2005年1月13日
■ コノコ・フィリップス社のウッド・リバー・イリノイ製油所(Conoco
Phillips Wood River Illinois Refinery)は、相互応援協定を結んでいる隣接の工場で発生した貯蔵タンク事故の支援に対応するため、自社の緊急事態対策本部を立ち上げた。
イリノイ州のウッド・リバー・イリノイ製油所付近 (写真はEn.wikipedia.orgから引用)
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■ 1月13日朝早く、隣接の工場でタンク屋根のフロアが損傷し、直径110フィート(33m)の貯蔵タンクの浮き屋根が沈降してしまい、防油堤内にガソリンが漏れ出すという事故が起った。
■ 午前6時00分:コノコ・フィリップス社緊急事態対策本部ラリー・フォアハンド統括は消火泡の技術支援のため倉庫業のヘイデン・アンド・カンパニー(Hayden
and Company, LLC)と連絡をとるとともに、消防署リック・ハーゼ署長のほか事故対応指揮本部エド・ウェッツ指揮官、グレン・クーパー作業主任、デイブ・バティ安全担当、ジム・ハウスマン・チームリーダーたちとタンク事故の状況と今後の対応作業について簡単な確認を行った。
■ 初動活動として、堤内に漏れたガソリンが蒸発するのを抑えるため、泡を張った。これは、漏れたガソリンベーパーが近くにあったプロセス装置によって引火することのないようにするためであった。一方、貯蔵タンクの事業者は、できる限り早く、発災タンクからガソリン製品を移送させようとポンプの運転を続けた。
■ 日が落ちるとともに、気象条件は厳しさを増した。周囲の温度は氷点下10℃程度だったが、常に20~25mph(9~11m/s)の風が吹いていて温度を下げ、
氷点下30℃くらいまでになった。
■ 夜間にかけての厳しい天候によって、消防活動上、消防士の交替、設備の運転や管理、機材の配置や機能維持、連続放水のホース配置、泡の維持など多くの悩ましい問題が出てきた。風向きが激しく変化し、ほとんどあらゆる方向から吹くように変わり、その度に対処しなければならなかった。ガソリンが漏れ続いているエリアを覆っている泡にも少し影響が出た。
■ 凍結するような気温は一部の泡を凍らせ、覆いの効果を長くするという役に立つこともあった。温度が冷えていったため、流出したガソリンも揮発性が減少していった。
■ 午後11時00分: 指揮本部の打合せによって、現在行っている戦術作業から泡の確保を行うこととし、コノコ・フィリップスの製油所に泡薬剤の支援を要請することとした。ヘイデン・アンド・カンパニーのトム・ミューラー氏は、対応作業について意見を聞くため、ウィリアムズ・ファイヤー&ハザード・コントロール社(Williams
Fire & Hazard Control Inc.)のドワイト・ウィリアムズ社長に連絡をとった。ウィリアムズ社の緊急対応ロジスティクスのベッテ・ダスピット・コーディネーターが電話を引継ぎ、多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)の“サンダーストーム”(Thunderstorm)の在庫状況について打ち合わせた。それから、ウィスコンシン州マリネットにある薬剤メーカーのアンサル社(ANSUL
Inc.)のジュリー・オヴァーマン氏に夜間作業のための準備作業に入るよう連絡が伝えられた。
■ コノコ・フィリップス社の緊急事態対策本部から正式に、耐寒用サンダーストーム3%×6% F-600Aを1KL用トート10個分の急送便の要請が出されたので、すぐにアンサル社に連絡があり、注文どおりの薬剤を揃える夜間作業が始められた。
1KL用トート10個の梱包と荷卸しを迅速に行うため増員して作業が進められた。
2005年1月14日
■ 午前3時30分: ウィスコンシン州マリネットの気温は氷点下17℃まで下がったので、アンサル社は薬剤を2台のバン(箱型の貨物自動車)に積込み、マリネットからイリノイ州ウッド・リバーまで600マイル(960km)の輸送中に貨物が凍らないように配慮した。
■ 午後1時30分: 輸送された泡薬剤は製油所で受け取られた。
■ この出来事は支援活動の成功例として公開された。ウィリアムズ・ファイヤー&ハザード・コントロール社とアンサル社は、米国および海外に重要な流通チャンネルを確立し、世界規模で支援体制をとることができるようになった。その中で、ヘイデン・アンド・カンパニーは米国中西部14州をカバーできるようになっている。
■ コノコ・フィリップス社緊急事態対策本部のラリー・フォアハンド統括と消防署のリック・ハーゼ署長によって進められた現場の優れた対応作業とともに、今回の事故は、負傷者を発生することなく、火災に至ることもなく、環境への影響を最小限にとどめることができ、安全な油回収・清掃作業が行われ、消火薬剤の再補給がうまくいった顕著な好事例であった。
補 足
■ 「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams
Fire & Hazard Control)は1980年に設立し、石油・化学工業、輸送業、軍事、自治体などにおける消防関係の資機材を設計・製造・販売する会社で、本部はテキサス州モーリスヴィルにある。ウィリアムズ社は、さらに、石油の陸上基地や海上基地などで起こった火災事故の消防対応の業務も行う会社である。
ウィリアムズ社は、2010年8月に消防関係の会社であるケムガード社(Chemguard)の傘下に入ったが、2011年9月にセキュリティとファイア・プロテクション分野で世界的に事業展開している「タイコ社」(Tyco)がケムガード社と子会社のウィリアムズ社を買収し、その傘下に入った。
ウィリアムズ社は、 米国テネコ火災(1983年)、カナダのコノコ火災(1996年)、米国ルイジアナ州のオリオン火災(2001年)などのタンク火災消火の実績を有している。当ブログにおいてウィリアムズ社関連の情報はつぎのとおりである。
● 1974年1月、「テキサス州マグペトコ社タンク火災のボイルオーバー」
● 1996年7月、「サノコ社カナダのタンク火災における消火活動」
● 2001年6月、「米国オリオン製油所のタンク火災」
● 2003年4月、「米国オクラホマ州グレンプール火災(2003年)の消火活動」
● 2006年6月、「米国オクラホマ州グレンプール火災(2006年)の消火活動」
● 2012年10月、「大型浮き屋根式タンクの新しい泡消火モニター」
● 2015年12月、「ボイルオーバー =眠れる巨人=」
■ ウィリアムズ社はウェブサイトを有しており、各種の情報を提供している。この中で「Code
Red Archives」というサブサイトを設け、同社の経験した技術的な概要を情報として公開している。今回の資料はそのひとつである。
■ 「イリノイ州」は米国中央部にあり、南北に640kmと長く、気候は幅広く変わっている。州の大半は湿潤大陸性気候に属し、暑く湿潤な夏と冷涼から寒冷までの冬がある。
「ウィスコンシン州」は、米国北中央部でイリノイ州の北にあり、気候は湿潤大陸性である。夏は過ごしやすい日が多いが、寒暖の差が激しく、米国内ではミネソタと並び寒い州として有名である。冬は1月が最も寒く夜間は-20℃以下となることが普通であり、-40℃以下となることもある。
イリノイ州とウィスコンシン州の位置 (図はグーグルマップから引用)
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所 感
■ 本資料では、米国、特にウィリアムズ社の消火薬剤に対する取組みについてうかがい知ることができる。消火活動専門会社であるウィリアムズ社は、泡薬剤メーカーや倉庫業とネットワークを組み、米国国内および海外で消火薬剤を直ちに手配できるようにしているとみられる。今回の事例でも、泡薬剤手配決定から960kmの輸送を含め現地到着まで約半日で対応している。
日本では、基本的に法令で事業者に薬剤保有の義務を課すことで対応し、例えば、大容量泡放射砲システムの事業所配備に伴い、法令によって必要な消火薬剤を常備させるようにしている。しかし、今回の事例のように、火災対応でなく、漏洩油への泡覆いのために必要になった場合は想定しておらず、このような事故が起った場合の運用には、課題があるように思う。
■ 厳寒下における消防活動や泡薬剤調達の問題について、日本では深く考えられていないのではないだろうか。今回の事例のような厳しい気象条件は、東北の一部と北海道に限られるだろう。「夜間にかけての厳しい天候によって、消防活動上、消防士の交替、設備の運転や管理、機材の配置や機能維持、連続放水のホース配置、泡の維持など多くの悩ましい問題が出てきた。風向きが激しく変化し、ほとんどあらゆる方向から吹くように変わり、その度に対処しなければならなかった」という泡さえ凍るような条件下における消防活動について考えさせられる事例である。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Williamsfire.com, 「Resource Assists in Storage Tank Emergency Support
Services 」, CODE RED ARCHIVES, Williams
Fire & Hazard Control.Inc
後 記: この資料は最も寒い1月にしか読まれないでしょう。夏の暑い日では、北国といえども身近に感じることはないと思います。実は、原文では温度について単位(華氏、摂氏)が書かれていません。地域の気候や対応の状況から華氏と判断しました。「ゼロ以下」
(below zero)という表現になっており、摂氏ゼロは0℃で結構寒いのですが、華氏ゼロはマイナス18℃です。寒いというレベルでなく、標題の写真のように凍てつくレベルです。このような天候の中での消防活動など考えたくもありませんが、北海道の内陸地区で消防に携わっている消防士は、民間の住宅火災とはいえ、厳しい天候条件で業務に従事しているのだと思いを馳せながらまとめました。
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