2018年2月12日月曜日

カナダのラック・メガンティック列車脱線事故の原因(2013年)

 今回は、2013年7月6日(土)、カナダのケベック州ラック・メガンティックで貨物列車が脱線し、石油タンク車63台のほとんどが損壊し、さらに爆発・火災を起こし、47名の死者を出した事故の原因について紹介します。(当時の事故状況についてはカナダで石油タンク車が脱線して市街地で爆発・炎上」を参照)
(写真はtheatlantic.comから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、カナダ(Canada)ケベック州(Quebec) ラック・メガンティック(Lac Megantic)を通る鉄道である。この鉄道で貨物列車が脱線したが、事故のあったところは市街地の一角で店や住宅が隣接している場所だった。

先頭のディーゼル機関車
(写真はTsb.gc.caから引用)
■ 事故を起こした列車は、米国のレール・ワールド社(Rail World inc.)の子会社であるモントリオール・メイン&アトランティック鉄道(Montreal, Maine & Atlantic Railway)が運行していたもので、5台のディーゼル機関車に72両編成の石油タンク車が引かれていた。石油タンク車には原油が積まれており、米国ノースダコタ州バッケン地区からカナダ東部のニューブランズウィック州の製油所へ輸送中だった。石油タンク車は1両当たり30,000ガロン(114KL)の石油を積むことができ、輸送していた量は7,700KLだった。
ケベック州ラック・メガンティックの事故現場周辺
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2013年7月6日(土)午前1時15分頃、ラック・メガンティックで貨物列車が脱線し、脱線した石油タンク車63台のほとんどが損壊し、さらに爆発・火災を起こした。脱線したのが、ラック・メガンティックの市街地の一角で店や住宅が隣接している場所であったため、石油タンク車の爆発・炎上により周辺4区画が壊滅的な被害を受けた。
(写真はCanadianbusiness.comから引用)
(写真はTheglobeandmail.comから引用)
■ 最初の爆発以降も午前4時頃まで爆発が続き、建物40棟が倒壊し、多くの死傷者が出た。また、住民約2,000人が避難を余儀なくされた。爆発半径は1kmに達したといわれている。
(写真はCommondreams.orgから引用)
■ 火災は翌日も続き、7日(日)午後7時にやっとほぼ鎮火し、9日(火)には多くの住民が帰宅し始めた。しかし、発災現場では建物が倒壊しており、行方不明者の捜索は難航した。事故から1週間経った713日(土)に新たな遺体が確認されたが、それ以降も捜索が行われた。結局、5人が分からないまま、行方不明を含めた死者の数は47名となった。

■ 列車は事故の前、ラック・メガンティックから約11km西のナントで駐車しており、運転士はいなかった。ナントは丘の上にあり、ラック・メガンティックの町へは緩やかな下り坂になっており、列車が動き出して暴走したものとみられた。 なお、標高515mのナントから標高407mのラック・メガンティックまでの標高差は108mで、平均勾配は1.2%だった。
(列車の動き出しから脱線までの経過を映像化したYouTube「Simulationdu déraillement Lac-Mégantic」が公開されている)

被 害
■ 爆発・火災にともない、住民の死者(行方不明5人を含む)は47名にのぼった。

■ 周辺地区が壊滅的な被害を受け、40棟の建物が損壊した。また、住民約2,000人が避難をした。

■ 63台の石油タンク車が脱線して爆発・火災で損壊し、内部の原油は流出したり、焼失した。
(写真はTsb.gc.caから引用)
< 事故の原因 >
■ 事故の直接原因は、丘の上にあるナントから緩やかな下り坂になっており、無人の列車が動き出し、約11km暴走し、ラック・メガンティックのカーブで列車が曲がりきれずに脱線したものである。

■ 大事故に至った要因はつぎのとおりである。
 ● 乗務員は運転士ひとりだけで、その夜はナントで駐車することになっており、列車は無人だった。
 ● 当夜、主機関車でボヤが起こり、消防隊が消火したが、列車のエンジンを切ったため、エア・ブレーキが効かなくなっていた。
 ● 列車にはエア・ブレーキのほか、各車両には手動ブレーキがあった。運転士は列車を離れる前に、7個の手動ブレーキをかけただけで、確認テストは行われていなかった。
                 列車のブレーキ系統    (写真はTsb.gc.caから引用)
 ● 傾斜地でブレーキ力が不十分な状態になったため、10,000トンの列車が下り坂を走行し始めた。速度は徐々に増加し、約11km先のラック・メガンティック市街地のカーブに入ったとき、列車が脱線した。速度は、カーブを安全に曲がるための速度の3倍に当たる時速105kmに達したとみられる。 
 ● 使用されていたDOT-111型の石油タンク車は、当時の安全標準に合致していなかった。このため、脱線後の石油タンク車から油が大量流出した。米国当局のテスト結果(1991年)、タンク車の外壁に補強を施すべきだという対策が表明されているにもかかわらず、カナダは新規車両だけに適用することとしており、リスクを潜在する石油タンク車を使用し続けていた。
              DOT-111型の石油タンク車    (写真はTsb.gc.caから引用)
 ● 鉄道線路が傾斜地の終わりでカーブになる形状だったため、脱線しやすかった。
(事故を調査したカナダ運輸安全委員会「 Transportation Safety Board  of  Canada: TSB」は、事故の概要を映像化にまとめてYouTubeLac-MéganticMMA Train Accident - 6 July 2013」に公開している)

< 対 応 >
■ 7月6日(土)の午後9時30分時点では、5両の石油タンク車が制御できない状況で炎上していた。7月7日(日)の朝には、燃え続けていたのは2両のみになった。ラック・メガンティック消防署は、ケベック・シティにあるウルトラマー製油所から搬送してきた特殊泡薬剤を使って、一晩中、火災と戦った。ラック・メガンティック消防署は近隣のシャーブルックや隣接する米国のメイン州からの消防隊の支援を受け、150名の消防士が消火活動に従事した。
 
■ 運輸安全委員会の調査官は、7月8日(月)、暴走した貨物列車のブラックボックスを回収したことを発表し、これが事故原因の手掛かりになるだろうと話した。

■ ラック・メガンティック列車脱線事故は、刑事事件としてモントリオール・メイン&アトランティック鉄道の関係者3人が起訴され、裁判となった。長い裁判の結果、2018年1月19日(金)、カナダの裁判所は、元運転士、オペレーション・マネージャー、鉄道運行管理者の3人を無罪と判決した。
 ● 列車はナントで駐車することになっており、運転業務を終えた運転士は宿舎のホテルに移動した。運転士は列車から去る前に、鉄道運行管理者に走行中に気づいた機械的不具合と煙発生について報告した。対応は翌朝行うということになった。
 ● 当夜、主機関車でボヤが起こったが、消火のために、消防隊がエンジンを切った。列車のエンジンを切ったため、エア・ブレーキが効かなくなった。しかし、エア・ブレーキは長時間のうちにエアが漏れるので、駐車のための主ブレーキと考えるべきでない。
 ● 列車にはエア・ブレーキのほか、各車両には手動ブレーキがあり、運転士は列車を離れる前に、7個の手動ブレーキをかけた。事故後の調査によると、列車が動き出すことの無いようにするためには、17~26個の手動ブレーキをかける必要があった。手動ブレーキの確認テストは行われなかったが、この確認テストを行うには、2名の乗務員が必要だった。
 ● 運転士のブレーキ操作方法は、モントリオール・メイン&アトランティック鉄道の運転指針に従っていたものだった。なお、カナダの鉄道規則では、駐車する列車の制動は手動ブレーキだけで効くようにし、確認テストを行う必要があった。

補 足
■ 「ケベック州」はカナダ東部にあり、米国のメイン州やバーモント州と国境を接する州で、人口は約780万人である。州都はケベック・シティであるが、州の最大都市はモントリオールで、公用語はフランス語である。
 「ラック・メガンティック」は、ケベック州の南東部に位置し、人口約6,000人で、農業・林業を主とする町である。現在、鉄道はそのままであるが、建物の被害のあった区域はほとんどが更地になっている。
■ 「モントリオール・メイン&アトランティック鉄道」(Montreal Maine & Atlantic Railway)は、米国のレール・ワールド社(Rail World inc.)の子会社で、20031月に設立され、総延長510マイル(800km)の線路を保有し、カナダのケベック州、ニューブランズウィック州、米国のメイン州、バーモント州の顧客に物流サービスを提供している鉄道会社である。
 レール・ワールド社は、1999年、エドワード・バークハート氏によって設立された鉄道管理および鉄道の民営化・再編に関する投資・コンサルタントを行う会社である。カナダおよび米国における「モントリオール・メイン&アトランティック鉄道」のほか、欧州のエストニア、ポーランドに傘下の鉄道会社を保有する。

■  「DOT-111型」タンク車の安全性は米国の国家運輸安全委員会(NTSB)から指摘されているが、NTSBがまとめた「DOT-111 Tank Car Design」の概要はつぎのとおりである。
 ● 過去、1991年安全性の検討、1992年ウィスコン州スーペリア事故、2003年イリノイ州タマロア事故、2006年ペンシルバニア州ニューブライトン事故などを調査した結果、タンク破損の発生率が高い。
   ● 使用されているタンク車の69%はDOT-111型で、危険性物質の輸送に広く使われている。最近、バイオエタノール燃料の輸送にはDOT-111‘S型が使用されている。
 ● 米国鉄道協会(AAR)は、事故後の対応として、2011年10月からエタノールおよび原油の輸送にはすべて新しいDOT-111型を使用し始めた。この型式は、ヘッド部とシェルの肉厚増加、焼きならし鋼の使用、1/2インチ厚のヘッド・シールドの採用、上部付属物の保護などの変更を行っている。
 ●米国鉄道協会は既設タンク車の取扱いについて明確にしていない。新旧のタンク車が混在した場合、実質的に安全が強化されたとはいえない。 

< 所 感 >
■ 2013年、この事故情報に接したとき、「世の中には、予期せぬ悲惨な事故が起こるものだというのが第一印象である。週末の夜、住民6,000人の穏やかな町が、突然、戦場のように建物が壊され、炎上し、多くの人が亡くなるという最悪の事故に巻き込まれたのである」というのが、偽らざる感想だった。

■ それから5年、今回、刑事事件としての裁判結果に接して、この事故の難しさを感じた。裁判結果が示すように事故に至った状況をみると、決定的な法的な過失は無く、偶然がいくつも重なって起っている。一方、安全基準を満足していない石油タンク車が脱線・爆発・炎上という大事故に至ったのは、潜在危険性が高く、「起こる可能性のあることは、いつか実際に起こる」というマーフィーの法則どおりだともいえる。
 
■ 事故を起こしたモントリオール・メイン&アトランティック鉄道の安全文化に対する取組み姿勢に問題があったという。それでは、 この脱線事故を防ぎ得るにはどうすればよかったのか。
 ● 運転指針の作成段階での気づき(危険予知)である。列車駐車時の必要な手動ブレーキ数の根拠(データ)はあるのか、その前提条件(傾斜地、貨物車の数など)は適切かというような疑問を考えることである。
 ● 乗務員(運転士)1名による列車運行に変更になった際、ブレーキの確認テストができなくなることへの気づき(危険予知)である。(多分、初めから1名での運転ではなかったはず)
 ● 日常での運行時の運転士の気づき(危険予知)である。 傾斜地のナント駅で列車を駐車する機会は少なくなかったはずである。手動ブレーキだけで本当に効くのだろうかという問題意識をもった運転士はいるのではないだろうか。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Firedirect.net, Canada – 3 Cleared Of Negligence In Lac Magantic Railway Disaster,  January 25,  2018
    ・Blogtank-accidentspot.jp,  カナダで石油タンク車が脱線して市街地で爆発・炎上,  July  22,  2013
    ・Tsb.gc.ca,  Lac-Mégantic Runaway Train and Derailment Investigation Summary,  October  28,  2014
    ・En.wikipedia.org, Lac-Mégantic Rail  Disaster, January  25,  2018
    ・Cbc.ca, All 3 MMA rail workers acquitted in Lac-Mégantic disaster trial , January  19,  2018



後 記: 5年前、列車の石油タンク車の大事故ということでブログに紹介しましたが、最近になって事故の刑事事件としての裁判結果が出たという情報から調べてみました。47人の犠牲者が出た事故というのに、法的な過失はなかったという結果(法の限界)になにか割り切れない思いがあります。どうしようもなかったでは、所感の書きようがないので、想像を膨らませて危険予知の観点から考えてみました。融通の利かない人をマニュアル人間ということがありますが、マニュアル(基本)に則ることは大事です。一方、今回の事故原因をみても、必ずしもマニュアルが全て正しいとはいえないことがあることです。考えさせられる事例でした。
 一方、前回、所感で「事故でもう一つ注目するのは、鉄道会社の事故後の危機管理対応のまずさである。(中略) トップ(最高経営責任者)の言動がまったく不適切である。トップの危機管理意識の欠如か、トップに不適切な情報を流した組織の問題かはわからないが、“最悪のシナリオを考える米国” にもほころびが現れてきたようにも感じる事例である」と書きましたが、残念ながらほころびが進んでいるように感じますね。

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