今回は、 2021年1月5日(火) 、岩手県胆沢郡金ケ崎町にあるシオノギファーマ金ケ崎工場においてジクロロメタン(塩化メチレン)の貯蔵タンクの排出弁がタンク上部からの落氷により開いたため、内部液15KLが漏洩した事例を紹介します。
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、岩手県胆沢郡(いさわ)金ケ崎町(かねがさき)にある医薬品製造会社のシオノギファーマの金ケ崎工場である。
■ 事故があったのは、金ケ崎工場内にある屋外の貯蔵容量20KLのジクロロメタン(塩化メチレン)の貯蔵タンクである。ジクロロメタンは洗浄剤として使われている。
< 事故の状況および影響
>
事故の発生
■ 2021年1月5日(火)午後、ジクロロメタン用貯蔵タンクからジクロロメタンが敷地内に漏洩した。
■ シオノギファーマの従業員がタンクの目盛りがゼロになっているのを発見して、漏洩したことが判明した。貯蔵タンク内に入っていたジクロロメタンが約15KL漏れた。
■ 漏洩を発見した当時、排出弁は半分ほど開き、タンクの上部に大量の積雪があったという。漏洩は、タンク上部からの落雪で、排出弁が雪の重みで緩み、起こったとみているという。
■ シオノギファーマは、事故発見後、ただちに工場から河川につながる水門を閉じるとともに、タンク周辺に残留していたジクロロメタンを回収した。
■ 事故に伴う負傷者はいなかった。ジクロロメタンは発がん性のある有害物質で、眼に刺激性があり、労働安全衛生法では特定化学物質に指定されている。
■ 1月6日(水)、シオノギファーマは岩手県に漏洩のあったことを通報した。
被 害
■ 貯蔵タンクからジクロロメタン(塩化メチレン)15KLが敷地内に漏洩した。
< 事故の原因 >
■ 事故原因は、タンク上部からの落氷により排出弁が開いた可能性が高いとみられる。当初、落雪による雪の重みで排出弁が緩んだとしていたが、タンク上部からの落氷によるものとみている。
< 対 応 >
■ 1月6日(水)、岩手県は工場からジクロロメタンの漏洩の通報を受けた。工場のそばには北上川に合流する2つの河川があり、通報を受けた県が河川管理者の国などと水質検査を行ったが、水質の汚濁はみられず、数値の異常も無かった。
■ 1月6日(水)時点で、悪臭や健康被害などの情報も寄せられていない。岩手県では、工場の敷地外に流出した可能性は低いとみているが、念のため、水質や周囲の環境への影響について調査を行うとした。
■ 1月7日(木)、国土交通省、岩手県、宮城県内の水道事業者が周辺の河川(北上川、旧北上川、渋川、宿内川)の7箇所で水質調査を行ったところ、いずれも環境基準値(0.02㎎/L)を下回ったと、北上川水系水質汚濁対策連絡協議会が発表した。また、魚のへい死や異臭などの情報もはいっていないという。
■ 1月8日(金)、シオノギファーマは、漏洩した現場付近の土壌水を調べたところ、高濃度のジクロロメタンが検出されたことが分かった。
■ 1月9日(土)、シオノギファーマは、周辺の井戸水15箇所について調べたところ、ジクロロメタンを検出されていないと発表した。しかし、同社は、半径1.2kmの住民や企業に対して、念のため、地下水を飲料に使わないよう要請し、飲料水を提供した。
■ 1月10日(日)、シオノギファーマは、事故の状況と対応について同社ウェブサイトに掲載した。その中で、事故あったタンクについて漏洩が発生しないよう緊急対策を行うとともに、恒久的な対策として同様の落氷が発生しても排出弁が開かないように構造上の対策を早急に検討するとしている。さらに岩手県や金ケ崎町と協力して、敷地内および敷地外のモニタリングを継続して実施し、拡散防止に努めているとしている。
■ 事故のあった日から約2か月前の2020年10月27日(火)、金ケ崎町役場は、多くがホームタンクに起因している油の流出事故が多発していることから、「灯油の油漏れ事故にご注意ください!!」とウェブサイトに注意喚起の記事を掲載していた。
■ 事故のあった日から約2週間前の2020年12月23日(水)、金ケ崎行政事務組合消防本部は、「落雪によるホームタンク等の破損について」という新着情報をウェブサイトに掲載していた。これから気温が上昇すると、屋根からの落雪によりホームタンク本体、配管や煙突が破損し、油漏れや火災つながる可能性を指摘し、家の除雪作業とあわせて点検を行うよう注意喚起していた。
補 足
■「岩手県」は、日本の東北地方に位置し、人口約121万人の県で、県庁所在地は盛岡市である。
「胆沢郡」(いさわ・ぐん)は、岩手県の南西内陸部に位置し、人口約15,000人の郡である。
「金ケ崎町」(かねがさき・ちょう)は、胆沢郡の北部に位置し、胆沢郡唯一の町であり、人口約15,000人である。金ケ崎町のケは大文字である。町の基幹産業は農業であるが、工業の発展も著しく、岩手県内最大の工業団地である岩手中部(金ケ崎)工業団地がある。
■「シオノギファーマ㈱」は、 2018年10月に塩野義製薬がグループでの生産関連機能を担う100%子会社として分社設立された。医療用医薬品の製造や製造受託、治験薬・分析試験・医薬エンジニアリング等の受託を行う。金ケ崎工場は、セフェム系・カルバペネム系抗生剤とがん疼痛治療薬に特化した一貫製造拠点に位置づけられている。抗生剤原薬を100トン/年規模、製剤ではバイアル剤1,700万本/年、錠剤4.2億錠/年の規模で製造可能である。顆粒剤、カプセル剤の製造設備もある。がん疼痛治療薬においては、原薬、錠剤、散剤、アンプル剤と多種多様な製造設備を有している。
■「ジクロロメタン」は、分子式を CH2Cl2 と表され、有機溶媒の一種で、慣用名は塩化メチレンといい、産業界ではこちらの名称を使うことも多い。常温では無色で、強く甘い芳香をもつ液体であり、非常に多くの種類の有機化合物を溶解する。また、難燃性の有機化合物であることから、広範囲で溶媒や溶剤として利用されている。ヒトに対しては、皮膚または目に接触すると炎症を引き起こす場合があり、また蒸気を大量に吸引すると麻酔作用を示し、中枢神経系を抑制する。
■「発災タンク」は容量20KLであるが、そのほかのタンク型式や大きさなどの仕様は発表されていない。容量20KLの地上式円筒タンクであれば、直径約3m×高さ約3mの大きさである。グーグルマップで調べても、シオノギファーマ金ケ崎工場にはタンクが点在しており、特定できなかった。
所 感
■ 今回の事故情報の第一報を知った時、にわかには信じられなかった。今冬は異常に雪の多いことが報じられているが、雪の重みでバルブが緩み、タンク内の液の大半が漏洩してしまうことなどあり得るのだろうかという印象であった。しかし、調べてみると、岩手県の金ケ崎町では、灯油のホームタンクに起因する漏洩事故は日頃からあり、昨年末には「雪によるホームタンク等の破損について」という注意喚起をしていた。雪の少ないところの住民には分からない雪の多い地方の常識だったことが分かる。このような状況下で、ホームタンクではないにしろ、危険予知を働かせ、工場内のタンクなどの設備に対して落雪に注意する必要があったといえる。
■ 事故原因について、シオノギファーマは、当初、落雪による雪の重みで排出弁が緩んだとしていたが、最終的にタンク上部からの落氷により排出弁が開いた可能性が高いとしている。バルブ型式については言及されていないが、状況から類推すると、レバーハンドル式のバルブ(バタフライ弁、ボール弁、コック弁など)ではないだろうか。排出弁が垂直な配管に設置され、雪や氷が落下すれば、レバーハンドルが閉止位置から開方向へ動く可能性はある。
■ このような排出系統に緩む可能性のあるレバーハンドル式のバルブを使用する設計は適切でないが、さらに、排出弁の下流配管末端に漏れ防止のキャップをしていなかったことは不適切である。キャップを付ける配管系になっていても、キャップが無くなっていたり、キャップをする手間を省いたりしてバルブから漏れ出す事例がある。このような末端が大気開放系でバルブが漏れれば重大な流出事故になる場合は、バルブを2個設置して、二重バルブ方式をとらなければならない。
備 考
本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
・Sankei.com,
タンクから有害物質漏れる 落雪原因か・・・岩手の工場, January 06,
2021
・Nhk.or.jp, 工場の有害物質 雪影響で漏洩, January 08, 2021
・Nhk.or.jp, 高濃度の有害物質検出 雪原因か, January 10, 2021
・Thr.mlit.go.jp, 胆沢郡金ケ崎町西根森山地内におけるジクロロメタン出の可能性について(第2報)終報, January 07, 2021
・Mixonline.jp, シオノギファーマ金ヶ崎工場敷地内で貯蔵タンクからジクロロメタン漏出, January 12,
2021
・Shionogi-ph.co.jp, 当社金ケ崎工場の敷地内におけるジクロロメタンの漏出について, January 10,
2021
・Anzendaiichi.blog.shinobi.jp, 産業安全と環境問題について考える, January 11, 2021
後 記: 前回のブログ後記に、このところタンク事故情報が無いと書きましたが、正月明け早々、日本で思ってもいなかった貯蔵タンク事故が発生していました。石油タンクではなく、医薬品製造会社の有機溶媒タンクですので、不純物やさびを嫌うため使用材料はステンレス材でしょう。プロセス装置や石油貯蔵タンクの分野と違うためか、配管系に関する常識が異なっているのを感じました。
今冬の大雪という条件があったにせよ、「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる」というマーフィーの法則を思い出す事例でした。
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