このブログを検索

2021年1月28日木曜日

米国バイデン大統領が原油パイプライン建設認可を取消し

  今回は、米国のバイデン新大統領は、120日(水)、就任から数時間後に、カナダの油田と米国メキシコ湾岸の製油所を結ぶキーストーンXLパイプラインの建設認可を取り消したことを紹介します。


< はじめに >

■ 米国のバイデン新大統領は、120日(水)、就任から数時間後に、カナダの油田と米国メキシコ湾岸の製油所を結ぶパイプライン「キーストーンXL」の建設認可を取り消した。バイデン大統領は、就任後初の主要な環境保護の行動の1つとして、カナダのTCエナジー社が計画するパイプライン建設許可の取消しの大統領令に署名した。

< キーストーンXLパイプライン計画 >  

■ キーストーンXLパイプラインは、カナダ西部アルバータ州から米中西部ネブラスカ州までパイプラインを敷設し、メキシコ湾まで走る既存のパイプラインに接続する総事業費80億~90億ドル(約8,3009,300億円)の大規模プロジェクトである。

■ キーストーンXLパイプラインはTCエナジー社(旧トランス・カナダ社)が計画し、既存のキーストーン・パイプラインに加え、新たに総延長1,900km、日量800,000バレルのオイルサンドの原油をカナダのアルバータ州から国境を超えてモンタナ州、サウスダコタ州、ネブラスカ州、カンザス州、オクラホマ州を経てメキシコ湾の製油所に運ぼうとするものである。カナダ西部の原油輸出の約20%を主要な精製市場に供給できるものだった。

■ キーストーンXLパイプラインは、2015年にオバマ大統領(当時)が環境面の懸念から却下したが、2017年にトランプ前大統領が就任早々にそれを覆し、認可していた。

■ キーストーンXLパイプライン計画は、TCエナジー社の流出解析によれば、1.5バレル(240リットル)以下の漏洩は10年間に2.2回と推定されている。1,000バレル(159KL)を超えるような漏洩は100年間に1回と推定されている。

■ 現在、カナダでは同パイプラインの建設が進んでいるが、米国の建設工事は2019年に着手されたものの、先住民族、地主(牧場主や農家)、環境保護団体などの強い反対などで作業は遅れており、工事はほとんど進捗していないとみられる。

■ 新型コロナウイルスの感染拡大が厳しい局面の中、トランプ前大統領はキーストーンXLパイプラインのほか、エンブリッジ社のライン3という2つの大規模なオイルサンドのパイプライン事業を北米で強引に進めようとしていた。各パイプラインによって排出される温室効果ガスは、50基の石炭火力発電所に相当すると計算されていた。

< 現在の状況と影響 >  

■ バイデン大統領は就任後ただちに、地球温暖化対策の国際的な取り決めであるパリ協定への復帰を国連に通知したほか、カナダと米国を結ぶ大型パイプラインの建設計画を撤回するなど、エネルギー・環境分野を中心にトランプ前政権による政策の巻き戻しに動いた。

■ バイデン大統領は選挙遊説中から撤回を公約していたが、正式撤回により、同プロジェクトを支持する石油業界首脳やカナダの利害関係者、労働組合などから抗議の声が上がった。カナダのアルバータ州政府は、2020年、同パイプライン建設を後押しするため11億ドル(約1,140億円)の公的資金を投入していた。アルバータ州知事は、今回の決定で建設作業に携わる2,000人超の職が失われるとは話し、建設撤回を貿易相手国に向けられた侮辱と呼び、それが取り消されない場合、カナダ連邦政府は貿易制裁を課すべきであると述べた。

■ 環境保護団体のレインフォレスト・アクション・ネットワーク(RAN)は、120日(水)、キーストーンXLパイプライン建設認可取消しについて、「今日、化石燃料産業に反対してきた人々の力によって勝ち取られた。遅れに遅れた勝利を祝します。キーストーンXLパイプライン建設の取消しは、気候科学の論理と先住民族の土地権利尊重の必要性を明確にしました。気候危機対策をしっかりとるには、同様に破壊的な影響をもたらすエンブリッジ社のライン3のパイプラインの取消しと、今後も経済を化石燃料に依存させるダコタ・アクセスパイプライン(DAPL)と他の石油・ガス輸出事業の認可を取消すことも必要です」という声明を発表した。

■ 大統領令は環境保護団体から歓迎される一方、産業団体や保守派からは批判の声が聞かれた。米国の主要な石油・ガス業界団体である米国石油協会(API)は、キーストーンXLパイプラインの建設許可取消しは「後戻り」だと指摘し、「この見当違いの動きは、米経済の回復を妨げ、北米のエネルギー安全保障を損ね、米国最大の同盟国の1つとの関係を悪化させる」とした。 

■ キーストーンXLパイプライン社の社長は、1,000人以上を雇用しているが、今後数週間で解雇せざるを得ないといい、「私たちは、米国のポンプステーションサイトで建設のシャットダウンを安全に正しく開始し、今後数週間でパイプライン計画を終わりにするだろう」と述べた。

■ 米国の多くの地域では、パイプライン建設は石油・ガスの掘削よりもはるかに難しいビジネスである。連邦・州政府当局から多くの許可が必要で、訴訟を起こされやすい。トランプ政権は連邦政府による許可の合理化を目指したが、多くのプロジェクトは法廷で致命的な打撃を受けてきていた。

■ 日本の3メガバンク(三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループ)は、オイルサンド部門の拡大に必要なパイプライン建設に多額の融資・引受を行ってきている。日本の3メガバンクは、キーストーンXLパイプラインとライン3パイプラインに参加し、その中で三菱UFJフィナンシャル・グループが最も大きな資金提供者である。このほか、三菱UFJフィナンシャル・グループとみずほフィナンシャルグループは、ダコタ・アクセスパイプライン(DAPL) へのプロジェクトローンに主幹事銀行として関わっている。今回のバイデン政権による認可取消しによって、パイプラインを含む化石燃料事業への融資等に対する政治リスクが高まった。

補 足

■「TCエナジー社」(旧トランス・カナダ社)は、カナダのアルバータ州カルガリーに拠点を置くエネルギー関連事業者である。北米でパイプラインを用いて主に天然ガスの輸送を行っており、北米での需要の25%以上をカバーしている。2000年頃は天然ガスパイプライン事業からの収益が大半を占めていたが、現在では液体パイプライン(合成原油やビチューメン等)からの収益が増えており、また約6,000MWの電力を生み出す10の発電施設を所有しており、約500万戸の住宅への電源供給が可能である。

■「オイルサンド」は、タールサンド等とも呼ばれ、極めて粘性の高い鉱物油分を含む砂岩をいう。同砂岩から得られる重質原油は約4兆バレルと通常原油の2倍以上あるとの推計もある。ただ、オイルサンドから1バレルの重質原油を得るためには、数トンの砂岩を採掘して油分を抽出することになり、大量の廃棄土砂が発生する。また、重質油のため、CO2排出量も多い。環境保護団体のグリーンピースによると、ライフサイクルベースでみると、オイルサンドからのCO2排出量は通常の原油より約30%多いという。さらに、輸送用のパイプラインからの原油漏洩等による自然環境への影響を考えると、極めて環境負荷の高い化石燃料であるといえる。

■「レインフォレスト・アクション・ネットワーク」(Rainforest Action Network; RAN)は、米国のサンフランシスコに本部を持つ環境保護団体である。1985年の設立以来、環境に配慮した消費行動を通じて、森林保護、先住民族や地域住民の権利擁護、環境保護活動をさまざまな角度から行っている。200510月からは日本代表部を設置している。

所 感

■ 米国大統領の権限が強大だということがわかる。しかし、キーストーンXLパイプライン計画では、2015年に建設許可が大統領令によって却下され、2017年に再び大統領令によって建設が許可され、今回、2021年に再び大統領令によって建設許可が取消しとなった経緯をみると、その都度、振り回された人びとがいるのだろう。パイプライン建設は石油・ガスの掘削よりもはるかに難しいビジネスだといわれているが、既存のキーストーン・パイプラインの流出事故などをみると、キーストーンXLパイプライン計画は永遠に無くなったといえよう。

■ 象徴的な事故は、20173月の建設許可が出された8か月後の201711月にあった「米国サウス・ダコタ州で原油パイプラインから流出事故」は、2008年に敷設された既存のキーストーン・パイプラインで起こったものである。

 TCエナジー社(当時トランスカナダ社)が2010年の事業開始前に規制当局へ提出したリスク・アセスメントに記載されたものと比べ、実際には、漏洩事故が多発し、漏洩した量も多いことが分かった。既存のキーストーン・パイプラインは全長3,455kmで、2010年操業開始後、米国内において3回の大きな漏洩事故を起こしている。2017年のサウス・ダコタ州の事故では約818KLの漏洩事故を起こしたほか、2011年にノース・ダコタ州で約64KLの漏洩、2016年にはサウス・ダコタ州で約77KLの漏洩事故がある。

 パイプライン建設前、 TCエナジー社のリスク・アセスメントでは、50バレル(8KL)を超えるような漏洩事故の可能性は、米国におけるパイプライン全長にわたって711年に1回以下だとしていた。さらに、2回の漏洩事故のあったサウス・ダコタ州では、41年に1回以下となっていた。

■ このほか、石油メジャーといわれるエクソンモービル社が起こした流出事故をみれば、パイプラインが難しい設備であることが理解できる。

 ● 20117月、「エクソンモービル、イエローストーン川へ油流出」

 ● 20133月、「米国エクソンモービル社ペガサスパイプラインの油流出事故の原因」


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Bloomberg.co.jp,  バイデン米大統領、キーストーンXLパイプライン認可取り消し,   January  20,  2021

    Jp.reuters.com,バイデン氏、就任初日にもキーストーンXLパイプライン認可撤回,   January  17,  2021

    Japan.ran.org ,声明:米バイデン大統領就任、パリ協定復帰と「キーストーンXL」パイプライン建設認可取り消しについて,   January  22,  2021

    News.yahoo.co.jp ,  バイデン氏、「パリ協定」復帰や石油業界への新たな規制発表,   January  21,  2021

    Time.com, Construction of Keystone XL pipeline halted as Biden moves to cancel permit,   January  21,  2021

    Fox29.com, Keystone XL oil pipeline construction stops as Biden moves to revoke permit,   January  21,  2021

    Chicagotribune.com, ‘The Permit is hereby revoked’: Biden order halts Keystone XL pipeline construction,   January  21,  2021


後 記: バイデン大統領が就任早々、署名した大統領令の中に石油パイプラインの建設許可の取消しがありましたので、状況を調べてみました。このブログでは、政治的な話をできるだけ避けるようにしていますが、今回の石油パイプラインの建設許可の取消しについては政治や経済を抜きにして語ることができません。やや異質なブログになりました。本文中には入れませんでしたが、カナダとの関係では、カナダ首相は今回の措置について「失望した」と言っていますが、これは建前です。バイデン大統領の選挙公約にあった1件ですので、おそらく水面下での話し合いがあり、米国との外交を良くしたいと考えているカナダ首相は理解していたでしょう。こんな話を書くと、政治談議になりますので、これ以上はやめましょう。

0 件のコメント:

コメントを投稿