2017年3月11日土曜日

太陽石油の原油タンク清掃工事中の火災事故(2006年)

 今回は、2006年1月17日、愛媛県今治市菊間町にある太陽石油四国事業所で開放工事中の容量10万KL原油タンクで火災が発生し、死傷者の出た事例を紹介します。
(写真はYomiuri.co.jpから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、愛媛県今治市菊間町にある太陽石油四国事業所である。四国事業所の製油所の精製能力は118,000バレル/日で、貯蔵施設は約118万KLの貯蔵能力を有する。

■ 発災があったのは、製油所の貯蔵タンク地区にある原油タンク(T-023)である。原油タンクは浮き屋根式で直径75.5m×高さ24.3m、容量100,000KLだった。発災当時、タンクは開放工事のため、浮き屋根は着底(底板から高さ約1.9m)し、底部には原油スラッジが残っていた。貯蔵時の原油は超軽質のアラビアン・スーパーライトだった。
太陽石油四国事業所と発災タンクの場所
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2006年1月17日(火)、午後2時20分頃、四国事業所で開放工事中の容量10万KL原油タンクで火災が発生した。火災はタンク内部で発生し、さらにタンク外のマンホール付近や仮設足場に延焼した。

■ 当日、午前8時30分頃からタンク清掃工事の下請け会社(福崎組)の作業員7名がタンク内に入槽し、タンク底部に溜まった約20~30cm深さの原油スラッジ約1,000KLを仮設ポンプで抜き出す作業を行っていた。 

■ 発災に伴い、太陽石油の自衛防災隊のほか、今治市消防本部の消防隊27名と救急車を含む消防車両10台が現場に出動した。タンク外部で起った火災は約10分後の午後2時32分に消され、タンク内部の火災は発災から約1時間後の午後3時29分に消火された。

■ この事故によってタンク内にいた下請け会社の作業員5名が死亡、自力で脱出した2名が負傷した。

■ 当日は、太陽石油の従業員がタンク内の可燃性ガス濃度と酸素濃度を測定し、入槽許可基準値の範囲内であることを確認し、タンク清掃工事の請負会社に入槽作業の許可を出した。その後、下請け会社の作業員がエアラインマスクを装着してタンク内へ入槽し、清掃工事に着手した。タンク内に残った原油スラッジを希釈用の軽油で溶かしながら、仮設ポンプで外部に排出する作業が行われた。

■ タンク清掃工事の期間中、太陽石油はタンク内の安全な環境を保持する必要があり、朝の入槽前の可燃性ガス濃度と酸素濃度を測定するほか、随時、立会することになっていた。当日、朝の入槽前の確認は行われていたが、事故が起こるまで立会は行われなかった。 
(写真はEhime-np.co.jp から引用)
(写真はKhk-syoubou.or.jpから引用)
被 害
■ タンク内の火災による人的被害は死亡者5名、負傷者2名である。

■ 物的被害は、タンクマンホール部保温外板の焼損、入槽用仮設足場の焼損、キャブタイヤケーブルの焼損である。

■ 臭気等大気への影響はほとんど無かった。また、水域への影響もほとんど無かった。

< 事故の原因 >
■ 原油スラッジ中の軽質油分の気化ガスがタンクマンホールの開放に伴う通気によって爆発混合気を形成し、清掃工事用の機工具類などによる何らかの着火源によって引火して火災になったものとみられる。

■ 燃焼の三要素の観点から推定された要因はつぎのとおりである。
 ● 可燃性物質: 原油スラッジ中の軽質油分の気化ガス
 ● 酸素の供給: 自然通風および換気用ブロワーの運転による強制通風
 ● 着 火 源 : 特定できないが、つぎのような着火原因が考えられる。  
      ① 人体および工具に帯電して起こる静電気スパーク
      ② 投光器および配線の漏電やショートなどによる電気スパーク
      ③ 鋼製工具、機材接触による火花
     作業員の一人が「スタンド式の投光器が倒れ、しばらくして火が出た」と証言している。
     投光器は防爆型のスタンド式照明装置で、3台設置され、約1.4mの高さに位置に調整されていた
     が、固定されていなかった。このうちの1台が転倒していることが確認され、着火源は投光器による
     可能性が高いとみられ、実証テストが行われたが、断定できる結果は得られなかった。   

 < 対 応 >
■ 太陽石油は事故の再発防止策としてつぎのような対応をとると発表した。
 (1) タンク内部清掃工法の見直し 
     ① タンク内部清掃工法の改善(原油洗浄+温水洗浄の併用)
        原油タンクの清掃は「原油洗浄」(COW: Crude Oil Cleaning)と「温水洗浄」を併用する
        工法を採用し、人がタンク内に入らない状態で、タンク内の油分と原油スラッジを
        できるだけ回収する。この工法を実施した後、安全性を十分に確認して人が入槽
        することとした。
     ② タンク入槽作業時における安全管理の強化
        ● タンク内への入槽許可基準の安全性を強化する。
           (可燃性ガス濃度 1,400 vol.ppm以下 → 500 vol.ppm以下)
        ● 作業前にタンク内部全体の安全性を把握する。
           (可燃性ガス濃度および酸素濃度の測定ポイントを増やす)
        ● タンク内の作業場所でのガス濃度変化を常時把握する。
           (作業場所近傍への可燃性ガス検知器および酸素濃度計を常時設置するとともに、
            作業員のひとり以上は携帯式可燃性ガス検知器および酸素濃度計を常時携帯する)
        ● 工事用電気機器のタンク内への持込みを制限し、安全性を強化する。
        ● 太陽石油の従業員と請負会社のコミュニケーションを強化する。
 
 (2) タンク内部清掃作業に関わる規程・基準類の見直し・整備
     タンク内部の清掃工法の見直しと安全管理強化策に伴い、関連する規程・基準書を改訂した。

 (3) 安全衛生管理強化活動の取組みの充実
      従来、実施してきた安全衛生管理強化活動について、つぎの項目を重点に加えて推進していく
      こととした。
        ● 「労働者方式安全衛生教育指導者」研修の受講により指導者を増やしていく。
        ● 構内に入構している常駐の請負会社を含めた安全推進体制を強化する。
           (注記:「労働省方式安全衛生教育指導者」は通称“RST”といわれる研修講座で、
                中央労働災害防止協会が主催し、多くの会社が受講している)

補 足
■ 「愛媛県」は四国地方の北西部に位置し、人口約137万人の県で、県庁所在地は松山市である。
 「菊間町」(きくま町)は、愛媛県の東予地方にあり、古くから菊間瓦で有名な町である。現在は広域合併によって今治市菊間町となっており、人口約7,100人の町である。菊間町には、太陽石油のほか、備蓄容量150万KLの日本地下備蓄菊間事業所(現在は菊間国家石油備蓄基地)がある。

■ 太陽石油は、1941年(昭和16年)に設立し、東京に本社を持つ民族系石油元売で、愛媛県を地盤に主として西日本で展開し、従業員約650名の石油会社である。ガソリンスタンドのブランド名は「SOLATO」(ソラト)である。
 製油所は愛媛県菊間町の四国事業所のみで、精製能力は118,000バレル/日である。貯蔵施設はタンク99基で約118万KLの貯蔵能力を有する。原油タンクは9基で約64万KLの貯蔵能力である。

■ 「原油洗浄工法」(COW: Crude Oil Cleaning)は、原油タンク内に堆積したスラッジをタンク浮き屋根上に設置した洗浄機ノズルから原油を噴射して破砕・溶解させる洗浄工法である。原油洗浄工法では、堆積した原油スラッジの97~99vol%を回収することができ、人がタンク内に入って回収・洗浄することを大幅に少なくすることができる。
 原油洗浄のあとは、通常、「温水洗浄工法」がとられる。この工法は、タンク浮き屋根に設置した洗浄機ノズルから50~60℃の温水を噴射して、タンク内に付着した油分を洗い飛ばして油を回収するものである。排水処理の制限によって「温水洗浄工法」がとれない場合、温水の変わりに軽油またはA重油を使用しているところもある。温水洗浄などの工法を実施することによって、最後に入槽して行う仕上げ清掃をより安全に行うことができる。 
              原油洗浄工法の例   (図はNissink.co.jp から引用)
                  温水洗浄工法の例    (図はNissink.co.jp から引用
■ 今回の事故では、「従来型の原油タンクの残油処理方法」がとられた。この方法は、抜出し可能な限界まで原油を別タンクへ移送した後、マンホールを開放して内部の可燃性ガスを拡散させ、可燃性ガスの濃度が下がった段階で人が入槽し、原油スラッジを軽油で希釈して仮設ポンプによって回収する方法だった。
 この「従来型の原油タンクの残油処理方法」に内在する危険性は過去から指摘されていた。例えば、当該事故の前年(2005年)の「危険物事故防止対策論文」(危険物保安技術協会主催)の消防庁長官賞をとった「屋外タンク貯蔵所の開放時おける火災の原因解析」でも指摘されていた。この論文では、タンクのマンホール開放によって可燃性ガスの拡散する時間の例を示しており、「ガス濃度(爆発下限界:LEL)は、残油抜取り直後;100% → 約18時間後;25% → 約42時間後;0%と想像以上に早く消失する」と述べているが、「逆に条件が整えば、思いのほか早く移動し、滞留する危険性がある」と指摘している。 

所 感
■ 原油タンクにおける残油処理作業は、密室的なタンク内に原油スラッジが堆積し、灯軽油を希釈剤として使用し、人が作業するという危険性の最も高い作業のひとつである。一方、タンク群の開放は、毎年、日常的に繰り返し行われており、マンネリ(惰性)や油断が生まれやすい作業でもある。
 残油処理作業は、失敗を防ぐ3つの基本事項、すなわち①ルールを正しく守る、②危険予知活動を活発に行う、③報連相により情報を共有化する、という3つを完璧に実行しなければならない。今回の事故では、原因は分かったが、爆発混合気の形成過程や着火源を断定できなかった。可燃性ガスの排出(拡散)という点において抜けがあり、潜在していた盲点が現れてしまったことを感じる事例である。 

備 考
 本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。
  ・Ehime-np.co.jp,  タンク火災5人死亡、太陽石油で作業中,  January 18, 2006  
    ・Fdma.go.jp,  太陽石油株式会社四国事業所火災の被害情報等について,  January 17, 2006 
    ・Ehime-np.co.jp,  コード火元の疑い浮上,  February 18, 2006
    ・Taiyooil.net, 太陽石油四国事業所の原油タンク火災事故について,   July 14, 2006
  ・Khk-syoubou.or.jp ,  屋外タンク貯蔵所清掃中の火災事例,  February  03, 2006    
    ・Khk-syoubou.or.jp ,  屋外タンク貯蔵所の開放時おける火災の原因解析,  July, 2005 


後 記: 東日本大震災から6年が経ち、復興が進む中で、教訓が風化しつつあると言われています。津波に襲われた市役所の建替場所が津波で浸水されたところになるかも知れないということです。理由は町の活性化のためだそうです。昔の大津波の到達した場所に、これより下に家を建てるなという碑のその下にたくさんの家が建っている写真が話題になりました。教訓は数年で風化するものだということがいえます。
 なぜ、このような話をするかというと、今回の事故を紹介しようと、当時に入手した資料の他に新たな情報がないかとインターネットで調べたところ、事故の原因調査結果を伝える情報は皆無に等しい状況でした。事故の記録は埋没して風化していくのでしょう。日本人は失敗を無かったことにしてあげる優しい(?)ところがありますが、教訓さえも亡くしてしまってよいものでしょうかね。

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