2024年3月13日水曜日

安価なドローンが化学テロの脅威となる理由

 今回は、タンク設備の事故ではなく、2023年暮れにThebulletin.orgHazmatnation.comに掲載された「Why cheap drones pose a significant chemical terrorism threat」(安価なドローンが重大な化学テロの脅威となる理由)を紹介します。

< はじめに >

■ 2023年初め、英国警察は、イラクやシリアで領土を支配していたテロ組織イスラム国に提供するためにドローン(無人航空機)を設計・製造したとして、モハマド・アル・バレド(Mohammad Al-Bared)を逮捕した。3Dプリンターで作られたドローンは化学兵器や爆発物を運ぶように設計されており、アル・バレドの自宅を捜索したところ、化学式や化学兵器の製法が書かれたノートが発見された。当局によると、機械工学の博士課程に在籍していた研究とは無関係だという。アル・バレドは、偽装会社を使って製造していた武器を紛争地帯に運ぶ計画を立てていた。  

■ アル・バレドはテロ行為準備罪で9月に有罪が確定したが、ドローンの使用を計画した最初のテロリスト予備軍ではない。このような計画の歴史は、日本の終末カルト集団であるオウム真理教が1993年頃に化学兵器や生物兵器を使った攻撃を想定し、遠隔操作のヘリコプターを使った実験を行ったことに遡る。ドローンは1935年に英国で開発され、1980年代には民間でも活用され始めていた。結局、オウム真理教のグループは、ドローンを使わずに神経ガスのサリンを東京の地下鉄に散布し、死者14人、負傷者約6,300人を出すテロ攻撃を行った。オウム真理教はドローンを使うことができなかったが、それ以降、世界のドローンの技術は著しく進歩している。

■ 比較的安価なドローンは、ウクライナ戦争からガザ地区でのイスラエルとハマスの紛争に至るまで、戦争や紛争の主役になりつつある。ドローンはかつては富裕で強力な軍隊のものだったが、今では安価な民生用ドローンを戦闘に使用することが可能になっている。少し手を加えれば、高度な防空網さえもすり抜けることができる。アル・バレドの事件が示すように、ドローンは化学テロの脅威になっている。ドローンは、噴霧器を装備して化学兵器になり得るし、化学プラントへの爆弾攻撃に使われる可能性もある。また、ドローンは有力な攻撃支援を提供することができ、たとえば、攻撃を計画・実行する際の偵察業務を支援したり、治安機関の対応状況をモニタリングしたり、テロ活動の宣伝に使うこともできる。

< 安価に化学攻撃 >

■ ドローンは化学兵器を運ぶのに優れた手段である。野外コンサートやスタジアムなど混雑した場所の上空を飛行し、集まった人々に化学兵器を散布することが可能である。商用ドローンの積載量は小さいため被害は限定的だが、低空飛行で密集した人たちを標的にすることは大きな脅威となる。

■ 特に商用の農業用ドローンは化学兵器を運ぶのに適した設計になっている。農薬散布用のドローンはケミカルタンク、ポンプ、ホース、ノズルなどが装備されており、有毒な化学物質の液体を扱えるようになっている。テロを企てる者にとっては、何の憂いもなく完ぺきな製品を手に入れることができる。ドローンは最低1,500ドル(22万円)という低価格で購入でき、入手に当たって特別な認可を必要としない。

■ ドローン技術の向上によって、ドローンは化学兵器の運搬システムとしての実効性を高めている。インターネットによる電子商取引サイトのアマゾンで数千ドルで入手した趣味用の簡易なドローンでさえ、基本的なウェイポイント・ナビゲーション(Waypoint Navigation)が可能で、GPSGlobal Positioning System;全地球測位システム)によって誘導して事前に決められたルートを自律飛行できる。テロリスト組織は、集まった群衆の上に散布するルートを事前に計画し、化学物質を散布するドローンを飛ばせばよい。さらに、テロリストはおとりドローンを組み込むかもしれない。おとりドローンとは、化学兵器による攻撃から治安機関の注意をそらすため、武器を装備していない簡素なドローンである。また、現在では、商用ドローンであっても自律モードで作動し、オペレーターと直接やりとりせずに目標まで飛行できるため、ドローンとオペレーター間の接続を妨害する防御策は役に立たない。

■ 言うまでもなく、テロリストがドローンで化学兵器を使用する以前に、直面する大きな課題がある。化学兵器の入手である。サリン、VX、マスタードガスのような化学兵器をテロリストが入手するのは容易なことではない。テロリストはそれらを取り扱う知識だけでなく、専門的な機器、化学物質の材料、施設を必要とする。しかし、ハーバード大学医学部(Harvard Medical School)の研究者や私が指摘してきたように、鎮痛剤として使用されているフェンタニル(Fentanyl)は、従来の兵器用薬剤に代わる致死性のある代替品となる可能性がある。1990年代、国防総省と司法省はフェンタニルを無力化剤(催涙ガスのように一時的で生命を脅かさない作用のみを引き起こす薬剤)として研究したが、標的を無力化するか殺害するかの差は非常に小さいため、フェンタニルは安全ではないと結論づけた。現在、フェンタニルは闇市場においてそれほど難しくなく入手可能である。 実際、米国では麻薬としてフェンタニルを入手して過剰摂取による事故が増えているという。

< 弱点が多く隙すきだらけの対応策 >

■ ドローンは化学兵器を運ぶために使用する以外にも、直に化学施設を攻撃するという方法がある。

1984123日、インドのボパールにあるユニオン・カーバイド・インディア・リミテッド(Union Carbide India Limited UCIL)の殺虫剤工場において、安全上の欠陥によって猛毒のイソシアン酸メチル40トンが放出してしまう事故が発生した。インドのマディヤ・プラデシュ州政府は、この事故によって3,787人が死亡し、574,366人が負傷したと報告した。他の推計では、死者数は16,000人にのぼるという。

 同じように化学物質の放出を引き起こせば、テロリストにとって大量殺戮を目的とした化学攻撃を実行する最も簡単な方法である。テロリストは一般に出回っていない特別な化学物質を入手する必要はなく、化学施設において災害を引き起こすのに十分な量の爆弾を爆発させるだけでよい。米国サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁(Cyber​​securityInfrastructure Security AgencyCISA)は、米国内の高リスク化学施設を3,200箇所指定した。

■ 米国議会は2006年に化学施設テロ対策基準を可決し、サイバー・セキュリティ対策や物理的セキュリティ対策、人の身元確認、適合性調査など化学施設におけるセキュリティ対策を全国的に義務付け、施行していたが、この法律には航空攻撃に対して最小限の要件しかない。しかし、2023728日、米国議会は化学プラントをテロから守るための法律のひとつを失効することを認めた。米国サイバーセキュリティ・インフラストラクチャ・セキュリティ庁はもはや化学施設のコンプライアンス(適合性)すらモニタリングできず、期限切れとなった法律の最低限の要件でさえも執行できなくなった。

 注記;失効になったのは化学施設テロ対策基準の規制“6 CFR Part 27”で、スクリーニング閾値量や濃度を超える化学物質を保有する施設に適用されるもので、失効の影響は, EPA Chemical Facility Anti-Terrorism Standards Lapse」(February 21, 2024)を参照。

■ ドローンによる施設への攻撃は容易になっている。たとえば、ドローンはフェンス、車止めポール(ボラード)、ゲートなど施設の物理的な障壁の上を飛行して、化学物質の貯蔵タンクに爆弾を投下すれば、化学物質を放出することができる。現在の連邦法では、民間部門がドローン撃破システムを運用することを認めていないため、化学プラントの事業所は脅威を特定し、連邦法執行機関に連絡し、警察官の到着を待つ必要があり、それから携帯式妨害装置などによって脅威を無力化することになる。趣味用のドローンでさえ時速100マイル(時速160km)以上で飛行できるので、積極的な攻撃者であれば目的を成就する可能性が高い。

■ テロリストがドローンを使って化学施設への攻撃を準備する可能性もある。たとえば、2019年にニュージーランドのクライストチャーチで51人が死亡した襲撃事件では、テロリストのブレントン・タラントは事前にドローンを使って偵察を行っていた。同様に、化学プラントの攻撃を計画するテロリストが施設のまわりをドローンで飛行させ、警備員の動きを探り、周辺の地図を作成し、監視カメラの位置を探したりして、ドローンによる攻撃の経路を見出すことができる。施設の管理者がドローンを発見しても、ドローン趣味者の不注意か、法律に疎い人の仕業と片づけてしまうかもしれない。

< 何をすべきか >

■ テロの脅威を軽減するために、議会は化学施設テロ対策基準プログラムを再び認可する必要がある。化学プラントは健全でしっかりしたセキュリティ基準を持っておく必要があり、連邦政府機関によって実行性をモニタリングされるべきである。また、議会は、センサ・通信ユニット・コントローラといった機器を用いたセンサネットワークの確立や、連邦航空局の無人交通管理システム計画のような情報共有化システムへの参加など、航空状況把握に関する新たな要件を入れた基準に更新すべきである。商用ドローンが幅広く普及するにつれ、化学施設の所有者や運営者にドローンに関する情報を提供することは、懸念する必要のないドローンを知る上で役に立つ。

■ また、議会は、重量55ポンド(25㎏)を超える農業用ドローンを買う人に購入前に連邦航空局の認証を受けることを義務付けるべきである。すでに農業用ドローンの操縦にはPart137UAS認証が義務付けられているので、正規の購入者への影響は最小限にとどまる。さらに、州・地方・連邦の法執行機関は、農業用ドローンに関して過激派の関心を監視すべきである。すでに知られているテロリスト集団が農業用ドローンや市販の多機能なドローンを入手しようとしている場合、危険信号を発して捜査できるようにすべきである。これには、プレシジョンホーク社(PrecisionHawk)やハイリオ社(Hylio)のようなドローン製造者と提携して、不審な取引に関する情報を共有することも含まれる。また、国際社会は、大規模な石油タンク基地を有する国への農業用ドローンの輸出規制と監視を検討すべきである。これは、化学兵器や生物兵器の拡散を防ぐために、米国を含む国々間で輸出規則を調整しているオーストラリア・グループのような国際協定になっていくかもしれない。


■ 隠れた化学テロリストにとってドローンは非常に都合の良いものである。ドローンは安価で、斬新的で且つ効果的な運搬システムとしての機能をもっている。地上の警備設備の上を飛び越えて化学施設を攻撃することもできるし、攻撃前の偵察や攻撃結果の撮影をすることもできる。化学テロを阻止するためには、ドローンの進歩や用途拡大を考慮した新たな取り組みを必要とするだろう。大規模なドローン配送などの業務を可能にする規制や技術の進歩と同様、新たな取り組みの実現には時間がかかるかもしれない。

少なくとも政策立案者は、化学施設を攻撃から守るためにせっかく制定した米国のプログラムを失効させるなどして、化学テロリズムのリスクを増大させることは避けるべきである。とはいえ、最近の議会をみていると、これは難しい注文かもしれないが。

補 足

■ 日本におけるドローンによる事件としては、2015年の首相官邸無人機落下事件がある。2015422日に内閣総理大臣官邸の屋上に放射性物質を搭載したドローンが落下した。発見されたドローンは中国企業のDJI社製のPhantomであり、同機種は2015126日に米国で泥酔したシークレットサービス職員がホワイトハウスに落下させた機種である。 犯人は福井県に住む元航空自衛隊員(当時40歳)で福井県警察に自首し、反原発を訴えるために福島の砂100gをドローンを使って飛行させたと自供した。さらに驚くことにはドローンを飛ばしたのは49日で、首相官邸が発見したのは13日後の422日だった。この事件を契機にドローンの法整備の必要性が高まり、航空法は改正された。しかし、2016年に施行されたドローン規制法では、内閣総理大臣官邸などの国の重要施設、外国公館、原子力事業所の周辺地域の上空でドローンを飛行させることが禁止されただけである。

所 感

■ ドローンは有益な機器であり、このブログでもつぎのような事例を紹介した。

  20204月、「ドローンによる貯蔵タンク内部検査の活用」

 ● 20213月、「危険物質の事故対応で、もはやドローンは欠かせない!」

 ● 20222月、「欧州における自律型ドローンによる石油ターミナルの検査」

 ● 20235月、「欧州ベルギーの港湾施設において自律型ドローンのネットワークを構築」

■ 一方、ドローン(無人航空機)が戦争に使用され始め、貯蔵タンクへのテロ攻撃の観点から取り上げてきた。主な事例はつぎのとおりである。

  20199月、「サウジアラビアの石油施設2か所が無人機(ドローン)によるテロ攻撃」

 ● 20235月、「ロシアの石油貯蔵施設が2日連続で無人航空機(ドローン)攻撃によりタンク火災」

 ● 20241月、「ロシアの石油貯蔵施設が無人航空機(ドローン)攻撃によるタンク複数火災」

 過去の事例を見てくると、ドローン(無人航空機)による貯蔵タンクへの攻撃性が進化し、戦術上も進化している。特に、20241月の事例は容量1,500KLクラスと比較的小型タンクであるが、一度に4基が被災している。

■ 今回の資料は、貯蔵タンクだけでなく、化学施設へのテロ攻撃として広くとらえ、その脅威を指摘している。他国の戦争時の話として軽んじやすいが、オウム真理教の事件や首相官邸無人機落下事件を見ていると、日本でドローンによるテロ攻撃は起こらないとはいえない。ドローン(無人航空機)が急速に進歩している時代に、ドローン規制法が首相官邸上空でのドローンを飛行禁止にしているだけでは対応が不十分で、テロリストを念頭にしたテロ対策基準が必要なことを認識させる。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Thebulletin.org, Why cheap drones pose a significant chemical terrorism threat, By Zachary Kallenborn, November 21, 2023

     Hazmatnation.com, Why cheap drones pose a significant chemical terrorism threat,  December 14, 2023

     Williamsmullen.com, EPA Chemical Facility Anti-Terrorism Standards Lapse, February 21, 2024

     Counterterrorism.police.uk, Man found guilty of terror charge after building drone to give to ISIS,  September 28, 2024

     Armscontrolwonk.com, DEATH CULT DRONES, MAYBE, May 26, 2022

     Drone-tech-academy.jp,  ドローン武器化を違法行為として取締り制度, August 29, 2019

    Mainichi.jp,  ドローン官邸落下から5年 進んだ法整備、広がる活用 安全管理にはなお課題, May  23, 2020


後 記: 本論では化学施設へのテロ対策基準が必要なことを指摘していますが、最後に米国議会がひどくて情けない状況の憂いで終えているのが考えさせられます。(米国議会だけでなく、日本の国会も同じでしょうという声が聞こえてきそうですが)

 まとめに当たっては、最近の専門用語について勉強を兼ね、少し補足するような文章を入れました。また、過去の事例などにも画像を入れて関心をもってもらうよう工夫しました。たとえば、1995年のオウム真理教地下鉄サリン事件は30年も前のことなので、若い人(といっても40歳くらいでも)には記憶にない昔話でしょう。4月に事件がありましたが、私自身は3月まで霞が関を通る地下鉄を利用していたので、早い時期に事件が決行されていたら、遭遇していたかも知れないという怖い思い出があります。

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