今回は、 1年前の2019年11月27日(水)、米国テキサス州ジェファーソン郡ポート・ネチズ にあるTPCグループのブタジエン製造装置で起こった爆発・火災事故について、2020年10月29日(金)、米国化学物質安全性・危険性調査委員会(CBS)による原因調査の中間報告が公表されたので、その内容を紹介します。
< 施設の概要 >
■ 事故があったのは、米国テキサス州(Texas)ジェファーソン郡(Jefferson County)ポート・ネチズ (Port Neches)にある石油化学品メーカーのTPCグループの工場である。
■ 発災があったのは、住宅街の近くにあるポート・ネチズ工場南ユニットで合成ゴムやプラスチックなどの原料となるブタジエンを製造する装置である。
< 事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2019年11月27日(水)午前1時頃、TPCグループのポート・ネチズ工場南ユニットで爆発が起き、工場が大きな炎に包まれた。
■ 事故に伴い、 TPCグループの従業員2名とセキュリティ関係の請負会社1名の計3名が負傷した。当時、工場では約30名が勤務していた。
■ 工場に近い家の住民は「寝ていたら割れたガラスが降ってきた。屋根の一部が落下し、ドアが全部開いていた」と爆発の衝撃を語った。別な住民は「家全体が揺れたように感じ、地震だと思いました」と語った。また、別な住民は「家が揺れたので、家の外に異常があると思って出たら、雲の下がオレンジ色に輝いているのを見ました」と語っている。爆発の爆風によって工場周辺では、少なくとも住民5人が負傷した。
■ 発災に伴い、消防隊が出動し、消火活動に当たった。
■ 11月27日(水)午前10時、TPCグループは、消防などの緊急事態対応者と住民の安全を重視するとともに、環境への影響を最小限に抑えることに注力していると同社のウェブサイトに載せた。
(27日(水)の朝の火災状況の動画がユーチューブに投稿されている。YouTube「 RAW VIDEO: Aerial video shows TPC
Group plant in Port Neches burning hours after explosion」(2019/11/27)を参照)
■ TPCグループによると、事故発生時に電源が喪失し、どの装置でどのくらいの量があるのか把握できなくなったという。
■ 燃えている物質はブタジエンだった。ブタジエンは、分子式 C4H6で、ガソリンのような臭いのある無色の気体である。ブタジエンは石油から作られる炭化水素で、合成ゴムの製造などに使用される。地元ではブタジエンによる健康への影響が心配されている。曝露量が少ない場合、目、のど、鼻、肺に刺激を与えることがあり、曝露量が多い場合、視力障害、めまい、全身疲労、血圧低下、頭痛、吐き気などの症状が出て中枢神経系にダメージを与えたりする。
■ ジェファーソン郡は半径6.4km以内の住民約6万人に避難勧告を出した。テキサス州環境当局は、煙がまき散らす有機化合物が目や鼻、喉のかゆみ、呼吸困難、頭痛を引き起こす恐れがあるとしている。水質への影響は報告されていない。米国では、翌11月28日(木)は祝日のサンクスギビング(感謝祭)で、多くの企業や学校は12月1日まで4連休となり、家族が集う帰省シーズンでもあり、数万もの家族の休日の計画が台無しになったと報じている。
■ 消火の専門家によると、火災の状況から消火泡を使用することは燃えている構造物に対して効果が無いだけでなく、圧力の高い石油ガスの火を消すと、再燃した際に爆発を起こす恐れがあるという。ブタジエンは沸点が極めて低く、気化して再び発火する可能性は高い。
■ 爆発後もプラントから黒い煙が昇り続けた。そして、11月27日(水)午前2時40分頃に2度目の爆発があった。その後も爆発があったが、午後1時48分の4回目の爆発では、プロセス装置の塔(タワー)1基がミサイルのように空中を飛んで落下した。プラントの爆発で立ち昇る噴煙は数km先からも見えた。
(タワーが噴き飛ぶ動画がユーチューブに投稿されている。YouTube「Second blast rocks area around Texas plant」(2019/11/27)を参照)
■ 11月27日(水)の夜になっても、火は消し止められなかった。
■ 火災の輻射熱が激しく、少なくとも3基の貯蔵タ」(ンクに引火することが懸念された。消防隊は、ブタンなどが入った球形タンクに水噴霧を行い、タンクの冷却に努めた。
■ 11月28日(木)、消防隊は、火炎に放水砲で水をかけて水蒸気で火災を冷却し、燃え尽きさせる戦術をとった。火災の規模は縮小されたが、住民が帰宅できる状態には至らなかった。担当部局は29日(金)の朝に現場に集まって状況を確認し、避難勧告の解除ができるかどうか決めることとした。
■ 避難勧告の解除は11月29日(金)午前10時に出された。結局、約5万人が2日間避難した。
被 害
■ ブタジエン製造関連の装置が破損・焼損した。被害額は5億ドル(550億円)とみられる。
■ 事故によって8名の負傷者が出た。内訳は会社関係が3名、住民が5名である。
■ 爆発の爆風によって現場に近い住民の建物に破損の被害が発生した。また、地元住民約6万人に避難勧告が出され、約5万人が2日間避難した。
■ 石油燃焼によって煙などによる環境への影響があった。影響の程度や範囲は不詳である。
< 事故の原因 >
■ 米国化学物質安全性・危険性調査委員会(The U.S. Chemical
Safety and Hazard Investigation Board; CBS)による事故原因調査が行われ、2020年10月29日(木)に中間報告が行われた。調査は現在も実施されている。
● 事故は施設の1,3-ブタジエンを製造する南ユニットで発生した。1,3-ブタジエンは高い可燃性と反応性を有している。 11月27日(水)午前0時54分に配管の封じ込め機能が喪失し、約27,000リットル(27KL)の液体(主にブタジエン)が流出し、1分間もかからず精留塔が空になった。 負傷した従業員のふたりは、配管が破裂したのが見えたという。流出した液体は蒸気雲を形成し、午前0時56分に着火し、最初の爆発を引き起こした。
● 11月27日(水)午前2時40分、2度目の爆発が起こり、さらに11月27日(水)午後1時48分に大爆発が発生し、使用停止中だったデブタナイザー塔が空中に噴き飛び、施設内に落下した。他に4基の塔類が爆発と続いて起こった火災によって倒壊した。
● 損傷した機器から可燃性のプロセス流体が漏れ続けたため、1か月以上火災が発生し、最終的に鎮火したのは、2000年1月4日(土)午前10時だった。
■ 米国化学物質安全性・危険性調査委員会(CSB)は、ブタジエンがプロセス容器内に“ポップコーン”と呼ばれるポリマーを生成したとみている。 このポップコーン・ポリマーは、酸素がブタジエンと反応するときに生成される硬い物質である。ポップコーン・ ポリマーの形成によって装置内で破裂が発生し、封じ込め機能が喪失してしまった。調査報告では、事故が起こる前に、南ユニット内においてポリマーによる汚れの問題箇所が複数経験されており、ポップコーン・ ポリマーが生成され得ることは知っていたと指摘している。
■ 配管の破裂箇所は目撃者の証言によって特定されているが、装置内の被害状況がひどく、配管自体の確認はできていない。< 対 応 >
■ TPCグループは、事故について同社のウェブサイトに2019年11月27日(水)午前5時に第一報を出したが、午前10時の第三報を出して以降、何も発表しなかった。
■ 産業事故の原因調査で知られ、独立した連邦機関の米国化学物質安全性・危険性調査委員会(CSB)は、2019年11月27日(水)の夜、ポート・ネチズに担当官を派遣すると発表した。
■ テキサス州の化学工場では、2019年3月以降、許容できないような重大な事故が3件起こっている。4月には、ヒューストンの化学工場で火災が発生し、ひとりが死亡したほか負傷者も出た。7月には、ベイタウンの化学工場の火災があり、37名が負傷する事故があった。
■ 事故から約1年経った2020年11月、ケミカルエンジニア誌は、改訂された化学物質安全規制によって不必要な規制上の負担を取り除くことによる節約額は年間8,800万ドル(96億円)と環境保護庁が見積っていたと報じ、今回の事故による被害額5億ドル(550億円)と比較した記事を載せている。
■「テキサス州」(Texas)は、米国南部のメキシコ湾に面し、メキシコと国境を接する人口約2,500万人の州である。
「ジェファーソン郡」(Jefferson County)は、テキサス州南東部に位置する人口約256,000人の郡で、郡の経済は主に石油に基づいている。
「ポート・ネチズ」 (Port Neches)は、ジェファーソン郡の東部に位置し、人口約13,000人の町である。ポート・ネチズに隣接する町は、ネダーランド(人口約17,500人)、ポートアーサー(人口約54,000人)、グローブス(人口約16,000人)がある。
■「TPCグループ」(TPC
Group)は、1943年に設立し、現在はテキサス州ヒューストンに本部を置き、C4炭化水素から得られる付加価値製品の生産を主力としている石油化学会社である。
ポート・ネチズ工場は、テキサス州の最大都市ヒューストンから東に130kmほど離れたところにあり、
年間約9億ポンド(40万トン)のブタジエンとラフィネートを生産している。製品はパイプライン、船、鉄道、タンクローリーで市場に出されている。一方、この工場は2017年から連邦政府の大気汚染防止法のコンプライアンスを守っておらず、米国環境保護庁からプライオリティーの高い違反者とみなされている。
■「ブタジエン」は、化学式 C4H6で、無色、無臭、引火性のガスで、沸点-4.4℃である。石油留分を熱分解してエチレンを製造する際の生成ガスから分離する方法や、ブタンやブテンの脱水素法などにより工業的に製造され、合成ゴム製造原料などに用いられる。
■「ポップコーン・ポリマー」による事故はポリマー分野の工業界ではよく知られており、例えば、日本ではつぎのような事故がある。
● 1988年10月、「ブタジエン精留塔の定期修理工事準備中の塔内爆発・火災」
● 1994年8月、「日向に置いたブタジエンボンベの爆発・火災」
● 2018年8月、「ブタジエン製造施設ブタジエン漏えい」
所 感
■ 爆発の起点はブタジエン装置の精留塔の底部ポンプ吸込み配管における破裂部で、1分もかからずに約27KLの液体(主にブタジエン)が流出したことによるものだという。配管の破裂要因はブタジエンのポップコーン・ポリマーによる閉塞である。しかし、この運転異常は予想もしていない現象ではなく、ポリマー分野の一般的な異常事例であり、 TPCグループでも感づいていた人がいるという。
■ 一回目の爆発事故時に電源が喪失し、プロセス装置の状況を把握できなくなったことが背景にあろうが、手の打ちようがないまま、発災から約13時間後の午後2時頃に再びプロセス装置の塔が噴き飛ぶような爆発が起こったとみられる。被災写真を見ると、塔類が倒壊するなど装置内の被害はひどい状況である。配管破裂箇所は目撃者の証言によって特定できているが、事故後その配管を見つけることができないという。
■ 一般にプロセス装置の火災は流出が止まれば、被災箇所は比較的大きくない。今回の場合、損傷した機器から可燃性のプロセス流体が漏れ続けたため、1か月以上火災が発生し、最終的に鎮火したのは、2000年1月4日(土)午前10時だったという。消防隊の消火戦略は、冷却散水を行う防御的消火戦略をとるしかなかったと思われる。消防隊によるブタンなどが入った球形タンクの水噴霧などによって、2011年3月に起きた「東日本大震災の液化石油ガスタンク事故(2011年)の原因」のような2次災害を回避できことは幸いだった。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Afpbb.com, 米テキサス州化学工場で爆発、近隣に避難指示
現地報道, November 27, 2019
・Jp.reuters.com, 米テキサス州化学工場で爆発、住民6万人に避難命令,
November 28, 2019
・Nhk.or.jp, 米テキサス州 化学工場で爆発炎上 4万人余に避難命令,
November 28, 2019
・Jiji.com, 米テキサス州の化学工場で爆発 6万人に避難命令,
November 28, 2019
・Asahi.com, 米の化学工場で2度の爆発、住民数万人に避難命令, November 28,
2019
・Globenewswire.com, Incident Statement
#1 – TPC Group Port Neches Operations,
November 27, 2019
・Edition.cnn.com, Firefighters contain the blaze at a Texas chemical
plant but a mandatory evacuation order remains in pl
ace,
November 28, 2019
・Edition.cnn.com, Firefighters contain the blaze at a Texas chemical
plant but a mandatory evacuation order remains in pl
ace,
November 28, 2019
・Edition.cnn.com, Evacuation order lifted after Texas chemical plant
explosions, but officials warn about asbestos debris
,
November 29, 2019
・Cbsnews.com, 60,000 people
forced to evacuate after explosions at Texas chemical plant, November 27,
2019
・Reuters.com, UPDATE 11-Residents flee fourth major Texas
petrochemical fire this year, November
27, 2019
・Vice.com, Videos Show Giant Texas Chemical Plant Explosion That
Forced 60,000 People to Evacuate,
November 29, 2019
・Tpcgrp.com, TPC GROUP INCIDENT UPDATE #3 – TPC GROUP PORT NECHES
OPERATIONS, November 27, 2019
・Kfor.com, Texas chemical
plant explosion causes extensive damage to city, December 27,
2019
・Beaumontenterprise.com, Fire glows in ghost town, December 29,
2019
・Thechemicalengineer.com, CSB releases update on TPC explosion,
November 04, 2020
・Csb.gov, Fires and Explosions at TPC Group Port Neches Operations
Facility Factual Update, October 29,
2020
後 記: タンク火災ではなく、プロセス装置の事故原因の情報だったので、調査するか迷いました。しかし、報道したメディアはひとつでしたが、米国化学物質安全性・危険性調査委員会(CBS)の発表はインターネットで公表されており、興味深い内容だったので、投稿することとしました。
ところで、米国大統領選挙が終わりましたが、トランプ元大統領の負の遺産が尾を引いています。化学物質安全規制を緩めたのは、米国環境保護庁だったようで、トランプ元大統領の意向があったのでしょう。そういえば、米国化学物質安全性・危険性調査委員会(CBS)は、4年前、トランプ大統領が当選したあと、予算削減の対象として存続が危ぶまれていました。米国はどうなっていくのだろうかと思っていましたが、少なくとも安全・環境保護分野では、悪くなっていくことはないでしょう。