今回は、2025年6月8日(日)、中国において実機の訓練施設で行われた大型貯蔵タンク火災の事故対応の特別訓練の状況を紹介します。
< はじめに >
■ 2025年6月中旬から下旬にかけて、国家防災減災救援委員会と国務院安全生産委員会が主催する「緊急任務2025」の訓練が河南省濮陽市(ぼくようーし)などで実施された。「緊急任務2025」の事故想定は、巨大な炎と衝撃波により、火災警報システム、生産工程自動制御システム、冷却システム、泡消火システムの機能が停止し、爆発の破片が四方八方に飛び散ったというものである。球形貯蔵タンクが横転して上部の圧力逃し弁から可燃性ベーパーが噴き出して燃え、隣接する円筒貯蔵タンクは破片が貫通し、油が流出して燃えた。さらに、近くにある化学工場の3階建てプラットフォームを損壊させ、プロセスパイプラインが爆発して燃えた。炎は空高く舞い上がり、濃い黒煙が太陽を遮り、200m以内の熱放射は著しく高かったというものである。
■ この中で訓練の4つのテーマの一つである大型貯蔵タンク火災の事故対応の特別訓練が行われた。最新の科学技術成果を結集した耐高温の消防用ロボット、ドローン、大スパン屈折放水塔車、大容量泡放射砲などの装備が参画した。
■ 緊急救助を扱った映画などでは、大規模な火災や爆発が発生すると、消防隊員が自らの安全を顧みず、火災現場に駆けつけ、人々を救助する場面がよく見られる。生死を分ける訓練を経験する場面である。現在、人工知能(AI)、ドローン、知能ロボットといった科学技術が急速に発展している。現在、これらのハイテク技術が、消防隊員の代わりに高いリスクの現場へ入ることができるのだろうか。
< タンク火災訓練の概要
>
■ 2025年 6月8日(日)、訓練施設で大型貯蔵タンク火災事故の対応訓練が行われた。
■ 想定の訓練内容は、6月の暑い日、規模の大きいタンク貯蔵所において外部浮き屋根式貯蔵タンクの屋根が異常気象の影響で沈没した上、風の作用で1,000㎡近くの油面が激しく揺れ、揮発性の油が蒸発し、タンク上部には可燃性の油とベーパー滞留していた。雷雲が通過してタンクに落雷した後、激しく爆発し、あっという間に全面火災となった。
■ 訓練では、ドローンなどのハイテク機器が使用され、消防隊は火災現場から数十メートル離れた場所から活動するだけで済んだ。
■ 訓練の主催者は、大型貯蔵タンクの全面火災は世界共通の問題だと語った。石油産業が発展していく中で、世界では大型貯蔵タンクの火災事故が次々と起こり、事故に対して人による対応が成功する確率は非常に低い。「10万KLの石油タンクは、直径が80m、表面積が5000㎡以上と、サッカー場とほぼ同じ大きさである。原油が満杯のタンクで火災が発生した場合、消火は極めて困難である。原油タンク内の原油がボイルオーバーを起こすと、沸騰液の飛散距離はタンクの高さの10倍以上、すなわち100~200mに達する。この距離は、活動している消防隊員や消防車両が熱い油の飛散範囲内に入ってしまうことになる」
■ この訓練の狙いは、現場での火災状況を見極める難しさ、貯蔵タンクの冷却と防護の難しさ、火災拡大を遮断する難しさ、タンク全面火災を消火する難しさ、ボイルオーバーが起こったときの防護の難しさといった問題である。総合的な状況把握と処置判断の指揮、全方位冷却と防護、迅速かつ遠隔的な消火水の供給と泡消火剤の供給、化学工場における立体的な消火活動、貯蔵タンクにおける火災拡大の消火活動、外部浮き屋根式タンクにおける全面火災の消火活動など7つの重点テーマと21のサブテーマが焦点である。
■ 今回の訓練では、消防隊の準備と訓練に加え、科学技術手段を使って、燃焼中の大型タンクからの熱放射や熱伝導などのデータを収集し、3万KL、5万KL、 10万KL、さらに15万KLの貯蔵タンクで火災が発生した場合に必要な対応力を推測することにある。
■ 今回の訓練におけるもう一つの大きな特徴は、比較試験である。消防車、ロボット、ドローン、探知装備、個人用保護具、消火資材など9種類で合計227セットの新型消防機材が153部隊から集められ、現場での比較試験が複数回行われた。それらの中で優秀な機材としては、地上高さ65mの屈折放水塔車、最大流量570リットル/秒(34,200リットル/分)の大容量泡放水砲システム、100mの距離からレーザーでタンク表面をスキャンできるタンク火災監視レーダー、1,200℃の高温燃焼に耐えられる新型耐火服などが含まれている。各メーカーは自社の機材や装備が最も良いと言うが、訓練のタンク火災に対して性能が要求を満たし、実戦に向いているかを確認すべきである。
< 消防用ロボット >
■ 訓練では、1,000℃の高温にも耐える消防用ロボットも参画した。操作用のリモコンとロボットの距離は約1,000mでも操作可能だという。
■ タンク火災による訓練では、点火後、火は急速に燃え広がり、煙は数百mの高さまで上昇した。100m以上離れた場所にいても、熱波をはっきりと感じ取ることができた。しかし、タンク火災からわずか数メートル離れたところで消防用ロボットの赤い消防車両が水を噴射しており、高温の影響をまったく受けていないようだった。このロボットは耐高温・耐火性に優れ、比較試験でも優れた性能を発揮した。純国産のロボットは、1,000℃の高温下でも、放水能力と消火能力を正常に維持できることが分かった。
■ 訓練に参加した消防用ロボットは、高温に耐えて消火用水袋を運搬して消火活動を行う能力に加え、音声・動画撮影・伝送、火源自動判別などの技術も備えている。煙の充満した火災現場に進入後、ロボットは自力で最高温度の発生源を見つけ出し、消防ホースを運搬して消火剤を火災現場で噴射し、冷却・消火活動を行う。また、これらのロボットの遠隔操作距離は約1,000mで、消防隊員は安全な距離からロボットを操作し、遠隔操作装置を通して火災現場の最新状況を把握することができる。
■ ロボットがなければ、消防隊員が火災現場に接近することは非常に危険である。以前は、消防車を使って遠隔操作し、温度を下げることしかできなかった。消防隊員が現場に入るのは、煙、炎、温度が弱まってからだった。現在では、消防隊員が火災現場に入る際に耐熱性と断熱性のある防護服があるが、ロボットほど有効な活動をすることはできない。つまり、ロボットこそが人間の安全を最大限に確保できる。国家安全生産緊急救助隊の113隊は基本的にこのタイプの消防用ロボットを装備している。
■ 消防用ロボットが、将来、より大規模に活用され、火災対応においてより大きな役割を果たしていくためには、どのような点が最も重要で、改善が必要なのだろうか。主催者は、耐高温性は喫緊に改善が必要な技術だという。危険な化学物質の現場では、燃料が十分にあり、燃焼放出率が高く、発生する炎の規模や温度が非常に高いため、消防用ロボットの耐高温性に対する要求は高い。ロボットが高温に耐えられず、現場に接近して消防活動を行うことができなければ、消防用ロボットがもっている高い機能は発揮できない。
■ 訓練に参加した17台のロボットのうち、高温(800℃以上)に耐えられるのはわずか4台で、そのうち2台は高温試験前に撤退した。高温耐性を持つロボットの割合は依然として比較的低い。高温に耐えること自体は難しくないが、ロボットのエンジンと回路システムが高温の火炎下でも正常に動作することを保証することが難しいのが現状である。特に、壊れやすい電子部品を高温試験に耐えさせるために、断熱材と冷却方法をどのように活用するかが克服すべき課題である。
< ドローン >
■ 近年、ドローンは様々な産業で広く活用されており、消防の分野でも広く活用されている。大型タンクの火災や爆発事故において、ドローンはどのような役割を果たすことができるのだろうか。また、消火活動にも活用できるのだろうか。
■ 6月8日の火災訓練では、上空で複数のドローンが参加しているのが目撃されたが、そのうち数機は火災現場の外で運用されており、直接消火活動に参画している様子は見られなかった。
■ 専門家は、ドローン自体の性能がまわりの環境に対して耐えるには力不足であるという。ドローンの精密機器は高温に耐えられず、空中飛行時の気流の影響を受けやすいため、用途には限界がある。石油火災では、高温で気流が乱れるため、ドローンは影響を受けやすい。さらに、ドローンは十分な大きさがなく、最前線の消防機材として使用するには大きなものを搭載できない。現状、ドローンは森林火災の消防機材に利用されつつある。
■ しかし、さまざまな制限があるにもかかわらず、ドローンは石油火災において依然として大きな役割を果たすことができる可能性を秘めている。ドローンは火災現場で赤外線撮影を行ったり、リアルタイムのオンラインガス分析を通じて大規模な漏洩や有害ガスの拡散の有無を判断したり、現場に照明を提供したりすることもできる。訓練では、ドローンを運搬手段として活用する試みが登場したことも注目された。
■ 現在のドローンの使い方としては、離陸後、現場の映像を指揮センターなどに送信し、ビッグデータモデルを活用して、現場の写真や動画をすぐに分析し、災害の状況を判断し、迅速に対応計画を作成する。これにより、車両や機材の動員、泡薬剤の数量計算などが行い、火災現場の指揮を支援する。
一方、このシステムは現時点では完璧ではない。主な理由は、データベースに一部の消防活動のガイドしか含まれておらず、多くの事例の戦術や手動判断が組み込まれていなためだ。しかし、ビッグデータの最大のメリットは継続的な学習と改善にある。近い将来、このシステムは現場指揮官の判断処理能力を担うようになるだろう。
補 足 :
■ 中国の「緊急任務2025」訓練は、国家防災・減災・救援委員会と国務院安全生産委員会が主催し、黒龍江省大興安嶺地域東寧市、河南省濮陽市、広東省深圳市で同時に開催された。訓練では、回線・ネットワーク・停電時の緊急対応、原生林における大規模森林火災の消火活動、大型貯蔵タンクの火災・爆発事故時の緊急対応、都市高層ビルの火災消火活動の4つのテーマに焦点が当てられ、2025年6月に実施された。
■「屈折放水塔車」は、日本ではスクワート車や大型化学高所放水車と呼ばれている。日本では、狭い道路での作業性を重視し、地上高さを高くする傾向になく、最大22m級の屈折放水塔車が主流である。
中国では、障害物回避能力の高い屈折放水塔車の開発に注力しており、地上高さ40m、50m、60mと高くする傾向にある。当然、アウトリガー張出幅は大きくなり、設置場所は限られる。
■ 中国の「消防用ロボット」は、記事にあるように「高温に耐え、消火用水袋を運搬して消火活動を行う能力に加え、音声・動画撮影・伝送、火源自動判別などの技術も備えており、煙の充満した火災現場に進入後、ロボットは自ら、最高温度の発生源を見つけ出し、消防ホースを運搬して消火剤を火災現場で噴射し、冷却・消火活動を行う。また、これらのロボットの遠隔操作距離は約1,000mで、消防隊員は安全な距離からロボットを操作し、遠隔操作装置を通して火災現場の最新状況を把握することができる」 というものである。日本でも、同様の目的をもった消防用ロボットは消防庁消防研究センター「エネルギー・産業基盤火災対応のための消防ロボットの研究開発」で行われている。ユーチューブでは、消防ロボットシステム「消防ロボットシステム説明用3DCGアニメーション(短縮版)」が投稿されている。
■ 火災事故の対象タンクは外部浮き屋根式貯蔵タンクと報じられている。記事の中で“1,000㎡近くの油面が激しく揺れ”とあるので、タンク直径は約35mである。高さを20mと仮定すれば、容量約19,000KLのタンクである。この大きさのタンクの全面火災では、必要な大容量泡放射砲は放水量10,000リットル/分である。
所 感
■ さすがに現在の中国だけあって、大型貯蔵タンクの火災事故への対応訓練が行われている。広大な土地に対応訓練のための実機の貯蔵タンクが作られている。日本でも、1980年代から1990年代にかけて北海道苫小牧市や静岡県御殿場市などで実機に近いタンクで燃焼試験が行われているが、これは油の燃焼による輻射熱量などのデータをとるためであり、貯蔵タンク火災事故への対応訓練ではなかった。
■ しかし、対応訓練は各メーカーの開発製品のデモンストレーションであるようで、たとえば参加した大容量泡放射砲システムで大型貯蔵タンクの火災が消せるかどうかの訓練は行われていない。2003年の十勝沖地震の際、苫小牧市の製油所でナフサタンクの全面火災が発生し、当時の大型化学消防車(放射量3,000リットル/分)が集結していたにも関わらず、鎮火できなかった。実際の火災対応では、予期しないことがある。これだけの施設を作っているのに、少しもったいない気がする。
一方、消防用ロボットでは、大型貯蔵タンクの火災は消せないことは自明だが、防油堤内火災に対する対応は可能であり、ドローンや監視用ロボットの実火災への対応とともに興味ある点であろう。
■ 地上高さ60m級の屈折放水塔車の活用方法には関心がある。中国では、障害物回避能力が高く、屈折放水塔車の開発に注力しており、地上高さ40m、50m、60mと高くする傾向にある。当然、アウトリガー張出幅は大きくなり、設置場所は限られる。近年、高層建物が増えており、このような高い火災個所への対応を想定していると思うが、自走できない大容量泡放射砲システムの代替としての活用を考えているのではないだろうか。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Cj.sina.com.cn,一场世界级难题的演练:足球场大小油罐爆炸!无人机、智能机器人能代替救援队员灭火吗
(世界レベルの訓練:サッカー場ほどの石油タンクが爆発!ドローンやスマートロボットは救助隊員の代わりに消火活動ができるのか?), June 11, 2025
・Yjglt.henan.gov.cn, 应急使命·2025|19支“国家专业队”齐聚濮阳助力破解世界难题, June 26, 2025
・Mem.gov.cn, 数智赋能强基 多维实战砺剑 淬炼大型储罐火灾应急救援能力, June
24, 2025
・News.cctv.com,直击“应急使命·2025”演习:新装备、新战法 实践比武验真章, June
26, 2025
・Nrifd.fdma.go.jp, 第2回消防防災研究講演会資料「石油タンクの防災」, January
22, 1999
後 記: いまの中国はやることが派手で華やかです。どう考えても日本には今回のような訓練の発想は出てこないでしょう。タンク火災が起これば仕方のないことと考えるのでしょうが、以前の経済が良い頃だって自らタンク火災を起こすことなど考えないでしょう。まして、今夏のように異常に暑い夏日が続くと、考えるだけで熱い輻射熱を感じますね。一方、訓練内容についてはいま一つ分からないことがあり、すっきりはしません。こちらは内容の深堀りを考えていますが、記事はやっている状況を伝えるのが主体ですので、やむを得ないでしょう。