2014年10月27日月曜日

石油貯蔵タンク火災の消火戦略 - 事例検討(その1)



 今回は、 「A-CERT」(シンガポール企業緊急対応チーム協会)がまとめた「Storage Tank Fire Fighting Strategies」(貯蔵タンク火災の消火戦略)の中で事例検討として行われた「ミルフォード・ヘブンの原油タンク火災事故(1983年8月)」の資料を紹介します。
(写真はyoutube.com Milford Haven Boilover」の動画から引用)
< 概 要 >
■ 1983年8月30日、火災はミルフォード・ヘブン製油所にある原油貯蔵タンクの浮き屋根上の一部から始まった。タンク内には60,000KL(約47,000トン)の軽質原油が入っていた。火災は屋根エリアの全面に広がっていった。火災の消火のために150,000ガロン(567,000リットル)を超える消火泡剤が使用されたが、火災は約50時間にわたり、25,000トンの原油が焼失した。タンクは関連配管類を含めて激しく損傷した。近くにあった2基のタンクは輻射熱を受けて損傷したが、延焼は免れた。

■ 火災では、重大なハザードであるボイルオーバーが2回起こった。この事象によって数名の消防士が重傷を負った。製油所の従業員には負傷者が出なかった。この事例検討では、大規模タンク火災の消火戦略上の疑問点を取り上げる。

<製油所の配置 >
■ 製油所の配置は図1を参照。図1には、発災タンクのほか、延焼した2基のタンクの位置を示す。発災タンクNo.011とサミア製フレアー間の道路上には濡れたシミ跡があった。発災タンクは直径78m、高さ20m、常用の容量が約94,000KLの浮き屋根式であった。タンクはB.S.2654(1973)の基準で製作され、屋根はポンツーン式シングルデッキ型で、シール機構はファイバーシールと亜鉛メッキ軟鋼製のパンタグラフ・ハンガー式のメカニカルシールだった。防油堤は掘下げ方式の幅90m×長さ180m、高さ5mの傾斜側壁型で、堤内容量はタンク容量の約110%だった。堤内南側は同様のタンクを設置するスペースが十分あったが、当時、このエリアは使われていなかった。
図1 製油所の設備配置
■ タンクの北側はレベルが高くなっており、約61m離れたところに容量22,630KLのタンク2基(No.609No.710)が設置されていた。発災時、タンクの1基には4,500KLの減圧軽油が入っており、もう1基には2,800KLの常圧軽油が入っていた。

■ 注目しておく点はタンクNo.011から108mのところにあるサミア製フレアーと主制御室である。天候は晴れで、よく日が照っていて暑く、南東の微風が5ノット(2.5m/s)で吹いていた。

< 事故前の状況 >
(1) タンク
■ タンクNo.011は浮き屋根式で、内液のレベルに応じて浮き屋根が上下し、タンク内で炭化水素の可燃性混合気が形成しないようになっていた。

■ しかし、浮き屋根式貯蔵タンクの屋根部にはベーパーが出てこないわけではない。タンク屋根と側板との間の円周シール部からベーパーがわずかに逃げており、浮き屋根上には炭化水素のベーパーが溜まることがある。この問題は、タンクが満杯で、タンク側壁のリム部より屋根が下がったときに増える。事故が起こる時点において浮き屋根には数か所の微小割れがあった。割れの長さは280mmを超えていなかった。しかし、事故の2・3日前から屋根に油の漏出があったことはわかっていた。このため、浮き屋根の排水管のバルブは閉止されたままだった。タンクの液位は半分程度で、前日の朝早くから油の張込みが行われていた。火災発生時、タンクでは何の作業も行われていなかった。

(2) フレアー
■ フレアースタックは高さ76mで、発災タンクからはおよそ108m離れていた。事故当日の10時45分頃、圧縮機の不調によって装置が停止し、ガスがフレアー系へ排出された。この状況は5分間続いて、フレアーの炎が25mの高さになったが、これは通常の状態だった。クリーンな燃焼を行なうため、フレアー系にはスチームが導入された。フレアースタックからタンクの方向へ微風が吹いていた。タンクとフレアースタックを結んだ直線の道路上に濡れたシミ跡が確認された。これは、スチームが導入された際、スチームが凝縮したものが落ちたとみられる。

■ フレアースタックにはフレーム不調時のため4つのパイロット・ガスバーナーが付いており、制御室で監視できるようになっている。事故前には、このような不調は起こっていなかった。しかし、フレアーチップまわりにカーボン・デポジットが蓄積していた。この様子は地上からも見えた。フレアーは2年毎に検査・保全工事が行われ、デポジットはきれいにされる。定期的なクリーニングは当然実施されていた。

(3) 緊急事態時の対処計画
■ 消防機関への通報を含め、事前に緊急事態時の対処計画は策定されていた。緊急事態はカテゴリー・コード形式で作成されていた。例えば、カテゴリー1は火災警報時、カテゴリー2は火災確認時、カテゴリー3は大規模または重大火災時である。
 
 < 火災発生 >
■ 石油貯蔵地区で作業していたオペレーターが、タンクNo.011の屋根の端から黒煙が上がっているのに気がついた。時間は10時48分だった。消防機関への第一報は10時53分で、第二報は火災が大きくなった10時54分だった。事故の経緯は「事故の時系列表」を参照。
 事故の時系列表
日 時                         事 象
8月30日
10:53     「カテゴリー1」を消防機関へ通報;状況は調査中と報告。
10:54     「カテゴリー2」の通報;ポンプ車5台、消防車、泡消防車、泡設備搭載車、移動指揮車が出動。
11:05     消防隊第一陣の到着。タンクの三方にウォーター・カーテンを実施。つぎに火災タンクと隣接
         するタンク2基との間にウォーター・カーテンを配備。火災は屋根の半分程度の範囲だった。
11:07     火災が激しくなる。ポンプ車10台で対応。
11:16     ポンプ車15台で対応。
11:20     10台のジェットノズルを使用。
          大型泡消防車と相互応援体制の対応が必要な状況になった。
12:02     20台のジェットノズルを使用。
13:31     手持ち型ノズルによる大規模な冷却操作。一方、泡消火資機材を待つ。
午後の中頃 ポンプ車25台、泡消防車7台、高所放水車6台、このほか特殊車4台で対応。
ー       原油の抜出しを開始; 移送速さ1,700トン/h。隣接タンクからも油の抜出し開始。
23:30     限定的な泡放射のテストを実施。炎がわずかに割れる様相はみられたが、
         「スロップオーバー」が発生。泡消火用設備の組立てが開始された。
8月31日
(00:15頃)  1回目のボイルオーバー発生。火柱は高さ60~80mに達した。堤内にこぼれ落ちた油に
         よって4エーカー(16,000㎡)の面積で火災となった。当該エリアから消防士の緊急退避が
         実施された。展張していた消火ホース・ラインが熱に曝され、ダメになった。このため、
         隣接タンクまわりの冷却カーテンはズタズタになってしまった。
02:10     2回目のボイルオーバー発生。新しく展張し直していたホースが再びダメになった。
         隣接タンクの冷却も再びできなくなった。
08:00     3回目のボイルオーバーが考えられたので、泡攻撃を開始した。現場には、
         67,000ガロン(253,000リットル)の泡剤が配備され、さらに追加供給が確立されていた。
15:00     火災の勢いは弱くなっていたが、熱により覆っていた泡が壊れ始めていた。防油堤エリアは
         80%が泡で覆われていた。
18:00     防油堤内の火災は消えた。タンク内にはわずかに火が残っていた。
9月1日
早い時間帯 火の勢いが増した。ところどころで泡が途切れていた。風速が増した。
泡放射から
 +3時間  すべて消火の兆候を示した。
22:30     鎮火の判断。

 < 事例検討のポイント >
■ 消防機関への第一報の内容はどうあるべきか?

■ 指名された現場指揮者(サイト・インシデント・コントローラー)は現場に到着したら、事故の状況を総合的に評価しなければならない。当該事故において現場到着時に、事故の状況をどのように評価するか?

■ 火災が大きくなったとき、現場指揮者(サイト・インシデント・コントローラー)が最初にとるアクションはどのようにあるべきだったか?

■ 考えるべき要素は何か? 
   ・火災の拡大の可能性は? 
   ・火災に曝露される隣接の設備は何か?
   ・火災が拡大した場合、つぎに何が起こるか?

■ タンク内の内容物は何か? その性質は?
   ・燃焼性の特性は?
   ・内容量は? 内容量を減らすことは?

(写真はJstage.jst.go.jp 「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」から引用)
(写真はAria.developpement-durable.gouv.fr ら引用)
(写真はyoutube.com Milford Haven Boilover」の動画から引用)
ボイルオーバー発生  (写真はyoutube.comの動画から引用)
補 足              
■  「A-CERT」(Association of Company Emergency Response Teams (Singapore):シンガポール企業緊急対応チーム協会)は、シンガポールの企業で異常事態が発生した際に適切な対応が行なうことができるように設立されたCERT(Company Emergency Response Team企業緊急対応チーム)をまとめた団体である。

■ 「ミルフォード・ヘブン製油所」(Milford Haven Refinery)は、英国のウェールズにあり、1971年に操業を開始した精製能力108,000バレル/日のアモコ社(Amoco Corp.)の製油所だった。アモコ社は米国の石油会社であるが、1999年にBPと合併した。ミルフォード・ヘブン製油所は現在、135,000バレル/日で米国の独立系石油精製企業マーフィー・オイル社(Murphy Oil Corp.)の英国子会社マーコ・ペトロリアム社(Murco Petroleum Ltd)所有である。

■ 「ミルフォード・ヘブン火災(1983年)」は、ボイルオーバーの発生したタンク火災として世界的によく知られている。これは火災状況や消火活動の経緯がよく記録され、情報が公開されていることが背景にある。このブログでも「原油タンク火災の消火活動中にボイルオーバー発生事例」(2013年9月)の中でひとつの事例として紹介した。このほか日本でいろいろと紹介されているが、総括的にまとめられたものとしては「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」(若狹勝、圧力技術、2010年)がある。また、YouTubeに投稿された動画「MilfordHaven Boilover - August 30, 1983」がある。
 消火活動の事例として考える上で、当時の状況について理解しておくべき事項はつぎのとおりである。
① 発災タンクは浮き屋根式であるが、当時、浮き屋根は火災に対して高い安全性をもっていると考えられ、タンク側板上部に固定泡消火設備は設置されていなかった。リムシール火災時には、可搬式の消火設備で消火可能と考えられていた。
② 2度のボイルオーバーが発生したのは、浮き屋根が傾いて沈んだため、障害物となり、原油中に水溜まりが点在したためと推測されている。

■ 「サミア製フレアー」は、1951年に設立されたイタリアのサミアSRL社(SamiaSRL Co.)が製作したフレア設備である。ミルフォード・ヘブン製油所で設置されたフレアーは高さ76mのエレベーテッド型である。(注:Jstage.jst.go.jp 「風荷重による浮屋根損傷に起因した石油タンク全面火災事故」から引用した前掲の写真の中で中央の高い設備がフレアーである)

■ 「パンタグラフ・ハンガー式」は浮き屋根と側板の間のシール機構のひとつである。日本でよく使用されているフォーム・ログ・シールに対して通常は汎用的なメカニカルシールという用語を使う方が多い。パンタグラフとは菱形で収縮する機構をいい、日本では鉄道車両に用いられる集電装置に使われて知られている。
パンタグラフ・ハンガー式シールの例
サイト・インシデント・コントローラーの
トレーニング・コースのカタログ
■ 「サイト・インシデント・コントローラー」(Site Incident Controller)は、シンガポールで使われている緊急事態時の現場の対応管理者をいう。一般には単に「インシデント・コントローラー」(事故対応管理者)という言葉が使われる。(このブログでは「現場指揮者」と表現した) プロセスプラントのような産業界では、事故や緊急事態時の対応は前線で対応する人たちの安全性と有効性に大きな影響をもつことから、適切な対応のできる人が不可欠である。 このためシンガポールでは「サイト・インシデント・コントローラー」という役割を位置づけ、適切な人材の確保に努めている。 A-CERTでは、サイト・インシデント・コントローラーのトレーニング・コースの研修会を開催している。内容は、重大事故に発展するインシデントの種類、事故の特質と洞察力、事故対応の管理、事故に現れるハザードと対応、リスク・アセスメントの活用、事故対応管理におけるコミュニケーション方法などで、2日間の研修になっている。


所 感
■ 「サイト・インシデント・コントローラー」(現場指揮者)と「消火戦略」の観点から事例検討として「ミルフォード・ヘブン火災(1983年)」が選択されたものであろう。このタンク火災は、浮き屋根上の部分火災から全面火災へ移行し、初期段階で消火泡剤が不足し、タンクへの泡消火活動ができなかった。そして約13時間後にボイルオーバーが発生し、消防士6名が負傷している。消火泡剤が確保された段階でタンクへの泡放射が実施されている。 3つの戦略である「積極的(オフェンシブ)戦略」、「防御的(ディフェンシブ)戦略」、「不介入戦略」のいずれも対象になるタンク火災事例として適当であろう。

■ 事例検討はディスカッション形式で行われているようなので、どのような議論がされたかはわからないが、「事例検討のポイント」をみると、企業のサイト・インシデント・コントローラーとして初期対応の判断について絞ったものではないか思われる。
 しかし、この事故は初期段階だけでなく、刻々と変化していく状況の中で3つの戦略の選択について仮想訓練を行なう事例としても有効だと思う。

備 考
 本情報はつぎのインターネット情報に基づいてまとめたものである。
  ・Acerts.org.sg, Storage Tank Fire Fighting Strategies, A-CERTS, September, 2012


後 記: 今回の事例検討の情報を見ながら思ったのは、日本での「インシデント・コントローラー」は誰だろうということです。今回のタンク規模であれば、体制に関係なく、現在配備されている大容量泡放射砲で一発消火と安易に考えるのはどうでしょう? 浮き屋根が傾いて沈下して「障害物あり全面火災」の場合は予期しない状態から消火活動の難航がありえます。現在の日本では、現場指揮者は「公設消防」です。大容量泡放射砲システムは各地区の配備事業所が保管しています。配備事業所以外の原油タンク火災があった場合、指揮系統は「公設消防」ー「発災事業所(消防隊)」ー「配備事業所からの応援部隊」となるでしょう。「積極的戦略」、「防御的戦略」、「不介入戦略」の3つの戦略の選択は「インシデント・コントローラー」の判断ですが、どうも「インシデント・コントローラー」の顔がはっきりしないように思いつつ、まとめていました。



2014年10月23日木曜日

マレーシアでタンクローリーに落雷して次々に爆発

 今回は、地上式貯蔵タンクではなく、移動式タンク貯蔵所である石油タンクローリーの事故について紹介します。2014年9月30日、マレーシアのサバ州でタンクローリーに雷が落ち、爆発・火災を起こした事例です。
マレーシア・サバ州で落雷によって爆発・火災を起こしたタンクローリー群 
 (写真は2.hmetro.com から引用
 <事故の状況> 
■  2014年9月30日(火)午後9時過ぎ、マレーシアのサバ州でタンクローリーに落雷があり、爆発を起こして火災となり、近くに駐車していたタンクローリーへ次々に延焼して爆発を起こす事故があった。少なくとも15台のタンクローリーが被災した。
                       マレーシア・サバ州メンガタル付近    (写真はグーグルマップから引用)
■ サバ州の州都コタキナバルから北へ約20kmにあるメンガタルのターマンセラーの住民は、タンクローリー作業場と駐車エリアから起こる何回もの爆発に動揺した。この地区に雷を伴う嵐が通過した際、タンクローリーに雷が落ちた直後に爆発が起こった。この結果、大きな火災となり、駐車していたタンクローリーが少なくとも15台損壊した。

■ 被災したタンクローリーはリアン・ヒン・メガン社所有のもので、同社は10年以上前から当該場所で操業していた。タンクローリーには、翌31日(水)の配送のためすべて油が積み込まれていた。

■ タンクローリー作業場から道路を隔てた向かい側の地区に住む主婦のチン・スー・イーさんは、爆発たびに地面が揺れるのを感じたといい、「恐ろしかった。雷と爆発の件を通報もできなかったです」と話している。

■ サバ州消防・救援部署のノルディン・パウジ署長によると、事故通報があったのは午後9時23分で、ただちに消防車5台と消防士20名を現場に出動させたという。パウジ署長は、「最初は約10台のタンクローリーが火災で大破しているという報告でした。タンクローリーにはガソリンか軽油のいずれかを積んでおり、数回の爆発があったといいます。消防隊が火災を制圧するのに1時間以上かかりました」と語っている。

■ 消防隊は午後11時までに火災を制圧下に入れ、完全に作業が終わったのはその2時間後だった。
 事故に伴う負傷者は報告されていない。火災に至った原因は調査中である。
(写真はThestar.com から引用)
                                発災現場近くの道路を走る車内から撮影  写真Says.com の動画から引用)

補 足
■ 「マレーシア」(Malaysia)は、東南アジアのマレー半島南部とボルネオ島北部を領域とする連邦立憲君主制国家で、人口約2,900万人である。イギリス連邦加盟国で、タイ、インドネシア、ブルネイと陸上の国境線で接し、シンガポール、フィリピンと海を隔てて近接する。通常、マレー半島部分が「マレーシア半島」、ボルネオ島部分が「東マレーシア」 と呼ばれる。一方、マレー半島とボルネオ島間の往来は、マレーシア国民であってもパスポートを必要とする。
 「コタキナバル」(Kota Kinabalu) は、マレーシア・サバ州の州都であり、 東マレーシア最大の都市で、人口は約47万人である。。
 「メンガタル」(Menggatal)はサバ州の西海岸にある町で、州都コタキナバルから北約20kmにある。

マレーシアの州 区分
■ リアン・ヒン・メガン社(Lian Hin Megah sdn.bhd)はマレーシアの運輸業を営む企業で、シピタンを本拠にしている。発災のあったメンガタルのタンクローリー作業場と・駐車エリアがどのような形態の事業所かはわからない。発災場所はJalan Tuaran Bypass沿いという情報があるが、グーグルマップで特定できなかった。

■ マレーシアの雷発生頻度は、「NASAによる世界の雷マップ」によると、雷発生の多い地域のひとつである。ただし、今回落雷事故のあったサバ州のある東マレーシアはマレーシア半島地区に比べると、やや少ない地区である。
 日本の雷マップはフランクリン・ジャパン社が同社ウェブサイトに情報を公開している。 
全国落雷密度マップ(2009年~2013年)
 図は日本列島を一辺20kmのメッシュで区切り、メッシュ内の落雷数を2009年~2013年の5年間で集計したもの。南東北から関東地方にかけての内陸部、中部・近畿・中国の内陸部に多雷域が見られる。また九州から薩南諸島にかけても雷の多い地域がある。   (図および解説はFranklinjapan.jpから引用)
全国落雷日数マップ2009年~2013年)
 図は日本列島を一辺20kmのメッシュで区切り、メッシュ内の落雷日数を2009年~2013年の5年間で集計したもの。落雷の発生した日数でみると、東北から北陸にかけての日本海側、山陰地域、九州~薩南諸島で多くなっている。これは冬型の気圧配置時の日本海沿岸で多くみられる冬季雷のためで、当該地域では冬季でも雷による災害が多く発生している。一方、九州南部~薩南諸島にかけての多雷日域は、低気圧および前線通過時の落雷によるものと考えられる。   (図および解説はFranklinjapan.jpから引用)
全国月別落雷数2009年~2013年)
 図は日本全国2,600km四方に発生した落雷数を月別にまとめたもの。2013年の落雷の特徴は、多雷期にあたる78月の落雷が平年と比較して多かった。特に8月は、2008年と並び過去最多レベルの月間落雷数となった。このように夏季に多雷となった理由は、2012年のような大規模な現象は多くなかったが、各地で局地的な大雨を伴う落雷が多発したことが挙げられる。    (図および解説はFranklinjapan.jpから引用)

所 感
■ 車に落雷があっても車内にいる人は安全だと言われる。タンクローリーのベントにはブリーザ弁(Pressure/Vacuum Breather Valve)といわれる安全装置がついている。すなわち気温上昇によるタンク過圧や油吐出時のタンク減圧時などにタンク内の圧力を大気と平衡に保持する装置が付いており、地上式常圧タンクに比べれば、タンクからの可燃性混合気の排出は少ないと考えられている。タンクローリーに雷が落ちる確率は極めて少ないと思われるが、落雷があれば、タンクローリーも爆発・火災の危険性があるということを示す事例である。 

備 考
  本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
       ・TheStar.com,  Multiple Explosions Rock Tranquil Kota Kinabale Neighbourhood, October 01 , 2014
       ・TheBorneoPost.com, Fire Destroys 10 Tanker Truck, October 01 , 2014   
       ・FireDirect.net, Malaysia – Lightning Strikes an Oil Tanker – Multiple Blasts, October 02 , 2014
       ・Says.com, [VIDEOS] Over 10 Oil Tankers Blow up in Series Of Explosions in KK, October 01 , 2014


 後 記: このブログでは、基本的にタンクローリーを対象にしていませんが、落雷によって爆発・火災事故を起こしたという稀な事例でしたので、とりあげました。また、補足として日本における雷マップを紹介しました。
 昔は夏の夕立時の雷は一種の風情があったように思いますが、今は雷がだんだん強くなって怖さの方を先に感じます。雷が鳴ったときには車の中に避難する方が安全という話はよく聞きます。実際に車の運転をしていて落雷にあった事例もインターネットに情報が流れています。雷電流が車体からタイヤを抜けて、道路に大きな穴があくような強烈な落雷でも、車内にいた人は助かっています。しかし、今回の事例をみると、車でもタンクローリーは必ずしも安全が確保されているとはいえないようです。
 今回、雷について調べていたら、世界にはびっくりするような雷写真がありました。ギリシアのイカリア島で撮影されたもので、写真がインタネットに投稿されて話題を呼んだようです。同時に落雷があったものでなく、70回の雷を一つの画面にしたものだそうです。それにしても自然のパワーには驚きますね。


2014年10月18日土曜日

米国テキサス州ベイタウンで落雷によるタンク爆発・火災

 今回は、2014年9月17日、米国テキサス州ベイタウンにあるリンク・エナジー社所有の油井用の石油タンク施設において落雷にってタンクが爆発・火災を起こした事故を紹介します。
          テキサス州ベイタウンで火災のあったタンク施設  (写真はKens5.comから引用
 <事故の状況> 
■  2014年9月17日(水)午後1時頃、米国テキサス州にあるタンク施設で落雷による爆発・火災があった。事故があったのは、テキサス州ベイタウンにあるリンク・エナジー社(Link Energy Ltd)所有の油井用の石油タンク施設で、落雷を受けてタンク1基が爆発を起こした。
                  テキサス州ベイタウン付近   (写真はグーグルマップから引用)
■ 17日(水)の昼食時間頃に、この地区に激しい雨を伴った嵐が通過していた。当局によると、午後1時頃、ベイタウンのエバーグリーン100区にあるタンク1基に雷が落ちたという。落雷によって最初の原油タンクが爆発し、内部の油が漏れ出た後、二番目のタンクに火が付いた。巨大な真っ黒い煙が空に向かって立ち昇った。この煙のため、ハイウエイ146号線バイパス道路は上下線とも交通遮断された。
 
■ 爆発によって約1,400バレル(220KL)の原油が入ったタンク2基のほか、塩水の入ったタンク3基が破壊したと、ベイタウン消防署関係者は語った。塩水は精製プロセスにかけてスキミンングされる。石油タンク施設はオーストラリアを本拠地とするリンク・エナジー社の所有で、油井の掘削・生産はホリモン・オイル社(Hollimon Oil Corp.)によって操業されているという。

■ 発災後、ベイタウン消防署が現場へ出動した。油の燃焼は非常に速く、漏れた油の大半も燃えたので、消防隊は残った油の火を制圧するのみで、その時間は10分ほどだったという。火災は、油が燃え尽きて鎮火するまで45分間程度だった。
■ 爆発事故によるケガ人は無かった。ベイタウン消防保安官のバーナード・オリーブ氏によると、落雷のあった時間に油井には何人かの作業員がいたが、無事だったという。オリーブ氏は、「余りにも劇的な爆発事故だったので、彼らはすぐに通報したんだ」と語っている。

■ タンク事故による湾内への環境汚染は無かった。ベイタウン消防署のティム・ロジャーズ氏は「バキューム車を搬送して発災現場に到着するまでに気掛かりだったのは、油が構外へ流出しないかということでした。というのも、猛烈な雨が降っており、大量の雨で油が堤内から出れば、湾に流れ込まないように流出防止堤を構築しなければならなかったからです」と語っている。
(写真はAbc13.comから引用)
(写真は左:Commtank.comおよび右:Houstonpublicmedia.orgから引用)
タンクの雷対策 
■ 落雷は鋼製タンクの火災要因としてよく知られている。地上式タンク火災の約1/3が落雷に起因している。異常気象の発生頻度が多くなっており、夏季期間の落雷数は15%増加しているとみられる。落雷は、タンク内に貯蔵している油の火災要因だけでなく、タンクに接続されている電子機器にも影響を及ぼす。

■ 落雷によるリスクを最小にするため、タンクに取り付けられている接地設備は重要である。雷はタンク爆発の引火源になりうるが、多くの場合、これだけでない。鋼製あるいはファイバーグラス製タンクの接地が適切でない場合、静電気の蓄積が生じる。タンクや配管では、電荷は分散するよりも速く表面に蓄積しやすい。落雷は、雲と地表の間の電位の差で雲に溜まった電荷が大地に向かって放電することによって生じる。落雷した点に向かって周囲の地表電荷が突入することによって静電放電が形成されるが、間隙部でアークが飛ぶと、油ベーパーの引火につながることがある。

■ タンク設備に静電気が蓄積しないようにするためには、適切な接地を行い、大地と同じ電位になるようにしなければならない。タンク、配管、電気設備、タンクローリーは、静電気の形成しないよう、またアークが飛ばないように接地しなければならない。特に荷役用ホースとノズルは、油が流れるとき静電気が生じやすいので、配慮が必要である。
■ 浮き屋根式タンクは落雷に対して特に弱点がある。浮き屋根式タンクの火災では、浮き屋根と側板の間隙にアークが飛んで発災することが多い。API RP 545「可燃性・燃焼性液体の地上式貯蔵タンクにおける雷対策(推奨基準)」では、浮き屋根式タンクに対して3つの改造案を推奨している。
 ① 既存のシール部上部に曝露しているシャンツは撤去し、タンク円周上の3m毎にタンク屋根と側板を液中で接する浸漬型のシャンツを設ける。
 ② シール構成部品(バネ、シザー部品、シール層を含む)、ゲージ、ガイドポールはタンク屋根と電気的に絶縁しておく。
 ③ タンク周囲には30mを越えない毎にタンク屋根と側板の間を連結するバイパス用導線を設ける。このバイパス用導線は、できる限り短くし、屋根周囲に均等に設置すべきである。

■ API RP 545によれば、タンク底板が直接、地表や基礎の上に設置されている場合は、当該タンクは適切に接地されているとみなされる。これは、タンク底板の下部または下にエラストマーのライニングが適用されているかどうかで決まる。可燃性範囲内のベーパーと酸素が一緒に存在しなければ、引火が起こることはない。浮き屋根式タンクにおいて危険な状態となるのはつぎの4つである。
 ① 浮き屋根が損傷して可燃性ベーパーが曝露している状態
 ② タンクの過充填の状態、あるいはタンクの限界を超えた蒸気圧で製品が貯蔵されている状態
 ③ シール部の破損、浮力不足、浮き屋根デッキの損傷
 ④ API Std 650「溶接式石油貯蔵タンク」附属書Hの規定を超えた通気

■ 原油や石油製品だけが落雷のリスクを有する地上式タンクに貯蔵されているわけではない。ベンゼン、トルエン、キシレンなどのケミカル類は原油中に含まれているが、単独の製品として塗料、ゴム、接着剤、ペットボトル、繊維などの原料として使用されている。固定式コーンルーフ型貯蔵タンクは、爆発を回避するような設計が可能である。頂部の継ぎ目を意図的に弱くし、過圧時に屋根部が外れるようになっている。この設計は消防隊が油面の火災時の消火作業をやりやすくする。消防隊は火炎に直接、泡消火を放射し、火災の制圧ができる。

■ 固定屋根式タンクでは、メンテナンス・エラーが火災の最初の要因になることが多い。貧弱な接地状況において液が漏れて可燃性混合気の形成された状態で落雷があれば、容易に引火する。通気設備、過充填防止設備、漏洩検知システムは、日常の定期的なタンク検査によって正しい作動を確認することを推奨する。落雷を防止することは不可能かもしれないが、リスクを軽減する方策をとることはよいことである。地上式貯蔵タンクをAPI(American Petroleum Institute)、STI(Steel Tank Institute)、NFPA(National Fire Protection Association)、UL(Underwriters Laboratories Inc.)などの国際的な基準にもとづいて建設すれば、自然災害によって起こる損害のリスクを大幅に減らすことにつながるだろう。

補 足               
■ 「テキサス州」は米国南部にあり、メキシコと国境を接している州で、人口は約2,510万人と全米第2位である。
 「ベイタウン」(Baytown)は、テキサス州南東部、メキシコ湾岸のハリス郡に位置する都市であり、一部がチェンバーズ郡に入っている。ヒューストン/ザ・ウッドランズ/シュガーランド大都市圏に入っており、人口約72,000人の都市である。ベイタウン経済の中心は、市が創設した3つの工業団地にある石油精製と石油化学が主である。主要会社としてエクソンモービル、バイエル、シェブロン・フィリップスがある。特に、エクソンモービル・ベイタウン複合施設は1919年に設立され、世界最大級の工業複合地帯となっており、その中のベイタウン製油所は560,500バレル/日である。
テキサス州ベイタウン周辺地区
■ 「リンク・エナジー社」(Link Energy Ltd)は、1996年に設立されたオーストラリアのエネルギー企業で、石油・天然ガスのほか石炭やクリーンエネルギーの生産を行なう会社である。リンク・エナジー社は、オーストラリアのほか、北米、イギリス、ポーランド、南アフリカ、中国、ベトナム、ウズベキスタンなどで事業を展開している。北米では、メキシコ湾岸のほかアラスカなどでも原油生産に進出している。
 「ホリモン・オイル社」(Hollimon Oil Corp.)は、1980年に設立された米国の石油・天然ガス掘削・生産の専門会社で、テキサス州サンアントニオを本拠地としている。
ベイタウンのエバーグリーンにある油井とタンク施設群
(矢印部が発災タンクと思われるが、特定できなかった)
(写真はグーグルマップから引用)
エバーグリーンにある油井とタンク施設群
(写真はグーグルマップのストリートビューから引用)

シャンツの例
■ 「シャンツ」(Shunts)はタンクの浮き屋根に取り付けられた避雷設備で、側板と常に接触している一種の分流回路である。しかし、近年、シャンツと側板にわずかな間隙ができ、落雷時にここにアークが飛ぶことで逆に火災の要因になっていることがわかった。米国の避雷設備およびシャンツについては当ブログ「可燃性液体の地上式貯蔵タンクの避雷設備」を参照。また、「中国における石油貯蔵タンクの避雷設備」も参照。


所 感
■ 落雷時期になると、毎年起こる米国テキサス州の落雷によるタンク火災事故である。今回はタンク規模が大きくなく、公共への影響(汚染や避難)はなかったが、複数のタンクが被災しており、落雷時の爆発は激しかったものと思われる。一方、ベイタウン消防署は、火災とともに油の流出(海への環境汚染)に配慮しており、経験とはいえ、油井地区のタンク火災のリスクについてよく理解しているという印象をもった。

■ 今回の記事の中で異常気象について言及された個所があるが、その中で落雷頻度が15%増えたと指摘されている。日本でも、総じて落雷頻度が多くなっている。ただし、地域や年によって差があり、例えば、北海道や九州・沖縄では多くなっているが、雷地域といわれる関東・甲信では必ずしも増えていない。しかし、落雷の頻度が増え気味で、そのエネルギーも大きくなっている現状では、記事で指摘されているようにタンクの避雷設備のメンテナンスを確実に行う必要がある。
地域別落雷数 2008年~2013年(陸域)
 (表はフランクリン・ジャパン:Franklinjapan.jpから引用)

備 考
  本情報はつぎのようなインターネット情報に基づいてまとめたものである。
   ・Chron.com,  Explosion after Lightning Strikes Oil Tank in Baytown, September 17 , 2014
    Khou.com, Lightning Sparks Oil Tank Fire in Baytown, September 17 , 2014  
       ・Abc13.com, Lightning Strikes Oil Tank, Causing Big Explosion, September 17 , 2014
       ・HoustonPublicMedia.org, Lightning Ignitions Oil Tank Fire in Baytown, September 17 , 2014
       ・Click2houston.com, Crude Oil Tank Explosions after Lightning Strike in Baytown, September 17 , 2014
       ・Uticamarceilusfinancing.com, Explosion after Lightning Strikes Oil Tank in Baytown , September 23 , 2014
       ・Commtank.com, Lightning Sparks Oil Tank Fire, September 26 , 2014


後 記: 今回の落雷によるタンク爆発・火災事故では、Comm Tankというタンク設置・撤去を行なう会社が情報を整理した上で、タンクの雷対策に関する所見をまとめてインターネットで発信しており、私の所感を述べる必要がないくらいでした。しかし、落雷とは気まぐれですね。ベイタウンには世界で最大級のエクソンモービル社ベイタウン製油所があります。そこには巨大なタンクがありますが、そのようなタンクとは比較にならないくらい小さなタンクに雷が落ちています。(製油所の設備にも雷が落ちているのかも知れませんが) メキシコ湾岸では、今も新たにオーストラリアの企業が原油掘削・生産の事業を展開しているようですので、経済発展の一方、テキサス州の落雷によるタンク火災が減ることはないでしょうね。