2024年8月29日木曜日

ノルドストリーム海底パイプラインの爆発破壊の犯人情報は正しいか?

 今回は、欧州のバルト海ボルンホルム島沖でロシアのガスプロム社が所有する海底パイプラインのノルドストリームが2022926日(月)に人為的な爆発破壊によって天然ガスが漏出した事故について、2024814日(水)、米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙はウクライナが計画し、強行したと報じましたが、この犯人情報が正しいのかこれまでの経緯や報道について紹介します。

 これまでの関連ブログは、ロシア‐ドイツ間の天然ガス用海底パイプラインの漏れは止まった?」2022年10月6日)、ノルドストリーム海底パイプラインの漏れは強力な爆発によるパイプ破断」2022年11月19日)、ノルドストリーム海底パイプラインの漏れは人為的な爆発による破断(推測原因」2023年3月11日)を参照。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、欧州のバルト海Baltic Seaボルンホルム島BornholmのデンマークDenmark とスウェーデンSweden沖の海底である。

■ 事故があったのは、海底パイプラインのノルドストリームNord Streamの敷設場所付近である。ノルドストリームはロシアRussiaのガスプロム社Gazpromが所有し、ロシア・サンクトペテルブルク近くの沿岸からドイツ北東部まで約1,200kmにわたる天然ガスパイプラインである。

<事故の状況および影響 >

事故の発生

■ 2022926日(月)の夜、ノルドストリーム2パイプラインのオペレーターは、105バールからわずか7バールまで急激に圧力が低下したことを確認した。その後、バルト海の海面にガスで泡立っていたのが確認された。

■ 927日(火)、デンマーク国防司令部は、バルト海にあるボルンホルム島沖の3か所でガス漏れが確認されたことを明らかにした。ガス漏れ源は天然ガスパイプラインのノルドストリームだとみられる。ガス漏れは、2本あるパイプラインのうち、ノルドストリーム1の2か所、ノルドストリーム2の1か所で起き、ガス漏れが原因とみられる泡(最大のものは直径1km)が海面に発生している。海面のガス漏れによる泡の状況は映像が公開され、ユーチューブに投稿されている。YouTubeFootage shows Russia's Nord Stream gas pipelines leaking under Baltic Sea2022/09/28)を参照)

■ スウェーデンとデンマークの地震学者はガス漏れの近くで2つの爆発の可能性を記録したが、爆発は海底ではなく、水中で発生したとみられるという。英国の防衛関係筋は、爆発はおそらく計画的で、水中地雷やその他の爆発物を使用して遠くから爆発させたとみられると語っている。 

■ 102日(日)、デンマークのエネルギー庁は、ノルドストリーム1とノルドストリーム2のパイプラインからの漏れが止まったと語った。

被 害

■ 海底パイプラインのノルドストリーム1とノルドストリーム2が、ボルンホルム島沖の海底で破損した。

■ 海底パイプライン内の天然ガス(主にメタンガス)3~8億㎥が海中へ漏出して、海面から大気へ放散し、環境汚染を引き起こした。  

< 事故の原因 >

■ パイプラインが強力な爆発によって破損した。 

デンマークとスウェーデンは水中検査を行い、パイプラインの破損状況を確認した。爆発物による破壊工作の疑いがあるというが、両国ともそれ以上は語っていない。

■ 20223月に米国ニューヨークタイムズ紙が爆破実行者について報じたのに続いて、20248月には、米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙が爆破実行について報じた。しかし、20242月にスウェーデンとデンマークが相次いで調査(捜査)を取り下げた現時点では、誰がやったのかはわかっていないとするのがもっとも妥当なところである。

< 対 応 >

■ 2022112日(水)、スイスに拠点をおき、ノルドストリーム1を実質的に運営していたノルドストリームAGNord Stream AGは、スウェーデン沖のパイプライン損傷の場所で調査していたが、初期データ収集を完了したと発表した。予備的な結果によると、海底に深さ35mの人工的なクレーターを発見した。クレーターは互いに約248m離れていた。クレーター間のパイプの部分が破壊されており、少なくとも半径250mのエリアにパイプの破片が拡散していた。

■ ユーチューブには、ブルーアイ・ロボティクス社の撮影したパイプラインの破損状況の一部映像がメディから投稿されている。代表例はつぎのとおりである。

Youtube,Nord Stream pipeline damage captured in underwater footage2022/10/18)を参照)

 詳細な映像は、スウェーデンの新聞社Expressenのインターネット誌Första bilderna från sprängda gasröret på Östersjöns bottenを参照。

■ 202337日(火)、米国のニューヨークタイムズ紙はパイプラインの天然ガス流出について、つぎのように報じた。

 ● 米国当局の精査した情報では、親ウクライナ派がノルドストリーム・パイプラインへの攻撃を行ったことを示している。

 ● 当局者によると、実行者はウクライナ人またはロシア人、あるいはその両方である可能性が高いと考えているという。

 ● ウクライナ政府と軍の諜報当局者は攻撃には関与しておらず、誰が実行したかは分かっていないと述べている。

 ● 爆発物は、軍や情報機関でない経験豊富なダイバーの助けを借りて仕掛けられた可能性が高いという。しかし、実行者が過去に国の専門的な訓練を受けていた可能性はある。

 ● 米国の当局者は、これからの新しい情報を精査することによって、実行者について確固たる結論に達することができるという。そのプロセスにどのくらいの時間がかかるかは不明である。米国の当局者は、最近、この事件の捜査を行っている欧州の関係者と情報交換を行った。

■ 2024226日(月)、デンマーク警察当局は、天然ガスパイプラインのノルドストリームで起きた爆発事故に関し、調査を打ち切ったと明らかにした。調査終了は、スウェーデンに続き2か国目となる。デンマーク警察当局は、「調査の結果、ノルドストリームへの意図的な破壊工作があったとの結論に至ったが、刑事事件として立件するのに十分な根拠がないとの判断に達した」と説明した。

 なお、スウェーデン当局も、 20242月、ノルドストリームの爆発事故は管轄外だとし、調査を取り下げた。発見された証拠はドイツの捜査当局に引き渡したものの、内容は公表はされていない。

■ 2024814日(水)、米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙は、20229月に起きたノルドストリームの爆発事故について、つぎのように報じた。

 ● パイプラインの破壊工作は、現役兵士のほか、訓練を受けた民間ダイバーを含む計6人によって行われ、小型ヨットや、時限装置をつけた爆発物が使われた。

 ● ウクライナの大統領は、当初、この計画を承認したが、計画を察知した米国中央情報局(CIA)からの要請を受け、中止を命じた。

 ● ウクライナ軍の総司令官が、ウクライナ大統領の中止命令にもかかわらず、破壊工作を強行した。ウォール・ストリート・ジャーナルによると、ウクライナ軍の総司令官は、計画が実行段階に入った後では工作部隊と連絡を取ることはできないなどとして強行したという。

■ 2024814日(水)、ドイツのメディアであるNZZ紙は、パイプライン破壊の犯人としてロシア説、ウクライナ説、米国説の3つの説を解説している。しかし、現時点では、パイプライン破壊事故の責任が誰にあるのかを確信を持って言うことはできないという。知識のギャップは推測で埋め尽くされているし、ロシアではプロパガンダ機関が西側諸国で本格的に活動していて、ジャーナリストは自分たちの研究が調査官よりも進んでいると信じている。

 2019年までドイツ対外諜報機関の上級職に就いていた専門家は、憶測に巻き込まれることを望んでいないといい、「私の長年の職業経験に基づけば、特に今回の場合、それは常に闘争の政治的武器として理解され、使用されているため、十分な事実なしに理論化することは信じていない。爆発から時間が経った今でも、この疑問は未だに解決されていない。証拠はロシアを示すこともあれば、ウクライナを示すこともある。より乱暴な理論では米国も疑われている。今では爆発破壊が起こったのかをかなり正確に言うことが可能である。しかし、誰がやったのかはまだわかっていない」という。

■ 2024815日(木)、欧州のニュース専門メディアであるユーロニュース紙は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が匿名のウクライナ軍関係者4名を引用し、ウクライナが20225月にロシア産天然ガスをドイツに輸送するパイプラインを爆破する計画を企てたと指摘しているが、ユーロニュース紙はこれらの情報源による主張を独自に検証することはできなかったという。また、ウォール・ストリート・ジャーナル紙は情報筋の話の一部は、この件に関するドイツの調査によって裏付けられたとも伝えた。しかし、ドイツの諜報機関の当局者は、この破壊活動の背後にウクライナが本当にいたとは考えにくく、ロシアによる偽旗作戦だった可能性があると述べている。

補 足

■「バルト海」Baltic Seaは、欧州の北に位置する地中海で、ヨーロッパ大陸とスカンディナビア半島に囲まれた海域である。ユーラシア大陸に囲まれた海域ともいう。 西岸にスウェーデン、東岸は北から順にフィンランド、ロシア、エストニア、ラトビア、リトアニア、南岸は東から西にポーランド、ドイツ、デンマークが位置する。

「ボルンホルム島」Bornholmは、バルト海上にあるデンマーク領で、人口約4万人の島である。スウェーデン、ドイツ、ポーランドに挟まれており、行政面ではデンマーク首都地域のボルンホルム基礎自治体を成している。ボーンホルム島と表記されることもある。

■ 「ノルドストリーム」 Nord Streamは、ロシアの国営企業ガスプロム社Gazpromが所有し、ロシア・サンクトペテルブルク近くの沿岸からドイツ北東部まで約1,200kmにわたる天然ガスパイプラインである。パイプラインは長さ12mのパイプ約20万本で構成され、直径48インチ径で厚さ約40mmの鋼製ラインパイプで、厚さ110mmのコンクリートの被覆が施されている。 

 名称のノルドには「北」、ストリームには「流れ」という意味がある。ノルドストリームは大きく2本あり、それぞれ「ノルドストリーム1」「ノルドストリーム2」と称している。ノルドストリーム1は、2012108日に開通し、全長1,222kmで世界最長の海底パイプラインとなった。2018年から2021年にかけてノルドストリーム2の敷設が行われ、20219月に完成した。

 ノルドストリーム・プロジェクトは、パイプラインが欧州におけるロシアの影響力を強めるという懸念や、中・東欧諸国の既存パイプラインの使用料が連鎖的に削減されるという理由から、米国、中・東欧諸国から反対を受けていた。ロシアがドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を承認すると表明したことを受けて、この決定が領土保全と国家主権の尊重という国際法の原則に反する行為であるとして、ドイツの首相は2022222日にノルドストリーム2の認証作業を停止した。

■ 2022224日(木)のロシアによるウクライナ侵攻以降の影響は、つぎのとおりである。

 ●「ノルドストリーム2」はまだ一度も稼働したことはない。ロシアによるウクライナ侵攻の直前にドイツにより運用開始が延期された。しかし、20229月の時点で、パイプライン内に3億㎥の天然ガスが入っていたという。

 ● 稼動していた「ノルドストリーム1」は、20226月に輸送量が 75%削減され、1日あたり 17,000万㎥が約 4,000万㎥になった。

 ● 20227月、 「ノルドストリーム1」は定期的な点検作業を理由に10日間停止された。再開したとき、流量は 1日あたり2,000万㎥と半分になった。

 ● 20228月下旬、「ノルドストリーム1」は機器の不具合を理由に完全に閉鎖された。それ以来、パイプラインは稼動していない。

所 感 (前々回)

■ バルト海のガス漏れの事象は、ノルドストリーム・パイプラインから発生したことがはっきりした。さらに、その原因は強力な爆発によってパイプが破断したことも分かった。デンマークやスウェーデンは10月初旬から水中カメラなどの調査(捜査)によってパイプラインの損傷状況を把握しているとみられる。

■ パイプラインへの攻撃という破壊工作の疑いが裏付けられたとしているが、誰が行ったかという決定的な証拠が確認されるまで、詳細は発表されないとみられる。

■ ノルウェーのロボット企業であるブルーアイ・ロボティクス社とスウェーデンの新聞社Expressenが協力して、水中ドロ-ンのカメラを使ってパイプラインの損傷部を撮影した映像が発表された。この映像を見ると、厚さ40mmのパイプラインが破断されるほどの爆発の威力を知ることができる。

■ パイプラインと周辺の損傷状況は、ブルーアイ・ロボティクス社の映像のほかに、いくつかの取材による情報が出ている。これらの損傷情報がどこの位置を指すのかはっきり示されていないが、仮にブルーアイ・ロボティクス社の撮ったノルドストリーム1のパイプライン破断位置の周辺とみた場合のパイプラインの状況を図のように推測した。この状況について考えてみると、つぎのとおりである。

 ● パイプが破断して大量の天然ガスが放出されると、反動とパイプラインの拘束がなくなり、東(ロシア側)に移動したと思われる。

 ● クレーターは爆弾跡というより、天然ガスの放出によってできたのではないだろうか。

 ● クレーター間の距離(248m)はパイプラインの移動距離ではないだろうか。

 ● クレーター間に散乱していた破片はスウェーデンの調査(捜査)で回収されたとみられる。

 ● パイプラインにできた8mの切り傷はパイプラインの破断時または移動時に擦過したものではないだろうか。あるいは、破断部下流側にあれば、爆発の圧力によってパイプに沿って生じた長い亀裂かも知れない。

 ● パイプ内側にあった赤い部分は何か分からないが、爆弾の破裂時についたものではないだろうか。

所 感 (前回)

■ 関心の高い話題であるが、外交上の機微のある話から欧州各国は詳細を伝えていなかった。今回、米国のニューヨークタイムズ紙が爆破実行者について報じると、すぐに各国のメディアが“ニューヨークタイムズによる情報” として記事を出すという近年では珍しい報道になった。

■ これまでパイプラインへの攻撃という破壊工作の疑いが裏付けられたが、誰が行ったかという決定的な証拠が確認されるまで、詳細は発表されないとみられると所感に書いた。今回の報道をきっかけに徐々に調査結果が出てくると思われる。

所 感 (今回)

■ 202237日(火)に米国ニューヨークタイムズ紙が爆破実行者について報じたが、2024814日(水)には、米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙が爆破実行について報じた。内容はニューヨークタイムズ紙の報道の延長線にあり、前回の後記に書いた「英国のメディアのガーディアン紙が、ドイツの新聞ディ・ツァイトの報道を引用して、親ウクライナの妨害工作員グループについて」の情報の延長線でもある。

 一方、パイプラインのガス漏れ事象は、事故直後から欧米とロシアの観念的な言い合いが報じられており、その後、捜査が始まり、発災場所の管轄域でデンマークとスウェーデンの調査状況に期待した。

 しかし、20242月にスウェーデン当局とデンマーク警察当局が相次いで、調査を取り下げた。デンマークとスウェーデンが調査(捜査)を打ち切り、調査内容をドイツに引き渡してしまった現時点では、誰がやったのかはわかっていないとするのがもっとも妥当なところだと思う。 

■ 実際、欧州のメディアでは、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が発表した直後に否定的な記事を出している。ドイツのNZZ紙はパイプライン破壊の犯人として世間で言われているロシア説、ウクライナ説、米国説の3つの説を解説しているが、パイプライン破壊事故の責任が誰にあるのかを確信を持って言うことはできないという。同様に、欧州のニュース専門メディアであるユーロニュース紙は、ウォール・ストリート・ジャーナル紙が匿名のウクライナ軍関係者4名を引用し、ウクライナがパイプラインを爆破する計画を企てたと指摘しているが、これらの情報源による主張を独自に検証することはできなかったといい、ドイツの諜報機関の当局者はこの破壊活動の背後にウクライナが本当にいたとは考えにくく、ロシアによる偽旗作戦(にせはた作戦)だった可能性があると述べているという。(注;「偽旗作戦」False flag operation ;相手を非難したり自国の正当性を高めたりする目的で、自身が政治的・軍事的攻撃を受けているように演出する作戦) 


備 考

 本情報はつぎの情報に基づいてまとめたものである。

   Abcnews.go.com,  Nord Stream pipeline leaks caused by 'powerful explosions,' Danish police say,  October  18,  2022

     Newcivilengineer.com,  Nord Stream explosions caused 50m of damage to ruptured pipeline,  October  20,  2022

     Aljazeera.com,  Denmark confirms ‘extensive damage’ in Nord Stream pipelines,  October  18,  2022

     Expressen.se, Första bilderna från sprängda gasröret på Östersjöns botten,  October  18,  2022

     Upstreamonline.com, Investigations reveal severe explosive damage to Nord Stream gas pipelines,  October  18,  2022

     Theguardian.com,  Nord Stream 1: first underwater images reveal devastating damage,  October  18,  2022

     Cbc.ca, 50-metre section of Nord Stream gas pipeline missing, drone footage reveals,  October  18,  2022

     Nytimes.com , Three Inquiries, but No Answers to Who Blew Holes in Nord Stream Pipelines,  October  25,  2022

     Bbc.com,  Nord Stream blast 'blew away 50 metres of pipe’,  October  18,  2022

     Agenzianova.com,  German media: the damage to the Nord Stream can only be explained by an explosion,  October  15,  2022

     Gcaptain.com,  Journalists Film Nord Stream Blast Damage,  October  18,  2022

     Offshore-energy.biz,  Nord Stream operator finds ‘technogenic craters’ at damaged pipeline,  November  07,  2022

     Safety4sea.com, Watch: Underwater drone reveals damage of Nord Stream pipeline,  October  20,  2022

     English.alarabiya.net,  Fifty meters of Nord Stream 1 pipeline destroyed or buried under seafloor,  October  18,  2022

     Nytimes.com, Intelligence Suggests Pro-Ukrainian Group Sabotaged Pipelines, U.S. Officials Say,  March  07,  2023

     Reuters.com, U.S. says intel indicates pro-Ukrainian group sabotaged Nord Stream pipelines -NY Times,  March  08,  2023

     News.cgtn.com,  New intelligence points to pro-Ukraine group in Nord Stream attack: NYT,  March  08,  2023

     Edition.cnn.com,  Ukrainian government denies involvement in Nord Stream pipelines sabotage,  March  08,  2023

     Theguardian.com, Officials believe pro-Ukraine group may have sabotaged Nord Stream – reports,  March  08,  2023

     Bbc.com,  ノルドストリーム爆破、親ウクライナ勢力が実行かと米報道 ウクライナは否定,  March  08,  2023

     Edition.cnn.com,  Ukrainian government denies involvement in Nord Stream pipelines sabotage,  March  08,  2023Tagesschau.de, Neue Bilder der Explosionsstelle veröffentlicht,  November  30,  2022

     Bbc.com, Nord Stream: Denmark closes investigation into pipeline blast,  February  26,  2024

     Jp.reuters.com, デンマーク、ノルドストリーム爆発事故の調査終了 2カ国目,  February  27,  2024

     Asahi.com,  ロシアのパイプライン事故、ウクライナ司令官破壊工作強行か 米報道, August  15,  2024

     Nzz.ch, Der Anschlag auf die Nord-Stream-Pipelines ist eine der grössten Sabotageaktionen der Geschichte. Wer steckt dahinter?,  August  14,  2024

     Uronews.com, Ukraine behind Nord Stream pipeline sabotage, report claims,  August  15,  2024


後 記: 今回の報道は日本を含めて米国のウォール・ストリート・ジャーナル紙の影響の大きさを示す事例でした。しかし、はっきり言って欧州の事情を十分理解していない米国の取材・報道だったように思います。貯蔵タンクの事故ではないのですが、ノルドストリーム・パイプラインの爆発事故を本ブログで扱うのは4回目です。正直、23回目の内容は忘れてしまって、ブログを読み直し、記憶を思い出しながらまとめました。憶測に巻き込まれることを望んでいないという専門家がいますし、 ノルドストリーム・パイプラインはすでに完全に閉鎖されており、正確な情報が出されない限り(おそらく出ないでしょうが)、ノルドストリーム・パイプライン事故のブログは今回で終わりにします。

2024年8月24日土曜日

米国ルイジアナ州のタンクターミナルで原油タンクが火災(原因)

 今回は、いまから1年ほど前の202343日に米国ルイジアナ州セントローズにあるインターナショナル-マテックス・タンクターミナル社のタンク貯蔵施設で起こった原油タンクの火災について202475日(金)に原因が報じられたので、その内容について紹介します。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、米国ルイジアナ州Louisianaセントチャールズ郡St. Charles ParishのセントローズSt. Roseにあるインターナショナル-マテックス・タンクターミナル社International-Matex Tank Terminalの石油・ケミカルの貯蔵施設である。施設の総容量は1,630万バレル(259KL)で、207基の貯蔵タンクがある。

■ 事故があったのは、川沿いにある石油・ケミカルの貯蔵施設の原油用の容量250,000バレル(40,000KL)貯蔵タンクである。

<事故の状況および影響>

事故の発生

■ 202343日(月)の午後2時頃、インターナショナル-マテックス・タンクターミナル社の貯蔵施設でタンク火災が発生した。タンクからは炎が見え、黒煙が空に流れた。

■ 発災に伴い、自衛消防隊と公設消防隊が出動した。出動した消防士は24名以上で、現場で消火活動を行った。

■ 事故に伴い、請負業者の社員2名が負傷し、病院へ搬送された。

■ 事故は容量250,000バレル(40,000KL)の原油タンクで起こったが、タンクはカラにされた後の残留物しか入っていなかったといわれ、保全作業中だった。

■ 安全対策上、近くを通っている鉄道が閉鎖された。

■ 当局は、火災からの煙は大気中の低い位置を樹木が茂った地域に向かって流れており、一般市民への脅威にはなっていないようだといい、市民の避難は必要ないと語った。当局は、煙が州間高速道路310号線に向かう可能性を監視しており、必要であれば、閉鎖すると述べた。

■ 43日(月)の午後8時時点で、消防隊はまだ活発な火災スポット2か所と戦っていた。現場は、消防隊が支援で要請していた12インチの泡放射装置が到着したところだった。火災から敷地外に吹き出す煙は北東から真北の方向に移っていた。近くの貯蔵タンクは延焼を防ぐために冷却されており、消火に使用された水の流出を敷地内で食い止めていた。

■ インターナショナル-マテックス・タンクターミナル社は施設付近の空気の質を監視しており、敷地外への影響はないとみているという。

■ インターナショナル-マテックス・タンクターミナル社は出火原因を調べている。

■ ユーチューブでは、タンク火災の状況を伝える動画が投稿されている。 

 Youtube Fire reported at IMTT chemical storage facility in St. Charles Parish2023/04/04

被 害

■ 容量250,000バレル(40,000KL)の原油タンクが焼損した。内部に残量していた油が焼失した。

■ 消火水の廃液が発生したが、構内に留まり、構外への影響は報告されていない。

■ 黒煙などで環境汚染が発生した。住民への影響は報告されていない。

■ 安全対策上、近くを通っている鉄道が閉鎖された。住民の避難は無かった。

< 事故の原因 >

■ 請負会社の作業員が大型原油タンクの上で溶接作業をしていた際にタンク内の残留油の可燃性ガスに引火したことが火災の原因である。

■ インターナショナル‐マテックス・タンクターミナルが、容量250,000バレル(40,000KL) のタンクから残留原油を排出せずに作業員に溶接を許可し、その他の安全手順にも従わなかったことが人身災害の要因である。

< 対 応 >

■ 2023年43日(月)の午後8時時点で火災は消火されていない。消防隊が支援で要請していた12インチの泡放射装置が到着したので、その後、制圧されたものとみられる。

■ 202475日(金)、メディアのThe Advocateインターナショナル・マテックス・タンクターミナルで202343日に起こったタンク火災の原因などについて、つぎのように報じた。

 ● インターナショナル‐マテックス・タンクターミナルは、タンク内部に原油が残っているにもかかわらず、残留原油を排出しないで、作業員に溶接を許可した。

 ● 請負会社の作業員が原油タンクの上で溶接作業を行っている際に、残留油の可燃性ガスに引火して火災となった。

 ● その結果、インターナショナル‐マテックス・タンクターミナルはすでに連邦環境・労働規制当局などに罰金を支払っている。このほか、危険性のある排出ガスや悪臭を削減するための設備に少なくとも150,000ドルを投資しなければならなくなった。

 ● インターナショナル‐マテックス・タンクターミナルは、緊急対応計画について事故で起こったような可燃性ベーパー放出や火災を想定していなかった。このため、施設には安全設備の不備があり、作業員が負傷する要因のひとつとなった。

補 足

■「ルイジアナ州」Louisianaは、米国の南部にあり、テキサス州に隣接し、人口約465万人の州である。州都はバトンルージュで、最大の都市はニューオーリンズである。ルイジアナ州は石油と天然ガスの資源が豊富である。

「セントチャールズ郡」St. Charles Parishは、ルイジアナ州の南部に位置し、人口約52,000人の郡である。

「セントローズ」St. Roseは、セントチャールズ郡にある人口約7,500人の町で、ニューオーリンズ大都市圏の一部である。

■「インターナショナル-マテックス・タンクターミナル社」International-Matex Tank Terminal LLC IMTT) は、1939年に設立されたエネルギー会社で16の貯蔵ターミナル施設を所有・運営している。石油製品、植物油、再生可能燃料、アルコール、メタノールなどのケミカル類を取り扱い、北米で事業を展開している。

■「発災タンク」は原油用で容量250,000バレル(40,000KL)と報じられているが、そのほかの仕様は分かっていない。グーグルマップと被災写真をもとに調べると、鉄道が通っている近くに発災タンクとみられるタンクがある。屋根付きで屋根外周の周囲に20個ほどの特別通気口が設置されているので、内部浮き屋根式タンクと思われる。このタンクの直径は約65mであるので、高さは約12mとなる。

所 感 (前回)

■ 今回の火災と人身事故の原因はタンクの保全工事に関わる要因だと思われる。 米国CSB(化学物質安全性委員会)がまとめた「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」は10年以上前に公表されたものだが、この教訓が活かされていないと思われる。代替方法の検討、危険度の分析、作業モニタリング、作業エリアのテスト、着工許可の発行、徹底した訓練、請負者への監督 の7つのうちのいくつかが不徹底のために事故が起こったのであろう。 

■ タンクの火災状況の写真によると、側板が内側に座屈しているように見える。このような座屈は火災が長時間続き、側板が炎に曝露され続けるために内側に座屈するのであるが、今回のタンクは残留液しか入っていなかったといわれており、このような条件に当てはまらない。タンク内が原油のベーパーで充満し、何らかの引火源によって爆発が起こり、屋根がタンク内に落下して側板が引きずられて内側に座屈したのかも知れない。しかし、考え難い推測であり、別な要因があるのかも知れない。

■ 火炎の勢いは大した状態ではないように見えるが、火災は6時間を経過した午後8時にも消火できておらず、消火活動は難航している。タンクはカラにされた後の残留物しか入っていなかったといわれているが、タンク内からの油の抜き出しが不十分で、結構な量の油が残っていたものと思われる。全面火災ではないが、屋根が障害物になり、的確な泡放射ができず、保有の泡放射装置では対応できず、もっと大容量の泡放射装置を要請したものとみられる。しかし、直径65mのタンクの全面火災では、放射能力40,000リットル/分の大容量泡放射装置が必要であり、内部浮き屋根式タンクという認識で事業所としての事前準備に課題があったと思われる。 一方、ルイジアナ州では、「米国ルイジアナ州における消防活動の相互応援の歩み」のように消防資機材の応援体制が整っているともいえる。

所 感 (今回)

■ 火災と人身事故の原因はやはりタンクの保全工事に関わる要因だった。 しかし、その主因は、インターナショナル-マテックス・タンクターミナルが原油が残っているにもかかわらず、残留原油を排出しないで、作業員に溶接を許可したことである。このため、請負会社の作業員が原油タンクの上で溶接作業を行っている際に、残留油の可燃性ガスに引火して火災となった。インターナショナル-マテックス・タンクターミナル社は1939年に設立されたエネルギー会社で16の貯蔵ターミナル施設を所有・運営しているが、このような安全に関する基本事項が2023年の時点で実施されていないというのは驚きである。

■ “大丈夫だろう”という安易な考えが人身事故を招いてしまった。長年、このような考え方でタンク設備を運営してきてたまたま問題がなかったのかも知れない。米国には、CSB(化学物質安全性委員会)がまとめた「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」がある。この教訓は、代替方法の検討、危険度の分析、作業モニタリング、作業エリアのテスト、着工許可の発行、徹底した訓練、請負者への監督 の7つの教訓事項がいずれも行われていない。 他所の誤った言動を自所の行いの参考とすべき事例である。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Powderbulksolids.com, 2 Injured in Chemical Storage Facility Fire in Louisiana, April 05, 2023

    Fox8live.com, 2 injured in fire at chemical storage facility in St. Rose, April 04, 2023

    Wwltv.com, Fire reported at IMTT chemical storage facility in St. Charles Parish, April 03, 2023

    Wdsu.com, Storage facility fire reported in St. Charles Parish, April 03, 2023

    Wgno.com, Homeland Security and Emergency Preparedness monitoring storage facility fire in St. Rose, April 03, 2023

    Theadvocate.com, Louisiana chemical facility fined, must carry out $150K in upgrades after 2023 fire ,  July  05,  2024


後 記: 今回の情報については、ルイジアナ州におけるタンクに関する事故情報をインターネットで検索していてたまたま見つけたものです。米国では州単位でものごとが動きますので、事故直後のように大手(全国版)メディアが報じる場合以外は、州単位で検索していく方がよいと最近思っています。今回の事故は保全工事が関係していることは分かっていましたが、原因がはっきりすると、こんなことが現在も起こり得るという驚きがあります。タンク事故が起こっても原因が分からず、調査中という報道が少なくありませんが、今回のような原因に関する報道が出ているとすれば、調査する価値があるなという感想をもちました。 

ところで、前回、この事故について“最新の情報をもっていない”と回答したチャットGPTに再度聞いてみました。今回は回答がありましたが、無難な答えでした。

質 問: 202343日、米国ルイジアナ州セントチャールズ郡のセントローズにあるインターナショナル-マテックス・ タンクターミナル社でタンク火災がありましたが、なぜ、どのようにして起こったのでしょうか。

回 答; 202343日にルイジアナ州セントチャールズ郡のセントローズにあるインターナショナル-マテックス・タンクターミナル社で発生したタンク火災は、いくつかの要因によって引き起こされた可能性があります。以下にその原因や経緯についての情報をまとめます。

火災の原因: 漏れやスパーク: タンク内での化学物質や燃料の漏れ、またはタンクの外部で発生したスパーク(火花)が引火することがあります。これが火災の直接的な引き金となる場合があります。

設備の不具合: タンクや関連設備の老朽化やメンテナンス不足が原因で火災が発生することがあります。例えば、タンクの構造的欠陥や、過熱による事故が考えられます。

火災の拡大: 燃料の種類: タンクに貯蔵されていた物質が可燃性であった場合、火災が急速に拡大することがあります。特に石油や化学薬品は引火しやすく、大規模な火災を引き起こす可能性があります。

風や気象条件:  強風や乾燥した気象条件が火災の拡大を助長することがあります。

対策と対応: 消火活動: 火災が発生した場合、消火活動や避難、地域住民への警告などの対応が行われます。初期の消火活動が遅れると、火災が大規模化することがあります。

原因調査: 火災後には原因調査が行われ、再発防止のための対策が検討されます。これには、設備の点検、手順の見直し、安全基準の強化などが含まれます。

具体的な原因や詳細については、火災後の調査結果に基づく情報が提供されることが多いです。そのため、公式な報告書やニュースソースなどを確認することが推奨されます。

2024年8月20日火曜日

米国テキサス州石油生産施設で落雷による堤内火災、タンクは噴き飛びか?

 今回は、米国テキサス州チェンバーズ郡アナワク南部のダブル・バイユー地区にある石油生産施設の原油タンクに落雷があり、火災になった事例を紹介します。事故は落雷によって原油タンクが爆発し、タンク本体が噴き飛び、防油堤に流出した原油で堤内火災が起こったとみられます。

< 発災施設の概要 >

■ 発災があったのは、米国テキサス州Texasチェンバーズ郡Chambersアナワク(Anahuac)南部のダブル・バイユー地区Double Bayouにある石油生産施設である。

■ 事故があったのは、イーグルロード(農道;FM563沿いにある石油生産施設のタンク設備である。


<事故の状況および影響>

事故の発生

■ 202484日(日)午前4時頃、石油生産施設の原油タンクに落雷があり、火災になった。

■ 当時、ダブル・バイユー地区には雷雨が通過しており、雷が発生していたという。敷地内の石油タンクのうちの1基に落雷し、火災が発生したとみられる。

■ 落雷の音は非常に大きく、現場から約7マイル(11km)北に位置するアナワク市の住民は、その音で目が覚めたという。

■ 発災に伴い、消防隊が出動した。出動は複数のボランティア型消防署の消防隊が支援した。支援したのは、オークアイランド・ダブルバイユー、アナワク、スミスポイント、ハンカマー、ウォリスビル、コーブ、ビーチシティ、ウィニー、モンベルビューの各ボランティア型消防署である。

■ 地域の道路数本が封鎖された。

■ 近くにある給水塔も落雷で動かなくなっていた。

■ ボランティアの消防士のひとりは、「現場に到着すると、タンクが燃えているのが見えた。よし、消火しようと思った」と語っている。上空に炎と濃い黒煙が立ち昇っていた。

■ 施設内の複数のタンクが炎に包まれていた。タンクの内容物が原油で、消火は困難な状況だった。

■ 消防隊は近くの消火栓2基を使ってタンク側板を冷却し、内容物を冷却するのに数時間かかった。消防隊は特殊な泡薬剤を使用し、火災消火に努めた。

■ 防油堤内に燃えていた炎の上に消火泡を覆い、油の再着火を防いだ。

■ チェンバーズ郡緊急事態管理局は、郡内のすべてのボランティア消防署の支援要請の対応を調整した。

■ ユーチューブでは、消防活動状況のニュース番組が投稿されている。

 YoutubeEvery VFD in Chambers County fights oil storage tank fire early Sunday morning near Anahuac2024/08/06

被 害

■ 原油生産施設内の円筒タンク複数基が焼損した。内液の油が焼失した。

■ 負傷者は出なかった。

< 事故の原因 >

■ 原因は落雷によるものとみられる。

< 対 応 >

■ 消防隊は、各署の消防隊が協力して約6時間にわたり消火活動にあたり、火災を制圧した。火災は午前10時頃、鎮火した。

■ 住民の避難の必要はなく、負傷者の報告はなかった。 

■ 火災中は空気質を継続的に監視されたが、危険性は確認されなかった。

■ チェンバーズ郡緊急事態管理局OEMはテキサス鉄道委員会Texas Railroad Commissionとテキサス土地管理局Texas General Land Officeに連絡し、両局は現場に代理人を派遣した。施設の責任者も現場にいたという。

補 足

■「米国テキサス州」Texasは、米国南部にあってメキシコ湾岸に面し、メキシコと国境を接する人口約3,050万人の州である。

「チェンバーズ郡」Chambersは、テキサス州の東部に位置し、人口約46,500人の郡である。

「アナワク」Anahuacは、トリニティ湾沿岸にある町で、人口約1,980人の郡庁所在地である。

「ダブル・バイユー地区」Double Bayouは、チェンバーズ郡にある非法人コミュニティで、人口は約400人である。

■「発災タンク」は、イーグルロード(農道;FM563沿いにある石油生産施設の円筒タンクである以外の詳細仕様はわからない。グーグルマップで調べると、イーグルロード沿いに石油生産施設があり、6基のタンク設備がある。直径は約3.5mで、高さを5mとすれば、容量は約48KLである。

 報道記事によると、発災タンクは3基または4基と報じられており、被災写真ではタンクは4基である。グーグルマップによる6基のタンクと差異があるが、被災写真をよく見ると、発災現場の後方に損壊したタンク本体やタンク屋根などがある。また、被災して残った4基のタンク本体の形状に大きな変化は見られない。火災の燃焼で6時間曝されているが、いずれもタンク側板は熱による座屈が見られない。このような状況から推測すると、被災して残った4基のタンクは石油生産上の塩水タンクと思われる。

 原油タンクである「発災タンク」は落雷によって爆発し、本体が噴き飛び、現場の後方にある草地に飛んだものだと思われる。この際、タンク内の原油が防油堤内に多量に漏洩し、堤内火災になったものとみられる。もう1基の油タンクは、発災タンクの爆発から堤内火災に至ったときに同様に爆発してタンク屋根が噴き飛び、本体は長時間の炎により、形がわからなくなるほど燃焼の影響を受けたのではないかと思われる。

所 感

■ 消防隊が到着したとき、消防士のひとりが「現場に到着すると、タンクが燃えているのが見えた。よし、消火しようと思った」と語っているので、早い段階でタンク設備は防油堤火災によってタンクが炎に包まれていたとみられる。

 被災写真では4基のタンクが見られ、グーグルマップによる6基のタンクと数に差異があるが、被災写真をよく見ると、発災現場の後方に損壊したタンク本体やタンク屋根などがある。また、被災して残った4基は火災の燃焼で6時間曝されているが、いずれもタンク側板は熱による座屈が見られないので、油が上部に溜まった塩水タンクと思われる。

 「発災タンク」は落雷によって爆発し、本体が噴き飛び、現場の後方にある草地に飛んだものだと思われる。この際、タンク内の原油が防油堤内に多量に漏洩し、堤内火災になったものだろう。もう1基の油タンクは、発災タンクの爆発から堤内火災に至ったときに同様に爆発してタンク屋根が噴き飛び、本体は長時間の炎により、形がわからなくなるほど燃焼の影響を受けたのではないかと思われる。

■ 消火戦略には、積極的戦略・防御的戦略・不介入戦略の3つがあるが、防油堤内でタンクが炎に包まれていたので、最初は防御的戦略としてタンクに冷却放水を行ったとみられる。その後、泡消火による積極的戦略をとったが、鎮火までに6時間を費やしており、消防車の泡消火活動では、防油堤内火災において消火が難しいことを示す事例である。通常の泡モニターでは、中発砲の泡で消えるのが速く、高発砲泡の泡モニターが必要である。

 最近の高発砲に関する事例としては、「クリミア半島の石油貯蔵施設で無人航空機(ドローン)攻撃でタンク火災」20235月)では、はしご車の上部に取り付けた高発泡の泡消火モニターが使用されている。また、「燃焼を制御して火災の煤煙を減少させる新しい方法」20242月)では、カナダのドラゴーISI社のドラゴ” Dragoと呼ばれる消火砲は、高発泡の泡の放出が可能な水/空気/消火剤の分散や放射を制御する機能を有しているとみられる。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

      Tankstorage.com, Fire At Texas Storage Tank,  August  06,  2024

      12newsnow.com, Every VFD in Chambers County fights oil storage tank fire early Sunday morning near Anahuac,  August  05,  2024

      Bluebonnetnews.com, Multiple agencies respond to large-scale tank fire in Chambers County,  August  04,  2024

      Baytownsun.com, Chambers firefighters put out tank fire,  August  04,  2024

      Fox4beaumont.com, Large oil storage tank fire possibly sparked by lightning now out,  August  05,  2024


後 記: 今年のお盆時期は異常に暑かった(熱かったという表現の方がよいくらい)ですね。それに南海トラフ地震臨時情報が追い打ちを掛け、“いつもの通り生活してください” と言われても、いつもの気持ちにはならなかったです。

 ところで、今回の事故は最初に標題の写真を見たときに、1基のタンクが燃え盛っていると思い、つぎに別な写真を見て、防油堤内にある4基のタンクが火災になっていると感じました。ところが、グーグルマップで調べると、この石油生産施設のタンク数は6基です。発災写真をよーく見ると、爆発で噴き飛んだタンク本体などが写っており、考え方を改めました。報じたメディアは現地を確認していない(だろう)と思われ、報道記事をもとにした事故の状況および影響を見直しました。以前、米国の石油生産施設の事故について紹介したブログの後記に、“米国らしいおおらかさを感じます。陸上原油生産施設のひとつやふたつが火災になったところで取るに足らず・・・”と書きましたが、改めていい国だな(皮肉かな)と感じました。 

2024年8月11日日曜日

米国テキサス州で配管漏れで爆発、イソブチレンタンクに延焼、死傷者3名(原因)

 今回は、今から約5年前の201942日(火)米国テキサス州ハリス郡クロスビーにあるKMCO社の化学プラントでイソブチレンが爆発して火災になったが、この事故について米国CSB(化学物質安全性委員会)が202312月に原因調査の報告書を公表した内容について紹介します。2019年当時の事故情報については、「米国テキサス州で配管漏れで爆発、イソブチレン・タンクに延焼、死傷者3名」20194月)を参照してください。

< 発災施設の概要 >

■ 事故があったのは、米国テキサス州(Texas)ハリス郡(Harris County)クロスビー(Crosby)にあるKMCO社(KMCO LLC)の化学プラントである。 KMCO社は1975年に設立された化学会社である。

■ 発災があったのは、KMCO社のイソブチレン装置内の配管やタンク設備である。

<事故の状況および影響>

事故の発生

■ 201942日(火)午前1045分頃、KMCO社のイソブチレン装置内の配管で爆発があり、火災になった。すぐに、近くのイソブチレンの入った横型タンクに延焼し、さらに近くにあった貯蔵倉庫に延焼した。貯蔵倉庫の中には、固体で燃焼性のあるケミカルが入っており、火が移ったものとみられる。空には黒煙が立ち昇った。

■ 発災に伴い、ヒューストン消防署、クロスビー消防署などの公設消防隊が出動した。 KMCO社は緊急事態対応の指揮所を開設した。対応チームと公設消防は、火災を封じ込めようと活動した。

■ 発災に伴い、1名が死亡し、2名の重傷者が出た。亡くなったのは、KMCO社の運転部門の従業員で、現場において死亡が確認された。爆風で亡くなったものとみられる。ケガをしたふたりは救急ヘリコプターで病院に搬送された。

■ 事故発生により、当局は工場から1マイル(1.6km)以内の住民と学校の生徒に屋内に留まるように勧告した。クロスビーの学校では、校内の暖房、換気、空調システムのすべてを止め、さらに追加の安全予防策として、できる限りドアの密閉を強化した。

■ 火災は、約5時間半経った午後420分に消された。しかし、消防隊はホットスポットによる再引火に留意した。

■ KMCO社は事故後、火災の経過についてイソブチレンから火の手があがり、それからエタノールとアクリル酸エチルによって燃料が供給され、タンクが火災に巻き込まれ、さらに乾燥したケミカルが詰まっている近くの貯蔵倉庫に燃え始めたと語った。

被 害

■ イソブチレン装置内の配管やタンクが焼損し、内部の油が焼失した。 また、貯蔵倉庫の内部に保管されていたケミカルが焼失した。  

 3名の死傷者が出た。1名が死亡したほか、2名は重傷である。このほかに、少なくとも28名の従業員が負傷した。消防隊に数人の負傷者が出たといわれている。

 プラント近隣の住民と学校の生徒が一時、屋内待機した。

< 事故の原因 >

■ イソブチレン装置の配管系に設置されていた鋳鉄製Y型ストレーナーが過剰内圧による脆性破壊(brittle overload fracture)によって破損し、イソブチレンの漏洩が発生し、蒸気雲が形成された。この可燃性の蒸気雲が、近くの密閉性の低い建物内の電気機器と接触して発火し、爆発したとみられる。


< 対 応 >

■ 202312月、米国CSB(化学物質安全性委員会)は、KMCO社の生産施設で発生した爆発・火災事故に関する原因調査の報告書を公表した。概要はつぎのとおりである。 

 ● 201942日、KMCO社は潤滑添加剤として硫化イソブチレンを生産していたが、配管の一部に亀裂が生じ、そこからイソブチレンが漏れ出し、可燃性の蒸気雲が形成され、それが発火して爆発・火災が発生した。

 ● KMCO社の従業員1名が死亡、2名が重傷を負った。少なくとも28名の他の従業員も負傷した。爆発とその後の火災により、KMCO社の施設の一部が大きな被害を受けた。

 ● 爆発は近隣の住宅を揺らし、周辺地域全体に響き渡り、地元当局は施設から半径1マイル(1.6km)以内の住民に対し、4時間以上にわたり屋内退避命令を出した。

■ 米国CSBの報告書では、 イソブチレン配管系に設置されていたY型ストレーナーが過剰内圧による脆性破壊(brittle overload fracture)によって破損し、イソブチレンの漏洩が発生したと判定された。具体的には、鋳鉄製のY型ストレーナーは、KMCO社におけるイソブチレン配管系の他の部分と異なり、圧力開放設備が無く、高圧条件から保護されていなかった。そのため、おそらく液体の熱膨張が原因でY型ストレーナーの内部圧力が高くなり、破裂してイソブチレンが放出され、蒸気雲が形成された。この可燃性の蒸気雲は、近くの密閉性の低い建物内の電気機器と接触して発火したと考えられる。

■米国CSBの報告書では、重大な事故につながった要因として、つぎのような 3つの安全上の問題を指摘した。

 ① 緊急時対応; KMCO社の手順とトレーニングでは、緊急対応時にオペレーターが果たす役割について適切な制限をしていなかった。KMCO社のプラント文化は、現場の緊急時対応チームが集まって検討する前に、装置オペレーターがすぐに動いて漏洩を止めることに依存していた。こうした素早いコミュニケーションや動きは、多くの作業員を危険から遠ざけるのに役立ったが、素早く動いた作業員は危険にさらされていた。KMCO社 は、化学物質の漏洩を緊急に止めるために自らを危険にさらすことがないよう、明確な方針を定めて作業員をトレーニングしていれば、201942日の被災状況を軽減できたはずである。

  遠隔での縁切り; Y型ストレーナーが破裂したとき、KMCO社の作業員は、耐爆の計器室などの安全な場所からイソブチレンの漏洩を止めるために必要な設備(安全装置)を保有していなかった。 

 ③ 危険性評価(ハザード評価);  危険性評価は、プロセス安全管理プログラムの中でもっとも重要な要素のひとつである。KMCO社の危険性評価では、Y 型ストレーナーが鋳鉄製であることを見落していたか、よく理解していなかった。鋳鉄は脆い材質であり、既存の業界標準や事例集では、KMCO社のイソブチレン系のような危険性の用途では使用しないよう警告している。

■ 米国CSBの主任調査官は、「KMCO社における安全上の問題を明らかにするだけでなく、報告書では、同様の事故を防ぐのに役立つ7つの重要な安全上の教訓について指摘している。その教訓のひとつは、運転員の安全を確保するという目的であり、事故の影響を最小限に抑えるため漏洩放出物を迅速に隔離するという目的は、互いに排他的であってはならないということです。安全システムを堅固に適用するとともに、効果的な緊急対応プログラムを確立することでどちらも達成できます」と述べている。

■米国CSBの報告書で、同様の事故を防ぐのに役立つ7つの安全上の教訓は、つぎのとおりである。

 ① 鋳鉄は脆い材料として広く認識されており、可燃性や有毒なケミカルなど危険性のある流体には使用すべきでない。

 ② 配管系については、液体の熱膨張など危険性の生じる可能性がある高圧からの保護を装備すべきである。たとえば、 API Standard 521Pressure-relieving and Depressuring Systems)では、液体の熱膨張の危険性が高い場合は、圧力開放装置の設置を推奨している。

 ③ 信頼性の高い設備警報システムは、運転員に危険があることを警告し、緊急時のコミュニケーションをとるのに有効で、人々の生命と健康を守るために役立つ。

 ④ 遠隔での縁切り設備が設置されていないような場合、化学物質の放出を止めるために運転員が危険に身をさらすことがないようにするために、明確な方針とともに効果的なトレーニングが必要である。

 ⑤ 緊急事態対応計画では、手順やトレーニングを含めて、工場の運転員が対応すべき事象と、資格をもった緊急事態対応チームが対処しなければならない緊急事態を明確に区別する必要がある。

 ⑥ 作業員の安全を確保するという目標と、事故の影響を最小限に抑えるために放出を迅速に縁切りするという目標は、相互に排他的であってはならない。どちらも、堅固な安全システムをつくり、効果的な緊急対応計画を実施することで達成可能である。遠隔操作の緊急遮断弁を適切な場所に設置しておくと、運転員は安全な場所から放出をすばやく止めることができる。

 ⑦ 過去の事故は、設備やシステムに内在する問題の警告サインとなる場合がある。企業は、これらの以前の警告をはっきりと認識して対処し、根本的な問題を特定して修正することで、将来の事故を防ぐことができる。

■ 201942日の事故後、KMCO社は破産を申請し、現在は廃業した。アルティビア・オキサイド・ケミカル社(Altivia Oxide Chemicals, LLC)が 2020年にクロスビーにある施設を購入し、事故に関係したプロセスを解体することを米国CSBに通知した。そのため、米国CSBは報告書においてKMCO社への勧告事項を発表していない。

 とはいえ、米国CSBは、アルティビア社に対して報告書をよく読み、旧KMCO社の施設において事故につながった要因やそこから得られる教訓を理解するよう求めている。さらに、今後アルティビア社が事故に関係したプロセスや設備を再開する場合、同社は事故を引き起こした事実・条件・環境および事故の深刻さの一因となった状況が繰り返されないようにすべきである。

補 足

■「米国テキサス州」(Texas)は、米国南部にあってメキシコ湾岸に面し、メキシコと国境を接する人口約3,050万人の州である。

「ハリス郡」(Harris County)は、テキサス州南東部に位置し、人口約470万人の郡である。

「クロスビー」(Crosby)は、ハリス郡東部に位置し、人口約3,400人の町である。

■「KMCO社」(KMCO LLC)は、1975年に設立した化学会社で、クーラント(冷却剤)、ブレーキ・フルード製品、油田業界向けの化学薬品などを製造している。クロスビー工場は2012年に買収して保有したもので、従業員は180名である。工場施設には、貯蔵タンク600基、鉄道タンク車250台、反応塔28基などがある。

 20194月事故後、KMCO社は破産を申請し、廃業した。その後、2020 年にアルティビア・オキサイド・ケミカル社(Altivia Oxide Chemicals, LLC)がクロスビーにある施設を購入し、事故に関係したプロセスを解体することを米国CSBに通知した。

■「発災タンク」は、前回では石油生産施設の円筒タンクとし、グーグルマップで調べて直径約3.5m×高さ約6mとし、容量は約58KLと推定していた。しかし、今回の報告書によると、イソブチレン用で炭素鋼製の横型タンクで、内径12フィート(3.65m×長さ80フィート(24.4m)、容量70,000ガロン(265KL) であることがわかった。

所 感

■ 事故の原因は、イソブチレン配管系に設置されていた鋳鉄製Y型ストレーナーが過剰内圧による脆性破壊(brittle overload fracture)によって破損し、イソブチレンが漏洩して発生したものだという。化学プロセス配管系のストレーナーに鋳鉄製を使用していたということに唖然とした。しかも、技術力のある米国の2019年に起こった事故とは思えない。

■ 一方、米国らしいといえば、そうなのだが、 発災事業所のKMCO社が事業撤退し、他社に施設を売却したため、原因調査の報告書の対象事業者がいなくなり、宙に浮いてしまっている。米国CSBは、施設を購入したアルティビア社に対して報告書をよく読み、旧KMCO社の施設において事故につながった要因やそこから得られる教訓を理解するよう求めているが、これで事故の教訓が本当に活かされるのだろうか。


備 考

 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。

    Hazmatnation.com, Report: Lack of Training, Procedures Cited in Deadly 2019 Explosion,  January  10,  2024

    Csb.gov, Fatal Equipment Rupture, Explosion, and Fire at the KMCO Chemical Facility  Investigation Report,  December  21,  2023


後 記: 報告書を読み、鋳鉄製ストレーナーが現代のプロセス装置で使用されていたことに驚きました。しかも、当事者であるKMCO社が施設を売却し、事業から撤退してしまっています。米国らしいといえば、そうなのでしょうが、ドライな考え方で、日本では考えられないビジネスライクなのでしょう。このため、事故調査の報告書の存在意義が半減してしまっています。ハード面の原因ははっきりしていますが、ソフト面の原因(会社の方針など)について熟読せよと言っても、半身に構えてしまうのは、仕方ないように思います。