起こっている。今回の事故では、おそらく、屋根の沈降あるいは浮き部の割れで部分的な屋根沈降で浮力機能が喪失したものであろう。

所 感

■ 今回の事故の一番の問題は、情報を隠蔽しようとしたことであると思う。

 ● 住民から異臭のクレームが報告されたが、このクレームに反応しなかった。(無視した)

 ● ハリス郡汚染管理サービスから臭気の発生源がライオンデルバセル社ヒューストン製油所と指摘された。ここで、初めて従業員が臭気の問題に取り組んでおり、害はないと発表した。

 ● 放出が住民に影響を及ぼしていることに会社が気付いていなかったという信じがたいコメントを発表した。

 ● 当初、浮き屋根式タンクの屋根から漏れたと事故原因をいわず、のちに大雨のために壊れた貯蔵タンクの屋根から漏れ出たと言い換えた。この壊れた状況や原因には何も語っていない。

 このような対応について米国国内で非難が出ているが、当然だと思う。

■ 2017年のハリケーンハービーによる豪雨の教訓が活かされていないと感じる。

 ●「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」 2017910日)

 ●「テキサス州バレロ社のタンク浮き屋根沈降による環境汚染」20171021日)

 浮き屋根式タンクの屋根が沈降した事例では、緊急事態対応方法の教訓としてはつぎの事例がある。

 ●「沖縄ターミナルの原油タンク浮き屋根の沈没事故(2012年)」 2014118日)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Tankstoragemag.com, Chemical tank roof collapses at LyondellBasell refinery, July 21, 2021

     Houstonpublicmedia.org, Officials Confirm LyondellBasell Refinery Is The Source Of The Toxic Smell That Has Been Plaguing Galena Park For Days, July 16, 2021

     Abc13.com, 'Unpleasant odor' in Galena Park blamed on LyondellBasell Houston Refinery, July 16, 2021

     Click2houston.com, What’s that smell? Galena Park says it’s LyondellBasell Houston Refinery, July 16, 2021

     Northchannelstar.com, Bad smell in Galena Park traced to LyondellBasell, July 22, 2021

     Noustonian.news, Officials confirm the LyondellBasell refinery is the source of the toxic smell that has haunted Galena Park for days – Houston Public Media, July 16, 2021

     Change.org, LyondellBasell Refinery released that it was harmless but why are we having side effects?,  July 16, 2021   


後 記: 「2017年のハリケーンハービーによる豪雨の教訓が活かされていない」と述べましたが、ライオンデルバセル社内の教訓が活かされたのではないかと疑いをもっています。というのも、ヒューストンはハリケーンハービーが襲来した中心の地域なのですが、 「米国テキサス州でハリケーン上陸による石油施設の停止と油流出」の中にいろいろな会社名が出てくるのに、ライオンデルバセル社ヒューストン製油所の名前が出てきません。今回の事例と同様に、被害が無かったことにして地方自治体への報告を無視したのではないでしょうか。当時は地域もハリケーンの被害で混乱しており、この判断(?)でうまく切り抜けられたのではないでしょうか。今回の事故では、清掃作業中に臭いが発生したというつじつまの合わないことを言っておりますが、これは無視(?)してブログには記載しませんでした。この事例はモヤモヤした気分の事故でした。

追記;「インドネシア中部ジャワ州の製油所のベンゼン・タンクが火災」のブログを読んでいただいた読者から質問がきて回答しましたが、回答先が「noreply・・・blogger.com」となっており、メールアドレスではないようなので、届いたかどうかわかりません。解決したならば結構ですが、いまも疑問があれば、         「myk-man@agate.plala.or.jp」へ回答先をご連絡ください。

 

2021年7月24日土曜日

宮城県女川原子力発電所で洗濯廃液タンクから硫化水素漏れ、7名体調不良

  今回は、2021712日(月)、宮城県牡鹿郡女川町にある東北電力の女川原子力発電所の放射性廃棄物処理建屋にある洗濯廃液タンクから硫化水素が漏れ出し、協力会社の作業員7人に体調不良者が出た事故を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、宮城県牡鹿郡(おしか・ぐん)女川町(おながわ・ちょう)と石巻市にある東北電力の女川原子力発電所である。

■ 事故があったのは、原子力発電所1号機の放射性廃棄物処理建屋にある洗濯廃液タンクである。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2021712日(月)午後230分頃 、1号機の放射性廃棄物処理建屋の地下にある洗濯廃液タンク内で硫化水素が漏れ出し、排水管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだ。

■ 2号機の制御建屋内の12階にいた協力会社の作業員7人に体調不良者が出た。汚染空気を吸い込んだのは2050代の作業員で、このうち50代の女性1人がめまいや吐き気を訴え、石巻市の病院に救急搬送された。この女性は中毒症状と診断されたが既に退院した。他の6人は頭痛や不快感を訴え、うち40代の女性1人が経過観察のため、翌13日(火)に新たに入院した。

■ 2号機建屋は3階建てで、12階にいた作業員らが体調不良を訴えたが、3階の中央制御室で体調不良者はいなかった。

■ 1号機の放射性廃棄物処理建屋では、事故当時、放射線管理区域内で使った作業服(防護服)などを洗ったときに出る廃液(洗濯廃液と呼ばれる)を溜めるタンクから発生する硫化水素を少なくするため、タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていた。しかし、発生した硫化水素がタンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだとみられる。硫化水素が流れ込んだ制御建屋内では、50ppmを超える値が観測され、めまいや吐き気といった中毒症状を生じる状況にあった。

■ 東北電力によると、硫化水素は洗濯廃液の処理過程で加える硫酸と、皮脂などを分解するバクテリアが反応して発生する。この硫化水素発生を抑えるため廃液タンクに空気を注入する作業をしていたという。空気攪拌(かくはん)の作業中に何らかのトラブルが起き、ガスが排水管を通って漏れ出したと推定している。 

■ 715日(木)、女川原子力発電所長は、「関係者や地域の皆さんにご心配をおかけしたことをおわび申し上げる」と陳謝し、「設備維持管理の手法を検証し、改善していく」と述べた。 

被 害

■ 協力会社の作業員7人に硫化水素による体調不良が出た。

< 事故の原因 >

■ 事故原因は調査中である。

■ 1号機の放射性廃棄物処理建屋において、放射線管理区域内で使った作業服(防護服)などを洗ったときに出る洗濯廃液を溜める廃液タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていたが、何らかのトラブルが起き、発生した硫化水素が廃液タンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだとみられる。

< 対 応 >

■ 715日(木)、原子力安全協定に基づき、宮城県などが立ち入り調査をした。立ち入り調査には宮城県、女川町と石巻市に加え、原子力発電所から30km圏内の登米市、東松島市、美里町の担当者が参加した。県の担当など計10人が保守点検記録や操作手順書を調べた後、硫化水素が流出した1号機の放射性廃棄物処理建屋の洗濯廃液タンクを視察した。また、2号機の制御建屋への流出経路とみられるタンクをつなぐ排水管の配管設備を確認した。

■ 硫化水素は防護服を洗濯した廃液などの処理過程で発生し、通常はタンク内に空気を送って発生量を抑えるという。立ち入り調査では、発生源とみられる場所や経路を確認したほか、タンクへ空気を送り込む作業が手順通り行われていたか、あるいは設備に異常が無かったかなどを調べた。手順書に基づいて実施されていることは確認した。しかし、これまで硫化水素の漏れ出たことが起こらなかったのに、今回起こったところについては原因がつかめなかった。

■ 立ち入り調査に入った宮城県原子力安全対策課の課長は、「有毒ガスによる人的被害という看過できない事象で、発電所の安全性にも影響を及ぼすので、再発防止を徹底するよう強く要望する」と語った。東北電力は引き続き事故の原因を調べ、特定した際は速やかに公表するとしている。今後は、労働基準監督署の指導を受けながら、制御建屋に流れ込んだ原因を調べるという。

■ 立ち入り調査についてテレビで放映した 内容がユーチューブに投稿されている。

 YouTube「女川原発 硫化水素の外部漏出原因特定できず」2021/07/15)を参照)

補 足

■「宮城県」は、日本の東北地方の太平洋側に位置し、人口約228万人の県で、県庁所在地は仙台市である。

「牡鹿郡」(おしか・ぐん)は、宮城県の東部に位置し、太平洋に面した人口約5,600人の郡である。

「女川町」(おながわ・ちょう)は、牡鹿郡にあり、11町の町である。三陸地方南部に位置し、日本有数の漁港である女川漁港があるほか、女川原子力発電所が立地している。

「石巻市」は、宮城県の東部に位置し、人口約138,000人の市で、県内第二の人口を擁する。

■「東北電力」は、宮城県仙台市に本店を置く電力会社で、東北地方、新潟県、関東地方などで電力小売事業や発電事業等を行っている。発電所は計230箇所、1,817kWの発電能力を擁している。

■「女川原子力発電所」は、宮城県牡鹿郡女川町と石巻市にまたがる東北電力の原子力発電所である。1984年に1号機が運転開始された。型式は沸騰水型軽水炉で3基建設されたが、1号機は廃炉になっている。2号機(1995年運転開始)・3号機(2002年運転開始)はそれぞれ82.5kWの発電能力を有している。

■「洗濯廃液」は、原子力発電所の放射能汚染管理区域内で装着する作業服(防護服)などの専用洗濯設備から発生する廃液をいう。この洗濯廃液は、原子力発電所から出る放射性廃棄物の中で、液体廃棄物処理として扱われる。洗濯廃液は、廃液タンクに集められ、前処理し、さらに蒸発濃縮し、濃縮水はドラム缶内で固化するのが本来の処理方法である。(図を参照)

 しかし、洗濯廃液は放射能濃度が低いので、懸濁物をろ過後、逆浸透膜処理装置等で処理し、再使用したり、放射能濃度を監視しながら環境(海)に放出してもよいことになっている。2003年に廃炉になった福井県の「ふげん発電所における洗濯廃液系統」の改造書類がインターネットに公開されている。改造目的は、「定期検査に伴い発生量が増大する洗濯廃液を円滑に処理するため洗濯廃液処理系の能力を増大する」ことにあったという。洗濯廃液タンクに集めた原液は前置きストレーナー、洗濯廃液フィルターを通り、洗濯廃液サンプルタンクに送り込む。この処理を終えた洗濯廃液は、放射能濃度を測定し、規定値以下の場合は、復水器冷却水で希釈して海へ放出される。


■「硫化水素」が発生する三つの要因は、つぎのとおりである。

 ● 硫化水素のもとである硫黄化合物があること。

 ● 硫酸塩還元菌(バクテリアの一種)が存在すること。

 ● 嫌気性の環境(酸素がまったくない条件)が存在すること。

 一般のビルでも、地下に汚水や雑排水を一時的に貯留する排水槽がある。ビルの地下排水槽はこの三つの条件がそろっている。さらに、排水を長時間、排水槽内に滞留させると高濃度の硫化水素が発生する。排水槽内の排水が静止している状態では、硫化水素は空気中に出ないが、排水をポンプで排出したり、かき混ぜると、硫化水素が一斉に空気中に放出される。そこで、硫化水素を発生させないために、定期的な清掃と点検が肝要となる。

 この排水槽に溜まった排水が貯留中に腐敗し、硫化水素が発生し、下水管を伝わって周囲に拡がる。これを防止するために、水を長時間貯留しないよう頻繁に排水することや、定期的な清掃、タイマーを取り付けて槽内滞留時間を短縮したりする。硫化水素の濃度は排水槽に貯留された水量と時間に比例する。すなわち、水量を少なくすれば、悪臭(硫化水素)の発生は抑えられるので、排水槽のポンプの停止水位を下げることで排水残量を少なくし、同時に起動水位を下げることで有効容量が減少して短い間隔でポンプを起動させ、硫化水素の発生が抑えられる。注意すべきことは、休日や夜間などに排水の流入量が少なくなると、貯留時間が長くなり硫化水素が発生しやすくなる。

 過去のブログで硫化水素による事故を取り上げたのは、つぎのとおりである。

 ● 20186月、「石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名」

 ● 20192月、「大阪府のカーペット製造会社でタンク清掃時に転落、2名死亡」

所 感

■ 今回の事故は一般にはなじみの無い“洗濯廃液タンク”であるが、硫化水素による事故としてはビルの地下排水槽や下水管で起こる事象と類似の事例だとみられる。通常時から硫化水素が発生しており、硫化水素が発生する三つの要因、すなわち、①硫化水素のもとである硫黄化合物があること、②硫酸塩還元菌(バクテリアの一種)が存在すること、③嫌気性の環境(酸素がまったくない条件)が存在することの条件がそろっていると思われる。この洗濯廃液を長時間、廃液タンク内に滞留させて高濃度の硫化水素が発生したとみられる。

 さらに、かき混ぜると、硫化水素が一斉に空気中に放出されるといわれており、事故時には、廃液タンクに酸素(空気)を送り込む攪拌作業を行っていたことで、発生した硫化水素が廃液タンクに接続される配管を通じて2号機の制御建屋内に流れ込んだと思われる。

 硫化水素発生の観点で考えると、洗濯廃液タンク内の滞留時間の管理、廃液タンクへの酸素(空気)を送り込む攪拌作業などにおいて運転手順書が不適切だったと思われる。今まで硫化水素が漏れ出たことは起こらなかったのはたまたまそうであって、リスクは常に潜在していたと思う。

■ 今回の事故と直接関係はないが、放射性廃棄物の処理についても疑問がある。事故の状況では語られていないが、本来、洗濯廃液は蒸発濃縮したあと、ドラム缶内で固化して放射性廃棄物の処理を行うのが筋である。しかし、洗濯廃液は、最終的に、放射能濃度を監視しながら環境(海)に放出していると思われる。高度成長の時代は一般企業でも環境汚染物質を希釈して薄めれば良いと考え方があったが、公害が激しくなり、総量規制などが始まり、今は希釈する考え方はない。原子力分野では、いまも放射線廃棄物は希釈して薄めれば良いという時代に合わない考え方が続いている。洗濯廃液の持っている放射能は建設から30年以上海へ放出され続け、その総量はどのくらいの量になっているのだろうか。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

   Yews.yahoo.co.jp,硫化水素漏れ7人体調不良、宮城 女川原発の廃液タンク,  July  13,  2021

    Khb-tv.co.j p,  宮城・女川原発 硫化水素漏出の理由は特定できず,  July  15,  2021

    Tohoku-epco.co.jp,  女川原子力発電所2号機の制御建屋内における体調不良者の発生について,  July  13,  2021

    Tokyo-np.co.jp,排水管から硫化水素漏れか 女川原発の制御建屋内で作業員7人が体調不良,  July  13,  2021

    Nhk.or.jp,排女川原発で作業員7人搬送 原因は硫化水素か,  July  13,  2021

    News.goo.ne.jp,女川原発の作業員7人、硫化水素吸い込み搬送,  July  13,  2021

    Kahoku.news,  硫化水素流出のタンク調査 宮城県と立地市町、女川原発立ち入り,  July  16,  2021

    Nordot.app,女川原発に立ち入り調査 作業員が硫化水素を吸い込んだ事故を受け,  July  15,  2021


後 記: 今回、“洗濯廃液” という耳慣れない言葉が出てきました。しかし、調べていくと、洗濯廃液は、原子力発電所の放射能汚染管理区域内で装着する作業服(防護服)などの専用洗濯設備から発生する廃液をいい、原子力発電所から出る放射性廃棄物の液体廃棄物であるということが分かりました。この放射性の液体廃棄物から硫化水素の問題になっていった訳で、原子力発電所に関係した人でなければ、一度、聞いただけでは理解できないでしょう。洗濯廃液はいろいろ問題があると指摘する人もあり、根本的な見直しが必要だと思いながら、硫化水素の事故について考えました。

2021年7月14日水曜日

タイの発泡スチロール工場でスチレン・タンクなど爆発、死傷者46名

 今回は、202175日(月)、タイのサムットプラカーン県にある台湾企業のミンディー・ケミカル社の発泡スチロール製造プラントでスチレンモノマー貯蔵タンクなどが爆発して火災があり、死傷者46名が出た事故を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、タイ(Thailand)の中部にあるサムットプラカーン県(Samut Prakan)バーンプリー郡(Bang Pli)にある台湾企業のミンディー・ケミカル社(Ming Dih Chemical:明諦化学)の工場である。

■ 事故があったのは、発泡スチロールの製造プラントで、製造に使用されるスチレンモノマーの貯蔵タンクなどがある。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 202175日(月)午前3時頃、ミンディー・ケミカル社の工場で爆発があり、火災が発生した。スチレンモノマーの貯蔵タンクなどが爆発し、火災を引き起こした。

■ 発災に伴い、地元消防署のほか近隣の消防署が支援し、消防士100名以上、消防車30台以上が現場に出動した。

■ 住民のひとりは、「最初は雷のように感じました。その後、何かが落ちるような大きな音が聞こえ、しばらくして地震のように家が揺れ始めました」と語った。工場から約3kmの住民のひとりは、「深夜の大爆発で家の窓が壊れ、屋根が損傷し、天井の一部が倒れました。外に出てみると、空に大きな火を見ました。そして、道路沿いの家も窓が壊れていました」と語った。

■ 当局が近隣住民の避難を急ぐ中、空高く立ち上った黒煙は35km離れたバンコクの中心部からも見えた。住民には現場から少なくとも500m離れるよう、避難命令が出された。「爆発物が残っているかどうかは把握できていない」とされ、当局は引き続き消火活動に当たっている。

■ 消火活動中にも複数回の爆発があり、住宅73戸に被害が出たほか、現場から近い病院の入院患者約100人が別の病院への避難を余儀なくされている。

■ 工場では大規模な火災に拡大し、周辺の住宅にも延焼した。当局は、工場の半径5km以内への立ち入りを規制し、消火を急いだ。避難した住民は1,900人である。工場の敷地内には56棟の倉庫があり、50トンの化学物質が保管されているという。 20KLの可燃性液体という情報もある。

■ 75日(月)午後3時頃、消防士が火災を消そうと試みていたとき、工場のケミカルタンクが爆発した。工場内に保管されていたスチレンモノマーによるものと考えられている。

■ 当局は、消防士1人が死亡、住民などを含めてあわせて27人が負傷したと語った。その後、負傷者は消防士12人を含めて45人と発表された。

■ 75日(月)、発災から15時間経った午後6時も火災は続いている。午前中までに制圧されたという報道もあるが、スチレンモノマー貯蔵タンクはまだ燃えているという。午後遅く、山火事用として2019年にロシアから購入した防災ヘリコプターによって難燃剤をタンクに投棄して火災を制御しようと近くまで飛ぼうとしたが、必ずしも成功したとはいえなかった。

■ 5日(月)午前3時頃に発生した爆発・火災は、約26時間後の76日(火)午前5時頃にほぼ消し止められた。時々、燃料源から漏れて炎が舞い上がる状況だった。消防隊は、引火性の高いスチレンモノマーが再点火するのを防ぐために、水と泡を現場に注ぎ続けた。消防隊は泡を少なくとも1フィート(30cm)の厚さに保ち、空気が入らないようにした。

■ 76日(火)夕方に再び爆発が起きて、約1時間燃え、消えた。燃料源になっている配管のバルブを閉めることができたとみられる。

■ 発災した工場はバンコクのスワンナプーム国際空港の近くにある場所であるが、爆発によるフライトへの影響は無かった。

■ 監視カメラによる映像や発災現場の映像がインターネットのYouTubeで流されている。

  คลิปไฟไหม้โรงงานกิ่งแก้ว ถังเคมีระเบิด ไฟลุกท่วม บาดเจ็บนับสิบ | SPRiNG2021/07/05

   ●「台資明諦化學公司爆炸 9公里外都能感受震動」2021/07/05

被 害

■ 爆発・火災による死傷者は46名である。うち死亡者は消防士の1名である。

■ 住民1,900人が避難した。その中には、現場に近い病院の入院患者約100人が別の病院へ避難した。

■ 工場のスチレンモノマー・タンクなどの設備が大半損壊した。産業省によると、工場の被災額は7億バーツ(23億円) になるとみている。

■ 工場設備のほか、住民の家屋73戸に被害が出た。

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は調査中である。

■ 警察による原因調査では、爆発の直前に工場のスタッフ8名が強烈な化学臭を感じて逃げたという情報がある。爆発はスチレンモノマーまたはペンタンの漏出によって引き起こされる可能性がある。

< 対 応 >

■ 工場では、多量のスチレンモノマーを保管していたが、火災後、半径1kmにわたって空気中にスチレンベーパーが確認された。当局は、スチレンベーパーを吸い込むと慢性気管支炎などを起こす恐れがあるため、工場周辺で高性能の防じんマスクを使用するなど周辺の住民に警戒するよう呼びかけている。

■ 77日(水)、当局は半径1kmを超えるところに住居のある住民は帰宅してもよいと述べた。

■ 78日(木)、汚染管理局は、スチレンの空気濃度が5日(月)の1,035 ppmから減少し、現場から1 km以内で820 ppmであると語った。安全レベルは最大20ppmであるが、1,100ppmで人が曝露されると、健康に深刻な影響を与える可能性があるという。

■ タイのメディアでは、現場からの距離や風向などの情報を住民向けに発信して注意喚起を促している。

■ 78日(木)、当局は毎日水と土壌のサンプルを収集しているといい、汚染は一週間以内に解消するだろうとの予想を付け加えた。

補 足
■「タイ」(Thailand)は、 正式にはタイ王国で、東南アジアに位置し、人口約6,680万人の立憲君主制の国家である。首都は人口約825万人のバンコクである。

「サムットプラカーン県」(Samut Prakan)は、タイの中部に位置し、タイランド湾に面した人口約124万人の県である。

「バーンプリー郡」(Bang Pli)は、サムットプラカーン県の北部に位置し、人口約13万人の郡である。

 タイにおけるタンクの事故としては、つぎのような事例がある。

 ● 20104月、「タイで石油タンクに擲弾(てきだん)によるテロ攻撃(2010年)」

 ● 20209月、「タイの石油精製所で機器のテストラン中にタンク爆発、死者2名」

■ 「ミンディー・ケミカル社」(Ming Dih Chemical:明諦化学)は台湾を拠点とした発泡プラスチックの製造に携わっており、タイの工場は1989年に設立された。タイ工場は年間最大30,000トンの発泡プラスチックとピレットを生産できる。工場は製品を国内市場に流通させ、近隣諸国に輸出するためのハブの位置づけである。同社はウェブサイトを持っているが、今回の事故を含めてニュースを開示していない。周辺地域は、古い工業団地と2006年の空港開港後に新しく開発された住宅地が混在している。

■「スチレンモノマー」は、 化学式C6H5CH=CH2、無色透明の液体で特有の強い臭いがあり、比重0.90で、引火点31℃である。一般的には、原油やナフサなどから得られたエチレンとベンゼンを化学反応させてできるエチルベンゼンから、水素を取り除くという製法で造られる。

■「発泡スチロール」は、合成樹脂素材の一種で、気泡を含ませたポリスチレン(PS)で、発泡スチロールの98パーセントは空気である。なお、スチロールとはスチレンの別名である。製造方法は3種類あり、ビーズ法発泡スチロール (expanded polystyreneEPS)、発泡ポリスチレンシート (polystyrene paperPSP)、押出発泡ポリスチレン (extruded polystyreneXPS)である。EPSが最初に開発されたこともあって最も広い用途で利用されているため、EPSを特に「狭義の発泡スチロール」という。

所 感

■ 今回の爆発原因はスチレンモノマーの漏出による引火であることは間違いない。この漏出原因は設備保全または運転関係であろう。設備保全として考えられるのは、スチレンモノマーの配管漏洩である。事故直前、工場のスタッフ8名が強烈な化学臭を感じて逃げたと述べているし、最初の爆発規模はかなり大きいので、大量に漏出したものではないだろうか。精製されたスチレンモノマーの腐食性は小さいと思われるが、操業開始から32年経過しているので、局所的なエロジョンで開口することは考えられる。

 スチレンモノマーを取り扱った樹脂製造装置で停電になり、異常な重合反応が起こり、爆発した事例がある。しかし、一般に重合工程に入っておれば、固化の問題はあっても、爆発は考えにくい。

(注記;「大阪の樹脂製造工場の爆発」19828月、失敗知識データベース)または AS樹脂プラント爆発事故の概要」(災害事例分析)を参照)

 今回の運転関係としては、スチレンモノマーのタンクへの受入れ時の操作の問題に注目したい。2005年に起こった「英国バンスフィールド油槽所タンク火災」では、パイプラインからガソリン(自動車燃料)をタンク受入れ時に過充填となり、蒸気雲が形成され、爆発・火災を起こしたものである。バンスフィールド事故は発生から15年が経ち、忘れないように特集を出すところもある。 

■ 消火活動の詳細はわかっていないが、困難だったことは想像できる。しかし、複数回あった爆発の中で消防士が亡くなっており、消火戦略としては妥当だったか疑問である。住宅が近く、早く消火したいというプレッシャーがあったと思うが、印象としては消火にこだわりすぎだったと感じる。スチレンモノマーは引火性が高く、LPガスと同様、燃料源を止めることなしに消火させた場合、再点火する可能性が高い。火災を制圧下に入れ、燃え尽きる戦略をとった方がよかったと思う。

■ 今回の消防隊は、高発泡モニター、放水砲ロボット、防災ヘリコプターなど優れた消防機材をもっている。新しい設備の情報を入手して実用配備することは良いことである。しかし、今回の事故では、これらの設備を使ってみたいという気持ちが優先して、消火戦術と消火戦略が逆転しているように感じる。指揮者としての判断に疑問が残る。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Afpbb.com,  タイ首都郊外の工場で爆発 消防隊員1人死亡、27人負傷,  July  06,  2021

     News.tbs.co.jp,  タイのプラスチック工場で爆発火災 複数の死傷者,  July  05,  2021

     News.tv-asahi.co.jp,  高濃度の化学物質 周囲で検出 タイ・工場火災,  July  07,  2021

     Asahi.com,  タイの化学工場で爆発 消防士1人死亡、数十人がケガ,  July  05,  2021

     Tankstoragemag.com, Mass evacuations after Bangkok styrene tank blaze,  July  05,  2021

     Washingtonpost.com, Evacuations ordered after Thai chemical factory explodes,  July  05,  2021

     Jp.reuters.com, Residents return as toxic chemicals from Thai factory dissipate,  July  08,  2021

     Abc.net.au, Thousands evacuated after Thai factory blast kills one rescue worker, wounds dozens,  July  06,  2021

     Abcnews.go.com, Evacuations ordered after Thai chemical factory explodes,  July  05,  2021

     Xinhuanet.com, 1 killed, 30 injured in chemical factory explosion in Thailand,  July  05,  2021

     Scmp.com, Thailand evacuates 500 people over fears of toxic fumes from factory blast,  July  05,  2021

     Mainichi.jp, 2nd chemical fire at Bangkok factory highlights health risks,  July  07,  2021

     Ele.com, 1 dead, 33 injured in massive blast, fire at factory in Bangkok,  July  05,  2021

     Bangkokpost.com, Bang Phli chemical fire under control,  July  06,  2021

     Apnews.com, 2nd chemical fire at Bangkok factory highlights health risks,  July  07,  2021

     Thairath.co.th, ไฟไหม้โรงงานกิ่งแก้ว เช้านี้เริ่มมีควันดำทะมึนพวยพุ่งขึ้นฟ้าอีกครั้ง,  July  06,  2021


後 記: 前回のタイにおける事故では、世界報道自由度ランキング2020でタイは日本(66位)より悪い140位ですが、事故情報に限れば、被災写真を見る通り、日本よりオープンのような気がすると後記に書きました。タイでは、新型コロナウイルスの感染者が急激に増加し、7月には17,000人を超える状況です。

それでも、事故を伝える情報の数は多いです。首都バンコックに近いこともあるでしょうが、タイ語で書かれた記事は見切れないほどです。しかし、情報の質は疑問です。メディアによって負傷者数や避難者数が異なっていますし、なぜ起こったかを考えるような記事は少なかったですね。今回の事故情報でもっとも時間をかけざるを得なかったのが、発災現場の位置です。被災写真は多くありますし、工場の住所も調べて分かりましたので、簡単にグーグルマップで分かると思いました。しかし、工場の住所が違っていて、なかなか特定できませんでした。ブログでは1枚の地図写真ですが、根気よくグーグルマップを調べました。



2021年7月3日土曜日

最適な自給式呼吸器を選択する6つのステップ

 今回は、2021526日付けの“Industrial Fire World”に掲載された「6 Steps to Selecting the Best SCBA for Your Team」(あなたのチームのための最適な自給式呼吸器(SCBA)を選択する6ステップ)の内容を紹介します。


< 背 景 >

■ 緊急対応を実行するチームのメンバーを安全に保つには、適切な機器が必要である。自給式呼吸器(Self-Contained Breathing Apparatus SCBA)は、産業用消防隊にとって重要な装備のひとつである。自給式呼吸器は、危険で煙が充満する環境において呼吸するために空気を供給してメンバーを防護する。

■ 米国労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and HealthNIOSH) は、近年、消防士のガンに焦点を当てた大規模な研究を実施し、消防士は一般人と比較して、ガン診断が 9% 多く、ガン関連死亡が 14% 多いと結論付けている。このようにガンに関する懸念が高まっている一方で、消防部門での自給式呼吸器の役割は高まっている。

< 自給式呼吸器の重要性 >

■ 2014年に設立されたファイアファイター・キャンサー・コンサルタント社(Firefighter Cancer Consultants;消防士ガン相談)のジム・バーネカ氏は、大規模な産業火災、危険物質の事故、駐車場での車両火災にかかわらず、あらゆる事故において産業消防チームのメンバーに自給式呼吸器(SCBA) を装着することを推奨している。バーネカ氏は、「自給式呼吸器を装着することで、消防士は空気中の毒性物質から身を守ることができる」と語っている。

■ それでもバーネカ氏は、「私が見ていてもっとも大きな問題は、必要な期間中にずっと自給式呼吸器を装着していないことだ」と嘆いている。その代わりに、消防部門は一酸化炭素(CO)とシアン化水素(HCN) の濃度レベルを監視し、その測定値が正常範囲内に収まると、消防士は装着しなくてもよいことにしている。「しかし、一酸化炭素(CO)とシアン化水素(HCN) の濃度レベルが通常範囲内にあるからといって、それが安全であるとは限らない。建築資材に使われているホルムアルデヒドが屋根部から出てくる恐れだってある。私たちはそれを知る由もない。最初から最後まで自給式呼吸器を装着しておかなければならない」とバーネカ氏はいう。

■ この有用な機器を購入する前には、慎重に検討する必要がある。新しく自給式呼吸器に投資する前に、考慮すべき 6つの要素を以下に示す。

< 1. ニーズを評価する >

■ 自給式呼吸器(SCBA)を購入する前に、ニーズの評価を実施する。これまでの使用品のメーカーと型式についてどのように感じているかをチームのメンバーに尋ね、そして既存の自給式呼吸器のスタンダードや他の技術開発品と比較する。それから、次のような質問事項について考える。

 ● 自給式呼吸器は現在のNFPA基準(全米防火協会:National Fire Protection Association)を満たしているか? 自給式呼吸器は、NFPA 1981NFPA 1982NFPA 1852NFPA 1500 に準拠していなければならないし、米国労働安全衛生研究所のNIOSH CBRN SCBAテストに合格する必要がある。  このテストでは、気流性能、低温での性能、フェースピース(面体部)の耐摩耗性、耐振動性、耐炎・耐熱性能、耐食性、耐粒子性について評価される。 

 ● 既存の機器をアップグレードする必要があるか おそらく、メンバーは自給式呼吸器に機能を追加したいと考えているだろう。追加機能には、改善された通信システム、熱画像カメラ付き、優れたフェイスピース(面体部)などであろう。多分、古くなった自給式呼吸器はメンバーが必要とする防護を提供できないのかも知れない。これらはすべて、最新機器を考慮する正当な理由である。 

 ● あなたのチームでは、プロテクト・バリア・フード(Protective barrier hood)を必要としているか? この装備は消防士の頭と首を発ガン性微粒子から防護する。首の皮膚は非常に薄く、有毒な粒子を吸収しやすい。自給式呼吸器を装着していても、頭頂部から首元までを防護するフードは重要である。 

 ● 自給式呼吸器購入費やアップグレードの予算はいくらか?  ひとりのメンバーのための自給式呼吸器には、7,000 ドル(77万円)以上の費用がかかる場合がある。消防部門が高度な警報・監視システムや熱画像装置などのオプションを追加すれば、価格はさらに高くなる。

< 2. 自給式呼吸器の基準を理解する >

■ 消防士が使用する自給式呼吸器(SCBA)は、特別な基準に合格しなければならない。これらの基準をよく理解することで、チームの要求に合った製品が確実なものとなる。

■ NFPA 1981Standard on Open-Circuit Self-Contained Breathing Apparatus (SCBA) for Emergency Services)は、緊急事態対応で使用される自給式呼吸器の基準である。この基準は呼吸保護と機能の必要事項を規定している。たとえば、この基準では、自給式呼吸器が呼吸数とシリンダー圧を記録したり、デジタル・タイムスタンプが残るよう規定している。また、メーカーに関係なく、自給式呼吸器は相互運用性の要件を満たすよう規定されている。

■ NFPA 1982Standard on Personal Alert Safety Systems (PASS)) は、メンバーが支援を要する際、他のメンバーに連絡するときに使う個人用警報安全システム (PASS) の性能の基準を規定したものである。この規定の下で、自給式呼吸器はテレメトリ(遠隔測定法)の機能に関するテストに合格し、一般的な個人用警報安全システムの状態を取り込まなければならない。

■ NFPA 1852Standard on Selection, Care, and Maintenance of Open-Circuit Self-Contained Breathing Apparatus (SCBA)) は、オープン・サーキット型の自給式呼吸器の選択、手入れ、保守に関する最低限の必要事項を規定したものである。

■ NFPA 1500Standard on Fire Department Occupational Safety, Health, and Wellness Program)は、自給式呼吸器の不適切な保守、汚染、損傷に伴う健康や安全のリスクを減らすため、労働安全・衛生・健康の計画に関する基準を示したものである。

■ 化学(Chemical)、生物(Biological)、放射性(Radiological) 、核(Nuclear)、すなわちCBRN環境での使用のために設計された自給式呼吸器もNFPA 1981Standard on Open-Circuit Self-Contained Breathing Apparatus (SCBA) for Emergency Services)に準拠し、NIOSH 42 CFR Part84の認定を受けなければならない。

■ プロテクト・バリア・フードは、粒子バリア防護についてNFPA1971Standard on Protective Ensembles for Structural Fire Fighting and Proximity Fire Fighting)の仕様に適合していなければならない。NFPA 1971は、消防士が遭遇する恐れのある熱的、身体的、環境的危険性や血液媒介性の病原体による危険性から最低限の防護について規定している。

< 3. 自給式呼吸器の型式を選択する >

■ 適用可能な自給式呼吸器(SCBA) には、オープン・サーキットとクローズド・サーキットの2種類の型式がある。

■ レスキュー隊や消防隊用のオープン・サーキット型自給式呼吸器は、フルフェイス・マスク、レギュレーター、エアシリンダー(エアボンベ)、シリンダー圧力計、遠隔用圧力計(個人用警報安全システムが一体化されている場合もある)、調整可能なショルダー・ストラップとウエスト・ベルトを備えたハーネスで構成される。消防士はオープン・サーキット型自給式呼吸器を背中に装着する。オープン・サーキット型自給式呼吸器は消防署で使用される最も一般的な型式である。 

■ 普通、呼吸し終えた空気を使い捨てにするが、リブリーザーとしても知られるクローズド・サーキット型自給式呼吸器は、吐いた空気から余分な二酸化炭素を取り除き、必要な酸素を補充して再循環する。消防士が、長い時間、空気の供給を必要とする場合、消防部門はクローズド・サーキット型自給式呼吸器を使用する。鉱山やトンネル内での救助や非常に狭い通路を移動する場合、クローズド・サーキット型自給式呼吸器が有効である。この型式を選択する場合のトレードオフ(二律背反)は、システムのコストが高くなり、特別なトレーニングが必要になることである。

< 4. シリンダーを選ぶ >

■ 数年前までは、シリンダー(ボンベ)の選択はひとつしかなかった。 輻射熱で熱くなり、非常に重量のある鋼製のシリンダーだけだった。今日では、メーカーはカーボン、アルミニウム、複合材のシリンダーを提供している。使用する部署では、選択可能な種類に対して自分たちの予算をみて、ニーズと金額に応じた最適なシリンダー型式を選択しなければならない。 

■ シリンダーは、持続時間が3075分間の範囲で、2,2165,500psi(15.2~37.8 MPa=155386/c㎡)の範囲の圧力で利用できる。

■ シリンダーの購入は長期的な投資である。カーボン・シリンダーは約15年もつが、アルミニウム・シリンダーは永久にもつ。シリンダーは稼働を再確認するために定期的なテストが必要である。業界の基準では、5年ごとに水圧試験を実施している。 

< 5. 仕様に合っていることを確認する >

■ フィット感と操作のしやすさが、大切な自給式呼吸器(SCBA)を正しく使用することにつながる。ぴったりとフィットし、フル装備で簡単に操作できる自給式呼吸器が最高の防護を供することになる。 

■ 自給式呼吸器のフェースピース(面体部)は労働安全衛生管理局(OSHA)や米国規格協会(ANSI)のガイドラインに適合し、装着する人全員に合っていることを確認するため、使用部門は定量的な機械ベースのテスト手順を実施しなければならない。 

■ 労働安全衛生管理局(OSHA)では、体重の増減、手術、傷跡、その他の身体的変化によって顔の外観が変化した場合でも、フェイスピースが合っていることを確認するために、年間を通じてフィットテストを行う必要があるとしている。テストでフェースピースが合っていないことが分かったら、使用部門およびメーカーはフィットするように手直す必要がある。また、使用部門は、眼鏡をかけているメンバーに補正用インサートを提供しなければならない。補正用インサートはフェースピースの気密性を妨げないようにすべきである。

■ 使用部門はメンバーにトレーニングを行い、お尻の上に体重の大部分がかかる状態で自給式呼吸器 を正しく装着できるようにする必要がある。ショルダー・ストラップを適切に調整し、メンバーが自給式呼吸器をすばやく装着したり、脱着できるようにする必要がある。それによって、耐火服を着用し、手袋をし、ヘルメットを被っても、メンバーが自給式呼吸器をコントロールし、他の人とコミュニケーションを取り、現場を観察することができるかどうかを学ぶことが重要である。 

< 6. 仕様に合っていることを確認する >

■ MSAセイフティ社(MSA Safety Company)の自給式呼吸器購入ガイドには、自給式呼吸器(SCBA) を探している人のために、つぎのような推奨の質問リストがある。 

 ● 自給式呼吸器には、状況の変化をすばやく視認、聞き取り、対応できる機能をつけるか?

 ● メーカーは個々の消防士に合わせてサイズを変更できるか?

 ● 自給式呼吸器は合計何個のバッテリーを使用するか? バッテリーは長期的なコストにどのように影響するか?

 ● システムは、通信装置や携帯機器などのような他のシステムと一体化されるか

 ● 自給式呼吸器には、個人、チーム、事故対応指揮者に救命措置の決定を効果的に行うため、重要な情報を伝える役目を負っているか

 ● 使用部門は標準的な操作方法に合うように自給式呼吸器内のプログラム作成ができるか?

 ● フェースピース(面体部)は、自給式呼吸器全体のコストや多様化によって軽減したり、追加しているか?

 ● 保証は何をカバーするか? それは継続的なメンテナンス・コストにどのように影響するか

 ● 変更される基準を満たすために、自給式呼吸器の更新には何が関係するか

 ● 一体化された付属品や機能が利用可能になったときに、使用部門はそれらを簡単に追加できるか?

■ このリストは網羅的ではないが、自給式呼吸器の購入や改善の検討を最初に始めるときに役立つ。基本的な質問事項に沿って自給式呼吸器の改善に関する最新情報を入手することで、メンバーは呼吸器の性能について多くのことを得ることができる。

補 足

■「米国労働安全衛生研究所」(National Institute for Occupational Safety and HealthNIOSH) は、消防士のガンに焦点を当てた大規模な研究を実施し、消防士は一般人と比較して、ガン診断が 9% 多く、ガン関連死亡が 14% 多いという。汚染環境にさらされるような緊急対応で出動した消防士が署に戻ったあと、自給式呼吸器(SCBA)を洗浄せずに、再び自給式呼吸器を装着した場合、肺ガンなどを発症しているとみられている。

■ 消防隊員の個人防火装備(防火服、防火手袋、防火靴、防火帽、しころ、 防火フード)に求められる性能などについては、総務省消防庁から「消防隊員用個人防火装備のあり方について」(消防隊員用個人防火装備に係るガイドラインの見直しに関する検討会:20173月)にガイドラインが提起されている。なお、この中では、自給式呼吸器は含まれていない。

■「MSAセイフティ社」(MSA Safety Company)は、1914年に設立された自給式呼吸器などの安全設備のメーカーである。創業者の鉱山エンジニアだったジョン・ライアン氏は、19123月に起きたウエストバージニア州ジェド鉱山でのメタンガスの発火による爆発で80人以上の作業者が命を失ない、この惨事を受け、このような恐ろしい災害が発生する可能性を減らすために会社を設立したという。

所 感

■ 今回の資料のはじめに消防士のガン発生率が高いということに気になったこともあり、本ブログには少し異質であるが、「最適な自給式呼吸器を選択する6つのステップ」を紹介した。汚染環境にさらされるような緊急対応で出動した消防士が署に戻ったあと、自給式呼吸器(SCBA)を洗浄せずに、再び自給式呼吸器を装着した場合、肺ガンなどを発症しているとみられているという。インターネットで検索してみると、日本語による警鐘の資料が出ている。消防部門では留意すべき事項であろう。

■ 個人防火装備(防火服、防火手袋など)の中で自給式呼吸器だけに焦点を当てており、日本ではあまり見ない資料なので参考になる。米国での自給式呼吸器はフィット感などかなり配慮されているという印象である。標題の自給式呼吸器を装着した消防士の写真を見ると、かなり重装備である。日本人も体格的に大きくなっており、このような重装備も普通になってくるのだろう。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Industrialfireworld.com, 6 Steps to Selecting the Best SCBA for Your Team,  May 26, 2021

    Nfpa.org, Firefighters and cancer

    Draeger.com,他者を優先すべき任務の遂行中であっても、自らの安全を犠牲にす べきではありません,  Drägerwerk AG & Co. KGaA

    Fesc.or.jp, 救助隊用給気式呼吸用保護具 空気呼吸器 CFASDM 002,  (消防・危機管理用具研究協議会),   March  01,  2018


後 記: 最近のニュースはワクチン接種と東京オリンピックの開催対策ばかりで報道に個性が無く、さらに深堀りに欠けるように感じます。新型コロナウイルスによる取材制限の所為にせず、なにか工夫してほしいものです。これは日本だけではありません。先日のブログの「インドネシア中部ジャワ州で製油所のベンゼン・タンクが火災」でもそれを感じます。大手通信社の第一報の内容の質が低下していますし、続報が的確ではありません。新型コロナウイルス・パンデミック以前は、ひとつのメディアの記事を読んでいれば、そう大きな間違いはなかったように思いますが、最近は取材が甘く、複数のメディアの記事を読まないと、事実(らしいこと)にたどり着けないといった印象です。それ以前に、このブログの目的である貯蔵タンクの事故情報が聞こえてきません。今年になってインドネシアのジャワ島での2件のタンク火災しか発生していないのは本当でしょうかね・・・