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2015年8月30日日曜日

米国テキサス州で球形タンクの安全弁からブタジエン大気放出

 今回は、2015年8月9日、テキサス州ハリス郡ディアパークにあるシェル・オイル社ディアパーク製油所において、球形タンクの安全弁からブタジエンを大気に放出するという事故を紹介します。
(写真はChron.comから引用)
< 事故のあった施設の概要 >
■ 事故のあった施設は、テキサス州ヒューストンから東へ約20マイル(32km)のディアパーク(Deer Park)にあるシェル・オイル社(Shell Oil Co.)の製油所である。シェル・オイル社ディアパーク製油所は1929年に操業を開始した長い歴史があり、現在、全米で6番目に大きい精製能力34万バレル/日の精製施設のほか、石油化学施設を有している。 

■ シェル・オイル社の子会社であるシェル・ケミカル社(Shell Chemical Co.)は世界的なブタジエン製造者で、北米、欧州、アジア太平洋地区に生産施設を有している。ブタジエンの最大用途は自動車用タイヤで、このためブタジエンはスチレン-ブタジエン・ラバー(SBR)の原料として使用される。

■ 通常、ブタジエンと呼んでいるのは1,3-ブタジエンを指し、無色の気体で、-4.5℃で液体となる。ブタジエンは、原油のC4留分の抽出蒸留で製造されたり、エチレンやプロピレンの分解副産物から製造される。

■ ブタジエンの貯蔵には球形タンクが使用される。事故のあった設備は、北タンク地区にある球形タンクだった。
ディアパークのシェル・オイル社ディアパーク製油所
(写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2015年8月9日(日)午前10時55分、球形タンクV-BD-933の安全弁から大気へ放出されているのをオペレーターが発見した。運転情報を調べたところ、放出が始まったのは午前10時40分からだった。放出された液化ガスにはブタンやビニルアセチレンを含んでいるが、構成成分の90%はブタジエンだった。

■ 球形タンクが満杯だったため、安全弁が作動したもので、オペレーターは球形タンクV-BD-933への流入源を閉止し、タンクの圧力を下げるため、内液を別なタンクへ移送した。この結果、安全弁の作動が停止し、午前11時50分に球形タンクからの放出が止まった。

■ この間に放出された液化ガス総量は360,231ポンド(163トン)で、テキサス環境質委員会(Texas Commission on Environmental Quality)は、このうちブタジエンの量は326,166ポンド(148トン)だったと発表した。

■ エア・アライアンス・ヒューストンのアドリアン・シェリーさんによると、放出されたガスは可航水路を越えて流れていったとみられ、北の地区に影響を与えたではないかという。

■ 自然保護団体シエラクラブの化学者で、元テキサス環境質委員会の検査官だったネイル・カーマンさんによると、ブタジエンは発がん性のあることが知られているが、分子構造上、暑い大気の中ではすぐに発散してしまうという。通常、ブタジエンは車の排ガス中にもあるが、シェル社の事故で出された量は憂慮すべきものだとカーマンさんは語っている。エア・アライアンスのシェリーさんは、ブタジエンがガスで放出されれば、人間の眼でははっきり見えないだろうと語っている。

■ シェル社広報担当のレイ・フィッシャさんは、事象のあった時間、近くにあるモニターによるデータでは、テキサス環境質委員会臭気レベルや健康ベース・スクリーニング・レベルを超えていないとし、「私たちが知る限り、地元社会に有害な影響を与えるものではないと思っています」と語った。米国環境保護庁(U.S. Environmental Protection Agency)によると、長期間、ブタジエンに曝されれば、心血管疾患や白血病の可能性増加と関係してくるという。

■ しかし、製油所から北東に2マイル(3km)ほど離れたところにあるテキサス州の大気モニターはブタジエン濃度を検知しており、短期間曝露の危険レベルを超えるほどの値ではなかったが、正午ごろに急な上昇がみられた。
          テキサス州大気モニターのブタジエン濃度記録   (正午に急な上昇がみられる)
(写真はHoustonpublicmedia.orgから引用)
被 害
■ 事故に伴う人的被害は無かった。設備的な損害も無かった。

■ ブタジエン放出による大気汚染があったが、人の健康被害への影響は不明である。

< 事故の原因 >
■ ブタジエン球形タンクへの過充填によって、安全弁が作動し、大気へ放出した。過充填の原因については、シェル・オイル社およびテキサス環境質委員会が調査中という。

< 対 応 >
■ シェル・オイル社は、テキサス環境質委員会へ「大気排出事象報告」(Air Emission Event Report)を出した。テキサス環境質委員会は、シェル・オイル社の大気排出事象を同委員会のウェブサイトにある「大気排出事象報告データベース」 (Air Emission Event Reporting Database)に登録し、公表した。

< 事故への反応 >
■ 多くのメディアはこの事故について報じようとしていないようにみえる。事故は重大でなく、報道価値がないとみているようだ。

■ 毒性の知られているガスを300,000ポンド(136トン)を超える放出事故があったのに、安全限界を越えていないということが信じられるか? それは簡単なことで、テキサス環境質委員会のブタジエンの排出基準値が全米の中で最悪の基準値の州のひとつだからである。米国環境保護庁(EPA)の基準値の60倍であり、カリフォルニア州の基準値の340倍である。この甘い基準は昔からではない。2007年、水圧破砕法によるシェールガス革命が始まり、テキサス環境質委員会が基準値を見直したときから、州民は大気汚染の脅威に曝されることになった。テキサス環境質委員会は、ブタジエンを含む45種の危険性のあるケミカル類の基準値を緩め、経済を優先させた。

■ 2008年、テキサス大学公衆衛生研究所は、シェル・オイル社などのプラントがある東ヒューストンにおいて、ブタジエンと子供の発がんとの間に強い関係があると発表した。この調査は現在も続けられている。

■ シェル・オイル社のディアパーク製油所は大気汚染による違反を繰り返している経緯がある。
  2003~2008年の間、テキサス州環境庁はシェル・オイル社が1,000件の環境基準に違反していたことを指摘している。 
 2013年7月には、米国環境庁(EPA)との交渉によって、シェル・オイル社はプラントの改善とフレアーの停止のため1億1,500万ドルを投資することに合意した。この合意の中には、学校との境界フェンスに沿ってベンゼン濃度をチェックできるモニタリング・システムの100万ドルを含んでいる。シェル・オイル社は260万ドルの罰金にも合意した。
 2015年1月には、民事訴訟で、シェル・オイル社は大気汚染違反の有罪で90万ドルの罰金の支払いに合意している。

補 足
■  「テキサス州」(Texas)は米国南部にあり、メキシコと国境を接している州で、人口は約2,510万人と全米第2位である。
 「ディアパーク」(Deer Park)は、テキサス州の東南に位置するハリス郡(Harris County)にあり、人口約32,000人の市である。ディアパークは、ヒューストン-シュガーランド-ベイタウンの都市圏にある。

■ シェル・オイル社ディアパーク製油所における球形タンクは構内に点在している。事故のあった球形タンクは北タンク地区にあり、放出ガスが可航水路を越えるという情報に基づきグーグルマップで調べたが、特定することはできなかった。標題の写真にある駐車場近くの球形タンクは南側に位置しており、該当タンクではないと思われる。
                ディアパークのシェル・オイル社ディアパーク製油所   (矢印は球形タンクの設置場所)
(写真はmetroforensics.blogspot.jpから引用)
■ 大気放出されたブタジエン量はテキサス環境質委員会が報じたとされる326,166ポンド(148トン)とした。この細かい数値は、シェル・オイル社が提出した「大気排出事象報告」の中に該当安全弁(RV955)による流体毎の放出量が添付された表からきている。 1,3-ブタジエンの場合、326,166ポンドとなっている。このほか、N-ブタン16,372ポンド、1-ブテン7,064ポンド、ビニルアセチレン844ポンドなどが放出され、合計で360,231ポンド(163トン)である。従って、ブタジエンの割合は全体の約90%となる。
 一方、「大気排出事象報告」は当初版と変更版があり、内容に差異がある。
              当初版       変更版
   放出始めの時間   午前10時40分   午前10時39分
   放出終わりの時間  午前11時50分   午前11時35分
   放出の時間        70分間      56分間
     事象発見時間     午前10時55分   午前10時39分
   放出総量      360,231ポンド   341,508ポンド
    うちブタジエン量  326,166ポンド         309,213ポンド   
 「大気排出事象報告」の変更版が正しいのか、都合の悪い箇所を直したかは分からない。報道の記事の多くは当初版に基づいており、また、当初版の方が実態に合っているように思う。当ブログでは、事象経緯を含め、放出量も当初版に基づいた。なお、密度を640kg/㎥とすれば、163トンは約250KLに相当する。

所 感
■ 最近、カリビアン石油事故など地上式貯蔵タンクの過充填事故を紹介してきたが、当事例は液化石油ガス球形タンクの過充填事故である。しかも放出総量は163トン(250KL)と少ない量でない。(カリビアン石油事故のガソリン過充填量:757KL、バンスフィールド事故ガソリン過充填量:250KL) ブタジエンを含む液化ガスのガス密度は1.8(空気1.0)程度であり、風が無い状況であれば、滞留して蒸気雲が形成してもおかしくなかった。おそらく、当日はガスが拡散するほどの風が吹いていたものと思われる。確かに表面上はひとつの「大気排出事象」であろうが、たまたま爆発事故に至らなかっただけである。

■ 「失敗は隠れたがる」と言われるが、今回の事例でも「大気排出事象報告」において失敗を小さくみせようという意図を感じる。なぜ安全弁が吹いていることに気が付かなかったかなど事実を正しく認識しないと、失敗をつぎに活かすことはできない。球形タンクの過充填という稀な事例だけに、直接原因および深層原因(間接原因)を明らかにして公表してほしいところである。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・Chron.com, Shell Oil Accidentally Spills Hundreds of Thousands of Pounds of Toxic Gas in Deer Park,  August 12, 2015  
    ・Permianshale.com,  Shell Discharged 163 tons Worth of Toxic Gas at Deer Park,  August 12, 2015
    ・Isssource.com,  Shell Oil Toxic Gas Release in TX,  August 13, 2015   
    ・Houstonpublicmedia.org, Tons of Chemicals Leak from Shell Oil Refinery in Deer Park,  August 13,  2015
    ・Mylandrestoriationproject,wordpress.com,  Shell Oil and Deer Park,  August 13, 2015
    ・Metroforensics.blogspot.jp, 326,166 Pounds of 1,3-Butadiene were Released into The Air from Shell’s Oil Refinery in Deer Park,Texas, August 14, 2015
    ・Tceq.texas.gov, Air Emission Event Reporting Database(Shell Oil Deer Park RN1000211879),  August, 2015



後 記: 事例を調べていて面白いのは、ひとつの事例から新しい知識や情報が広がっていくことです。 今回の場合、シェールガス革命の背景に水圧破砕法や天然ガス生産を進めるため、テキサス環境質委員会がブタジエンを含む45種の危険性のあるケミカル類の基準値を緩め、経済を優先させたという話です。
 この話から思い出したのが、映画「プロミスト・ランド(Promised Land) 」(2014年日本公開)です。米国のある貧しい農村にエネルギー会社のエリート社員(マット・デイモン)が出向き、多大な利益を生むシェールガスの採掘権を手に入れるようと働きかけを行う物語です。採掘権買収が進められますが、村には自然環境保護の立場から反対する人びともいます。最新のビジネスモデルを題材にし、人間の幸せとは何かを訴える社会派ドラマです。このブログでも、天然ガス採掘に関連するタンク事故を調べると、必ず水圧破砕法の環境問題や地震問題が付随して出てきます。思わぬところで映画との結びつきが現れ、面白いと感じながらまとめました。



2015年8月24日月曜日

最近の貯蔵タンク過充填事故からの教訓

 今回は、前々回に紹介したCSB(米国化学物質安全性委員会)のカリビアン石油事故の調査報告書案(2015年6月)の中から、7章で述べられているタンク過充填などに伴い蒸気雲爆発を起こすような大規模災害の事例から得られる教訓について紹介します。
< タンク過充填事故の発生傾向 >
■ 貯蔵タンクの事故に関して公表された情報のデータベースには、明確さを欠くものがあり、タンクの過充填事故の傾向を分析することは難しい。2005年に出された「貯蔵タンク事故の研究」は、1960~2003年の43年間に起った242件の貯蔵タンクの事故を分析したものであるが、この資料によると、事故の85%は爆発・火災であることがわかった。この資料では、米国において発生した105件の事故が対象にされた。さらに、タンクターミナルおよびポンプステーションにおける事故は、全体の25%(64件)で、製油所における事故(47.9%、116件)についで多いことがわかった。また、過充填事故は、運転ミスによる事故の中で最も頻度の多い事故であることがわかった。15件の過充填事故のうち、87%は爆発・火災に至っている。発生確率は少ないといわれているガソリン貯蔵タンクからの蒸気雲形成によって、 2005年以降、壊滅的な爆発・火災が3件起こっている。

■ タンク過充填防止システムにかかるコストは、バンスフィールド事故やカリビアン石油事故のような社会的・経済的に影響の大きい事故に費やされるコストに比べれば、ほんのわずかだといえよう。米国エネルギー省化石エネルギー評価局によれば、完全自動液位検知警報・停止システムのコストはタンク1基当たり12,000~18,000ドル(144~216万円)で、警報付き液位検知装置のコストは4,000~5,000ドル(48~60万円)だという。

< 過去の事故からの教訓 >
■ タンク過充填事故は、米国だけでなく、いろいろな国で起こっている。CSB(米国化学物質安全性委員会)の調査では、石油タンクターミナルにおいて過充填に伴う蒸気雲爆発事故は17件あり、うち12件は米国で起こっている。可燃性液体を保管した地上式貯蔵タンクにおける主な事例を表「過去50年間における主なタンク事故」に示す。この中で、3件の事故について取り上げ、貯蔵に伴う壊滅的な事故への潜在的な危険性について述べる。米国の法規制や工業会の基準は、このような壊滅的な事故から得られる教訓を適切に反映しているとは言えず、可燃性物質を保管しているタンターターミナルについて、どこが危険性の高い施設かという区分けがされていない。
過去50年間における主なタンク事故





< バンスフィールド事故> (英国、ハートフォードシャー)
■ 最近の事故で最もよく知られている事故のひとつが、2005年12月11日、英国ハートフォードシャーのバンスフィールド石油貯蔵基地で起った爆発・火災事故である。この事故は英国において技術上および法規制上、多くの知見が提示された。カリビアン石油事故と同様、タンクへガソリンを過充填させた後、蒸気雲爆発が起こり、それに続いてタンク群が火災となった。過充填したタンクには、オペレーターが充填状況を監視できる液面計器が付いていたし、タンクが過充填になれば、自動で受入れを停止する独立した高液位スイッチが付いていた。しかし、事故時、両方とも機能を喪失していた。爆発によって大きな爆発圧が形成し、防油堤が壊されたこともあり、火災が広がって22基のタンクが被災する結果となった。死者は出なかったが、43名が負傷し、近隣の商業施設や住宅に被害が発生した。損害額は合計で15億ドル(1,800億円)にのぼった。火災は4日間燃え続けた。

■ バンスフィールド事故後、英国安全衛生庁(UK. Health and Safety Executive: HSE)は重大事故調査会議(Major Incident Investigation Board: MIIB)を設置し、事故に関して工業会および法規制上の推奨事項を提起した。重大事故調査会議(MIIB)が出した推奨事項によって、バンスフィールド貯蔵基地と同規模の石油貯蔵施設に適用されていた英国の法令遵守基準と工業会標準が全面的に見直された。米国の視点と異なり、英国では、石油貯蔵施設は危険性の高いハイ・ハザード施設として考えており、米国労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration :  OSHA)のプロセス安全管理(Process Safety Management: PSM)スタンダードに類似した法規制に従うようにしている。英国の視点では、所管官庁(Competent Authority: CA)または大規模災害管理(The Control of Major Accident Hazards: COMAH)にも従わさせるようにしている。従って、対象の施設は、重大事故防止方針および安全管理システムを明示しなければならない。

■ 重大事故調査会議(MIIB)の報告書では、バンスフィールドのような重大事故に伴うリスクを管理するためには、危険性の高いハイ・ハザード施設における安全の健全性レベルを高める必要があると強調している。すなわち、構外の公共への影響を軽減させるような危険性物質の封じ込めとプロセス安全管理、異常時対応への準備、社会的リスクを少なくする土地使用計画、危険性の高いハイ・ハザード施設への強制的な法規制の必要性である。 

■ 重大事故調査会議(MIIB)の推奨事項の多くは、カリビアン石油事故にも当てはまっている。重大事故調査会議(MIIB)の推奨で該当する事項の主なものは、防油堤における大量流出の防止、リスク・アスセメントの実施、メンテナンス部門のリーダーシップ、安全文化の醸成、石油貯蔵施設における信頼性の高い組織作りなどである。バンスフィールドとカリビアン石油の両事故について比較すると、表のとおりである。バンスフィールド事故を契機に、API(米国石油協会)は、リスク・アセスメントに基づき「タンク過充填防止の規格」(API Std 2350)を改訂することになった。


< テキサコ・オイル事故 > (米国ニュージャージー州、ニューワーク)
■ 1983年1月7日、米国ニュージャージー州ニューワークのテキサコ・オイル社のタンクターミナルで類似の事故が起こっている。容量176万ガロン(6,650KL)のガソリンタンクがオーバーフローして、ガソリンの蒸気雲爆発が起こり、死者1名、24名の負傷者が出た。貯蔵タンクに油受入れ作業中、ガソリン液位の上昇に気がつかず、オーバーフローさせ、爆発・火災に至ってしまった。米国防火協会(National Fire Protection Association; NFPA)の事故調査報告書によると、事故原因は、タンクの空きスペースと移送流量の計算ミスが根本的な要因だった。設備の被害は、爆発したタンクから1,500フィート(450m)離れた場所でも観察された。オーバーフローを起こしたタンクは手動式のレベル調節方式だった。また、施設には、爆発に至るまでの液位に関する記録をとるようになっていなかった。タンクレベルについて最後に“チェック”されたのは、充填作業の実施以前の約24時間前だった。
■ 事故を受けて、ニューワーク消防署は、米国防火協会(NFPA)に対して「可燃性・燃焼性液体規則」の中で過充填防止に関する指導を強化するよう提案した。

< インディアン石油事故 > (インド、ジャイプール)
■ 2009年10月29日、インドのジャイプールから南へ約16マイル(25km)のところにあるインディアン石油の石油・潤滑油ターミナルで同様の事故が起きている。カリビアン石油事故の起こる1週間前の10月29日、4名のオペレーターがタンクへのガソリン移送作業を行っていたとき、移送配管から大量漏洩が起った。2名のオペレーターは噴き出すガソリンの蒸気に圧倒されて止めることができず、噴出の勢いは75分間続いた。防油堤ドレンバルブが開いており、雨水排水系を通じて油が移動して滞留し、大きな蒸気雲が形成した。蒸気雲は非防爆電気機器あるいは車両のスターターによって引火した。この結果、爆発してファイヤーボールが発生し、影響は施設エリア全体に広がった。火災によって11基が被災し、11日間燃え続けた。事故によって11名が死亡し、うち6名がインディアン石油の従業員で、5名が近隣の事業所の人だった。事故を受けて出された39件の推奨事項の中で、ひとつは独立したHAZOP(Hazard Operability Study: 危険源分析)またはリスク・アセスメントに関する事項で、もうひとつは自動運転と計装・警報の改善に関する事項だった。

補 足
■ プエルトリコで起きた「カリビアン石油の爆発・火災事故」は当ブログで紹介した。
■ バンスフィールド事故は、当時、国内でも報じられており、概要はつぎの資料を参照。
■ バンスフィールド事故、カリビアン石油事故、インディアン石油事故は世界的に注目された事故であり、BAM (ドイツ連邦材料試験研究所)は蒸気雲爆発の視点から比較している。この資料も当ブログで紹介している。

所 感
■ 2005年バンスフィールド事故、2009年カリビアン石油事故、2009年インディアン石油事故と、ガソリンタンクの過充填による蒸気雲爆発という大規模事故が続いて驚いたが、今回の報告書によると、それ以前にも世界的にみると、蒸気雲爆発事故の発生は少なくなかったことがわかる。

■ バンスフィールド事故の項で、「米国の視点と異なり、英国では、石油貯蔵施設は危険性の高いハイ・ハザード施設として考えており、米国労働安全衛生局(OSHA)のプロセス安全管理スタンダードに類似した法規制に従うようにしている。英国の視点では、所管官庁または大規模災害管理にも従わさせるようにしている。従って、対象の施設は、重大事故防止方針および安全管理システムを明示しなければならない」という見解は、米国と英国の規制に関する思想の違いを明らかにしている。米国は「個人の尊重」を背景に工業会基準(例えば、米国石油協会:API)を制定しても、実行は個人の自由である。事故を起こせば、最も損害を受けるのは、個人自身だからである。しかし、公共へ影響が出るような大規模災害を避けるには、この考え方を変えなければならないと見始めている。

■ そして、教訓の中で、事故要因が液面計器の設備的な問題や誤判断というヒューマンファクター(人的要因)にとどまらず、
 ● 不十分なマネジメント・システム
 ● 生産優先のプレッシャー
 ● 安全管理システムの失敗
という事業所経営の根本を問題視している。
 さらに、「米国の法規制や工業会基準は、このような壊滅的な事故から得られる教訓を適切に反映しているとは言えず、可燃性物質を保管しているタンターターミナルについて、どこが危険性の高い施設かという区分けがされていない」とし、個々のタンクターミナルにおける安全の健全性を確認していく必要性を指摘している。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board,  Public Preview Copy,  Caribbean Petroleum Tank  Terminal Explosion and multiple Tank Fires, (Final Investigation Report),  June 11,  2015
 「7.0 Tank Locations, Prevalence of Incidents and Lessons Learns from Previous Catastrophic Incident」


後 記: 今回の報告書はいろいろ興味をひかれるところがありました。米国と英国の考え方の差もそのひとつです。しかし、「危険性の高いハイ・ハザード施設」として指定され、蒸気雲爆発が起これば、どのような影響が出るかをリスク・アセスメントで評価するなどということは、日本では感情的に忌避反応があるだろうなと思いながらまとめました。
 ところで、昨年、帝人徳山事業所が2017年度までに閉鎖されると発表されましたが、先日、工場横の道を走っていたら、工場内に大型クレーンが据え付けられていました。早くも撤去工事が始まったようです。旧出光製油所佐保充填所跡の解体工事は完全に終わり、スーパーゆめタウン建設工事の標示板に変わりました。去るものあれば、来るものありの感です。


2015年8月16日日曜日

米国オハイオ州の地下貯蔵タンクが落雷で爆発、地表にクレーター

 今回は、2015年8月3日、米国オハイオ州フェアフィールドのディキシー・ハイウェイ沿いにあるガソリンスタンドの地下貯蔵タンクに落雷があり、爆発した事故を紹介します。
(写真はAol.comから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災施設は、オハイオ州フェアフィールドのディキシー・ハイウェイ4871にあるガソリンスタンドである。 

■ ガソリンスタンドには、容量10,000ガロン(38KL)の地下貯蔵タンクが3基設置されていた。3基のうち、1基がディーゼル燃料用で、2基がガソリン用だった。
                             フェアフィールドのガソリンスタンド付近   写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2015年8月3日(月)午後6時前、オハイオ州ディキシー・ハイウェイ沿いにあるガソリンスタンドの地下貯蔵タンクに落雷があり、内部ガスに引火して爆発が起った。ガソリンスタンドに設置されていた3基の地下貯蔵タンクのうちの1基が爆発したものとみられる。

■ 爆発後に地上には、直径40フィート(12m)、深さ8フィート(2.4m)のクレーターが残った。落雷があったとき、ガソリンスタンドには、二人の客がいたが、幸いなことにガソリンを給油していなかった。 

■ 近くの住民によると、雷の稲妻が光ったあと、木よりも高いファイヤーボールが上がったのが見えたという。発災場所から約半マイル(800m)離れた家のベランダから目撃したロジャー・タッカーさんは、「ものすごい音だったよ。ベランダの椅子に座っていたんだが、震動でひっくり返りそうになったよ。目をあげると、すぐにふあっとした黒い煙があがり、随分近くに感じたね」と話している。
 フェアフィールド消防署のドナルド・バネット署長は、「私は消防に45年携わっているけれども、今回のような事象は見たことがない。第一、地下貯蔵タンクは火災の可能性が低いことから設置されているのだから」と語った。

被 害
■ 事故に伴う負傷者は無かった。 
■ ディーゼル燃料用の容量10,000ガロン(38KL)の地下貯蔵タンクが損壊した。

< 事故の原因 >
■ ディーゼル燃料用地下貯蔵タンクのベント部に落雷があり、可燃性ガスに引火して爆発を起こしたものとみられる。
 しかし、消防当局の中には、通常、ディーゼル燃料はファイヤーボールを伴う爆発を起こしにくいことから疑問点もあるという。原因は調査中である。

< 対 応 >
■ 8月3日午後5時50分、フェアフィールド消防署が出動し、対応に当たった。消防隊は、距離を保持しつつ、炎に泡を放射した。消防隊は、雨、ひょう、雷に悩まされながらの消火活動だった。ハミルトン消防署が応援で現地に駆けつけた。

■ 消防隊は、容量10,000ガロン(38KL)の地下貯蔵タンクがほかに2基あることを懸念して、半径2,000フィート(610m)以内の住民に避難指示を出した。フェアフィールド消防署のバネット署長は、「心配しすぎだと思うでしょう。しかし、これまで学んだことからいえば、もし30,000ガロン(113KL)のディーゼル燃料とガソリンが爆発すれば、何が起こるかということです。相当大きなファイヤーボールが生じるでしょう」と語った。

■ 約1時間半後に、避難指示が解除され、住民は自宅へ戻った。

■ 現場では、 8月3日(月)の夜になっても、ディーゼル燃料の油臭がわずかに残っていた。警察は夜通し警戒に当たった。
 8月4日(火)の朝、タンクの製作に使用されたと思われるファイバーグラスの焼けた臭気がわずかにしていたとフェアフィールド消防署の署長は語った。

■ 消防署によると、8月4日(火)に、隣接して埋設されている2基の地下貯蔵タンクを掘り起こし、問題の有無を確認するという。オハイオ州環境保護庁、州消防保安官、地下水協会、市の用役部が現場に立入りするという。
(写真はTwitter.inから引用)
(写真はWcpo.com から引用)
(写真はDailymail.co.ukから引用)
(写真はDailymail.co.ukから引用)
(写真はWlwt.com から引用)
(写真はDailymail.co.ukから引用)
(写真はWcpo.com から引用)
補 足
■ 「オハイオ州」(Ohio)は、アメリカ合衆国中西部の北東にある州で、人口は約1,150万人である。
 「フェアフィールド」(Fairfield)は、オハイオ州の中央部に位置する郡で、人口約146,000人の郡である。。
 フェアフィールドのディキシー・ハイウェイ4871にあるガソリンスタンドの事故前の写真はつぎのとおりである。
発災場所のガソリンスタンド施設 (矢印が地下貯蔵タンク設置場所)
(写真はグーグルマップから引用)
発災場所のガソリンスタンド施設 (矢印が地下貯蔵タンク設置場所)
(写真はグーグルマップ・ストリートビューから引用)
■ 米国におけるガソリンスタンドの地下貯蔵タンクの構造例は図を参照。発災タンクの容量が10,000ガロン(37KL)であるので、標準的なサイズは直径2.5m×長さ8.0mである。地下貯蔵タンクについては米国でも、漏洩事故から地下水の環境汚染の問題があり、米国環境保護庁(EPA)が厳しい規制を行っている。
 タンクの材質は、一般に、①鋼製またはアルミニウム製タンク、②鋼製またはアルミニウム製タンク+外面防食措置、③メタルライナー(鋼またはアルミニウム)+ファイバーグラスまたはカーボンファイバーのライニング、④FRP(繊維強化プラスチック)製タンクに分けられる。米国でも、二重殻のFRP製タンクが市販されている。発災タンクは、事故後の陥没およびファイバーグラスの燃えた臭いからすると、 FRP製タンクだと思われる。
 なお、当ブログで地下貯蔵タンクの事故について紹介したのは、つぎのとおりである。
ガソリンスタンド用地下貯蔵タンクの構造例
(写真はEPAウエブサイトから引用)
所 感
■ 落雷によるタンク火災事故がめずらしくないという米国でも、過去に例のないガソリンスタンド用地下貯蔵タンクの落雷による爆発事故である。しかも、爆発が起こりにくいといわれるディーゼル燃料による事故である。これまで考えられないような事の起こるのが、現実であることを物語る事例である。

■ 落雷によるエネルギーが極めて大きかったのか、ディーゼル燃料内に軽質分が混入していたのか、地下貯蔵タンクの構造に不具合があったのかなど疑問はいろいろある。このような特異な事例は、原因が広く公表されることを期待したい。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・WLWT.com, Giant Crater Left behind after Lightning Strikes Underground Fuel Tank,  August 03, 2015  
    ・Aol.com,  Lightning Strikes 10,000 Gallon Underground Fuel Tank, Creates Giant Crater,  August 04, 2015
    ・Washingtonpost.com,  Lightning Blamed for Fuel Tank Explosion at Ohio Gas Station,  August 04, 2015   
    ・Wcpo.com, Cleanup begins after lightning sparks explosion at Dixie Highway Gas Depot in Fairfield,  August 04,  2015
    ・Journal-news.com,  Clean-up of Fuel-tank Explosion to Involve Multiple Agencies,  August 04, 2015
    ・Apusa.us, Lightning Hits Tank: Lightning Strikes Fuel Tank,  August 05, 2015
    ・Dailymail.co.uk, Lightning Strikes an Underground Fuel Tank in Ohio Sparking Huge Fireball and Leaving a 40-Foot Crater,  August 05, 2015



後 記: ガソリンスタンドなどの地下貯蔵タンクに関する事故は、特別なものだけを紹介するようにしています。それにしても特異な事故です。爆発後にクレーターが生じたということもあり、ローカルな事故ではありますが、米国内で広く報じられているようです。
 ところで、この事故をまとめているとき、中国天津で大きな爆発事故があり、日本でもトップニュースで報じられ、その後も続報が伝えられています。当初、危険性物質の爆発ということで、油貯蔵タンクの事故かと思いましたが、爆発が花火のような破裂の仕方をしていましたので、石油ではないだろうと感じました。中国の事故は情報が乏しく、映像(画像)は多く流れてきますが、今回の事故もそのようです。最近、中国では、最初の爆発事故から油貯蔵タンクが巻き込まれて火災になった例もありますので、少し注目しておこうかと思っています。 


2015年8月10日月曜日

カリビアン石油タンクターミナルの爆発・火災(2009年)の原因

 今回は、2009年10月23日、米国自治領プエルトリコで起ったカリビアン石油タンクターミナルのタンク爆発・火災事故の原因調査結果を紹介します。原因調査はCSB(米国化学物質安全性委員会)で行われていたもので、2015年6月に調査報告書の最終案が公表されたものです。
(写真はCSBの資料から引用)
< 施設の概要 >
施設の歴史と状況
■ プエルトリコのバヤモンにあるカリビアン石油(Caribbean Petroleum Corp.)の製油所は1955年に操業を開始した。最初の30年ほどは所有者が何回か変わり、その中には1962年のガルフ・オイル社、1984年のシェブロン社が含まれる。ファースト・オイル社が取得したのは1987年で、48,000バレル/日の精製能力で操業され、2000年に運転が停止された。2001年に経営破綻し、会社としては、プエルトリコ国内に170箇所のガソリンスタンドを保有するガルフのターミナルとして存続することとなった。2003年に石油貯蔵ターミナルと出荷設備の機能を持つ組織に変更された。事故当時、カリビアン石油の従業員数は65名だった。 

■ カリビアン石油のサイトは179エーカー(72万㎡)の敷地面積があり、4つの地区に分かれている。タンク地区、旧製油地区、管理地区、廃水処理施設地区の4箇所である。このほか、サイトから北東に2.5マイル(4km)離れたグアイナボのサンファン湾に専用桟橋を保有していた。(図を参照) 

■ カリビアン石油は、ガソリン、燃料油、ジェット燃料、ディーゼル燃料の貯蔵・出荷施設として操業されていた。サイトの石油貯蔵能力は90百万ガロン(34万KL)だった。貯蔵タンク基数は47基だった。
石油ターミナルの配置
石油ターミナルと桟橋の配置 (石油の荷揚げ桟橋とパイプライン)
施設の運転 
■ 通常時の運転では、サンファン港の桟橋にオイルタンカーが着船し、パイプラインを通じて石油ターミナルの地上式貯蔵タンクへ石油製品がポンプ移送される。石油ターミナル内では、油のタンク間移送のほか、タンクローリー場、プエルトリコ発電所、空港への油移送が行われる。

■ タンクターミナルにおける運転は24時間を1直8時間の3交代制で行われる。1直は4名体制で、直長1名、タンク地区担当2名、廃水処理施設担当1名である。勤務時間は午前6時~午後2時、午後2時~午後10時、午後10時~午前6時である。

■ タンク液位は、毎朝、タンク地区担当によって記録される。施設の操業管理部署からの指示書に従い、タンク地区は、油の移送、ガソリンへのメタノール混合、発電所や空港への油移送、サンファン港の桟橋からの油受入れ作業を行なう。

大雨時の雨水と油移送の管理
■ タンクターミナルにおける通常の運転時に、オペレーターは、防油堤エリアに大雨時の雨水や油が溜まっていないか点検する。運転スタッフは防油堤バルブを管理し、大雨時の雨水は雨水排水管を通じて廃水処理施設のクリーン・ウォーター・ポンド(清水用貯水池)へ流す。朝勤務のオペレーターは、大雨後、防油堤バルブを閉止し、午後の廃水処理施設担当のオペレーター(午後2時~午後10時)はバルブが閉まっていることを確認する。オペレーターは、防油堤バルブの開閉状態をバルブ点検表に記録することになっている。防油堤エリアに油が存在した場合、オペレーターはバキューム車を手配し、油を除去する。

船からの油受入れとタンク充填作業
■ カリビアン石油の計画・経営部(以下、計画部)は、タンク基地の操業と油移送の運転管理を司る。計画部のスタッフは、油のデリバリー計画、燃料の出荷計画、タンク充填に関するオペレーターへの指示、油量管理、油受入れ時の充填スケジュールの決定などの業務を調整する。

■ ほかのタンクターミナルと同様、カリビアン石油の計画部はタンク基地内の一つの組織として業務を行っている。夜勤直の運転スタッフからタンク液位データの報告を受けた後、ガソリン、ジェット燃料あるいは燃料油の備蓄に関心をもっている石油ベンダーに対して、計画部はタンク・スペースを賃貸する。製品デリバリーの前に、計画部・オイルタンカー会社・燃料配送会社の三者は、ターミナルにおけるタンク充填作業が完了する時間の長さにもとづいて、料金体系について交渉する。もしオペレーターがタンク充填を割り当てられた時間より短い時間で完了させた場合、オイルタンカー会社は使用しなかった時間についてカリビアン石油へ料金の払い戻しを行なう。もし充填時間が長くかかった場合、オイルタンカー会社は追加時間分についてカリビアン石油へ交渉レートで請求することができる。

■ 計画部から出されるデイリー・オペレーション・リポート(運転日報)には、受入れ製品のタンク液位およびタンク充填時間を含め、充填指示事項が記載されている。計画部は、パイプラインの容量とオイルタンカーからの吐出量にもとづいて計算する。カリビアン石油の職員が充填時間についておかしい点に気付けば、計画部へ報告しなければならない。

コミュニケーション
■ 運転マニュアルを実行する上で、荷揚げ作業を円滑に行なうためには、コミュニケーションが重要となる。荷揚げ作業時、オペレーターは無線機を使用して廃水処理施設担当や直長とコミュニケーションをとり、対象バルブの開閉状況を確認し合い、タンク間の切替えを効率的に行なう。カリビアン石油ターミナルにおけるタンクの大きさはいろいろなサイズがある。その中で、タンク107だけがオイルタンカーからガソリンを全量受入れのできる大型タンクだった。そのほかには、貯蔵限界のためガソリンを保持できるようなタンクはほとんどなかった。このため、一隻のオイルタンカーからの荷揚げに対して複数のタンクへの切替え作業を行なうことが通常になっており、タンク地区担当のオペレーターは直長やオペレーター間で常に連絡を取り合っていく必要があった。

< タンク設備の概要 >
液位測定
■ カリビアン石油と貨物船供給元は複数回のチェックを行い、ガソリンが正しく荷揚げれ、貯蔵されていることを確認する。タンク充填作業時には、受入れタンクの液位測定を数回にわたって行なう。最初に、タンク基地のオペレーターはタンク側板のレベル・ゲージを見て1時間毎の読み値を記録し、計器室にあるコンピューター・ディスプレーに出るデータと照合する。それから、タンク基地オペレーターと独立監査官は、受入れに関する正しいタンク・バルブ群の開閉禁止措置であるカー・シール(Car Seal)処置を施す。最終的に、独立監査官が充填作業前後のタンク液位を目で確認し、供給元とカリビアン石油が共有するゲージ・チケットに記録する。このタンク液位計測に関する二重確認は、所有変更の伴う製品移送時には、すべて必要とされる。

現場のタンク・ゲージおよび自動タンク・ゲージ
■ 油受入れ前および充填作業完了時に、独立監査官は現場でタンク内へゲージ用テープを下ろして油のタンク液位を計測する。(図を参照)  カリビアン石油のオペレーターは、タンク液位から当該タンクのタンクテーブル(タンク容積表)をみてタンク容量を確認する。独立監査官とオペレーターは、受入れタンクの閉止バルブにカー・シール処置を行い、タンクからの流出や流入を防止する。そして、その時の液位値をタンク・ゲージ・チケットと呼ばれる様式に記録する。このトラッキング法という追跡方式によって、指定タンクに移送された購入製品の正確な容量を保証することになる。
A)現場のタンク・ゲージでは、タンク内の液位を計測するためには、オペレーターがテープを使用する必要がある。 (B)自動タンク・ゲージ(ATG)では、オペレーターがタンク側板に設置されているタンク・ゲージの液位値を読む必要がある。             
                  現場タンク・ゲージおよび自動タンク・ゲージ
■ 独立監査官の現場での計測に加え、オペレーターは、タンク側板に設置されているフロート・テープ式ゲージを使用して、移送前のタンク液位、移送中のタンク液位、製品移送完了時のタンク液位について自動的に計測された表示値を確認することができる。

サイドゲージ
(タンク側板に設置され、タンク内液量を表示)
■ 標準的なフロート・テープ式ゲージは、深さ指示ダイアル、モーター、長尺メタルテープ、フロートと呼ばれる密封された空洞の円筒で構成されており、フロートはタンクの液面に浮いている。長尺メタルテープの一端はフロートにつながっており、反対側の端はモーターに接続され、テープに緩みがないよう一定の張力でコイルに巻き取っている。タンク内の液位が下がれば、フロートの重さでテープを引っ張り、モーターによってテープがタンク内の液位まで伸びるように働く。タンク内の液位が上昇すれば、モーターはテープの緩みを感知し、必要な張力を保持するようテープをコイルに巻き取る。テープの巻き取り状態によって、機械式ダイヤルが回転し、タンク内の液深さを示すようになっており、サイド・ゲージに値を表示する。(図を参照)

コンピューターによるタンク液位の監視
■ 2001年、カリビアン石油では、フロート・テープ式ゲージの液深さのデータを伝送するシステムをコンピューターに導入し、オペレーターのデスク、直長のデスク、計画部において見ることができるようにした。これによって、液深さ、タンクテーブルにもとづくタンク容量、タンクへの出入り流量、流量と時間グラフ、充填までの計算が即時に見ることができた。

■ コンピューターのデータを見ることができない頃は、直長やタンク基地オペレーターは、充填開始時間、タンクテーブル、タンク充填時間の計算について計画部から情報をもらっていた。

< 事故の状況 >
事故の発生
■ 2009年10月21日(水)、11.5百万ガロン(43,500KL)超の無鉛ガソリンを積んだオイルタンカー「ケイプ・ブルーニー号」が、荷揚げのため、サンファン港のカリビアン石油の専用桟橋に着桟した。同船は毎週のように来港していた。カリビアン石油は、オイルタンカーからタンクターミナルのタンク群へ荷揚げ作業を行なうため、従業員4名と契約社員3名を現場に配置した。

■ 21百万ガロン(79,400KL)の貯蔵能力をもつタンク107だけが、オイルタンカー全量受入れの可能な大型タンクだったが、当時、すでに油を受入れて貯蔵中だった。このため、カリビアン石油は、4基の小型タンク(タンク405、504、409、411)と調整用としてタンク107に分散してガソリンを受け入れる計画とした。充填時間は24時間を超えるものと予想した。カリビアン石油のオペレーター1名が桟橋で移送作業を監督し、別なオペレーターがタンクターミナルにおいてガソリンの入荷状況を監視した。

■ 10月22日正午までに、タンク405とタンク504は満杯になった。オペレーターは、タンク409のバルブを全開にし、タンク411のバルブを微開とした。これは、流量7,000ガロン/分(26KL/分)以上でタンク409へ入れ、タンク411へは少流量で入るように図ったものである。

■ 午後6時30分頃にオペレーターが手計算で行なった予想時間では、タンク409が満杯になるのは直交代前の午後9時頃になるというものであった。カリビアン石油のオペレーターはコンピューターで出される情報を当てにしないことがよくあった。というのも、トランスミッターがたびたび故障していたからである。従って、通常運転時には、オペレーターは手作業で1時間ごとに記録をつけていた。事故当日の夜、タンク409のトランスミッターは液位計測データをコンピューターに伝送していなかった。

■ このため、タンク409のサイドゲージのデータはコンピューターに表示されていなかった。そして、直交代時に重なることを避けるため、オペレーターはタンク411のバルブを全開にし、タンク409のバルブをほとんど閉とした。

■ 午後10時、タンク411が最大容量に達したので、オペレーターはタンク409のバルブを全開にした。オペレーターのひとりがタンク409のサイドゲージの液位を読み、直長へ報告した。直長は計算して、タンクが満杯になる時間は午前1時になるだろうとみた。

■ 午後11時、巡回していたタンク基地担当オペレーターは、定時点検として、タンク409のサイドゲージをチェックし、液位を直長へ報告した。直長は、再計算した結果、タンクが満杯になるのは午前1時だとした。しかし、実際には、午後11時から午前12時の間に、内部浮き屋根式タンク409からガソリンがあふれ始めていた。タンク側板に設置されたベントから放出されたガソリンは、霧状で噴き出して蒸気雲を形成していくとともに、 防油堤内に溜まっていった。

■ 真夜中、タンク基地担当オペレーターは、タンク409の定時点検を行なうために、巡回を始めた。しかし、タンクの現場に着くまでに、オペレーターは蒸気雲とガソリンの強い臭気があるのを認めた。オペレーターは、桟橋にいるオペレーターにタンクへのガソリン移送を止めるよう連絡をとるとともに、廃水処理施設担当オペレーターに通報し、直長にターミナルの西端に来るよう連絡した。照度不足にもかかわらず、直長とオペレーターには、地面から高さ約3フィート(90cm)の白い霧が確認できた。しかし、照明不足とタンク基地の地形の関係から、タンク409のベントからあふれ出るガソリンの音や状況を確認することはできなかった。彼らが霧の漂う場所へ着いたとき、79°F(26℃)の気温にもかかわらず、手が霧の中で冷たくなるのに気がついた。危険を感じ、直長はオペレーターのひとりを警備ゲートへ走らせた。一方、直長ともうひとりのオペレーターは施設内を車で走り、蒸気雲を形成させている漏洩源を見つけ出そうとした。

■ 2009年10月23日午前12時23分、廃水処理施設エリアで蒸気雲に引火したのを、カリビアン石油に隣接した施設の防犯カメラが記録していた。引火して約7秒後に蒸気雲が爆発し、圧力波が形成され、サイトから1.25マイル(2km)の範囲にある数百戸の住宅や事務所に損害を与えた。蒸気雲を通じて伝播していった炎によって、つぎつぎとタンクに引火して爆発を起こした。記録された爆発の過圧力はリヒター・スケール2.9に達していた。

■ 爆発・火災に伴い、緊急対応部隊が火災の制圧に努め、ほかのタンクへの延焼を食い止めようとしたが、被災したタンクの燃料油によって2日間以上燃え続けた。大火災となったため、プエルトリコだけでなく米国本土から緊急対応の人員や資機材の投入が必要となった。地元の消防署は消火専門会社の応援を得て、爆発後に広がった火災を消火するために66時間を費やした。この間、タンクターミナルにあった47基のタンクのうち、17基が燃えてしまった。(写真を参照)
20091023日、カリビアン石油タンクターミナルのタンク火災
事故前と事故後のタンク被災状況
タンクからのオーバーフロー(溢流) 
■ カリビアン石油とオイルタンカー「ケープ・ブルーニー号」からの情報に基づいてCSB(米国化学物質安全性委員会)が調査した結果、蒸気雲に引火するまでにタンク409からオーバーフローした時間は26分間であった。(表を参照)
荷揚げ時のタンク409へのガソリン過充填の推測量
本推測値はカリビアン石油のタンクテーブルおよび
タンク・ゲージ・チケットにもとづいて計算したものである)
■ CSBの調査では、約200,000ガロン(734KL)のガソリンがオーバーフローしたと判断した。これは大型タンクローリーの20台分に相当し、このガソリン量がタンク側板にあった6つのベントから噴き出した。
 当日の夜は気温79°F26℃)で、風速5mph2.2m/s)の軽風が吹いており、放出したガソリンは地を這うような蒸気雲となって、107エーカー(433,000㎡)に相当するエリアを覆っていった。

■ CSBの調査では、タンクのオーバーフローに至った要因として、いくつかの可能性のある事項が分かった。ひとつは、タンク浮き屋根の機能不良によって、オイルタンカーからのガソリン流量が増えた可能性である。ほかには、サイドゲージの機能不良に加えて、カリビアン石油の安全管理において多くのシステム機能不良が内在していた可能性である。

蒸気雲の形成と移動
■ タンク409とタンク410は、同じ防油堤内に設置されていた。英国バンスフィールド事故と同様、オーバーフロー時には、タンクベントからガソリンが噴き出したあと、タンク409のウィンド・ガーダーにぶつかり、エアロゾル化(煙霧化)し、蒸気雲を形成していった。CSBによる地形調査によって、タンク409とタンク411はタンク基地エリアの中で最も高い位置にあったことが分かった。このため、蒸気雲は低い廃水処理施設のエリアへ広がっていった。(図参照)
地形調査の結果、ガソリン蒸気雲は最も高い位置(タンク409:赤、タンク411:青)から低いエリアのWWT(廃水処理施設)、南東方向、北方向(湿地帯)へ移動していった。
タンク基地内の地形
防油堤のドレンバルブ 
■ 防油堤バルブの点検記録では、タンク409の堤のバルブは閉となっていたが、CSBによる事故後の調査結果、バルブは開だったと判断した。防油堤ドレンバルブが開だったことによって、ガソリンは廃水処理施設の方向へ流れた。廃水処理施設は非常に広い池のエリアとなっており、ガソリンが溜まって蒸発する第二の場所になった。

引 火
■ 成長していった蒸気雲の流れは、東から西への廃水処理施設の方向、北の湿地帯とハイウェイの方向、南のカリビアン石油東-西構内道路の方向、東のフォート・ブキャナンの方向へ広がっていった。(図を参照) 構内の監視カメラには、爆発の数秒前に、廃水処理施設エリアで引火と最初のフラッシュ・ファイヤが起こったのをとらえていた。防油堤のバルブが開いていたことによって、ガソリン溜まりが廃水処理施設エリアに拡大してしまった。廃水処理施設エリアは危険地区の区分にはなっていない。CSBの調査では、引火源を特定できなかった。しかし、蒸気雲が流れていったこのエリアには、潜在的な引火源が複数存在していた。
監視カメラによる炎伝播の場面
20091023日爆発時における炎伝播の状況をとらえたカリビアン石油の監視カメラの場面)
< 時系列 >
1021
● 午後08時47分  ポンプ移送開始。ポンプ移送確認のためタンク405へ受入れ。
●  午後09時43分  確認移送完了。タンク504への受入れのライン確立。

1022
●  午前12時20分  タンク504へのライン置換開始。 
● 午前01時18分  タンク504へのライン置換完了。
● 午前01時40分  タンク504、409、411への製品移送開始。
● 午前04時00分  タンク液位の読み
               タンク504 @14‘6.5“(24時間前 5’) 増加
               タンク409 @8‘4“(24時間前 3’2.8”) 増加
               タンク411 @4‘7“(24時間前 8’8.8”) 減少
● ~午前11時00分 タンク基地オペレーターが昼食前にタンク504の液位を確認し、タンクの充填時間
              は午後1時頃と計算。(液位値は不明)
● 午前11時20分  タンク411の液位の読み  @2‘5.7“ 減少 (契約社員測定)
● ~午後12時15分 タンク504のディスプレーの表示値が昼食前に確認したものと同じだったため、
              オペレーターは再確認しに戻った。レベルはタンク内の固定尺にて確認。
              オペレーターはタンク504の屋根に上がり、液位を目で見た結果、満杯レベルより
              下であることを確認した。-42.75‘
● ~午後12時15分 オペレーターと直長はタンク504を早めに閉止することとした。
              タンク409は全開とし、タンク411は微開とした。
● 午後01時00分  タンク409は全開、タンク411は微開。
              午後2時に直交代。
              (1直8時間、午後2時~午後10時、午後10時~午前6時、午前6時~午後2時)
● 午後01時25分  タンク504の測定(契約社員とカリビアン石油社員) 液位42‘2-3/4“
● 午後6時~6時30分 タンク基地オペレーターはタンク409の充填終了時間を直交代時(午後9時~
              10時)と予想計算した。タンク409はコンピューター画面に表示されていない。
              直交代時と重なることを避けるため、オペレーターはタンク411を全開、
              タンク409を微開とした。
                タンク409 @~44‘
                タンク411 @~20‘-27’
●  午後9時~9時30分 直交代。
              廃水処理施設で交代、タンク基地オペレーターが到着。
              タンク基地オペレーターが交代し、桟橋へ(ダブルシフトで作業)
● 午後10時10分  タンク基地オペレーターがタンク411が充填終了と判断。ほかのオペレーターの
              応援を得て、タンク411を閉止、タンク409を全開。
              オペレーターはタンク411へ全流量が流れていることを見て、アシスタントに
                            タンク409をすぐに閉めるか尋ねた。それから、切替えを実施した。
              タンクオペレーターはタンク409の充填終了を午前1時と推定した。
● 午後11時20分  タンク411について外部監察官とカリビアン石油の職員によって測定。液位46‘7-3/4“
              特に異常は観察されていない。
● 午後11時25分~12時00分 タンク409オーバーフローし始める。
              オーバーフローした推定時間は約26分間(CSBの調査結果)

1023
● 午前12時00分  タンク基地オペレーターは、タンク504、タンク411、タンク409沿いの道路と
              地表上に霧状のものを見た。
              オペレーターは直長に報告し、直長は船へポンプを停止するよう連絡するとともに、
              廃水処理施設のオペレーターに門の警備員へ連絡するように指示した。
              直長とタンク基地オペレーターは、霧状のものがどこから発生しているのか車を
              走らせて探そうとしていた。
● 午前12時23分  爆発発生。 

事故による被害
人への被害
■ この事故に伴う従業員の負傷者発生は無かった。
■ 爆発に伴う破片とガラス片によって住民3名が軽傷を負った。

施設の被害
■ 火災で被災したタンクは17基にのぼった。(施設の全タンク数は47基)

地元地域への影響
■ プエンテ・ブランコ地区にあるカリビアン石油施設の近くには約1,600人が住んでおり、発災現場から3マイル(4.8km)離れたカターニョ地区には約48,500人の住民がいたにもかかわらず、爆発・火災による死者は出なかった。しかし、爆発に伴う破片とガラス片によって、フォート・ブキャナンの住民3名が軽傷を負った。
 周辺住民は、爆発とそれに続く火災によって眠りから起こされた。プエンテ・ブランコ地区の監督官庁は、車で地区内を回りながらスピーカーで避難指示を出した。しかし、避難ルートや避難所の指示がないため、住民は夢中で狭い道路に殺到した。別な地区の住民の中には、住宅が被害を受け、火災から発する煙やガスによる身体への影響を避けるため、自発的に避難した人たちもいた。(図を参照)
カリビアン石油の近隣地区
カリビアン石油施設まわりの地元地域における被害状況
■ フォート・ブキャナン地区は激しい被害を受けたところで、補修に500万ドルを費やしたとみられている。プエンテ・ブランコ地区の建物は大半が被害を受け、266戸にうち232戸が何らかの損害を被った。200911月までに、139戸が補修を完了し、6戸は取り壊された。フォート・ブキャナン地区は、保護地区の湿地帯やカリビアン石油まわりの小川を含め、地表水に環境汚染の被害を受けたところでもある。カターニョ地区は、爆発によって被害を受けた住宅が289戸にのぼった。(図を参照)
油流出のあった湿地帯と地元の放水路付近の状況
■ 地方政府の地区の中には、避難対象区域に政府施設があったほか刑務所を含んでいる中で、3,000人を避難させなければならないところがあった。火災の煙からは粒子状のものが降っており、風向きが変われば、煙が海までの区域に広がり、30,000人の避難を準備する必要があった。全体では、約600人がカターニョ地区などの避難所を利用した。

環境の被害
■ プエンテ・ブランコ地区からサンファン港にかけて横断しているマラリア・クリークには、事故に伴う油や消火泡の排水などの混じりあった汚染物質が大量に流れ出た。カリビアン石油とEPA(米国環境保護庁)が回収して処理のために船積みした量(推定)は、油が171,000ガロン(646KL)、汚染水が2,200万ガロン(83,200KL)にのぼった。全体では、約3,000万ガロン(113,000KL)の石油が、雨水排水路、タンク基地内外の地表水面、サンファン港までの湿地帯に流れ出たとみられる。環境調査の結果、野生生物、水生生物、鳥類などが死んだり、油まみれになっているが発見された。

< 事故調査による事故の発端、原因および状況 >
=過充填を防止できなかった操業管理上の不備=
■ 事故後に行なった調査によって、カリビアン石油タンクターミナルにおける操業管理に技術的な問題点が多数あることが分かり、これによって爆発・火災に至ったものと判断した。独立した安全装置が不良だった上に、液位制御・監視システムにおける多層防止システムに不良箇所が見つかった。今回の事故は、ジェームズ・リーズンのスイス・チーズ・モデルに合致している。
(スイス・チーズ・モデルとは、事故はいくつかの要因が偶然つながったときに起こるということを示した理論モデルである。穴があいたチーズのスライスを何枚も並べ、光をあてたときに、穴が重ならなければ光は見えないが、穴が重なると光が漏れて見える。この光が漏れて見えたことが事故の起きたことを意味する。図を参照)
カリビアン石油事故のスイス・チーズ・モデル
(液位調節・監視システムの不良要因は、オペレーターによる一時間ごとの液位の読み、フロート・テープ式ゲージの液深さのデータ、コンピューター・システムとトランスミッター・カードの信頼性、標準化された移送方法、予防保全計画、高液位警報の各項目に潜む)
=安全管理システムの不良= 
■ 過充填による事故に至ったのは、安全管理システムに存在していた欠陥の組合せによるものである。安全管理システムの出来が良くなかった中で、液位制御・監視システムの機能が不調で、独立した液位警報や自動過充填防止システムのような安全装置が不良だったためである。タンクターミナルでは、タンクへの入荷運転を制御するため採っていた方法は液位制御システムで、そのための設備を設けていた。タンク操業では、液位制御システムに操作系統と警報系統を持っており、両方によって油受入れ工程を制御するようになっている。場合によっては、液位制御システムに自動液位コントローラーを取り入れ、タンクへ入る流量を制限する機能をもたせることがある。カリビアン石油における問題点はつぎのとおりである。
 ● タンクターミナルの運転に問題があっても放置してきた過去からの歴史
 ● 安全性を軽視した計画部の設定時間内にタンク充填を終えなければならないという金銭的な圧力。
 ● 過去に施設内で起きていた過充填事例の未活用
 ● フロート・テープ式設備や自動タンクゲージ・トランスミッターの不調に対する予防保全の未計画
 ● タンク充填時間に関するコンピューター計算の信頼性の無さ
 ● 過充填防止に関して独立した警報のような安全装置の不良
 ● オペレーターやマネージャーのためのタンク充填に関する正式な運転標準の未整備
 ● 安全上の重要設備に関する機械的健全性を確保のための計画の未整備
 ● 安全上の重要設備に対して人でカバーしようとする考え方

=タンクターミナルの運転に問題があっても放置してきたカリビアン石油の歴史=
■ カリビアン石油では、タンクターミナルの運転に現れた問題点を放置してきた歴史があることが分かった。米国環境保護庁(EPA)の調査結果によって、1992~2004年の間、タンクバルブ、タンク基地の防油堤の保全、レベルゲージの健全性、制御系のエンジニアリングへの投資が無かったことが分かった。この12年間の調査結果で明らかになった問題は、移送用バルブの漏洩、油配管の漏洩、 防油堤の不良、放出用バルブの不調、防油堤内での油漏れ、防油堤ドレンバルブからの漏洩や流出後の油拡散、油拡散に対する追跡点検の欠如などである。

=カリビアン石油における過去の過充填事例=
■ カリビアン石油では、油移送運転中に過充填や油流出を何回も起こしていたことが分かった。カリビアン石油の記録では、タンク油受入れ、ドレン抜き、油移送運転中において、過充填や油流出を起こした事例が、1992~1999年の間に15件、2005年以降に3件あった。事故の要因は、バルブの開閉位置の間違い、タンクゲージの不良、配管やタンク側板の腐食によるものだった。

=安全性を軽視したタンク最高レベルまでの油受入れの日常化=
■ 2009年10月21~23日の間、コンピューターによるタンク液位の表示が出ないにもかかわらず、カリビアン石油のオペレーターは、タンク最高充填レベルまで油を受入れるようにという計画部からの指示を受け入れ、タンクへの充填作業を行い、そして最終的にタンク基地を事故に至らせてしまった。計画部は、石油供給元と油荷揚げの調整を行い、受入れタンクと受入れ容量を指示し、荷揚げ作業の充填時間を決めてしまった。指定タンクへ割当てられた時間より早く充填しなければならないという契約義務は、充填作業を実施する上で安全性に相反することだった。

=信頼性に欠ける安全上の重要設備=
■ カリビアン石油で購入された液位計測システムは必要最低限のものだった。そのシステムを維持するための保全計画は適切なものではなかった。タンクに設置されているサイド・ゲージのトランスミッターやフロート・テープ式設備を含めた液位制御・監視システムに関する安全上の重要設備が不調だったことが、充填作業時においてオペレーターがタンク液位の状態を把握できなかったことにつながった。図はカリビアン石油における液位制御システムを示す。
カリビアン石油の液位制御システム
(タンクへの油の流れを管理・監視・制御するための運転手順とその実行者であるオペレーターに加え、ATG、高液位警報(LAH)、自動過充填防止システム(LAHH)を含めた総合的過充填防止システム)
=信頼性の欠ける液位制御・監視システム=
■ カリビアン石油におけるタンク液位を測定するための自動液位制御・監視システムは信頼性に欠けていた。自動タンク・ゲージング・システムは、度重なる故障の歴史があり、稼動していない期間が長くあった。事故当夜、タンク504のフロート・テープ式設備は動かなくなったし、タンク107・409用のトランスミッターは、タンク409のサイド・ゲージからのデータを送信していなかった。このため、タンク液位のデータやタンク409への充填速度の計算値はリアルタイムで得られる状態に無かった。コンピュータ監視システムは、落雷によってコンピューターのケーブルが損傷した後、メンテナンスをされていたが、たびたび動作不能状態になることがあった。さらに、コンピューターにデータを送るトランスミッターは、電磁(波)干渉の影響を受けやすく、雷を伴う嵐のあと、たびたび部品交換を必要とする状態だった。

■ カリビアン石油では、不調になったトランスミッターの交換に何週間もかかった。このため、コンピューター監視システムは信頼性が無いとオペレーターは思っていた。1時間毎の巡回から戻ってきたら、オペレーターはタンク液位を直長へ報告していた。直長は、タンクが一杯になるまでの時間を手計算で出していた。カリビアン石油のオペレーターがタンク液位を長年ずっと手計算でやっていたということが調査で分かった。このような信頼性の欠ける方法でタンク内の液位を監視していたため、過去に施設内で過充填事故が15件起こっていたし、その延長線上に、異常レベル発見装置が故障で使えなくても放置する風土が生まれた。

=フロート・テープ式ゲージの故障傾向=
■ フロート・テープ式ゲージは、地上式貯蔵タンク分野で長年使用されている機種であるが、歴史的にもよく知られている設計上の欠陥のため、故障しやすい傾向がある。プーリー、スプリングモーター、インディケーターにおける機械的な摩擦によって測定の信頼性が落ちる。このため、液深さの値が正確でないことがある。さらに、インディケーターとトランスミッターに連結しているギヤー機構が外れやすく、このため、読み値が不正確になったり、トランスミッターの同期性を狂わすことがある。フロート・テープ式ゲージの問題点は“摩耗や摩擦部品が多いこと”で、このため、タンク内の油によって生じる乱流で突然動いたり、動きが一定しないことがある。

フロート・テープ式ゲージのメンテナンス
■ カリビアン石油におけるフロート・テープ式ゲージのメンテナンスは良くなかった。フロート・テープ式ゲージは2004年2月に設置されたものであるが、複数のタンクで同時に機能しなくなるということがたびたびあった。設置してからちょうど9か月後、カリビアン石油は“容積不一致” のためレベル用トランスミッターについてL&J エンジニアリング社へ改善依頼をしていた。2009年の爆発事故の1か月前、カリビアン石油は、タンクターミナル内のタンクに付いているサイド・ゲージの校正を請負会社へ依頼していた。

■ カリビアン石油における予防保全が悪かったため、タンク・ゲージング・システムの補修を繰り返すことになってしまった。カリビアン石油のメンテナンス日誌を調べたところ、故障した箇所のメンテナンス作業記録が残っていなかった。例えば、2009年7月に故障したタンク411のフロート・テンションの作業記録、あるいは2009年10月初旬にあったタンク405とタンク411のタンクテーブルの差異問題などである。2009年10月には、タンク409のレベル用トランスミッターが週の初めから使えない状態で、保全担当者は補修用の部品待ちだった。たびたび使用できないことがあったのもかかわらず、カリビアン石油の経営層はタンクのレベル用トランスミッターをひとつも交換せず、タンク液位を知る手段としてタンクの横に設置されているフロート・テープ式ゲージのみを当てにした。

■ カリビアン石油におけるタンク測定方法の多くは、API(米国石油協会)で推奨しているものとは違った方法だった。このことが、タンク409の不正確な計算液位につながっていたのかも知れない。タンクにおける容積不一致は、タンク・ゲージの問題、タンクレベル計算のタンクテーブル依存、溝無しのゲージパイプの使用から生じているとみられる。
 ● ゲージの型式: カリビアン石油では、APIで推奨するようなイナージゲージ(液尺ゲージ)を使用しなかった。しかし、タンク液位を得るためにアウターゲージ(すき尺ゲージ)に頼っていた。APIでは、タンクゲージの測定対象が動くことから、アウターゲージよりイナージゲージの使用を推奨しているが、条件によってアウターゲージの方が適当な場合はアウターゲージを認めている。
 ● タンク・テーブルの不正確性: APIの意見では、容積不一致はタンク・テーブルに固有の不正確性から来ているという。タンク・テーブルが正確でないことから、タンク容量を過小計算したり、過大計算したり、あるいはほかの問題を生じることがある。
 ● 限界域におけるタンク容量の計算: APIでは、タンクの浮き屋根が最高液面近く、いわゆる限界域(クリティカル・ゾーン)におけるタンク容量の計算はエラーが出やすいと述べている。この不正確性は、ストラッピング・テープの較正すなわち熱膨張、ストラッピング・テープの張力、液頭による側板の伸びの差などから来る。
 ● 溝無しゲージパイプの使用: 独立監査官が液位を得るためには、固定式屋根ではゲージ・ハッチを、浮き屋根ではゲージ用ファンネルを使用する。タンク409には、8インチ径のゲージパイプが使用されていた。APIでは、溝なしゲージパイプは液高さ測定や温度決定に大きな間違いを起こさせたり、サンプリング・エラーを起こさせる要因になると述べている。

=タンクターミナル操業のための正式な運転標準の未整備=
■ カリビアン石油における運転方法に関するスタンダードは、許可を必要とする作業を対象にしたものだけで、ターミナルの運転をカバーするものは対象になっていなかった。カリビアン石油が燃料貯蔵基地だけの位置付けになったとき、米国労働安全衛生局(OSHA)のプロセス安全管理(PSM)や米国環境保護庁(EPA)のリスクマネジメント・プラン(RMP)のように定期的に見直す必要のある標準運転方法(SOP)はもはや必要ないものとした。カリビアン石油が、プロセス安全管理(PSM)に対応するため、製油所の標準運転方法(SOP)を最後に見直したのは1999年である。カリビアン石油では、許可を必要とする作業(火気作業、冷間加工作業、作業エリア規制、バルブの開閉規制など)については見直しを行っていたが、ターミナルの運転方法に関するものは制定されていなかったし、見直しもされなかった。

■ タンクターミナルでは、作業概要書やチェックリストは保有していたが、日常作業、すなわちオイルタンカーからの油受入れ、タンクの測定、防油堤ドレン弁作業などを実施する際に、従業員に規範を示すための標準運転方法(SOP)は持っていなかった。例えば、カリビアン石油にはオイルタンカーからの移送作業に関して2ページの文書があったが、その文書には、どのように作業を実施するのか、誰が担当するのか、緊急時には何をするのかなどの詳細は示されていなかった。油移送運転時のタンク充填作業に関する手順が明確でなかったという事故の結果を受け、プエルトリコ労働安全衛生局はカリビアン石油に対して重大な違反行為があったとした。

=安全装置の不良(高液位警報/自動過充填防止システム)=
■ カリビアン石油では、タンクの過充填を防止するための安全装置が不良で、有効に働かなかった。信頼性のあるコンピューター監視システムには、付属した正確な自動タンク・ゲージングシステムに加えて、独立した高液位警報という安全装置を保有している。タンク内の液が規定した高液位に達すると、高液位警報が視覚あるいは聴覚で異常を知らせてくれ、自動過充填防止システムが過充填を防ぐようにバルブを閉止したり、流れの行き先を変えるようになっている。タンク409では、独立した高液位警報が不良で、機能しなかった。安全を警告する警報が鳴らず、当然、異常時対応をすることもなく、カリビアン石油タンクターミナルのオペレーターは間違ったレベル制御・監視システムのままで運転を続け、タンク409は過充填に至った。

=そのほかの事故に至る要因=
 事故に至ってしまった要因の中には、タンク409内部浮き屋根の構造上の問題およびタンク409への流量変化とライン圧力が寄与していたのではないかとみている。

内部浮き屋根の構造と問題点
■ タンク409内部浮き屋根は爆発時に壊れてしまったので、過充填運転時に不具合があったかどうか調べることができなかった。従って、内部浮き屋根の不具合がタンク409の過充填に寄与していたかもしれないとしかいえない。タンク409の屋根構造は運転上の制限と関連している。タンク409は固定式コーンルーフにアルミニウム製内部浮き屋根の構造になっており、フリーボード(乾玄)は12フィート(3.7m)だった。当該タンクのフリーボード12フィートは24,157バレル(3,840KL)に相当する。(図を参照)
 アルミニウム製内部浮き屋根は腐食性の液だと腐食しやすいが、石油や有機物であれば問題ない。内部浮き屋根で問題になるのは、液の乱流、屋根の浸水、シール性、疲労である。
タンク409の仕様
■ APIでは、タンク容量に対する浮き屋根の影響について述べている。事故当日の夜、最終的な読みは浮き屋根が自由に浮いているときだったとみられる。浮き屋根が浮き状態の位置にある場合、屋根と付属のデッドウッド(挽き板部)の重量と同等の液体量が押しのけられている。この限界域において正確な容積を得るためには、液による較正法を要する。APIでは、屋根重量、温度、限界域におけるタンク内液の密度を考慮した屋根の押しのけ量の計算方法について示している。カリビアン石油では、タンク409の屋根押しのけ量の計算を行っていなかった。

タンクへの流量変更およびライン圧力
■ タンクターミナルへの油の吐出流量の調節は、オイルタンカーの職員が行っていたことが分かった。カリビアン石油とオイルタンカーは、油の受入れ作業を計画部によって調整された割当て時間内に完了させなければならなかった。完了できなければ、ペナルティが課せられた。

■ オイルタンカー「ケープ・ブルーニー号」からカリビアン石油タンクターミナルへの流量変更が、タンク409の過充填に影響したとみている。船上での事前の移送ミーティングによって油受入れ作業を始める前に、オイルタンカーからタンクターミナルへの基本的なガソリン流量は決められていた。カリビアン石油とオイルタンカーの関係者の間では、初期流量は4,400バレル/時(700KL/時)以下、主流量は12,000バレル/時(1,900KL/時)と決められていた。通常の移送運転では、最高許容圧力100psig(0.70MPa)において最大吐出流量18,870バレル/時(3,000KL/時)となっていた。
 しかし、カリビアン石油は吐出圧力を125psig(0.88MPa)とするよう要請していた。カリビアン石油への荷揚げ明細書によると、事故当時、ガソリンは圧力100~110psi(0.70~0.77MPa)で10,000~11,000ガロン/時(1,590~1,750KL/時)の流量だったと記載されていた。事前に決められていた移送流量と圧力があったにもかかわらず、カリビアン石油のオペレーターは、充填作業時におけるタンクへの流量に関する取り決めを忘れてしまっていた。

■ 充填作業時に船のポンプ圧力を変えるため、カリビアン石油タンク基地のオペレーターは無線を使って桟橋のオペレーターと連絡をとっていた。桟橋オペレーターは、船からターミナルへ油を送っているポンプの圧力の増減について船側と連絡を取り合うことができた。しかし、カリビアン石油の証言によると、船のポンプを止めることはほとんどなく、タンク基地内のタンク空きスペースに余裕が無い場合に限られていたという。
 船側の吐出圧力記録によれば、 2009年10月21日午前1時、桟橋におけるライン圧力50psig(0.35MPa)で移送が開始され、その後3時間毎に約5~10psig(0.035~0.070MPa)ずつ昇圧されていった。事故発生のおよそ1時間前の2009年10月22日午後11時、桟橋圧力は115psig(0.84MPa)で、同意されたポンプ圧力以内に上げられていた。ライン圧力が上げられていく中で、タンク担当オペレーターはタンク405(ライン置換)からタンク504へ手動で切替え、つぎにタンク411への切替えを行い、さらにガソリンを少し入れるようとしてタンク409のバルブを微開した。しかし、オペレーターにとって、バルブを微開したあとタンクへ入る流量を正確に把握することは難しいことだった。というのは、ガソリン流量は配管径にも関係しているからである。ライン切替に際しては流量がはっきりしないので、オペレーターは計算の充填時間より10~30分前にはタンクへ行くことがよくあった。配管径に応じた流量指示計が無かったこと、タンクの切替えプロセス、信頼性に欠けるゲージング・システムのいずれもが、タンク409が過充填に至ることに対して影響を与えた。

=ヒューマン・ファクター(人的要因)=
 ヒューマン・ファクターに関連する問題点、すなわち防油堤バルブ設計の問題、スタッフ要員不足、施設の照明不足、バルブ操作の問題などもまた、安全管理システムを崩壊する要因になった。

防油堤バルブ設計に関する一貫性の欠如
■ 蒸気雲が移動して分散してしまった主要因は、防油堤バルブが開いたままになっていたことで、漏れたガソリンが廃水処理施設エリアへ流れるようになっていたことである。これに加えて、いろいろな種類の手動バルブが使用され、さらにバルブ設置場所における照明が暗く、事故当夜、防油堤バルブの開閉状態を視認しずらい状況だった。カリビアン石油のオペレーターは、タンク409の防油堤ドレンバルブがきちんと閉止されているかどうかの確認を逸してしまった。
 
■ 事故後の調査によって、タンク409の防油堤ドレンバルブは事故時に開となっていたことが確認された。カリビアン石油の通常運転時の方法では、昼間勤務の時間帯においてオペレーターがバルブの開・閉を決めるようになっていた。オペレーターは巡回時に車の中から、防油堤ドレンバルブの開・閉状態をチェックするのが慣習になっていた。
 タンク基地では、廃水処理施設へ通じる防油堤ドレン系に設置されていたバルブには、弁棒上昇式(ライジング・ステム)と弁棒固定式(フィックス・ステム)の両方が使用されていた。弁棒上昇式バルブは開・閉状態が目で見て容易に判断がつく。一方、弁棒固定式バルブでは、開・閉状態をひと目で分かるようになっていない。
 タンク409の防油堤ドレン系に設置されていたのは弁棒固定式バルブで、さらに、タンク基地オペレーターにとって実際に回してみないと、開・閉状態が分からない型式だった。(写真を参照) ある場所では、弁棒上昇式バルブがピット内に隠れてしまって、開・閉状態が目視で確認できないものもあった。 バルブの開・閉状態を判別しやすく配慮したエンジニアリングが必要だった。
カリビアン石油における防油堤ドレンバルブの各種型式
タンク409用の防油堤ドレンバルブ(左):実際に回してみないと、バルブの開・閉状態が分からない型式。弁棒上昇式バルブ(中央、右) ある場所では、バルブがピット内に入って開・閉状態が隠れてしまっている(中央)
施設内の照明不足
■ 事故当夜、施設内の照明が十分でなく、オペレーターはタンクからのオーバーフローや蒸気雲の形成をはっきり見ることができなかった。タンク基地内の照明灯はまばらだった。このため、オペレーターは懐中電灯を使用して、タンク基地内の状況を監視したり、タンクのサイド・ゲージの液位を読んだ。1999年EPA(米国環境保護庁)の立入り検査では、カリビアン石油における照明は“流出の発見や破壊行為の防止”の観点から不十分だと指摘されていた。

荷揚げ作業時におけるスタッフ人員の不足
■ 油の荷揚げ作業時の直においてタンク基地側にオペレーター2名、桟橋側にオペレーター1名の人員とした経営判断は、タンクへの充填作業時にスタッフ人員が不足するという状況を招いた。カリビアン石油では、荷揚げ時に複数のタンクへ受入れることが多く、タンク間の油の流れを手動で切り替える必要があった。このバルブ操作では、油の圧力が上がりすぎないよう二人で作業を行う必要がたびたびあった。このため、オペレーターは、充填に近いタンクへ接続されているラインのバルブを微開することによって人員不足を補おうとした。一方、タンク409とタンク411は、パイプラインとは同じラインで接続されていた。このような際、別なタンクへの充填を行うためパイプラインからの配管を切り替える必要が出た場合、オペレーターは廃水処理施設のオペレーターを呼ばなければならなかった。このようにして、廃水処理施設には人が不在になることがあった。

バルブの微開操作(バルブ・クラッキング)
■ 電動駆動バルブが無かったことが、タンク充填の予想時間の正確性を狂わせてしまったとみている。ガソリン荷揚げ用のバルブは手動操作で、サイズが16~20インチ径と大きかった。桟橋からの荷揚げラインの圧力は125psig(0.88MPa)と高く、バルブの開操作は簡単ではなかった。ガソリンのタンク間の流れを簡単に変えようと、オペレーターは1基のタンクへの入口バルブを全開にし、充填の近いタンクの入口バルブは微開とする。両方のバルブが開となっているため、それぞれのタンクへの流量は一定でなく、充填までの正確な時間を判断することが難しい。電動駆動バルブが設置されていれば、サイズの大きい手動バルブでも操作は難しくない。

過充填防止システム設計のためのリスクベース手法の採用
■ カリビアン石油バヤモン施設のような石油貯蔵および出荷施設は、住居地域の近くで可燃性液体を保管しているにもかかわらず、米国の規制体系にもとづく危険性の高い施設として考慮されていない。カリビアン石油でも、施設の操業によってもたらされる危険レベルについて、地元の状況に応じて危険性を軽減することを決めるためのリスクベース手法を採用する必要がなかった。

■ 安全計装システム(Safety Instrumented System: SIS)はタンクターミナルの操業者にとって過充填防止システムを設計するための手法であり、過充填事故の危険性について多重防止策を使用して必要な安全性を確保しようというものである。これらに関する基準としては、米国労働安全衛生局(OSHA)のプロセス安全管理(Process Safety Management: PSM)標準、自動計装協会(ISA)のISA 84.01、安全計装システム(SIS)標準がある。

< 対 応 >
緊急事態時の対応
■ 事故に対応したのは43の組織・機関にのぼる。この中には、米国本土の連邦政府機関、プエルトリコ政府機関のほか公的機関以外の組織を含んでいる。対応する機関が多いとコミュニケーションを難しくする。というのは、組織・機関が優先する管轄事項を主張し、事故対応の指揮者や統括指揮権者がたびたび変わることになるからである。

■ バヤモン消防署とカターニョ消防署が最初にカリビアン石油の正門前に到着したのは、2009年10月23日午前12時30分頃だった。火災がすでにタンク基地内で103エーカー(1,500フィート×1,500フィート=450 m×450 m)ほどの範囲に広がっていることが分かっているにもかかわらず、消防隊は構内に入ることを断られていた。カリビアン石油の安全担当と自衛消防隊長が到着するまで45分も待たされた。施設内に入ってからすぐに、複数タンク火災に対してカリビアン石油の消防資機材は不十分だということが分かった。消防隊が見たのは、穴のあいた消防ホース、行方不明のホース、水圧不足でタンク上部まで届かない固定式モニター、今回のような大火災を制圧するために欠かせない消火泡薬剤を供給する設備の不足などであった。

■ さらに、カリビアン石油の職員と地方消防隊員の行っていた訓練は、最悪ケースの想定が1基のタンク火災であり、蒸気雲爆発によって同時に11基のタンクが火災になることなど考えてもいなかった。

■ 大事故になったため、プエルトリコ政府は米国連邦政府へ支援の要請を行なった。 2009年10月24日、米国大統領は緊急対応宣言へ署名し、プエルトリコ地方自治体への支援を行なうこととなった。支援組織はFEMA(連邦緊急事態管理庁)が主体の関係機関で構成され、400名を超える陣容となった。さらに、消火活動、搬送、セキュリティ、環境評価の支援のため、消防隊530名、国家警備隊900名が派遣された。支援は、2009年10月25日11時30分に火災が鎮火するまでの間、続けられた。

対応の評価
■ 当該事故の緊急対応の状況はFEMAがレポートをまとめており、その中で指摘された欠点はつぎのとおりである。
 ● 不十分な設備: カリビアン石油のようなタンクターミナルは、EPA(米国環境保護庁)やOSHA(米国安全衛生労働局)の基準にもとづく危険性の高い設備としての配慮が考えられていない。このため、蒸気雲や複数タンク火災の可能性を配慮するようなリスク分析を実施する必要がないと思っている。カリビアン石油だけでなく公設消防でも、必要な消火泡薬剤を保有していないし、複数タンク火災を含めて火災に対する効果的な作業性や制圧性を考慮した適切な設備になっていない。

 ● 不十分な地元消防署との事前対応計画、現場レベルでの消防隊員の訓練不足: カリビアン石油では、地元消防署との事前対応計画が策定されていなかったし、ほかの危険物事業所との相互応援が準備されていなかった。また、複数タンク火災を含めて、タンク基地の火災に対する施設職員の訓練が適切とはいえなかった。調査でわかったことは、2000年に製油所が閉鎖されてから、現場における消防作業に関わる投資が切り詰められていたことである。実際、カリビアン石油の職員への訓練はタンク1基の火災に対するだけに限定され、複数タンクの事故に対応できる状況ではなかった。

 ● 緊急事態の想定対応不足: 地元消防署は、工場の火災・爆発に対応するために十分な資機材を保有しておらず、訓練も十分では無かった。この結果、消火用薬剤や消防用資機材の不足によって消火活動は後手に回った。地元消防署の消防資機材や訓練に限界があったため、現場の消防活動は能率的では無かった。火災は消火できず、タンク火災の最終段階において応援で派遣された消火専門会社によって制圧された。

 ● 重複する組織と管轄規準による弊害:  米国連邦政府やプエルトリコ政府から43の組織・機関が事故に対応した。新しい組織・機関が加わると、「事故対応指揮システム/国家事故対応管理システム」(Incident Command System/National Incident Management System: ICS/NIMS)にもとづくことなく、事故対応指揮者の役割をもつ人が変更されていった。例えば、プエルトリコ緊急事態管理庁はICS/NIMSにもとづいて活動していたが、プエルトリコ国家警備隊は軍の規準に従って行動するといった状況であった。大統領府が緊急事態を宣言したにもかかわらず、プエルトリコ国家警備隊とプエルトリコ緊急事態管理庁の統合指揮(所)は一体化にほど遠い状況だった。


補 足
■ 「プエルトリコ」は、正式にはプエルトリコ自治連邦区(Commonwealth of Puerto Rico)で、カリブ海北東に位置する米国の自治領域であり、コモンウェルスという政治的地位にある。人口約367万人で、首都はサン・ファンである。
 「バヤモン」(Bayamon)は、プエルトリコ島の北部に位置し、人口約23万人の都市である。バヤモンにカリビアン石油のタンクターミナルがある。
(図はグーグルマップから引用)
                     現在のカリビアン石油タンクターミナル   写真はグーグルマップから引用)
■ 米国化学物質安全性委員会(U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board; CSB)は独立の連邦機関で、工業用化学物質の事故を調査するために設立された。 エアクリーン法の1991年改正で新たな組織化が法令で決まり、1998年から実際に活動し始めた。委員会メンバー5名は大統領によって任命され、上院で承認される。プエルトリコが米国の自治連邦区であるため、米国化学物質安全性委員会が事故調査に携わっている。

所 感
■ 2009年の発災直後に出されたCSB(米国化学物質安全性委員会)の情報では、事故の原因はガソリンタンクの監視システムの故障によってガソリンを荷揚げ中にタンクからオーバーフローしたものとみられていた。そして、原因調査はCSBで行われていると聞いていたが、何年経っても調査結果は出なかった。今回、調査結果が公表されたが、時間のかかった理由が理解できた。
 事故は簡単な原因でなく、事故の遠因になるような経歴(歴史)が出てきたため、関連機関によって徹底的な過去の運転・設備経歴の掘り下げが行なわれたものと思われる。そして、スイス・チーズ・モデルに合致するいろいろな複合要因によるものと判断したとみられる。

■ 事故や失敗を防止するためには、①ルールを正しく守る、②危険予知(KY)活動を活発に行う、③報連相(報告・連絡・相談)により情報を共有化する、の3つの事項がポイントだと思っている。
 この観点で今回の事故をみてみると、
 ● 正しく守るべきルール(運転標準、設備管理基準)が決まっていなかった。
 ● 安全装置が機能しない状況でも運転を行う企業風土があり、危険予知(KY)活動を行う雰囲気ではなかったと思われる。
 ● コニュ二ケーションは大事にしていたようだが、安全システムの機能不全や人員不足の中で、報連相だけでは事故は防ぎ得なかった。
 今回の事故はいろいろな要因があるが、結局、現場第一線の人だけの問題でなく、経営層やマネジメントの問題が大きかったといえよう。

■ 今回の報告書は5年をかけてまとめられた資料である。得られる教訓は多々あると思うので、事例を読んだ人がそれぞれで考えるのがよいと思う。
 ひとつ言えることは、日本でも、製油所の施設から油槽所(タンクターミナル)機能の施設に変わっていく時代である。カリビアン石油のように人員を削減し、投資を削減し、滞船料を気にするマネジメント組織は遠い国の話ではないと感じる。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board,  Public Preview Copy,  Caribbean Petroleum Tank  Terminal Explosion and multiple Tank Fires, (Final Investigation Report),  June 11,  2015



後 記:  CSB(米国化学物質安全性委員会)による原因調査報告書案は全97ページで、米国の関係機関による調査内容など広範囲にわたっています。CSBによる調査であり、必ず報告書が出されると思っていましたので、やっと出たという感じです。
 このブログでは、報告書の中から事故状況や原因について主なところを抜き出し、ARIA資料項目に沿ってまとめ直しました。そうしてみると、「施設の概要」や「タンク設備の概要」といった前提条件の項が随分多くなりました。これは、今回の事故要因を考える上で、それまでのタンクターミナルにおける日常の操業状況を知ることが欠かせないからです。通常、事故というものは企業風土と関連あるように思いますが、今回ほど徹底的に調べられた事例はめずらしいように思います。その意味で興味深い資料だといえます。