今回は、 2023年6月9日(金)、経済産業省がENEOS㈱川崎製油所の高圧ガス認定事業所を取り消す処分を行った事例を紹介します。貯蔵タンクの事故情報としては、液化石油ガスを除けば、関連の薄い高圧ガス保安法ですが、認定事業所に関して問題があった事象を把握しておくのもよいと思い、取り上げました。
< 対象施設の概要
>
■ 問題があったのは、神奈川県川崎市浮島町にある石油元売り大手のENEOS㈱(エネオス)川崎製油所である。川崎製油所の精製能力は258,000バレル/日である。
■ 対象施設は、川崎製油所の浮島北地区および浮島南地区の施設である。
<問題の状況および影響>
問題の発生
■ 2023年3月、 ENEOS㈱川崎製油所浮島北地区・浮島南地区の変更工事等の法令違反を受けて経済産業省は事業所に立入検査を実施した。その結果、3月31日(金)、経済産業省は法令違反の内容等について報告徴収命令(官庁が事業者に対して、業務の状況に関する報告や資料の提出を命じ、検査を行うこと)を行い、2023年4月28日(金)にENEOS㈱から報告を受けた。
■ 経済産業省の立入検査およびENEOS㈱からの報告により、つぎのような問題があった。
● 完成検査に関する法手続に必要な資料の整備や業務管理等に不備があった。
● 製造施設の変更工事の未許可およびこれに伴う完成検査の未実施等の法令違反や認定基準に不適合となる事実が確認された。
● 完成検査の保安体制に重大な不備が認められた。
(たとえば、立入検査などで、2012年4月以降に川崎製油所で許可や届け出のない設備変更が行われ、完成検査も実施していない法令違反が発覚した。同製油所と横浜市にあるENEOS㈱根岸製油所で、設備異常時の記録に不備が見つかった)
■ 2023年6月9日(金)、経済産業省は、 ENEOS㈱川崎製油所浮島北地区・浮島南地区に対する完成検査に係る認定(認定完成検査実施者、特定認定完成検査実施事業者)を取り消す行政処分を行った。また、
経済産業省は、 ENEOS㈱が川崎製油所と横浜市にある根岸製油所で2012年4月から2022年3月の間、県知事への事故届け出などを一部適切に行わなかったとして、両製油所を厳重注意処分とした。
■ 取り消しの理由は、つぎのとおりである。
● 法手続に必要な資料の整備や業務管理等が不十分であった。
● 製造施設の変更工事について県知事の許可を受けずに当該設備の変更工事を行った。
● 工事を完成したときに、県知事が行う完成検査の受検または自らが行った完成検査の記録の県知事への届出を行わず、当該設備を使用していた。
● 製造のための施設の軽微な変更工事の県知事への届出等が適切に行われていなかった。上記のような法令違反や認定基準への不適合が認められた。
● 製造施設の変更工事の未許可およびこれに伴う完成検査の未実施という完成検査に関する重大な法令違反があった。これは過去の同様の法令違反の再発であることから、完成検査の保安体制に重大な不備が認められた。
■ 取り消しの理由についてENEOS㈱は、つぎのような事実を明らかにした。
● 川崎製油所浮島北地区・浮島南地区において、それぞれ2013年、2020年に実施 した設備の変更 工事について、県知事の許可を受けずに行い、 また、県知事への完成検査記録の届出を行わずに当該設備を使用していた。
● 両地区において、2012年4月から2022年3月までの期間に実施した設備の軽微な変更工事において、県知事への届出を行っていないものが多数あった。
● 上記2項目は、過去同様の法令違反に対して策定した再発防止策の不徹底による再発であった。
■ ENEOS㈱によると、厳重注意の原因となった事実は帳簿の保存と事故の届出に関する不備で、つぎのとおりである。
● 川崎製油所 (浮島北地区・浮島南地区・川崎地区 )および根岸製油所において、2012年4月から2020年3月の間
、設備異常時の措置等を記載した帳簿の保存 、および県知事への事故の届出を、一部適切に行なっていなかった。
■ 今回の認定の取消しにより、 ENEOS㈱川崎製油所浮島北地区・浮島南地区は、自ら法定検査(完成検査)を行うことができなくなり、県知事または指定完成検査機関が行う検査を受けることになる。また、今後2年間は認定を受けることができなくなる。
■ 川崎製油所が自社で検査をするのに必要な認定を取り消す行政処分が出て、ENEOS㈱は、親会社のエネオスホールディングス(HD)の社長の月額報酬を30%、副社長ら5人も20%をそれぞれ3か月間減額するという。エネオスホールディングス会長も30%を3か月間、自主返上するという。
■ 認定取り消しによるガソリンなどの出荷への影響はないという。
■ 経済産業省は、認定取り消しによる製造施設等の安全性に影響が生じていないことは確認済みだという。
被 害
■ 物的被害はとくに発生していない。
■ 人的被害はないが、認定事業所取り消しとなり、人のモチベーションに影響が出ると思われる。
< 問題の原因
>
■ 変更工事等に関する法令違反の直接原因は、つぎのとおりである。
● 川崎製油所浮島北地区 ・浮島南地区における図面の整備不足による高圧ガス保安法の適用範囲の誤判断
● 両地区における規程要領類の不備による変更工事の許可申請または届出の手続きに関する誤判断と届出の失念
■ 帳簿の保存と事故の届出に関する不備の直接原因は、つぎのとおりである。
● 川崎製油所と根岸製油所における帳簿に記載すべき事項(設備異常時の措置等)の定義の不備
● 高圧ガス保安法上の事故の定義についての理解不足・周知不徹底
■ これらの法令違反や不備が発生した背景(間接原因)は、つぎのとおりである。
● 認定事業者が有すべき保安意識・知識の浸透不足
● 保安管理体制の不十分さがあった。
< 対 応
>
■ 2023年6月9日(金)、 ENEOS㈱は、高圧ガス保安法に定める認定事業者として、厳しい自主保安管理が求められる中にあって、認定取り消しの事態を招いたことを深くお詫びする旨の謝罪を同社ウェブサイトに発表した。本件について経営責任を明確にするため、
関係役員の社内処分を決めたと説明した。
■ 再発防止策について、 ENEOS㈱は、本社主導で以下の対策を全社的に行っていくと発表した。
(1) 保安意識・知識の浸透不足への対策
● 経営 トップによる高い保安意識へのコミットメントの表明(社長メッセージの発信)
● 規程要領類の再整備および遵守の再徹底
● 認定事業所への継続的な教育の実施
(2) 保安管理体制の不十分さへの対策
● 高圧ガス認定事業所監査の更なる強化
● 組織横断的な情報共有体制の強化
補 足
■「ENEOS株式会社」(エネオス)は、 石油製品の精製・販売等を行うエネルギー会社で、日本の石油元売の最大手で、世界では第6位の規模を持つ。持株会社ENEOSホールディングスの傘下である。
「川崎製油所」は、陸上・海上輸送の便に恵まれ、大消費地である首都圏を背後に控えた川崎市臨海コンビナート内に位置している。日本の最大級の石油精製能力を持つ製油所で、日本最大の流動接触分解装置(FCC)、日本唯一の重質油脱硫分解装置(H-Oil)を有している。石油精製プラントと石油化学プラントは、製品の相互融通、設備の共用、組織の統合により一体運営され、効率の高い生産体制を実現している。川崎製油所は、日本石油化学川崎工場(1957年操業開始)、日網石油精製川崎製油所(1960年操業開始)、ゼネラル石油川崎製油所(1960操業開始)、東亜燃料工業・東燃石油化学川崎工場(1962年操業開始)との統合を経てつくられた石油精製・石油化学の一体事業所である。川崎製油所の紹介ビデオがユーチューブに投稿されている。(Youtube.com、「ENEOS川崎製油所紹介動画」を参照)
ENEOS㈱は経営統合を重ねてきたので、このブログで取り上げた事例の会社の判断が曖昧だが、関連の強い事業所と事例はつぎのとおりである。
● 2016年6月、「JXエネルギー根岸製油所で浮き屋根式タンクから出火」
■「高圧ガス保安法に基づく完成検査および保安検査に係る認定について」(参考)
● コンビナート等の高圧ガス製造者は、その製造設備について、補修等の変更工事を行う際には、都道府県知事の許可を得るとともに、完成時に都道府県知事が行う完成検
査を受けなければならない。(高圧ガス保安法第14条第1項本文、第20条第3項 本文)
● ただし、自ら変更工事に係る完成検査を行うことができる者として、経済産業大臣の認定を受けている者(認定完成検査実施者)および認定完成検査実施者であって、検査能力の維持向上に係る高度な方法を用い、且つ当該方法を用いるために必要な技術的能力および実施体制を有する者として、経済産業大臣の認定を受けている者(特定認
定完成検査実施事業者)については、自ら完成検査を行い、その記録を都道府県知事 に届け出れば、都道府県知事による完成検査を受けなくても良い。(高圧ガス保安法 第20条第3項第2号、コンビナート等保安規則第49条の2第1項、第49条の5第1項)
● 高圧ガスによる災害が発生したとき、認定基準に該当していないと認められるとき等は、経済産業大臣は認定を取り消すことができる。(高圧ガス保安法第39条の12第1項、コンビナート等保安規則第49条の7第1)
● 認定取消し後2年間は、再び認定を受けることができない。(高圧ガス保安法第39条の6第1項第5号)
所 感
■ 問題発生の未然防止のためには、①「ルールを正しく守る」、②「危険予知活動を活発に行う」、③「報連相(報告・連絡・相談)により情報を共有化する」の3つが重要である。今回の問題点と対応について階層ごとに3つの観点で見ていくのがよい。今回の対応で注目されるのは、事業所内でとどまらず、社長レベルに及んでおり、根の深い基本的問題が背景にあるようにみえる。発表された内容だけから部分的な一例を表に示すが、階層ごとにすべてを埋めていくと、反省点と対応が明確になるだろう。
■ 一方、認定事業所に関して考えてみると、この法令自体の存在意義があるのか疑問が出てくる。経済産業省は、法令違反があったが、製造施設等の安全性に影響が生じていないことは確認済みだという。実質的に施設の技術的安全面は確保されていると理解できる。法令が形骸化しているのではないか。「ルールは正しく守る」の観点から法令を遵守するのは当然だが、法令を見直す時期にあるのではないだろうか。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Kanaloco. jp, エネオス川崎製油所の検査認定取り消し, June
09, 2023
・Asahi.com, 設備検査不備、エネオス処分 経産省、認定取り消し, June 10,
2023
・Yomiuri.co. jp, エネオス川崎製油所、知事許可受けずに設備工事…「必要との認識なかった」, June
09, 2023
・At-s.com, エネオス川崎製油所の検査認定取り消し, June 10,
2023
・Iews.infoseek.co.jp, 経産省、ENEOS処分=無許可で工事、社長減給, June 09, 2023
・Hokkoku.co.jp, エネオス川崎製油所の検査認定取り消し, June 09,
2023
・Meti.go.jp, ENEOS株式会社に対して高圧ガス保安法に基づく行政処分等を行いました, June 09,
2023
・Eneos.co.jp, 当社一部製油所への高圧ガス保安法に基づく行政処分および厳重注意について, June 09,
2023
後 記: 今回、貯蔵タンクの事故情報としては、液化石油ガスを除けば、関連の薄い高圧ガス保安法の認定事業所に関する問題事象を取り上げました。貯蔵タンクでは、消防法をはじめとした法令や行政指導の多い分野ですので、認定取り消しの内容を知っておくのもよいかと思いました。各メディアも通信社などの記事を載せており、大手の新聞社は取材記事を掲載していました。しかし、社長が減給したという話題以外、世間受けする内容ではないので、中身がよく見えませんでした。今回、経済産業省とENEOS㈱のウエブサイトにニュースリリースが掲載されており、これらを読むと、表に出てこない根の深い基本的問題が背景にあるように感じました。
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