2021年7月14日水曜日

タイの発泡スチロール工場でスチレン・タンクなど爆発、死傷者46名

 今回は、202175日(月)、タイのサムットプラカーン県にある台湾企業のミンディー・ケミカル社の発泡スチロール製造プラントでスチレンモノマー貯蔵タンクなどが爆発して火災があり、死傷者46名が出た事故を紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、タイ(Thailand)の中部にあるサムットプラカーン県(Samut Prakan)バーンプリー郡(Bang Pli)にある台湾企業のミンディー・ケミカル社(Ming Dih Chemical:明諦化学)の工場である。

■ 事故があったのは、発泡スチロールの製造プラントで、製造に使用されるスチレンモノマーの貯蔵タンクなどがある。

< 事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 202175日(月)午前3時頃、ミンディー・ケミカル社の工場で爆発があり、火災が発生した。スチレンモノマーの貯蔵タンクなどが爆発し、火災を引き起こした。

■ 発災に伴い、地元消防署のほか近隣の消防署が支援し、消防士100名以上、消防車30台以上が現場に出動した。

■ 住民のひとりは、「最初は雷のように感じました。その後、何かが落ちるような大きな音が聞こえ、しばらくして地震のように家が揺れ始めました」と語った。工場から約3kmの住民のひとりは、「深夜の大爆発で家の窓が壊れ、屋根が損傷し、天井の一部が倒れました。外に出てみると、空に大きな火を見ました。そして、道路沿いの家も窓が壊れていました」と語った。

■ 当局が近隣住民の避難を急ぐ中、空高く立ち上った黒煙は35km離れたバンコクの中心部からも見えた。住民には現場から少なくとも500m離れるよう、避難命令が出された。「爆発物が残っているかどうかは把握できていない」とされ、当局は引き続き消火活動に当たっている。

■ 消火活動中にも複数回の爆発があり、住宅73戸に被害が出たほか、現場から近い病院の入院患者約100人が別の病院への避難を余儀なくされている。

■ 工場では大規模な火災に拡大し、周辺の住宅にも延焼した。当局は、工場の半径5km以内への立ち入りを規制し、消火を急いだ。避難した住民は1,900人である。工場の敷地内には56棟の倉庫があり、50トンの化学物質が保管されているという。 20KLの可燃性液体という情報もある。

■ 75日(月)午後3時頃、消防士が火災を消そうと試みていたとき、工場のケミカルタンクが爆発した。工場内に保管されていたスチレンモノマーによるものと考えられている。

■ 当局は、消防士1人が死亡、住民などを含めてあわせて27人が負傷したと語った。その後、負傷者は消防士12人を含めて45人と発表された。

■ 75日(月)、発災から15時間経った午後6時も火災は続いている。午前中までに制圧されたという報道もあるが、スチレンモノマー貯蔵タンクはまだ燃えているという。午後遅く、山火事用として2019年にロシアから購入した防災ヘリコプターによって難燃剤をタンクに投棄して火災を制御しようと近くまで飛ぼうとしたが、必ずしも成功したとはいえなかった。

■ 5日(月)午前3時頃に発生した爆発・火災は、約26時間後の76日(火)午前5時頃にほぼ消し止められた。時々、燃料源から漏れて炎が舞い上がる状況だった。消防隊は、引火性の高いスチレンモノマーが再点火するのを防ぐために、水と泡を現場に注ぎ続けた。消防隊は泡を少なくとも1フィート(30cm)の厚さに保ち、空気が入らないようにした。

■ 76日(火)夕方に再び爆発が起きて、約1時間燃え、消えた。燃料源になっている配管のバルブを閉めることができたとみられる。

■ 発災した工場はバンコクのスワンナプーム国際空港の近くにある場所であるが、爆発によるフライトへの影響は無かった。

■ 監視カメラによる映像や発災現場の映像がインターネットのYouTubeで流されている。

  คลิปไฟไหม้โรงงานกิ่งแก้ว ถังเคมีระเบิด ไฟลุกท่วม บาดเจ็บนับสิบ | SPRiNG2021/07/05

   ●「台資明諦化學公司爆炸 9公里外都能感受震動」2021/07/05

被 害

■ 爆発・火災による死傷者は46名である。うち死亡者は消防士の1名である。

■ 住民1,900人が避難した。その中には、現場に近い病院の入院患者約100人が別の病院へ避難した。

■ 工場のスチレンモノマー・タンクなどの設備が大半損壊した。産業省によると、工場の被災額は7億バーツ(23億円) になるとみている。

■ 工場設備のほか、住民の家屋73戸に被害が出た。

< 事故の原因 >

■ 事故の原因は調査中である。

■ 警察による原因調査では、爆発の直前に工場のスタッフ8名が強烈な化学臭を感じて逃げたという情報がある。爆発はスチレンモノマーまたはペンタンの漏出によって引き起こされる可能性がある。

< 対 応 >

■ 工場では、多量のスチレンモノマーを保管していたが、火災後、半径1kmにわたって空気中にスチレンベーパーが確認された。当局は、スチレンベーパーを吸い込むと慢性気管支炎などを起こす恐れがあるため、工場周辺で高性能の防じんマスクを使用するなど周辺の住民に警戒するよう呼びかけている。

■ 77日(水)、当局は半径1kmを超えるところに住居のある住民は帰宅してもよいと述べた。

■ 78日(木)、汚染管理局は、スチレンの空気濃度が5日(月)の1,035 ppmから減少し、現場から1 km以内で820 ppmであると語った。安全レベルは最大20ppmであるが、1,100ppmで人が曝露されると、健康に深刻な影響を与える可能性があるという。

■ タイのメディアでは、現場からの距離や風向などの情報を住民向けに発信して注意喚起を促している。

■ 78日(木)、当局は毎日水と土壌のサンプルを収集しているといい、汚染は一週間以内に解消するだろうとの予想を付け加えた。

補 足
■「タイ」(Thailand)は、 正式にはタイ王国で、東南アジアに位置し、人口約6,680万人の立憲君主制の国家である。首都は人口約825万人のバンコクである。

「サムットプラカーン県」(Samut Prakan)は、タイの中部に位置し、タイランド湾に面した人口約124万人の県である。

「バーンプリー郡」(Bang Pli)は、サムットプラカーン県の北部に位置し、人口約13万人の郡である。

 タイにおけるタンクの事故としては、つぎのような事例がある。

 ● 20104月、「タイで石油タンクに擲弾(てきだん)によるテロ攻撃(2010年)」

 ● 20209月、「タイの石油精製所で機器のテストラン中にタンク爆発、死者2名」

■ 「ミンディー・ケミカル社」(Ming Dih Chemical:明諦化学)は台湾を拠点とした発泡プラスチックの製造に携わっており、タイの工場は1989年に設立された。タイ工場は年間最大30,000トンの発泡プラスチックとピレットを生産できる。工場は製品を国内市場に流通させ、近隣諸国に輸出するためのハブの位置づけである。同社はウェブサイトを持っているが、今回の事故を含めてニュースを開示していない。周辺地域は、古い工業団地と2006年の空港開港後に新しく開発された住宅地が混在している。

■「スチレンモノマー」は、 化学式C6H5CH=CH2、無色透明の液体で特有の強い臭いがあり、比重0.90で、引火点31℃である。一般的には、原油やナフサなどから得られたエチレンとベンゼンを化学反応させてできるエチルベンゼンから、水素を取り除くという製法で造られる。

■「発泡スチロール」は、合成樹脂素材の一種で、気泡を含ませたポリスチレン(PS)で、発泡スチロールの98パーセントは空気である。なお、スチロールとはスチレンの別名である。製造方法は3種類あり、ビーズ法発泡スチロール (expanded polystyreneEPS)、発泡ポリスチレンシート (polystyrene paperPSP)、押出発泡ポリスチレン (extruded polystyreneXPS)である。EPSが最初に開発されたこともあって最も広い用途で利用されているため、EPSを特に「狭義の発泡スチロール」という。

所 感

■ 今回の爆発原因はスチレンモノマーの漏出による引火であることは間違いない。この漏出原因は設備保全または運転関係であろう。設備保全として考えられるのは、スチレンモノマーの配管漏洩である。事故直前、工場のスタッフ8名が強烈な化学臭を感じて逃げたと述べているし、最初の爆発規模はかなり大きいので、大量に漏出したものではないだろうか。精製されたスチレンモノマーの腐食性は小さいと思われるが、操業開始から32年経過しているので、局所的なエロジョンで開口することは考えられる。

 スチレンモノマーを取り扱った樹脂製造装置で停電になり、異常な重合反応が起こり、爆発した事例がある。しかし、一般に重合工程に入っておれば、固化の問題はあっても、爆発は考えにくい。

(注記;「大阪の樹脂製造工場の爆発」19828月、失敗知識データベース)または AS樹脂プラント爆発事故の概要」(災害事例分析)を参照)

 今回の運転関係としては、スチレンモノマーのタンクへの受入れ時の操作の問題に注目したい。2005年に起こった「英国バンスフィールド油槽所タンク火災」では、パイプラインからガソリン(自動車燃料)をタンク受入れ時に過充填となり、蒸気雲が形成され、爆発・火災を起こしたものである。バンスフィールド事故は発生から15年が経ち、忘れないように特集を出すところもある。 

■ 消火活動の詳細はわかっていないが、困難だったことは想像できる。しかし、複数回あった爆発の中で消防士が亡くなっており、消火戦略としては妥当だったか疑問である。住宅が近く、早く消火したいというプレッシャーがあったと思うが、印象としては消火にこだわりすぎだったと感じる。スチレンモノマーは引火性が高く、LPガスと同様、燃料源を止めることなしに消火させた場合、再点火する可能性が高い。火災を制圧下に入れ、燃え尽きる戦略をとった方がよかったと思う。

■ 今回の消防隊は、高発泡モニター、放水砲ロボット、防災ヘリコプターなど優れた消防機材をもっている。新しい設備の情報を入手して実用配備することは良いことである。しかし、今回の事故では、これらの設備を使ってみたいという気持ちが優先して、消火戦術と消火戦略が逆転しているように感じる。指揮者としての判断に疑問が残る。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Afpbb.com,  タイ首都郊外の工場で爆発 消防隊員1人死亡、27人負傷,  July  06,  2021

     News.tbs.co.jp,  タイのプラスチック工場で爆発火災 複数の死傷者,  July  05,  2021

     News.tv-asahi.co.jp,  高濃度の化学物質 周囲で検出 タイ・工場火災,  July  07,  2021

     Asahi.com,  タイの化学工場で爆発 消防士1人死亡、数十人がケガ,  July  05,  2021

     Tankstoragemag.com, Mass evacuations after Bangkok styrene tank blaze,  July  05,  2021

     Washingtonpost.com, Evacuations ordered after Thai chemical factory explodes,  July  05,  2021

     Jp.reuters.com, Residents return as toxic chemicals from Thai factory dissipate,  July  08,  2021

     Abc.net.au, Thousands evacuated after Thai factory blast kills one rescue worker, wounds dozens,  July  06,  2021

     Abcnews.go.com, Evacuations ordered after Thai chemical factory explodes,  July  05,  2021

     Xinhuanet.com, 1 killed, 30 injured in chemical factory explosion in Thailand,  July  05,  2021

     Scmp.com, Thailand evacuates 500 people over fears of toxic fumes from factory blast,  July  05,  2021

     Mainichi.jp, 2nd chemical fire at Bangkok factory highlights health risks,  July  07,  2021

     Ele.com, 1 dead, 33 injured in massive blast, fire at factory in Bangkok,  July  05,  2021

     Bangkokpost.com, Bang Phli chemical fire under control,  July  06,  2021

     Apnews.com, 2nd chemical fire at Bangkok factory highlights health risks,  July  07,  2021

     Thairath.co.th, ไฟไหม้โรงงานกิ่งแก้ว เช้านี้เริ่มมีควันดำทะมึนพวยพุ่งขึ้นฟ้าอีกครั้ง,  July  06,  2021


後 記: 前回のタイにおける事故では、世界報道自由度ランキング2020でタイは日本(66位)より悪い140位ですが、事故情報に限れば、被災写真を見る通り、日本よりオープンのような気がすると後記に書きました。タイでは、新型コロナウイルスの感染者が急激に増加し、7月には17,000人を超える状況です。

それでも、事故を伝える情報の数は多いです。首都バンコックに近いこともあるでしょうが、タイ語で書かれた記事は見切れないほどです。しかし、情報の質は疑問です。メディアによって負傷者数や避難者数が異なっていますし、なぜ起こったかを考えるような記事は少なかったですね。今回の事故情報でもっとも時間をかけざるを得なかったのが、発災現場の位置です。被災写真は多くありますし、工場の住所も調べて分かりましたので、簡単にグーグルマップで分かると思いました。しかし、工場の住所が違っていて、なかなか特定できませんでした。ブログでは1枚の地図写真ですが、根気よくグーグルマップを調べました。



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