2018年6月11日月曜日

石川県の製紙工場において溶剤タンクで死者3名

 今回は、2018年6月6日(水)、石川県白山市にある中川製紙㈱の製紙工場においてマシンチェストと呼ばれる溶剤タンク内で男性3名が死亡するという事故を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、石川県白山市にある中川製紙㈱の製紙工場である。中川製紙㈱は、色付段ボールや機能紙などの高付加価値の製品を製造している特長を有する会社である。

■ 事故があったのは、製紙工場の古紙再生プロセスのマシンチェストと呼ばれる溶剤タンクで、円柱状の高さ(深さ)約5m、容量は約80KLである。工場床の開口部(約50cm四方)からはしごで中に下りる構造である。
事故のあった中川製紙 松任(まっとう)工場の周辺
(図はGoogleMapから引用)
 <事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2018年6月6日(水)午前3時45分頃、中川製紙の工場で、「タンクに人が転落した」と消防署に通報があった。消防隊員が現場に駆けつけたところ、マシンチェストと呼ばれる溶剤タンク内で男性3人が倒れており、その場で死亡が確認された。

■ 死亡したのは、いずれも同社の従業員で57歳、49歳、27歳の男性3人である。当時、タンクに混入した異物を取り除くため、中に入った57歳の男性が倒れ、助けようとした49歳と27歳の男性次々に巻き込まれたとみられる。警察によると、タンク内で水や希硫酸を混ぜて粘土状になった古紙が詰まりを引き起こした可能性があるため、男性ひとりが中に入ったものの倒れ、その後、助けに入った男性ふたりも次々と倒れたという。工場は24時間稼働しており、三交代制のシフトを組んでいる。死亡した3人は6日午前0時から午前8時まで勤務する予定だった。

■ タンクは、古紙に水、希硫酸、マグネシウムを混ぜて溶かし、濃度を調整するものであったが、事故当時はタンク底に深さ約20cmの溶液が溜まっていた。

■ 現場に到着した消防隊がタンク内で硫化水素を検知した。消防が駆けつけた際、タンク内には、致死量の濃度を下回るものの硫化水素が発生しているのが確認されたという。

■ 強い雨が降る中、家族が慌ただしく駆け付けた。「何も状況が分からない」と従業員の家族は不安な表情で次々と工場に入っていった。警察官が現場を規制するなど周辺は物々しい雰囲気に包まれた。
 中川製紙の社長は、「基本はタンク内に入らないが、今回は何かの異常があったからだと推測している」と語っている。

■ 同社によると、従業員が中に入って作業することを想定しておらず、マニュアルを作成していなかった。ただ、従業員に立入りの禁止は指示していなかったとしている。

 被 害
■ 人的被害として死者3名が発生した。

■ 物的被害や生産・出荷への影響は不明。有害物質の漏洩はなく、環境への影響はない。 

< 事故の原因 >
■ 事故の原因は、硫化水素の発生した可能性のあるタンク内へ防護策をとらずに降りたため、硫化水素中毒、または溶剤が揮発したことによる酸素欠乏による死亡とみられる。また、この男性が倒れたのを見て、防護策をとらずに降りた男性2人も同様に硫化水素中毒または酸素欠乏による死亡とみられる。

■ 6月10日(日)、警察は、司法解剖の結果、3人の死因を急性硫化水素中毒と発表した。
(硫化水素は無色のガスで刺激臭があり、高濃度で吸うと意識混濁や呼吸マヒの症状が現れる)

< 対 応 >
■ 6月7日(木)、警察は安全管理を怠った疑いがあるとして業務上過失致死容疑で捜査に乗り出した。警察は中川製紙を家宅捜索した。中川製紙は、タンク内に入る際の安全マニュアルなどが無く、安全管理の不備を認めている。
 一方、金沢労働基準監督署は、今回の事故の原因が安全管理の不備など法律違反によって引き起こされた疑いもあるとみて調べを進めている。

■ 金沢市内の別の製紙業者は、「再生紙を作る工程でタンクに入る可能性はあり、その際には『送風機で酸素濃度を高める』などと定めたマニュアルを用意している」と話す。労働安全衛生法に基づいて酸素欠乏危険作業主任者を置き、安全性が確保されない場合は作業を中止するという。 

■ 北國新聞の6月8日(金)の社説では、「製紙工場で3人死亡 安全対策に不備なかったか」という題でつぎのように指摘している。
 ● 白山市の製紙工場で3人の従業員が死亡した事故は、安全対策の欠如が重大な結果を招くことを痛感させる。3人は再生紙の製造に使うタンクの中で死亡した。内部では硫化水素が発生していた可能性がある。タンクには、古紙や水とともに希硫酸が入っていた。他の製紙会社では、タンクの中で作業する際は事故が起きないように対策を講じているという。タンク内で発生した硫化水素が原因で死亡事故に至った事例は過去にもある。それなのに、今回の事故を起こした中川製紙の社長が硫化水素の危険を認識していなかったと述べたのは、なぜなのだろうか。

 ● 3人の死亡を受けて、石川県警は業務上過失致死容疑の捜査を本格化させた。金沢労働基準監督署は労働安全衛生法違反の観点から調べている。事故を防げなかったのはなぜか。安全対策に不備はなかったのか。事実と原因の徹底解明が求められている。

 ● 危険なタンク内で作業を行うときは、酸素欠乏危険作業主任者の資格保有者が指揮し、安全に配慮するように法などで定められている。中川製紙によると、事故発生時に、この資格を持つ従業員は現場にいなかった。タンク付近に有毒ガスの感知器はなく、作業マニュアルも作成されていないという。安全意識が足りないと言わざるを得ない状況である。中川製紙では、1995年にも段ボールの原料液を混ぜる装置で死亡事故が発生している。当時の教訓が事故防止に生かされなかった背景を調べて、再発を防ぐ必要がある。

 ● 石川県内では労働災害で毎年10人前後が亡くなっている。2017年は死傷災害が前年比で増加に転じており、労災防止は重要な課題になっている。製造現場の人手不足が深刻なときに、安全対策を拡充するのは簡単でないかもしれない。化学物質を扱う事業場では、有害性の認識と危険回避の対策がどこまで進んでいるのだろうか。石川労働局は製造現場の実態把握に努めて、労災防止策の実効性を高めてほしい。今回の事故で浮かび上がる課題を検討して、対策を強化する必要がある。 

補 足
■ 「白山市」(はくさん)は、石川の南部に位置し、人口約11万人の市である。2005年、松任市(まっとう)など1市2町5村が合併してできた。金沢市の南部に隣接するため、ベッドタウンとして人口が急増し、住宅都市化が進むとともに、工業都市としても急成長している。

■ 「中川製紙株式会社」は、1937年創業、1952年設立され、現在、従業員約70名の特殊製紙会社である。段ボール、雑誌、新聞紙などの紙を溶かし、不純物を取り除き、新たな紙となる原料を作っていき、顧客からの要望に応えるために、求められる風合い、機能、強度等の紙質確立のため、実機での試験抄造を行い、求められる産業用特殊紙を生み出す会社である。
中川製紙の製品の例
(写真はNakagawa-paper.co.jp から引用)
■ 中川製紙の「製紙工程」は、古紙原料に含まれる異物を精選除去し、古紙パルプを製造する「原質工程」と精選された古紙パルプから段ボールライナーを製造する「抄紙工程」の2つがあり、同社のウェブサイトに掲載されている。事故のあった「マシンチェスト」の位置が書かれていないが、おそらく、パルパー、サイクロン、スクリーンを通った後のタンクと思われる。事故のあったタンクは、高さ(深さ)が約5mで、容量が80KLとあり、これから直径は約4.5mの大きさである。
 製紙業界では、パルパーやスクリーン等の各装置から板紙原料とならない粕(PS)の発生が課題のひとつである。また、色ライナーを製紙する際、色違いや原料・マシントラブルによって製品にならず、その間に使用される原料や染料がロスとしてカウントされるので、色の調整や色合わせをすることなく、初回で製品ができたときは従業員のやりがいに通じることになるらしい。
中川製紙の原質工程
(図はNakagawa-paper.co.jp から引用)
近代の製紙工程の例
(図はSlideshare.netから引用)
■ 「マシンチェスト」内における硫化水素による人身事故は、つぎのような事例がある。
 ● 「タンクの清掃時における硫化水素中毒」 (マシンチェスト内の状況は図を参照)
 この事例では、最初に入った人は硫化水素で亡くなったが、倒れている人を発見した人は、換気を行い、酸素濃度を確認した後、ロープで引き上げ、2次災害を回避できた。この事例でも、酸素欠乏危険作業主任者の職務が履行されていなかった。
マシンチェストにおける人身災害事例
(図はAnzeninfo.mhlw.go.jpから引用)
所 感
■ 今回の事例は、善意の行動が裏目に出た事例である。本来であれば、前工程のスクリーンやサイクロンで取り除かれているべき異物(紙詰まり)が発生したため、次工程で支障になるので、タンク内に入って除去しようと考えたのだろう。使用される原料や染料がロスとしてカウントされるという経営的判断が働いたと思う。このような改善意欲は日本人によく見られ、これが最初の善意の行動である。
 そして、2番目の善意の行動は、最初に倒れた人を助けようとして、すぐに入った2番目・3番目の人の行動である。深さ20cmとはいえ、内部に液が溜まっている状態であり、とにかく、急いで助けなくてはならないという思いで行動したのであろう。

■ しかし、換気が十分でない高さ(深さ)約5mのタンク内へ降りるという行動は、酸素欠乏危険作業であるという認識があれば、躊躇(ちゅうちょ)しただろう。少なくとも、2番目・3番目の人身災害は回避できていた。事故を防ぐためには、つぎの3つの要素が重要である。この3つがいずれも行われなかった場合、事故が起こる。
 ① ルールを正しく守る
 ② 危険予知活動を活発に行う
 ③ 報連相(報告・連絡・相談)を行い、情報を共有化する
 
■ 今回の事故では、「危険予知活動」と「報連相(報告・連絡・相談)による情報を共有化」が行われていれば、事故は回避できていただろう。しかし、タンクへの入槽作業に関するマニュアルが無かった点をみると、基本である「ルールを正しく守る」ことができない状況のようである。この観点でみれば、北國新聞の社説で指摘されているように、まず、「ルールを正しく守る」ことに焦点を当てる方がよいと思う。
 ● タンク内ヘの入槽作業のマニュアル化
 ● 硫化水素の発生の恐れ
 ● 酸素欠乏危険作業主任者の配置

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Mainichi.jp,   石川 製紙工場、溶剤タンクで作業員3人死亡,  June  06,  2018
    ・Sankei.com , 石川・溶剤タンク3人死亡、未明の事故に家族「何も状況分からない」と不安,  June  06,  2018
    ・Hokkaido-np.co.jp , 立ち入り作業のマニュアルなし 製紙工場タンク死亡事故、石川,  June  06,  2018
    ・News.tbs.co.jp,   石川・白山の製紙工場の溶剤タンクで男性従業員3人が死亡,  June  06,  2018
    ・Asahi.com, 製紙会社の工場で男性3人死亡 タンクに転落か,  June  06,  2018
    ・Nhk.or.jp, 製紙会社のタンク内で3人死亡 石川 白山,  June  06,  2018
    ・Hokkoku.co.jp,  今日の社説「製紙工場で3人死亡 安全対策に不備なかったか」 ,  June  08,  2018
    ・Ishikawa-tv.com,   製紙会社事故 業務上過失致死で捜査,  June  07,  2018
    ・Mainichi.jp , 白山の製紙会社転落事故 3人死亡 業過致死疑いで捜査 白山署が見分 ,  June  08,  2018
    ・Asahi.com,  3人の死因は急性硫化水素中毒 石川の製紙工場事故,  June  10,  2018


後 記: 今回の事故の情報を調べていると、報道によって少しづつ内容に差があり、すべてをつなぎ合わせると、見えてくるものがありました。マシンチェストという製紙業界の言葉を使っているところは一社のみでした。しかし、この用語をきっかけに調べてみると、分かったことは多いものでした。また、事故発生から二日間は、発災事業所のウェブサイトが開けませんでした。事故関係で開けないのかと思っていましたが、どうやらそうではないようです。開いたウェブサイトでは、事故の話はもちろん、最新の情報が昨年7月のものであり、改訂されていないと分かりました。それでも、製紙工程などの情報を知ることができました。警察が業務上過失致死容疑で捜査し始めたとあり、発災事業所からの情報公開は望めそうもないので、不明な点がありますが、一旦区切りをつけてまとめることとしました。

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