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2019年7月1日月曜日

米国ペンシルバニア州の製油所アルキレーション装置で爆発・火災

 今回は、2019年6月21日(金)、米国のペンシルバニア州フィラデルフィアのフィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社のアルキレーション装置で巨大なファイヤーボールを伴った大爆発があり、火災となった事故を紹介します。
(写真はNbcphiladelphia.comから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、米国のペンシルバニア州(Pennsylvania)フィラデルフィア(Philadelphia)市南部のフィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社(Philadelphia Energy Solutions)の製油所である。この製油所は150年の歴史を有し、現在は精製能力335,000バレル/日で米国東海岸において最大規模の石油精製工場であり、1千人近くの作業員が勤務している。
 
■ 製油所のプラントは「ジラード・ポイント地区」と「ポイント・ブリーズ地区」に分かれており、そのほかに「スクールキル・リバー・タンク地区」と「ノース・ヤード地区」に分けられている。事故はジラード・ポイント地区で起きた。

■ 発災があったのは、ジラード・ポイント地区にある高オクタン価ガソリンを製造するアルキレーション装置で起こった。
フィラデルフィアの製油所付近 (矢印が発災場所)
(写真はGoogleMapから引用)
フィラデルフィア・エナジー・ソリューション社の製油所の地区分け
(写真はInquirer.comから引用)
フィラデルフィア・エナジー・ソリューション社のアルキレーション装置付近
(写真はGoogleMapから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年6月21日(金)午前4時頃、製油所で火災が起こった。装置が炎に包まれ、激しく燃え上がる中、およそ20分ほど経ったとき、大爆発が生じ、巨大なファイヤーボールが夜空に立ち昇った。
■ 爆発による破片が飛び、構外の通りや信号機の上に落下した。黒煙は製油所から東方に流れ、デラウェア川を越え、州南部の広範囲に広がった。

■ 付近の住民は事故が起きたとき、壁にかけていた絵の額などが揺れ、爆発音が聞こえたという。数マイル離れた場所からも、火の手が上がる様子が見えたほか、フィラデルフィア市中心部でも煙が感知された。爆発の瞬間を撮ったビデオが流され、視聴者は「原爆だ!」と叫んでいる。
 注; ビデオはいろいろあるが、ユーチューブにはつぎのようなものがある。

■ 市は午前5時30分に早期警戒サイレンを鳴らし、施設周辺に緊急避難するよう促した。製油所付近の道路は封鎖された。

■ 発災に伴い市消防署が出動し、資機材を携えた消防士は120名を超えた。製油所の自衛消防隊員は炎と戦い、市の消防隊がサポートに回っている。火災は装置エリアに限定されているという。

■ 事故はアルキレーション装置の漏洩から火災になり、爆発につながった。その後、ボイラーがすべて停止し、ジラード・ポイント地区の装置群は強制的にシャットダウンを余儀なくされた。

■ 火災は、ブタン(またはプロパン)の入った容器(バット)から出火したとみられる。装置内の輻そうした配管に火災が延焼し、小規模の爆発があったあと、大爆発に至った。結局、アルキレーション装置で3回の爆発があった。

■ 6月22日(土)の朝の時点で、ガス配管の穴から火災が燃え続けていると、フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社は発表した。火災はまだ制御下になく、バルブに近づくことは危険な状態にあり、製油所でバルブを閉止できるまで燃え続くだろうと消防隊はいう。

■ 消防署ハズマット隊と公衆衛生局は、製油所の空気を採取し、分析した結果、住民の健康への影響はないと発表した。通常よりアセトンとエタノールの2つの成分が高く、5ppbを超えていたが、どちらも危険レベルではないという。

■ 6月22日(土)、火災は小さくなっているが、代わって懸念されているのが製油所で取扱っている最も有毒な物質のひとつであるフッ化水素酸(HF)の状況である。この装置では、触媒としてフッ化水素酸を使用しており、ガス化するとフッ化水素となり、製油所の境界を越えて漂えば、住民を危険にさらす恐れがある。曝露すれば、皮膚や呼吸器官への刺激を引き起こしたり、量が多いと致命的な危険性がある。

■ 市当局はフッ化水素は放出されなかったと語った。装置の近くにフッ化水素酸の貯蔵タンクがあり、装置を揺るがした爆発の猛烈さを考えると幸運だった。

■ 6月22日(土)になって、影響を受けた装置の火災は極めて小さくなった。火災はこのように小規模のまま管理することが、この種の装置の火災事故を安全に収束させるには最も適切だという。

■ 火災は2日目の6月22日(土)午後に鎮火した。

■ 火災の燃料供給源になっていたガスのバルブは閉止された。また、爆発・火災に関連していたタンクは孤立された。 

■ 事故に伴い、爆風で製油所の従業員5名が負傷したが、ケガの程度は軽傷だという。
(写真はNbcphiladelphia.comから引用)
(写真はInquirer.comから引用)

(写真はNbcphiladelphia.comから引用)

(写真はReuters.comから引用)
(写真はNbcphiladelphia.comから引用)
 被 害
■ アルキレーション装置が爆発・火災で損壊した。火災や爆風によって被害を被った装置があるとみられるが、被害の程度は不詳である。

■ 製油所のジラード・ポイント地区(精製能力が200,000バレル/日)の操業が停止した。  
■ 爆風で製油所の従業員5名が負傷したが、ケガの程度は軽傷だという。

■ 住民に、一時、避難勧告が出ていたが、避難した住民はいないとみられる。また、爆風によって飛散したプラントの破片が構外に落下したが、負傷や被害の報告はない。

< 事故の原因 >
■ 事故の原因は調査中である。

■ 事故の要因は、アルキレーション装置の漏洩から火災になり、爆発に至ったとみられる。火災は、ブタン(またはプロパン)の入った容器(バット)から出火したとみられ、装置内の輻そうした配管に火災が延焼し、小規模の爆発があったあと、大爆発に至った。

< 対 応 >
■ フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社では、6月10日(月)に火災事故が起こっている。フィラデルフィア市長は、6月21日(金)、フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社に2つの火災事故が相関がないことを確認したが、これらの火災事故によって製油所周辺の住民が懸念を認識している旨、同社に伝えた。

■ この事故対応に参画している機関は、労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration;OSHA)、アルコール・タバコ・火器局(Bureau of Alcohol, Tobacco and Firearms;ATF), 米国化学物質安全委員会(the U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board;CSB)、消防長官室(the Fire Marshal’s Office)である。これらの機関は6月24日(月)の朝から正式に原因調査を開始する。

610日の火災事故 (写真はWhyy.orgから引用)
■ 6月23日(日)、大規模な火災で、装置の1つが完全に損壊したため、製油所からのガソリン供給に支障が生じる見通しとなった。製油所の敷地は二分割されており、崩壊したアルキレーション装置を含む「ジラード・ポイント地区」は長期間閉鎖される可能性がある。残る「ポイント・ブリーズ地区」のプラントは、6月10日(月)のポンプで火災が発生したことを受けて、すでに50,000バレル/日の流動接触分解装置の補修に入っている。精製能力が200,000バレル/日の「ジラード・ポイント地区」の操業が再開しても、アルキレーション装置が損壊したため、稼働率は通常を大幅に下回る見通しである。同設備の建て直しには数年を要する可能性がある。

■ フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社は、2018年、連邦破産法11条の適用を申請した後、再建を目指し取り組んできた。財務問題を抱える中で、今回の火災によって製油所運営に対する地元住民や当局の安全上の懸念が増している。

■ 6月26日(水)、フィラデルフィア市長は、フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社が来月に施設を閉鎖するという決定をしたと語った。市長によると、1,000人以上の従業員が影響を受けるという。

■ 6月26日(水)の米国のガソリン価格は5.4%増の1.9787ドル/ガロン(56円/L)で、5月23日以来最も高い値となった。
(写真はNbcphiladelphia.comから引用)
(写真はWhyy.org から引用)
 
(写真はFox29.comから引用)
爆発で構外に落下した破片 (写真は6abc.comから引用)

補 足
■「ペンシルバニア州」(Pennsylvania)は、米国の北東部に位置する州で、人口約1,270万人である。 
 「フィラデルフィア」 (Philadelphia) は、フィラデルフィア郡にあり、ペンシルバニア州南東部に位置し、市域人口約156万人、都市圏は約710万人の大都市である。
米国におけるペンシルバニア州の位置
(図はNizm.co.jpから引用)
■「フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社」(Philadelphia Energy Solutions)は、施設を米国石油会社スノコ社と投資ファンドのカーライル・グループの共同事業でもっており、日量335,000バレル/日は米国全体の精製能力の2%弱を占める。フィラデルフィアの多くのひとは今もスノコ製油所と呼んでいる。1866年スクール・リバー地区で石油事業が始められ、家庭照明用の灯油を生産していた頃から150年の歴史を有しているが、 現在の2つの製油所からなる複合施設は最終的にサン・オイル社に買収され、1886年にスノコ社と改名された。
 フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社は、インターネットのウェブサイトをもっており、そのニュースルームには、「信頼性の高い明確な情報をタイムリーにニュースメディアに提供することを約束する」と書かれている。しかし、今回の事故情報は無く、最新のニュースは2018年8月27日で、9か月間更新されていない。

■「アルキレーション装置」は、流動接触分解装置から生成される軽質オレフィン留分(C3~C5オレフィン)を高オクタン価のガソリン基材に製造する装置で、触媒を用いて反応させる接触アルキル化法が主流である。使用される触媒は主に硫酸またはフッ化水素酸の二方式がある。硫酸を触媒とするプロセス・ライセンサーはStratco社、Kellogg社、ERE社で、フッ化水素酸を触媒とするプロセス・ライセンサーはPhillips社、UOP社である。今回、事故のあったアルキレーション装置はフッ化水素酸式であるが、ライセンサーは分からない。なお、フッ化水素酸(HF)式アルキレーション装置の例を図に示す。
フッ化水素酸(HF)式アルキレーション装置の例 
(図はRavenflo.comから引用)
■「フッ化水素酸」(HF)はフッ化水素の水溶液である。密度1.15g/mLの無色で、触れると激しく体を腐食する危険な毒物である。水溶液でなく、フッ化水素のガスも低被爆で皮膚や呼吸器への刺激を引き起こし、大量に摂取すると、致命的な毒物である。実際、2012年、韓国の化学工場で発生したフッ化水素酸の漏出事故では、作業員ら5人が死亡し、住民4,000人を超す人が健康被害を受けた。
 フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社が連邦規制当局に提出した製油所のリスク管理計画によると、最悪ケースの場合、フッ化水素ガス雲が10分間で7マイル(11km)流れ、ペンシルバニア州とニュージャージー州の110万人の住民に影響があるという。フィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社のリスク管理計画によるHF影響範囲を図に示す。
 従来からフッ化水素酸の危険性は認識され、アルキレーション装置の触媒としてフッ化水素酸を使用することは廃止すべきという指摘や住民運動があっている。
ィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社のリスク管理計画によるHF影響範囲 
(図はInquirer.comから引用)
所 感
■ 今回の事故の爆発映像を見て、あきらかに液化石油ガス系によるものと感じた。また当初、ブタンまたはプロパンタンクから出火したという情報もあり、球形タンクが燃料源ではないかと思った。しかし、火災はブタン(またはプロパン)の入った容器(バット)から出火したとみられ、アルキレーション装置内の爆発・火災事故だったことが分かった。
 一部のメディアから、アルキレーション装置で使用されているフッ化水素を危惧する指摘があったが、実際、フッ化水素酸が構外へ流出しなかったのは幸いだったと思う。フッ化水素酸は人への危険性が高いだけでなく、腐食性が高く、装置内の腐食管理に苦慮すると聞いている。今回の発災時間(午前4時頃)や最初に漏れがあったということから、腐食による漏洩が関与しているのではないだろうか。

■ 消防活動がどのように行われたか分からないが、事業所の自衛消防隊が第一線の炎と戦い、市の消防隊がサポートに回っている。アルキレーション装置という特別なプロセスであり、この判断は適切だったと思う。積極的消火戦略はとらず、燃え尽きさせる防御的消火戦略として冷却放水をとったとみられる。しかし、発災から20分ほどで爆発が起こっているので、すでに自衛消防隊の隊員は配置に付いていた時間帯と思われ、よく爆発に巻き込まれなかったと思う。液化石油ガス系を含む火災であり、初期は不介入戦略として発災点から距離を置いたのかも知れない。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Jp.sputniknews.com,米フィラデルフィアで石油精製工場が大火災,  June  21  2019
    ・Jp.reuters.com,  米フィラデルフィアの製油所で大火災、ガソリン供給に支障=関係筋,  June  24  2019
    ・Nikkei.com,  米北東部の精製所で火災、ガソリン先物一時4%高 ,  June  21  2019
    ・News.tv-asahi.co.jp,  石油精製所で大爆発、炎に包まれ燃え上がる工場,  June  22  2019
    ・ 6abc.com, Philadelphia Energy Solutions Oil Refinery Announces Plans to Close Following Fire,  June  27  2019
    ・Phila.gov,  City Releases Statements on Philadelphia Energy Solutions Fire,  June  21,2019
    ・Phila.gov,  City Releases Update on Philadelphia Energy Solutions Refinery Fire,  June  22,2019
    ・Phila.gov,  City: Refinery Fire Extinguished; Air Monitoring Continues,  June  23,2019
    ・Phillymag.com,  Kenney: PES Refinery “Intends to Shut Down” as Blast Investigation Begins,  June  26,2019
    ・Washingtonpost.com,  Massive Fire Breaks out at Philadelphia Oil Refinery,  June  21,2019
    ・Washingtonpost.com, Explosions, fire rock US oil refinery; gas prices could rise ,  June  21,2019
    ・Nbcphiladelphia.com,  Massive Fire, Explosions at South Philadelphia Refinery Contained, But Not Yet Extinguished,  June  21,2019
    ・Inquirer.com, Philadelphia Energy Solutions to Close Refinery Damaged by Fire; Gas Prices Spike,  June  26,2019
    ・Phillyvoice.com,  Refinery Explosion Poses No ‘Immediate Danger’ to Philly Residents, City Health Dept. Says,  June  21,2019
    ・Edition.cnn.com,  A Fire at a Philadelphia Oil Refinery Sparked an Explosion Felt for Miles,  June  21,2019
    ・Whyy.org, South Philly Refinery Fire Extinguished; City Continues to Monitor Air Quality,  June  23,2019
    ・Bloomberg.com, Summer Driving Gets Pricier Start as Refinery Burns,  June  21,2019
    ・Reuters.com, Unit at Philadelphia Refinery Completely Destroyed in Fire,  June  24,2019
    ・Abc11.com, Philadelphia Energy Solutions Refinery Fire Extinguished, Air Monitoring Continues,  June  24,2019
    ・Eenews.net, Explosions Trigger Calls for Closing Aging Pa. Refinery,  June  24,2019
    ・Foxbusiness.com, East Coast’s Largest Oil Refinery to Close after Fire, Philadelphia Mayor Confirms,  June  26,2019


後 記: 今回の事故は、現在の米国の縮図を見ているような気がしました。事故の影響でガソリン価格が値上がりしたといいます。値が上がっても、56円/リットルと日本の1/3ですよ。昔、日本でも水よりガソリンの方が安いという話がありましたが、米国では今も続いているということです。石油を大事に使おうという気は起こらないでしょう。しかし、石油精製をやっているフィラデルフィア・エナジー・ソリューションズ社は財務問題を抱え、2018年に連邦破産法11条の適用を申請した後、再建を目指しているといいます。ガソリンを作るアルキレーション装置は長年使ってきているフッ化水素式で、住民への安全性を危惧されていますが、いまさら、代替できない状態でしょう。一方、フッ化水素の危険性を定量的に出し、製油所のリスク管理計画として連邦規制当局に提出しているというのも米国らしい数値の好きな国民性だと感じます。(合理的ではありませんが) 安いガソリンで成り立っている米国ですが、内情をみると、バラ色ではないことは確かですね。



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