2013年3月6日水曜日

東海、東南海地震による東京湾岸のタンク油流出予測

 今回は、2012年2月2日朝日新聞に掲載された「東京湾岸 石油流出の恐れ 長周期地震、タンク被害 早大研究室調査」という東海、東南海地震の長周期地震動によって東京湾岸にある石油タンクからの流出予測に関する情報を紹介します。
 本情報は2013年2月2日朝日新聞に掲載された「東京湾岸 石油流出の恐れ 長周期地震、タンク被害 早大研究室調査」 の情報をまとめたものである。内容を補完するため、消防関係機関の公表した情報を補足にまとめた。
<内 容> 東京湾岸 石油流出の恐れ =長周期地震、タンク被害=
■ 東海、東南海地震で起きるとされる長周期地震動で、東京湾岸にある石油コンビナートから約12万KLの石油があふれ出す可能性があることがわかった。
(図は朝日新聞から引用)
■ 元土木学会会長の浜田政則・早稲田大教授(地震防災工学)の研究室が、神奈川・千葉両県の東京湾岸にあるコンビナートを上空から撮影した画像を分析。確認できた計1,510基の石油タンクの構造、大きさ、容量などを推計した。その結果、3分の1の503基が鍋の落としぶたのように液面に屋根を浮かせた「浮き屋根式」のタンクであると判明した。これらのタンクが東海、東南海地震の連動時に想定される長周期地震動に見舞われたケースをシミュレーションすると、ゆっくりと長く続く揺れとタンク内の石油が共振して波立つスロッシングが発生。115基から大型タンクローリー6,000台分にあたる計118,800KLがあふれ出すとの試算結果が出たという。

■ 2003年9月の十勝沖地震では、北海道苫小牧市のコンビナートにあった浮き屋根式タンクから火災が起きた。屋根ぶたとタンクの壁が接触して火花が散ったことが原因とみられているが、浜田教授は「東京湾岸部でも同時多発的に火災が起きる可能性がある」と指摘。南海トラフ巨大地震が予想される大阪湾岸や伊勢湾岸でも同様の危険性があるとしている。

■ 総務省消防庁によると、浮き屋根式タンクは石油の揮発を抑える長所があり、全国に2,314基設置されている。一方で、オイルフェンスの整備や耐震対策は事業者側に任されており、管理の実態や対策の実効性は十分に分かっていない。
 石油の流出や火災などで市場への供給が止まると、経済に深刻な影響が出る。経済産業省はコンビナートの稼働やエネルギー供給の継続可能性を調べるため、1月に示した補正予算案に43億円を盛り込んでいる。

補 足
■ 「 2003年9月、十勝沖地震における北海道苫小牧の浮き屋根式タンク火災」は、地震直後と2日後の2件起こっている。
30006原油浮き屋根式タンク火災
 1件目は9月26日(金)午前4時51分の地震直後、原油用の30006浮き屋根式タンク(直径42.7m×高さ24.39m、容量32,778KL、出火時31,160KL)で起こったリムシール火災(リング火災)である。火災は浮き屋根シール部周辺だけでなく、防油堤内および北側配管付近の3箇所で起こった。長周期の地震動によりタンク液面のスロッシングが生じ、浮き屋根が大きく揺動して、内部の原油が浮き屋根上や防油堤内へ溢流・漏洩した。この時、浮き屋根が揺動した際に浮き屋根とタンク上部の付属部品の衝突によって火花が発生し、浮き屋根上の可燃性混合気に着火したものと思われる。防油堤内および北側配管付近の火災はタンク火災が延焼したものと思われる。火災は約7時間後の午後12時9分に鎮火した。
沈降帯電と放電のメカニズム
30063ナフサ浮き屋根式タンク火災
 2件目は地震から2日後の9月28日(日)午前10時45分頃、ナフサ用の30063浮き屋根式タンク(直径42.7m×高さ24.39m、容量32,779KL、出火時26,874KL)で起こった全面火災である。長周期の地震動のよって、地震翌日にタンクの浮き屋根が完全に油中に沈没した。このため、ナフサの揮発防止のため消火用の泡を放出し、液面を覆っていた。しかし、当日の強風により、泡が風に押されて南側に片寄ってしまい、北側の3分の2が大気中に露出してしまった。さらに、泡が時間経過とともに消え、水に戻るときに生じる水滴がナフサ中を沈降することによってナフサが帯電(沈降帯電)し、発生した電荷が液面上の泡に蓄積して、泡の電位が上昇し、泡とタンク側板間で放電して着火したと推定される。火災は全面火災となり、固定泡消火システムおよび消防車両による消火活動では対応できず、ほぼ燃え尽きるまで約44時間燃焼し、9月30日(水)午前6時55分鎮火した。

■ 「長周期地震動によるスロッシング」の解析方法について記事では言及しておらず、また早大研究室の発表原文をインターネットで調べたが、見つからなかった。
 石油コンビナートの防災アセスメント指針の改訂に関する調査検討として公表されている「石油コンビナート等における災害時の影響評価等に係る調査研究会報告」(2012年9月12日、財団法人消防科学総合センター)の中で示されている長周期地震動によるスロッシング解析方法はつぎのとおりである。
石油タンクのスロッシング被害の評価
 長周期地震動による石油タンクのスロッシング被害の評価は、想定地震の予測波形から得られる速度応答スペクトルがベースとなる。これをもとに、個々の石油タンクでのスロッシング波高を求め、その大小から災害拡大シナリオに現れる各災害事象の可能性を判定し、災害規模に応じた影響を算定することになる。このようなスロッシング被害に関する評価手順は概ね以下のようになる。
① 速度応答スペクトルの算定
  ● 想定地震の予測波形の入手(長周期成分を含む)
  ● 速度応答スペクトルの算出
② スロッシング波高の算定
 個々のタンクのスロッシング最大波高は、次式により計算する。 
また、上式は微小波高を仮定したものであり、溢流が生じるような大きなスロッシングの場合は、非線形性の影響による波高増分を考慮する必要がある。非線形性を考慮したスロッシング最大波高は、西晴樹・他(2008)により次式が提案されている。
③ 溢流量の推定・流出火災の想定(浮き屋根式)
 スロッシング最大波高(η+)がタンクの余裕空間高(満液時)を上回る場合には溢流ありと判断し、西晴樹・他(2008)の手法(次式)によりスロッシングによる溢流量(Δv)を計算する。
 さらに、 Δv  の大小、油種に応じて流出火災の想定を行う。

■ 記事では、「総務省消防庁によると、浮き屋根式タンクは石油の揮発を抑える長所があり、全国に2,314基設置されている。一方で、オイルフェンスの整備や耐震対策は事業者側に任されており、管理の実態や対策の実効性は十分に分かっていない」と記載されているが、浮き屋根式タンクの長周期地震動に関する対策については、2003年の十勝沖地震によるタンク火災事故を契機に法制化され、対応がとられている。

十勝沖地震による2件の石油タンク火災からの教訓
● リムシール火災(第1火災)は,想定以上の地震動による大きなスロッシングのため,浮き屋根と上部設備が衝突したことが火災発生の原因であり、最高液面(空間高さ)の見直しが必要がある。
●  全面火災(第2火災)では,大きなスロッシングにより浮き屋根が沈没したことが第1の要因であり、浮屋根の浮き機能の確保が重要である。

消防法の改正; 長周期地震動によるスロッシング対策
● 空間高さの確保
 地震動の設定に関しては,特に揺れやすい地域を特定し,それらの地域毎に図の例のように周期の関数としてスペクトルを設定し、長周期地震動に係る地域特性に応じた空間高さ(屋根と側板上端までの高さ)の確保が行われた。(2007年3月31日までに実施済) 
 ただし、法令により規定された空間高さは、守るべき最低限の地震動レベルにより示されたものであり、タンクの液面監視の強化に努めるものとする。
●浮き屋根式タンクの構造強化(一枚板構造のシングルデッキ型浮き屋根)
 スロッシング時における大型の浮き屋根の挙動を解析した結果、浮き屋根は1次モードによる揺れの動きのほか、2次モードによるねじれの動きがあることが解った。この結果に基づき、容量20,000KL以上の貯蔵タンク(または空間高さが2m以上の貯蔵タンク)は、長周期地震動により浮き屋根に作用する荷重に耐えられ構造とすることとなった。(経過措置期間:2017年3月31日までに実施)
●溶接部等の補強
 浮き屋根の浮き機能を確保するため、浮き屋根の母材やガイドポールの溶接部などの箇所について健全性の確認を行い、必要な改修を行う。(保安検査等の定期的な検査の時期に合わせて)
浮き屋根の構造強化の例
石油タンクスロッシング被害予測システムの表示例
●石油タンクスロッシング被害予測システムの導入検討
 地震発生後の点検の優先を判断することが大切であり、貯蔵タンクのスロッシングによる溢流の発生危険性等を事業所において迅速に把握することのできる石油タンクスロッシング被害予測システムの導入を検討する。
 すでに、千葉県や神奈川県の事業所では、システムの導入が行われつつある。

東日本大震災(2011年3月11日)における長周期地震動による貯蔵タンクの被害
津波で移動して倒壊したタンク
● 震災後に岩手県気仙沼市、仙台地区(仙台市、七ケ浜町)、福島県いわき市、茨城県鹿嶋市、山形県酒田市、新潟県新発田市、新潟市、千葉県市原市、神奈川県川崎市の石油コンビナート等特別防災区域における石油貯蔵タンクの被害状況が消防機関によって調査された。この結果、気仙沼市、仙台地区、鹿嶋市は短周期地震動と津波による被害で、長周期地震動による被害はなかった。なお、津波によって4事業所の10基の貯蔵タンクから油流出が発生している。流出油量は11,521KLで、油種は重油、灯油、軽油、ガソリンであった。
● 長周期地震動による被害は酒田市、新発田市、新潟市、市原市、川崎市で見られた。被害はスロッシングによる浮き屋根のポンツーン破損、デッキ上への油の溢流などである。しかし、タンク外への流出はなかった。川崎市の貯蔵タンクでは、スロッシングによる浮き屋根沈没の事例が1件発生した。
浮き屋根が2日後に沈没したタンク
● 川崎市で浮き屋根が沈没したのは製油所の重油用タンクで、直径38.74m、許可容量19,365KL(許可液面高さ16.429m)のシングルデッキ型浮き屋根だった。タンク容量が20,000KL未満であるが、空間高さが2.0m 以上となることから、消防法改正の浮き屋根新基準に適合させることが必要なタンクだった。しかし、新基準の経過措置期間中であることから、地震当時、このタンクの浮き屋根は、まだ新基準には適合していなかった。浮き屋根のポンツーンが一部破損して油が浸入し、徐々に沈下していき、地震発生の2日後に完全に沈没した。なお、当該タンクに実際に発生したスロッシング高さは約1.0~1.5mと推測され、地震当時の条件から算出されるスロッシング高さは約2.7m となり、実際に発生したスロッシング高さは計算上のものより小さかった。

所 感
■ 東日本大震災に続き、東海、東南海地震の起こる可能性があることから、東京湾岸の住民には石油コンビナートにおける貯蔵タンクの危険性について漠然とした不安や懸念があるのは事実である。このような状況下で、今回の情報はマクロ的な視点で興味深いものだといえる。
 ただし、内容には疑問が残る。おそらくコンピュータを駆使したシミュレーションによって算出されたもので、出力(結果)に間違いはないと思うが、入力条件が適切かどうかわからない。補足で解説したように2003年十勝沖地震による長周期地震動によるタンク火災の事例は、それまでわからなかった多くの知見を得て、消防法の改正によって対応がとられつつある。特に、スロッシングによる最大波高がタンク側板を超えないように空間高さの見直しが行われている。実際、東日本大震災時には、東京湾岸の貯蔵タンクは長周期地震動の影響を受け、浮き屋根が沈没する事例やポンツーン内に滞油するタンクがあったが、タンク外へ流出する事例はなかった。
■ それでは問題はないかということになれば、次に来る地震時に貯蔵タンクから油流出事故や火災事故が起きないという保証はない。消防法改正の浮き屋根新基準は経過措置期間中であり、未適合のタンクの損傷が出る可能性はあるし、地震動による被害はタンクだけなく、配管など付属設備の損傷によって事故の起こる可能性があることを忘れないことである。


パキスタン洪水
後 記:今回の情報をまとめているとき、天災によるタンクの被害による油流出事故として思い出されたのが、2010年7月末、パキスタンで大きな洪水が発生し、ムザファルガル地方の主要な3つの石油施設に貯蔵されていた何千トン(多分、もっと多量)という油とケミカルが荒れ狂った洪水に流されてしまい、環境への影響について心配されるという情報を出したエキスプレス・トリビューン誌の記事です。油流出は大きく報道されていませんが、この油分を含んだ水が国土の広範囲に拡大する恐れがあり、アラビア海に達する洪水地域の生態系に影響し、国土に大きな損害を与えかねないというものです。その後、洪水の被害に隠れて環境汚染の実態はわかりません。東日本大震災時に流出した油の環境汚染が話題にならなかったのと同じです。
 3.11から2年経とうとしていますが、ここでもう一つ感じるのは、油汚染に比べ、放射能汚染は時間が経っても改善しないことです。油汚染は回収したり、油の蒸発や微生物による分解で改善する道がありますが、放射能汚染は蓄積し、長い半減期を待つだけです。原子力発電所の安全神話は瓦解し、一旦事故が起こったときの影響は大きく、長く、人間が制御できる範囲を越えており、原子力発電所は人間にとって有用なものではないということです。




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