■ 工場において異常事態が起こり、火災が発生すれば、確かに危険な状態で非常に動揺する。一方、経験豊かな消防士が対応していれば、恐怖心がないようにみえる。そのような消防士は、火災を幾度も間近に見る経験をし、あるいは火との戦いを経験し、火災の特徴や挙動について精通することによって余裕をもっているだけだといえよう。
■ しかし、ある種の火災状況においては、現場で燃えているタンクへ立ち向かっている消防士にとって、水をどこかへもっていきたいという思いに駆られることがある。それは原油で満たされたタンクで、特に火災になってから長い時間を経過しているときである。燃焼面は荒れ狂い、脅しているかのような状況のもとで、タンクの底には眠れる巨人がいる。もし間違ったり、判断ミスを犯せば、この巨人を眠りから覚めさせ、消防士が頭の中で理解している危険な状況をはるかに越える結果が待っている。
■ ここで、重要ではっきり言えることは、すべての消防士が実施している消火活動の戦略と戦術について理解しておくことである。しかし、火災中、燃焼面の下、壁の背後あるいは配管類の裏で起こっている動きは、消防士にとって必ずしも明らかではない。
■ 原油火災は特異な獣(けだもの)ようなものである。その獣はいろいろな戦術を繰り出し、ときには予想もしない戦い方をしてくる。ガソリンのような油火災とは別な油種だということを必ず理解しておくことである。原油が燃焼していく中で、ある部分はタンク内においてかなりの熱を下に伝えていく。
■ 燃焼面で生まれた熱は、原油中を“ヒート・ウェーブ”となって安定した速さでゆっくりと下降していく。このヒート・ウェーブがタンク底に溜まっていた水の層に到達すると、水を温め始め、水が水蒸気に変わる沸点まで加熱していく。
原油タンク火災の液面下では、ヒート・ウェーブが底に溜まった水の層へ進行し、水が水蒸気に変わる。この膨張する威力で大きな爆発が起こる。
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■ タンク内の水が水蒸気に変われば、体積が1,700倍に膨張し、激しい水蒸気爆発が起こるだろう。例えば、タンク底に500ガロン(1,900リットル)の水の層があれば、原油の下で850,000ガロン(3,210,000リットル)の水蒸気が爆発的に膨張し、タンク直径の6倍までの範囲に噴出物を地上に降り注ぐ可能性がある。
■ 今日の工場施設は、近くに別な構造物が建てられていることが多い。このことは、爆発が隣接しているタンク、LPG横型タンク、配管類、近隣住民などに影響を及ぼすということである。
■ 現在のところ、タンク火災に対して配慮しておくべき対象エリアは、概ねタンク直径の1/2~2倍の範囲である。ボイルオーバーが起こると、対応している消防士、消防車両、泡薬剤、消火水源、待機している救急医療チームなど多くの人たちと資機材が危険に曝されることになる。
■ 重要なことはつぎのとおりである。
① 敵を知ること。このため、つぎのことを把握しておく必要がある。
● タンク内には、どのくらいの油が入っているか?
● どのくらいの時間、燃え続けるか?
● 火災の初期対応の活動によって、どのくらいの水がいわゆる“眠れる巨人”にもたらされたか?
原油タンクの中に大量の水を投入すると、油を乱すことになり、表面火災に大きな影響を与える。
原油の中で進行している“ヒート・ウェーブ”を認識し、
常に“ヒート・ウェーブ”について監視しておく。
② 成功に導く消火戦略をもっていること。
● 消火水源、泡薬剤、人員、放射装置、その他の物資は十分か?
● 最も安全で有効な配置を確保したか?
● 人員資機材をどのように移動するか? 交替をどのようにするか?
必要な場合の避難をどのようにするか?
③ 対応を始める初期から正当な方法で進めること。
● 敵である原油はもともと在る水を使うかもしれないし、最終的にその水でボイルオーバーを
引き起こすということを認識しておく。
● 消火戦略を考え、資機材を確保し、目的と方法を明確にした戦術を実施する。
● 消火泡の放射は、できる限り早い段階で行わなければならない。
初期の風の条件によっては、他のタンクの引火につながることがある。ボイルオーバーは、タンク半径の4倍以内のエリアにあるものすべてを破壊に至らせることがある。未燃の原油によって、ボイルオーバーが繰り返し起こることがある。火災が長引くと、タンク内にコークスが生成していく。
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補 足
■ 「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams
Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
ウィリアムズ社の名前を世界的に有名にしたのが、2001年米国ルイジアナ州のオリオン製油所において発生した直径82mのガソリンタンクの全面火災に同社が出動し、大容量泡放射砲を使用して65分で消火させた対応である。
■ ウィリアムズ社はウェブサイトを有しており、各種の情報を提供している。この中で「Code
Red Archives」というサブサイトを設け、同社の経験した技術的な概要を情報として公開している。今回の資料はそのひとつで
「Boilovers - The Sleeping Giant」というPDF資料とビデオを紹介している。
■ 当ブログで「ボイルオーバー」について言及した主なものは、つぎのとおりである。
● 2011年10月、「米国オリオン製油所のタンク火災ー2001」
● 2012年9月、「タンク火災への備え」
● 2013年6月、
「タンク火災時の冷却水の使い方」
● 2013年9月、「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」
● 2014年2月、「貯蔵タンクのボイルオーバーの発生原理、影響および予測」
● 2014年4月、「浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー」
● 2014年5月、「1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー事例」
● 2014年10月、「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」
● 2014年10月、「石油貯蔵タンク火災の消火戦略ー事例検討(その1)
所 感
■ 本資料は、ウィリアムズ社の消火活動に対する取組み姿勢や原油タンク火災のボイルオーバーに関する考え方を知る上で参考になる。
例えば、タンク内部の状況を示す図があるが、ボイルオーバーを引き起こすヒート・ウェーブが風の影響を受けること、堤内火災がボイルオーバーを早める可能性があることを示唆している。ウィリアムズ社はヒート・ウェーブの下降速さについて約2~3フィート/時(60~90cm/h)とみているようであるが、この資料では敢えて言及していない。これは、現場の状況によって異なるということを経験で理解しており、大切なことは、「原油の中で進行している“ヒート・ウェーブ”を認識し、
常に“ヒート・ウェーブ”について監視しておく」ことだという。
■ 興味深いのは、原油タンク内に留まっている水を“眠れる巨人”と表現していることである。そして、米国で徹底している戦略・戦術論から敵を原油と水と位置づけている。日本人はもともと戦略思考をもつことに乏しく、このように水を敵とする発想は生まれにくい。この点は、消火活動で成功した例も失敗した例をもつウィリアムズ社の実体験から来る率直な意見であろうし、消火戦略・消火戦術の基本とは何かを伝えようとする思いを感じる。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Williamsfire.com, 「Boilover - The Sleeping
Giant」, CODE RED ARCHIVES, Williams
Fire & Hazard Control.Inc
後 記: ウィリアムズ社がボイルオーバーに対してどのように思っているか興味があり、事故事例や技術論文と違った資料ですが、紹介することとしました。文章表現が難しく、日本語にしにくいところがありました。言葉では眠れる巨人(Sleeping
Giant)と訳していますが、所感で述べたように「敵」を具体的に意識することができません。
「敵を知ること」という言葉は理解できますが、ボイルオーバーといっても、自然現象のひとつとして考えてしまいます。
「その獣はいろいろな戦術を繰り出し、ときには予想もしない戦い方をしてくる」というウィリアムズ社の人たちは、水を眠れる巨人とはっきりと具象化し、頭の中で形を描いているのでしょうね。
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