2020年4月22日水曜日

ドローンによる貯蔵タンク内部検査の活用

 今回は、2020年3月27日(金)、経済産業省が消防庁と厚生労働省と連携し、石油精製・石油化学のプラント屋内外でドローンを運用するための「ガイドライン」と「活用事例集」をまとめましたが、そのうち貯蔵タンク内部検査の活用を中心にした内容について紹介します。
< はじめに >
  経済産業省は、プラント保安分野におけるドローンの活用を促進してきた。 2020年3月27日(金)、消防庁と厚生労働省と連携し、2019年3月に策定した石油精製・石油化学等のプラント屋外でドローンを安全に運用するための「ガイドライン」と、国内外企業の先行事例を盛り込んだ「活用事例集」を改訂した。さらに、「目視検査の代替可能性に関する考察」を取りまとめた。

< 概 要 >
■ 石油精製・石油化学等のプラントにおけるドローンの活用は、設備の点検を容易にし、点検頻度を高めることができ、安全性や効率性の向上が期待できる。このため、経済産業省では、プラントの屋外においてドローンを安全に活用するためのガイドライン等を整備した。これによって、事業者による試行的なドローンの活用が急速に進展した。
 一方、実装に近づけるためには、つぎの課題を整理する必要があった。
 ● タンク等の設備の外面だけでなく、内面腐食の状況等を確認するため、通信遮断等のリスクを考慮しながら設備の内部でもドローンを安全に飛行させる。
 ● カメラを搭載したドローンが、人による目視検査を代替する可能性を検証する。
 この課題を解消するため、経済産業省はタンク内部を飛行させる実証実験を実施した。
< 実証実験 >
■ 経済産業省は、2020129日(水)~30日(木)、出光興産(株)とブルーイノベーション(株)と連携し、プラン トのタンク内部でドローンを飛行させる実証実験を実施した。
 ● 使用ドローン・・・フライアビリティ社(Flyability)のELIOS2(エリオス2)を使用した。
フライアビリティ社のELIOS(左)とELIOS2(右)
ELIOS2はカメラの視界にガードがかからないよう開放されている
(写真は、左; Droneparts.de右; Flyability.comから引用)
 ● ドローンの選定・・・ドローンは、球体状のカー ボン繊維に覆われ、設備内部の飛行に強みを持つ機体を選定した。なお、狭小空間飛行に適した防塵性やプロテクタを備えていれば、球形ドローン以外の機体も使用可能である。なお、ドローン事業者は、プラント等の設備内部における飛行実績を豊富に有し、リスク対策上、信頼性の高いとみられる事業者とした。
使用ドローンの機能・性能
 ● 使用タンク・・・出光興産千葉事業所の休止中の重油用ドームルーフ式タンク(直径37m×高さ22m
 ● 撮影箇所・・・タンク内壁の溶接線、壁面のノズル、天井フレームのボルトおよび溶接部、 撮影用に設置したサンプル(腐食した熱交換配管のカットサンプル)を静止画撮影および動画撮影
 ● 飛行区域の状態・・・爆発性雰囲気を生成する可能性のないエリア
 ● ドローン実施体制・・・操縦者、安全運航管理者、補助者 各1名 (補助者の役割は、自己位置、ドローン・カメラ・照明の角度の指示等) 、出光千葉事業所の設備管理担当、保安管理担当各1名
 ● 実験に伴うリスク・・・飛行経路は爆発性雰囲気を生成する可能性のないエリアとしたが、設備内部で行うため、リスクアセスメントを行った。その結果、リスク対策として、タンク内にレンジ・エクステンダー(航続距離延長装置)を入れ、通信環境を改善させたり、飛行中にプロポ(操縦用通信機; Proportional System)の電波インジケーターで電波状態が良好であることを確認した。また、目視外飛行になるため、操縦者は十分な操縦技量を有し、経験のある者とした。

■ 実験結果は、つぎのとおりである。
 ● 実証実験で撮影した壁面の溶接線、側面下部のノズル、天井部のボルト、腐食した配管サンプルの撮影結果は以下に示すとおりである。
 ● ドローンで確認できたことは、つぎのとおりである。
    ・溶接線や壁面のスケールの付着・堆積状況を確認 できた。
       ・大きな腐食部位や損傷状況を確認できた。
       ・足場を要する高所(例えば、天井の通気口内や骨組みボルト)の劣化状況を確認 できた。
       ・腐食配管サンプルを撮影し、配管の腐食・孔の有無を確認できた。
       ・暗所でもドローン自身のライトを照射し、視認性を確保して検査が可能だった。
実証実験による撮影結果
 ● 課題点はつぎのとおりである。
      ・スケールや腐食の下はケレン作業を要するため、 ドローンでは対応できない。
    ・撮影では、照明の当て方とカメラの角度が非常に重要である。撮影だけ先に行い、後から設備点検有資格者が録画画像だけを見て判断する使用方法は、有効な画像が撮影できない可能性がある。

■ 実証実験結果の総括は、つぎのとおりである。
① 法定検査(目視)代替 は可能である。カメラを搭載 したドローンの実証実験の結果、ドローンが設備の近傍を飛行し、適切な照度を確保しながら撮影する ことで、鮮明な画像データを取得することができ、目視検査のうち、スクリーニング には十分に代替しうることが分かった。

② 屋内飛行時での安全性について確認できた。貯蔵タンク内部を飛行する際の通信遮断といった特有のリスクに対しても、必要な機能確保・対策を講じることで、貯蔵タンク(屋内)でも安全に飛行できることが分かった。これらの知見はガイドラインの改訂(屋内を飛行対象に)や活用事例集に反映することとした。

③ 実証実験の考察
 ● 検査の観点では、腐食、摩耗、傷、スケール付着・堆積、破損、割れ、変形・ゆるみ・剥離 といった不具合の一次検査には、ドローンの画像による代替が可能である。
 ● 他方で、二次検査となる損傷・腐食・変形の定量評価については、ドローンに計測手段がな い。このため、ドローンの技術開発として目的に沿った検査ツールを開発していく必要がある。

< プラントにおけるドローンの安全な運用方法に関するガイドライン >
■ ガイドラインは、初めてプラントでドローンを活用するプラント事業者を想定し作成された。ドローンの活用が継続されることにより、各プラント事業者が 自ら安全な活用のための手順を見直し、マニュアル化することが期待される。
 
■ 適用範囲は、つぎのように定められている。
 ● コンビナート等の石油精製・化学工業(石油化学を含む)のプラント内において、カメラ等を装備したドローンの飛行を行い、カメラによる撮影等を行う行為を対象とする。なお、ドローンを飛行させるエリアは、そのプラント事業者の管理下にある私有地の屋外および屋内を対象とし、プラント事業者の管理下には無いエリアは含まないものとする。 
 ● プラント内において、開放状態によりメンテナンスが行われている設備や遊休設備等において、爆発性雰囲気を生成する可能性がなく、 または生成しないため、火気の使用制限がない状態とする。

■ プラントでのドローンを活用する場合の流れ
 ● 「通常運転時におけるドローンの活用方法」および「設備開放時等におけるドローンの活用方法」は第2章および第3章に、ドローン運用事業者の選定、操縦者の要件、機体の要件、飛行計画書の作成、事前協議の実施、ドローンの活用実施、飛行記録の作成について記載されている。プラントでのドローンを活用する場合の流れは図のとおりである。

 < プラントにおけるドローン活用事例集 >
■ 石油コンビナート等災害防止3省連絡会議 (総務省消防庁、厚生労働省、経済産業省)は、ドローン活用の参考となる先行事例を「プラントにおけるドローン活用事例集」としてまとめている。ここでは、その中から貯蔵タンクに関わる事例を抜き出した。

 国 内 
① 貯蔵タンクの浮き屋根の撮影
 ● 目  的; 地震発生時などで浮き屋根式タンクの屋根の状態を早期に確認するための撮影
 ● 実証実験; 2019年2月4日(月)、JXTGエネルギー(株) 根岸製油所
   ● ドローン事業者; 信頼性の高いドローン事業者を選定
 ● ドローンの機能・性能; 表を参照。
ドローンの機能・性能
 ● 安全対策; 防爆エリアへの落下・侵入を回避するため、リスクアセスメントを実施 
 ● 離隔距離の考え方; 離隔距離を一定とし、風速に応じて飛行高度を上下させること で、”落下予測範囲”が常に30m以内となるように調整するというリスク対策を実施
 ● 実験結果; 撮影対象である16基のタンク中、14基について浮き屋根全体を確認することができた。浮き屋根全体の撮影に成功したタンクの撮影画像は図に示す。 
   ● 死角の発生; 16基のタンク中2基は浮屋根の一部が死角になり、全体を撮影できなかった。その原因は、 十分な離隔距離を確保した場合、タンクからの距離に応じて必然的に死角が発生してしまうこと、 当日浮き屋根が底部まで沈みこんでいたことである。死角発生の構造の模式図と撮影できなかったタンクの空撮画像例を示す。
タンクを囲む防油堤との離隔距離30mの位置を飛行するとした際の概念図
浮き屋根の一部が撮影できなかったタンクの空撮画像および死角発生の模式図
   ● カメラ性能の影響; ドローンに搭載したのは、小型・軽量デジタル一眼カメラ“SONY α6000”である。ドローンの飛行中の振動によるブレ、逆光、タンクの影の影響が懸念されたが、いずれも問題はなかった。

② 通常運転時/災害時の貯蔵タンクの点検
 ● 活用事業所; 大阪国際石油精製(株)大阪製油所 (大阪府高石市)
 ● ドローン運用; 自社
 ● 安全対策;  防爆エリアへの落下・侵入を回避するため、リスクアセスメントを実施
 ● 活用メリット;  高所点検の外注費の削減(当所では100万円/年程度のコストメリットが期待)
                                 地震・台風後の災害状況の把握に役立った
 ● 課題点; ドローンには等倍レンズしか取付けていなかった。ドローンは防爆範囲には近付けないので、ズームアップ機能付きカメラの追加購入費(約100万 円/台)が必要になる。

③ 通常運転時の工場敷地パトロール
 ● 活用事業所; 住友化学(株)
 ●  ドローン運用; 自社 (使用ドローンと敷地パトロールの状況は写真を参照)
 ● 安全対策;  人や危険物設備の上空の飛行禁止などのリスクアセスメントを実施
 ● 活用メリット; 不審者監視や保安トラブルの早期発見
                         パトロール業務の負荷削減
  ● 課題点; 悪天候時の運用が難しい。 機体落下時の安全性を確保するに配慮する必要がある。
ドローンによる工場敷地パトロール
④ 通常運転時のフレア設備の点検
 ● 活用事業所; 三菱ケミカル(株)
 ● ドローン運用; 検査会社 (3名で対応・・・操縦・カメラ操作者、補助者 、監視者)
 ● 安全対策;    落下、風速、他計器などへの干渉について、リスクアセスメントを実施
                   (地上風速5m/s以下で飛行実施)
 ● 活用メリット; 高所やアクセスが困難な設備の点検 が可能
             足場仮設コストの低減になるとともに作業員の安全性が向上
   ● 課題点;       機器性能・・・防爆、積載重量、バッテリー消費(飛行時間)、落下時の着火に課題あり
                環境面・・・飛行区域の拡大(危険物取扱エリア)に課題点あり
フレアー設備の点検
海 外
⑤ 石油貯蔵タンクの内部検査 
 ● サイバーホーク・イノベーション社(Cyberhawk Innovation)は、スコットランドで2008年に設立されたドローン会社で、検査・点検に関するエンジニアリング事業を展開する。
 ● イングランドのティーズサイドにある大手化学会社において、ド ローンを用い、石油貯蔵タンク内の溶接品質を検査した。従来は、ロープに吊り下がったロープアクセス技術者が内部検査を行っていたものである。
 ● マルチローターのドローンを使用して、高解像度の画像を提供した。
サイバーホーク社による石油貯蔵タンク内の溶接品質検査
サイバーホーク社によるドローン活用例
(写真はThecyberhawk.comから引用)
⑥ 石油貯蔵タンクの内部検査 
 ● 化学会社のダウ・ケミカル社(Dow Chemical)は、テ キサス州フリーポートにあるプラントやルイジアナ州のプラントでドローンを用いた点検を行っ ている。
 ● 点検では、高さ12mのタンクのクラックやシールの状況、あるいは高い場所や狭い場所の確認にドローンを用いている。
 ● 同社は既に3機のドローンを配備している。
テキサス州フリーポートのプロピレン製造施設でのドローン活用
(写真はCen.acs.orgから引用)
補 足
■「フライアビリティ社」(Flyability)は、2014年にスイスで設立され、目視困難な屋内施設に特化したドローンの開発を手掛けている会社である。なお、スイスは、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のあるヴォ―州を中心にドローン産業が発展しており、70以上の国内企業が同分野で活動しているという。
                             スイスと周辺国(黄色部がヴォー州)   (図はGoogleMapから引用)
■ ドローン「エリオス(Elios)」は、カーボン繊維素材でできた外骨格で覆われており、障害物と衝突しても飛行を続けることができるという特徴がある。二人の創業者は在学中、いかに危険で複雑な構造をした区域に人に代わってドローンを送り込むことができるかというテーマに取り組んでいた。一般的なドローンは衝撃に弱いため、狭い区域での使用には適さない。この課題への解決策を模索するにあたり、二人は昆虫の飛行からヒントを得たという。「例えば、ハエは閉塞空間から逃れるために、何度も壁にぶつかり、そのたびに方向を変えながら出口を見つけるまで飛び続ける。私たちは障害を避けるのではなく、“ぶつかる” ことのできるドローンを作ろうと考えた」という。
 現在、同社の主な顧客は、発電所や石油ガス施設などのほか、事故や災害時の緊急対応用として世界の10の警察隊が導入している。

所 感
■ 火災など災害時にドローンによる映像が活用され始めている。
 例えば、活用を紹介した事例としてはつぎのとおりである。
          (「補足」に日本の消防機関におけるドローン採用例を記載)

■ 本資料は、保安検査分野のドローン活用についてまとめられたもので、日本の状況が理解できた。
 実証実験で使用されたドローン「エリオス(Elios)」は、球体状のカー ボン繊維でできた外骨格で覆われており、障害物と衝突しても飛行を続けることができる。この発想は、ハエが閉塞空間から逃れるために、何度も壁にぶつかり、そのたびに方向を変えながら出口を見つけるまで飛び続けるということから生まれたという。このような創造的な発想をすることは日本人にはなかなか難しいことであるが、できたものへの“カイゼン”は得意である。実証実験の内容を見ると、まだやや保守的なように感じるが、今後の“カイゼン”を期待したい。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Meti.go.jp,  プラント保安分野におけるドローンの安全な活用の促進に向け、「ガイドライン」と「活用事例集」を改訂しました,March  27,  2020
      ・Meti.go.jp,  令和元年度 プラント保安分野における ドローン活用に向けた取組,March,  2020
      ・Meti.go.jp, プラントにおけるドローンの安全な運用方法 に関するガイドライン Ver2.0,  March 27, 2020
      ・Meti.go.jp, プラントにおけるドローン活用事例集 Ver2.0,  March, 2020



後 記: 球体状のカー ボン繊維に覆われた外骨格をもつドローン「エリオス(Elios)はスイスのフライアビリティ社が開発したものです。さすがスイスの技術ですが、ここで思い出しました。幕末、越後長岡藩の河井継之助を題材にした司馬遼太郎の「峠」にスイス人の商人が出てきますが、その中でつぎのように語る場面が出てきます。
 「スイスはヨーロッパにおける最も富裕な国のひとつであり、もっとも知的水準が高く、その工業のさかんなことは、他国を圧している。農地にむかぬためにスイスは古来牧畜を主産業とし、バター、チーズなどの乳製品を他のヨーロッパ諸国に輸出して暮らしをゆたかにしてきた。近世になってからは牧畜だけでなく、機械類を作っては他の国に売りはじめた。それも大きな機械は作らない。他国に出る峠道が長大でありすぎるため、大きな機械では輸送が不自由だからである。このためスイスの得意とするのは精密機械で、とくに時計である」
 ドローンも競争の激しい分野です。見ている側からすれば、今後、どのように発展していくのか楽しみな分野だと思いながらまとめました。

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