2020年5月11日月曜日

米国の戦略石油備蓄についての動き

 今回は、2020年3~4月にかけて新型コロナウイリス感染拡大による石油の需要が落ち、世界的に原油の価格が下がっている中で、米国における戦略石油備蓄の動きについて紹介します。
< はじめに >
■ 新型コロナウイリス(COVID-19)の感染拡大で石油の需要が落ち、世界的に原油の価格が下がっている。原油価格は、2020年3月初めには1バレル50ドル前後で取引されていたが、その後、20ドル前後に急落した。通常、原油は世界で1日に1億バレルほど消費されてきたが、国際エネルギー機関(IEA)によれば、4月は前年比で約30%にあたる1日2,900万バレル程度消費量が減っている。このような状況下で、米国の戦略石油備蓄について動きがあった。

< 米国の戦略石油備蓄 >  
■ 米国の戦略石油備蓄(Strategic Petroleum Reserve ;SPR)は、米国エネルギー省の管理のもとに備蓄されている緊急時ための石油である。 1973年のOPECの石油禁輸措置で石油供給が中断されたのを機にとられた政策で、米国は1975年から石油備蓄を始めた。
     米国における戦略石油備蓄の基地 (図はSteelguru.comから引用)
■ 戦略石油備蓄はルイジアナ州とテキサス州にあり、総貯蔵容量は77,700万バレル(12,300KL)である。戦略石油備蓄の事務、ルイジアナ州ニューオーリンズ郊外のエルムウッドにある。
 現在、備蓄基地は石油精製・石油化学の主要な都市部の近くでメキシコ湾岸の4箇所にある。
 ● バイユー・チョクトー基地(ルイジアナ州バトンルージュ): 1987年に稼働し、6基の地下岩塩ドームタンクがあり、総容量は7,600万バレル(1,210万KL)である。
 ● ビッグヒル基地(テキサス州ウィニー): 1991年に稼働し、14基の地下岩塩ドームタンクがあり、総容量は1 億7,000万バレル(2,700万KL) である。
 ● ブライアンマウンド基地(テキサス州フリーポート): 1986年に稼働し、19基の貯蔵タンクがあり、総容量は2億4,710万バレル(3,930万KL) である。
 ● ウェストハックベリー基地(ルイジアナ州レイクチャールズ): 1988年に稼働し、21基の貯蔵タンクがあり、総容量は2億2,700万バレル(3,610KL)である。
            米国の戦略石油備蓄の4基地 (写真Energy.govから引用)
< 戦略石油備蓄の動き >
■ 原油価格の下落傾向にあった3月13日(金)、米国大統領は戦略石油備蓄を積み増し、大量の原油を良い価格(安価)で購入する方針を示した。米国大統領がエネルギー省長官に約7,700万バレル(1,224万KL)の空き容量がある戦略石油備蓄を満杯にするように指示したことを受け、エネルギー省は、3月19日(木)、戦略石油備蓄向けに7,700万バレルの米国産原油を購入する予定とした。

■ しかし、直近に出された新型コロナウイルスに対処する大型景気対策法案に財源措置が盛り込まれなかったため、米国議会は調達に必要な予算計上が無いと指摘し、当初分の約3,000万バレル(477万KL)を購入する計画は失敗に終わった。 エネルギー省は、3月25日(水)、戦略石油備蓄を最大限に増やすことを目的とした原油購入を取り下げた。エネルギー省は、資金繰りのめどが付いた場合には購入を再度提示する考えを明らかにした。

■ 米国の超党派議員4名は、4月初め、原油価格の急落で打撃を受けている石油企業を支援するため、30億ドルを投じて原油を購入し、戦略石油備蓄を積み増す法案を提出した。法案の成立には上下両院の可決と米国大統領の署名が必要になる。アナリストは、新型コロナウイリスの感染拡大で石油需要が急減しており、たとえ購入が認められても、国際原油価格を押し上げる効果や原油生産者を支援する効果は乏しいと分析した。

■ エネルギー省は、4月2日(木)、石油企業に対して戦略石油備蓄で空いている3,000万バレル(477万KL)の保管スペースを提供できると発表した。米国政府が原油価格の急落への対処を支援しようというものである。

■ エネルギー省は、4月初め、石油を貯蔵する企業は2021年3月まで戦略石油備蓄に保管することができ、わずかな費用で貯蔵経費をカバーすることができると述べていた。石油の引渡しの大半は5~6月に行われる予定だという。

■ 米国大統領は、4月20日(月)、戦略石油備蓄を積み増す方針を改めて示した。エネルギー省は、新型コロナウイルス感染拡大による原油需要の落ち込みで在庫が増え、貯蔵施設が能力の限界にある国内石油会社に対し、戦略石油備蓄の貯蔵施設の余力分約7,700万バレル(1,224万KL)の一部を貸すための手続きを進めている。

■ 米国ニューヨークの原油先物市場で、4月20日(月)、米国で生産されている原油であるWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)を貯蔵するスペースが少なくなっていることを背景に、WTIの原油価格がマイナスになった。原油先物市場で価格暴落の引き金となったのは、新型コロナウイルスの感染拡大でエネルギー需要が減少する中での原油在庫の急増である。5月渡しの取引最終日を翌日に控え、現物の保管スペースに困った投資家が一斉に売却に走った。市場では、積み上がった在庫処分のため、原油価格低迷は長期化するとの懸念が広がっている。原油の余剰分については、各国で石油タンカー、パイプライン、貯蔵タンクなどに貯めてしのいでいるが、この状態が続けば、貯蔵スペースがなくなるのも時間の問題である。
                原油価格の推移 (図はEnecho.meti.go.jpから引用)
■ エネルギー省の提示を受け、シェブロン社( Chevron)、エクソンモービル社(Exxon Mobil)、アロンUSA社(Alon USA)など石油企業の9社は、米国の戦略石油備蓄に2,300万バレル(365KL)の原油を保管するスペースを借りることに同意した。 4月下旬、9社の石油企業は2,300バレル(365KL)分の保管スペースのみ契約交渉中だという。

■ エネルギー省は、民間に対し約7,700万バレル(1,224万KL)相当の保管場所の一部貸し出しを検討しているが、米国の原油在庫の増加ペースは、週1,000万~2,000万バレル(159万~318万KL)である。政府が所有する保管場所にも限りがあり、米戦略国際問題研究所は、「控えめに見積もっても、2020年7月中旬には、米国全体での貯蔵スペースがなくなる」と指摘する。

■ 戦略石油備蓄の貯蔵タンクを借りているほかの企業は、アトランティック・トレーディング社(Atlantic Trading)、エナージー・トランスファー社(Energy Transfer)、エキュノアー・マーケティング&トレーディング社(Equinor Marketing&Trading(US))、マーキュリア・エナージー・アメリカ社(Mercuria Energy America)、MVP ホールディング社(MVP Holdings)、バイトル社(Vitol)である。

■ 4月29日(水)、米国財務長官は、国家戦略備蓄に数億バレルの積み増しが含まれる可能性があると述べた。ただ、財務長官は追加備蓄のための貯蔵能力をどのように確保するかについて詳しく説明しなかった。財務長官は、ホワイトハウスで「数億バレルの追加備蓄能力を確保する可能性を模索しており、多数の異なる選択肢を検討している」と述べ、財務省とエネルギー省の当局者によるチームがその作業に当たっているとした。

■ 戦略石油備蓄のウェブサイトによると、110万バレル(175,000KL)のサワー原油が4月に施設に移されており、現在、貯蔵量は6億3,610万バレル(1億113万KL)を保管しているという。貯蔵容量は約7億1,400万バレル(1億1,300万KL)あり、約90%が満タンになっている。(空きスペース;7,790万バレル=1,238万KL)

ヴォパック社のタンク・ターミナルの例 
(図はTanknewsinternational.comから引用)
■ 一方、タンク・ターミナル業界の中で世界最大の企業であるヴォパック社(Vopak)でも、貯蔵タンクがほぼ一杯だという。このオランダの会社は、原油需要が落ちて原油価格が下落し、生産者やトレーダーが必死に貯蔵タンクを見つけようとしている中で、利益を上げている。ヴォパック社は、これまでのところ、新型コロナウイルスによる操業への影響は限定的で、66箇所のタンク・ターミナルはすべて稼働しているという。だたし、将来的には変化があるかもしれないといい、新型コロナウイリスのパンデミック(世界的な流行)によって、いろいろな計画が遅れたり、長期的には景気後退のリスクになるかもしれないと語っている。

補 足
■ 日本の石油備蓄(事業)は、米国の戦略石油備蓄と異なり、かなり複雑である。備蓄体制は図に示すように、国の直轄事業の国家備蓄、民間石油会社の法律による民間備蓄、産油国と連携した産油国共同備蓄の3つに分けられる。
(図はJogmec.go.jpから引用)
 国家備蓄は、全国10箇所の国家石油備蓄基地と民間から借上げたタンクに約4,954KLの原油・石油製品が貯蔵されている。民間備蓄は、備蓄義務のある民間石油会社により、約2,983KLの原油・石油製品が備蓄されている。産油国共同備蓄は、日本国内の民間原油タンクを産油国の国営石油会社に政府支援の下で貸与し、日本への原油供給不足が懸念される場合は優先的に日本に供給する事業であり、約167KLが貯蔵されている。国家備蓄、民間備蓄、産油国共同備蓄の総計は約8,104KLであり、備蓄日数に換算すると約208日分(20173月時点)である。
 日本の場合、さらに液化石油ガスについて国家石油ガス備蓄基地があり、民間の液化石油ガス輸入基地の隣接地に建設決定され、現在、全国で5箇所ある。
(図はJogmec.go.jpから引用)
所 感
■ 日本の石油備蓄の総量は約8,104万KLである。それに対して米国の戦略石油備蓄の総量は日本の1.5倍にあたる約1億2,300万KLである。ここで経済規模や人口などを考慮すると、日本の備蓄量は相対的に多い(努力している)ようにみえる。しかし、日本の石油備蓄は民間の貯蔵タンクを個々に借り上げたものを含んでいるので、同列で比較できないだろう。

■ 一方、今回の戦略石油備蓄の最初の動きを見ると、“戦略”的な判断というより、単に経済的な利益から出た発想のようだ。戦略石油備蓄は、もともと、石油が入らなくなったときのことを考えた政策である。近年、米国では、原油生産の増産を続けてきており、新型コロナウイリスによる需要の急激な落ち込みで生産した原油の行き場所が無くなるとは思ってもいなかっただろう。戦略石油備蓄の余裕スペースを生産原油の貯蔵にあてても一時的な措置にすぎず、急激な石油需要の上昇がないかぎり、生産井を絞るか停止するしかないだろう。戦略石油備蓄の余裕スペースに安価な原油を入れるメリットにはなるが、岩塩ドームのタンクは文字どおり塩漬けの貯蔵用で、油の出し入れに対して弱点があり、これが“戦略”石油備蓄の政策なのか疑問である。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
    ・Tankstoragemag.com, US Department of Energy confirms it will assist oil producers with emergency storage,   April  07,  2020
   ・Enecho.meti.go.jp,  新型コロナウイルスの影響はエネルギーにも? 国際原油市場の安定化に向けた取り組み,  April  28,  2020
   ・Tankstoragemag.com,  Vopak tanks almost full & all terminals operational,  April  20,  2020
   ・Tankstoragemag.com,  Nine companies rent US emergency oil reserve space for 23 mln barrels,  April  30,  2020
   ・Jp.reuters.com,   米、石油備蓄を数億バレル積み増す可能性=財務長官,  April  30,  2020
   ・Newsweekjapan.jp,  トランプ米大統領、戦略石油備蓄積み増す意向再表明,  April  21,  2020


後 記: 最近、貯蔵タンクの事故情報は極めて少なくなっています。事故が本当に少なくなっているのであれば、結構なことです。しかし、新型コロナウイリスの影響で都市封鎖になり、外出ができなくなっているため、メディアの取材活動が停滞しているので、事故が無いのではなく、情報が入らなくなっているのではないかと感じています。
 ということで、事故情報ではなく、戦略石油備蓄に関する話題をとりあげました。 4月20日、ニューヨークの原油先物市場でWTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)の原油価格がマイナスという前代未聞の出来事があり、調べてみました。そうすると、“戦略”ではなく、単なる思いつきで戦略石油備蓄が右往左往している米国の様子が垣間見えました。

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