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2022年3月14日月曜日

新しいエネルギー・システムにおける欧州のタンク貯蔵部門

  今回は、2022222日(火)のTank Storage Magazineに掲載されたオランダのハーグ戦略研究センター(HCSS)の“The European Tank Storage Sector in an Evolving Energy Landscape”(進化するエネルギー環境における欧州のタンク貯蔵部門)を紹介します。

< まえがき >

■ オランダにあるハーグ戦略研究センター(Hague Centre for Strategic StudiesHCSS)は、地政学、防衛、セキュリティに関する問題を調査・研究し、政府、国際機関、企業に情報を提供してきていますが、ここでは、ルシア・ファン・ゲーンズさん(Lucia van Geuns)とイリーナ・パトラハウさん(Irina Patrahau)のお二人が、欧州のタンク貯蔵部門について現在の不確実性とコラボレーション(協力)の必要性を語っています。

< タンク貯蔵部門 >

■ 世界的なエネルギー転換は、世界のパワーバランスと経済の構造を変え、国家と企業に間違いなく挑戦すべき課題をもたらすでしょう。タンク貯蔵部門は、この挑戦的課題に対する対応策の一部になり得ます。貯蔵する製品(中身)が変わっても、貯蔵部門は新しいエネルギー・システムの中で不可欠な要素として機能し続けることができます。

■ 新しいエネルギーシステムには、イー・フューエル(e-fuels)、アンモニア、液体有機水素キャリアー(Liquid Organic Hydrogen Carriers)、フロー電池(Flow batteries)、合成航空燃料などがあります。

 e-fuelは、水を電気分解したH2CO2を触媒反応で合成した液体燃料のことです。再生可能エネルギーを利用して生成することで、CO2の排出と吸収を同じにするカーボンニュートラル(炭素中立)を実現します。

 水素エネルギーは燃焼させてもHO₂()しか排出しませんが、輸送や貯蔵などの取り扱いが非常に難しいという欠点があります。そこで、水素を別の物質に変換して運びやすくし、燃料として使用するといった方法が開発されており、そのひとつがアンモニア(NH₃)です。水素エネルギーをNH₃に変換し、そのNH₃を発電や工業炉向けの燃料として利用しようというものです。

 水素エネルギーキャリア(運び)の一つとして、液体有機水素キャリアー(LOHC)が考えられています。例えば、媒体としてトルエンを使用し、化学反応によって水素を添加するもので、液体として常温・常圧で水素の輸送や貯蔵が可能となります。

 フロー電池は、大容量のエネルギー貯蔵システムで、電極材料にエネルギーを蓄える従来の電池とは異なり、外部タンクに蓄えられた電解液をセルに送り込み、電気化学反応を起こさせることでエネルギーを蓄えます。すでに、住宅や電気自動車の充電ステーションなどの分野でも普及が進んでいます。

 航空業界ではCO2 排出量を削減する取り組みとして持続可能な航空燃料(SAFSustainable Aviation Fuel)の導入が必要とされ、セルロース系バイオマス(草木など)、微細藻類、都市ごみ、廃食油など各種原料から合成燃料をつくる技術開発が進められています。

■ このようなe-fuels、アンモニア、液体有機水素キャリアー(LOHC)、フロー電池、合成航空燃料などの貯蔵と取扱いは、タンク貯蔵の新たな役割になります。輸送や工業などの主要部門が脱炭素化に貢献するために、タンク貯蔵会社はイノベーション(革新)、レジリエンス(弾力性)、アダプテーション(適応)戦略に投資する必要があります。

■ これからの二・三十年の展開は不確実性に支配されています。2030年に向けては次第に具体的な目標、戦略、法的枠組みが作り上げられつつありますが、2050年に向けた道筋はまだ曖昧なままです。2050年までに温室効果ガスの排出を正味ゼロにするネット・ゼロNet Zero) を達成するという世界規模の大望は、技術開発、経済成長、国際関係を念頭にした国内政策などの要因によって、数限りない方策がとられれば、実現される可能性があります。

■ パリ協定で定められた気候変動目標の達成は、ある程度、欧州のグリーン革命(Europe’s Green Revolution)の成功の度合いに依存するでしょう。しかし、欧州ではすでに石油消費が減少傾向にあるため、中国、米国、ロシア、OPEC諸国など石油市場の中で主要なプレーヤーたちの行動によって一層依存することになります。新しい地政学的世界は、再生可能エネルギー技術や水素製造の新しいプレーヤーによって形作られ、同時に新しい依存関係が確立されつつあります。

< 中期的な展望; 2030年に向けて >

■ これからの1015年、タンク貯蔵部門にとっては脅威でもあり、好機でもあります。脱炭素化政策によって欧州の化石燃料の消費量は減少するでしょうが、どの程度になるか定かではありません。中期的には、タンク貯蔵の規模は、化石燃料の減っていく需要と、着実に増えていく低炭素エネルギー源の使用とのバランスによるでしょう。水素の消費と電化は動き始めていますが、中期的(20302035年)には欧州のエネルギー市場を支配するほど急速に発展することはないでしょう。天然ガスの輸入は、欧州のエネルギー供給の安全保障にとって不可欠なものになりつつあります。

■ 欧州の製油所や化学産業が競争力を失いつつある一方で、中国は世界最大の製油国になると予想されています。中東では石油の生産が活発化し、下流の多様化に向けた投資が行われています。多くの埋蔵量と低い生産コストによって、サウジアラビアやカタールなどの国々は世界の石油・ガス市場で“最後の砦” であり続けることができるでしょう。石油・ガスの取引における欧州の地位は、貿易業者が主要な生産・消費地である中東、東アジア、アフリカに向かうにつれて、徐々に低下していきます。

■ 貯蔵を生業(なりわい)とする企業が、持続可能な操業(ライセンス)の継承資格を構築するためには、積極性、長期計画性、透明性が主要な推奨すべき事項となるでしょう。すでに持っている能力、インフラストラクチャ、ノウハウは危機感を緩和し、構築の機会を強化するために利用できます。ほかの貯蔵企業や主要なステークホルダー(利害関係者)と協力することは、市場内に予測可能性を生み出し、不確実性を減らし、投資を促進する上で不可欠です。

< 長期的な見通し; 2050年まで >

■ これから二・三十年間は不確実性に支配されるため、2050年までの潜在している道筋を見出すには、シナリオ分析が唯一の方法です。2030年までの石油生産と消費の中心が中東とアジアに地理的にシフトしていくため、温室効果ガスの削減であるカーボンニュートラルに関する誓約は、長期的には、欧州以外の地域の行動に大きく依存することになるでしょう。

■ 少なくとも2050年までの間、世界各国が代替燃料に完全に依存できるまでは、世界中の国々はエネルギー供給のセキュリティ(安定性)を確保するために中東にますます依存するようになるでしょう。中東の中で低コストで供給する国々の競争が石油価格の下落圧力につながる可能性がありますが、一方、世界市場を支配するのは、価格変動の度合いを示すボラティリティや市場の不確実性でしょう。

■ 同時に、新たなエネルギー拠点がどこに生まれるかの競争にもなっています。欧州の国々は非常に野心的な気候戦略を出しましたが、これらの国々が単独で目標を達成することはできません。グリーン水素は再生可能エネルギーや低炭素電力から生成される水素のことですが、このグリーン水素製造はほとんどが中東や北アフリカなど再生可能エネルギーの電力を安価で簡単に作ることのできる国で行われていくのではないでしょうか。

■ 欧州における再生可能エネルギーの生成は、主に中国で生産される重要な鉱物(クリティカル・ミネラル)と技術(テクノロジー)に依存しています。クリティカル・ミネラルは、自動車 (特にEV)、再生可能エネルギー、航空宇宙、防衛、通信などの産業を支える重要な鉱物です。新しい生産者と消費者の間の依存関係を特徴とする地政学的な新たな状況が現れるようになり、その中で欧州はエネルギーの海外供給に依存し続けることになるでしょう。重要な鉱物(クリティカル・ミネラル)と低コストの水素製造設備を持つ国々でのパワー・ポリティクスが現れるでしょう。新しい地政学的な変化の展開は不確実です。従って、エネルギー転換のスピードと成功は、政策の選択、国際関係、そして技術革新とインフラストラクチャー開発(整備)に依存するでしょう。

< 次のステップ >

■ 解決策のひとつとして、貯蔵企業間の協力と連携によって統一した地位(ポジション)を確立していく必要があるでしょう。欧州での水素のような新しいエネルギー分野を採用していく過程ははっきり見えませんが、脱炭素化を加速するためには、電力の貯蔵(蓄電技術)だけでなく、あらゆる形態の水素、炭素の回収・利用・貯蔵の取組みが不可欠であることは明らかです。インフラストラクチャと市場の開発は、両方とも、同時に段階的に変化していくことが必要です。

■ タンク貯蔵部門は、港湾当局、投資家、燃料や化学のサプライ・チェーンに関わる利害関係者(ステークホルダー)と連携していくべきです。このような働きかけは、変革のために共通の戦略を策定し、政治的関係者との交渉でより強力な立場を得るために必要でしょう。共有する戦略を策定したら、地元、国内、EUの政治的利害関係者の人たちを組織化し、この分野がエネルギー転換とその経済的価値を支えていくという認識を高めるべきです。最も重要なことは、利害関係者や政治指導者との協力によって、よく組織化された転換(移行)戦略の必要性を強調し、長期的な目標に焦点を当て、不必要な投資を避け、必要な戦略的エネルギー貯蔵を確保することです。

< あとがき > 

■ ルシア・ファン・ゲーンズさんは経験豊富なエネルギー専門家で、地質科学、石油工学、経済学、計画学を専攻しています。シェル社(
Shell)でキャリアを積んだ後、オランダ応用科学研究機構(Netherlands Organisation for Applied Scientific Research TNO)とクリンゲンダール国際エネルギー・プログラム(Clingendael International Energy Programme CIEP)で研究職を歴任しました。

■ イリーナ・パトラハウさんは戦略研究センター(
HCSS)の戦略アナリストです。エネルギーと天然資源の地政学的・経済学的側面について研究しています。

■ タンク貯蔵部門の短期、中期、長期の挑戦的課題と好機(機会)については、戦略研究センターのHCSS/VOTOB/FETSAの論文で説明されており、一連の論文はウェブサイトからダウンロードできます。(https//hcss.nl/report/european-tank


所 感

■ 欧州の新エネルギー・システムは、e-fuels、アンモニア、液体有機水素キャリアー(LOHC)に代表されるように水素をひとつの柱にするとみられる。そうすることによって、例えば、自動車産業は、技術開発は必要であるが、燃料が液体で従来のインフラの延長線にある。このことはタンク貯蔵部門にも言え、新しい液体燃料の貯蔵という従来のインフラの延長線である。この点、電気自動車(EV)に変われば、インフラもゼロから始めなければならないし、タンク貯蔵部門はほとんど必要としない。

■ もちろん、新エネルギー・システムの中には、電気エネルギーを前提とした自動車開発もあるだろう。しかし、タンク貯蔵部門からみれば、今回の提言は、不確実性とコラボレーション(協力)の必要性を模索していく中で共感を得るだろう。

 原油やバイオマス燃料の生産大国で、大量生産・大量消費の思考が強い米国の新エネルギーの戦略よりも、日本と同様、資源に乏しい欧州(特にドイツ)の戦略の方が日本には向いているのではないだろうか。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Tankstoragemag.com, THE EUROPEAN TANK STORAGE SECTOR IN AN EVOLVING ENERGY LANDSCAPE(進化するエネルギー環境における欧州のタンク貯蔵部門), by Lucia van Geuns and Irina Patrahau from The Hague Centre, February 22, 2022 


後 記: 新型コロナのパンデミック以降、タンク事故情報が出なくなりました。感覚的には、社会・経済の厳しい時期の方が好景気の時のときよりも事故の発生頻度は少ないように思うのですが、インターネットでは極端にタンク事故情報が減りました。これはタンク事故が無くなったというより、情報が伝わってこないのだと思っています。今回の資料はタンク事故とはまったく違いますが、タンク貯蔵部門の将来を考えるには興味深いのではないかと思い、まとめました。

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