今回は、2017年のケミカル・エンジニリング会報に投稿された中国の研究者による「製油所の貯蔵タンク施設における火災・爆発事故のリスク評価」(Risk Evaluation for Fire and Explosion Accidents in the Storage Tank
Farm of the Refinery)を紹介します。この資料本文には球形タンクの解析事例が付いていますが、球形タンクを選んだ背景には2015年に起きた「中国 山東省の液化石油ガスタンク群で爆発・火災」の事故が影響していると思われます。
< 概 要
>
■ ダウ・ケミカル社(Dow Chemical)が開発したダウの火災・爆発指数(F&EI)評価法および事故ツリー分析(ATA)は、大規模製油所の貯蔵タンク地区における火災・爆発事故のリスクに関する定性的分析と定量的分析を実施するために用いられている。ここでは、まず、ダウのF&EI評価手法を用いて、製油所内にある各油種6基のおける貯蔵タンクの安全性評価を実施した。つぎに、事故ツリー分析(ATA) を用いてLPG球形タンクの火災・爆発事故を解析し、事故の頂上事象を発生させる最小限の基本事象の組み合わせであるミニマルカットセット(Minimal Cut Set ;MCS)を確認した。そして、基本事象の構造的重要度を算出・分類して、LPG球形タンクの事故に影響する主要因を明らかにした。そのあと、有効な防止策を講じることによって、LPG球形タンクの安全性と運転信頼性を向上させる。
1. はじめに
■ 規模の大きい製油所では、製品の種類が多く、貯蔵量が多量で、タンク内に可燃性や爆発性物質があるため、火災や爆発事故の発生する可能性が高い。一旦、事故が発生すると、連鎖反応が起こりやすく、甚大な損失や社会的影響を引き起こす。したがって、このような事故を回避するために、製油所におけるタンク地区の火災・爆発事故リスクについて定性的・定量的な安全性評価の研究を実施することは大きな意義がある。
本研究では、製油所の原油生産能力を1,000万トン/年としている。敷地面積は2.4k㎡で、プラントは機能別にプロセスエリア、貯蔵・輸送エリア、ユーティリティ・補助施設エリア、管理エリアに分かれている。タンク地区の設備分類は、原油タンク地区、中間原料タンク地区、製品タンク地区、圧力タンク地区などで構成されている。原油タンク、ガソリンタンク、ディーゼルタンク、プロピレン球形タンク、液化石油ガス(LPG)球形タンク、ベンゼンタンクの各容量は、100,000KL、30,000KL、30,000KL、2,000KL、3,000㎥、3,000㎥である。危険化学物質のハザード施設の判断は、中国国家標準GB18218-2009 (Identification of major hazard
installations for dangerous chemicals) によれば、貯蔵・輸送システムが重視すべきハザード施設に該当することがわかる。タンク地区のハザードレベルはレベルⅠである。(Sinopec Group, 2008)
2. ダウの火災・爆発指数評価法(Dow’s fire & explosion index evaluation method) (第7版)
2.1 原料ファクター(MF)の選択
■ 原料ファクター(MF)は、発火や化学反応から生じる火災または爆発において、原料が放出するエネルギーを示す固有の特性である。各単位成分の原料ファクター(MF)は以下に示す表から求める。
2.2 一般プロセスハザードファクター (F1)の算出
■ 一般プロセスハザードは、事故の被害を決定する要因で、発熱反応(A)、吸熱反応(B)、原料のプロセス・輸送(C)、密閉または屋内プロセスユニット(D)、通路(E)、排出・漏洩のコントロール(F)の6項目からなる。具体的な状況に応じて適切なファクターを選択し、計算表に入力する。そして、これらのハザードファクターは、表1のユニットの一般的なプロセスハザードファクター(F1)に加算する。基本ファクターは1である。
2.3 特別プロセスハザードファクター(F2)の算出
■ 特別プロセスハザードは事故発生の可能性に影響を及ぼす要因で、(A)~(L)までの12項目ある。すなわち、
(A)毒性物質(0. 2×NH)、 (B)負圧(<500mmHg)、 (C)爆発限界内または爆発限界付近での運転、 (D)粉塵爆発、 (E)圧力、 (F)低温、 (G)可燃性で不安定な物質、 (H)腐食および摩耗、 (I)漏洩=継手およびフィラー、 (J)裸火を使用する装置、 (K)熱油熱交換システム、 (L)回転装置の12項目である。基本ファクターは1である。
2.4 プロセスユニットのハザードファクター(F3)の算出
■ プロセスユニットのハザードファクター(F3)は、一般プロセスハザードファクター(F1)と特別プロセスハザードファクター(F2)の積であり、すなわち、F3=F1×F2 で算出する。 F3は通常1~8の範囲である。一般的には8.0を超えることはない。F3が8.0を超える場合は、最大8.0で計算する。
2.5 火災・爆発指数(F&EI)の算出
■ 火災・爆発指数(F&EI)は、プロセスユニットで発生した事故から生じる可能性のある損害を算出して評価するために使用される。これは、原料ファクター(MF)とプロセスユニットハザードファクター(F3)の積であり、すなわち、F&EI =MF×F3 で算出する。F&EI の計算結果を 表3 に示す。
2.6 補償ファクターの決定(C0)
■ 安全を確保できる方法を適切に選択することで、事故の発生を未然防止したり、起こり得る物的損害を許容可能なレベルまで低下させることができる。安全を確保する方法は、プロセス管理(C1)、原料の隔離(C2)、火災防止設備(C3)の3種類に分けられ、C0=C1×C2×C3で求める。
プロセス管理(C1)には、非常用電源(a)、冷却装置(b)、爆発抑止装置(c)、緊急遮断装置(d)、コンピュータ制御(e)、不活性ガスによる保護(f)、運転手順(g)、化学的活性物質の検査(h)、その他のプロセスハザードに関する分析(i)を含み、火災防止設備(C3)がある。
原料隔離の安全予防ファクター(C2)には、遠隔バルブ(j)、排出/ドレン装置(k)、放出システム(l)、インターロック装置(m)が含まれる。
火災防止設備の安全対策ファクター(C3)には、漏洩試験装置(n)、構造用鋼材(o)、消火用給排水システム(p)、特別な消火設備(q)、スプリンクラー消火設備(r)、ウォーターカーテン(s)、泡消火設備(t)、携行型消火設備(u)、ケーブル保護設備(v)が含まれる。
2.7 被災半径と被災面積の決定
影響の範囲は、0.84×F&EI の値にもとづき図を参照して、被災半径 Rを求める。被災面積 Sは S=πR2
で求められる。ここで Rは被災半径(単位;m)である。
2.8 MPPD (Maximal Possible Property Damage)の算出
■ MPPDとは、想定される最大の物的損害のことであり、表5 に示すように基本MPPDと実MPPDに分類することができる。基本 MPPD=被災面積内の物的価値×DFである。実 MPPD=基本 MPPD×補償ファクター C0である。
ダウのF&EI(火災・爆発指数)の結果によると、LPG球形タンクは火災・爆発のハザードが最も高く、ディーゼルタンクが最も低くなっている。火災または爆発が発生した場合、LPG球形タンクの影響半径は最大74mとなり、その範囲内で物的資産の82%が損害を受ける可能性がある。安全対策による補償、つまり何らかの対策を講じれば、各タンクの火災や爆発に対するハザードはある程度軽減され、各タンクのセキュリティは通常の生産・操業時には効果的に補償される。
しかし、設備の安全性と信頼性を確保するためには、総合的なシステムとしてのセキュリティ保護システムは、セキュリティ対策の補償項目にもとづき、優れたスタッフと正しい運転手順の技術指導を兼ね備えていなければならない。(Wang, 1999) そのため、LPG球形タンクの火災・爆発事故の分析にATA法を用いる。
3. LPG球形タンクの火災・爆発に対する事故ツリー解析(ATA)
■ 規模の大きい製油所における容量3,000㎥のLPG球形タンクを例に、LPG球形タンクの火災・爆発事故ツリーを解析した。(Gu, 2001)
3.1 事故原因の調査
■ 調査は、事故に関する直接的原因に関する要因(機器の故障、人為ミス、劣悪な環境要因)について行う。
3.2 事故ツリーの構築
■「LPG球形タンクの火災・爆発」を頂上事象とし、この頂上事象を誘発するような基本的な原因についてすべての基本事象が特定されるまで解析を行い、図1 に示すような論理ゲートによる事故ツリーを構築する。
3.3 ミニマルカットセット(Minimal Cut Set ;MCS)の決定
■ ミニマルカットセットとは、頂上事象につながる可能性のある基本事象のセット(集まり)のうち、最も程度の低いものである。(すなわち、カットセットに含まれる基本事象のいずれかが発生しなければ、頂上事象は発生しない可能性がある) 事故ツリーのミニマルカットセットは、“トップダウン”
置換法によって得られる。(Jing and Jia, 2004) そして、事故ツリーは等価のブール方程式(Equivalent Boolean equation)に変換され、つぎのようになる:
3.4 構造重要度の分析
■ つぎの式は、Xiの構造重要度ファクターの近似判別式である:
ここで、Xi は基本事象である。Pj
はミニマルカット(パス)セットである。 nj は基本事象Xi が位置するミニマルカットセットPj に含まれる基本事象の数である。ここで、ミニマルカットセットPj は基本事象Xi が存在し、 Xi の構造的重要度ファクターである。この場合の基本事象の構造的重要度ファクターは、つぎのように計算される: I𝜙(𝑋4),⋯⋯,I𝜙(𝑋7) バルブのシール不良、フランジのシール不良、タンク本体破損、誤操作によるLPG漏れは構造上の重要度が高く、頂上事象への影響が大きい。各基本事象の構造的重要度ファクターはつぎのように分類される:
𝐼∅(𝑋4) = 𝐼∅(𝑋5) = 𝐼∅(𝑋6) = 𝐼∅(𝑋7)
> 𝐼∅(𝑋8) = 𝐿𝐿
= 𝐼∅(𝑋14) =
𝐼∅(𝑋12) =
𝐼∅(𝑋17)
> 𝐼∅(𝑋1) = 𝐼∅(𝑋15) =
𝐿𝐿
= 𝐼∅(𝑋21)
> 𝐼∅(𝑋2) = 𝐼∅(𝑋3)
3.5 主な影響要因と予防策
■ LPG 球形タンクの火災・爆発事故には、35通りの原因が考えられる。事故ツリー解析(ATA) によって火災や爆発事故を防止するためには、事故を引き起こす各基本事象からつぎのような対策を検討する必要がある。(Guo, 2009; Zu, 2004)
1) バルブと接続フランジを定期的に点検し、漏れを防ぐこと。
2) タンク本体を定期的に点検し、腐食などによるタンク本体の亀裂やひび割れの形成を防止すること。
3) タンク地区内での喫煙を禁止するため、セキュリティ・チェックを強化すること。
4) タンク地区内での非防爆機器の使用を禁止し、防爆機器の点検を強化すること。
5) 接地設備、パイプライン、鉄製品を使用した機器を叩くことを禁止すること。
6) 耐雷性・耐静電性の機器と接地抵抗を頻繁にチェックして、それらが安全仕様に合致していることを確認すること。
7) タンク内の液体による過圧を防ぐため、プロセスパラメーターを厳密に制御すること。
8) 作業服と安全靴は作業前に必ず着用すること。
補 足
■ 本資料の作成者は、つぎのとおりである。
・Jingjing Zhao ; College of Chemical Engineering, Beijing University of Chemical
Technology(北京化工大学化学工学院、中国北京市)
・Wei Li ; Oasis
Environmental & Safety Technology Co., Ltd.(オアシス環境安全技術有限公司、中国青島市)
・Chongliang Bai ;
Center for Molecular Science and Engineering, College of Science, Northeastern University(ノースイースタン大学理学部分子理工学研究センター、中国瀋陽市)
所 感
■ この種の資料を日ごろから見ていないと、分かりづらい内容だと感じる。特に、各章が検討経過を省いているので、どのようにしてそのような数値になるのだろうと別な方へ意識がいく。
■ 石油施設(タンク)のハザードを数値で表したところが興味深い。定性的な判断をしがちな日本人にとっては苦手な点である。しかし、資料にも記載しているように「設備の安全性と信頼性を確保するためには、総合的なシステムとしてのセキュリティ保護システムは、セキュリティ対策の補償項目にもとづき、優れたスタッフと正しい運転手順の技術指導を兼ね備えていなければならない」と人が重要であるとも言っている。
■ LPG 球形タンクの事故ツリー解析(ATA) によって火災や爆発事故を防止するためには、つぎのような対策を検討する必要があると述べているが、タンク地区内の喫煙の禁止、鉄製品を叩くことの禁止、作業服と安全靴の作業前の着用など日本では常識的と思われていることも、基本に帰ればもっともなことである。
①バルブと接続フランジを定期的に点検し、漏れを防ぐこと、②タンク本体を定期的に点検し、腐食などによるタンク本体の亀裂やひび割れの形成を防止すること、③タンク地区内での喫煙を禁止するため、セキュリティ・チェックを強化すること、④タンク地区内での非防爆機器の使用を禁止し、防爆機器の点検を強化すること、⑤接地設備、パイプライン、鉄製品を使用した機器を叩くことを禁止すること、⑥耐雷性・耐静電性の機器と接地抵抗を頻繁にチェックして、それらが安全仕様に合致していることを確認すること、⑦タンク内の液体による過圧を防ぐため、プロセスパラメーターを厳密に制御すること、⑧作業服と安全靴は作業前に必ず着用すること。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Aidic.it, Risk Evaluation for Fire and Explosion Accidents in the
Storage Tank Farm of the Refinery , CHEMICAL ENGINEERING TRANSACTIONS VOL. 62,
2017
本資料で引用された論文は、つぎのとおりである。
・Dong Y.C., Song W.F., Xie F., 2012,
Quantitative analysis of fire explosion accident of liquefied petroleum gas
storage tank, Acta Scientiarum Naturalium Universitatis Nankaien, 45(1),
101-105.
・Gu X. B., 2001, Methods and application
of petrochemical safety analysis, Chemistry Industry Press.
・Guo G.C., 1999, Oil storage and
transportation of oil refinery, China Petrochemical Press.
・Jing G.X., Jia P., 2004, Application of
Minimum Cutset in System Safety Analysis, China Safety Science Journal, 14(5),
99-102.
・Liu Y.B., 2011, Risk analysis and
prevention of fire and explosion accident o refinery storage tanks, Petroleum
Refinery Engineering, 41(10), 61-64.
・Luo Y., 2009, Registered safety engineer
manual, Chemistry Industry Press.
・Sinopec Group, Code of petrochemical
enterprise design, GB 50160-2008.
・Wang Y.H., 1999, safety system
engineering, Tianjin University Press.
・Zu Y.X., 2010, Liquefied petroleum gas
operation technology and safety management, 3th Edition, Chemistry Industry
Press.
後 記: 興味ありそうなことが記載されていたので、紹介することとしました。本当は中国のタンク事故情報を知りたかったのですが、 2020年ごろから検索しても事故情報にヒットしません。「中国における石油貯蔵所の火災・爆発の事例分析」(2019年7月)によれば、貯蔵タンクに限っても事故件数は平均1.7件/年あります。確かなに新型コロナウィルス感染症の問題が出始めて、報道の取材が制限され、情報量が激減しました。しかし、そればかりでは無さそうな気がしています。事故を教訓としていけばよいのに、“事故は隠れたがる”というようにひとが隠してしまう、すなわち“無いことにしてしまっている”のでないでしょうか。