2023年6月24日土曜日

米国で難しいタンク火災、耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)を使用して消火

 今回は、 202363日(土)、米国ルイジアナ州にあるカルカシュー・リファイニング社の製油所で起こった落雷によるタンク火災事故を紹介します。火災は内部浮き屋根式貯蔵タンクで起こったものですが、タンク内の障害物で消火は難航し、USファイアポンプ社緊急対応チームが支援要請を受けることになり、耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)を使用して消火に至りました。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、米国ルイジアナ州(Louisiana)レイクチャールズ(Lake Charles)にあるカルカシュー・リファイニング社(Calcasieu Refining Co.)の製油所である。

■ 事故があったのは、製油所のタンク地区にある直径150フィート(45m)の内部浮き屋根式貯蔵タンクである。発災時、貯蔵タンクには約46,000バレル(7,300KL)のナフサが入っていた。

<事故の状況および影響>

事故の発生

■ 202363日(土)は、不安定な大気の前線が東に移動し、激しい雷雨やひょうの脅威をもたらしたため、地域一帯に雷注意報出されていた。午後2時頃、貯蔵タンクに落雷があり、爆発・火災が発生した。タンクから炎と黒煙が立ち昇った。

■ 発災に伴い、消防署の消防隊が出動した。

■ 近くの住民のひとりは、「落雷の音が聞こえて、私はドアを開けて外へ出ました。家を出ると、最初に煙が見えました。何か大変なことが起こっているに違いないと感じました」と語っている。

■ 事故に伴い、周囲の住民や企業に対して避難と屋内退避命令が出された。タンク地区から2.5マイル(4km)以内の住民に対しては強制避難が実施され、5マイル(8km)内の住民には屋内退避命令が出された。その後、屋内退避命令は5マイル(8km)から3マイル(4.8km)に縮小された。避難しなければならない人々のためにバートン・コロシアムに避難所が開設された。

■ 負傷者は報告されていない。

■ 火災の状況はユーチューブに投稿されている。

 ●INCREDIBLE drone footage captures massive fire at Calcasieu Refining Company2023/06/04)

 ●UPDATE: Oil tank fire extinguished and residents allowed to return home」(2023/06/05)

■ インターネット情報誌「ファイアファイティング・ネイション」(FireFightingNation)に、監視カメラで撮影された落雷と爆発・火災の起こる瞬間をスローモーション映像にした動画が掲載されている。もともとはツイッターに掲載されたものだが、TikTok(中国の運営する動画に特化したソーシャルネットワーキングサービス)にも掲載されている。


被 害

■ 直径150フィート(45m)のナフサ用貯蔵タンクが火災で損壊した。内部のナフサが焼失した。

■ 死傷者は出なかった。

■ タンク地区から2.5マイル(4km)以内の住民に対しては強制避難が実施された。   

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は、落雷による引火で、貯蔵タンクが爆発・火災を起こした。



< 対 応 >

■ 63日(土)、発災から5時間が経った午後7時過ぎても、直径150フィート(45m)のタンク内に液面高さ約12フィート(3.6m)の油製品が残ったまま火災は続いていた。

■ 火災は、タンク内に屋根が崩壊していたため、消火活動に難しい課題が生じていた。このため、消火活動についてUSファイアポンプ社の緊急対応チーム(US Fire Pump’s Emergency Response Team)に支援要請された。

 火災はタンク内に崩壊した屋根の上と下の両方にあり、泡の放射が必要な部分にアクセスできない状況だった。このような過酷な状況に対応するには、特別な泡薬剤が解決策として考えられた。 USファイアポンプ社緊急対応チームは、耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)を使用して消火活動を実施し、タンク消火に成功した。(使用した製品名は、 Dwight’s Signature Series 1X3 AR-AFFF foam;ドワイトのシグネチャーシリーズ1×3 AR-AFFFフォームである)

■ 火災は、64日(日)の午前4時頃に鎮火した。

■ 火災を消した後、 USファイアポンプ社緊急対応チームは、消火後の処置としてシグネチャー シリーズのベーパー抑制製品 (Vapor Suppressant ProductVSP) を使った。ベーパー抑制製品 (VSP) はフッ素を含まない製品であり、従来のように消火泡を使うよりもよい。ベーパー抑制製品(VSP)を適用すれば、ベーパーの発生を抑えるだけでなく、タンク事業者にコスト削減ももたらすという。

■ 住民に対する避難命令は64日(日)午前530分に解除された。

補 足

■「ルイジアナ州」(Louisiana)は、米国南部のメキシコ湾に面しており、人口は約465万人で、州都はバトンルージュ、最大の都市はニューオリンズである。

「レイクチャールズ」(Lake Charles)は、カルカシュー郡の郡庁所在地で、州南西部の文化的・教育的中心地として機能しており、人口は約71,000人である。

■「カルカシュー・リファイニング社」(Calcasieu Refining Co.)はエネルギー会社で、レイクチャールズにある精製能力80,000バレル/日の製油所で、原油を処理し、燃料、灯油、石油化学製品を生産している。

■「発災タンク」は、直径150フィート(45m)のナフサ用の内部浮き屋根式貯蔵タンクで、タンク高さを13mと仮定すれば、容量20,600KLである。発災時には約46,000バレル(7,300KL)の油が入っており、液面高さは4.6mとなる。

■ タンク屋根が崩壊してタンク内に落下しており、火災は屋根の上と下の両方にあり、泡の放射が必要な部分にアクセスできない状況だったという。 通常、ナフサの燃焼は激しく、原油やガソリンと比べて燃焼速度が速い。日本の実験では、ガソリンの0.33m/h、原油(アラビアライト相当)の0.29m/hに対して、軽質ナフサは0.620.87m/hというデータがある。

 今回の火災では、午後7時過ぎた時点で液面高さ約12フィート(3.6m)であるので、発災から液面1m低下するのに5時間かかっており、燃焼速度は0.2m/hと通常のナフサの燃焼速度よりかなり遅い。タンク内の障害物によって燃焼の下降速度は遅くなったとみられる。仮に燃焼速度0.2m/hで推移したとすれば、午後7時の液面高さ3.6mでは燃え尽きるまでにさらに18時間かかることになる。実際には、9時間後に鎮火している。

■ タンク火災は「障害物あり全面火災」に近い燃焼状態で、消火活動が困難と判断し、USファイアポンプ社緊急対応チームに支援要請したものと思われる。 USファイアポンプ社緊急対応チームは、いつ出発したか分からないが、大容量泡消火システムと泡薬剤を伴って現場に到着し、障害物があるようなところでも広がりやすい耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)を使用し、鎮火に至らせたとみられる。なお、このタンクの全面火災時における必要な大容量泡放射システムの泡放射能力は20,000L/minである。

■「耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)」など泡薬剤については、つぎのブログを参照。

 ●「沖縄の米軍普天間飛行場から泡消火剤が市内に大量流出」20204月)

 ●「フッ素フリー泡薬剤(F3)の研究の重大な欠陥を浮き彫り」202110月)

 ●「フッ素フリー泡薬剤(F3)への移行で取り組むべき課題」202111月)

■「USファイアポンプ社」(US Fire Pump)は、ルイジアナ州ホールデンを本拠地にした消防機材の製作会社である。同社の創設者であるクリス・フェラーラ氏は40年以上消防業界に携わっている。2014年に当時の業界に欠けていた大容量の消防ポンプを作るという目的から「USファイアポンプ社」を設立した。 USファイアポンプ社は、地方自治体や産業用消防の専門家が効果的に作業を行うために必要な補助消防設備を完備し、陸上火災、船舶火災、救助活動、ベーパー抑制作業、製油所・ターミナルの火災、その他のさまざまな緊急事態に対応している。

■「USファイアポンプ社緊急対応チーム」(US Fire Pump’s Emergency Response Team)は、2014年のUSファイアポンプ社の設立と同時にできた。緊急対応チームには、上級主任緊急対応技術者として「ウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社」(Williams Fire & Hazard Control)にいたドワイト・ウィリアムズ氏(Dwight Williams)がおり、耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF) のドワイト・シグネチャーシリーズ泡(Dwight’s Signature Series Foam)の開発者でもある。

 USファイアポンプ社緊急対応チームは、 20193月に起きたタンク火災に経験豊富な消防士15名を派遣し、大容量の泡放射砲と泡薬剤を搬送し、消火活動を支援した。

 ●「米国テキサス州で13基の貯蔵タンクが6日間火災」 20194月)

 (「米国テキサス州で13基の貯蔵タンクが6日間火災(火災拡大の要因)」 201911月)

 また、「消防活動時の水供給に関する問題の解決」20216月)についてまとめている。

■ ルイジアナ州のおける消防活動の相互応援やウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社については「米国ルイジアナ州における消防活動の相互応援の歩み」20163月)を参照。

所 感

■ 落雷と爆発・火災の起こる瞬間の映像は衝撃的である。貯蔵タンクの事故を取り扱っているが、このような映像を見たのは初めてである。最近は画像生成AIがあり、一瞬、疑いの目で見てしまった。映像は隣接されている浮き屋根式タンクの上部からプラント側を撮ったもので、たまたま落雷に遭遇した実際の画像だろう。

■ 消火活動では、タンク内に屋根が崩壊していたため、屋根の上と下の両方に炎があり、泡の放射が必要な部分にアクセスできない状況だったという。記事になっていないが、タンク側板が火災の熱で内側に座屈して燃焼面まで垂れ下がると、柔軟性に欠ける泡(たとえば、たん白系泡剤)では、トンネルができてしまい、消火のために火災面に打ち込んだ消火泡の広がらない箇所ができてしまう。  

 このような難しい状況から、USファイアポンプ社緊急対応チームに支援要請が出された。 USファイアポンプ社緊急対応チームは、障害物があるようなところでも広がりやすい耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)を使用して消火活動を実施し、タンク消火に成功したという。また、消火後の処置として用いられたベーパー抑制製品 (VSP) にも興味をひかれる。今回のような内部浮き屋根式タンクの落雷による火災は日本でも起こり得るので、参考になる事例である。

■ 被災写真だけを見て感じたことは、つぎのとおりである。

 ● 隣接タンクへの冷却放水が掛けられていない。使用する消火用水の量を管理し、排水の量をできるだけ減らすというのが、現在の考え方である。曝露対策として冷却放水する場合があるが、タンク側板部から水蒸気が出ていれば、冷却効果があると見て放水を続ける。一方、タンク側板から水蒸気が出ていない状態であれば、冷却の放水を停止する。ナフサ火災で猛烈な炎が出ているが、隣接しているタンクは油で充満していると思われ、曝露対策としての冷却放水は不要と判断したとみられる。

 ● タンクまわりのほか、プロセス側にも消火で使用された水が溜まっている。今回の製油所では、川に隣接しており、通常だと雨水は排水溝を通して川に流されていると思うが、過剰な冷却排水による混合汚染(環境汚染)が生じないよう雨水配水系を閉止にしたものと思われる。米国国内では、泡消火剤に使用されているPFOS(ピーホス)と呼ばれるペルフルオロ・オクタン・スルホン酸(有機フッ素化合物の一種)などによる環境汚染に神経を使っているのが理解できる。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

      Nbcnews.com, Lightning strike to blame for fire at Louisiana oil tank farm that prompted evacuations,  June 04, 2023

      Jp.reuters.com, Naptha tank at Calcasieu Refining catches fire due to lightning - local media,  June 05, 2023

      Apnews.com, Lightning suspected as cause for tank fire that forced evacuation in Louisiana,  June 05, 2023

      Tankstorage.com, Lightning strike at Louisiana refinery,  June 05, 2023

      Firefighternation.com, Watch: The Moment Lightning Strikes LA Oil Refinery and Touches Off Explosion,  June 07, 2023

      Sputnikglobe.com, Lightning Strike Sparks Fire at Oil Tank Farm in Louisiana,  June 04, 2023

      Kplctv.com, Evacuees return after Calcasieu Refining fire forces them to leave home,  June 05, 2023

      Kalb.com, State police say tank burning at Calcasieu Refining contains naphtha, not naphthalene,  June 04, 2023

      Insurancejournal.com, Lightning Suspected Cause in Louisiana Tank Fire,  June 05, 2023

      Wkrg.com, UPDATE: Oil tank fire extinguished and residents allowed to return home,  June 05, 2023

      Storageterminalsmag.com, US FIRE PUMP’S EMERGENCY RESPONSE TEAM SUCCESSFULLY EXTINGUISHES,  June 16, 2023

      Bicmagazine.com, US Fire Pump successfully extinguishes challenging Naptha Tank fire in Lake Charles, Louisiana,  June 19, 2023


後 記: 今回もまた写真で無駄な時間を使いました。発災タンクを調べようと、グーグルアースを開きました。発災写真の中に“Calcasieu Refining”の文字がタンク側板に書かれているので、グーグルアースの3D画像で見れば容易に見極めがつくと思ったからです。しかし、時間をかけていろいろな角度から画像を見ても該当しそうなタンクを見出せません。そこで、改めてグーグルマップの画像を見ました。あろうことかタンクが追加設置されていたのです。グーグルマップとグーグルアースで地図が違っていることがあるのは知っていたのですが、それはあまり馴染みのない国の場合で、米国の地図ではそのようなことがないと独断していました。反省点です。ところで、今回の事例は、落雷とタンク爆発・火災の瞬間、耐アルコール水成膜泡(AR-AFFF)、ベーパー抑制製品など興味深い話の多い事例でした。


 

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