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2021年12月29日水曜日

ボイルオーバーの研究 = 実際的な教訓

 今回は、201612月に公表された“LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓)の資料を紹介します。

< 背 景 >

■ 1990年代後半の世界の石油会社16社が集まり、大型(直径40m以上)貯蔵タンクに関連するリスクを検討するプロジェクトが開始された。このプロジェクトが“LASTFIRE” Large Atmospheric Storage Tanks)である。この当時、大型の外部式浮き屋根型貯蔵タンクに関する火災のハザード(危険性)が十分に理解されていなかった。このため、現場における火災対応とリスク低減を図る必要性が石油・石油化学の工業界に認識されてプロジェクトが始まった。

■ 現在のメンバー会社はつぎの19社である。AMPOL, BP International, Coogee, EnQuest, ExxonMobil, LyodellBasell, MOL Hungarian Oil & Gas Co.,  Neste Oil,  Nynas,  Petronas,  Phillip66,  Puma Energy,  Qatar Petroleum,  Reliance Industries Lt,  Shell Global Solutions,  SINOPEC Safety Engineering Ins.,  Swedish Petroleum & Biofuel Institute(SPBI),  Total,  Viva Energy Australia

■ この資料は、LASTFIREのグループ・メンバーが集めた知識と経験にもとづいてまとめられたもので、原題は“LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓)である。

1.  ボイルオーバーの概念

 

2. ボイルオーバーの要点

■ ボイルオーバーから得られる教訓は、つぎのとおりである。

 ● ボイルオーバーの蓋然性(がいぜんせい)は原油タンクが全面火災になったときに起こるもののひとつだと仮定すべきである。原油タンクの全面火災についてすべての報告事例をLASTFIREで調べたところ、ボイルオーバーは火災がある時間燃えていたときに起こっている。

 ● ボイルオーバーは、常にではないが、ファイアボールからかなりの量の原油が雨のように降り注ぐ結末に至る。噴出物はタンク外に噴き出ることがある。しかし、ときどき「燃え立つナイアガラ」(Flaming Niagara)と表現されるようにタンク側に噴き落ちることがあり、防油堤内に留まるかも知れない。ただし、噴出流の速度や勢いによっては、燃える原油が防油堤を越えていくことがある。

 ● タンクの操業を管理する上で最良の選択をすることに関していろいろな考え方があり、ある場合にはボイルオーバーを回避するためであったりする。これらには、つぎのようなことである。

  〇 原油の沸点を均一化するために特別な材料を加えること。

  〇 ホットゾーンを攪拌して壊すため、原油、空気、水をポンプで循環させること。

  〇 水の層を排出すること。

 LASTFIREによる調査・検討では、緊急避難的な方法であっても、これらには保証できるものは無かった。ある場合には、ボイルオーバーを激しくするものもあった。(第4節を参照)

 ● LASTFIREによる研究では、現時点、ボイルオーバーを避けるための唯一の方法はホットゾーンが形成する前に全面火災を消火することである。直径の大きなタンクでは、有効な泡放射を達成するために煩雑な作業分担を行う必要があるが、これは実際には簡単なことではない。一旦火災が消えても、フロスオーバーやスロップオーバーによって原油がタンクから噴出する場合があることを認識すべきだある。

 ● 消火泡溶液をつくって水をタンクに加えることによって、消火活動はフロスオーバーやスロップオーバーに見舞われる。

 ● 防油堤は重要で火災の拡大を制限することに役立つ。ボイルオーバーのテスト作業中、広い範囲ではないが、防油堤の外に火災が広がったことがあったのを記しておく。

 ● 同じ防油堤内にある隣接タンクへの火災拡大は、ボイルオーバーが起こったときには、本質的に避けられない。従って、リスクを最小にするためには、ボイルオーバーの起こる可能性のある油を貯蔵する場合、タンク毎に防油堤を設けるのが好ましい。ただし、タンク設置場所におけるリスク評価(アセスメント)において油の性質が火災の着火の可能性が低いと評価された場合や、タンクが十分に小さく、ボイルオーバーが起こる前に迅速に消火できると評価された場合を除く。

 ● ボイルオーバーからの火災拡大の可能性は風下側でタンク径の10倍まで、風上側で少なくともタンク径の5倍まで広がると仮定すべきである。ただし、タンク設置場所の地形や防油堤の設計・一体性・サイズによっても違ってくる。緊急事態時の計画策定の目的では、火災拡大をタンク径の10倍と考慮しておくべきで、この意味で消防隊員の避難方法を考慮しなくてはならない。タンク間距離が少なくともタンク径の5倍を超え、十分なスペースを持っているタンクが大多数の場合には、実効性は低いと思われる。

 ● 大規模なテスト作業にもとづくと、ホットゾーン(ヒートウェーブ)降下速度は1.52.5m/hの範囲にあると推定される。ただし、この値はテスト時における値であり、実際の大型タンクにおける絶対値ではないことを付記しておく。

 ● ディーゼル燃料やバイオディーゼル燃料でボイルオーバーが発生するのかどうかを調べるため、ディーゼルおよびバイオディーゼルを燃料としたテストを行った。これらの燃料を水ベースの上で燃焼させて、燃料が十分燃え、水の層の最上部の温度が沸点に達すると、ときどきボイルオーバーのような現象が現れた。これは「薄層ボイルオーバー」(Thin Film Boilover)と呼ばれているが、実際のボイルオーバーのような激しい現象ではなかった。テストした典型的なバイオディーゼルではボイルオーバーが発生しなかったが、バイオディーゼルはいろいろな種類やグレードがあり、すべて同じ性質をもつということは保証できない。もし特別な懸念があれば、テストすべきである。(注記; 一般的にバイオディーゼル燃料を貯蔵するタンクは、ボイルオーバーが起こる原油と違ってタンク底における水の液位は低い。もちろん、バイオディーゼル燃料は引火の可能性が十分に低く、実際に起こるリスクは完全に異なる)

3. 火災時の対応者に関する留意事項

■ ボイルオーバーに関する一般的な問題をLASTFIREは提示しており、火災時の対応者の留意事項は、つぎとおりである。

 ● ボイルオーバーは極めて厳しい火災事象である。原油タンク火災が起こってから比較的短時間で消火できなければ、ボイルオーバーが起こると仮定すべきである。(この場合、全面火災のケースである)

 ● リムシール火災だけの事象であれば、タンクがボイルオーバーを起こしたという報告事例はない。

 ● 火災の防護に関する基準や手引きでは、「ボイルオーバー」、「スロップオーバー」、「フロスオーバー」はそれぞれ発生要因によって異なる理由から別な事象と言及していることがある。しかし、実際の火災対応時には、熱い原油や燃えている原油が噴き出してくる事象は人的被害や設備被害の点において同じ可能性をもっていると感じている。

 ● もっとも激烈な形で起こるボイルオーバーに併存する3つの重要な要素は、つぎのとおりである。

  〇 タンク全面火災。

  〇 タンク内の水の層および/または水のポケット。

  〇 高温で比較的密な熱い領域、すなわちホートゾーン(ヒートウェーブ)の形成。このホットゾーンは原油では発生するが、ガソリンや灯油といった精製された油製品では生じない。ただし、このような各範囲をもつ油製品はタンク内で混合されている。異なった沸点をもつ別な油が同じタンク内で混合されたとき、ホットゾーンは生じることもある。

   ボイルオーバーから発生する輻射熱は、通常の安定した燃焼時に感じる輻射熱よりも格段に増加する。このレベルは火災対応者が耐えうると考えられる最大輻射熱レベル(たとえば、API Std 521Pressure-relieving and Depressuring Systems」では、短時間で6.3 kW/㎡と警鐘)をはるかに超えるものである。このことは重要で、ボイルオーバーが起こった時の輻射熱レベルは人が生存できないかも知れないということである。従って、対応者は全面火災時に配置していたときよりも数倍遠くへ退去して、適切な安全距離をとらなければならない。

 ● ボイルオーバーは同じタンクで一度だけでなく何回も起こることがある。LASTFIREのボイルオーバーのテスト時には、4回起こった。このように、1基の原油タンク火災から複数回のボイルオーバーが起こる可能性があるため、消防隊などの火災対応者には避難小屋が無いことを考慮すべきである。ボイルオーバーが収まったからといって、火災対応者はタンク近くの配備場所に戻ってはならない。ボイルオーバーが再び起こるかも分からないので、安全距離を保たなければならない。

 ● ボイルオーバーが収まった後でも、スロップオーバーのようなボイルオーバー型の事象が起こり得るので、対応戦略としてはこのことを認識しておくべきである。

 ● もし原油タンク全面火災を迅速に消火できれば、ボイルオーバーの発生確率は減らすことができる。

 いつまでに火災を消火すればよいか、正確な時間を提示することは不可能である。これはボイルオーバーが多くの変数が影響しているからである。しかし、必要な泡放射量を適用できれば、消火活動がうまくいくチャンスがある。(たとえば、米国規格や欧州規格における最低泡放射量は、泡モニターを使用した場合に1012 L/min/㎡(ロスを含む)、泡システムを使用した場合に48 L/min/㎡である) 連携がとれた協調した泡の攻撃の行える理想的な時間は数時間であろう。理想的には、原油タンク火災の泡放射は24時間以内で開始すべきである。しかし、実際にはすべての配備が円滑にいくとは限らないことを認識しておく必要がある。あらゆるケースの中で、泡放射の開始前にボイルオーバーが発生するという可能性を評価しておかなければならない。そして、多くの要素がボイルオーバーに影響するが、もっとも関係するのが、油の液位であり、ホットゾーン(ヒートウェーブ)の可能な深さである。もし、泡の攻撃の資機材の配備がかなり遅れれば、どんな泡の攻撃がなされようとも成功するという保証は無い。(予燃焼期間が長引いた原油タンク火災の泡の効果については十分には分かっていない)

 ● 直径の大きなタンク(大型タンク)のために車両機材を配備するようなロジスティック(兵站)があれば、泡放射のための目標時間は短くなる効果がある。このためには、機材は円滑に使用できるようにしなければならないし、非常事態の対応人員はタンク火災の対応に有能でなければならない。これには、大型容量の機材について十分な訓練と経験をもち、事前の計画と実際の配備や機材の操作を含めて大規模な訓練を通じて泡薬剤を備蓄しておくことが必要である。

● もし原油タンク火災が途切れることなく燃え続ける場合には、激しいボイルオーバーが発生すると思っておくべきである。ボイルオーバーが起これば、明るく輝く柱を形作って油が空中に噴出するだろう。油が地上に落下してくると、ひとつの波動が形成される。油は難なく防油堤を覆うように広がる。198212月に起こったベネズエラのタコア火災では、防油堤を越えていったことが知られている。1983年に起こった英国ウェールズのミルフォード・ヘブン原油火災時には、最初のボイルオーバーによって油が1.6ヘクタールのエリアに飛散した。

 ● 噴出する油の広がる範囲は、ボイルオーバーが発生した時におけるタンク内に入っている油の量に関係する。しかし、現時点、ボイルオーバーが発生したときの油の深さ(液位)と熱油の波動による移動距離との間の関係性については分かっていない。また、防油堤の壁の高さによって熱油の波動が防油堤を越えるのを防ぐか否かも分かっていない。

 ● 熱画像カメラや示温塗料はホットゾーン(ヒートウェーブ)を評価するのに役立つが、総合的にみて信頼性は低い。どこのタンク地区でもホットゾーンの形成が均一という理屈は無いからである。

 ● 泡溶液の種類によって火災時に適用される大量の水自身がボイルオーバー時の噴出水蒸気に付加したり、消火現象時にスロップオーバーを引き起こしたりして、非常事態対応者の安全を危険にさらす可能性がある。

 ● シューという音がボイルオーバー発生の切迫したサインだといわれるが、これも信頼性があるとはいえない。通常、いくらかの水蒸気発生が見えることがあり、これが“ボイルオーバー”の音と同時に起こることがある。ただし、常にそうだとはいえない。この音の始まりとボイルオーバーが起こる時までに、タンクの近くから安全に避難するには、十分な時間がないかも知れない。

 ● タンクから水を多く抜き出せば、ボイルオーバーの激しさを軽減できそうであるが、これはやめた方がよい。この行為はボイルオーバーまでの時間を短くすることになる可能性がある。しかし、現時点の知識では、これを定量化することができない。

 ● もしも安全な方法があったとして、タンク内の原油を抜き出すことはボイルオーバーの激しさを軽減できそうにみえるが、これはボイルオーバーの発生時間を早めることになる。この方法をとった時には、抜き出している原油の温度をモニタリングすべきである。そして、100℃に達する前に抜出しはやめるべきである。タンク底部あたりの温度が100℃になれば、ボイルオーバーが切迫していることを意味している。

 ● 迅速で効率的な消火活動を除けば、ボイルオーバーを回避したり、遅くすることについての理論を実際的な立場から証明した人はいない。

 ● ボイルオーバーが起こらないだけの十分な時間を確保した必要放射量の泡放射が安全に開始できないと判断したら、そのときは全焼の方針を承認しなければならないが、ボイルオーバーの激しさが予測不能であるため、“制御した全焼”はできないと認識しておくべきである。唯一残された戦略は、ボイルオーバーが起こった後、発災タンク以外で結果として生じる火災に曝されるかも知れない構造物の冷却に備えることである。もし可能であれば、原油をポンプで排出してしまうことである。タンクからすべての油を除去してしまえば、更なるボイルオーバーは起こらないことを考慮して、ボイルオーバーを待つために安全な位置まで下がった非常事態対応者が、消火活動や冷却作業を通じて更なる火災の拡大を防止することである。(ただし、これらのことは“安全が確保されること”が前提条件である)

 ● 原油以外の油で記録されているボイルオーバーがある。これは広範囲の沸点をもつ油製品の混合液である場合に生じている。

 4LASTFIREの調査研究を通じた価値ある特別な事例 

■ 調査研究作業の中で、 LASTFIREはボイルオーバーを回避したり、遅らすことができる方法に関して他の工業界のグループと協力していくこととした。これには、油の特性を変える目的で添加剤の適用を含んでいる。すなわち、添加剤によって油の特性を変え、ホットゾーン(ヒートウェーブ)を形成しない、あるいは少なくとも形成を遅らすことである。LASTFIREのメンバーによって規模の小さいテスト(直径2.4mまで)を実施して観察した。油の中のいろいろな高さにモニタリング用の熱電対を設けて、ホットゾーンの形成を記録した。テストでは、添加剤の有りと無しについてボイルオーバーまでの経過を時間記録と熱電対の読みとともに目視で観察した。しかし、添加剤を加えても遅延や防止効果は見られなかった。

■ 熱電対のデータとともにボイルオーバーまでの時間測定や目視観察では、添加剤の有りと無しによる結果に顕著な差は認められなかった。

■ この理論の効果に関する主張が、なおも、いくつか発表されている。その例は、LASTFIREの実施した作業の内容への疑問、理論を確かめる必要性、大規模なテスト無しに小規模なラボテストなどであり、主張は事故で実際に起こる前や緊急事態対応者が危険な目に遭う前に行うべきというものである。

5LASTFIREのボイルオーバー研究による写真 

■ つぎの写真は、LASTFIREのボイルオーバー研究のプログラムの中でいろいろな段階で撮影されたものである。この研究では、直径0.6mから直径約6mの範囲のテスト用タンクで行われたものを含んでいる。



所 感

■ 今回の資料は、「現時点、ボイルオーバーを避けるための唯一の方法はホットゾーンが形成する前に全面火災を消火することである」とし、「熱画像カメラや示温塗料はホットゾーン(ヒートウェーブ)を評価するのに役立つが、総合的にみて信頼性は低い。シューという音がボイルオーバー発生の切迫したサインだといわれるが、これも信頼性があるとはいえない」とし、ボイルオーバー発生への甘い見通しによって人的被害が出ることを回避しなければならないという意思を感じる。

■ 一方、原油タンク全面火災時に現場指揮所や消防隊とるべき実際的な対応事項は興味深く、参考になる内容である。このブログで紹介してきた「ボイルオーバー」の主なものはつぎのとおりで、これらの内容と読み比べ、これまで策定してきた緊急事態対応計画書を見直すのがよいと思う。

 ●「貯蔵タンクのボイルオーバーの発生原理、影響および予測」20142月)

 ●「浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー」20144月)

 ●「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」20139月)

 ●「テキサス州マグペトコ社タンク火災のボイルオーバー(1974年)」20142月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」201410月)

 ●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1) 」201410月)

 ●「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(19838月)」201412月)

 ●「原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略」20163月)

 ●「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」20168月)

 ●「原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバー現象」20169月)

 ●「イエメンでディーゼル燃料タンク爆発、薄層ボイルオーバーか、負傷15名」20192月)

 ●1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー(泡消火剤の搬送)」20218月)


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Lastfire.co.uk,  “LASTFIRE Boilover ResearchPractical Lessons Learned”LASTFIREによるボイルオーバー研究ー実際的な教訓),  Issue3 December, 2016 


後 記:  “LASTFIRE” 1990年代後半に世界の石油会社16社が集まり、この当時、大型の浮き屋根式貯蔵タンクに関する火災の危険性が十分に理解されていなかったため、いろいろな調査・検討を行ってきています。「ボイルオーバー」もそのひとつですが、要約版が一般に公表されたものです。今回の資料をきっかけにLASTFIREのメンバー会社を調べたら、プーマ・エナージー社がメンバー会社の1社であることを知りました。同社では、20168月に「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」を起こしています。この事故では、死傷者は出なかったようですが、爆発(ボイルオーバー発生)の危険性を考慮して、1km以内に立ち入らないよう求めていました。ボイルオーバーの危険性は想像を越えていることを正しく理解しておくのがよいという気がします。今年最後のブログですが、硬い締めくくりになりました。



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