2016年7月7日木曜日

英国バンスフィールド油槽所タンク火災における消火活動(その2)

 前回はウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社の見た英国バンスフィールド火災の消火活動の情報でしたが、今回は引き続きバンスフィールド火災の消火活動に関して当時の報道や事故後の調査などの情報をまとめてみました。
(写真はHerdfords.gov/policeから引用)
< 火災との戦い >
12月11日(日)
■ 英国では、いかなる事故時にも、マネジメントとコーディネーションを考慮した次の3つのレベル、すなわち、①戦略レベルーゴールド部隊、②戦術レベルーシルバー部隊、③戦闘レベルーブロンズ部隊を設定する基本方針に基づき、各部隊を編成した。
■ バンスフィールド事故では、すべての機関から代表(環境部門を含む)を召集して“ゴールド部隊”と呼ぶ「戦略調整グループ」を編成し、ミーティングによる対応アローを通じて基本戦略が決められた。 「戦略調整グループ」は基本戦略を実行するため、“戦術部隊(シルバー部隊)”と“戦闘部隊(ブロンズ部隊)”の出動を決定した。 「戦略調整グループ」は12月15日(木)午後6時半まで設置された。なお、初期対応は緊急対応部門(消防署・レスキュー隊・警察署)が行った。
■ 計画では、12月11日(日)夜から泡消火を始める予定で準備を進めたが、最後の段階で、泡消火の排水が河川と地下水へ流れ込んで汚染することを防ぐための堤構築を優先し、泡消火活動の延期を決断した。特に、当該地域の地下水がロンドンの水道に使用されており、水質汚染の懸念から消火の際に生じた汚水を敷地内に留めることを環境当局が強く求めた。このため、消火用水の冷却水としてのリサイクル利用や健全なタンクの防油堤内に貯留させるなどの対策がとられた。
■ ハートフォードシャー州消防本部によると、発災後まもなく堤内火災の状態となり、最初に1日(24時間)はほとんど消火に手をつけることができなかったと語っている。 必要量の消火薬剤と応援要請した大容量送水装置(High Volume Pump:HVP)の準備を整えるに費やしたという。 
油槽所と周辺地区  (図はHSE.gov.uk から引用)
1212日(月)
■ 午前8時20分から、消防隊は約180名の消防士と消防車両20台によって火災との戦いを始めた。
■ 6台の大容量送水ポンプを使って32,000 L/minの消火水と1,200 L/minの泡薬剤を使用して泡消火を行った。20個所の火災の半分が正午までに鎮圧できた。さらに午後430分までで2個所の火災までに鎮圧できた。大容量送水ポンプは結局、全国から15台を投入したという。
■ しかし、以前鎮圧したタンクの一つが破裂し、再火災を起こし、隣接タンクの爆発を誘因する危険性があった。このため、近くの高速道路M1線を再び閉鎖し、避難勧告の居住区域を広げ、消防士の一時避難措置がとられた。
■ 消火活動は午後8時頃に再開された。火災はすべて夜のうちに鎮圧できるという観測だった。
消火活動の概況  (図はBBC.co.ukから引用)
12月13日(火)
■ しかし、朝の早い時間帯に貯蔵タンクの一つが発災した。一番大きなタンクはまだ燃えていたが、正午までに3個所の火災を残して制圧できた。火災による黒煙はかなり小さくなり、水の蒸発と一緒になって、煙の色は灰色がかってきた。 消防隊は、残りの火災個所をこの日のうちに鎮圧できると確信していた。 小さな火は残っていたが、タンク火災は午後4時45分に鎮圧できたと報告された。                   
■ ハートフォードシャー州の消防士の75%が動員され、他から支援で出動した16の消防隊ともに、消火活動が行われた。交代要員を含む消防士の総動員数は1,000名にのぼった。
■ 調査報告書では、主要な火災は消火活動を始めてから32時間で消火されたとなっている。ただし、一部の小型タンクの火災は続いているとされている。

12月14日(水) 
■ しかし、12月14日早朝、再び火災が発生した。 消防士は、この火災を消すことが、石油ベーパーを再着火させ、爆発する危険性があるという見方をした。 従って、火災をうまく限定させ、燃焼し尽くすこととした。

発災エリアと消火戦術
■ ハートフォードシャー州消防本部によると、消火に際しては、おおまかにエリア1からエリア4の順番で段階的な消火活動を行ったという。
 ●エリア1(南): 小規模な火災(リムシール火災など)の消火活動が行われた。
 ●エリア2(西): 泡薬剤と大容量送水ポンプ(HVP)による送水の準備が整った12月12日(月)午前8時30分から6台の泡放射砲と消防車の泡モニターによる消火活動を開始した。タンクT912は消火することによって新たな可燃性蒸気の放出による再爆発の危険性があることから、しばらく放置し、12月15日(木)昼までに消火した。
 ●エリア3(東・西): 支援で出動した石油会社トタール社(Total)の消防車も使用して消火活動を実施した。
 ●エリア4(北): 爆発の影響による道路の通行障害や火炎によって最もアプローチが困難だったタンクT12の消火を12月13日(火)の昼までに終了させた。
発災エリア区分 (図はSafety &Tomorrow から引用)
使用した泡薬剤の種類 >
■ ハートフォードシャー州消防本部によると、使用した泡薬剤は消防機関や泡薬剤メーカーのアンガス社(ANGUS)などから調達し、その種類は水性膜泡(AFFF)、多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)、フッ素たんぱく泡(FP)だったという。フッ素たんぱく泡(FP)で下地を作り、その上に水性膜泡(AFFF)や多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)を供給したと語っている。

使用した消火排水の処分 >  
■ 表層水と地下水を汚染した量ははっきりしていないが、使用された消火排水は、火災以降、最初の3週間をかけて現場から回収した。その後、雨水に混じって出てきた汚染水や洗浄作業で出てきた汚染水は、タンクローリー車を使用して現場から回収し、消火排水と一緒に全国のいろいろな場所に溜められた。
■ 消火排水は仮に溜められているだけであり、重要なことはそれを処分することである。 当局も理解していることは、先例のない大量の消火排水を処理し、環境保全に適した水へ戻すためには、数回のプロセスを通さねばならないということである。いくつかの石油会社でこれを達成させる方法を開発中であり、環境庁で評価後、排水を処理する予定である。 
■ 2006621日、約800KLの汚染水が不注意によって貯留タンクから汚染処理装置へ通され、装置出口からコルネ川とテムズ川に流れてしまったと環境庁は発表した。環境庁は、テムズ川管理会社の協力を得て、調査を行った。                                      
(写真はHerdfords gov/policeから引用)
消火活動の状況   (写真API.org から引用)
  消火活動の状況   (写真API.org から引用) 
消火活動の状況   (写真API.org から引用) 
消火活動の状況   (写真API.org から引用)  
消火活動の状況   (写真API.org から引用) 
消火活動の状況   (写真API.org から引用)  
消火活動の状況   (写真API.org から引用) 
消火活動の状況   (写真API.org から引用) 
再火災時の状況 (写真BBC.co.uk から引用) 
鎮火後の状況 (写真HSE.gov.uk から引用)
補 足
■ 英国の大容量送水ポンプ(High Volume Pump:HVP)は、オランダのハイトラント社の大容量送水装置である。ポンプは5.5リットルのディーゼルエンジンにより水流を発生させ、これにより水中ポンプを駆動するメカニズムで、送水能力は8,000 L/minである。大容量送水ポンプはコンテナ化され、車両に直径150mm(6インチ)ホース1,000mのユニットを1個積載するタイプと2個積載するタイプがある。
 英国の大容量送水ポンプは、水害時における排水、消火用水の確保、汚水の輸送などを主な用途として、全国に配備されている。仕様は共通で、統一した教育訓練を英国の消防大学などで行う。このため、訓練さえ受けていれば、どの消防機関の大容量送水ポンプでも操作が可能となっている。バンスフィールド火災時には、現場近隣にある消防機関の大容量送水ポンプを配備し、操作人員は比較的遠方の消防士を投入することができたといわれる。
英国の大容量送水ポンプ(HVP)の例  (図はSafety &Tomorrow から引用)
所 感
■ バンスフィールド火災は公式には32時間で鎮圧したということになっているが、実際は23基のタンク火災に対して3日間かかった難航の消防活動だった。前回のウィリアムズ・ファイア&ハザード・コントロール社の経験した消火活動の話に引き続き、当時の報道や事故後の調査などの情報をまとめてみると、ゴールド部隊”である「戦略調整グループ」が適切に機能したのか疑問が残る。過去に例のない複数タンク火災に対して、石油タンク火災について経験・知見が豊富といえない州の公設消防が主導していかなければならなかったのは、確かに無理があっただろう。しかし、「32時間で鎮圧できた」という考え方からは、教訓が得られないと思う。また、“戦術部隊(シルバー部隊)”と“戦闘部隊(ブロンズ部隊)”も公設消防や石油会社の消防隊など混成チームであり、帰還後に戦術と戦闘に関する意見を求めるなどして、この貴重な経験を将来に活かすべきであった。

■ 泡薬剤の性能は火災実験などによって評価しているが、今回のような実火災時の実績が極めて重要である。しかし、州消防本部の話に「フッ素たんぱく泡(FP)で下地を作り、その上に水性膜泡(AFFF)や多糖類添加耐アルコール泡(AR-AFFF)を供給した」というが、実際にはそのような理屈めいた話ではなかったと思われる。また、API(米国石油協会)の会議で紹介された堤内火災用の中発泡発生装置が使用されたようであるが、その効果はどうだったかという評価についても言及してほしかった話である。
 消火体制だけでなく、いろいろな消防用資機材についても実火災にもとづく評価を行う良い機会を逸したように思う。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報などに基づいてまとめたものである。
  ・HSE.gov.uk,  「The Buncefield Incident 11 December 2005」, The final report of the Major Incident Investigation Board,  2008
  ・HSE.gov.uk,  「The Buncefield Incident 11 December 2005」, The final report of the Major Incident Investigation Board,  Volume2, 2008
      ・Jniosh.go.jp,  「英国バンスフィールド油槽所で発生した爆発火災について -バンスフィールド事故調査委員会調査報告書(第 1 報) より抜粋」, 藤本康弘, 労働安全衛生研究(Vol. 1, No. 1), 2008
      ・「英国バンスフィールド油槽所タンク火災について」, 雑誌「Safety &Tomorrow 」(2006.5月号), 消防庁白石、2006
     ・API.org,  The Buncefield Incident,  API Storage Tank Conference,  2006



後 記: 前回、ウィリアムズ社が公開している資料による英国バンスフィールド火災の消防活動について紹介したあと、10日ほど家をあけている間に、英国がEUを離脱するという大きなニュースが世界に流れていました。国民投票を行うという政治戦略のミスですね。 10年前に起ったバンスフィールド火災ですが、今回、改めて消防活動についてまとめ直してみて、当時あまり感じていなかった消火戦略上の問題が内在していたように思いました。英国では、戦略に関する思想や考え方がしっかりしていると思っていましたが、実行が伴わなくなっているのではないでしょうか。

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