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2019年12月5日木曜日

米国テキサス州でブタジエン装置が爆発・火災、球形タンクに迫る

 今回は、2019年11月27日(水)、米国テキサス州ジェファーソン郡ポート・ネチズ にある石油化学品メーカーTPCグループの工場でブタジエンの製造装置が爆発して火災になり、8名の負傷者を出すとともに、6万人の住民に避難勧告が出された事故を紹介します。
     プラントの爆発と噴き飛ぶタワー (写真はNpr.orgから引用)
< 施設の概要 >
■ 事故があったのは、米国テキサス州(Texas)ジェファーソン郡(Jefferson County)ポート・ネチズ (Port Neches)にある石油化学品メーカーのTPCグループの工場である。

■ 発災があったのは、住宅街の近くにあるポート・ネチズ工場で合成ゴムやプラスチックなどの原料となるブタジエンを製造する装置である。 
テキサス州ジェファーソン郡のポート・ネチズ付近(矢印が発災場所) (写真はGoogleMapから引用)
     ポート・ネチズにあるTPCグループの化学工場付近 (写真はGoogleMapから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年11月27日(水)午前1時頃、TPCグループのポート・ネチズ工場で爆発が起き、工場が大きな炎に包まれた。
(写真はHeraldpublicist.comから引用)
■ 事故に伴い、 TPCグループの従業員2名と請負会社の1名の計3名が負傷した。当時、工場では約30名が勤務していた。

■ 工場に近い家の住民は「寝ていたら割れたガラスが降ってきた。屋根の一部が落下し、ドアが全部開いていた」と爆発の衝撃を語った。別な住民は「家全体が揺れたように感じ、地震だと思いました」と語った。また、別な住民は「家が揺れたので、家の外に異常があると思って出たら、雲の下がオレンジ色に輝いているのを見ました」と語っている。爆発の爆風によって工場周辺では、少なくとも住民5人が負傷した。
                   住宅の被害 (写真はEdition.cnn.comから引用)
             住宅の被害 (写真はApnews.comから引用)
■ 発災に伴い、消防隊が出動し、消火活動に当たった。

■ 11月27日(水)午前10時、TPCグループは、消防などの緊急事態対応者と住民の安全を重視するとともに、環境への影響を最小限に抑えることに注力していると同社のウェブサイトに載せた。
(27日(水)の朝の火災状況の動画がユーチューブに投稿されている。YouTube「RAW VIDEO: Aerial video shows TPC Group plant in Port Neches burning hoursafter explosion」(2019/11/27)を参照)

■ TPCグループによると、事故発生時に電源が喪失し、どの装置でどのくらいの量があるのか把握できなくなったという。

■ 燃えている物質はブタジエンだった。ブタジエンは、分子式 C4H6で、ガソリンのような臭いのある無色の気体である。ブタジエンは石油から作られる炭化水素で、合成ゴムの製造などに使用される。地元ではブタジエンによる健康への影響が心配されている。曝露量が少ない場合、目、のど、鼻、肺に刺激を与えることがあり、曝露量が多い場合、視力障害、めまい、全身疲労、血圧低下、頭痛、吐き気などの症状が出て中枢神経系にダメージを与えたりする。

■ ジェファーソン郡は半径6.4km以内の住民約6万人に避難勧告を出した。テキサス州環境当局は、煙がまき散らす有機化合物が目や鼻、喉のかゆみ、呼吸困難、頭痛を引き起こす恐れがあるとしている。水質への影響は報告されていない。米国では、翌11月28日(木)は祝日のサンクスギビング(感謝祭)で、多くの企業や学校は12月1日まで4連休となり、家族が集う帰省シーズンでもあり、数万もの家族の休日の計画が台無しになったと報じている。

■ 消火の専門家によると、火災の状況から消火泡を使用することは燃えている構造物に対して効果が無いだけでなく、圧力の高い石油ガスの火を消すと、再燃した際に爆発を起こす恐れがあるという。ブタジエンは沸点が極めて低く、気化して再び発火する可能性は高い。

■ 爆発後もプラントから黒い煙が昇り続けた。そして、約13時間後の11月27日(水)午後2時頃に2度目の爆発があった。その後も爆発があったが、4回目の爆発では、プロセス装置のタワー1基がミサイルのように空中を飛んで落下した。プラントの爆発で立ち昇る噴煙は数km先からも見えた。
(タワーが噴き飛ぶ動画がユーチューブに投稿されている。YouTube「Secondblast rocks area around Texas plant」(2019/11/27)を参照)

■ 11月27日(水)の夜になっても、火は消し止められなかった。

■ 火災の輻射熱が激しく、少なくとも3基の貯蔵タンクに引火することが懸念された。消防隊は、ブタンなどが入った球形タンクに水噴霧を行い、タンクの冷却に努めた。

■ 11月28日(木)、消防隊は、火炎に放水砲で水をかけて水蒸気で火災を冷却し、燃え尽きさせる戦術をとった。火災の規模は縮小されたが、住民が帰宅できる状態には至らなかった。担当部局は29日(金)の朝に現場に集まって状況を確認し、避難勧告の解除ができるかどうか決めることとした。

■ 当局は、11月29日(金)の朝、避難勧告の解除を発表した。

被 害
■ ブタジエン製造関連の装置が破損・焼損した。被災の程度や範囲は不詳である。

■ 事故によって8名の負傷者が出た。内訳は会社関係が3名、住民が5名である。

■ 爆発の爆風によって現場に近い住民の建物に破損の被害が発生した。また、地元住民約6万人に避難勧告が出された。

■ 石油燃焼によって煙などによる環境への影響があった。影響の程度や範囲は不詳である。
 (写真はMaritime-executive.comから引用)
 (写真はApnews.comから引用)
(写真はThebl.comから引用)
(写真はThebl.comから引用)
< 事故の原因 >
■ 原因は調査中である。

■ TPCグループは、現時点で爆発の原因を推測するのは時期尚早であるが、爆発は精製したブタジエンタンクのあるプロセス装置で起こったとしている。

< 対 応 >
■ TPCグループは、事故について同社のウェブサイトに11月27日(水)午前5時に第一報を出したが、午前10時の第三報を出して以降、何も発表していない。

■ 産業事故の原因調査で知られ、独立した連邦機関の米国化学物質安全性・危険性調査委員会(The U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board)は、11月27日(水)の夜、ポート・ネチズに担当官を派遣すると発表した。 

■ テキサス州の化学工場では、今年3月以降、許容できないような重大な事故が3件起こっている。4月には、ヒューストンの化学工場で火災が発生し、ひとりが死亡したほか負傷者も出た。7月には、ベイタウンの化学工場の火災があり、37名が負傷する事故があった。

■ このような状況下で、トランプ政権はオバマ時代に制定した化学物質安全規制を11月21日(木)に緩和したが、皮肉なことに翌週の11月27日(水)に爆発事故が発生した。化学物質安全規制は2013年にテキサス州西部の肥料工場で起こった硝酸アンモニウムの爆発事故を契機にして制定されたものである。新しい規制はテロを懸念したもので、企業は施設で保管している化学物質に関する情報を一般に公表したり、事故後の第三者委員会に提出しなくてもよいというものなどである。 
(写真はPanews.comから引用)
 (写真はTime.comから引用)
(写真はPanews.comから引用)
補 足
■「テキサス州」(Texas)は、米国南部のメキシコ湾に面し、メキシコと国境を接する人口約2,500万人の州である。
「ジェファーソン郡」(Jefferson County)は、テキサス州南東部に位置する人口約256,000人の郡で、郡の経済は主に石油に基づいている。
「ポート・ネチズ」 (Port Neches)は、ジェファーソン郡の東部に位置し、人口約13,000人の町である。ポート・ネチズに隣接する町は、ネダーランド(人口約17,500人)、ポートアーサー(人口約54,000人)、グローブス(人口約16,000人)がある。

 ジェファーソン郡における事故は、つぎのような事例がある。

■「TPCグループ」(TPC Group)は、1943年に設立し、現在はテキサス州ヒューストンに本部を置き、C4炭化水素から得られる付加価値製品の生産を主力としている石油化学会社である。
 ポート・ネチズ工場は、テキサス州の最大都市ヒューストンから東に130kmほど離れたところにあり、 年間約9億ポンド(40万トン)のブタジエンとラフィネートを生産している。製品はパイプライン、船、鉄道、タンクローリーで市場に出されている。一方、この工場は2017年から連邦政府の大気汚染防止法のコンプライアンスを守っておらず、米国環境保護庁からプライオリティーの高い違反者とみなされている。
      TPCグループにおける原料から製品への流れ (図はSec.govから引用)

■「ブタジエン」は、化学式 C4H6で、無色、無臭、引火性のガスで、沸点-4.4℃である。石油留分を熱分解してエチレンを製造する際の生成ガスから分離する方法や、ブタンやブテンの脱水素法などにより工業的に製造され、合成ゴム製造原料などに用いられる。製油所から生産される留分の中で価値の低いブタンを高付加価値化することが求められており、日本でも脱水素法によるブタジエンの高収率化の技術開発が現在も続けられている。
        ブタジエンの製造方法の例 (図はZeon.co.jpから引用)
       ブタジエン高収率化の技術開発の例 (図はMeti.go.jpから引用)

所 感
■ 爆発・火災の起点や要因は分かっていない。現場の負傷者の中に従業員のほか請負会社の人が1名いる。発災が午前1時頃であり、請負会社の人が構内にいる時間帯ではないので、何らかな異常が出て、呼び出され、この異常の対応中に爆発に至ったのではないだろうか。
 さらに、発災から約13時間後の午後2時頃に再びプロセス装置のタワーが噴き飛ぶような爆発が起こった。一回目の爆発事故時に電源が喪失し、プロセス装置の状況を把握できなくなったことが背景にあるだろう。このときには、工場のマネージャーは工場内に揃っていたと思われるが、状況が分からない中では的確な指示を出すことは困難だっただろう。
 今回の事故では、プロセス装置の電源喪失が被害を大きくしたと思われる。火災事故と電源喪失という2つの異常が重なる事故が実際に起こっており、現時点の教訓としては、つぎのような状況を想定した火災事故の対応を考えておく必要があると思う。
 ① 計器関連の電源だけ喪失時の火災事故対応
 ② プロセス装置の大半の電源が喪失時の火災事故対応 

■ 消防隊の消火戦略は、冷却散水を行う防御的消火戦略をとったとみられる。消火の専門家の指摘のように、液化石油ガスの火災において消火泡を使用して火を消すと、再燃した際に爆発を起こすことは消防隊も分かっていたと思う。2度目の爆発は消火泡による消火をしたのではなく、プロセス装置側の異常反応や過充填などの事象にもとづくものだろう。
 火災は何箇所にも広がっており、3基の貯蔵タンク(球形タンク)に引火することが懸念されたのは、被災写真を見ても理解できる。消防隊は、ブタンなどが入った球形タンクに水噴霧を行い、タンクの温度保持に努めたが、失敗すれば、2011年3月に起きた「東日本大震災の液化石油ガスタンク事故(2011年)の原因」と同じように被害がさらに拡大しただろう。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
    ・Afpbb.com,  米テキサス州化学工場で爆発、近隣に避難指示 現地報道,  November 27,  2019
    ・Jp.reuters.com,  米テキサス州化学工場で爆発、住民6万人に避難命令,  November 28,  2019
    ・Nhk.or.jp,  米テキサス州 化学工場で爆発炎上 4万人余に避難命令,  November 28,  2019
    ・Jiji.com,  米テキサス州の化学工場で爆発 6万人に避難命令,  November 28,  2019
    ・Asahi.com,  米の化学工場で2度の爆発、住民数万人に避難命令,  November 28,  2019
    ・Globenewswire.com,  Incident Statement #1 – TPC Group Port Neches Operations,  November 27,  2019
    ・Edition.cnn.com, Firefighters contain the blaze at a Texas chemical plant but a mandatory evacuation order remains in pl
ace,  November 28,  2019
    ・Edition.cnn.com, Firefighters contain the blaze at a Texas chemical plant but a mandatory evacuation order remains in pl
ace,  November 28,  2019
    ・Edition.cnn.com, Evacuation order lifted after Texas chemical plant explosions, but officials warn about asbestos debris
,  November 29,  2019
    ・Cbsnews.com,  60,000 people forced to evacuate after explosions at Texas chemical plant,  November 27,  2019
    ・Reuters.com, UPDATE 11-Residents flee fourth major Texas petrochemical fire this year,  November 27,  2019
    ・Vice.com, Videos Show Giant Texas Chemical Plant Explosion That Forced 60,000 People to Evacuate,  November 29,  2019
    ・Tpcgrp.com, TPC GROUP INCIDENT UPDATE #3 – TPC GROUP PORT NECHES OPERATIONS,  November 27,  2019
    ・Kfor.com,  Texas chemical plant explosion causes extensive damage to city,  December 27,  2019
    ・Beaumontenterprise.com, Fire glows in ghost town,  December 29,  2019


 後 記: 今回の火災事故は日本でも報じられ、多くの記事が報道されていました。その中にタンクが損傷したらしい記事があり、調べ始めました。結果はどうやら延焼の危機はあったのですが、タンクは無事だったようです。しかし、事故は発災設備や発災原因に言及されることが少なく、火災や消火活動の状況ははっきりしません。また、今回の事故は、住民6万人を対象とした避難勧告が行われており、当然、そちらの方がメインの記事になっています。一方、避難勧告の対象者は4万人や5万人などメディアによって違いがありました。人口約13,000人のポート・ネチズで起こった事故で、住民の数を越えるような避難ですから、混乱は生じたでしょう。混乱といえば、タワーが噴き飛んだのは大半が二回目の爆発と報じていましたが、ひとつだけ4回目という記事があり、これを採用しました。小さな爆発音を発する火炎もあり、はっきり区別するのは難しいことはありますが、現場・現物・現実(三現主義)での取材が行われていないことを感じさせます。メディアもそうですが、テキサス州で事故が多発している中、化学物質安全規制を緩めたら、さらに今回のようなひどい事故が起こっています。米国はどうなっているのでしょうかね。


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