2016年8月30日火曜日

中米ニカラグアで原油貯蔵タンク火災、ボイルオーバー発生

 今回は、2016年8月17日、ニカラグアのプエルト・サンディノにあるプーマ・エナージー社の石油貯蔵施設において原油貯蔵タンクが爆発・火災を起こし、その後、ボイルオーバーを発生した事例を紹介します。
 (写真はYouTube.comtn8.tvの動画から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、中米ニカラグア(Nicaragua)プエルト・サンディノ(Puerto Sandino)にあるプーマ・エナージー社(Puma Energy)の石油貯蔵施設である。

■ プーマ・エナージー社は中米、アフリカなど世界で展開している石油会社である。プエルト・サンディノのパシフィック・ポートにある石油貯蔵施設には、4基の貯蔵タンクがある。この石油貯蔵施設はニカラグアで唯一の製油所と連結している。製油所は当該石油貯蔵施設から約70km離れた首都マナグアにあり、精製能力は20,000バレル/日(3,180KL/日)である。発災したタンクは原油用で、1基当たりの容量は144,000バレル(22,900KL)である。
               プエルト・サンディノ周辺   (写真はGoogle Mapから引用)
                プーマエナージー社の石油貯蔵施設   (写真はGoogle Mapから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2016年8月17日(水)午後4時頃、プエルト・サンディノの石油貯蔵施設にある4基の燃料貯蔵タンクのうちの1基が爆発を起こし、火災となった。

■ 発災に伴い、消防隊が出動して対応した。国の消防庁も現場へ入った。消防隊はすべての消防資機材を使って消火に努めたが、若干弱まっても再び燃え上がっていった。

■ 発災による死亡者は出ていない。しかし、当局は近隣に住む約6,000人の人たち対して空高く渦巻く黒煙の有害ガスを避けるよう警告した。

■ 火災による黒煙は3kmの高さにまで立ち昇った。地元テレビ局だけでなく、見物していた人たちが撮った強烈な炎と海側へ遠くまで流れる黒煙の写真やビデオが報じられた。地元テレビ局では、“地獄の火災”と称していた。

■ 8月18日(木)、制圧されるかに思えたタンク火災で爆発が起き、状況が悪化した。消防士は一時的に退避しなくてはならなかった。この2回目の爆発は18日(木)午後6時20分頃に発生した。この状況を撮影したビデオの映像では、爆発で生じたファイアーボールを背に走って逃げる人たちがいるのがわかる。この爆発はボイルオーバーだったとみられる。8月18日(木)、石油貯蔵施設では、2基目の貯蔵タンクが火災になった。ボイルオーバーの起ったときの動画はYouTube 「Explosión en refinería Puma en Puerto Sandino - León」を参照。

■ この時点でも、事故に伴う死傷者は出なかった。当局は、新たな爆発の危険性を考慮して、1km以内に立ち入らないよう求めた。しかし、目の前の火災の状況を見れば、住民たちは心配の気持ちをおさめることができなかった。火災の影響を受けそうな住民に対して、風向きが変わっても大丈夫な場所に避難所が開設された。

■ その後、2基のタンク火災では、複数回のボイルオーバーが起っていたものとみられる。

■ 米国とカナダの火災専門家が、当局に火災制圧のためのアドバイスを行うために現地に入った。プーマ・エナージー社は、地元住民の安全確保を最優先に取り組んでいると語っている。

■ 8月19日(金)朝の時点でも、2基の火災は続いており、懸命な現場対応が実施されるとともに、住民の避難も続いていた。2基のタンク火災から立ち昇る炎と黒煙は遠いところからも見ることができた。

■ プーマ・エナージー社によると、タンクの残存油量から8月21日(日)には燃え尽きるだろうと予測された。8月22日(月)、プーマ・エナージー社はプエルト・サンディノの石油貯蔵施設での火災は鎮火したと発表した。 

被 害
■ 容量144,000バレル(22,900KL)の原油貯蔵タンク2基が火災で損壊した。また、内部液の原油が焼失した。このほかの石油貯蔵施設の被災状況は不詳である。

■ 事故に伴う死傷者は出なかった。近隣住民が避難した。

■ ボイルオーバーによって構内外の動植物や土壌・海浜などの環境破壊への影響が発生した。影響を受けた範囲は半径500mといわれている。

< 事故の原因 >
■ 最初のタンク爆発・火災の原因は不詳である。

■ 2基目のタンク火災は、1基目のタンクでボイルオーバーが発生したことによる延焼とみられる。

< 対 応 >
■ 8月19日(金)、火災が継続し、住民の不安が払拭できないため、消防隊のほか、軍隊および警察が現地に増員派遣された。このほか、ニカラグア赤十字と健康・環境省の職員が支援のために現地へ入った。

■ 消火活動に投入された人員資機材は、消防士120名、消防車20台、泡薬剤18,000ガロン(68KL)だった。

■ 8月22日(月)、環境保護団体によると、事故に伴って海岸や草木に油分が見られ、敏感な生き物へのダメージを回復するには数年かかるだろうという。影響を受けた範囲は半径500mといわれている。

■ 8月23日(火)、プーマ・エナージー社は原油によって影響を受けた施設の構外エリアについて明らかにした。同社は、関係機関と連携して環境修復計画を策定するため、環境影響分析の専門会社と作業を行い、そのために必要な投資をしていくという。また、同社はほかの貯蔵施設を使って、石油製品に不足が出ないようにすると語っている。

■ プーマ・エナージー社は、150名以上の作業員を動員して、影響を受けたエリアのクリーンアップ作業を始めたと8月24日(水)に発表した。クリーンアップ作業には、油の回収機材や吸収材を投入している。
(写真はHoy.com.ni から引用)
 (写真はTrincheraonline.com から引用)  
 (写真はYoutubeLaPresaの動画から引用)
(写真はEl19digital.comから引用)
                避難する近隣住民  (写真はLaprensa.com.niから引用)
    出動した消防車などの緊急対応部隊  (写真は左:Elsalvador.com、右:Laprensa.com.niから引用)
(写真はLaprensa.com.ni から引用)
 (写真はHawkesfire.co.uk から引用)
           ボイルオーバーと退避する人たち  (写真はYouTube.comtn8.tvの動画から引用)
(写真はElnuevodiario.com.ni から引用)
(写真はLaprensa.com.ni から引用)
 (写真はElnuevodiano.com.ni から引用)
(写真はConfidencional.com から引用)
(写真はLajornadanet.comから引用)
                        クリーンアップ作業  (写真は左:Laprensa.com.ni 右:Pumaenergy.comから引用)
補 足
■ 「ニカラグア」 (Nicaragua)は、正式にはニカラグア共和国で、中央アメリカ中部に位置するラテンアメリカの共和制国家である。人口は約608万人で、首都はマナグア(Managua)である。
 「プエルト・サンディノ」(Puerto Sandino)は、ニカラグアの西部に位置するレオン県にあり、太平洋に面した港町である。漁業やサーフィンで有名であるが、原油の輸入港でもある。
                                中米ニカラグア周辺   (写真はGoogle Mapから引用)
■ 「プーマ・エナージー社」(Puma Energy)は、1997年に設立され、シンガポールに本社を置き、プーマ・ブランドのガソリンスタンドを展開している石油会社である。石油を含むエネルギーや金属資源の取引を行うオランダのトラフィグラ社(Trafigra)の系列会社である。
 ニカラグアでは、2012年にエクソン・モービル社から石油下流部門を買収して石油施設を所有している。今回発災のあったプエルト・サンディノの石油貯蔵施設もそのひとつで、2012年にタンク改造工事を行ったものとみられる。
              モンタジェス社によるタンクの改造工事状況  (写真はMontajessinlimites.com.coから引用)
■ 発災タンクの仕様は原油用で、容量(22,900KL)しか分かっていない。グーグルマップによると、1基目と2基目はいずれも直径約48mである。従って、高さは約13mとみられる。タンク型式はアルミニウム製ドーム型内部浮き屋根式タンクと思われる。仮に1基目のタンクが満杯だった場合、つぎのように推測される。
 ● ヒート・ウェーブの下降速さを60~90cm/hとすれば、ボイルオーバーの発生は約14~21時間後となる。実際の火災では、約26時間後にボイルオーバーが発生している。
 ● 燃焼速度を30cm/hとすれば、燃え尽きるまでの時間は約43時間となる。実際の火災では、2日(48時間)以上、燃え続けている。
 なお、直径48mのタンク全面火災において日本の法令では、放射能力20,000 L/minの大容量泡放射砲システムが必要となる。

■ ボイルオーバーが起こると、燃えている油がタンク直径の何倍もの距離のエリアに飛び散ることになる。“経験則”としては、ボイルオーバーによる飛散影響はタンク直径の5~10倍の距離の全範囲に及ぶといわれている。(実際の距離は、油の保有量、蒸発する水蒸気の量および風向によって変わる)
 今回の事例では、環境への影響を受けた範囲は半径500mといわれており、これはタンク直径の約10倍である。事故後の航空写真による構外の木々の燃えた跡は発災タンクから200mを超えているので、ボイルオーバーによる飛散影響範囲はタンク直径の5~10倍の距離という経験則は妥当だといえよう。
 なお、ボイルオーバーについて当ブログで紹介した事例は、「ボイルオーバー=眠れる巨人=」を参照。
                        タンク火災の前と後の航空写真  (写真はTwitter.com から引用)
                              発災タンクからの距離   (写真はGoogle Mapから引用)
所 感
■ 今回の事故状況を総括的に推測してみると、つぎのようになると思われる。
 ● 8月17日(水)午後4時頃、アルミニウム製ドーム型内部浮き屋根式タンクの浮き屋根上で可燃性混合気が形成し、何らかの引火要因で爆発が起り、引き続いて火災となった。この爆発はアルミニウム製ドームルーフを一部破損する程度で、火災も内部浮き屋根上に漏れ出た油が燃える状態だったと思われる。この段階で消火活動が行われたが、消火資機材の能力不足や不適切な消火戦術によって消火に失敗したものと思われる。
 ● 8月17日(水)の夜、アルミニウム製ドームルーフが焼損するとともに、内部浮き屋根が沈下し、全面火災に至ったものと思われる。内部浮き屋根がもろくも沈下したのは、アルミニウム製の簡易型浮き屋根(浮き蓋)だったと思われる。この全面火災では、大容量泡放射砲システムを必要とするが、配備できなかったものと思われる。
 ● 8月18日(木)は手がつけられないほどの全面火災が続き、午後6時過ぎ、ボイルオーバーが起った。大規模なボイルオーバーが発生した割に死傷者が無かったのは、事前の兆候(音など)が顕著だったために退避できたか、あるいは消火活動は行っていなかったためと思われる。
 ● 8月18日(木)夜、ボイルオーバーによって隣接するタンク1基に延焼したものと思われる。この2基目のタンクもアルミニウム製ドームルーフの焼損およびアルミニウム製簡易型浮き屋根(浮き蓋)の沈下が起こり、全面火災になったものと思われる。
 ● 8月19日(金)、2基のタンクの火災は続いた。最初に火災となったタンクは3日目の8月20日(土)に燃え尽きたものと思われる。2基目のタンクも3日目の8月21日(日)に燃え尽きたものと思われる。

■ 今回の事例では、ボイルオーバーに関して過去の事例や実験から経験則でいわれていたこととが当てはまっていると思われる。特に、ボイルオーバーによる飛散影響範囲がタンク直径の5~10倍の距離であったことは注目される。ボイルオーバーを発生する可能性のある油種のタンク火災では、現場指揮所の位置、消防隊の配置、資機材の配備、医療トリアージ(治療優先順位の区分け)、安全区域について十分考えておく必要があることを再認識する事例である。  


備 考
  本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・BBC.com, Nicaragua Struggles to Control Fire at Sole Refinery,  August 19,  2016 
  ・Archyworldys.com,  “Infernal Fire” Oil Tanks in Nicakagua,  August 19,  2016
  ・Latino.foxnews.com, Nicaragua Battles to Control Fire after Oil Tank Explosion,  August 19,  2016  
  ・ABCnews.go.com, Billowing Flames and Smoke Rise from Oil Tank Explosions in Nicaragua,  August 19,  2016
    ・News.goo.ne.jp,  ニカラグアの製油所で爆発、炎上,  August 20,  2016
    ・Forum.theworldnewsmedia.org, Nicaragua Battles to Control Fire after Oil Tank Explosion,  August 20,  2016
    ・France24.com,  Nicaragua Refinery Fire under Control: Officials,  August 22,  2016
    ・Pumaenergy.com,  Actualizacion del Incidente Terminal Sandino,  August 19,  2016
    ・Pumaenergy.com,  Puerto Sandino Fire under Control,  August 23,  2016
    ・Pumaenergy.com,  Puerto Sandino Fire under Control, Cleanup Continues,  August 24,  2016
    ・Hawkesfire.co.uk,  Nicaragua – Puma Energy Storage, Fire and Multiple Boilover’s,  August 25,  2016
    ・Tn8.tv,  Infierno se Desata en Planta Puma de Puerto Sandino,  August 18,  2016
    ・Tn8.tv,  Asi Amanece el Incendio en Puerto Sandino,  August 19,  2016
    ・Laprensa.com.ni,  Fuego Persiste en Tanques de Puma Energy,  August 19,  2016
    ・Elnuevodiario.co.ni,  Verifican Primerros Danos Ambientales por Incendio en Puerto Sandino,  August 20,  2016
    ・Laprensa.wm.ni,  Danos Ambientales en Puerto Sandino,  August 21,  2016



後 記: 今回は情報をいち早くキャッチした方から連絡を受けて調べ始めたものです。Boiloverとはっきりと書かれていましたので、まとめやすいのではないかと思っていました。ところが、この事例をボイルオーバーとして認識した情報源は最初に得た1件だけでした。報道では、2基目のタンクが爆発したと思っている情報が多くありました。また、肝心の発災時間がバラバラです。特に最初のタンク火災は時間もそうですし、初期段階について報じているものはありませんでした。これを補完したのが火災写真です。記事と写真を見ながら状況を想像するしかありませんでした。しかし、火災写真でいうと、これまでもあったように関係のない写真が紛れ込んでいました。例えば、つぎのような写真です。左は今回の事例ですが、枠内にある消火活動の写真は、実はリビヤのタンク火災における写真(右)です。ボイルオーバーという貴重な事例ですので、曖昧さを含む記事や写真を吟味しながら、まとめました。


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