今回は、2024年10月15日(火)、ベネズエラのスリア州カビマスにあるベネズエラ国営石油会社(PDVSA)のラ・サリナ石油ターミナルにある原油用貯蔵タンクが嵐の中で落雷によって火災になり、消火活動が行われたが、泡薬剤を使い果たし、ボイルオーバーを発生させ、21人が負傷するという事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、南米のベネズエラ(Venezuela)スリア州(Zulia)カビマス(Cabimas)にあるベネズエラ国営石油会社(PDVSA)のラ・サリナ石油ターミナル(La Salina oil terminal)である。この施設は、マラカイボ湖畔(Lake Maracaibo)近くに位置し、PDVSAが主に国内の港間で原油や燃料を輸送するために使用している。
■ 事故があったのは、ラ・サリナ石油ターミナル内にある軽質原油用の貯蔵タンクで、直径116フィート(35m)×高さ40フィート(12m)のタンクNo.75012である。当時、容量75,000バレル(11,900KL)のタンクに原油が40,000バレル(6,360KL)が貯蔵されていた。
<事故の状況および影響>事故の発生
■ 2024年10月15日(火)午前4時40分頃、ラ・サリナ石油ターミナルの原油貯蔵タンクが嵐の中で爆発し、火災が発生した。マラカイボ湖の東海岸では、雷と稲光が伴い、雨が激しく降っていた。
■ 発災にともない、カビマス市の消防隊が出動し、午前6時10分頃に到着し、ラ・サリナ石油ターミナルの消防隊とともに状況に対応した。作業は計画の展開と機器の設置から始まった。午前中は他の消防隊も参加し、約100人が活動した。
■ 火災発生にともない警報が鳴った。カンポ・ブランコ、ブエナ・ビスタ、ハリウッドなど周囲の住民の間で警戒が高まった。しかし、近隣の住民に避難指示は出なかった。
■ ベネズエラ国営石油会社(PDVSA) からはメディアのコメント要請に応じなかった。
■ 消防隊は、石油ターミナル内の冷却操作や上からの泡放射などあらゆることを試みた。この種の事故では適切に消火するために特殊な泡を使用する必要があるが、この地域での激しい雨が消火活動を複雑にした。
■ 消防隊は石油関連火災を消火するのに必要な泡消火剤が不足しているという状況にあったが、消防隊は消火に必要な泡を使い果たした。
■ 10月15日(火)正午過ぎ、突然、火災タンクで2回目の爆発が起こった。高さ百メートルを超す巨大な火柱が観測された。
■ カンポ・ブランコ地区は新たな爆発とともに家の窓が鳴り響いた。炎が高く舞い上がって大量の煙が発生し、マラカイボ湖の西岸、マラカイボ、ラ・カニャーダ・デ・ウルダネータで確認された。カビマスの住民の間には懸念が広がり、煙が病人、子供、呼吸器疾患を持つ人々に与える影響について当局に問い合わせがあった。
■ 巨大な火柱が発生してタンク構造物が損壊し、カビマスの住民の間にはパニックが起きた。その後、油は防油堤内に収まったが、タンク火災の炎は収まらなかった。近くに住んでいる人にとって火災に発する暑さは息が詰まるほどであり、このことから消防士たちがどのような経験をしているかがわかったという。
■ この爆発によって21人が第1度・第2度の熱傷を負った。タンクに貯蔵されていた原油の爆発的燃焼が起こり、熱波が発生し、現場にいた消防士などが被害を受けた。この事故に伴う負傷者は消防士のほか、作業員、近隣住民で、負傷者は現場近くのPDVSA病院に搬送された。
■ タンクから放出される放射熱量が高く、完全に消火するのに必要な資機材が不足しているため、火災の制御は困難だった。消防隊によると、タンク内や防油堤内で燃え続ける炎に対抗するには、より多くの水と泡薬剤が必要だったという。
■ この爆発的燃焼は、タンク内でボイルオーバーが発生したとみられている。この事象が起きたとき、タンクの温度は300~400℃であったが、水は100℃で沸騰して蒸発し、体積が1,700倍に膨張し、その上にある原油を噴き飛ばした。近くにいる人たちは、高さ200mの煙と炎の柱を目撃した。消防士は全員逃げたが、タンクの直径の10倍のエリアに影響を及ぼした。後悔すべき人命の損失がなかったが、消防士たちは高熱を受け、火傷を負った。これまでのところ公式報告はないが、消火活動を手伝っていた民間人が高温の影響を受け、数人の負傷者が出たという。
■ カビマスの消防隊長は、「多くの人が高温にさらされた。これまでに負傷者は21人確認されているが、全員軽傷である」と語り、負傷者数はさらに増える可能性があると付け加えた。
■ タンクの火災を見ていた人によると、タンクの構造が損壊する様子が確認されたという。その後、爆発音を聞こえ、火柱が高く上がったという。「沸騰が起こった」と別の目撃者は語った。消防署長によると、タンクから原油が噴き出して火災が激化し、高熱によって防油堤内がダメージを受けた。
■ この状況によって地域に大きな混乱を引き起こした。通信社のロイターが確認したビデオによると、爆発的燃焼と高熱によってタンクの構造が損なわれたという。
■ 消防隊は現場近くに留まり、火災による大きな炎を消すために必要な泡薬剤が届くのを待っていた。75,000バレルの原油を貯蔵できる容量を持った石油タンクは、事故発生から10時間以上に炎に包まれていた。10月15日(火)午後2時頃には、タンク構造物が損壊し、原油が堤内に拡散してしまった。
嵐の早朝に発生したタンク火災は夕方まで燃え続けている。
■ ユーチューブでは、タンク火災の発生を伝える動画が投稿されている。
●Youtube、「Voraz incendio en terminal
petrolera en Venezuela」(2024/10/16)
●Youtube、 「VENEZUELA | Fuerte explosión de un tanque de almacenamiento de petróleo」 (2024/10/16)
被 害
■ 原油タンク1基が焼損した。内部にあった油(6,360KL)が焼失した。
■ ボイルオーバーによって21人の負傷者が発生した。(負傷者の数は情報源によって異なり、18人から最大24人となっている)
■ 黒煙などで環境汚染が発生した。
< 事故の原因 >
■ タンク火災は落雷による。ボイルオーバーは、泡薬剤を使い果たして、タンク火災を消火できなかったために起こった。
< 対 応 >
■ 10月15日(火)夜になっても消防隊は任務を遂行していたが、火災は収まらなかった。タンク火災で活動する消防隊にとって長い夜を迎えた。 10月16日の午前0時頃になっても、炎はまだ消えていなかった。
■ 消防隊によると、10月16日(水)になって火災は90~95%消火され、現場は黒くなり、大きな泡のプールに覆われた。
■ 当局は、10月15日(火)早朝に発生した大規模な火災は10月16日(水)午前8時過ぎに鎮火されたと発表した。火災は26時間経過して制圧された。消防隊は再燃の問題を防ぐためにタンクを水で冷却し続けた。
■ ベネズエラ国営石油会社(PDVSA) は、10月16日(水)に原油タンクNo.75012で発生した火災事故を認め、消防隊が火災によって他のタンクに広がるのを防いだと述べた。
■ 消防隊によると、火傷による負傷者の数が21人に上ったことを確認したが、その多くはタンク火災の消火作業中に負傷した消防士だった。
■ これまで、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の施設では、石油生産現場、製油所、ターミナル、パイプライン、船舶の老朽化により、火災や停電などの事故が頻繁に発生しており、業務に支障をきたすことが多かった。今回の事故は、ベネズエラの石油産業の危険性を浮き彫りにしただけでなく、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA) の施設への安全性と手順を改善する緊急の必要性を浮き彫りにした。過去から火災や事故の歴史があるため、将来の事故を防止して労働者や近隣地域の安全を守るために、積極的な対策を講じることが不可欠である。労働者と地域社会の安全と幸福が最優先事項でなければならない。
■ 10月17日(木)、カビマス消防署は、「今回の事故は消すのが非常に困難な火災でした。当然のことながら、私たちの消防署はベネズエラ国営石油会社(PDVSA) の消火活活動を支援し、火災の拡大を防ぐために協力しました。それは組織的な仕事であり、常に政府のあらゆる分野と協力する意欲と準備ができていました。危険にさらされているのは、私たちの都市だったからです」と語った。
補 足
■「ベネズエラ」(Venezuela)は、正式にはベネズエラ・ボリバル共和国といい、南アメリカ大陸北部に位置する連邦共和制国家で、人口約2,840万人である。
産油や鉱物資源により1980年代ごろまでは南米でも最富裕国であったが、貧富の差が著しく、その後の原油価格の下落や政策の失敗などにより経済状況は徐々に悪化し、現在は多くの国民が貧困にあえいでいる。現在のベネズエラの経済は完全に石油に依存しており、輸出収入の96%が石油であるが、石油部門が雇用するのは就労人口の0.5%にすぎない。さらに経済危機で、ベネズエラ難民の数は急増していった。国外へ逃れたベネズエラ難民は300万人を超え、この数はベネズエラ国民の1割に相当するといわれている。
「スリア州」(Zulia)は、ベネズエラの北西部に位置し、人口約430万人の州で、州都はマラカイボである。
「カビマス」(Cabimas)は、スリア州の東部でマラカイボ湖畔にある。
■「ベネズエラ国営石油会社」(Petróleos de Venezuela S.A.;ペトローレオス・デ・ベネスエラ、略称:PDVSA“ペデベーサ”と発音)は、ベネズエラ政府が所有する石油会社である。ベネズエラ政府の100%出資会社であるため、日本ではベネズエラ国営石油公社またはベネズエラ石油公団とも表記される。ベネズエラにはマラカイボ湖やオリノコ川流域を中心に非常に多くの原油が採掘され、古くからいわゆる国際石油資本(石油メジャー)による油田開発が進められてきたが、1976年にベネズエラ政府が国内の油田の国有化を宣言したことに伴い、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)が設立された。
■「発災タンク」は、軽質原油用の貯蔵タンクで、直径116フィート(35m)×高さ40フィート(12m)のタンクNo.75012と報じられている。発災時、容量75,000バレル(11,900KL)のタンクに40,000バレル(6,360KL)の原油が貯蔵されていたという。グーグルマップで調べると、外部浮き屋根式タンクが2基あるが、直径が約61mあり、発災タンクではない。被災写真を見ると、発災タンクには、タンク側板に取付けた回り階段ではなく、立掛け式の階段(ラダー)が設置されている。グーグルマップを見ると、このタイプの階段はアルミニウム製ドーム型タンクに付けられており、敷地内には5基あり、いずれも直径は約35mである。アルミニウム製ドーム式タンクは内部浮き屋根式で、原油またはガソリンタンク用に使用されていると思われ、いずれかが発災タンクであろう。しかし、被災写真を見ても、設置場所がよくわからず、発災タンクを特定できなかった。
■ 発災時の油量(容量の53%)からタンクの液位は約6.3mとなる。発災時からの燃焼時間は26時間であるので、平均の「燃焼下降速度」は約0.24m/hである。日本の実験では、原油(アラビアライト相当)の燃焼速度として0.29m/hというデータがある。実験値よりやや遅い値であるが、燃焼下降速度としては妥当なデータだと思われる。したがって、火災の燃焼は燃え尽きたとみられる。
■「ボイルオーバー」が発生しているが、発災が午前4時40分頃でボイルオーバーは正午頃であるので、燃焼が始まってから約7時間20分でボイルオーバーが起こっている。ヒートウェーブ降下速度は一般的に認められている“経験則”によれば、約 1~2 m/hといわれており、この値によれば、液位約6.3mでは3.1~6.3時間後に発生することになる。しかし、ヒートウェーブ降下速度はタンクの全表面において必ずしも一定でないし、実際の速さは油の種類や組成によって異なる。発生時間が液位の終盤でなく、その後も19時間近く燃焼しているので、沈降した浮き屋根で水のポケットが関係したのではないだろうか。
なお、日本の北海道苫小牧市で行われたボイルオーバーの実験(1998年と1999年)では、ヒートウェーブ降下速度は34cm/hと40cm/hのデータが得られている。米国のウィリアムズ F&HC社(Williams Fire & Hazard Control)は、ヒートウェーブ降下速度を約2~3フィート/時(60~90cm/h)とみている。
■ ボイルオーバーに関して、これまで紹介したブログはつぎのとおりである。
●「貯蔵タンクのボイルオーバーの発生原理、影響および予測」(2014年2月)
●「浮き屋根式貯蔵タンクのボイルオーバー」(2014年4月)
●「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」(2013年9月)
●「テキサス州マグペトコ社タンク火災のボイルオーバー(1974年)」(2014年2月)
●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略」(2014年10月)
●「石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1)
」(2014年10月)
●「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(1983年8月)」(2014年12月)
●「原油貯蔵施設におけるリスクベース手法による火災防護戦略」(2016年3月)
●「中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生」(2016年8月)
●「原油貯蔵タンク火災時のボイルオーバー現象」(2016年9月)
●「イエメンでディーゼル燃料タンク爆発、薄層ボイルオーバーか、負傷15名」(2019年2月)
●「1964年新潟地震における貯蔵タンクのボイルオーバー(泡消火剤の搬送)」(2021年8月)
●「ボイルオーバーの研究 = 実際的な教訓」(2021年12月)
■ 火災は泡薬剤が不足して消火できなかったと報じられている。直径約35mの全面火災の場合、「大容量泡消火砲」の必要放射能力は10,000 L/minである。大容量泡消火砲システムが配置されたと報じられておらず、大型化学消防車の3台分以上の放射能力が必要で、配置場所を考えれば、実際には大型化学消防車では消火できない。火災が消火できなかったのは、泡薬剤だけでなく、必要な消火用機材が配備されていなかったからだとみられる。
所 感
■ ベネズエラのタンク事故を紹介するのは、2019年3月の「ベネズエラの超重質原油アップグレード関連施設でタンク火災」(2019年8月)以来であるが、変わらずひどい事故内容である。泡薬剤が不足していただけでなく、使い果たして消火活動ができなくなっていたにもかかわらず、ボイルオーバーを発生させ、21人の負傷者を出してしまった。
■ 今回の事例の反省点(教訓)は、「原油タンクの全面火災時には、まず攻撃的な消火戦略として大容量泡放射砲などを使用して消火活動を行う。制圧が可能であれば、泡放射を開始してノックダウン時間(20~30分)を経過すれば、火勢が衰えるはずである。しかし、火勢が衰えず、保有する消火資機材では鎮火が困難で、ヒートウェーブの下降速度からボイルオーバーの発生が迫っていると判断すれば、消火戦略を不介入戦略に変更し、消防隊などは安全域(タンク直径の5~10倍)に撤退する」ことだった。
このとき、タンク火災を“全焼” (燃え尽きさせる)の方針について承認を得ておかなければならない。しかし、ボイルオーバーの激しさが予測不能であるため、“制御した全焼”はできないと認識しておくべきである。
■ ボイルオーバーを予兆することはできない。唯一、シューという音がボイルオーバー発生の切迫したサインだといわれる。いくらかの水蒸気発生が見えることがあり、これが“ボイルオーバー”の音と同時に起こることがあるという。ただし、常にそうだとはいえず、信頼性はなく、音の始まりとボイルオーバーが起こる時までに、タンクの近くから安全に避難するには十分な時間がないかも知れないと認識すべきである。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Reuters.com, At least 21
injured in fire at Venezuela's La Salina oil terminal, sources say, October 16, 2024
・Ajot.com, Fire at Venezuela oil terminal that started Tuesday almost
extinguished, October 16, 2024
・Joiff.com, Massive fire at
Venezuelan Oil Terminal Extinguished,
October 17, 2024
・Marineinsight.com, Massive Fire Erupts At Oil Tank In Venezuela’s La
Salina Terminal, October 17, 2024
・Infobae.com, Una explosión en una terminal de PDVSA dejó al menos 18
heridos en Venezuela, October 15, 2024
・Elpais.com, Un incendio en un tanque de crudo provoca una veintena
de heridos en Venezuela, October 16,
2024
・ Larepublica.com, Al menos 21 personas heridas por un incendio en
una terminal de Pdvsa Venezuela, October
15, 2024
・Vozdeamerica.com, Sofocan incendio en área de almacenamiento de
petrolera estatal venezolana; 26 heridos,
October 16, 2024
・Cnnespanol.cnn.com, Al menos 21 heridos tras explosión e incendio en
una terminal operada por PDVSA en Venezuela, según Reuters, October 16, 2024
・Elnacional.com, Controlan incendio en tanque de Pdvsa en Cabimas
tras impacto de un rayo, October 15,
2024
・Spanish.news.cn, Controlado incendio en tanques de crudo al oeste de
Venezuela que dejó 26 heridos sin víctimas mortales, October 17, 2024
・Adrnetworks-mx.translate.goog, Incendio en Terminal Petrolera La
Salina: 21 Heridos Tras Impacto de Rayo,
October 17, 2024
・Primeraedicioncol.com, Incendio de tanque petrolero en Cabimas:
Columna enorme de fuego alarmó a la ciudad y se reportan heridos (Fotos), October 15, 2024
・Radiofeyalegrianoticias.com, Explosión en tanques de Pdvsa en
Cabimas deja 18 heridos, October 15,
2024
後 記: 今回の事故情報は単に落雷によるタンク火災と思っていました。ところが、負傷者が21人出たという事故の状況はどのように理解してよいかわかりませんでした。もともとベネズエラのこの種の事故内容は曖昧な傾向にあり、事故写真の中にAIによる架空イメージの画像が出てきたりして、ますます懐疑的になりました。(偽写真ではなく、はっきりとCHAT GPTと言っているのは良心的ですが) ところが、メディア情報の中に“ボイルオーバー”ということばが出てきて霧が晴れるように疑問が消えました。メディアはタンク火災の長い経過時間をまとめて記事にしています。落雷によるタンク火災から始まり、途中で爆発(正確にいうと爆発的燃焼)があって21人が負傷したという情報は間違いではなかったことが分かり、やっと事故状況をまとめることができました。発災タンクを特定できなかったのは残念ですが。