2019年3月19日火曜日

ソロモン諸島の世界遺産海域近くで貨物船が座礁、油流出

 今回は、2019年2月5日(火)、南太平洋のソロモン諸島のレンネル島カンガバ湾のリーフ(礁)で、貨物船ソロモン・トレーダーがボーキサイトを積載したまま座礁し、油が流出した事故を紹介します。座礁した場所の近くは、世界で最大の隆起サンゴ礁の島としてユネスコの世界遺産に登録されています。
(写真はWhc.unesco.orgから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、香港のキング・トレーダー社(King Trader)の運航する貨物船「ソロモン・トレーダー」(Solomon Trader)である。
 貨物船は1995年に建造され、全長225mで、現在は香港のサウス・エキスプレス社(South Express Ltd)所有で、インドネシアの鉱業会社ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社(Bintan Mining Solomon Islands)がチャーターして、アルミニウム原材料のボーキサイトを輸送していた。

■ 発災があったのは、南太平洋のソロモン諸島のレンネル島カンガバ湾(ラギュ湾)である。
 レンネル島はソロモン諸島の首都ホニアラから南方に約240km離れた島であり、イースト・レンネルは世界で最大の隆起サンゴ礁の島として1998年にユネスコの世界遺産に登録されている。
             ソロモン諸島のレンネル島   (写真はWhc.unesco.orgから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2019年2月5日(火)、レンネル島カンガバ湾のリーフ(礁)で貨物船ソロモン・トレーダーがボーキサイトを積載したまま座礁した。

■ 貨物船は、サイクロン「オマ」の接近中にボーキサイトの積込みを試みていたときに、風に流されて動けなくなった。さらに、サイクロン・オマが来襲して状況は悪化し、貨物船は礁の奥に押し込まれ、船体側部とエンジンルームがリーフで損傷した。

■ 船から油が漏れ出し始めたのは、2月15日(金)からだとみられる。

■ 座礁時には、燃料用の重油が700トン以上あったが、流出した油量は70~100トンとみられている。残る約600トンの重油が流出すれば、海洋汚染が一層深刻化する。

■ 2月25日(月)~26日(火)の航空監視画像では、座礁して3週間が経っても貨物船の周囲にオイルフェンスは展張されておらず、船の状況は事故のあった2月5日(火)からほとんど進んでいない。
            油流出の226日の状況    (写真はAfpbb.comから引用)
■ ガンガバ湾周辺には、300人ほどの住民がいるが、新鮮な魚を手に入れることができずにいて、いつまで続くかわからない状況である。住民は、「漁師は汚れた海で魚をとることをやめた」といい、魚が海面に浮かんでいるのを見たという。また、「油が流出して以来、海から採った魚を食べていない」という。「子どもたちには、海岸の砂が油で覆われているので、泳ぎにいかないよう言っている」と語った。

■ 事故から1か月が経っているが、今もリーフに乗り上げたままになっている。オーストラリア海上保安当局が上空から行った調査では、同船から大量の重油が流出し、約5〜6kmの範囲に拡散して海岸に漂着し始めていることを確認した。

■ 流出は世界遺産のすぐ外側で発生し、世界遺産に影響が及ぶ可能性があるほか、地元住民の生活も影響を受け始めている。3月8日(金)の地元ラジオ放送では、すでに環境への影響は出始めており、ソロモン諸島の災害管理当局が死んだ魚やカニが海岸に漂着し、ニワトリや鳥類にも影響が出ていると語った。

■ 3月11日(月)、レンネル島にいる1,500人の住民は油流出の影響を感じている。油の蒸気によって汚染されている恐れがあるため、タンクに集めた雨水を飲むことは避けるように言われている。また、住民が頭痛などの症状を訴えているという。

被 害
■ 貨物船から重油が70~100トン海へ流出し、海域へ環境被害が出た。世界遺産のサンゴ礁の海域への影響は不明である。
 (海洋生態学者は、油流出事故は長期にわたってサンゴなどの生態系に重大な被害をもたらす恐れがあるといい、サンゴが油と直接接触すると、サンゴのポリプを死滅させるか、繁殖や成長に影響を及ぼす恐れがあるという)
(写真はAfpbb.comから引用)
■ 流出油が海岸に漂着し、自然環境が汚染され、海域に住む魚やカニが死んだほか、ニワトリや鳥類にも影響が出ている。

■ 住民は、新鮮な魚を食することができないほか、頭痛などの症状を訴えている。

■ 貨物船が損傷し、船体に割れが発生している。

< 事故の原因 >
■ 事故要因は、貨物船がサイクロンが接近する中で無理な積出しを試みて、風に流され、リーフに座礁したことにある。
 (座礁した原因について、当時乗組員が持ち場を離れていたという報道や酒に酔っていたという噂の報道があったが、突風によって流されたものとみられている)

■ 貨物船の油流出の原因ははっきりしていないが、座礁してから約10日後に油が漏れ始めたということから、座礁した貨物船をタグボートで無理に曳航しようとして、船体がリーフで破損し、エンジンルーム内の燃料油が漏れたものとみられる。

< 対 応 >
■ ユネスコは、2月20日(水)、 イースト・レンネルは1998年に世界遺産リストに登録され、世界最大の隆起サンゴ礁だと声明を出し、油濁除去の必要性を訴えた。

■ 鉱業会社ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社は、貨物船をチャーターしているだけで、油流出に対する法的責任を放棄し、事故に対する責任がないと主張した。ビンタン社は、「我々は船をチャーターしただけで、事故発生以来、船主と引揚げ専門家を調整したり支援したりしてきた。我々ができるのは今後もそこまでである」という。実際、ビンタン社は座礁している船のいる湾に入港してボーキサイトの積出し作業を続けており、油をかき混ぜ、問題を悪化させている。

■ ソロモン諸島政府は、同船の引き揚げと環境被害を食い止める責任は、同船を所有する香港企業のサウス・エキスプレス社と保険会社の韓国のKP&I社(Korea Protection and Indemnity Club)にあると指摘した。

■ サウス・エキスプレス社は、タグボートを使って貨物船を動かそうとしたが、船をリーフの奥へ押しやってしまい、状況を悪化させた。また、天候が悪く、貨物船へ近づくことが困難だったり、時にはまったく無理な状況になっているといい、水中の外部検査をしていないことに非難が出ている。

■ ソロモン諸島政府は2月中旬にオーストラリアに援助を求めた。

■ ソロモン諸島と密接な関係にあるオーストラリア政府はソロモン諸島と協力して、環境被害を食い止める対策に当たっている。オーストラリアは当初、流出監視のために専門家を派遣したが、3月3日(日)には外相が努力を強化し、貴重種の生物が住むレンネル島への被害を封じ込めるための機器、船舶および専門家を派遣すると述べた。

■ ユネスコは、3月4日(月)、つぎのような声明を出した。
 「現在、油流出の影響を評価し、緩和することが優先事項となっていますが、長期的には地域社会のために、そして地域社会によって持続可能な生計を立てることが重要です。木の伐採とボーキサイト採掘が、地域社会にとって数少ない収入源の一つになっていることは事実です。このような中で、世界遺産を保全し、ポリネシア社会の伝統や文化的価値を活かして利益を得ることができるように中小企業を成長させ、エコツーリズムを推進していくことが将来に続く鍵です。2018年、世界遺産委員会は国際社会に対し、ソロモン諸島の地域社会が持続可能な生活をできるように支援するよう要請しています」

■ サウス・エキスプレス社とKP&I社の両社は、3月6日(水)に謝罪の声明を発表し、貨物船に残った600トンの重油を別の船に移すなどの対応を予定していると発表した。

■ 3月上旬の状況は、貨物船が左舷に大きく傾いているので、船内に残っている燃料油をバラストタンクに移して、バランスを取り戻して、船体を浮上させようとする作業を行っている。

■ KP&I社は、3月6日(水)時点で、オーストラリアやニュージーランド、バヌアツ、米国、シンガポールや欧州から特殊器材を持ち込んだり、専門家を派遣しているという。

■ 貨物船の所属国籍である香港海洋局は、環境問題として世界的な懸念となっている油流出の封じ込めについて貨物船の所有者と連絡をとっているという。

■ 3月8日(金)、貨物船では、破損した燃料タンクから油を健全なコンテナーにポンプで移送する作業を始めた。 3月11日(月)、移送が終え、座礁した貨物船の破損タンクからの燃料漏洩は止まった。残りの燃料油は、バージ船のタンクにポンプで移送されることになっている。

■ 3月11日(月)、オーストラリア海事安全局は、ブリスベンから運んできたオイルフェンスを設置し、海に流出した油のクリーンアップを始めた。

■ 3月14日(木)、 KP&I社は、油流出が予想以上に深刻かもしれないといい、「当初の推定では70トンの油が海に出たと考えていたが、現在、流出した量はもっと多いと思われ、対応が進むにつれてはっきりするだろう」と話している。

■ サウス・エキスプレス社は、以前、船内に残った600トンの油を安全なタンクに移すと言っていたが、3月14日(木)、残った燃料油の半分ー約230トンーをバヌアツから運搬してきたタンク・バージ船に移したと発表した。このあと数日以内に燃料油の移送を完了したいという。しかし、天候や機器の修理のために中断が発生する可能性がある。

■ 貨物船のボーキサイトの積み荷を移すことは、引揚げ専門会社がソロモン・トレーダーの甲板上にクレーンを載せることができない限り、困難な状況になっている。
(写真はDfat.gov.au から引用)
(写真はYoutube(ABC) から引用)
(写真はTheguardian.comから引用
(写真はSbs.co,.auから引用)
(写真はAfpbb.comから引用)
補 足
■ 「ソロモン諸島」(Solomon Islands)は、南太平洋にあり、島々を国土とする人口約54万人の国家で、イギリス連邦王国のひとつである。オーストラリアの北東、パプアニューギニアの東に位置し、北にナウル、東にツバル、南東にフィジー、南にバヌアツがある。首都はガナルカナル島にあるホニアラである。
 「レンネル島」(Rennell Island )は、ソロモン諸島のレンネル・バローナ州に属し、人口約1,500人の島である。レンネル島は、主に隆起したサンゴの石灰岩から成っており、イースト・レンネルと呼ばれている東側にはテンガノ湖があり、1998年にユネスコの世界遺産に登録されている。
       ソロモン諸島とまわりの国々(写真はGoogleMapから引用)
ソロモン・トレーダー 写真はVesselfinder.comから引用)
■ 「ソロモン・トレーダー」(Solomon Trader)は、香港のサウス・エキスプレス社(South Express Ltd)が所有し、香港企業キング・トレーダー社(King Trader)が運航管理する貨物船で、全長224m×幅32m、73,592DWTである。1994年に韓国の現代重工業(ヒュンダイ)が建造したもので、船舶ではよくあるように転売されており、過去には、オーシャン・アンバー(2017年/香港)、ノーブル・ユニオン(2011年/香港)、ヌエバ・ユニオン(2007年)、ドリック・チャリオット(2005年)と呼ばれていた。 

レンネル島のボーキサイト鉱山
(写真はSbs.com.auから引用)
■ 貨物船ソロモン・トレーダーの所有者の「サウス・エキスプレス社」、チャーターしたインドネシアの鉱業会社である「ビンタン・マイニング・ソロモン・アイランズ社」(Bintan Mining Solomon Islands)、および船舶の運航管理会社の「キング・トレーダー社」について調べたが、詳細は分からなかった。
 なお、レンネル島におけるボーキサイド採掘は1970年頃から始められ、一時閉鎖されていたが、現在は再開されている。 レンネル島の鉱山は写真を参照。

所 感
■ 2018年3月にあった「インドネシアのボルネオ島で海底パイプラインから油流出、死者5名」の事故では、海上流出油時の緊急事態対応が不適切で、後手後手の対応になってしまったが、今回の対応はそれよりも悪い。貨物船の事故対応の悪さが目立つが、事故はつぎのような経緯で進んだものと思われる。
 ● 2月5日、サイクロンが近づく中、貨物船が無理な積出しを行い、風に流され、リーフに座礁した。
 ● 座礁の事故責任について船のチャーター会社、船の運航管理者、船の保険会社の中でもめ、対応を主管する部署が明確にならなかったと思われる。
 ● 座礁した船を曳航しようと、タグボートで無理に引き出そうとしたため、逆に貨物船船体を傷つけた。
 ● 貨物船から油が流出してしまった。(2月15日) この事故責任について船の所有者を含めた4社でもめ、流出油汚濁防止の主管部署がすぐには決まらなかったと思われる。
 ● 流出油汚濁防止は船の所有者と船の保険会社で処置することになったが、現場で主導する組織が弱体だったので、対応が進まなかった。
 ● ソロモン諸島政府には、このような事故対応を現場で主導できる部署はなく、オーストラリアに支援を求めた。オーストラリアは監視などの支援を行っていたが、流出油汚濁防止の対応を行う体制でなかった。
 ● 2月下旬から3月上旬にかけ、世界のメデイアが世界遺産海域での油流出事故を報じ始めた。
 ● 船の所有者と船の保険会社の油移送の体制が整い、また、オーストラリアの油拡散防止の体制が整ってきた。(3月10日過ぎ)

■ 今回の事例で、船舶の安全管理体制に大きな弱点があることが分かったことである。
 ● 船舶は、船の所有者、船の運航管理者、船のチャータ会社、船の保険会社と多層な組織が関連しており、安全管理体制が曖昧で、事故が起こったときの対応が進まない。
 ● 船舶には、船の所属国籍があるが、所属国の安全管理体制への関わり方は曖昧で、事故時にはほとんど有効に機能しない。
 ● 船舶が遠い国で事故を起こした場合、現場対応の体制が無く、初動対応はとれない。 

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Abc.net.au, Environmental Disaster Looms at Heritage-Listed Solomon Islands Site after Oil Spill,  February  27,  2019
    ・Sbs.com.au , An environmental disaster looms at heritage-listed Solomon Islands site after 60 tonnes of oil spilled into waters,  February  27,  2019
    ・Maritime-executive.com, Solomon Trader's Bunker Spill Continues Without Containment,  February  28,  2019
    ・Time.com,  A Grounded Ship Is Leaking Oil Into the Pacific Near a UNESCO World Heritage Site,  March 01,  2019
    ・Pina.com.fj , 80 tonnes oil spill affects people’s livelihood in Solomon Islands,  March  03,  2019  
    ・Whc.unesco.org ,  Concern for Oil Spill near East Rennell, Solomon Islands, in Central Pacific,  March  04,  2019
    ・Afpbb.com, 世界遺産海域で石油流出、座礁した貨物船所有の香港企業が謝罪,  March  07,  2019
    ・News.goo.ne.jp,  座礁船から重油流出、世界遺産脅かす ソロモン諸島(CNN),  March  08,  2019
    ・Nikkaibo.or.jp,  深刻な油濁被害が進むソロモン諸島,  March  06,  2019
    ・Nytimes.com,  Oil Spill Threatens a Treasured Coral Atoll in the South Pacific,  March  06,  2019
    ・Hazmatnation.com , Oil Spill Threatens UNESCO Heritage Site in Pacific,  March  04,  2019
    ・Npr.org,  Oil Spill In Solomon Islands Threatens World Heritage Site,  March  06,  2019
    ・Express.co.uk,  World Heritage Site AT RISK after MAJOR Oil Spill by Pacific Coral Reef - 'Deep Concern‘,  March  04, 2019
    ・Theguardian.com,  Alarm over Failure to Deal with Solomon Islands Oil Spill Threat,  March  01,  2019
    ・Theguardian.com,  Ship Owner Apologises for ‘Totally Unacceptable' Oil Spill in Solomon Islands,  March  06,  2019
    ・Smithsonianmag.com, Month-Long Oil Spill in the Solomon Islands Threatens World’s Largest Coral Reef Atoll,  March  11,  2019
    ・Business.financialpost.com, Grounded Ship Leaks 80 Tons of Oil near UNESCO World Heritage Site in Solomon Islands,  March  06,  2019
    ・Sbs.com.au,  Second Time Unlucky for Solomon Islands Oil Spill Bulk Carrier,  March  07,  2019
    ・Hellenicshippingnews.com , Solomon Islands Oil Spill Worse than First Thought, Say Owners of Hong Kong-Flagged Tanker, as Three-mile-long Slick Threatens Unesco World Heritage Site,  March  15,  2019
    ・Vesseltracker.com,  SALVORS SUCCEED IN CONTAINING SOLOMON TRADER SPILL,  March  11,  2019
    ・Vesseltracker.com, DAMAGED TANK PUMPED OUT,  March  11,  2019 
    ・Vesseltracker.com,  OIL SPILL WORSE THAN EXPECTED,  March  14,  2019
    ・Newsforkids.ne, Oil Spill Threatens Solomon Islands,  March  09,  2019



 後 記: 今回の事故情報を調べ始めて最初に感じたことは、なぜ発災から1か月も放置されていたかということです。2月下旬から流出事故が報じられるようになり、3月上旬になって世界のメデイアが世界遺産の海域での油濁事故を取り上げるようになりました。この時点では、発災時の経緯がはっきりしていませんでした。遠い国のソロモン諸島の事故ですから、現場に行って確認している訳ではないので、仕方ないことですが。2月の状況を把握することを諦めかけていたとき、ひとつだけ現地を訪問した記事が出てきました。この中で油流出は2月15日にあったことが掲載されていました。これで事故後の対応遅れの経緯について合点がいきました。

 船舶の事故といえば、昨年10月下旬に地元山口県の周防大島で貨物船が橋に衝突した事故がありました。貨物船は船の上部クレーンが倒れるくらいの衝撃を受けていますが、そのまま広島まで航行しています。海上保安庁の指摘が無ければ、さらに先へ航行したでしょう。貨物船は周防大島大橋に敷設されていた水道管を壊し、1か月余、島(住民約15,000人)は断水になり、山口県では、連日、給水や生活の不便さのニュースが流れました。現在、復旧にかかった金額より少ない補償額の提示がドイツの保険会社からあり、交渉している段階です。この事故で船舶について疑念があったのですが、今回の事故を見て船舶の安全管理体制がひどい状況であることを痛感しました。


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