2013年6月28日金曜日

タンク火災時の冷却水の使い方

 今回は、実際の事故情報でなく、過去の体験をもとに、タンク火災時において冷却水をどのように使うのがよいかについて書かれた資料を紹介します。
(写真はFireWorld.com, COOLING WATERから引用)
本情報は「Industrial Fire World」に掲載されたつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・FireWorld.com,  COOLING  WATER   Best Practice for a Tank Fire, Volume22, No.6,2007

■  あなたは、タンク火災時に、いつ、どこに冷却水を使用するか?  この質問は、長年、プロの消防分野の人たちの間で熱い議論の対象になっている。

■ 消防関係者は、大火災に対応するためには、もっと水の供給能力を高めたい、もっと多くの消防車がいる、もっと新しい消火設備を欲しいと思いながら、長年勤めてきた。タンク火災、つまり規模が大きく、長期戦になるタイプの火災では、たくさんの水を使いたいと誰もが思うことである。しかし、水の使い方を誤れば、無駄に水を消費するだけでなく、事態を悪化させるような問題を引き起こしかねないのである。

■ 24時間を超えるような火災の場合、水を無駄に使い過ぎて無くなってしまうことを避けるために、火災の制圧を強行することは認められる。従って、このような状況では、水を使用すべきである。

■ タンク火災の場合、大量の冷却水を使用する理由は大きく分けて3つある。火炎衝突の火勢を弱めること、輻射熱を弱めること、火災タンク側板の座屈を防ぐことの3つである。つぎに重要な順番に各項目毎にみていく。

① 火炎衝突の減少
■ 最初に到着した消防隊が火災を見て第一に評価すべきことは、隣接するタンク、配管、ポンプに火炎衝突があっているかどうかの状況である。火炎衝突によって炎が他の設備に直接当たっている場合、冷却水による放水をすぐに開始し、炎の当たっている他の設備に直接水をかける。火炎衝突があっている場合、炎の当たっている箇所に、できるだけ早く、正確に冷却を行う必要がある。

② 輻射熱の減少 
■ 隣接タンクや配管が輻射熱に曝されている場合、これらの設備を冷却するために冷却水を使用すべきであるが、即座に行う必要はなく、時間的に余裕はある。輻射熱の曝露対策の方法は、隣接するタンク、配管、ポンプへ直接、噴霧水をかけて冷却する。このとき、水は冷却だけを目的にして使用しなければならない。以前、ウォーター・カーテンと呼ぶ噴霧ノズルで空気中へ散布する方法を設計した人がいる。これは、火炎と曝露される対象物の間に置いて、輻射熱の曝露対策にしようと考えたものである。しかし、残念ながら、タンク火災のような非常に大きな量の輻射熱に対しては十分機能することができなかった。ある物を冷却する必要が出た場合、冷却は空気中で行うのではなく、直接、その物に行うのがよい。

③ タンク側板の座屈防止 
■ 冷却水を大量かつ浪費的に使用するケースの一つが、タンク液面より上の側板部が座屈して崩壊しないように、火災面より上のタンク側板上部に噴霧水をかけることである。側壁を垂直に保つ大きな理由は、側板がタンクの内側へ垂れ下がらないようにし、最終的には燃焼面に浸からないようにすることである。もし、側板が座屈して折れ曲がり、燃焼面まで垂れ下がると、トンネルができてしまい、消火のために火災面に打ち込んだ消火泡の広がらない箇所ができてしまう。特にたん白系泡剤を使用する場合、側板が座屈して折れ曲がらないように保つことは重要である。たん白系泡剤はトンネルのような箇所があると、泡が広がりにくい。AFFF系泡剤(水成膜泡)を使用する場合、側壁を保つことをそれほど重要視しなくてもよい。AFFF泡はトンネルの中でも広がりやすい泡剤である。たん白系泡剤はAFFF泡剤より固めで柔軟性に欠けるということを認識しておくことである。
 一方、燃え上がっているタンクでは、側壁をまっすぐに保つことはほとんど不可能である。思い出してほしいのは、タンクの側壁が極めて重い鉄材でできていることである。タンク内側の火炎によって真っ赤になるぐらい熱せられると、強度は著しく落ち、柔らかいパテ材のようになるが、重量は変わらないのである。側壁を垂直に保つことは極めて難しく、大量の水を消費してしまう。

 =原油タンクへの放水の危険性
■ 炎上している原油タンクへ冷却水や消火泡を浴びせることは、場合によって非常に危険なことがある。わずかな量の水であっても、防止壁を越えてくるような極めて大きなスロップオーバーの起こる可能性がある。原油におけるヒート・ウェイブと冷却水の組み合わせによって爆発を誘起することがある。もし、あなたが実際のスロップオーバーやボイルオーバーを見たことがなければ、その危険性を伝えることは難しい。

■ 冷却水や消火泡を放射する前に、防止壁の高さをかさ上げしておくべきで、できれば、防止壁の上に防波板を取り付けるのがよい。隣接する他のタンクや重要な設備のある側の防止壁は、優先してかさ上げや修正を行うべきである。

■ 炎上している原油の中に冷却水を入れる場合、つぎのように慎重に行い、間欠的に放射する。
 ● ヒート・ウェイブの状況を確かめること
 ● ヒート・ウェイブ層を壊すため、タンクの一方向側に泡立たせるようなヒート・ウェイブ層を意図的に作ること
 ● 泡攻撃を行う直前に、スロップオーバーが起こりそうかの状況を確認すること

■ 大量の冷却水を入れると何が起こるか?
 ● 炎上しているタンクへ水を放射すると、タンク底部の水の量が増えることになる。場合によっては、液面が上昇し、燃えている油がタンク壁を溢流し、防油堤内へ流出してしまうことがある。
 ● もし、このとき防油堤内に水が溜まっていたら、溢流してきた燃える油は水面上をあっという間に広がっていき、影響を受けていなかった隣接タンク、ポンプ、配管が直接、火炎を受けることになる。水面上で燃える油は水面に浮かんだ状態にあり、広がる速度は非常に速い。泡の放射体勢ができていない場合、燃えた油の広がりは速く、消防隊が対応する余裕もなく、他のタンクや配管の爆発を引き起こすこともある。
 ● 内部浮き屋根式タンクにおいて外部屋根が噴き飛んでいない場合、タンクの通気口を通じてタンク内へ水を投入することは比較的容易である。このとき内部浮き屋根が損なわれていない場合、水は浮き屋根上に溜まっていき、ついには屋根が部分的に沈んで、タンク上部に内液の可燃性ガスが溜まるようになる。このとき、タンクや防油堤内の火によって可燃性ガスに引火すると、タンク内で再び爆発を誘起することになる。


補 足
■ 「スロップオーバー」とは、放射した水が燃えている油の熱い表面にかかることによって、燃えている油がタンク側壁を越えてこぼれ散る現象をいう。 

■ 「ボイルオーバー」は原油がタンク内から突然、激しく噴き出す現象で、油の熱い層がタンク底に溜まった水と接触して起こす。燃焼面において出てきた残渣分(燃焼後に残った重質の粒子)はまわりの軽い油に比べて重く、この残渣分が表面レベルからタンクの底の方へ向かって沈んでいく。この燃えた油の比重の重たい熱い層は“ヒート・ウェーブ”と呼ばれ、最終的にタンク底に溜まっていた水の層まで達すると、水は過熱され、つぎに沸騰し、爆発的に膨張して、タンク内液が激しく噴出する。水から水蒸気へ変わるときの膨張率は、温度条件が通常の100℃の場合、1,700:1で、もっと高い260℃の温度条件の場合、膨張率は2,300:1となり、爆発的に膨張して噴出する。

  本ブログで紹介したクレイグ・シェリー氏の「Storage Tank Fire:Your Department Prepared?」(タンク火災への備え)によると、ボイルオーバーが起こると、おおざっぱにいうと、原油はタンク周囲からタンク直径の10倍の距離まで飛び散るといい、例えば、原油タンクの直径が75mの場合、タンクから750mのエリア内に原油が飛び散ると予想される。従って、同氏は、現場指揮所の位置、消防隊の配置、資機材の配備、医療トリアージ(治療優先順位の区分け)、安全区域について十分考えておく必要があると指摘している。

 実際のボイルオーバー火災事例としては、ポーランドのクゼコバイス火災事故(1971年)、英国のミルフォードヘーブン火災事故(1983年)などがある。ポーランドの事例は、直径33m×油面高さ11.7mのタンクで、5時間半後にボイルオーバーが発生している。 英国の事例では、直径78m×油面高さ約10mのタンクで、13時間半後にボイルオーバーが発生している。また、 1990年8月25日 米国テキサス州の原油タンク火災でボイルオーバーが起こった事例は映像が記録され、爆発の瞬間とその後に一目散に逃げる人たちがとらえられている。この事故では消防士など22人が火傷を負ったという。本文中の「実際のボイルオーバーを見たことがなければ、その危険性を伝えることは難しい」ということを補完できる映像である。
1990年テキサス州タンク火災におけるボイルオーバー発生の瞬間(左)と一目散に逃げる人たち(右)(写真はYourRepeat.com, Crude Oil Boilover Explosion から引用) 

ウォーターカーテンの例
(写真はCity.Yokohama.jp から引用) 
■ 「ウォーター・カーテン」は、地上配管あるいは架空配管に噴霧ノズルを並べて設置し、カーテン状の水幕を張って、発災箇所からの熱影響を減少させようとする装置である。化学プラントではプロセス装置間に設置される例があった。現在では、液化天然ガスの施設で使用される例がある。また、最近では、ウォーター・カーテン専用ホースが製作され、横浜市では木造密集地域の延焼拡大防止と避難路確保を目的に試験導入が実施されている。



所 感
■ 短い寄稿文で、冷却水のみに着目した内容であるが、興味深い点がある。
 一つは、冷却水の目的を、①火炎衝突の減少、②輻射熱の減少、③タンク側板の座屈防止の3つに分類した点である。“火炎衝突” は原文では“Direct Flame Impingement” となっており、いわゆる“炎が舐める”状況を指している。消火戦術と優先順位の観点から火炎衝突と輻射熱対策を分けて考えている。このように区分けすることによって戦いの真の“敵”をはっきりさせ、消火戦略を立てるということに結びつくのだと思う。 
 
■ 二つ目は、タンク火災の場合、輻射熱対策としてのウォーター・カーテンは効果がないと明言している点である。火災現場では、消火用水の供給には限界がある。たとえ、水源が海であっても、消火ポンプや消火配管・ホースの供給能力上、量は制限される。冷却水を必要最小限の量で、最大限機能を発揮させるためには、ウォーター・カーテンは必ずしも適した装置と判断しなかったものである。
 本文中では、輻射熱対策としての冷却水量について言及していないが、この点は本ブログで以前、紹介した「タンク火災への備え」を参照。
 
2003年ナフサタンク火災による側板座屈の状況
(写真はYomiuri.co.jp から引用) 説明を追加
■ 三つ目は、タンク側板の座屈によって燃焼面に“トンネル” ができ、泡拡散上の死角ができることへの配慮である。日本では、過去においてタンク側板が座屈するようなタンク火災がなかったが、2003年北海道十勝沖地震後に起きた製油所ナフサタンク火災によってタンク側板がどのように座屈するか理解し得た。このような側板が座屈して“トンネル”ができた場合、たん白系泡は十分機能しないという指摘は、失敗体験から出た貴重な知見である。





後 記; 5月から6月にかけて事故が多かったのですが、このところ事故情報がないので、以前から紹介したいと思っていた「タンク火災時の冷却水の使い方」の情報を投稿しました。本文中にボイルオーバーに関する記述があり、「補足」で少し補記しました。実際の事例でどのような状況で起こったかという情報もありますが、これについて述べると、散慢になりそうなので、やめました。別な機会に紹介したいと思っています。
 ところで、知人の中に「若者への応援歌」というブログを開設し、いろいろな情報や考えを発信しています。最近、「原発事故対応 リーダーシップの日米差 =日本型リーダーは何故敗れるのか?=」と題して、東電福島原発事故後、民間事故調査委員会を立上げてプロデュースした船橋洋一氏と作家の半藤一利氏との対談記事から危機管理のあり方について投稿しています。「最悪シナリオを真先に考えるアメリカ、 最悪シナリオをない事にする日本」など危機管理について人の面から示唆に富んだ話になっています。

0 件のコメント:

コメントを投稿