今回は、英国安全衛生庁(HSE)が出している「燃焼爆発の危険性解析」という情報を紹介します。当ブログで爆発の解析に関する事故情報が多かったので、取り上げてみました。元々は石油貯蔵タンク分野でなく、海底油ガス田開発の分野で行われている燃焼爆発の危険性解析、すなわちハザード評価ですが、爆発の解析方法の現状について参考になります。
本情報は英国安全衛生庁HSE(Health
and Safety Executive)のインタネット・ホームページで公表されたGuidance, Offshore oil and gas,
Fire and Explosion Strategy-Issue1に掲載されている「Explosion
Hazard Assessment」 の資料について要約したものである。
<背 景>
■ オフショア設備(海洋油ガス田開発設備)では、多種多様なタイプの爆発が起こりうる可能性がある。すなわち、空間封じ込めのない爆発(障害物の存在によって形成された過圧力)、空間封じ込めの爆発(空間封じ込めと障害物の組み合わせによって形成された過圧力)、外部爆発(封じ込めに伴う現象、ベント爆発)、内部爆発(例えば、フレアースタック内)、物理的爆発(例えば、破壊した圧力容器)、固相爆発(例えば、坑井製作用爆薬の使用に関連するもの)、ミスト爆発およびBLEVE(沸騰液膨張蒸気爆発)である。
■ 大半の施設では、爆発・火災のリスクの中でも爆発事象が重要な要因としてあげられている。1973~97年の20年間において北海のオフショア設備では、10件の大きな爆発事故(>0.2bar)が起こっている。そのうち8件は英国系の事故で、1980年代が最も多い。最近の1992~99年のデーターでは、英国系の設備で10件の爆発事故が起こっており、最も多いのはガスタービンやフレアーシステムに関連した内部爆発である。
<現 状>
=大規模実験データ=
■ 大規模なテストによって得られた実験データは貴重な知見であり、オフショア設備におけるガス爆発がどのような挙動で起こっているかを理解するのに大いに役立っている。その当時のモデルでは、予測し得ないような新しい現象を観察できた。例えば、小さな規模の障害物によって爆発圧力が大幅に増大することなどである。しかし、多くの場合、結果に対して十分な分析が行われていない。その結果、爆発メカニズムの解明を得る機会を逃している。大規模なテストによって得られたデータは、おしなべて言えば、過圧力と火炎到達時間に関する測定結果に限られている。厳密なモデル評価やモデル開発のためには、さらに詳細な情報(例えば、火炎速度に関する情報)が必要である。
=実際の放出ケース=
■ JIP(Joint
Industry Project)のフェーズ2およびフェーズ3aで実施された大規模なテストは、モジュール全体に充満する静的で正規組成の雲に関するものだった。しかし、大きな乱流を伴う実際の放出において、テスト時に観察されたよりも大きな爆発の過圧力が起きるかどうか疑問が残った。JIPのフェーズ3bでは実際の放出ケースを取り上げ、ここから最初に解ったことは、正規組成に近い濃度のガスでモジュールが急速に充満する場合があり得るということだった。一方、実際の放出テストでは、過圧力は低いのが通常であるが、常にそうなのかということに関してはなおもはっきりしていない。
=ミスト爆発=
■
高圧で揮発性液体を保有した設備では、二相または‘ミスト’で放出することがある。ミスト爆発に関する実験研究の数は限られており、ミスト爆発の挙動に関するメカニズムは実際のところよく解っていない。初期条件を設定することが難しいため、この分野の研究もこれからの課題である。特に、ある粒径サイズのミストにおいてベーパー濃度が同じであっても、極めて大きな爆発を形成することがあるが、なぜか解っていない。
<爆発モデルの比較>
■ 現在、利用可能な爆発モデルはつぎのように分類される。
● 経験モデル: 例えば、TNOマルチ-エネルギー・モデル、ベーカー・ストリーロ法、過密度評価法(COMEX/NVBANG)
● 現象論モデル: 例えば、SCOPE
and CLICHE
● CFDモデル(数値流体力学モデル): 例えば、FLACS、EXSIM、
AutoReaGas 、CFX、COBRAなど
2000年までに開発されたモデルに関する評価および将来性に関する提案は、HSEによってまとめられ、2004年に公表されている。
■ 経験モデルは適用範囲に限界がある。複雑な形状には対応できず、物理的要素を単純化したモデルである。それにもかかわらず、この方法は簡単に概略的な計算ができることでよく使われている。特に、より高度なツールを用いて調査する必要があるかどうかのスクリーニングとして有用である。
■ 現象論モデルは経験モデルよりやや複雑である。現象論モデルは経験モデルより適用範囲の制限が少なく、実験データとよく合っており、経験モデルより不確実性のレベルは小さい。現象論モデルは実際の対象構造をモデル化するのではなく、簡略化した方法(例えば、回廊で結んだボックスのようなもの)に置き換える。このモデルは、計算の必要度が少なく、比較的使用しやすくなっている。従って、超過曲線の作成など多くの計算を実施しなければならない場合に使うのに適している。
■ CFDモデルは2つのグループに分けられ、ひとつはシンプル・モデルで、もうひとつはアドバンス・モデルである。
2つのグループの違いは、やや独断的ではあるが、アドバンス・モデルが物理的および化学的プロセスをより完全に説明することができ、形状の画像化や数値解析の精度がよいといえる。この違いを示すために、JIPのフェーズ2における主要な知見のひとつ、すなわち小さな規模の障害物に関する重要な点について考えてみる。シンプルCFDモデルでは、小さな規模の障害物の問題を避けるために、PDR(多孔・分散性レジスタンス)モデルを使用する。一方、アドバンスCFDモデルでは、課題解決のためAMR法(解適合格子法)を使用する。現象論モデルや経験モデルに比べると、CFDでは、結果の精度がはるかに良く、フレキシビリティに富んでいる。しかし、CFDはコンピューターの使用時間が極めて長く、エラーの出る範囲も大きい。不確実性のある問題領域はつぎのとおりである。
●形状設定上の問題 : 上述のとおり
●燃焼プロセスのモデル化の問題 : 市販のCFDコードは、燃焼状態を解析してモデル化したものでなく、実験で得られた簡略化した相関を使用している。
●流動のモデル化の問題 : CFD爆発プログラムで通常使用されている乱流モデルは、厳密にいうと、高速の燃焼流動に合っているとはいえない。
●過圧力の超過計算における問題 : これには、つぎのような事項を含んでいる。
・分散計算と爆発計算の両方とも同じCFDコードを使用。(モデル化の必要項目はそれぞれ異なっている)
・相当数の分割CFDシミュレーション(各シミュレーションの品質に関係)では統計学的に有意な結果を得ることができるが、これを避けた場合のコンピュータのラン時間。
・想定される様々な漏洩事象のすべてについて雲の形状と過圧力のデータを算出するため、不確実性を含んだ‘対称性の形状’あるいは‘物理的推論’の問題。
・CFDモデルの中には‘正規組成と等価な雲’をつくる際に不確実性を内在することがあり、このため、洗練されたガス分散モデルによる爆発過圧力の計算の高い精度に対して相殺してしまうことがある。
●妥当性の確認および検証 : CFDコードの中には検証データの開示に不足しているものがある。プログラムが定期的に更新されているか、新しいバージョンが定期的に発行されているかということは、プログラムの妥当性の観点から関心があるところである。
<産業界で行われている解析方法>
■ オフショア設備で行われている爆発の危険性解析(ハザード評価)には、経験モデルを用いた簡略の評価から複数のCFDシミュレーションを用いた詳細な解析まで広く様々な方法がとられている。ここでは、産業界で行われている方法について調べ、その中からわかった主要な事項はつぎのとおりである。
●ある設備では、他と‘違い’があるとして、爆発の危険性解析を詳細に実施されることがある。しかし、爆発ハザードという観点から見て、本当に比較できるのかという疑問が生じる。
●一般に立てる仮説は、正規組成のガスでモジュールが充満されていることを基に爆発の解析を実施することであり、すなわち、これは最悪のケースということになる。これは、重要な影響を与えるつぎのような点を無視していることになる。
・局所的なピーク過圧力に寄与する過密度。そして、実際の放出時に伴う乱流は更に過圧力を高める可能性がある。
(ガスがモジュールを完全に充満していなくても)
・爆発リスクに伴う被害拡大やTR障害を考慮して、発生頻度の低い最悪ケースだけを計算してしまうと、過圧力は低いが、発生頻度の高い事故を除外してしまい、総合的な爆発リスクについて判断することができなくなる可能性がある。
●実際の放出ケースについて評価する際、担当者が爆発の過圧力をガス雲の容積にもとづき簡略な方法で算出することがあるかも知れないが、これは過密度に関する重要な影響を無視することになる。
●産業界において超過曲線を導くために用いられている方法の考え方は必ずしも一致していない。不確実性を処理する方法は明確になっていないし、用いられている方法は範囲が広く、一般的な曲線を修正して使うもの、現象論モデルとCFDモデルを組合せたもの、CFDモデル単独のものなどいろいろあり、これらを比較することは難しい。
●ガス爆発のモデル化において超過曲線を追究した開発でも、体系的にまとめるところまで至らず、実証できなかった。
●設計段階で爆発解析を行う場合、モジュール内の過密度レベルを仮定するということは難しい。(詳細設計の情報がないため) 過去において設計の初期段階では、爆発過圧力はかなり過小評価されていた。
●爆発過圧力と構造物の挙動との相互作用は、まだよく解っていない。
<戦略的な開発上の問題>
=爆発現象の解明=
■ 実験データ
●テストからもっと有用な情報を得るため、JIPテストによる大規模な実験データについて根本的な見直しを行うこと。
■ 実際の放出
●JIPフェーズ3Bの実際的な放出テストと通気を伴うガス放出による結果から解明の向上を行うこと。
●爆発テストで使用するいわゆる実際的なガス雲を、現実の事故において生じる実際の条件にどのようにして近づけることができるかということ。
■ ミスト爆発
●瞬間的なミスト雲を把握できる診断技術の開発を促進すること。
●ミスト爆発の小規模な実験研究を推進して、基本的なメカニズムの解明を行い、爆発で起こる結果に関する評価が可能にすること。
●長期的には、ミスト爆発の大規模実験の実施を検討すること。
=爆発のモデル化=
■ 短期計画
●ガス爆発のモデル化に関してCFDやその他の技術を追究し、最適化を推進すること。
●CFD計算に優れた人材育成の組織化を進めること。そこでは、流体力学、燃焼学、コンピューター計算への理解を深めながらCFD計算を実行できる人材を育成する。そして、できる限り‘バディシステム’をとり、内容のチェックを行うことによって計算結果の品質を保証できるようにする。
●産業界で使用されているコードにおいて、異なるバージョン間で出てくる結果に関する相違点について調査を行うこと。
●超過曲線の導き方によって出てくる違いのレベルにいろいろな意見があり、もっと評価について議論を要する。
●コード開発者はもっと情報公開を行い、つぎのような点を明らかにすること。
・プログラムの検証テスト結果・・・確認テストの概要を示す書類など
・CFDコードに入れた数値技術やモデル化技術
■ 長期計画
●コード開発者への期待事項:
・着火、層流火炎の成長、そして乱流燃焼へ至る物理的サブ・モデル化の向上
・乱流モデル化の向上、層流から乱流への移行に関する精度のよいモデル化、二相流モデルの改善
・差分スキームの精度向上、ソルバーの効率化の向上、いずれも堅牢性を有すること。
・火炎面と障害物について適切な解に導くようなメッシュ細分化や改良方法の導入
●CFDコードやその構成サブモデルについて、校正(キャリブレーション)やチューニングを行わなくてもよいような検証方法の開発
●爆発と構造物の挙動の相互作用に関する解明とモデル化の改善
補 足
■ 「英国安全衛生庁」は、「Health
and Safety Executive;HSE)は1974年に設立され、イングランド、ウェールズ、スコットランドにおける国民の健康と安全を司る国の機関で、日本では「英国安全衛生庁」あるいは、「健康・安全行政部」ともいわれる。
HSEが行った事故調査で有名なものは、2005年12月に起きたイングランドのバンスフィールド石油貯蔵所における爆発火災事故(40名以上の負傷者発生)である。ハザード評価の分野では、ドイツのBAM(ドイツ連邦材料試験研究所)、オランダのTNO(応用科学研究機構)と並ぶ世界を代表する研究機関として知られている。
■ 海洋油ガス田開発分野では、設計、材料、安全など多くの課題を解決するため、民間企業だけでなく、政府(国の研究機関など)も参画する「Joint
Industry Project (JIP)」が設立され、活動を行っている。この活動の中の一つが爆発の危険性解析に関するものである。活動は段階毎にフェーズ1、2、3と設定され、実験や研究が行われ、成果は実際の現場で活用されている。
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この資料に紹介されている「CFDモデル](数値流体力学モデル)のコード例は、FLACS、EXSIM、 AutoReaGas
、CFX、COBRAが挙がっているが、特にFLACS、EXSIMはオフショア設備の危険性解析評価のための爆発シミュレーション用として開発されたものである。
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FLACSによる石油プラットフォームの爆発解析例 |
「FLACS」はノルウェーのGexCon社が開発し、水素や可燃性ガスの燃焼爆発危険性解析のためのソフトウェアで、フルバージョンでは水素の漏洩過程と爆発、気体放出、ガス爆発などの解析が行える。日本では、㈱爆発研究所が販売代理店となっている。
「EXSIM」は英国のシェル石油グローバル·ソリューションズとノルウェーのテレマーク技術研究開発センター(Tel-Tek社)によって開発されたものである。
「AutoReaGas」はオランダのセンチュリーダイナミクス社(現在は米国Ansys社に買収)とオランダのTNO社が共同で開発したものである。「CFX」は米国Ansys社が保有する汎用熱流体解析ソフトウェアで、幅広く用いられている。「COBRA」は米国パシフィック・ノースウェスト国立研究所が開発したもので、従来、原子力部門で活用されてきた。
所 感
■ 最近、当ブログで爆発の解析に関する事故情報が多かったので、HSE(英国安全衛生庁)が公表している爆発の解析方法に関する情報を取り上げてみた。海底油ガス田開発では、爆発事故が人命および環境汚染へ直接、影響を及ぼすので、燃焼爆発の解析が最も進んでいる。ハザード評価の分野で世界を代表する機関であるHSEがまとめた今回の情報は、爆発の解析方法の技術動向とその課題がよくわかる。
爆発の解析方法は、経験モデル(
TNOマルチ-エネルギー・モデルなど)から現象論モデルへ、さらにCFDモデル(数値流体力学モデル)へ移行している。海底油ガス田開発分野では、TNT等価法は簡略の評価方法にさえ対象になっていない。おそらく、石油貯蔵タンク分野などでも、この方向性になっていくものと思われる。
後 記: 余談になりますが、今回の情報を調べていて、世界(欧米)における基礎研究の進め方の一端を垣間見るように思いました。一企業だけでやれないことは、企業が集まって国際的な組織を作り、さらに国家の研究機関が支援して地道な基礎研究を進め、そして、その研究成果を実際に応用し、さらに深化させるということです。ここには明らかに戦略思想があります。日本でも最近、戦略という言葉がよく使われますが、戦略が内向きというか、自己満足的というか、根本的に日本に欠ける発想ですね。日本では到底やれる話でなく、やはり、日本は技術の活用の道でいくしかないと感じさせられます。