2020年3月28日土曜日

新型コロナウイルスの伝染性は高い? 低い?


 今回は、202031日(日)に “HazmatNation”のインターネット情報に掲載された「現時点、新型コロナウイルス(COVID-19)はどのくらい伝染性があるのか?」(原題: Just how contagious is COVID-19? )を紹介します。貯蔵タンク事故情報ではありませんが、いま世界で関心の高い話題ですので、 「新型コロナウイルスのパンデミック(世界的な流行)に備えて知っておくべきこと」202031日)に続いて載せることとしました。
< はじめに >
■ 世界中の学者、医療専門家あるいは医政担当の人たちは、中国湖北省で猛威を振るっている新しい呼吸器疾患がどのように広がるのか、そしてそれが世界の他の地域にとってどれほど悪い影響を及ぼすのかを理解しようと研究しています。この取組みのひとつが疫学、すなわち、感染が集団の中をどのように伝わっていくのか、そしてそれをいかにコントロールしていくかということです。

■ 疫学は感染症の蔓延について解き明かそうと、地理学から数理科学まであらゆる専門知識を取り入れています。パニックや誤った情報、 あるいはゼノフォビア(外国人嫌悪)を乗り越え、新たに出現した感染症について話し合うことができるように疫学に関する基本的な概念について以下に示します。

< 感染の広がり方 >
■ 感染症がどのように集団を介して広がるかを把握するために用いる指標のひとつに、R0とも呼ばれる「基本再生産数」(Basic Reproduction Number)というものがあります。この数字は、各感染者が平均して何人に感染させるかを示しています。R0は、感染症の致死率を示すものではありませんが、新型感染症がどれほど伝染性があるかを示す指標であり、政府や医療機関が実施する感染症コントロール戦略の指針となります。 

■ R0が1.0未満の場合、標準的に感染症は死に絶えるといえます。すなわち、各感染者がさらに別な人に感染させる可能性は低くなるということです。R0が1.0より大きい場合、各感染者は少なくとも別なひとりに感染させることを意味し、感染症が全人口に広がるまで他の人に感染させる可能性があるということです。たとえば、標準的な季節性インフルエンザのR0は約1.2です。すなわち、この感染症は、感染者の5人ごとに平均して新しい6人に広がり、つぎつぎに他の人に伝染します。

■ 麻疹(ましん:はしか)は、この点で最も高い感染症で、麻疹のR0は、通常、12.0~18.0の間にあります。すなわち、麻疹の各感染者はワクチン接種を受けていない12~18人の新しい人たちに感染させます。ワクチン接種が普及する前の時代では、学校の全こどもが容易に麻疹にかかる可能性がありました。こどもには予防接種をさせることが大事です。

■ 集団免疫(Held Immunity)もまたR0に依存します。人間社会の中で病気に対して免疫をもっている人が多いほど、感染する人は少なくなります。予防接種を行ったり、新しく感染する人が自然に少なくなることで免疫が臨界レベルに達すると、感染症は枯渇します。感染症が容易に広がらないため、RO値が低いと集団免疫を達成しやすくなります。

■ しかし、特定の人間集団の中でチェックされずに放置された場合、感染症がどのように広がるかについて、R0は統計的推定値であることを理解しておくことが重要です。 SARS(重症呼吸器症候群)とMERS(中東呼吸器症候群)は、いずれも季節性インフルエンザより高いR0値(2.0〜5.0)ですが、世界的な流行になるほど広まることはありません。 一方、インフルエンザは、基本再生産数が比較的小さいにもかかわらず、常に広まっています。米国疾病対策センター(CDC)の推定では、米国人口の3〜11 %が毎年インフルエンザにかかっています。

■ 話をCOVID-19といわれている新型コロナウイルスに戻します。この感染症は医学的にはかなり新しいため、研究者は最新のR0を計算するために必要なデータを現在も集めています。 2020年2月19日の時点で、R0の推定値は1.4より大きく、4.0より小さく、SARSのような他のコロナウイルスの範囲内に収まっています。
(COVID-19とR0に関する問題についてさらに詳しく知りたければ、ウェブメディアのライフハッカー;Lifehackerの記事を参照してください)

< 致死率 >
■ 感染症を理解するために別な重要な指標は「致死率」(Case Fatality Rate:CFR)です。すなわち、感染症にかかった人の何%が死亡するかということです。 極端な例としては狂犬病があります。狂犬病は治療しないと99%の死亡率になります。もう1つは風邪です。風邪は比較的高いR0をもっていますが、ほとんど死に至ることはありません。(例外はほとんどが免疫不全の人です) 季節性インフルエンザの致死率(CFR)は小さいのですが、毎年多くの人が亡くなっています。米国疾病対策センター(CDC) によれば、2019年10月から2020年2月の間に30,000人ものアメリカ人が季節性インフルエンザで死亡したと推定されています。

■ 同様に、麻疹は非常に感染性が高いのですが、死に至ることは極めて稀です。(ただし、免疫系への悪い影響によっては、感染者が他の生命を脅かす病気にかかりやすくなります) 天然痘はR0(基本再生産数)が5.0〜7.0で感染力として高くはありませんでしたが、CFR(致死率)が約30%であったため、社会は壊滅的な打撃を受けました。麻疹は、それほど深刻な病気ではありませんが、感染率が非常に高いため、適切な集団免疫を形成するためには、極めて多くのワクチン接種を行う必要がありました。天然痘ワクチンでは、はるかに低い率で集団免疫を達成し、1980年までにこの感染症を完全に一掃しました。

■ 新型コロナウイルス(COVID-19)のような新しい感染症のCFR(致死率) は、関係するデータが比較的少ないため、正確に推定するのが非常に困難です。2020年2月8日の予備計算では、CFRが約1.4%(1,000人のうち14人が死亡する)と推定されています。しかし、これは中国政府のデータが不確かなため、中国以外のケースのみに基づいています。値は、今後、数週間や数か月経てば変ってくる可能性があります。しかし、新型コロナウイリス(COVID-19)のCFR(致死率) はSARSやMERSよりも低いとみられます。しかし、中国のひとつの地域に症例が集中しているため、医療インフラに大きなストレスがかかっています。これが感染症の大流行に関する懸念事項です。

< 疑問に思うことへの答え >
■ 疫学は、“もしも~だったら”という仮定と“出てきた結果はあくまで近似” によるゲームです。CFR(致死率)や基本再生産数(Basic Reproduction Number)などの数値は、感染症の数理モデルを用いて現実に起こっているデータから導き出します。 感染症は天候や休日移動などの条件が複雑に絡み合っているため、同じウイルスによって2回の発生があっても、異なる流行のように見えるかも知れません。 そういうわけで、R0(基本再生産数)は、通常、幅をもった値として与えられます。これは数理モデルが悪いからではなく、現実そのものが複雑だからです。

■ 疫学は感染症の謎を解くと同時に、 私たちに対処法を導いてくれます。今の国際化した時代に感染症が国から国へジャンプしていくモデルをつくり、都市レベルの隔離や移動制限が感染の広がりを縮小させることを示します。一方、経済社会の中で感染していない人たちの生活を深刻な混乱に陥れます。

■ そして最後に、疫学では、新型コロナウイルス(COVID-19)をこれまでの感染症の流行と比較して、現在の状態がどのくらい悪いのか、そして、もし政府が適切に処理しなかった場合にどのくらい広がるかを示すことができます。 私たちはまだ新型コロナウイルスについてすべてを知っているわけではありませんが、疫学による知識は新型コロナウイルスを撃退するのに何が必要かを理解するのに役立ちます
(図はHazmatnation.com から引用)

補 足
■「中国による新型コロナウィルスに関する大規模調査」が行われ、2020年2月17日(月)に公表されました。それによると、感染者の80.9%は軽度に分類され、13.8%が重度、4.7%が致命的です。死亡率は、10代、20代、30代がそれぞれ0.2%、40代が0.4%、50代が1.3%、60代が3.6%、70代が8%と、年齢層が上がるにつれ徐々に上昇しています。
  中国による新型コロナウィルスに関する大規模調査結果(一部)  (表はNote.comから引用)
■ ドイツ首相と英国首相が、3月上旬、新型コロナウイルスの問題に触れ、最終的には国民の60~70%が感染する可能性があるという見方を明らかにしましたが、この根拠が「疫学」の数理モデルにもとづくものだと思われます。日本(政府)では、このような国民全体の感染率を明らかにしていませんが、「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の3月19日(木)の提言の中で、つぎのように述べています。
大規模流行時の新規感染者の予測(10万人あたり)
(表はMhlw.go.jpから引用)
 「日本のある特定地域(人口10万人)に、現在、欧州で起こっているような大規模流行が生じ、さらにロックダウンに類する措置などが講じられなかったと仮定した場合、基本再生産数(R0)を欧州(ドイツ並み)のR0=2.5 程度であるとすると、症状の出 ない人や軽症の人を含めて、最終的に人口の 79.9%が感染すると考えられる」

■「集団免疫」(Held Immunity)とは、医学的理由により予防接種を受けることができず、免疫を持たない人びとの保護を目的にした考え方です。ある感染症に対して集団の大部分が免疫を持っていれば、免疫を持たない人を保護できます。今回の新型コロナウイルスに当てはめると、感染する人が増えれば、治る人も増え、治った人にはウイルスに対する免疫力が生まれます。免疫力がある人が増えれば、ウイルスに感染しなくなります。人口の約60~70%の人が感染後に回復すれば、大流行の確率は大幅に下がり、集団免疫が成立するというものです。実際、英国では、当初、この集団免疫を新型コロナウイルス対策の戦略としましたが、ワクチンのない状況下で、多大な人的犠牲を払う策だと批判が噴出し、方針を封じ込め策に変更しました。
   集団免疫のモデル (図はJa.wikipedia.orgから引用)
■ 新型コロナウイルス対策について各国で「社会距離戦略」(封じ込め)が行われています。現在、注目されているのはシンガポールです。少し前まで感染が比較的緩やか(流行曲線の平坦化)だったのは日本とシンガポールでした。シンガポールの対応は早くから“戦略”にもとずき、さらに医療インフラが整っているといわれています。日本の対応は戦略がなく、場当たり的な戦術をとっており、東京都の外出自粛策でどれほどの効果があるかは見通せません。現時点では、ドイツの新型コロナウイルス対策が参考になります。
              新型コロナウィルスの患者数の推移 (図はNews.yahoo.comから引用)
 ドイツでは、322日(日)に発表したガイドラインはつぎのとおりです。
 ● 同居家族等以外の他人との接触は絶対に必要な最低限とすること。(後日、3人に制限と発表)
 ● 公共空間において,他人との距離を必ず最低1.5
m可能であれば2m以上とること。
 ● 公共空間における滞在は、単身か、または家族以外の
1名、または家族の同伴に限り認められる。
 ● 職場への通勤、緊急時ケア(託児,高齢者介護等)、買い物、通院、試験や会議等重要な日程、他者の支援、個人によるスポーツ、屋外での新鮮な空気を吸うための運動やその他必要な活動のための外出は、引き続き認められる。
 ● ドイツにおける深刻な状況に鑑み、グループによるパーティーは、公共の場所か私的な空間(住居)かを問わず許容されない。秩序局または警察が取り締まり、違反行為には罰則が適用される。
 ● すべての飲食店は閉鎖する。ただし、配達サービスや持ち帰り等により、個人が自宅で飲食するための料理の販売は例外。
 ● 理髪業、美容サロン、マッサージ業、タトゥー業など、身体のケアに関わるサービス業は、近距離での身体の接触を避けられない職種であり、本ガイドラインに合致しないため、すべて閉鎖する。ただし、医療上必要な治療は引き続き認められる。
 ● 人々との接触があり得るすべての現場については、公衆衛生に関する規則を守り、従業員や訪問客に対する効果的な保護措置を実施することが重要である。
 ● 上記の措置の適用期間は最短
2週間とする。

所 感
■ 感染症の分野では、“戦略”を考える際、重要な専門知識に疫学という学問があることを初めて知りました。そして、新型コロナウイルスが急速に広がり始め、世界保健機関(WHO)がパンデミック(世界的な流行)を宣言して以降、各国は「社会距離戦略」(封じ込め)をとり始めましたが、今回の資料でその背景になる基本的な知識を知ることができました。

■ 一方、“戦術”を考えるときに重要なことが、自らの戦力とロジステック(兵站)です。感染症対策では、医療インフラです。今回、日本の 「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」 の提言(3月19日)に歯切れの悪さを感じましたが、背景にあるのが、日本の医療インフラが感染症に対して意外に脆弱だったことです。感染者が増えると医療崩壊が起こるので、PCR検査に積極的でない訳が理解できました。何とか持ちこたえている状態と言っていましたが、東京で感染経路のわからない感染者が増え始め、 3月25日(水)、都知事は“外出自粛” を要請しました。
 ダイヤモンド・プリンセス号の隔離策、中国の入国制限時期、大規模イベントの自粛要請、全国一律の小中学校・高校の一斉休校など一連の施策について“戦略”“戦術”の観点から振り返れば、日本の新型コロナウイルス対策の戦略が一貫性に乏しく、ズレているといえます。そして、ここに来て東京の一極集中の欠点が出てきたといえるでしょう。東京は外出自粛で済まないでしょう。 社会距離戦略(封じ込め)の施策で見れば、ドイツの方法が参考になると思います。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・Hazmatnation.com,  Just how contagious is COVID-19? , March  01, 2020
    ・Newsphere.jp,  犠牲やむなし、イギリス独自のコロナ対策 「集団免疫」で収束狙う,  March  17, 2020
    ・Japan.diplo.de,新型コロナウイルス感染に関するメルケル首相のメッセージ,  March  16, 2020
    ・Cnn.co.jp,  新型コロナウイルス、総人口の6〜7割に感染の恐れ 独首相,  March  12, 2020
    ・Newsweekjapan.jp,  イギリス、他国に続き封鎖政策へ 「集団免疫」戦略から一転,  March  23, 2020
    ・Actuaries.jp,  感染症の数理,  March  18, 2009
    ・Mhlw.go.jpActuaries.jp,  新型コロナウイルス感染症対策専門家会議 「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」(2020 年 3 月 19 日,  March  19, 2020
   Yahoo.co.jp, 専門家会議メンバーが明かす、新型コロナの「正体」と今後のシナリオ, February  26, 2020
   ・Dus.emb-japan.go.jp, 緊急ドイツにおける新型コロナウイルス対策(2020年3月22日付,  March  22, 2020
   Wired.jp,  新型コロナウイルス対策で、いまシンガポールに注目すべき理由,  March  22, 2020


後 記: 「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」の「新型コロナウイルス感染症対策の状況分析・提言」中で、日本の感染状況が欧州や米国と異なり持ちこたえているのは、「一連の国民の適切な行動変容」によっていると述べられています。確かに町中ではマスクをしている人が多くなりましたし、不自由な生活をじっと耐えていると感じます。中には、マスクをしないで運動をしている人がいるとおかしいという過剰なほどの反応もあります。
 このような状況を見て思い出したのは、「世界最強の軍隊をつくるには、アメリカ人の将軍、ドイツ人の将校、日本人の下士官兵を集めればいい」という世界のジョークです。(もっと簡単に「アメリカ人の将校と日本人の兵隊」というのもある) 最近のアメリカは当てはまらないように感じますが、日本人の下士官兵(兵隊)は健在なような気がします。こんな状況で続きを言うにはやや不謹慎ではありますが、「世界最弱の軍隊をつくるのは簡単で、中国人の将軍、日本人の将校、イタリア人の下士官兵を集めればいい」というオチがあります。




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