2016年4月15日金曜日

エクソンモービル名古屋油槽所の工事中タンクの火災事故(2003年)

 今回は、2003年8月29日、愛知県名古屋市にあるエクソンモービル社の名古屋油槽所において工事中のガソリンタンクで火災が発生し、7名の死傷者の出た事故を紹介します。
写真は中日新聞から引用)
< 発災施設の概要 >
■ 事故があったのは、愛知県名古屋市港区汐見町にあるエクソンモービル社の名古屋油槽所である。

■ 油槽所には、石油製品の入出荷のため、数十基の貯蔵タンクが保有されていた。発災があったのは、 ガソリン用の直径23.2m×高さ12.2m、貯蔵容量4,609KLのコーンルーフ式タンクTK-2である。約10m南に隣接してガソリン用コーンルーフ式タンクTK-24があった。両タンクは内部浮き屋根式へ改造するため、他のタンクと縁切りされていた。
                 名古屋市港区汐見町付近  (写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
事故の発生
■ 2003年8月29日午後3時35分頃、名古屋油槽所にある隣接したTK-2タンクとTK-24タンクの改造工事の作業中、ガソリン抜取り作業中のTK-2タンクから漏出したガソリンのベーパークラウド(蒸気雲)に着火してTK-2タンクが炎上した。この火災によって作業員6名が死亡し、1名が負傷した。

■ 事故当日、TK-2タンクは開放準備のガソリン抜取り作業が行われていた。液面が側マンホール以下となったので、午前10 時頃から側マンホールを開放し、エア駆動式ポンプとホースにより、残油をTK-14タンクに移送した。つぎに、タンクがほぼ空になったため、タンククリーニング作業に移った。作業員がエアラインマスクを着用してタンク内へ入り、内部を水洗いし、油混じりの水をバキュームカーへ排出の作業を行った。内部がガソリン蒸気で充満していたため、他の作業員が屋根マンホールを開放した際、内部のガソリン蒸気が側マンホールから追い出されてベーパークラウドが形成された。当時、天候は曇り、南西の風で風速2m/sだった。

■ TK-24タンクは内部浮き屋根の組立工事中だった。火災直前の午後3時30分頃、一人の作業員がタンク外に出たとき、仮設の可燃性ガス警報機が鳴っていることに気づき、タンク内に知らせ、退避を指示し、タンク内外にいた作業員は避難しようとしていた。作業員の一人は「ガス検知器のブザーが鳴り続けると、気化ガスに引火する危険性があるため(分電器の)コンセントを抜いた」と証言している。 このプラグを抜いた際にスパークが発生し、ベーパークラウドに着火したものと思われる。

■ 発災当時、現場には11名の作業員がいた。火災によって、TK-2タンク内にいた作業員3名がタンク内で死亡し、TK-24タンク内にいた作業員のうち4名が避難中にタンク外で被災し、うち3名が死亡、1名が負傷した。

■ 火災発生に伴い、午後3時40分に通報を受けた名古屋市消防局が現場へ出動した。消防活動の結果、午後7時20分に鎮火が確認された。  
                  発災時の現場状況   (図は名古屋市消防局資料からから引用)
被 害
■ 火災によって工事中の作業員に死傷者が出た。被害者は死者6名、負傷者1名の計7名である。
 火炎はタンク内部に伝播しておらず、TK-2タンク内部作業員3名の死亡原因は火傷でなく、窒息であった。TK-24付近で避難中の3名は火傷で死亡した。死傷した7人は、油槽所の協力会社であるメンテナンス業「シムラ」(川崎市)と「コーナーサービス」(愛知県知多市)の2社の作業員である。

■ 火災によってTK-2タンクの側板表面が一部焼損した。また、エアーラインホースの焼失など工事用の資機材が焼損した。
TK-2タンク北西マンホール周囲の焼損状況(左)、TK-2TK-24タンク間の資機材の焼損状況(右) 
(写真は名古屋市消防局資料からから引用)
< 事故の原因 >
火災の誘因                       
■ ガソリンタンク開放準備のため、TK-2タンクが油抜出し・清掃の作業中であった。 TK-2タンク内部はガソリン蒸気が充満しており、屋根マンホールを開放した際、防油堤内へ可燃性ガスが漏出した。          
                
着火原因                         
分電器概略図 
(図は名古屋市消防局資料からから引用)
■ 隣接するTK-24タンクはすでに開放して、内部で工事中であった。仮設のガス警報器が発報したため、分電器のコンセントからプラグを引き抜いた際、スパークが発生し、着火した。
 
 注記: TK-2タンクから漏出した可燃性ガスの着火要因としては、①TK-2タンク内部作業の要因、②TK-24タンク内部作業の要因 ③可燃性ガス検知器、④静電気、⑤分電器があがったが、検証結果、①~④の可能性は無く、TK-24タンクの工事で使用していた仮設分電器のコンセント部にスパーク痕が確認されたことにより、⑤分電器のスパークの可能性が高いとみられた。

< 対 応 >
■ 火災発生に伴い、名古屋市消防局が車両56台とともに現場へ出動し、消防活動の結果、午後7時20分に鎮火が確認された。
   
■ 名古屋市消防局は、事故後、原因調査を行い、事故調査報告書をまとめた。この報告書の中で、事業者の責務として、つぎのような課題があると提言している。
  ① すべての工事関係者に対し、可燃性蒸気が発生する作業日時、場所等をどのようにして周知徹底させるか。
  ② 可燃性蒸気が発生する作業を行う場合、同時に行われている複数の工事をどのように中断または停止させるか。
  ③ 可燃性蒸気が発生する作業に係わる防災教育や使用機器の管理等をいかに徹底させるか。 

■ この提言に対して、消防庁から「危険物施設の工事中の安全対策について」(平成16年2月10日付け消防危第16号)による通達が出された。

■ エクソンモービル名古屋油槽所は、事故で亡くなられた方および遺族に心より哀悼の意を表するとともに、事故後の対応として、つぎのような安全対策をとり、現場管理の徹底を図った 。
  ① 工事責任者となる従業員の評価基準の強化と安全システムの徹底
  ② 工事元請業者の採用基準の強化
  ③ 全工事関係者に対するタンククリーニング手順の教育の徹底
  ④ 危険作業における油槽所での立会い等

■ 2005年3月、当時の所長代理を含む工事関係者6名が業務上過失致死傷容疑で書類送検されたが、2006年9月、名古屋地検は、出火原因の特定に至らなかったこと等から、刑事責任を問うのは困難と判断し、不起訴処分とした。

補 足
■ 「エクソンモービル社」は、日本の事業から事実上撤退する方針をとり、日本の「エクソンモービル有限会社」は「EMGマーケティング合同会社」に移行し、東燃ゼネラル石油のグループ会社のひとつになっている。 「名古屋油槽所」は現在もあり、発災のあったタンク地区もそのままである。
   エクソンモービル社(現EMGマーケティング合同会社)の名古屋油槽所  (写真はグーグルマップから引用)
                    名古屋油槽所の発災現場付近(現在)  (写真はグーグルマップから引用)
■ 「ガソリンタンクの開放作業手順」(タンク内のガソリンの移送およびガソリン蒸気の排出の作業)について、エクソンモービル名古屋油槽所は、当時、一般的につぎのような手順で行っていたという。事故時にどのような確認が行われていたかは分からない。  
 ① できる限り通常の出荷でガソリン量を減らし、残ったものは、補助ノズルまたはドレンノズルから仮設配管で他のタンクへエア駆動のポンプにより移送する。    
 ② 補助ノズルまたはドレンノズルから水を注入し、スラッジを浮かせ、それを廃油として廃油ローリーに積み込む、これを数回繰り返す。
 ③ ガソリン蒸気をタンクの外に排出する。
 ④ タンク内の酸素濃度が19.5%以上、炭化水素濃度が爆発下限界の10%以下を確認する。酸素濃度、炭化水素濃度の確認方法は、測定時点では人がタンクに入れないので、静電気が発生しないように細長い竹竿の先端にガス検知器を取り付けて、タンクの中心部までもっていって測る。
 ⑤ 酸素濃度と炭化水素濃度の基準に達したことを確認後、初めてタンク内に入る。
 ⑥ エアラインマスクを装着した作業員がタンク内に入って、水をかけたりしながらスラッジをかき集めて、これを廃油ローリーに積み込む。

所 感
■ 2016年3月に「アフリカのガボンで石油タンクが爆発して死傷者7名」を紹介したときに、類似事故として挙げたのが、今回の「エクソンモービル名古屋油槽所の工事中タンクの火災事故(2003年)」である。
まさに、米国CSB(化学物質安全性委員会)がまとめた「タンク内外の火気工事における人身事故を防ぐ7つの教訓」としてまとめられた教訓項目が当てはまる。(詳細は同ブログを参照)
   ①火気作業の代替方法の採用  ⑤着工許可の発行
   ②危険度の分析        ⑥徹底した訓練
   ③作業環境のモニタリング    ⑦請負者への監督
   ④作業エリアのテスト 

■ 事故が起きるのは、いろいろな要因が重なるのが常であり、この観点からしても失敗要因が存在していたと思われる。
 ①ルールを正しく守る;
  ●エクソンモービル名古屋油槽所の「ガソリンタンクの開放作業手順」が正しく守られていたか?
 ②危険予知(KY)を活発に行う;
  ●隣接した2基のタンクの油抜取り・洗浄・改造工事を並行して進める計画時の危険予知が行われていたか? 
  ●当日工事の現場における危険予知が行われていたか?
 ③「報告・連絡・相談」(報・連・相)により情報を共有化する;
  ●油槽所担当者と施工責任者の報・連・相は的確に行われていたか?
  ●複数の施工責任者間の報・連・相は的確に行われていたか?

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである
    ・名古屋市消防局、エクソンモービル名古屋油槽所のタンク火災事故原因報告書、2003 
  ・Web.churoi.go.jp, 愛労委平成 17 年(不)第4号不当労働行為救済申立事件命令書、2009年3月9日
  ・Fdma.go.jp , エクソンモービル名古屋油槽所火災(第6報) 、消防庁特殊災害室、2003年9月1日  
  ・Asyura2.com , <タンク炎上>男性作業員4人死亡 名古屋市のガソリン貯蔵所(毎日新聞)、 2003 年 9 月 05 日


後 記: 今回、過去の事故を取り上げたのは、「アフリカのガボンで石油タンクが爆発して死傷者7名」の事故で類似事故として挙げたのがきっかけです。比較的新しい(私にとって) 2003年の事故ですので、当然、インターネットで検索すると、まとめられた事例として出てくると思ったのですが、あにはからんや、断片的な情報しか出てこないではありませんか。現在20歳の人は事故発生時7歳ですから、多くの若い人はまったく知らないわけです。
 これでは、過去の貴重な事例が活かされず、知見の継承ができないことになります。消防庁通達「危険物施設の工事中の安全対策について」が出ていますが、今、これだけ読んでみても、当たり前のことという印象で、何を言おうとしているのか理解できません。
 今回、保有していた資料に新たに断片的なインタネット情報を付加してまとめ直しました。

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