2015年8月24日月曜日

最近の貯蔵タンク過充填事故からの教訓

 今回は、前々回に紹介したCSB(米国化学物質安全性委員会)のカリビアン石油事故の調査報告書案(2015年6月)の中から、7章で述べられているタンク過充填などに伴い蒸気雲爆発を起こすような大規模災害の事例から得られる教訓について紹介します。
< タンク過充填事故の発生傾向 >
■ 貯蔵タンクの事故に関して公表された情報のデータベースには、明確さを欠くものがあり、タンクの過充填事故の傾向を分析することは難しい。2005年に出された「貯蔵タンク事故の研究」は、1960~2003年の43年間に起った242件の貯蔵タンクの事故を分析したものであるが、この資料によると、事故の85%は爆発・火災であることがわかった。この資料では、米国において発生した105件の事故が対象にされた。さらに、タンクターミナルおよびポンプステーションにおける事故は、全体の25%(64件)で、製油所における事故(47.9%、116件)についで多いことがわかった。また、過充填事故は、運転ミスによる事故の中で最も頻度の多い事故であることがわかった。15件の過充填事故のうち、87%は爆発・火災に至っている。発生確率は少ないといわれているガソリン貯蔵タンクからの蒸気雲形成によって、 2005年以降、壊滅的な爆発・火災が3件起こっている。

■ タンク過充填防止システムにかかるコストは、バンスフィールド事故やカリビアン石油事故のような社会的・経済的に影響の大きい事故に費やされるコストに比べれば、ほんのわずかだといえよう。米国エネルギー省化石エネルギー評価局によれば、完全自動液位検知警報・停止システムのコストはタンク1基当たり12,000~18,000ドル(144~216万円)で、警報付き液位検知装置のコストは4,000~5,000ドル(48~60万円)だという。

< 過去の事故からの教訓 >
■ タンク過充填事故は、米国だけでなく、いろいろな国で起こっている。CSB(米国化学物質安全性委員会)の調査では、石油タンクターミナルにおいて過充填に伴う蒸気雲爆発事故は17件あり、うち12件は米国で起こっている。可燃性液体を保管した地上式貯蔵タンクにおける主な事例を表「過去50年間における主なタンク事故」に示す。この中で、3件の事故について取り上げ、貯蔵に伴う壊滅的な事故への潜在的な危険性について述べる。米国の法規制や工業会の基準は、このような壊滅的な事故から得られる教訓を適切に反映しているとは言えず、可燃性物質を保管しているタンターターミナルについて、どこが危険性の高い施設かという区分けがされていない。
過去50年間における主なタンク事故





< バンスフィールド事故> (英国、ハートフォードシャー)
■ 最近の事故で最もよく知られている事故のひとつが、2005年12月11日、英国ハートフォードシャーのバンスフィールド石油貯蔵基地で起った爆発・火災事故である。この事故は英国において技術上および法規制上、多くの知見が提示された。カリビアン石油事故と同様、タンクへガソリンを過充填させた後、蒸気雲爆発が起こり、それに続いてタンク群が火災となった。過充填したタンクには、オペレーターが充填状況を監視できる液面計器が付いていたし、タンクが過充填になれば、自動で受入れを停止する独立した高液位スイッチが付いていた。しかし、事故時、両方とも機能を喪失していた。爆発によって大きな爆発圧が形成し、防油堤が壊されたこともあり、火災が広がって22基のタンクが被災する結果となった。死者は出なかったが、43名が負傷し、近隣の商業施設や住宅に被害が発生した。損害額は合計で15億ドル(1,800億円)にのぼった。火災は4日間燃え続けた。

■ バンスフィールド事故後、英国安全衛生庁(UK. Health and Safety Executive: HSE)は重大事故調査会議(Major Incident Investigation Board: MIIB)を設置し、事故に関して工業会および法規制上の推奨事項を提起した。重大事故調査会議(MIIB)が出した推奨事項によって、バンスフィールド貯蔵基地と同規模の石油貯蔵施設に適用されていた英国の法令遵守基準と工業会標準が全面的に見直された。米国の視点と異なり、英国では、石油貯蔵施設は危険性の高いハイ・ハザード施設として考えており、米国労働安全衛生局(Occupational Safety and Health Administration :  OSHA)のプロセス安全管理(Process Safety Management: PSM)スタンダードに類似した法規制に従うようにしている。英国の視点では、所管官庁(Competent Authority: CA)または大規模災害管理(The Control of Major Accident Hazards: COMAH)にも従わさせるようにしている。従って、対象の施設は、重大事故防止方針および安全管理システムを明示しなければならない。

■ 重大事故調査会議(MIIB)の報告書では、バンスフィールドのような重大事故に伴うリスクを管理するためには、危険性の高いハイ・ハザード施設における安全の健全性レベルを高める必要があると強調している。すなわち、構外の公共への影響を軽減させるような危険性物質の封じ込めとプロセス安全管理、異常時対応への準備、社会的リスクを少なくする土地使用計画、危険性の高いハイ・ハザード施設への強制的な法規制の必要性である。 

■ 重大事故調査会議(MIIB)の推奨事項の多くは、カリビアン石油事故にも当てはまっている。重大事故調査会議(MIIB)の推奨で該当する事項の主なものは、防油堤における大量流出の防止、リスク・アスセメントの実施、メンテナンス部門のリーダーシップ、安全文化の醸成、石油貯蔵施設における信頼性の高い組織作りなどである。バンスフィールドとカリビアン石油の両事故について比較すると、表のとおりである。バンスフィールド事故を契機に、API(米国石油協会)は、リスク・アセスメントに基づき「タンク過充填防止の規格」(API Std 2350)を改訂することになった。


< テキサコ・オイル事故 > (米国ニュージャージー州、ニューワーク)
■ 1983年1月7日、米国ニュージャージー州ニューワークのテキサコ・オイル社のタンクターミナルで類似の事故が起こっている。容量176万ガロン(6,650KL)のガソリンタンクがオーバーフローして、ガソリンの蒸気雲爆発が起こり、死者1名、24名の負傷者が出た。貯蔵タンクに油受入れ作業中、ガソリン液位の上昇に気がつかず、オーバーフローさせ、爆発・火災に至ってしまった。米国防火協会(National Fire Protection Association; NFPA)の事故調査報告書によると、事故原因は、タンクの空きスペースと移送流量の計算ミスが根本的な要因だった。設備の被害は、爆発したタンクから1,500フィート(450m)離れた場所でも観察された。オーバーフローを起こしたタンクは手動式のレベル調節方式だった。また、施設には、爆発に至るまでの液位に関する記録をとるようになっていなかった。タンクレベルについて最後に“チェック”されたのは、充填作業の実施以前の約24時間前だった。
■ 事故を受けて、ニューワーク消防署は、米国防火協会(NFPA)に対して「可燃性・燃焼性液体規則」の中で過充填防止に関する指導を強化するよう提案した。

< インディアン石油事故 > (インド、ジャイプール)
■ 2009年10月29日、インドのジャイプールから南へ約16マイル(25km)のところにあるインディアン石油の石油・潤滑油ターミナルで同様の事故が起きている。カリビアン石油事故の起こる1週間前の10月29日、4名のオペレーターがタンクへのガソリン移送作業を行っていたとき、移送配管から大量漏洩が起った。2名のオペレーターは噴き出すガソリンの蒸気に圧倒されて止めることができず、噴出の勢いは75分間続いた。防油堤ドレンバルブが開いており、雨水排水系を通じて油が移動して滞留し、大きな蒸気雲が形成した。蒸気雲は非防爆電気機器あるいは車両のスターターによって引火した。この結果、爆発してファイヤーボールが発生し、影響は施設エリア全体に広がった。火災によって11基が被災し、11日間燃え続けた。事故によって11名が死亡し、うち6名がインディアン石油の従業員で、5名が近隣の事業所の人だった。事故を受けて出された39件の推奨事項の中で、ひとつは独立したHAZOP(Hazard Operability Study: 危険源分析)またはリスク・アセスメントに関する事項で、もうひとつは自動運転と計装・警報の改善に関する事項だった。

補 足
■ プエルトリコで起きた「カリビアン石油の爆発・火災事故」は当ブログで紹介した。
■ バンスフィールド事故は、当時、国内でも報じられており、概要はつぎの資料を参照。
■ バンスフィールド事故、カリビアン石油事故、インディアン石油事故は世界的に注目された事故であり、BAM (ドイツ連邦材料試験研究所)は蒸気雲爆発の視点から比較している。この資料も当ブログで紹介している。

所 感
■ 2005年バンスフィールド事故、2009年カリビアン石油事故、2009年インディアン石油事故と、ガソリンタンクの過充填による蒸気雲爆発という大規模事故が続いて驚いたが、今回の報告書によると、それ以前にも世界的にみると、蒸気雲爆発事故の発生は少なくなかったことがわかる。

■ バンスフィールド事故の項で、「米国の視点と異なり、英国では、石油貯蔵施設は危険性の高いハイ・ハザード施設として考えており、米国労働安全衛生局(OSHA)のプロセス安全管理スタンダードに類似した法規制に従うようにしている。英国の視点では、所管官庁または大規模災害管理にも従わさせるようにしている。従って、対象の施設は、重大事故防止方針および安全管理システムを明示しなければならない」という見解は、米国と英国の規制に関する思想の違いを明らかにしている。米国は「個人の尊重」を背景に工業会基準(例えば、米国石油協会:API)を制定しても、実行は個人の自由である。事故を起こせば、最も損害を受けるのは、個人自身だからである。しかし、公共へ影響が出るような大規模災害を避けるには、この考え方を変えなければならないと見始めている。

■ そして、教訓の中で、事故要因が液面計器の設備的な問題や誤判断というヒューマンファクター(人的要因)にとどまらず、
 ● 不十分なマネジメント・システム
 ● 生産優先のプレッシャー
 ● 安全管理システムの失敗
という事業所経営の根本を問題視している。
 さらに、「米国の法規制や工業会基準は、このような壊滅的な事故から得られる教訓を適切に反映しているとは言えず、可燃性物質を保管しているタンターターミナルについて、どこが危険性の高い施設かという区分けがされていない」とし、個々のタンクターミナルにおける安全の健全性を確認していく必要性を指摘している。


備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・U.S. Chemical Safety and Hazard Investigation Board,  Public Preview Copy,  Caribbean Petroleum Tank  Terminal Explosion and multiple Tank Fires, (Final Investigation Report),  June 11,  2015
 「7.0 Tank Locations, Prevalence of Incidents and Lessons Learns from Previous Catastrophic Incident」


後 記: 今回の報告書はいろいろ興味をひかれるところがありました。米国と英国の考え方の差もそのひとつです。しかし、「危険性の高いハイ・ハザード施設」として指定され、蒸気雲爆発が起これば、どのような影響が出るかをリスク・アセスメントで評価するなどということは、日本では感情的に忌避反応があるだろうなと思いながらまとめました。
 ところで、昨年、帝人徳山事業所が2017年度までに閉鎖されると発表されましたが、先日、工場横の道を走っていたら、工場内に大型クレーンが据え付けられていました。早くも撤去工事が始まったようです。旧出光製油所佐保充填所跡の解体工事は完全に終わり、スーパーゆめタウン建設工事の標示板に変わりました。去るものあれば、来るものありの感です。


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