2016年1月15日金曜日

リビアの2つの石油施設基地で砲撃によって複数のタンク火災

 今回は、2016年1月4日、北アフリカのリビアのエスサイダーとラスラーヌーフにあるナショナル・オイル・コーポレーションの2つの石油施設基地で、イスラミック・ステート(IS)による襲撃があり、石油タンクが火災となる事故を紹介します。
(写真はDailymail.co.ukから引用)
< 発災施設の概要 >
■ 発災があったのは、 “オイル・クレセント”と呼ばれるリビアの北海岸のエスサイダー(エスシデル:Es Sider)とラスラーヌーフ(ラスラヌフ:Ras Lanuf)にある国営石油公社のナショナル・オイル・コーポレーション(National Oil Corp.:NOC)の2つの石油施設基地である。各施設には原油貯蔵用の石油タンクがあり、貯蔵能力1基当たり40万~46万バレル(63,000~73,000KL)のタンクが10基以上ある。

■ エスサイダーとラスラーヌーフは、首都トリポリ(Tripoli)の東640kmにあり、リビア最大の石油港であるが、2014年12月以降、港の機能は停止している。しかし、両石油施設基地の石油タンクにはまだ大量の原油が貯蔵されている。両石油施設基地はシルテ(スルト:Sirte)とベンガジ(バンガージー:Benghazi)東部との間にあり、シルテはイスラム教スンニ派過激組織であるイスラミック・ステート(IS)の制圧下にある。

■ 両方の石油施設基地とも港から陸側へ約7~8km入ったところにある。エスサイダーとラスラーヌーフの石油施設基地間の距離は約20kmである。
リビアの北海岸のエスサイダーとラスラーヌーフ付近 (矢印部が石油施設)
(写真はグーグルマップから引用)
事故前のエスサイダー石油施設(左)とラスラーヌーフ石油施設(右)
(写真はグーグルマップから引用)
< 事故の状況および影響 >
(写真はIritimes.comから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)の武装勢力は1月4日(月)、エスサイダーとラスラーヌーフの石油施設基地を襲撃した。ラスラーヌーフでは、1月4日(月)に戦闘によって生じた火災を消そうと近づいたときに、別な石油タンクから火災が起った。

■ エスサイダーでは、1月4日(月)にイスラミック・ステート(IS)による車両の自爆テロがあり、警備を担当していた石油施設警備隊(PFG)が応戦した。襲撃2日目の1月5日(火)、集中砲火があり、ロケット砲の被弾によってタンク火災が起きた。その後、3基の石油タンクへ延焼して計4基が火災になった。

■ 両石油施設とも、消防隊がタンク火災を制圧しようと消火活動を試みている。

■ 最初の攻撃で石油施設警備隊(PFG)の隊員2名が死亡し、16人名負傷したという。その後、7日(木)時点では、隊員11名が死亡、40名が負傷したと伝えられている。石油施設警備隊は、リビアのトブルク政権の空爆支援を受けて、石油施設の守備を続けている。

■ 1月7日(木)の状況としては、ラスラーヌーフで起った2基のタンク火災は消防隊が消火し、燃えているタンクはなくなった。一方、エスサイダーで起きた5基のタンク火災は依然として燃えている。

< 事故の原因 >
■ ロケット砲などによる攻撃でタンク火災を起こした。事故原因の分類としてはテロ攻撃による「故意の過失」に該当する。

■ 石油タンクへの攻撃の背景: イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクで行った石油産業への攻撃戦略を再現しようとしているとみられる。イスラミック・ステート(IS)の前身であるイラクのイスラミック・ステート(Islamic State of Iraq)は、イラク西部地方において油田やパイプラインの操業を妨害したり、攻撃を行った。これらの施設が損害を被ると、防護するだけのリスクを掛ける価値が低下し、施設を手放すことになり、イラクのイスラミック・ステート(IS)が施設を支配下に入れていった。 
                エスサイダー石油施設の火災状況  (写真はDailymail.co.ukから引用)
          エスサイダー石油施設の火災と消火活動の状況 写真はDailymail.co.ukから引用)
         エスサイダー石油施設の火災と消火活動の状況 (写真はDailymail.co.ukから引用)
            エスサイダー石油施設の火災と戦う消防士  (写真はDailymail.co.ukから引用)
        エスサイダー石油施設の火災と出動した消防車  (写真はDailymail.co.ukから引用)
< 対 応 >
■ 1月6日(水)、ナショナル・オイル・コーポレーション(NOC)は、石油輸出港エスサイダーにある石油施設基地がイスラミック・ステート(IS)に襲撃され、タンクが火災となり、火災を鎮めることができないとして支援を要請した。
 約1年半前の2014年7月、首都トリポリでリビア国内の派閥間による内戦中に石油タンクが火災になったとき、ナショナル・オイル・コーポレーション(NOC) は国際的な支援を要請し、最終的に火災を消すことができた。しかし、今回、リビアの石油産業は、イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団による容赦ない攻撃に直面している。

■ 石油施設警備隊(PFG)は、イスラミック・ステート(IS)との応戦により隊員11名が死亡、40名が負傷したが、一方、イスラミック・ステート(IS)の戦闘員30名を倒し、2台の戦車などを捕捉したという。1月7日(木)時点、戦闘が続いている。

■ 1月7日(木)の時点では、ラスラーヌーフで起った2基のタンク火災は消防隊が消火し、燃えているタンクはなくなった。一方、エスサイダーで起きた5基のタンク火災は依然として燃えている。

■ 1月8日(金)、NASAはタンク火災の衛星写真を公開した。1月4日~6日のリビアにおける戦闘の後に、シルテとベンガジ間の海岸に近い石油生産・貯蔵施設で複数の火災が観測され、複数の石油タンクや施設から出る煙の流れが地中海沿岸に黒煙の暗い影を落としている。さらに、欧州宇宙機関の観測衛星センチネル-2による1月5日撮影の鮮明な火災画像を公開している。 
石油施設火災に伴う黒煙の流れを示すNASAの衛星写真17日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
石油施設の火災状況を示す観測衛星センチネル-2の衛星写真15日)
(写真はEarthobservatory.nasa.govから引用)
■ イスラミック・ステート(IS)は、シリアとイラクの拠点から移動してリビアへ進出している。イスラミック・ステート(IS)の東リビア分団は、シルテを制圧下に入れ、アジュダービーヤー(Ajdabiya)への侵攻を進めている。また、トリポリの西にあるサブラタ(Sabratah)にも集結しているという。サブラタには、イタリアの石油・ガス企業のエニ社(Eni SpA)が所有する西リビア石油・天然ガスターミナルがある。
                   リビアの北部付近  (写真はグーグルマップから引用)

補 足 
■  「リビア」は、地中海に面する北アフリカに位置し、人口約640万人の共和制国家である。海を隔てて旧宗主国のイタリアが存在する。原油はリビアの主要な天然資源であり、埋蔵量はアフリカ最大の480億バレルと推定されている。
 2011年、カダフィ打倒を旗印にしたリビア国民評議会とカダフィ政権側の間でリビア内戦が勃発した。10月にカダフィがシルテで射殺され、42年間続いたカダフィ政権は崩壊するに至った。しかし、カダフィ政権崩壊後も内政は混乱し、特に内戦によってリビアの原油生産量は2011年当時の160万バレル/日の1/4~1/3に低下しているという。
                      リビアと周辺国  (写真はグーグルマップから引用)   
■ 「ナショナル・オイル・コーポレーション」(National Oil Corp.:NOC)は1970年に設立されたリビアの国営石油会社で、石油・天然ガスの掘削・生産のほか、製油所・石油化学工場を有する。通常、各石油施設基地はナショナル・オイル・コーポレーション系列の会社で操業しており、例えば、エスサイダー石油施設はワハ・オイル社(Waha Oil Co.)であったが、今回の情報では明らかでない。

■ エスサイダー石油施設は原油の輸出基地であり、グーグルマップによれば、この施設には、直径約80m×4基、直径約60m×15基、合計19基の浮き屋根式タンクが設置されている。従って、推定100,000KL級×4基、50,000KL級×15基の貯蔵タンクで合計115万KL級の貯蔵能力を有しているとみられる。(今回の情報では、1基当たり63,000~73,000KLという)
 基地内の石油タンクのうち、1基は崩壊しており、このほかに3基は側板に変形がみられる。これは2014年12月にあった内戦による原油貯蔵タンク火災の被災跡だと思われる。従って、今回の5基を合わせれば、19基のうち9基以上が使用不可能になったものとみられる。
 
■ ラスラーヌーフ石油施設も原油の輸出基地であり、グーグルマップによれば、この施設には、直径約80m×13基の浮き屋根式タンクが設置されている。従って、推定100,000KL級×13基で合計130万KL級の貯蔵能力を有しているとみられる。ただし、1基はタンク屋根がなく、改造中と思われる。 

所 感
■ リビアでは、2014年に内戦によるタンク火災が2件起こっている。
  両方とも、発災写真を含めて事故の状況を伝える情報は多かった。しかし、今回は情報源が極めて限定され、石油施設警備隊から出されるものがほとんどで、タンク火災の状況についてははっきりしない。これまでのような内戦でなく、イスラミック・ステート(IS)が関わってくると、情報の入手が難しくなることを感じる。原因の項で記載したように、タンク砲撃の背景は原油資源の奪取にあると思われ、タンク事故のレベルを越えている。

■ 砲撃によるタンク火災は、リムシール火災や全面火災など通常の分類にはない火災状況だと思われる。砲弾によってタンク側板が開口して、そこから油が噴き出し、堤内火災を伴う状況になる。たとえ、固定式の泡消火設備が設置されていても、ほとんど役に立たないと思われる。消防隊が現場で消火活動を行う必要があるが、特に今回のように容赦ない砲火の中で消火活動を行うことは無理である。
 発災状況の写真が報じられるようになり、その中に消防隊による消火活動を示す写真があるので、施設地区は石油施設警備隊の制圧下にあるとみられる。しかし、消火活動について積極的戦略は難しく、防御的戦略または不介入戦略で燃え尽きるのを待つしかないと思われる。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Reuters.com, More Guards Killed in Islamic State Attacks on Libya’s Oil Ports,  January 5,  2016
      ・News.yahoo.com, Libya Oil Storage Tanks Set on Fire during IS Assault,  January 6,  2016
      ・WSJ.com, Libya Appeals for Help to Extinguish Burning Oil Tanks after IS Attacks,  January 6,  2016
      ・VOAnews.com, Five Oil Tanks on fire at Libyan Ports after Clashes,  January 6,  2016
      ・Aljazeera.com, Fires Sparked by ISIL Attacks Spread at Libya Oil Ports,  January 6,  2016
      ・Reuters.com, Two Fires Extinguished at Libyan Oil Terminals, Five Still Burning,  January 7,  2016
      ・BBC.com, Libya Oil Storage Tanks Ablaze after Assault by IS,  January 7,  2016
      ・PressTV.ir, Libya Oil Storage Tanks on Fire after Daesh Attacks,  January 7,  2016
      ・Earthobservatory.NASA.gov, Oil Tanks Fires in Libya: Image of the Day,  January 7,  2016
      ・SankeiBiz.jp, IS、リビア石油タンク襲撃 国営公社が支援要請,  January 8,  2016
      ・WSJ.com, Fires at Libyan Oil Terminals Extinguished, January 9,  2016
      ・Dailymail.co.uk, ISIS Militants Attack Major Oil Terminal in Libya Causing Massive Explosions and Fires…,  January 9,  2016 



後 記: 今回のタンク火災の情報を知ったのは、リビアの警察訓練施設にイスラミック・ステート(IS)がトラックで自爆テロを起こし、55人が亡くなったというNHKのニュースの中で、「石油貯蔵施設が攻撃を受けたばかり」と報じられたことからです。日本国内ではあまり報じられませんでしたし、通常のタンク火災事故というキーワードでは掴みづらい情報でした。
 海外報道の記事では、リビアにおけるイスラミック・ステート(IS)の支配地域の話を抜きにできず、地名と地図を見比べて調べました。しかし、なじみがなく、読み方に違いもあり、わかりずらかったので、当ブログでは日本語読みを併記しました。また、「イスラム国」は海外報道で一般的に使用されている「Islamic State」、すなわち「イスラミック・ステート(IS)」にしました。今回は、タンク事故情報というより、リビア情勢を知る事故(事件)でした。
 推測の余談ですが、イスラミック・ステート(IS)の攻撃戦術はエスサイダー石油施設を集中砲撃して大きな損害を与え、ラスラーヌーフ石油施設は最小の損害にとどめるというものだったのではないでしょうか。衛星写真による被災状況からみると、明らかに違いがあります。石油資源の奪取という目的があるようですので、必ずしもすべての石油施設を壊滅的に破壊するのではないように思いました。  


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