2016年1月31日日曜日

リビアの石油施設基地で再び砲撃によるタンク火災

 今回は、2016年1月21日、リビアのラスラーヌーフにある国営石油公社ナショナル・オイル・コーポレーションの子会社であるハリュージュ・オイル・オペレーション社の石油施設基地がイスラミック・ステート(IS)の武装勢力に襲撃され、複数の石油貯蔵タンクが火災になった事故を紹介します。
(写真はDailymail.co.ukから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、 リビアの北海岸のラスラーヌーフ(ラスラヌフ:Ras Lanuf)にある国営石油公社のナショナル・オイル・コーポレーション(National Oil Corp.:NOC)の子会社であるハリュージュ・オイル・オペレーション社(Harouge Oil Operations)の石油施設基地である。施設には原油貯蔵用の石油タンクが13基あり、貯蔵能力は650万バレル(100万KL)である。

■ ラスラーヌーフ石油施設基地は“ラスラーヌーフ・ターミナル” と呼ばれている石油輸出施設で、1964年に操業を開始した。貯蔵タンクは港湾エリアから陸側に約9km入ったところに設置されている。原油パイプラインが3本走っており、標高約100mのところにある石油貯蔵タンクに供給される。原油貯蔵タンクから港には重力の自然流を利用して送ることができる。港には4つのバースがある。No.1、No.2バースは海岸から約1.6km沖合にあり、海底パイプラインで接続され、水深18mで着桟能力30,000~100,000DWTである。 No.3、No.4バースは海岸から約3.2km沖合にあるシングルブイ係留で、30,000DWTまでのオイルタンカー用である。

■ ラスラーヌーフは、首都トリポリ(Tripoli)の東640kmにあり、リビア最大の石油港であるが、2014年12月以降、港の機能は停止している。 2016年1月4日(月)、ラスラーヌーフ石油施設基地と近くにあるエスサイダー(エスシデル:Es Sider)石油施設基地は、イスラミック・ステート(IS)の武装勢力による砲撃を受け、ラスラーヌーフで2基、エスサイダーで5基のタンク火災があったばかりである。火災は1月8日(金)に鎮火している。なお、2週間前の戦闘によって、石油施設警備隊(PFG)では、結局18名の隊員が亡くなっている。
(注:1月4日の襲撃によるタンク火災は、「リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災」を参照)
前回のラスラーヌーフ石油施設の火災状況を示す衛星写真15日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団はリビア東部にあるシルテを支配下に入れ、さらに約200km離れたラスラーヌーフとエスサイダーの石油施設基地を攻撃目標にしていた。

< 事故の状況および影響 >
■ イスラミック・ステート(IS)の武装勢力が、1月21日(木)の夜明け前、ラスラーヌーフの石油施設基地を急襲した。攻撃によって4基の石油貯蔵タンクが火災になった。火災になったタンク4基には、合計で約200万バレル(32万KL)の原油が入っていた。

■ ナショナル・オイル・コーポレーションは、火災から立ち昇る巨大な黒煙によって“環境的な大惨事”に直面していると発表した。住民や工業地区へ供給している電力線も被害にあっているといい、「住民は、主要道路を守るとともに、ガス配管や水配管へ火災の影響が及ばないようにバリアを構築しようとしている」と広報担当のモハメド・アルハラリ氏は語った。

■ 火災になったタンクのうち1基の火炎の勢いは激しく、制圧できるような状況ではなく、いつか崩壊するのではないかと懸念された。消防隊は、ほかの3基の火災への対応作業を行った。

■ 攻撃にはロケット砲(Fired Rocket)が使われたとみられる。1月21日(木)の午後遅い時点で、火災タンクは5基に増えた。うち1基のタンクは崩壊に近いという。

■ 消防隊が消火活動に努めているが、ナショナル・オイル・コーポレーション広報担当は、「しかし、我々は火災を消すのに十分な手段を持ち合わせていない。これはもう災害(ディザスター)です」と語っている。

< 事故の原因 >
■ ロケット砲による攻撃でタンク火災を起こした。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。火災は砲撃で開口したタンク側板からの漏洩油が堤内で燃え広がったものとみられる。

■ 石油タンクへの攻撃の背景: イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクで行った石油産業への攻撃戦略を再現しようとしているとみられる。イスラミック・ステート(IS)の前身であるイラクのイスラミック・ステート(Islamic State of Iraq)は、イラク西部地方において油田やパイプラインの操業を妨害したり、攻撃を行った。これらの施設が損害を被ると、防護するだけのリスクを掛ける価値が低下し、施設を手放すことになり、イラクのイスラミック・ステート(IS)が施設を支配下に入れていった。   
    121日、ラスラーヌーフ石油施設から空へ立ち昇る黒煙 (写真はDailymail.co.ukから引用)
    ラスラーヌーフ石油施設の火災で消火作業を行う消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
                石油施設から立ち昇る巨大な黒煙  (写真はDailymail.co.ukから引用)
< 対 応 >
■ ナショナル・オイル・コーポレーションのムスタファ・サナーラ会長は、1月21日(木)、首都トリポリで、 ラスラーヌーフ石油施設基地は前回と今回21日の攻撃による被害のため、長期間閉鎖したままになるだろうと語った。 サナーラ会長によると、最近のリビアの原油生産量は362,000バレル/日で、2011年の160万バレル/日の四分の一に下がっている上、この2週間でさらに影響が大きくなっているという。

■ リビア政府は、1月21日(木)、武装組織を撃退するため欧米の空爆を要請した。

■ 攻撃によって発生したタンク火災から2日目の1月22日(金)も、消防隊は石油施設で懸命に火炎と戦っている。

■ ナショナル・オイル・コーポレーションによると、前回の砲撃によるタンク火災のために喪失した原油量は130万バレル(20万KL)にのぼるが、今回の襲撃によって300万バレル(47万KL)を損失するリスクがあるという。 2週間前に、ナショナル・オイル・コーポレーションは損害をできるだけ回避しようと、タンクに残っている油を移送するためオイルタンカーを送ろうとしたが、石油施設警備隊(PFG)はセキュリティ上の懸念を理由に荷役作業に反対したという。

■ 1月23日(土)時点でも、消防隊は消火活動を続けた。石油施設基地の13基のタンクのうち少なくとも5基が被災しており、うち1基は完全に崩壊したという。
      火災から3日目の123日、地表に泡を放射する消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
        火災から3日目の123日、消火活動を行う消防隊 (写真はDailymail.co.ukから引用)
      123日、石油タンクまわりの地面に沿って広がる火災 (写真はDailymail.co.ukから引用)
 ラスラーヌーフ石油施設の火災の前に立つ消防士(123日) (写真はJordantimes.comから引用)
■ 1月25日(月)、ナショナル・オイル・コーポレーションは、1月24日(日)の朝、消防隊がラスラーヌーフ石油施設基地で起った全火災タンクについて制圧し、消火したと発表した。消防隊は、過酷な作業環境と厳しい治安状況の中で、72時間(3日間)継続して5基の火災タンクの消火活動を行った。ハリュージュ・オイル・オペレーション社のウェブサイトでも、1月25日(月)、ラスラーヌーフ石油施設基地の火災について消防活動が終ったことを発表し、消防士が歓喜している絵を掲載している。
ハリュージュ・オイル・オペレーション社がウェブサイトに掲載した絵 
 (写真はHarouge.comから引用)
補 足
■  「リビア」は、地中海に面する北アフリカに位置し、人口約640万人の共和制国家である。原油はリビアの主要な天然資源であり、埋蔵量はアフリカ最大の480億バレルと推定されている。
 2011年、カダフィ打倒を旗印にしたリビア国民評議会とカダフィ政権側の間でリビア内戦が勃発し、10月に42年間続いたカダフィ政権は崩壊した。しかし、カダフィ政権崩壊後も内政は混乱し、特に内戦によってリビアの原油生産量は2011年当時の160万バレル/日の1/4~1/3に低下しているという。
                  リビアの原油・天然ガス施設  (図はNews.yahoo.comから引用)
■ 「ナショナル・オイル・コーポレーション」(National Oil Corp.NOC)は1970年に設立されたリビアの国営石油会社で、石油・天然ガスの掘削・生産のほか、製油所・石油化学工場を有する。通常、各石油施設基地はナショナル・オイル・コーポレーションの子会社で操業されており、ラスラーヌーフ石油施設は「ハリュージュ・オイル・オペレーション社」(Harouge Oil Operations)が運営している。

■ 「ラスラーヌーフ石油施設」は、グーグルマップによれば、直径約80m×13基の浮き屋根式タンクが設置されている。ハリュージュ・オイル・オペレーション社のウェブサイトによれば、貯蔵能力が100万KLだとされているので、タンク高さが約15mで1基当たりの容量は77,000KLとみられる。

所 感
■ 今回の砲撃によるタンク火災は、威力の高いロケット砲が夜明け前の暗い中で正確に使われたとみられる。前回の襲撃時の報道と異なり、今回は石油施設警備隊が応戦したという記事がみられない。あっと言う間に、砲弾によって4基のタンク側板が開口して、そこから油が噴き出し、堤内火災になったものと思われる。着弾場所とタンク内液量(液高さ)によって火災の規模が異なっているとみられ、1基のタンクはタンク全体を火炎が覆うような激しいものになり、火災の熱で側板が座屈していったものと思われる。

■ 施設地区は交戦状態になく、石油施設警備隊の制圧下にあったとみられ、消防活動上の制約はなかったと思われる。しかし、5基のタンク火災(堤内火災)への対応は人員・資機材からいって難しい状況だっただろう。激しい火災になっているタンク1基は、燃え尽きるのを待つ不介入戦略をとるしかない。
 堤内火災については中(高)発泡ノズルが有効と思われるが、消防活動の写真を見ると通常の低発泡ノズルを使用しているとみられる。リビアでは、2年前から砲撃によるタンク火災が起こっており、消火戦術上、最適な消火資機材を導入しておく必要があったと思う。
 日本でもテロ対策が謳(うた)われているが、テロ攻撃によるタンク火災がどのようなものかリビアの事例で明らかになってきた。複数タンク火災や堤内火災に関する想定と対応について考えておく必要がある。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
      ・Reuters.com, Militants Attack near Libya’s Ras Lanuf Oil Terminal,  January 21,  2016
      ・News.yahoo.com, Fires Rage as Jihadists Attack Libya Oil Facilities,  January 21,  2016
      ・Oilandgasinvestor.com, Islamic State Sets Libya Ras Lanuf OIL Tanks on Fire,  January 21,  2016
      ・Timesofmalta.com, Fires at Libya’s Ras Lanuf Terminal after IS Attack,  January 21,  2016
      ・News.yahoo.com, Firefighters Battle Libya Oil Facility Blaze,  January 22,  2016
      ・Reuters.com, Fires still Raging at Major Libyan Oil Terminal after Attack,  January 22,  2016
      ・Libyaprospect.com, Ras Lanuf Tanks are still under Fire,  January 23,  2016
      ・En.alalarm.ir, ISIS Libya Attacks Oil Terminal, Firemen Fight to Extinguish Massive Fire,  January 24,  2016
      ・Jordantimes.com, Fires Put Out at Major Libyan Oil Termnal,  January 24,  2016
      ・Dailymail.co.uk, Firefighters Battle to Quell Massive Oil Terminal Fire after ISIS libya Attack Which Will Cost 3 Million Barrels of Oil,  January 24 ,  2016 
      ・Earthobservatory.NASA.gov, Oil Tanks Fires in Libya: Image of the Day,  January 7,  2016
      ・Noc.ly,National Oil Corporation Statement Regarding the Humanitarian and Environmental Catastrophe in Ras Lanuf, January 21,  2016
      ・Noc.ly,The National Oil Corporation statement regarding the completion of extinguishing the fire at the storage tanks of Ras Lanouf Terminal,  January 25,  2016
      ・Harouge.com,  Thanks, The Management Committee and the employees of Harouge Oil Operations…, January 25,  2016


後 記: 貯蔵タンク事故情報を調べていると、その国の国情の一端を垣間見ることがあるという話をしていますが、今回もそうです。前回のリビアのタンク事故の紹介の後記で、「推測の余談ですが、イスラミック・ステートの攻撃戦術はエスサイダー石油施設を集中砲撃して大きな損害を与え、ラスラーヌーフ石油施設は最小の損害にとどめるというものだったのではないでしょうか」と書きましたが、間違っていました。しかし、信じられないことですが、ナショナル・オイル・コーポレーションが、「損害をできるだけ回避しようと、タンクに残っている油を移送するためオイルタンカーを送ろうとしたが、石油施設警備隊がセキュリティ上の懸念を理由に荷役作業に反対した」と石油施設警備隊を非難する声明を出したのは、襲撃の1週間前、1月14日に同社ウェブサイトに掲載しているのです。国営石油公社などリビア政府側の混迷ぶりをさらけ出しているようなものです。この声明をイスラミック・ステート側が読めば、どう感じたでしょうかね。そんな脇道に外れながらまとめました。

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