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2019年11月24日日曜日

韓国の燃料電池開発会社で水素タンク爆発、死傷者8名


 今回は、 2019523日(木)、韓国の江原道江陵市大田洞にある江原テクノパークの江陵ベンチャー工場で起こった水素燃料電池の開発会社で使用されていた水素貯蔵タンクの爆発事故を紹介します。
 水素タンク爆発後の江原テクノパークの江陵ベンチャー工場  (写真はDogdrip.netから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、韓国の江原道(カンウォンド)江陵市(カンヌン・シ)大田洞(テジョンドン)にあるベンチャー企業が入る工業団地である江原テクノパークの江陵ベンチャー工場である。
 テクノパークは、ソウルの東240kmに位置し、2003年に創設され、セラミックメーカー、半導体部品メーカー、研究機関を含む約40社の本拠地である。

■ 事故があったのは、江原テクノパークの江陵ベンチャー工場にある燃料電池の会社Sメーカーで、発災した設備はこの会社で使用されていた水素貯蔵タンクである。水素タンクは直径3m×長さ8m、容量40㎥のタンクが3基ある。
江原道江陵市の江原テクノパークの江陵ベンチャー工場付近 (矢印は発災場所) 
(写真GoogleMapから引用)
江原道江陵市の江原テクノパークの江陵ベンチャー工場 
(写真GoogleMapから引用)
<事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年5月23日(木)午後6時20分頃、水素タンクが爆発した。事故当時、爆発音とともに薄い黒煙が空に舞い上がるのが目撃された。

■ 爆発による火災は無かったが、爆発音が10km程度離れたところでも聞こえるほど大きかった。火災は起こらなかったが、爆発の威力はすさまじく、5,100㎡の工場を完全に破壊したほか、100mほど離れたテクノパーク内の別な建物もガラス窓が割れるなどの被害があった。

■ 監視カメラによる爆発時の揺れを示す動画がユーチューブに投稿されている。

■ 発災の通報を受け、ただちに消防署が出動した。消防士158名と消防車や救急車両49台が現場に動員された。

■ 消防署によると、容量が40㎥の水素タンクが3基あり、いずれも爆発によって破壊された。事故直後は3基の水素タンクが同時に爆発したのか、爆発が一連で起こったかは分からなかったという。

■ この事故で2人が死亡、6人が負傷した。負傷したひとりは重傷で、あとの5人は軽傷だという。死傷者は、他の県から研修で来ていたベンチャービジネスマンや研究者だった。亡くなった人は、施設に設置された水素タンクのそばを通っていたときに爆発の破片に当たったとみられる。

■ 事故当時、設備が正常に動作している日常的な監視中で、特別な操作や実験をしていなかったという。

■ 水素を生成する方法はいろいろあり、水の電気分解による方法もそのひとつで最も環境にやさしい方法であるが、この技術はまだ開発段階にあった。今回の爆発事故は、太陽光エネルギーを活用した「水電解(水の電気分解)」を使用して得られた水素を「燃料電池」に供給、電気エネルギーを生産する新技術の実証事業の過程で発生した。

■ 水素からの発電プロジェクトは韓国の産業通商資源部の支援を受けた3年間のプロジェクトであり、今年がプロジェクトの最終年だった。2019年4月から試験稼働中で、1,000時間の稼動を経た後、江原テクノパーク側がSメーカーから設備の移管受け、正式運用に入る予定だった。

■ 韓国の産業通商資源部はこの爆発を“不運で稀な事故”と呼んだが、事故は水を電気分解によって水素と酸素に分けるプロセスのテスト中に起こっている。産業通商資源部は、世界中で燃料電池車の水素充填所に関連する事故は無く、国内の施設は国際安全基準に基づいて適切に設置されていると述べている。

■ 韓国政府の2019年年初に発表されたロードマップによると、2025年までに水素駆動電気自動車の生産を10万台に増やす計画である。現在、国内で生産されている台数は2,000台未満である。

被 害
■ 人的被害として、死者2名、負傷者6名が出た。

■ 容量40㎥の水素貯蔵タンク3基が爆発で損壊したほか、施設内の建物や設備が損壊した。このほか、隣接する建物が損壊した。損害額は340億ウォン(31億円)といわれている。
         被災した江陵ベンチャー工場の表  写真Dogdrip.netから引用)
           被災した江陵ベンチャー工場の裏側  写真Dogdrip.netから引用)
           被災した江陵ベンチャー工場の裏側  (写真Dogdrip.netから引用)
       被災した隣接建物と太陽光パネル  (写真Dogdrip.netから引用)
< 事故の原因 >
■ 7月4日(木)、江原地方警察庁は、国立科学捜査研究院から江陵爆発事故について、つぎのような予備調査結果を報告されたことを明らかにした。
 ● 水素タンクとバッファタンク内に酸素が爆発限界(6%)以上の濃度に流入した状態で、静電気火花などが発生し、爆発につながったものと推定した。
 ● 火花などの着火源により、爆発が発生したと推定される理由は事故直後、炎と煙が観測されたためという。
 ● 爆発したのは、一時保存用の小型のバッファタンク1基を含めた4基の水素タンクが同時に爆発したものとみられる。

■ 間接原因について、水素タンク内の酸素濃度が高まり、爆発の危険性が高くなったものの警告などを無視してテストを続けた結果、爆発に至っていた。
 ● 異常が確認されたのは、爆発が発生する1か月前の2019年4月で、試運転を開始してからわずか1か月だった。当時、水素タンク内の酸素濃度が一時的に安全基準値2%を超過していたことが確認されていた。
 ● さらに、安全基準値を超える3%が検出されていたにも関わらず、これを無視していた。合わせて、韓国ガス安全公社が、当時、酸素濃度を低減するためのフィルター設置を勧告したが、結果的にこれも無視し、5月23日(木)の爆発に至った。
(写真はPulsenews.co.krから引用)
(写真はEnewstoday.co.krから引用)
(写真はKoreajoongangdaily.joins.comから引用)
(写真はWorld.kbs.co.krから引用)
(写真はOhmynews.comから引用)
< 対 応 >
■ 事故翌日の5月24日(金)、警察、国立科学捜査研究院、消防庁、韓国ガス安全公社は合同で現場の鑑識を行い、原因調査に着手した。警察は、爆発の起きた水素タンクに対する製作・施工不良、運用会社であるSメーカーの操作未熟、不良点検などのすべての可能性をおいて調べている。

■ 発災直後、事故原因についていろいろな説が飛んでいた。水素ガスは発火点が550℃で、空気中で4~75%の濃度(限界体積比基準)で大気と混合したり、または密閉された空間で18~59%の濃度で大気と混合されるときに化学的な爆発反応を起こすことがありうる。しかし、水素は空気中ではすぐに消滅するために、一般的な状況では爆発につながらないというのが政府の主張であり、貯蔵タンクの圧力が臨界値を超えたり、注入時の問題でタンクの亀裂のような物理的な理由による爆発の可能性が提起されている。あるいは、タンクから水素ガスが漏れたとすれば、火災が伴わなければならないが、事故は火災が発生していないので、タンク自体が問題だった可能性があると考える人もある。さらに、水素の運搬や保管の過程で、酸素をきちんと遮断できず爆発したかもしれないという人などがある。

■ 水素タンク3基は、江陵ベンチャー工場と10 m離れた別の場所に並んで設置されていた。このうち、1基は0.7MPa(約6気圧)の低圧タンク、残りの2基は1.2MPa(約10気圧)の高圧タンクに分けられていた。

■ 爆発が発生した施設は、2018年5月と2019年3月に2回の安全点検を受けていた。韓国ガス安全公社の関係者は、「チェックアウトプロセスでは問題を発見していなかった」と説明した。

■ 水素自動車の水素タンクは鉄ではなく炭素繊維強化プラスチックで製造されて、破裂、火炎、落下など計17種の安全性試験を経ることが知られている。水素ステーションも緊急遮断装置、水素漏れ検知センサー、火炎検出装置の3つの安全装置を標準装備している。現在、米国(56箇所)、欧州(100箇所)、日本(77箇所)など、各国では10年以上も水素ステーションを運営しているが、まだ爆発事故は一件もなかったというのが政府の説明だ。しかし、水素自体の爆発の危険性は低くても、今回の事故のように高圧に耐えなければならない貯蔵タンクに問題が発生した場合、大事故の危険がともなうことがありうる。現在、韓国国会では水素安全管理法が2件係留されているが、まだ常任委員会で議論すらされていない。

■ さらに、全国の石油化学と半導体工場などに設置された既存の4,000箇所あまりの水素貯蔵タンクの安全性もまな板に上がっている。産業通商資源部の関係者は、「検査結果でタンク自体に問題が見つかった場合、全数点検などの措置をとるつもり」だと述べていた。
 水素ステーションなどに対する市民の抵抗感が大きくなると、性急すぎるという意見があるにもかかわらず政府が押し進めていた水素エコノミーロードマップに直撃弾を与えることがありうるという観測も出ている。政府は現在全国に14箇所しかない水素ステーションを、2040年までに1,200箇所に拡大する計画である。西江大学のイ・ドクファン化学部教授は、「米国も水素エコノミーを推進してきたが、経済性と安全性を考えて放棄しており、未熟な技術を盲目的に普及してはいけないだろう」と述べている。

■ 水素タンクの爆発事例としては、2007年1月、米国オハイオ州のマスキンガム川石炭発電所において水素爆発によって1人が死亡し、10人が負傷した事例がある。水素タンクローリーが水素ステーションに水素を移送している際、水素リリーフ装置が故障したときに起こったもので、水素タンクの内容物が漏れ出し、何らかの引火源で爆発が発生した。この爆発によって、水素を正しく取扱うための方法だけでなく、安全な機器設計と建設を実施することの重要性が指摘された。

ノルウェーの水素ステーションの爆発事故 
(写真はGreened.krから引用)
■ 韓国の水素タンク爆発事故から2週間後の2019年6月10日(月)、ノルウェーの首都オスロ郊外のバーハムにある水素ステーションで爆発事故が発生し、2名の軽傷者があった。大気に漏れた水素が高温になり、酸素と結びついて形成された水素雲に何らかの発火源によって爆発したものとみられる。爆発原因は、700バール(70MPa)の高圧の水素貯蔵タンクにある特殊なプラグの組立て間違いとみられている。水素ステーションの整備運営企業Nel社は、1927年設立から電解方式による水素製造プラントの開発と改良を続けてきたノルウェーでは歴史を持つ企業である。

補 足
■「韓国」は、正式には大韓民国(だいかんみんこく)で、東アジアに位置する共和制国家である。人口は約5,100万人で、首都はソウル特別市である。
「江原道」(カンウォンド/こうげんどう)は、韓国の北東部(朝鮮半島中東部)にある行政区画で、日本海に面しており、人口は約152万人である。
「江陵市」(カンヌン・シ/こうりょう・し)は、 江原道の東部に位置し、人口約215,000人の市である。
           韓国全図と江原道  (図はKonest.comから引用)
■「江原テクノパーク」、江原道の技術開発と産業革新を担当する政府機関である。2004年に創立後、過去15年間、江原道の産業の計画と育成の役割を果たしてきた。韓国の他の地域とは異なり、江原道には重工業や化学工業の企業はあまりなく、環境と天然資源はよく保存されており、バイオサイエンス、ヘルスケア、医療機器、新素材などの比較的環境に優しい産業に重点を置いてきた。江原テクノパークは、産業別の人工知能、ビッグデータ、ブロックチェーンの使用をリードしていくという。
江陵市の江原テクノパークの江陵ベンチャー工場(事故前)
(写真はGoogleMapのストリートビューから引用)
■「燃料電池自動車」(FCV)は、燃料電池で水素と酸素の化学反応によって発電した電気エネルギーを使って、モーターを回して走る自動車である。ガソリン内燃機関自動車が、ガソリンスタンドで燃料を補給するように、燃料電池自動車は水素ステーションで燃料となる水素を補給する。 有害な排出ガスが少ない、エネルギー効率が高い、多様な燃料・エネルギーが利用可能、騒音が少ない、充電が不要などのメリットがあるといわれている。 日本では、「水素・燃料電池実証プロジェクト」(JHFC)」が経済産業省の実施する燃料電池システム等実証試験研究補助事業で進められ、「燃料電池自動車等実証研究」と「水素インフラ等実証研究」が2002年~2010年まで実施されていた。
燃料電池自動車(FCV)の基本構造の例
 (図はJari.or.jpから引用)
■「発災タンク」の仕様は直径3m×高さ8m容量40㎥と報じられていた。グーグルマップによると、江原テクノパークの江陵ベンチャー工場裏にタンクと思われる設備が3基あるのが確認できる。しかし、これらのタンクは横置きである。従って、直径3m×長さ8m容量40㎥という仕様にした。
江陵ベンチャー工場裏にある3基の水素タンク 
(写真はGoogleMapの3Dから引用)

所 感
■ 事故の直接原因は、水素タンク内に酸素が爆発限界(6%)以上の濃度に流入した状態で、静電気火花などが発生し、爆発につながったとみられている。間接要因は、水素タンク内の酸素濃度が高まり、爆発の危険性が高くなったものの警告などを無視してテストを続けた結果である。
 前回のブログ「山形県のバイオマスガス化発電所の水素タンクの爆発(産総研による調査)」では、「配管内の酸素の追い出しが不十分なまま発電エンジンを起動させたことで、エンジンの火がタンク側に逆流して爆発した」もので、「可燃性気体に関する危機意識や知識が不十分だった」ことが間接要因であった。
 今回の場合、基本的な知識が無かったのではなく、未必の故意といえるもので、無知とは異なる「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる」失敗事例である。

■ 水の電気分解による水素発生の実証プラントのプロセス構成がどのようになっているか不詳だが、水素ガス系内に酸素(または空気)が漏れ込む根本的なプラントの課題があるように感じる。ノルウェーでは、電解方式による水素製造プラントの開発例がありながら、事故前に韓国ガス安全公社が酸素濃度を低減するためのフィルター設置を勧告しているのを見ると、認識していながら課題を克服できなかったのかも知れない。実証プラントでは、いろいろな課題が出てくることを覚悟して、改善・改良を進めていく必要があろう。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  Koreaherald.com, Hydrogen tank explosion kills 2 in Gangneung,  May  23,  2019
    Koreajoongangdaily.joins.com, Hydrogen explosion kills 2 businessmen,  May  25,  2019
    Pulsenews.co.kr, Tank explosion poses setback for Seoul’s push for hydrogen economy,  May  24,  2019
    Youtube.com, Arirang News, Diagnosis on Korea's drive for hydrogen economy,  May  28,  2019
    Ajudaily.com, Explosion at hydrogen fuel-cell power system kills two and injuries six others,  May  24,  2019
    Japan.mk.co.kr,  安全だったはずの水素タンク、二週間で破裂,  May  24,  2019
    S.japanese.joins.com,  江陵科学団地で水素タンク爆発、2人死亡6人けが=韓国,  May  24,  2019
    Donga.com,  産業部長官「爆発した水素タンクは実験用」、水素ステーションへの不安拡大を警戒,  May  25,  2019
    Zapzapjp.com,  韓国の水素タンク爆発事故、タンク内に酸素流入も無視していた,  June  23,  2019
    Ameblo.jp,  警察「江陵水素爆発事故、酸素と流入、静電気摩擦から(朝鮮日報),  July  04,  2019
    Hani.co.kr,  강릉 수소탱크 폭발 사고, 원인 조사 본격화,  May  24,  2019
    Cnews.co.kr,  8명 사상 강릉 수소폭발 사고 20일째원인 규명 장기화 조짐,  June  11,  2019
    Yna.co.kr,  강릉 수소폭발사고 원인…"산소 초과 유입 탱크서 정전기 마찰,  July  04,  2019
    Todayenergy.kr,  강릉 수소탱크 폭발원인, 산소 유입 가능성에 무게,  June  10,  2019



後 記: 今回の水素タンク爆発事故のブログは、「山形県のバイオマスガス化発電所の水素タンクの爆発」を意識してまとめたものです。実証プラントの段階で死傷者が出たことから、韓国国内はもちろん日本でも報じられており、多くの情報がありました。しかし、事故そのものの状況を詳細に報じたものは少なく、水電解や水素ステーションの今後の開発を憂う指摘の記事が多かったですね。
 事故状況では、まず、水素タンクの爆発がどこであったかがはっきりしませんでした。初めは建物のひどい破壊写真がありましたし、実証プラントであり、工場内にあった竪型タンクが爆発したものだと思いました。しかし、よく調べると、工場建物の外にある水素タンクであることが分かりました。爆発点をここにすると、飛散物と爆風による建物の被災状況が理解でき、改めて爆発の激しさを感じました。ところが、グーグルマップを見ると、工場建物の外にあるのは横置きタンクです。爆発後に残された基礎やタンク残骸の脚を見ると、竪型だったようにも見えます。実証プラントですので、最近、何らかの事情で変更したのかも知れません。結局、このあたりの疑問に答えた記事はありませんでした。
 ところで、韓国の報道自由度ランキングは世界41位(日本は67位)とまずまずの位置ですが、爆発を起こしたのはSメーカーと名前を伏せています。このため、 Sメーカーの発表の記事は無く、コメントも報じていません。国策プロジェクトなので、なにかあるのでしょうね。

2019年11月15日金曜日

山形県のバイオマスガス化発電所の水素タンクの爆発(産総研による調査)


 今回は、 201926日(水)、山形県上山市にある山形バイオマスエネルギー社のバイオマス発電所であった水素タンクの爆発事故について、原因を調査していた産業技術総合研究所(産総研)の報告を山形新聞が記事に掲載したので、この内容を紹介します。これまでの状況や調査は、つぎのブログを参照してください。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、山形県上山市(かみのやま市)金谷の工業団地にある山形バイオマスエネルギー社のバイオマス発電所である。この発電所は木のチップを使う木質バイオマスガス化発電で、2018年12月に完成し、2019年3月末に発電事業を始める予定だった。

■ 事故があったのは、バイオマスガス化発電所にある燃料用の水素タンク(生成ガスホルダー)である。水素タンクは燃料となるガスを貯めるために設置されており、水素のほか一酸化炭素やメタンなどが貯蔵されていた。
      上山市の工業団地周辺 (矢印は事故のあった建設前の場所) 図はGoogleMapから引用)
<事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年2月6日(水)午後4時10分頃、バイオマスガス化発電所で爆発が起こった。

■ バイオマスガス化発電所の設備の試運転を始めて10分ほどして、水素タンクが爆発した。水素タンクの屋根部(直径3m、厚さ6mm、重さ約500kgの円形の金属板)が飛び、南西に約130m離れた民家の2階部分を突き破った。家の中にいた30代の女性が、衝撃で落ちてきたものに頭をぶつけて首にけがをした。
発電施設で発生した爆発事故による建物被害は13地点の計16棟に上った。窓ガラスが割れる被害は、施設から約450m離れた民家でも確認された。

■ 試運転を担っていたのは木質バイオマス発電施設などの設計・施工を請負った「テスナエナジー社」で、事故当日は午後4時ごろから、試運転に向けた作業を進めていた。
     バイオマスガス化発電所と爆発のあったタンク(矢印) (写真はSakuranbo.co.jpから引用)
被 害 
■ 人的被害として、住民1名が負傷した。

■ 発電所の燃料用水素タンク(生成ガスホルダー)が損壊した。

■ 施設を中心に半径約450mの範囲にある建屋で16棟に被害が出た。有害物質の漏洩は無かったと思われ、環境への影響はない。 

< 事故の原因 >
■ 産業技術総合研究所(産総研)による原因調査が行われ、事故の直接原因は、配管内の酸素の追い出しが不十分なまま発電エンジンを起動させたことで、エンジンの火がタンク側に逆流する逆火が起き、逆火防止装置が十分機能しなかったことで爆発した可能性が高い。

■ 間接原因として、つぎの事項を指摘した。
 ● 緊急時を含む操作マニュアルが不完全である。
 ● 可燃性気体に関する危機意識や知識が不十分だった。
 ● 配管に酸素濃度計が無かった。
 ● 逆火防止装置の性能が十分では無かった。

< 事故原因 に対する対策>
■ テスナエナジー社は、9月11日(水)、調査結果を受け、安全対策案を地元関係者に提示した。
 ● 水素タンクを従来の半分の容量に小型化し、横向きにする。
 ● 水素タンクの蓋や側壁の強度を高める。
 ● 水素タンクを半地下構造にして安全柵を設置する
 ● 住宅側道路に面した側に防護壁を設置する。
 ● 配管に酸素濃度計を新設する。
 ● 高性能の逆火防止装置を導入する。

< これまでの対応 >
■ 4月26日(金)、発電所を運営する山形バイオマスエネルギー社とプラントの設計・施工を担当したテスナエナジー社は、山形県庁で記者会見を開き、事故の調査結果を報告した。  
 テスナエナジー社によると、爆発はプラントで生成した水素ガスなどを貯めるタンクで起こった。事故原因について配管内の排気が不十分で、この残存酸素と貯蔵タンク内の水素やメタンの混合ガスが結びつき、エンジンから漏れ出した炎が伝って引火、爆発した可能性があると説明した。

■ 5月11日(火)、山形バイオマスエネルギー社とテスナエナジー社は、事故原因の住民説明会(非公開)を開いた。説明会には、事故現場の金谷地区の住民約50人が参加した。
 テスナエナジー社は、事故後、県警の実況見分などを受け、住民への謝罪が遅れたことを陳謝した。その上で想定上の事故原因と断った上で、配管内の酸素の排気が不十分で、配管内にあった残存酸素と貯蔵タンク内の水素やメタンの混合ガスが結びつき、エンジンから漏れ出た炎が配管を伝って引火して爆発した可能性が高いと説明した。

■ 9月12日(木)、山形新聞は、関係者への取材で、爆発事故について原因を調べていた産業技術総合研究所(産総研)が調査結果をまとめていたとする記事を掲載した。施設の設計・施工と試運転を担っていたテスナエナジー社と山形バイオマスエネルギー社が住民の要請を受け、専門機関の産総研(茨城県つくば市)に調査を依頼し、結果が8月30日(金)にまとまったという。

補 足
■「上山市」(かみのやま市)は、山形県の南東部にあり、人口約3万人の市である。上山市は、江戸時代には上山藩の城下町や羽州街道の宿場町として栄え、現在は上山温泉で知られる。

「山形バイオマスエネルギー」は、間伐材や果樹の剪定枝をチップ化し、燃焼させる木質バイオマス発電事業をしている。 同社は、2015年に山形県の建設業・産業廃棄物処理業の㈱荒正と不動産業の㈱ヤマコーなどがバイオマス発電の新会社として設立された。事故のあった発電設備は2018年12月に完成したもので、ガス化方式を採用している。投資総額は約13億円で、年4億円程度の売電収入を見込んでいる。

■「テスナエナジー社」は、2014年に木質バイオマスのガス化プラント事業を専業として設立された会社である。テスナプロセスバイオマス発電システムと特徴である炭化炉・ガス改質炉は図のとおりである。
爆発があったのは、発電設備の前にある生成ガスホルダー(水素タンク)である。
 なお、山形バイオマスエネルギーの施設は配管の変更などのため、稼働時期が当初の構想から約2年ずれ込んでいた。当初の構想では、2017年春に操業を開始するとしていたが、熱効率を高めるため配管を変更する必要性が出てきたため、その後に運転開始時期を2018年4月頃に延期した。しかし、各地の発電施設の点検時期と重なり、配管の設置を担当する請負業者が確保できず、工期は再び遅れ、さらに1年ほどずれ込み、稼働開始が2019年の春まで延びていた。
           テスナプロセスバイオマス発電システム (図はTesnaenergy.co.jpから引用)
■「産業技術総合研究所」(National Institute of Advanced Industrial Science and Technology)は、2001年に設立された独立行政法人(国立研究開発法人)で、経済産業省所管の公的研究機関である。略称は産総研(さんそうけん)で、3,000名を超える人員を擁している。本部は茨城県つくば市にあり、日本の産業や社会に役立つ技術の創出とその実用化や、革新的な技術シーズを事業化に繋げるための橋渡し機能に注力するとし、2,300名の研究者が研究開発を行っている。 

所 感
■ 産総研によると、「事故の直接原因は、配管内の酸素の追い出しが不十分なまま発電エンジンを起動させたことで、エンジンの火がタンク側に逆流する逆火が起きたとみられ、逆火防止装置が十分機能しなかったことで爆発した」という。これは、前回までの当ブログで述べてきた「試運転前に系内の空気を不活性ガス(窒素など)で置換していなかった」ということである。これについてブログを読んだ方から、「窒素置換は5回することで、爆発下限界4%の1/4まで下がり、爆発しない」という明快な指摘があった。

■  これまで、「試運転を行ったメンバーが、このような非定常運転について十分な知識と経験がなかったのではないか」と指摘したが、今回の調査報告で「緊急時を含む操作マニュアルが不完全である」、「可燃性気体に関する危機意識や知識が不十分だった」と明確にされた。
  
■ 前回のブログ所感で、「2,000kWクラスというバイオマスガス化発電は新規のプロセス装置と同様である。水素エンジンの逆火対策として設置していた逆火防止装置(具体的には不詳だが)が機能しないという根本問題に立ち返ってしまったのではないか」と指摘したが、今回の対応策では「高性能な逆火防止装置を導入する」という。簡単に「高性能の逆火防止装置」というが、果たして実効のある装置があるのだろうか。

■ 事故を起こしているので、「水素タンクの改造」、「安全柵や防護壁」といった過剰と思われる対応策が提示されている。しかし、「定常運転時のマニュアルのほか非定常運転時のマニュアルの整備」の対応や、最も肝心な「可燃性気体に関する危機意識や知識が不十分だったことへの対応策」はどのように進めるか明確になっているのだろうか。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Yamagata-np.jp,  バイオマス施設事故の調査結果 専門機関「危機意識や知識不足」,  September  12,  2019
    ・Anzendaiichi.blog.shinobi.jp,   山形県上山市のバイオマス発電所で発電施設の試運転中、逆火で水素タンク爆発・・・(第3報),  September  20,  2019


後 記: 前回の後記で、「県庁で報告しているので、県には報告しているのでしょうが、県のウェブサイトを見ても何も言及されていません。結局、企業がひとり悪者になってるという印象です。再生可能エネルギーの開発を奨励している県や経済産業省や国はどう考えているのだろうかと思います。今回の事故は警察にまかせているのでしょうが、警察にとっても厄介な事案でしょう」と書きました。経済産業省所管の産業技術総合研究所(産総研)が原因調査を行って関わっていたといえるので、この点は間違いでした。
 しかし、産総研は事故原因を調査するような組織でないはずですので、慣れない案件で大変だったでしょう。 まして、「試運転前に系内の空気を不活性ガス(窒素など)で置換していなかった」ことが原因という研究所で扱う話ではなかったですからね。本来は、「2,000kWクラスのバイオマスガス化発電は新規のプロセス装置」という研究テーマに関する話を聞きたかったですね。この点に関する課題は「高性能の逆火防止装置」に置き換えられています。これから試運転に移行されることになると思いますが、実証プラントで様々な問題を解決すべきことが予想され、商業プラントとして確立していくのは、相当な苦労がいるでしょう。
 ところで、地元とはいえ、山形新聞はこの事故をよく追及していると感心しています。事故発生時は東京の主要メディアが記事にしていますが、原因調査結果を報じたのは山形新聞の一社だけでした。